67.暗転
「沙里っていうの。私の妹」
その日、珍しく恵美は病室で俺に妹の話をした。その日、恵美になにがあったのか知らなかった俺は、いつもとはどこか違う恵美の様子を黙って見守っているしかなかった。ベッドに寄せた椅子に座る俺には目を向けず、恵美はまるで独り言のように言葉を発した。
「ウチ、お父さんいないの。それで、私が病気になってからは母さんも私にかかりっきりで、沙里は多分ずっと寂しい思いしてると思う。でも、あの子は不満とか全然表に出さないし、私にも一度も文句なんて言ってこないんだ」
恵美の妹は、俺とは入れ違いでよく恵美の見舞いに来ているらしい。
姉思いの妹。そんな風に思っている俺の考えを、恵美は静かに否定した。
「でも、分かるんだ。口には出さなくてもね」
「え……」
「あの子が、私のこと憎んでるってこと」
その日、確かに恵美の様子はおかしかった。そして、その原因を俺は知らなかった。
「今日ね。母さんが知らない男の人連れてきてさ。そうとは言ってなかったけど、多分、母さんあの人と再婚するつもりだと思うんだ」
俺は、恵美がなにを思ってそんなことを俺に話すのか、そして、その先になにが待っているのかまるで見当もつかずに、恵美の言葉を受け止めることに必死だった。
「私は別にいいんだ。ここにいる限り、私に変わることは何もないもん。でも、その分負担は全部沙里にかかっちゃう。いつか、あの子が爆発しちゃうんじゃないかって……私、それが心配なんだ。だから――さ」
その先の言葉を表には出さずに、恵美は初めて俺に目を向けた。その時、恵美が俺に訴えようとしたことは、多分、悲しいものでしかなかった。
困ったように微笑む恵美を見て、俺は確かにそう感じていた。