53.おままごと
「つーか、馬鹿か、お前。いつまでおままごとやってるんだっつーの」
「お、おままごとと?」
「いや、最近のガキはおままごとでもチューぐらいはすんじゃね? ってことは、手をつないだだけで満足してるお前は、おままごと以下。そこら辺のガキにも劣るカスだ」
「お前、もしかして、喧嘩売ってんのか?」
「事実を述べただけだろ。文句あんなら、夏菜とキスしろ」
さて。大樹との冷戦状態も終結し、本日放課後、とりあえず大樹には夏菜と付き合うことになった旨を報告。こと恋愛においてはスペシャリスト(悪い意味で)なこいつに、恋の相談にでも乗ってもらおうと、放課後、誰もいない教室に大樹を引っ張り込んだのはいいのだが。
馬鹿呼ばわりした上に、おままごと以下。なぜ、そこまで言われなければならないのか。
彼氏って具体的になにすればいいんだ? そんな素朴で深刻な疑問を持ちかけた直後から、大樹は心底呆れている様子だった。いや、だって、ほんとに分かんないんだもん。
「いいか、純」
窓に寄りかかりつつ、ため息を一つ吐き、腕組みをして見せる大樹。何かっこつけてんだお前、と思わずツッコみそうになるのをぐっとこらえて、俺は恋愛の神(自称)のお告げをありがたく賜った。
「付き合い始めってのは、どのカップルも盛り上がるもんだ。でも、その盛り上がりってのは一ヶ月をピークに盛り下がる。いわゆる、恋の第一関門ってやつだ。いつまでも、二人だけの世界に浸ってられると思うな」
「……」
そういうお前は、自分の世界に浸ってね? 恋の第一関門って……ぷふ。
おっと。薄ら笑いを浮かべたら大樹が睨んできたので、真面目な面を作っておこうか。
「まあ、浮かれてる今のお前にこんなこと言っても無駄かもしれんが? 付き合って一ヶ月以内に手を握る以上のことができなかった八割以上のカップルは、ことごとく二ヶ月以内に別れてるってことだけは知っておけ」
「どこから取った統計だ、それは」
「信じる信じないはお前の自由だ。が、彼氏の役割も知らないカナヅチなお前がそのまま恋愛という荒波に放り込まれた今の状況に、もっと危機感を抱くべきだな。両想いだからって、全てがうまくいくなんて思うなよ?」
「え……」
「女ってやつは基本クソ面倒くせえ生き物なんだぜ。誕生日、クリスマス、果ては付き合いだした日まで記念日に変えて、一緒に祝いたがる。他の女とちょっと話しただけでヤキモチなんて当たり前、とにかく、自分が一番じゃねえと納得しねえ。そのくせ、大概の女は潔癖ときてる」
大樹の言葉に、俺はゴクリと息を呑んでから「し、しかし」と反論を試みた。
「それが付き合うってことなんじゃね?」
「いかにも、恋愛のれの字も知らないガキの台詞だね、純君」
「……」
「潔癖な女。これが、もっとも厄介な生き物だ。そして、これだけは憶えとけ、純。夏菜なんて、おもくそ潔癖女の典型だぜ。ああいう真面目な女ってのは、こと恋愛においてもクソ真面目なもんだからな。勢いだけで迫ろうものなら、次の日には確実にフラれてるぜ」
「いや、それは相手が潔癖以前の問題じゃね?」
「それが男の台詞か純! 彼女ができれば、その日にでもヤリたいってのが男の性だろうがっ!」
「そんなケダモノの部類に俺を巻き込むんじゃねえ」
白い目をしてそう言ってやると、握り拳を作って叫んでいた大樹は、大仰にため息を吐いた。
「そうか。なら、お前はこのまま夏菜とお手手つないでままごとしてろ。二ヶ月後にまた失恋の相談に乗ってやるから」
そう言って教室を出て行こうとする大樹の肩を、俺は背後からむんずと掴んで引き止めた。
「待て。このまま俺を見捨てると?」
「それが嫌なら、今一度自分を見つめ直せ」
「お、おぅ……」
「いいか、純。これまでのお前の話を聞いてる限り、お前は絶好のチャンスを幾度となく逃してるんだ。ってか、好きだって言われた時に、キスの一つもしねえ時点でお前のお先は真っ暗だと決まった」
「い、いや、でも――」
「でも?」
ピクンと方眉を吊り上げる大樹に、俺は物怖じしながらも反論した。
「一度、夏菜のことを抱きしめた」
「だから、そこまでしてなんでキスの一つもしねえんだって話だ、この馬鹿」
「す、すいません……」
「潔癖女は好きだからって、なかなか体を許しちゃくれねえぞ。告白の際にキスもできなかったお前は、千載一遇のチャンスを逃したとも言えるな。一度しちまえば、こっちのもんだったんだが……」
「も、もう、手遅れと?」
「いや、まだ手はある。が、そのためにはお前も覚悟を決めなきゃならん」
「か、覚悟?」
大樹の言葉に俺はごくりと息を呑んだ。そして、そんな俺を見て、大樹は厳かな表情で頷いて見せてから、重い口を開いた。
「今日中に夏菜とキスできなきゃ、お前と夏菜はままごとのままで終わる。まずはその事実を受け入れろ」
「え……!」
「ふ……案ずるな純。そうならないように、これから俺が秘策をお前に授けてやる」
そう言って恋愛の神(自称)は不敵に微笑んだ。