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52.独りよがり

 人の噂なんてとかくあっという間に広まるものだ。世間では、芸能人という人種の誰これが誰これと密会していたというだけでニュースに流れ、大々的に全国を駆け巡る。

 恋愛。スキャンダル。人間の好奇心を満たすに、それ以上の格好の獲物はない。ある者は影で笑い、ある者は影で泣き、ある者は陰口を叩き、ある者は噂の根源に群がりたがる。

 何も全国レベルで見る必要はない。しかし、学校など、所詮そこら中に広がっている社会を全て足して、適当なところで割ったような場所であり、なにが言いたいのかといえば、大げさに一言で片付けて、そこは小さな社会ということだ。さらになにが言いたいのかというと、学校は世間と同じで噂が広まりやすい。さらになにが言いたいのかといえば、もう、夏菜と金田先輩が別れたって噂が学校中に蔓延してるってことだ。

 昼休み。クラスメイトから、他のクラスの男子、最終的には上級生や下級生までがとっかえひっかえ夏菜の周りに集まっていた。そうなると、一緒に弁当など食べる隙もないわけで、自分の恋人が見ず知らずの男に言い寄られているのを黙って眺めながら食べる弁当がうまいわけもない。もっとも、夏菜から渡された弁当の中身は、見るからに夏菜の手作りで、元々箸は進まなかったのは事実だ。

 ……いや、違う。美味い不味いなんて関係なくて、夏菜の手作り弁当に感動している自分がいる。そして、ただ単にお世辞とかそういうのも関係なくて、それを作ってくれた夏菜に「美味い」と伝えてみたかっただけだ。なのに、そんなこともできない自分にいらついている。知らない男に愛想笑いを振りまいている夏菜にいらついている。

 彼氏だと言い出せないのは、そうすると、夏菜が辛い目に遭うかもしれないからだ。でも、改めて男子連中に囲まれている夏菜を目の当たりにして、俺なんかが夏菜の隣にいるのは大それたことなんじゃないのかと思った。

 そう思うと、急に自分が夏菜の彼氏だと言い出せないのが、辛くなった。

 朝の相合傘。夏菜の手の温もり。授業中に何度も目が合って、クスクス笑い合ったこと。そっと夏菜に気付かれないように夏菜の横顔を盗み見たこと。全てのことに舞い上がって、思い込んでいた。俺たちは、誰も立ち入れない二人だけの世界を共有してる。

 そんな独りよがりの陳腐な世界は、突きつけられた現実に押しつぶされた。今、俺の手の中に朝感じた温もりなんて微塵もない。夏菜は知らない男連中と話し込んでいる。それが現実。

 俺にできる唯一の抵抗は、そんな現実を視界から消すことだけだった。虚しさは変わらなかったけど、教室を出ると、少しだけ気は楽になった。












「こんなところでなにやってるの」

 その声を聞いた途端、安心と不安の同居したような、複雑な気分が俺の胸の中に広がった。気持ちが通じ合えば、こんな気持ちになんてなることはない。つい五分前まで、本気でそんなことを信じてた自分に嫌気がさした。

 教室から程なく離れた階段の踊り場。一人不貞腐れてそんなところに寄りかかっていては、追って来てくださいと言っているようなものだ。しかし、これで夏菜が追ってきてくれなかったら、確かに俺は今頃絶望してる。と言っても、夏菜が来てくれたからと言って、格好の悪いことに変わりはない。

 返事を返さない俺に息を吐いて、夏菜は階段の壁に寄りかかっている俺の隣に来て、同じように壁に寄りかかった。そんな夏菜の横顔を覗き見ても、気持ちなんて読み取れるわけもない。多分、今一番いらついているのは、たったあれだけのことで不安になっている、今の自分なのだろう。

「……いいんですか。こんなところ誰かに見られたらまた噂になりますよ」

「ばーか」

 俺の子供染みた台詞を馬鹿呼ばわりして、夏菜はつんと俺に見向きもせずに不機嫌そうに声を出した。

「私たちのこと。秘密にしようって最初に言い出したのはどこの誰でしたっけ」

「別にばらしてませんけど、なにか問題ありますか」

 俺の言葉に夏菜ははあ、と深くため息を吐いた。

「なら、言うけど。自分だけ我慢してるって顔しないでよ」

「え……」

「私だって、堂々と彼氏がいるってみんなに言いたい。でも、私のこと考えて純が秘密にしようって言ってくれたんでしょ。私は、純の気持ちが嬉しかったから我慢してるんだよ。

だから、自分だけ我慢してるなんて顔しないで」

 夏菜の言葉は、俺がいかに子供じみているのかを悟らせるには十分すぎる威力を兼ね備えていた。でも、もちろん、はいそうですかと納得する気にはなれなかった。謝っても謝らなくても、俺が子供であることにさして変わりはないのだけど。

 俺たちの前を、何人かの生徒がおしゃべりをしながら通り過ぎていった。俺はその間に謝るきっかけを探してみたけど、夏菜はこっちに見向きもしてくれなかった。

「そろそろ教室に戻るか」

 諦めて、そう言った俺の手を夏菜がそっと握った。その感触に、俺は驚いて夏菜に向き直った。

「なんとなくね」

 そう呟いて、夏菜は横目で俺を見た。

「不安とか、心配とか、こうして手をつなげば安心に変わると思うから」

「え……」

「素直に謝れない時とかね。言葉にうまくできない気持ちは、こうやってくれれば、ちゃんと私に伝わるから」

 そう言って、夏菜は照れくさそうに俺から目を逸らした。

「ほんとは、純がヤキモチ焼いてくれて、少し嬉しかったし」

「あ、そ、そっか……」

 独りよがりの陳腐な世界。さっきまでそんな風に思っていたくせに、この現実がもう嬉しくてたまらないのは、夏菜が隣にいてくれるからなのだろう。

 結局、階段の踊り場は人通りが多くてすぐにつないだ手は離れたけど。確かに夏菜の手の温もりは、俺の不安を安心に変えてくれた。












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