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49.恋の行方

 公園を出て家に帰る途中で、紗枝さんと会った。紗枝さんは俺に気付くと、開口一番「夏菜を知らないか」と言ってきた。普段動じることのない紗枝さんの不安そうな面持ちに戸惑いながら、俺は知らないと答えた。

 話を聞くと、散歩に行ってくると言って家を出たきり、もう三時間以上夏菜が帰ってきていないらしい。ここ三日部屋にこもりっきりだったから、気分転換にいいだろうと行かせたのだが、いつまで経っても帰ってこないので心配になって探しに来た。そう言って、紗枝さんはうな垂れた。

「どうしよう。何かあったら私のせいだわ……。どうせ失恋だって、あの子のことよく見てなかったから……」

「……とにかく、俺も夏菜のこと探してみます」

「純君……」

「大丈夫ですよ。あいつ、元気だけが取り柄なんですから」

 俺の言葉に、紗枝さんは苦笑して「そうね」と頷いた。

「とにかく、夏菜の行きそうな場所片っ端から探してみる。純君もお願いね」

「分かりました」










 夏菜のケータイに何度かけてみても、応答メッセージが返ってくるだけだった。夏菜の友人関係を中心に心当たりは全部当たってみたのだが、全滅。ケータイも繋がらない。探し出して一時間弱。時刻は八時を回っている。いよいよ、本気で夏菜のことが心配になってきた。

 夏菜と最後に会ったのは、おそらく金田先輩だろう。おそらく、夏菜は金田先輩に別れを告げた後、家には帰らずどこかへ行った。

(今日、大山に泣きながら別れてくださいって面と向かって言われた時にね)

 金田先輩の言葉が脳裏をよぎる。

 この三日間、夏菜はずっと一人で思いつめていた。その責任は俺にだってある。

(俺が今までどんな気持ちでお前と接してきたか分かるかよ! もう……これ以上我慢できねえんだよ!)

俺が感情に任せてあの時あんな事を言わなければ……ちゃんと、夏菜の話を聞いててやれれば、こんなことにはならなかった。

 夏菜は、俺のことをずっと待っててくれてたのに――。

 星の一つも見つけられない空の下で、一人雨に濡れている自分を想像してみてため息を吐く。自分の救いようのない馬鹿さ加減に、もう笑うしかなかった。

 疲れきった体を、雨の雫が流れていく。重くなっていく思考回路が、とりとめもなく記憶の底をすくった。

(ここから、おばさんの病室が見えるんだよ)

 昔。まだ母さんが生きていた頃の記憶。おぼろげで、曖昧な夏菜の笑顔がかすかにまだ残っていた。

(帰る時、いつも窓際に立って、おばさんが手を振ってくれるの。私、それがすごく嬉しくて)

「……」

 そういえば、母さんの病気が悪化して、面会ができなくなってからも、夏菜は母さんの病室が見える場所にいつも佇んでいた。落ち込んだりした時は、いつもそこで、母さんの病室を見上げていた。まるで、今にも窓際に立って、母さんが手を振ってくれることを信じているみたいに。でも、母さんがそれから夏菜に手を振ることはなかった。

 母さんが死んでから、夏菜はピタリと病院に通うことを止めた。いつまでも、そこにいたら、母さんが安心できないから。そう言って――。

 心当たりは、もうそこしかなかった。でも、もし、夏菜が行く当てもなく足を運ぶとしたら、そこしかないような気がした。

 徐々に雨は雨脚を弱めていた。

 俺は病院に向かって駆け出した。












 隣町にある総合病院に辿り着いた頃には、俺の体力はすっかり空ケツになっていた。時刻はすでに九時を回っていた。今頃、紗枝さんもまだ夏菜を必死になって探しているだろう。とにかく、ここに夏菜がいなければ、一旦家に戻って紗枝さんと合流するつもりだった。

 それにしても、これだけ走り回ったのは一体いつ以来だろう。自分の体力を顧ずに一駅分の距離を走りきることが暴挙だったことに気付いたのは、駆け出して五分後だった。これだけやったのだから、ここに夏菜がいてくれなければ割りに合わない、などとくだらないことを考えながら、とりあえず、病院の公園に入った。

 道の脇に等間隔に立っている外灯が、仄かに遊歩道を照らしていた。時間が時間だけに人の姿は見当たらない。夜の公園がここまで侘しいことを初めて知って、なんだか、本当にここに夏菜がいるような気がした。そして、その予感は遊歩道の脇に備えられたベンチにぽつんと一人で座っている夏菜を見つけて、ため息に変わる。

 まるで、その風景は世界の終わりを暗示している、という例えはオーバーだったけど、雨上がりの夜の公園に、一人でベンチに座っているその姿は、遠目から見てもオーバーなぐらい陰鬱だった。

 とにかく、無事に夏菜を見つけられた安心感が先行して、俺は夏菜の下へ歩み寄った。

 不安とか、嫉妬とか、今まで窮屈な気持ちばかりに囚われていた。夏菜といると、そんな気持ちにばかりさせられたけど、今みたいに心からほっとできる瞬間だってあった。そして、その瞬間を、今の気持ちを俺は何よりも大切にしたかった。

 ベンチに座ったまま、俯き加減に身じろぎもせず足元をじっと見つめている夏菜は、目の前に立っても俺に気付かなかった。俺はかける言葉に困りながら、とりあえず、ぽりぽりと頭を掻きながらとりとめもなく声を出す。

「あー、なんだ」

 俺の声に、夏菜がビクっと肩を震わせてから顔を上げた。弾けた様に顔を上げた夏菜は、俺と目が合うと、目を見開いた。かすかに開けた唇が震えて、途端に夏菜は表情を崩して何も言わずに俺から目を逸らした。そんな夏菜になんて声をかければいいのか、やっぱり俺には分からなかった。一人だけ、わだかまりの解けている自分がなんだか卑怯な気がした。でも、だから、俺は素直な気持ちを伝えなければいけなかった。

「……雨。すっかり、上がったな」

 無言のまま俯く夏菜の隣に腰掛けて、そっと夏菜の横顔に目を移す。泣きそうな夏菜の横顔が俺の胸を少しだけ痛めた。ここまで、夏菜を追い詰めた原因は他ならない俺だった。

「金田先輩から、お前に渡しといてくれって言われて届けに来た。これ」

 そう言って、俺はポケットから五百円玉を取り出して手の平に乗せた。手の平に乗った五百円玉を見て、夏菜は「これ……」と声を漏らして、俺をじっと見つめた。

「それと、あんまり気にするなって言ってた。つーか、勝手にいなくなったりすんなよ。ケータイも繋がんねーし。心配するだろ、馬鹿」

「ごめん」と呟いて俺から目を逸らす夏菜に、俺は「いや、つーか、俺の方こそ、ごめん」と言葉を返して、五百円玉を手の中で握った。

「金田先輩に全部聞いたんだ。俺、お前のこと誤解してた。ってか、お前の気持ちもちゃんと聞かずに一方的に俺の気持ちだけ押し付けて、挙句の果てに、ひでえことしちまった。最低の告白だったよな、あれ……ごめんな」

 俺の言葉に、夏菜は「純は……」と声を漏らした。

「純は……なんにも悪くないよ」

「夏菜……」

「罰が当たったんだよ。自分に好意を寄せてくれる人を利用して、純の気を引こうとなんてしたから……。こんなの、当然の報いなんだよ……」

 夏菜の声は弱弱しく震えて、細い肩が頼りなく揺れた。あの時、屋上で泣きそうだった夏菜を前にして、どうしてやればいいか分からず、ただ見守ることしか出来なかった。でも、今は違う。今は、ただ素直な気持ちを伝えるだけでよかった。あの時と、今と、俺たちは何か変わったのだろうか。少なくとも、あの時感じていたわけの分からない衝動は、今ちゃんと明確な形になって、俺の中に根付いていた。

「俺さ、お前が金田先輩と付き合ってるって聞かされてから、なんか落ち着かなかったんだよな」

 そう言って、俺は空を見上げた。真っ暗な空を、傍で外灯の明かりが仄かに照らしていた。そこには星一つ見つけられなかったけど、雨の匂いを含んだ空気はどこか気持ちよかった。

「お前と金田先輩が一緒にいるとこ見ただけで無性にいらついたりしてさ。でも、お前とは付き合い長かったし、それはきっと恋愛感情とは違うものだと思ってた。なんつーか、娘を嫁に送り出す父親の心境、つーのかな。そんな心境知りもしねーくせにな。そんな風にして自分を納得させようとしてたんだ。怖かったから。お前との関係が壊れんのが。好きだってこと認めたら、もう今までみたいに仲のいい幼馴染じゃいられないことも分かってたしさ」

「……」

「でも、やっぱり気持ちは抑えられなくて、それでも、お前には金田先輩がいたから、気持ちは伝えられなかった。快くお前らのこと応援しようと思った。けど、やっぱうまくいかなくて、お前と喧嘩したりもした。徐々に、今まで通りいかなくなってきてて、でも、お前を傷つけるぐらいなら、今まで通りお前のこと一番に考えて友達でいようって思った。でも、やっぱ、それもうまくいかなくて、お前と金田先輩の関係が苦しくて、気持ちを抑えることができなくなってた。

 麗美から、聞いたんだ。お前が俺の気持ちを確かめるために金田先輩と付き合ってるんだってこと。でも、お前はいい加減な気持ちで人と付き合うようなことができる奴じゃなかったし、お前は金田先輩のことが好きなんだと思ってた。だから、俺に何かを求めてくるお前の気持ちが分からなかった。分からなくて、苦しくて……お前のこと傷つけることしかできなかった」

 俺の言葉を黙って聞いていた夏菜は、もう一度「ごめんね」と呟いてから、俺に目を留めた。

「私、知らないうちに、純のことすごく傷つけてたんだね……」

「でも、それと同じぐらい、俺も夏菜のこと傷つけてるし。何より、もう俺の中でわだかまりは解けてるんだ。金田先輩から話聞いてさ。お前らしいなって思ったんだ。

お前は自分に好意を寄せてくれる人を利用したって言ってたけど、金田先輩はそんな風には思っちゃいない。あの人は本気でお前のこと落とそうとしてたし。お前だってさ、それだけ俺のこと一生懸命想ってくれてたってことだろ?」

「え……」

「賭け事なんて、てんでお前の柄じゃねえし。でも、柄じゃないことまでして、一生懸命俺のこと振り向かせようとしてくれたじゃん。きっと、お前のその思いが神様に届いたんじゃね? だから、なんつーか、そうだ。これは、罰じゃなくて、一生懸命頑張ったお前への神様のご褒美なんだよ。

 ――きっと、俺がお前のこと好きになったのは」

 俺のその言葉に、夏菜は目を丸くして俺を見つめた。そして、そんな予想通りの夏菜のリアクションに、俺は今更ながらこっ恥ずかしさで死にそうになり、高速で頭をぼりぼり掻いた。

「やべえ。キザなこと言ってる自分が超ハズいんですけど……。つーか、この通り俺だって、柄にもないことしてお前のこと元気付けてんだからな。いい加減、いつまでも塞ぎ込んでんなよな」

「……うん。そだね」

 そう言って微笑む夏菜の笑顔が仄かな明かりの中で浮かんだ。その笑顔に思わず見惚れたのは、きっと、夏菜の笑顔を見るのが久しぶりだったからだと思う。

「……なに?」

 じっと夏菜の顔に見入っていると、夏菜が不思議そうに声を出してきた。俺は慌てて夏菜から顔を逸らして「い、いや、何でもねえよ」と声を返した。

 少しの間俺たちの間に静寂が流れた。その心地のいい静けさの中に身を委ねた後に、俺は意を決して夏菜に顔を向けた。

「なあ、夏菜。今更な気もするけど、聞いていいか?」

「え?」

「――お前……俺のことどう思ってんの?」

 俺の言葉に、夏菜はすぐに俺から目を逸らした。その夏菜の仕草に、俺は途端に途方もない不安に襲われた。まだ、俺は一度も夏菜の口からはっきりした気持ちを聞いてはいなかった。

 俺から目を逸らしたまま、しばらく夏菜は何も言わなかった。予想もしていなかった失恋の予感が、俺の背筋を冷や汗として伝った。必死に探して、延々と気持ちを連ねて、キザな台詞で元気付けた後に振られでもしたら、それこそ、今後俺は絶望の淵から這い上がることはできないだろう。

 さっきとは打って変わった気まずい沈黙が、全力で俺を追い詰めていた。やがて、まるで駄目押しをするがごとく、夏菜の思いつめたような声が、沈黙を破った。

「ずるいよ、純……」

「か、夏菜……?」

 夏菜の言葉の意味を汲み取れず、ただ俺は夏菜をうかがうことしかできなかった。そんな俺に視線を這わせて、夏菜はむくれた顔をして声を出した。

「私の気持ちは五年越しだもん。そんな簡単に言葉にできないよ……」

「あ……いや、ごめ――」

「なんてね。嘘」

 そう言って、夏菜は笑った。

「好きだよ、純」

「え……」

「私、純のことが好き。今まで、ずっと伝えたかった」

 そう言ってはにかんで笑う夏菜は、多分、俺が今まで見てきた中で一番可愛かった。恋愛感情がもたらす相乗効果に過ぎなかったにしても、その愛しさはきっと偽りじゃない。

 気がつくと、夏菜のことをぎゅっと抱き締めていた。耳元で夏菜が戸惑ったように俺を呼んだ。それから、我に返った俺は、手の中にある夏菜の小さくて柔らかい感触と温もりに、急に恥ずかしくなってから、身動きが取れないまま声を出した。

「え、えーと……わりい。なんか、思わず。い、嫌だったら、今すぐ離れるけど――」

 俺の言葉に、夏菜はクスッと笑った。

「ばーか。嫌なわけないじゃん」

「じ、じゃあ、もう少しこのまま……」

「うん……」










「ねえ、純。純に話したいことがたくさんあるの」

「うん」

「なんで純を好きになったのかは分からないんだけど、気がついたら好きになってたってこと。いつから、どれぐらい、私の気持ち全部知って欲しい」

「とりあえず、紗枝さんが車で迎えに来てくれるって。その間だけでいいなら」

「駄目。長い話になりそうなの」

「えっと。じゃあ、話しきれなかったら明日聞くから」

「うん。じゃ、まずはこれだけ知っててね」

「なに?」

「――今この瞬間を、私が夢見てたってこと」










 最後までお付き合いいただきありがとうございました。書きたいことをほとんど詰め込めないまま、とりあえず二人の恋の結末までにこぎつけられ、ホッとしている反面、自分の力量のなさに肩を落としてます。


そもそも、毎日更新が無謀でした。やってみて後悔しつつ、やり始めたからには止められないと勝手に一人で気張ってました。


 なんとなく、不器用な幼馴染二人の恋愛ものを書きたくなり、読みやすいようにラブコメにしてみようと思ったのですが、そもそも書き出して初めて自分がラブコメなど書けないことに気付き、ほとんどコメディー要素のない恋愛ものになってました。


もちろん、この話は現時点でハッピーエンドではなくハッピースタートなので、まだまだ続くのですが、集中力と根気が最後まで持ちそうになかったので、一旦ここで完結にさせてもらいました。


純と夏菜の関係のその後の行く末は大体浮かんでいるのですが、まだプロットの段階で一文字も文字にできてません。


本編では、神木恵美と純の関係も中途半端なままで、神木沙里など、伏線張ったくせにまったく活かせなかった体たらく。おまけに、南結華も最後はなぜか純を応援してるし、純と夏菜をくっつけようとしたら自分の思い描いてる話と全くかけ離れたものになってしまい、かなり落ち込んでます……。


でも、数少ない評価をしてくれた方々のコメントを励みにここまで書き続けることができました。もし、続きが読んでみたいなーと思ってくれる方の声が少しでもあったら、また懲りもせず頑張って続きを書こうと思ってます。


では、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。少しでも暇つぶしにでもなったなら幸いです。




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