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45.最低の告白

 杏奈さんと別れてから、俺は自転車にまたがり、家路を辿った。杏奈さんには威勢良く「告白する」なんて言ってみたはいいが、やはり、金田先輩に「俺の彼女に近付くなクソ野郎(ちょっぴり脚色)」なんて威嚇されているので気は重かった。そもそも、なぜこのタイミングで金田先輩がそんなことを言い出してきたのかが気になる。

 もし、夏菜と仲のいい俺の存在が気に食わないのなら、もっと早い段階で釘を打ちに来るのではないか? 付き合いだして二週間以上経つこの時期に、しかも、夏菜に告白しようとした翌日にというこのタイミングが気持ち悪い。

 おそらく、金田先輩も今日夏菜の様子がおかしかったことには気付いていたはずだし。もしかしたら、金田先輩は俺と夏菜の間に何かがあったことを感じていたのかもしれない。そう考えれば辻褄つじつまも合うのだが、もしそうなら、敵は恐ろしくしたたかだ。なんか、勝てる気がしねえ……。

 って、いきなり挫けてどうする俺。大丈夫。自信を持て。昨日だって、紗枝さんがいなきゃ、告白できてたんだ。いや、でもあの時は不意打ちだったから何とか勢いで押せただけで――。

 と、心の中で葛藤と戦っていると、いつの間にか家にたどり着いていた。そして、二件先の軒先に立っている夏菜と金田先輩の姿を目の当たりにして、俺は思わず電信柱の影に自転車ごと身を潜めた。いや、明らかに隠れ切れてないが。だって、ほら。二人にあっさり気付かれた。

「あれ? 長谷川君だろ。そんなとこでなにやってるの」

 なにやら楽しそうにお話をしていた夏菜と金田先輩が、電信柱の影に身を潜めた不審者の下に歩み寄ってきた。そして、爽やかな笑顔とともに俺に声をかけてくるは金田先輩。いやはや、数時間前に「俺の彼女に近付くな」と言ってのけた人間とは思えません。いや、あの時も物腰穏やかだったけども。つーか、なに? 俺が夏菜にそのことばらさない腰抜けだって侮ってるのか? 舐めんなよ? その通りだけどね?

 難しい顔をして金田先輩を睨んでいると、金田先輩の後ろから夏菜が俺に声をかけてきた。

「どうしたの、純?」

「え? あ、いや……別になんでもねえよ。そ、それじゃな」

 そそくさとその場から逃げ出そうとする。が、金田先輩にアッサリ声をかけられ引き止められた。

「こんな時間までバイトなんて大変だね、長谷川君」

「え……」

「大山から聞いてるよ。週三日、近所のスーパーでバイトしてるんだろ?」

「はあ……」

 金田先輩の言葉に、俺はチラッと夏菜に視線を向けた。そして、俺と目が合うと夏菜はそっと俺から目を逸らした。

「えっと……二人はなんですか。こんな時間までデートですか?」

「あれ、知らなかった? 僕、時々、大山の家で夕飯ご馳走になってるんだ。大山のお母さん、料理上手だよな。それにすごい若くて美人だしさ。君もそう思うだろ?」

「え……あ、ああ。でも、あの人におばさんは禁句ですよ。笑顔で尻叩いてきますから。百回」

 俺の言葉に金田先輩は、はは、と笑ってから「じゃあ、俺帰るから。またな、長谷川君」と言って俺の肩をポンと叩いた。そして、振り返った金田先輩は、後ろに立つ夏菜におもむろにハグした。

 突然の出来事に、俺はただ目を丸くすることしかできなかった。

 ぽかんとした表情の後に、顔を赤くして目を泳がせる夏菜。そして、そんな夏菜と目が合っても、俺は俯くことしかできなかった。

「バイバイ、大山。今日は楽しかった」

 そう夏菜の耳元で囁いてから、金田先輩は帰っていった。

 金田先輩がいなくなってから、俺たちは向かい合ったまま一言も言葉を発せずに、その場に突っ立った。重苦しい沈黙の中で、今すぐにでもその場から逃げ出したかったのに、足が地面に張り付いてしまったように、動かなかった。やがて、夏菜がおずおずと俺に声をかけてきた。

「あ、あの、純……」

「わりぃ。俺、疲れてるから。じゃあな」

 自分でも驚くほど感情のこもらない冷たい声が漏れた。今は、駄目だ。これ以上夏菜と向かい合っていたら、夏菜を傷つけてしまいそうだった。振り返る俺の名前を夏菜が呼んだ。その声を無視して歩き出そうとすると、夏菜が後ろから俺の手を取った。

「……なんだよ」

「待ってよ、純。純、誤解してる」

「……別に。見たまんまだろ。つーか、気兼ねする必要ないだろ。お前ら付き合ってんだから」

 俺の言葉に、夏菜はそっと俺から手を離した。俺の手から夏菜の温もりが消える。その感覚は、揺らいでいる俺の気持ちを揺さぶった。もう一度俺の名前を夏菜が呟く。そして、夏菜は言葉を発した。

「私……今日ずっと待ってたんだよ。純が、昨日の続きの言葉、言ってくれるの」

その瞬間、俺の中で今まで溜め込んでいたものが、せきを切ったように溢れ出した。

「……分かったよ。だったら、言ってやるよ」

 そう言って、俺は振り返って夏菜を見つめた。

「俺、お前のこと好きだ」

 吐き捨てるように投げ出したその言葉は、昨日伝えられなかった言葉と同じだった。それでも、それはただ俺たちの間を虚しく通り過ぎて、辛そうに俺の名前を呟く夏菜の表情のせいで、もう、歯止めは利かなかった。

「だから、もう俺に構うなよ。傍でお前らがいちゃついてんの見るのきついんだよ」

「止めてよ……そんな言い方」

「だって、そうだろ。昨日だってお前ら昼休みに視聴覚室で抱き合ってたろ。つーか、待てたって? お前もう俺の気持ちに気付いてたんだろ。なのに、こんな時間まで金田先輩と会ったりしてよ。それで俺に好きだって言わせて、お前なにがしたいわけ? つーか、さっきのって俺へのあてつけか? お前ら二人で俺のこと馬鹿にしてんだろ?」

「違う……」

「なにが違うんだよ! 俺が今までどんな気持ちでお前と接してきたか分かるかよ! もう……これ以上我慢できねえんだよ!」

 せき止めていたもの全てを吐き出した後に残ったのは、後悔と夏菜の泣き顔だけだった。俺は、夏菜をその場に残して、自転車にまたがり行く当てもなくペダルを思いっきりいだ。冷たい風が、虚しく俺の体を通り過ぎた。


 

 


 

 




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