44.相談相手
「ふうん。それで長谷川君ブルっちゃったわけか」
「いや、面食らっただけですけどね?」
「ま、どっちにしろ、何も言い返せずに指を銜えてたんでしょ」
「もっとソフトに人の相談に乗れないのか、あんたは」
「文句あるなら他当たれば?」
「すいませんでした」
さて。只今バイト終わりに、24時間営業のファミレスで遅い夕飯を摂ろうというところなのだが、メニューを注文して五分で俺は早速この人に相談を持ちかけたことを後悔し始めていた。
窓際のテーブル席で俺の向かいに座った杏奈さんは、堂々と煙草をふかしながら「で?」とテーブルの上に頬杖をついた。
「結局君はどうしたいわけ? 要はそこでしょ」
「その前に、柏木さんってまだ十八でしたよね。何、堂々と煙草吸ってんスか」
「ちょっと。まだ十八ってね。君こそまだ十六でしょ。年下のクセに、まだ、なんて生意気な口叩かないでくれるかな」
「いや、違いますって。俺が言いたいのは、喫煙は二十歳になってからってことです」
「知ってるよ。でも、私好きな人の言うことしか聞く耳持たないので、悪しからず」
平然とそんなことを言ってのける杏奈さんは、悪びれもせず煙草の煙をふうと俺の顔に吹きかけた。まあ、良識のある人間なら初めから煙草など吸わないのだから、これ以上なにを言っても無駄だ。つーか、相手が杏奈さんの時点で無駄だ。そして、やはり人選ミスだったことを悟り、俺は深くため息を吐いた。
柏木杏奈。俺より二つ年上のこの人は、二月ほど前に俺のバイト先に入ってきた後輩だ(年上だけど)。ちなみに、俺は毎週、月、火、水の三日間、近所のスーパーで清掃員のバイトをしている。んで、なぜ俺がこの人に相談を持ちかけたのかといえば、理由は一つ。同世代の人間が俺のバイト先にはこの人しかいなかったからだ。
あくまで仕事上だけの付き合いだが、二ヶ月の間でこの人の人間性は大方把握している。見た目こそさらさらヘアーの黒髪ロングに、身に着ける服も控えめで大人しめのものを好む、落ち着いた印象のお姉さんなのだが、休憩室で堂々と煙草をふかしているこの人を目の当たりにして、その印象は吹き飛んだ。仕事は一応真面目にやるが、マイペースというか、協調性に欠けるというか、とにかくこの人は嫌いな人間の言葉には聞く耳を持たない。それが災いして幾度もトラブルを巻き起こし、もちろん先輩で同世代の俺がそのフォローに回ることはお約束になっている。こっちにしてみればいい迷惑なのだが、この人のストレートな性格は羨ましくもあり、少し天然の入った挙動はどうしても憎めないのだ。
しかし、そもそも、麗美や大樹に相談できれば何の問題もなかったのだが、今、大樹とは冷戦状態だし、昨日の今日で麗美に相談するのもあれだし。ってか、近場で相談したら、夏菜に情報が漏れそうで怖い(今更だが)ので、杏奈さんに「飯をおごる」ことを条件に相談に乗ってもらっているのだが……。
「で、君はどうしたいの」
「いや、どうって言われても……」
「じゃ、彼女に気持ちを伝えたいのか、彼女とどうにかなりたいのか、どっち?」
「とりあえず、両方……ですけど」
「二兎を追う者は一兎をも得ず。ご愁傷様です。はい、おしまい」
「……あんた、飯が来る前にさっさと終わらせようとしてねえか?」
俺の言葉に、杏奈さんは目をぱちくりさせてから、つつっと俺から目を逸らして、窓の外を眺め、厳かな表情のまま、ボソリと呟いた。
「ばれたか……」
「真面目にやれ、馬鹿野郎」
程なくして、店員が注文した料理を運んできた。
「確かに、何か困ったことがあれば遠慮せずに言って来いって、君に言った憶えはあるけどさ、なんか幻滅」
運ばれてきたカルボナーラをすすりながら、杏奈さんは上目遣いに俺を見ながら、そう言った。
「好きな子に告白するしないで相談に乗ってなんて、女々しいったらありゃしない。ってか、君って処女の中学生?」
「……すいませんね、男らしくなくて」
「まあ、こうしてタダ飯にありつけたからいいんだけど」
だったら黙って相談に乗れ。と俺は心の中で呟いた。
「で……真面目な話どうしたらいいと思います?」
とりあえず、杏奈さんには「好きな女に告白をしたいが、その女には恋人がいて、でも告白しようと思ったら、その女の恋人に近付くなと凄まれた(ちょっぴり、脚色)」と大まかな事情を伝えている。そして、杏奈さんは皿の上でカチャカチャとフォークでカルボナーラを弄びながら「だから、それってさ」と言って、俺に目を向けた。
「結局君がどうしたいかってことでしょ? 私にできるのは、君がどうしたいのかを聞いてあげることだけ。私がやめとけって言ったら、君大人しく身を引くの?」
「いや……」
「――で? 君はその子に告白するの。しないの」
「……」
相談相手を間違えたのか。それとも、正しかったのか。どちらにしろ、この人のストレートな性格は、見習いたいとは思わないけど、やっぱり羨ましかった。そして、俺は小さくため息を吐いて声を出した。
「……します」
「うん。がんばってね。応援してる」
そう言って、カルボナーラをすする杏奈さんに俺は苦笑した。