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42.告白

「ぐへぁ……」

 夏菜の家へお邪魔して、ダイニングのテーブルに並べられた料理の数々を目の当たりにして、俺は精神的にダメージを受け、思わず呻き声を漏らした。そして、そんな俺をめっさ怖い顔をして夏菜が睨んできた。

「ちょっと、純。もちろん、それ感嘆のリアクションよね?」

「え? ……うん」

「その間はなに?」

「本音?」

「馬鹿!」

 いや、しかし、すっかり忘れていたが夏菜は料理音痴だったのだ。そのレベルがどの程度のものかといえば、テーブルの上に並べられた無残な料理を見れば分かるだろう。

 えー、本日のおかずは、焼き魚の黒焦げ仕立てに、ウインナーの黒焦げカリカリ仕立てに、り卵の黒焦げ仕立て、そして、どこかの沼から採取してきました風、ダマダマ味噌汁に、シーチキンサラダ。うん。まともなのはシーチキンサラダだけだ。手を加える必要がないからね。

「いいよ。嫌なら食べなくても」

 そして、夏菜は一人膨れながら自分の分のご飯をよそい、席に着いた。そして、勇敢にもスペシャルメニューに手をつける夏菜を俺はダイニングの入り口に突っ立ったまま、黙って見守った。

「料理は見た目じゃないのよ。味さえよければ――」

 その言葉も、たった一口で遮られ、夏菜は静かに箸を置いた。そして、神妙な顔で虚空を見つめる夏菜に俺はそっと声をかけてやった。

「……外食にするか?」

 夏菜は肩を落として呟いた。

「はい……」








 さて。近所のラーメン屋で夕飯を済ませてから、只今、夏菜とともに家路を辿っている俺の頭の中は、告白という二文字の言葉に乗っ取られていた。夏菜の料理音痴のおかげで、家で二人っきりの時に、思い切って告白しちゃえ! という俺の完璧なプランは幻に終わったわけで、しかし、たった今この二人っきりで歩いているこの絶好の状況を前にただ黙って歩くことしかできない俺は、なんという腰抜けか……いや、最初から腰抜けなのは知ってるけど。

 なんか、料理失敗に落ち込んでる夏菜は終始無言で、そんな夏菜を慰めようと「気にすんな」と声をかけたところ「お前の料理音痴は今に始まったことじゃねえだろ」などと、余計な一言で墓穴を掘り、ますます夏菜はしゃべらなくなっちゃった次第で、めっさ空気重いです……はい、とても告白なんて空気じゃありません。なんて言ってるうちに、はい、家に着いちゃいました。んげげぇ!

「じゃあね、純」

 そう言って、門扉をくぐっていく夏菜に「お、おぅ」と声を返して、俺は振り返った。でも、足はその場から動かなかった。ここで何もできなければ、もう、ずっと夏菜に気持ちを伝えられない気がした。

(決めたの。これから、純とは少し距離を置こうって)

 あの時、夏菜にそう言われてなにも言えなかった時に感じた喪失感に似た何かが、俺の胸を詰まらせた。あるいは、もう、その時に俺は夏菜を失っていたのかもしれない。今は夏菜の気持ちは金田先輩に向いているのかもしれない。

 でも、自分の気持ちをごまかし続けて、この先いつまでも一人で傷ついていくのは嫌だった。結果がどうであれ、気持ちを伝えなければ前に進めない気がした。俺も、そして、夏菜も。

「か、夏菜!」

 思わず、振り返って夏菜を呼び止める。玄関のドアに手をかけていた夏菜が立ち止まって、俺を振り返った。

きょとんとした顔をして「なに?」と声を出してくる夏菜に、俺は勇気を振り絞って「好きだ!」と叫ぼうとして、しかし、その言葉は声にならなかった。

 金魚のように口をパクパクさせる俺を見て、夏菜は首を傾げながら「な、なあに?」と慎重に声を発してきた。俺は気を取り直して、深く息を吸って吸って吸って吸って、盛大に息を吐きながら咳き込んだ。そして、一連の俺の挙動不審な行動を、難しい顔をしながらも、無言で見守ってくれている夏菜に、落ち着きを取り戻した俺は、話しかけた。

「ちょっと、話があるんだけど……聞いててくれるか?」

「う、うん……」

 こくりと頷いた夏菜に軽く笑って見せて、俺は静かに息を吐いた。そう、いきなり好きだ、なんて言えるわけがない。徐々にでいいんだ。少しずつ、この気持ちをほどいていって、夏菜に伝えていけばいいんだ。

「母さんが死んだ時、俺、泣けなかったんだよな」

「え……」

 俺の唐突な言葉に、夏菜は戸惑うように声を漏らした。それでも、夏菜は戸惑いながらも、俺を見つめながら俺の言葉の意味を真剣に汲み取ろうとしてくれていた。

「分かってたんだ。夏菜みたいに素直に泣けばいいんだってこと。でも、泣けなかった。どうやって泣けばいいのか分からなかった。泣いたら、母さんが死んだってこと認めたことになる。そしたら、ほんとにもう二度と母さんに会えなくなる。そんな風に思ってたのかもしれない」

「純……」

「それから、三週間、毎日病院の敷地内にある公園に通った。ベンチに座って、なにをするでもなく病院の外壁を眺めてた。そうしてれば、いつかひょっこり母さんに会えるような気がした。でも、会えなかった。その代わり、三週間目の雨の日に、恵美と会ったんだ」

「……」

(そういう時はね。嫌な事を忘れられるきっかけを作れば少し楽になる。だから、私はいつも雨が降ったらこうしてる)

「雨の中、傘も差さずに雨に濡れてるパジャマ姿の女の子が、そう教えてくれた。その時、なんだか分からないけど、俺、泣いてた。なんでかな、その時分かったんだ。もう母さんには会えないってこと。そしたら、自然に涙がこぼれてた。その前にも、一度恵美のこと見てて、でも、好きになったのはその時からだと思う」

 俺の言葉に、夏菜はそっと俺から目を逸らした。でも、俺は構わず続けた。

「母さんが死んで、でも、恵美がいてくれたから俺立ち直れた。でも、恵美がいなくなってから……そして、死んだって知ってから、俺を立ち直らせてくれたのは、多分、夏菜だった」

「え……」

「夏菜は、あの時俺に恵美を今でも想ってるって言ったけど、今、俺が一番大事に思ってるのは恵美じゃないんだ」

 夏菜が、驚いたような戸惑ったような表情で俺を見つめる。分かってる。この先の気持ちを伝えてしまえば、もう、今まで通りの仲のいい幼馴染じゃいられない。でも――。

「俺……お前のこと――」

 心臓の鼓動が、今までにないほど高鳴っている。口がうまく動かない。顔が熱い。夏菜が熱を帯びた瞳で俺を見つめる。息を呑む。おぼつかない唇を、意を決して動かす。少しの間流れた沈黙が――破れた。

「――す」

「あー疲れたー!」

 背後からいきなり割り込んできた無遠慮な大声に、俺は飛び跳ねて驚き、ガバっと背後を振り返った。すると、そこには――。

「さ、さささささ紗枝さんん!?」

「こんばんは、純君。いや、いや、参ったよー。こんな時間まで残業させられちゃってさあ。ったく、人使い荒いのよ、あのハゲ店(ハゲ店長)は」

 そう言って、笑いながら俺の肩を叩きつつ、紗枝さんは悪びれずに声を出した。

「ところで、こんなところでなにしてんの二人とも?」

「あ、いや……その……」

 恐る恐る振り返り、夏菜に目を向ける。と、同時に夏菜の声が鳴り響いた。

「お母さんの馬鹿ぁ!!」

 荒々しく玄関のドアを開け、家に入る夏菜。そんな夏菜のリアクションに、紗枝さんは目を丸くして、俺に問いかけた。

「……な、なに。私、何かまずい事したの?」

 俺は、なんとも言えず、ため息を吐いた。




 




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