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39.秘め事

 ふと眠気に誘われて意識が途絶えると、大抵夢の中にあの頃の記憶が顔を出している。最近……そう、あの雨の日に神木沙里と会ってから、度々あの頃の夢を見るようになった。

(お姉ちゃんのこと忘れるなんて、私が絶対許さない)

 あの時の神木沙里の言葉にまるで暗示をかけられたように、恵美との出会いの思い出が何度も何度も顔を出す。あの日、雨に身を任せていた神木沙里の姿が、どうしても、あの時の恵美と重なった。

「……」

 まあ、女心に追い掛け回される悪夢を見るよりはだいぶマシか、などと心の中で軽口を叩きつつベッドから起きる。部屋の電気をつけると、時計は七時三分を指していた。

 夏菜を避け始めた日から、紗枝さんにはしばらく夕飯は要りませんと謝って、昨日まで一人寂しくコンビニ弁当で済ませていたのだが、果たして今日夏菜は夕飯を呼びに来るだろうか。来るとしたら、もうそろそろいい時間なのだけど、できれば来て欲しくはなかった。

 いや、だって、好きな女が他の男と抱き合ってる光景を目の当たりにしたその日に、何食わぬ顔して夕飯をご一緒にって、罰ゲームにしてもタチ悪くね? つーか、その日のうちに何食わぬ顔して一緒に帰るってだけでも拷問だっての。しかし、夏菜が呼びに来るすなわち、それは夏菜が俺に望んでいることであり、友達として、俺はそれを受け入れてやらなければならない……。くそぅ。今更ながら、なんて損できっつい役回りだ、これ。

 ガラスのように脆いボクたんの心は、もうひび割れて、粉々に砕け散ってしまいそうだにゃー! などと、一人はっちゃけてみたところで、元気は沸いてきませんでした……。

「はあ……」

 ため息を吐きつつ、よどんだ空気を換気するため、部屋の窓を開ける。湿った風が部屋の中を吹き抜けて、レースのカーテンを揺らした。今朝からずっと降り続いていた雨は、どうやら止んだらしい。なんだか青っぽい匂いをはらんだ風が、星の見えない夜の風景の中を走り回っている。

 深く深呼吸をしていると、部屋の中にチャイムの音が響き渡った。俺は、小さく二度目のため息を吐いて、階下に下りた。

「――あ、あれ?」

 しかし、玄関の外に立っていたのは、夏菜ではなくて――。

「こんばんは。ごめんね。突然」

「れ、麗美……? どした?」

 目を丸くして声を出す俺に、麗美はばつが悪そうに俺から一度目を逸らしてから、もう一度俺に目を戻して、控えめに微笑んだ。

「――ちょっと、いいかな」









 麗美が俺の家を一人で訪ねてくるのは、これが初めてのことだった。一見して男受けしそうな外見に、社交的で我の強い性格、そして彼氏が女癖の悪い大樹と来ているので、付き合いが浅いと、麗美はよく我が侭な軽い女と誤解されがちだ。だが、一年ほど友達として接していれば分かるが、麗美は友達想いのいい奴だった。普段は男勝りだが、大樹と付き合い始めた日を記念日にしたり、大樹からのプレゼントを三年経っても大事に肌身離さず身に着けたりと、一途な面も持っている。そんな麗美だから、彼氏の友達、特に親友の俺とは付き合い方も気を遣っているのだろう。だから、こんな風に麗美が一人で俺の家を訪ねてくるなんて事は今まで一度もなかったのだ。

 その麗美が今ここに居る時点で、何か大きな意味があることは理解できた。学校では済ませられない話を、麗美がここに持ち込んでいることは明白で、その話に俺がかんでいる事も明白だった。

 とにかく、玄関で立ち話もなんだったので、俺は麗美を家に上げた。素直に「お邪魔します」と言って家に上がってくる麗美に対し、妙な緊張を覚えながら、俺は麗美をダイニングルームに通した。体にぴったり張り付くようなTシャツとデニムのショートパンツ。こういったラフな格好を麗美は好んで身に着けるが、麗美にはもう少し自分の体を服で隠すということをして欲しい。確かにスタイル抜群のその体を出し惜しむのは勿体無いのだろうが、無意識にもかもし出されるフェロモンにいちいち振り回されるこっちの身にもなって欲しいものだ。とりあえず、俺は麗美の体を見ないように意識しながら、部屋の中をきょろきょろと見回している麗美に頭を掻きつつ、声を出した。

「えっと……お茶でも淹れようか?」

「いいよ。ってか、そんな改まらないでよ。なんか、緊張するから」

 そう言って、困ったように微笑む麗美に俺も苦笑を返した。

「……だな。なんか、変な感じだし。その、麗美と二人っきりってのも」

「うん。ごめんね、突然」

「いや、俺は別に構わないんだけどさ」

 そう言って、俺はダイニングのテーブルに据えた椅子に座るよう麗美を促してから、麗美の向かいに座った。

「で、今日はまた突然どうした?」

 回りくどく攻めてもしょうがなかったので、俺は単刀直入に切り出した。そんな俺に、麗美は「うん」と声を出してから、そっと顔を俯けた。どうやら、何か話しづらいことのようだが、ここは麗美が話し出してくれるまで待つことにする。

 少しの沈黙の後、麗美はそっと顔を上げて、俺に目を向けた。

「今日は純君に謝りに来たの」

「――え?」

「ほら。前に、私純君に怒鳴ったでしょ。夏菜とのことで」

「あ、ああ……」

「あれから、ちゃんと謝ってなかったでしょ。私もちょっと意地になってて、それで、謝るタイミング逃して、気がつくと純君となんだか気まずくなっちゃってて。だから、今日は面と向かってきちんと謝るためにお邪魔しました」

 そう言って、麗美はちょこんと頭を下げてから「ごめんね」と声を出した。そんな麗美に、俺は苦笑を返すしかなかった。

「相変わらず、気持ちのいい性格してんのな。女にしとくの勿体ないぜ」

「そうでもなきゃ、大樹の彼女は務まらないよ」

「違いないな」

 そう返すと、麗美はくすっと笑った。それから、気を取り直したように麗美は声を出した。

「ねえ、純君。今日、昼休みに大樹となに話してたの?」

 やはり、麗美はそのことも気にしていたようだ。思えば、前にも大樹と取っ組み合った時、麗美は随分俺と大樹の事を気遣っていた。そして、今日のあれが、いつもの漫才ゲンカではないということも、感じ取っていたのだろう。

 真剣な顔をして答えを待つ麗美に、ごまかしは効かないだろう。何より、麗美に嘘はつきたくなかった。俺は、今日大樹と話したことを包み隠さず麗美に話した。

「そっか……」

 話を聞いた麗美は、そう呟いて俺から目を逸らした。そして、その後に俺に微笑みかけてきた麗美の顔が、何か辛そうに見えたのは俺の気のせいだろうか。

「ありがとね、純君」

「……なあ、麗美。お前、本当はキツイんじゃねえのか」

「え……」

「なんだかんだ言ってても、お前って優しいだろ。その優しさに甘えて大樹が他の女と遊んだりしてるんだ。もちろん、それがただの遊びとかだとしても、そういうの、お前にしたらほんとは辛いんじゃないのか。もしそうなら、きちんと言った方がいいと思う。キツイならキツイってさ。お前、あいつの彼女なんだから」

 俺の言葉に、麗美はありがと、ともう一度呟いた。

「でも、平気。あいつの浮気癖は今に始まったことじゃないもん。それに、大樹は私のこと一番大事に思ってくれてるって、信じてるから」

「……そっか。ならいいよ。でも、お前の彼氏だからって、容赦しねえからな」

「え?」

「もしお前を泣かしたりしたら、俺あいつをぶん殴るから」

 俺の言葉に、麗美は目を丸くしてから、ぷっと笑った。

「もしかして、私今口説かれてる?」

「いや、そんな恐ろしい真似誰がするか」

「なんですって!」

 そう声を上げてから、麗美は可笑しそうに笑った。そして、ほんの少し訪れた沈黙の中で、麗美は静かに声を出した。

「……ありがとね、純君」

 黙って微笑み返してやると、麗美はそっと俺から目を逸らした。そして、「やっぱり、私、このまま黙って見てられないよ」と、麗美は独り言のように呟いた。

「え?」

「私、やっぱり、純君の隣には夏菜がいて欲しい。だってさ――」

 そう言って、麗美は俺を見つめた。

「夏菜は、純君のことが好きなんだよ」




 


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