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36.ラブシーンは突然に

 さて。昼休みのこの時間は、普段夏菜は金田先輩と弁当を食べているらしいのだが、困った。とりあえず、金田先輩の所属する3−Bの教室まで行ってみたのだが、そこに金田先輩の姿は見当たらなかったのだ。

 えー。長身細身の、今時珍しい染髪してない短髪したハンサムなスポーツマンっぽいお方、つまり金田先輩はどちらですか、と最寄の男子の先輩に尋ねたところ、十五分ほど前に彼女と一緒に仲良く教室を出て行ったとか。おっと、見ず知らずの先輩の「彼女と一緒ハート」発言に、思わずメンチ切ってしまいました。すいません、深い意味はないのでそんな喧嘩腰で睨み返さないでください。

 さて。親切な先輩と喧嘩になりそうになったところを慌てて南が仲裁に入り、その場は一件落着。しかし、いつも二人は屋上で仲良く昼食をご一緒してやがることは判明したのだが、今日は生憎の雨模様。雷雲渦巻くどしゃ降りだ。そんな中、屋上で弁当を食べようなんて強情な輩はおそらくいないだろうというわけで、とうとう手の打ちようがなくなった。ちくしょう、夏菜め。どこで金田先輩とイチャついてやがる。

 と、廊下で一人歯軋りしている俺に、南が恐る恐る声をかけてきた。

「あ、あの、先輩?」

「ん? え、い、いや、誤解すんな。別に俺は金田先輩をぶちのめしてやろうなんて、物騒なことは全く考えてないぞ」

「え……。そ、そんなこと考えてたんですか?」

「――え? あー……いやいや。ジョークに決まってんじゃん」

「そ、そうですよね」

 そう言って、苦笑を返してくる南。

 うん。でも、先輩今歯軋り――と思いながらも、そんな本心を口には出せないってのが、バカ正直にその苦笑に表れてるぞ、南。君は本当にいい子だねえ。

 さて、冗談は(あくまで)置いといて、マジで困ったな。もう昼休み終わるまで十分も残ってねえし。このまま校内を探したとこで夏菜を見つける前に昼休み終わっちまうぜ。というわけで、昨日のことは俺から夏菜によろしく伝えといてやるから、授業に遅れる前に教室に戻っておけ、という俺の言葉に、南は少し残念そうに、それでも素直に頷いた。

 小さく頭を下げてから、自分の教室に戻っていく南と別れて、俺も自分の教室に戻ろうとしたが、ふと足を止めた。

 そうだよ。今は大樹と気まずいんだった。今、教室に戻ったら、厄介(ガチで喧嘩とか)なことになる恐れがあるな。というわけで、時間ギリギリに教室に戻ることにして、校内を一人でぶらつくことにした。しかし、次の授業は数学だからな。間違っても遅れるわけにはいかねえぜ。って、いや、別に今の何の振りでもねえからな? もう、神楽先生の体罰はご勘弁だってばよぅ!

 いや、しかし、一人になると、独り言が多くなっていかんな。と言っても、ほんとにしゃべってるわけじゃないのだが。まあ、時々気を抜いてる時とか知らず知らずのうちに口に出してる時もあるけど、もしかしてこれもなんかまずい病気ですか?

 くだらないことをとりとめもなく考えながら、校内をぶらつく。そして、ふと、さっき南と話していたことを思い返してみる。

 南と一緒に三年の教室に行く途中で、ふと、神木沙里かみきさりの話題が持ち上がったのだ。今までそれどころではなかったので彼女のことをすっかり忘れていたが、南が神木沙里のことを話し出してきたのだ。この前俺に相談を持ちかけてきたこともあるからだろう。とりあえず、一日学校を休んだ次の日には、神木沙里は登校してきたらしい。どうも、それ以降、神木沙里は無口になってしまったというのだが、そもそも、あの子の平時の状態を詳しく知らない俺には、南には悪いがいまいちピンと来ない話だった。

 なんせ、神木沙里と初めて会った時、彼女は独り言を呟き、その様はまるで夢遊病者のようだったのだ。でも――。

(お姉ちゃんのこと忘れるなんて、私が絶対許さない)

 あの時の神木沙里は明らかに正気だった。そして、もし初めて俺と会った時のあれが「障害者」に見えるようにした演技だったとしたら――?

 真意は本人にしか分からない。ただ、神木沙里が壊れてしまっていることは確かだ。本人がそのことに気付いているのか、いないのか。そして、意図していようがいまいが、その事実が哀しいことであることに変わりはない。

 いつだって、悲しい予感はそっと忍び寄ってくるのに、そのきっかけは残酷なほど唐突にやってくる。

 あの頼りない細い肩に神木沙里が背負ったものは、運命の一言で片付けられるほど軽いものではないのだろう。世の中の全てが真理や理性で片付けられるというのなら、今頃世界からはとっくに戦争なんてなくなっている。

 あの時、雨の降る中見上げた神木沙里の目には、きっと、いつか失くしたものが見えていた。ただ、そこに立ち尽くして見上げることしかできなかったのは、手を伸ばしてみても暗く沈んだ空に触れることはできないと知っていたからだ。

「……」

 一人で珍しく神妙(自分で言うのもなんだが)に考え込みながら校舎をぶらついていると、途中、視聴覚室の横を通った。いや、通ったというか、通り過ぎる直前に俺の足はその場に張り付いて止まっていた。

 教室のドアが開き、中の様子は筒抜けだった。そして、そこに夏菜と金田先輩の姿を見つけたのだが、その映像はあまりにもショッキングなものだったわけで。

 抱き合っている二人の姿は、まるで時間が止まった静止画像のように感じられた。

 一瞬か、一秒か、十秒か、百秒か。その間、俺はその光景を呆然と眺めてから、気がつくとその場から逃げるように駆け出していた。

 胸の鼓動が痛いくらい高鳴っていた。それなのに、体中の血の気は引いて、油断すると今にも何かが破裂して、暴れだしてしまいそうだった。

 怒りとか悲しみとかそういう感情に似て、それとは全く別な何か。このめちゃくちゃで、泣きそうな気持ちは、おそらく切ない、というものなのだろう。

 しかし、センチメンタルに浸る暇もなく、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。そして、気がつくと旧校舎の壁に手をついていた俺は、次の授業が数学であることを思い出し、全力で教室を目指して走る羽目になった。


 



 


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