34.八つ当たり
「いや、昨日はマジやばかったぜ。二次会に行く途中で麗美と鉢合わせになりそうになってよ。結局、見つかる前に解散だぜ……ったく、ついてねえ」
「ふうん。それは災難だったな」
ち……。運良く難を逃れやがったか。
昼休み。例のごとく俺と大樹は机を挟み、昼食を摂っていた。つーか、最近なんかずっとこいつとつるんでるような気がするのは気のせいか? 麗美とは、なんか夏菜のことで怒鳴られてから、あんまり話さなくなっちまったからな(向こうが明らかに俺のこと避けてる)……。まあ、夏菜とは今まで通り普通に話せるようにはなったんだけど――。
「ま、そんなことより、純。いい加減もったいぶらずに教えろよ。昨日はあの子とバッチリ決めたんだろ?」
「え? ――あー……うん」
昨日の晩から「うまくやったのか」だの「決めたのか」だのこいつからうっとうしいメールが頻繁に送られてきたが、面倒くさいので無視。そんで、案の定顔を合わせればまた、この調子だ。朝からずっと無視していたのだが、いい加減もう真面目に答えるのもたるいので、俺は適当に相槌を打った。
「そうか……お前もとうとう童貞を捨てたか。で? 具合はどーだった?」
「えーと、最高だった」
「だろーなあ。初めての相手があんな可愛い子なら上出来だろ。ってか、感謝しろよ。俺のおかげで、お前もやっと大人になれたんだからな」
「そうだね、ありがとう」
「……なんだ。なんかやけに素直だな、お前」
適当に返事を返す俺に、大樹は目を細めて俺を睨んだ。そんな大樹に、俺はまた適当に「気のせいだろ」と返事を返す。
「そうか。ま、なんだ。お前今日夏菜と普通に話せてたみたいだけど、こっちも吹っ切れたみたいだな。やっぱ、女ができると違うだろ?」
「そうだね、ありがとう」
「つまんねえの。てっきり、修羅場になると思ったのによ」
「……」
麗美に見つかっちまえばよかったのに。と、内心で舌打ちしながら、俺はふと思ったことを大樹に振った。
「つーか、大樹。お前って、いつもあんなことしてんのか?」
「あ? あんなことって?」
「合コン」
「あー、ま、時々だな。麗美の監視が厳しいからよ。まあ、俺の場合黙ってても女の方からお誘いが来るんだよ」
そう言って、キザっぽく頭をかきあげる大樹。いや、坊主のお前にかきあげる髪はないぞ。つーか、女相手に黙ってるお前など一度も見たことないが。とツッコみどころ満載だったが、とりあえず話の腰が折れるので黙っておこうか。
「お前さあ、彼女いんのにそんなことして平気なの?」
「ふ……青いな、純。長く付き合うようになればお前にも分かるさ。なんつーか、新鮮な刺激? そういうのが欲しくなるんだよ」
「勘違いすんな」
「――あ?」
「お前の事なんか聞いてねえよ。お前がそういう事してて、麗美は平気なのかって聞いてんだよ」
俺の言葉に、大樹は少しの間俺を見てから、つまらなそうに目を逸らした。
「んだよ。んなことお前に関係ねえだろ」
「答えになってねえぞ」
「――あ?」
苛立たしげに声を返して、俺を睨む大樹の目には、いつもの漫才ゲンカとは違う、本物の苛立ちが込められていた。が、大樹のその態度にイラついているのはこっちだって同じことだった。俺は大樹を睨み返したまま、それでも、感情を抑えて声を出した。
「前に麗美が俺に言ってくれたことがあんだよ。純君は私の大事な友達だってな。んで、俺も麗美のことそう思ってるわけだ。だから、もし麗美を泣かせるような真似してみろ」
そう言って、俺は大樹の襟首を掴み上げた。
「相手がお前でも、許さねえからな」
「……放せよ」
しばらくお互い微動だにせず睨み合ってから、俺は大樹から手を離した。ちらりと見ると、女友達とおしゃべりをしていた麗美が、困惑した表情をして俺を見ていた。俺は、ぽりぽりと頭をかいてから、教室を後にした。
っくそ。なにをイラついてんだ、俺は……?
しかし、昨日のことはどうしても、許せんかった。決めたのかだの、うまくやったのかだの。酔わせて、無防備なところを襲えって言ってるようなもんじゃねえか。そんなの、女の子の気持ちを無視した最低の行為じゃねえのかよ。大樹の野郎、平気な顔して俺のおかげだなんて言いやがって……。てっきり、俺の適当な返答にツッコみ入れてくると思ってたのによ。マジに受け取んなっての、馬鹿野郎。
――あいつは、平気でそんなことができる奴なのだろうか。普段バカで、女に弱くて、でも、根っこはそういう奴じゃないと思ってた。
同じ状況でもし昨日南の相手が他の男だったとしたら、南は本当にそういう目に遭ってたかもしれねえんだ。まあ、南本人にも問題はあるのだが……。
――つっても、大樹は多分俺が南相手にそういうことしないって事、多分分かってたんだよな。その上で、俺をからかって遊んでたと。んで、そうなるとやっぱ、今回は俺があいつに八つ当たりしたって事なんだろうな、これは……。
(それ以上は、私何も望まないから……)
昨日の夏菜のあの言葉が、俺の胸に張り付いて離れない。本当は、俺が夏菜にそれ以上を望んでるから。でも、夏菜にああ言われたら、俺は何もできねえよ……。
昨日から抱えてるこのフラストレーションを、そっくりそのまま大樹にぶつけちまった。まあ、あいつにも非はあるんだけど、当分、あいつとは普通に戻れねえかもな……。
ため息をつきつつ、廊下をぶらぶらと歩く。すると、階段の踊り場で、背後から不意に誰かに呼び止められた。
「あ……」
振り返ると、そこには南が立っていた。