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33.大事な友達

 一分後、玄関のチャイムが鳴り、俺は夏菜を家に上げた。夏菜とまともに面と向かうのは、実に約10日振りだった。それだけでも気まずいというのに、更にこの状況が上乗せされれば、その気まずさはもはや向かうところ敵なしだ。はい。とても夏菜に合わせる顔などありませんでしたが、これもすべては南のため……!

 というわけで、リビングのソファに寝る南を前にして、呆然と立っている夏菜に、俺は恐る恐る後ろから近付いた。

「どういうこと?」

 振り返らずに発せられた夏菜の第一声は、思いの他冷静なものだった。しかし、今の俺にそんなものは何の気休めにもならないわけで。

「い、いや、その、これは、その、いわゆる、なんというか、つまり、その、俺はべ、別に何も――」

「落ち着いて。とにかく、事情を説明してよ、純」

 そう言って振り返った夏菜は、俺を見て苦笑した。

そんな夏菜を見て、こんな状況だというのに、安心している自分がいた。この安心感は、この状況を前にして、夏菜が全く怒っていないからか、それとも、この十日間の隔たりを全く感じなかったからか、どっちに対してのものだろう?

いや、多分……夏菜と普通にこうしていられることに、俺はほっとしているんだと思う。

「あ、うん……。わり」

 ほっと息をついて、俺は夏菜に事情を説明した。







 まず、南の替えの服は別に女物じゃなくても、Tシャツで間に合ったこと。住所が分からなければ、南のケータイのメモリーから自宅の電話番号にかけて、親に事情を説明して迎えに来てもらえば済むこと。また、いきなり娘のケータイから男が電話をかけてくれば、向こうも余計な心配をするだろう、等々。あたふたしていた自分がまるっきり馬鹿だと思えるぐらい夏菜は冷静で、的確に俺の尻拭いをしてくれた。

 Tシャツに着替え終えた南は、相変わらず気持ちよさそうにソファの上で眠っていた。一方、とりあえず南の親に事情を説明し終えた後、俺と夏菜はなんともなしに、ダイニングのテーブルに向かい合って座った。

 嵐の後の静けさ、とでもいうのか。とにかく、慌しい状況も一段落つくと、途端に後を追ってきたように、静寂が部屋の中を支配した。別に、さっきまでもそんなに夏菜と言葉を交わしたわけではないけれど、こうして改めて向かい合っていると、さっき感じた安心感もどこかへ吹き飛んでしまった。

 それも、夏菜が黙り込んで何も話してくれなくなったからだ。

 ……って、何勝手なこと言ってんだ、俺は。この状況を作ったのは、全部俺のせいじゃねえか。この十日間、夏菜を避けてきたのは俺だ。それで、困った時だけこんな風に夏菜を呼び出すなんて、ほんとに自分勝手も甚だしいってもんだ。こうして、夏菜が助けに来てくれただけでも、不思議なぐらいなんだから。

「えっと、お、お茶でも入れよっか?」

 重い空気に耐え切れなくなった俺は、思い切って向かいに座る夏菜に目をやって、声を出した。しかし、そんな俺に、夏菜は慌てて声を返してきた。

「あ、ううん。いいよ、そんな気を遣わないで」

 いえ、気を遣わせてください……。

「そ、そっか?」

「うん……」

 そして、再び沈黙が……。やべえ、気まず過ぎて息が詰まる。と、とりあえず、なんか話さなきゃ――。

「な、なあ、夏菜……」

「なに?」

「あ、いや……俺、ほんとに何もしてねえから……」

 そう言って、ソファで眠っている南に目を向ける。いや、なんか、夏菜からすれば呼び出されてみれば見ず知らずの女の子が酔いつぶれて眠っていたわけで、時間も時間だし(只今の時刻は夜の9時)……当然誤解されても仕方ないでしょう? しかし、さっきから一度も夏菜はそのことに触れては来ないわけで、逆に、気まずいって感じで、はい……。

 しかし、夏菜はなぜか俺の顔を見て、可笑しそうに笑った。

「あの子、可愛い子だね」

「うん……は!」

 思わず素直に返事を返してしまってから、俺は焦って声を出した。そんな俺を見て夏菜は笑いをこらえ切れないように、クスクスと笑った。

「あ、あのな――」

「大丈夫だよ。ちゃんと、分かってる」

「え?」

「純が酔って無防備な女の子を部屋に連れ込んでいかがわしいことするわけないもん」

「あ……うん」

 すいません。正直、かなり危なかったです……。

「それに、やましいことがあるなら、私に電話なんてしてこないだろうし。大体、女の子を襲ってる純なんて想像できないよ。どうしていいか分からずに困ってあたふたして私に助けを求めてくる純は想像できるけど?」

 そう言ってイタズラっぽく笑う夏菜に、俺は「あのな」と顔をしかめた。

「しょうがないだろ、あの場合は。勝手に南の服脱がせるわけにもいかないし」

「そうね。タオルで服を拭いてあげるぐらいの応急処置もできないぐらい、あたふたしてたんだもんね」

「おい……」

「ごめん、冗談。――だってさ」

 そう言って、夏菜は困ったように微笑んだ。

「こうやって純と話すのって、久しぶりなんだもん。嬉しくて、ついからかいたくなっちゃうの」

「え……」

 夏菜の言葉に、俺は戸惑いながら、夏菜を見つめた。そんな俺から目を逸らして、夏菜はそっと声を出した。

「嫌われてると思ってた」

「夏菜……?」

「あんなこと言ったから。嫌われて、純が口を利いてくれなくなったんだと思ってた……」

(もう分かったから、決めたの。これから、純とは少し距離を置こうって)

「あ……」

「だから、純から電話が来て、ほんとはすごく嬉しかったんだ」

 そう言って、笑う夏菜の顔を見て、今頃俺は、自分のしていたことがあまりにも自分勝手なものだったことに気がついた。

 あんなことを言われたから、夏菜にどう接すればいいか分からなかった。こっちがそれだけのつもりで取っていた行為が、夏菜を傷つけていたことも知らないで、この十日間、俺は夏菜を避け続けていた。それが夏菜のためにもなるんだと思い込んで、結局、俺は自分のことしか考えてなかっただけだ。

「ごめんね。私から距離を置くって言っといてさ……。でもね、純に無視されるのって、私には結構キツイから――」

「……ごめん!」

 夏菜の言葉を遮って、俺は額を思いっきりテーブルの上にぶつけた。

「じ、純……?」

 戸惑った声で俺の名前を呟く夏菜。でも、俺は顔を上げずに、額をテーブルに押しつけたまま、もう一度「ごめん」と呟いた。

そうだ。面と向かって本心が言えないのなら、こうしていればいい。気まずくても、恥ずかしくても、夏菜にキツイ思いをさせるぐらいなら、いくらだって俺はこうしてやる。

「そんなつもりじゃなかった。ただ、急に夏菜にあんなこと言われて、どう接すればいいか分からなくて、夏菜のこと避けてた。でも、絶対お前のこと嫌ってるとか、そんなこと百パーセント有り得ねえから。だって、俺、お前のこと――」

「え……」

「お、お前のこと――」

 ――好きだから。

「――大事な、友達だと思ってるから……」

「……そっか」

 一瞬訪れた静寂の後で、静かに夏菜の声が流れた。そして、夏菜の声はぷっと笑うと、踊るように空気を振動させた。

「っていうか、純。そんな格好のまま言う台詞じゃないよ、それ。説得力ゼロなんですけど」

「え? あ……そっか?」

 慌てて顔を上げる俺。そして、俺と目が合うと、夏菜はイタズラっぽく笑った。

「はい。では今の台詞をもう一度」

「ばーか。男に二言はねえんだよ」

「ってか、使い方間違ってるし」

「おい。そこで真面目にツッコむな。俺がバカみたいだろ」

「え? バカでしょ?」

「うぉい!」

 軽口を叩き合ってから、俺たちは一緒になって吹き出した。ああ、そうだ。こんな風に一緒にいてほっとできるのは、やっぱ、夏菜だけなんだ……。

「――ねえ、純」

「ん?」

「距離を置くって言ったけど、私と目が合ったら普通に声をかけて欲しいんだ」

「あ……うん」

「おはようとか、ありがとうとか、ごめんとか、なんでもないことでも、普通に今まで通り話して欲しい。それ以上は、私何も望まないから……」

 それ以上は何も望まない。夏菜の言葉に、ちくりと胸を痛めながらも、今の俺にはそれ以上の関係を夏菜に求めることはできなかった。


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