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3.ミイラ取り

「あー、こういうのをことわざでなんて言ったかな。えーと……おお、そうだ。ミイラ取りがミイラになる」

「いや、それ微妙に意味違わないっすか?」

「んー? なんか言ったか、はーせーがーわー?」

 にっこりと笑いながら、額に青筋を立て、デスクの上にあった数学の教科書で俺の頭をバシバシと叩くこのお人は、我が同朋どうほう高等学校数学教師、並びに二年A組担任教師、つまり、敬愛すべき我が担任の先生様だ。名前は傍・若無人(ぼう、じゃくぶじん)おっと違った、神楽弥生かぐらやよい大先生だ。すらりと伸びたロングヘアーに、その端正な顔立ち、いつもびしっとしたスーツを着こなすこの美人数学教師は、かなりのつわものだ。その容姿から、マドンナとして祭り上げられ、男子生徒から絶大な人気を誇るその秘密は、熱烈なファン(男子生徒)の声援を「うるせえ」の一言で一刀両断するそのクール&ワイルド。ちなみに、歳は27。未だ独身。

 さて。ではなぜにそのクール&ワイルドなマドンナに俺が今数学の教科書で頭をバシバシ叩かれているのかというと、説明すればこれが長いのだ。マドンナの話によると、今日の遅刻で、俺の連続遅刻記録が17に更新。そんでもって、昼休みに職員室に呼び出されたってワケだ。しかし、本人も数えてない記録をいちいち数えて新記録樹立を祝ってくれるとは、神楽先生って意外に律儀だな、うん。しかし、御褒美に教科書で人の頭を叩くって、生憎俺にそっちの趣味はないのだが……って、痛い、痛い、急に力込めてどうしたの!?

「お前、今頭の中でこの状況を茶化してたろ?」

「いや、あんたは超能力者ですか。人の思考が読めるんですか。全力で否定させていただきます」

 図星だけどな。

「んー? 君はそんな偉そうなこと言える立場なのかなー?」

 俺の頭を叩く数学の教科書が、バシバシからドバシドバシと進化しだしたので、俺はたまらず素直に謝った。

「申し訳ありませんでした」

「謝るぐらいなら初めから遅刻すんな」

 いや、あんた俺に謝らせたかったんじゃねえの? 

「ってか、なんで夏菜まで呼ばれてんすか?」

 そう。さっきから気になっていたのだが、俺の隣には今朝俺のマイサンに右ストレートをぶち込んだ、悪魔の女、夏菜が立っているのだ。いや、超気まずくて目ぇ合わせられませんから。同じクラスなのに、今日学校で一言も口利いてません。俺にどう切り出せと?

「大山。お前には期待していたんだけどな。非常に残念だ。まさか、お前がミイラになって帰ってくるとは」

 あー、解説すると、夏菜も今日遅刻しちゃったわけだな、うん。

「あの、先生。だから、それ使い方間違ってますよ」

「大山。お前、皆勤賞狙ってたんだろう。今までずっと無遅刻無欠勤でがんばってたもんな。なのに、悪かった。こんな奴のことを私が頼んだせいで、全部台無しにしてしまった」

 俺の言葉を無視してそう声を出し、神楽先生がめっさ怖い目で俺を睨んでくる。そんで、夏菜は元気なく俯いてる。

 あれ? もしかして、今朝から夏菜が元気なかったのって……?

「大山。お前はもういいぞ。教室に戻って昼食摂ってこい」

「……はい。失礼します」

 会釈をして、とぼとぼと職員室を出て行く夏菜。うわあ、かつてないほどの罪悪感が今俺の両肩に乗っかってます。

「さて、そういうことだ、長谷川。何か言いたいことはあるか?」

「あーと……。とりあえず、夏菜の遅刻分を俺の方に回してもらうってことは」

「できるか、アホンダラ」

 うぉ。相変わらず、容赦なく口が悪いお人だな。

「何でもしますお願いしますどうか夏菜にもう一度チャンスを」

 棒読みでそう声を出す俺に、神楽先生はようやく数学の教科書をデスクの上に放った。うん、今までずっと頭叩かれてたから。

「これに懲りたら、もう遅刻はしないことだな」

「神様お願いしますあなた様のお力で夏菜にもう一度希望を」

「真面目に聞け、馬鹿野郎」

 ぐりぐりとハイヒールのかかとで俺の足をふんづける神楽先生。分かりました、もうふざけませんから!

「お前の無責任な行動で他人がどれだけ迷惑をこうむるか理解できたか」

「え……いや、それは話が飛びすぎじゃないすか?」

「同じだよ。誰かの無責任な行動の裏では、見えないだけで他の誰かがそのとばっちりを受けるんだ。今回はたまたまそれが大山だった。でも、社会に出たら、それはもうごめんなさいじゃ済まされないんだぞ。分かったか、この馬鹿野郎」

 神楽先生の言葉に、俺は返す言葉もなく俯いた。

「……あの、先生。お願いがあります」

「なんだ?」

「今後絶対遅刻しません。今までのことも全力で謝ります。だから、夏菜の遅刻分を俺に回してください。お願いします」

 俺は股関節脱臼ギリギリまで頭を下げた。しかし、そんな俺に神楽先生のため息交じりの言葉が響く。

「頭を下げる相手が違うんじゃないのか。もう教室に戻っていいぞ」

 椅子をくるりと回転させ、デスクに向かい合う神楽先生が、もう一度こっちを向いてくれることはなかった。


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