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27.交わらない気持ち

 これは何かのドッキリではあるまいか。などと、一番に目の前に突きつけられた現実に対する都合のいい、かつ、できるだけ現実的な現実逃避が頭に浮かんだ。しかし、こんな想定外の事態を引き起こす性質たちの悪い人物は、それこそ、神様しか心当たりがなく、その神様も神出鬼没であり、その存在の有無さえ未だ未確認であったため――と頭の中でそんないらん解説が高速で通り過ぎ、俺ははっと我に返った。

 目の前で、夏菜が気まずそうな顔をしながら、それでも、俺の目の前に立っているのは紛れもない現実だった。いや、試しに頬をつねってみてもよかったのだが、生憎さっき女心の化け物に追い掛け回される悪夢から覚めたばかりだったので、その行動も無意味だろう。などとどうでもいいことを考えてる(あくまで現実逃避)うちに、夏菜が俯けていた顔を上げて、おずおずと声を出した。

「あの……こ、こんばんは」

「え……あ、こ、こんばんは」

 はい。これが本日、夏菜と交わす初めての言葉です。

「あの、ご飯できてるんだけど――。その前にちょっと話したいことがあって」

「あ……お、おぅ。だったら、立ち話もなんだし、上がって――」

 と言いかけたところで、夏菜は「ううん。ここでいいよ」と言って、俺の申し出を断った。そして、申し出を断られた俺は、なんかイタイ感じで、とりあえず頭を掻いた。

「あ、そ、そっか? で、で? 話ってなに?」

 はい。私はそんな分かりきったことをしれっと聞いてのける最低のクズ男です。誰か、罵ってください。そして、案の定、俺から目を逸らして俯く夏菜を見て、罪悪感急上昇だってばよ。……できることなら、この罪悪感に埋もれて、私は死にたい。

「昨日は……ごめんなさい」

 俺が内なる罪悪感に打ちひしがれている間に、夏菜は丁寧に頭を下げてきた。

「私……純の気持ちも考えずに、ひどいこと言ったよね。――本当に、ごめんね」

 顔を上げた夏菜が、そう言って俺を見つめた。

 違う。夏菜は何も悪くない。でも、俺が悪いわけではないことも、夏菜は多分分かってる。すれ違ってしまう俺たちは、その現実に戸惑って、お互いを傷つけることしかできなかった。そして、このままじゃいけないことも、もう戻れないことも、俺たちは分かってる。

「今日ね、大樹君に聞いたの。昼休みにあったこと」

「そっか……」

「うん。麗美、今日のこと気にしてて、純に謝りたいって言ってた。でも、分かってるんだ。本当は、麗美にそんなことさせちゃう、私たちが悪いんだって事」

「……うん」

「私の我が侭が、純だけじゃなくて周りの人まで傷つけちゃうって事。誰かと付き合うって事がどういうことなのか、私、分かってなかったから。でも、もう分かったから、決めたの」

 そう言って、夏菜は俺を見つめた。

「これから、純とは少し距離を置こうって」

 夏菜のその言葉に、俺は立ち尽くしたまま何も言ってやることができなかった。大切な何かが俺の傍から離れていく。そして、それが夏菜だと気付いても、何もできない自分がいる。

 こうなることを、初めから覚悟していた。そして、それを覚悟できたのは、今、この瞬間感じている途方もない喪失感を、想像もしていなかったからだ。

「夏菜――」

「ごめんね、純……」

 引き止めたかった。でも、目の前で謝ってくる夏菜のせいで、言い出すことができなかった。今まで、いつでも伝えられる距離にいた。でも、今は「好きだ」というたった一言の言葉も届かないぐらい、夏菜が遠かった。

 俺は、溢れてきそうな言葉を飲み込んだ。そして、夏菜はもう一度「ごめんね」と呟いた――。


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