25.仲直りのち仲違い
「う、うおおおお……! そりゃ、また、随分な急展開じゃねえかよ、おい!」
「ちょっと、大樹は黙ってて! それで、それで! その後どうなったの、純君?!」
「……お前ら、もしかして楽しんでねえか?」
昼休み。どうも、昨日夏菜が俺を待っていてくれたのは、麗美の口利きのおかげだったようなので、一言麗美に礼をと思い麗美に声をかけたところ、なぜか、事情聴取を受けるハメになったわけで、俺は今こうして、机を挟んで興奮気味の麗美と大樹に昨日の出来事を逐一報告してるってわけだ。
つーか、お前らプライバシーって言葉知ってるか? もっとも、こっちも相談がてら話してるから、まあ、いいんだけども。
俺の言葉に、麗美と大樹はお互い顔を見合わせてから、麗美だけは居住まいを正した。
「ご、ごめんね、純君。別にそんなつもりじゃ――」
「つーか、いいじゃん。もったいぶってねえで、さっさと話せよ。腰抜けてなにもできませんしたーって」
「おい、そこの素敵坊主。その頭丸刈りにして野球部の間抜けどもの仲間入りさせてやろうか?」
「んだと、ごらあ!」
「おお、表出ろ、ごらあ!」
「やめろっ!」
麗美の一喝に、俺と大樹は取っ組み合った直後に、お互いのシャツの乱れを直し合い、静かに椅子に座り直した。
「――続き」
「は、はい……」
腕組みをして俺を睨む麗美に逆らうことなどできるはずもなく、俺は話の続きを始めた。
息が詰まりそうなほど息苦しい沈黙の中で、夏菜がじっと俺を見つめていた。その瞳は俺の答えを待っていて、俺はその瞳から目を逸らすことができなかった。
たちまち、体温が上昇して、鼓動が俺の胸をドンドンと叩きだす。道路を行き交う自動車のライトが、幾度も夏菜の顔を照らして、それでも、夏菜は身じろぎもせず数メートル先でじっと俺から目を逸らさなかった。 そんな中、俺は唾を飲み込んでから、ゆっくり口を開いた。
「……ぱ、ぱーどぅん(すみませんが、もう一度お願いします)?」
俺のボケに、夏菜は動じることなく切り返してきた。
「ごまかさないで。お願いだから、こんな時ぐらい真面目に答えて。私……本気で聞いてるんだよ」
「あ、いや……ご、ごめ――」
はい。ボケてやり過ごそうとした俺が愚かでした。
「純はさ。いいの?」
「え……」
「私が金田先輩と付き合っても……なんとも思わないの?」
「な、なんだよ、それ……。言ってる意味、分かんねえんだけど――。だって、お前らもう付き合ってんだろ? なのに、今更、なんでそんなこと聞くんだよ。ってか、それってお前の問題だろ? 俺がいちいち口出しすることじゃねえだろ」
俺の言葉に、夏菜は泣きそうな顔をして、俺から目を逸らした。
「……違う。私が聞いてるのはそういうことじゃなくて」
「じ、じゃあ、一体どういう」
「私は純の気持ちが知りたいの!」
夏菜の声が、弾かれた様に空気を振動させた。その声に、俺は驚いて目を丸くする。夏菜は、膝の前で両手で鞄を持つ手をぎゅっと握って、俯いていた。
「か、夏菜……?」
もどかしかった。夏菜が俺になにを求めているのかが分からないことも。目の前で泣きそうな夏菜を救ってやれる術を知らないことも。そして、自分の気持ちに素直になれないことも。そんな自分の全てが、もどかしくて堪らなかった。
やがて、沈黙の中で、俺はごまかし笑いを夏菜に向けた。
「お前……金田先輩のこと、好きなんだろ? だったら、俺は応援するよ」
「……そっか。やっぱり、そうだよね」
俯いたまま、夏菜は声を出した。
「え?」
「純はさ。純はずっと、恵美ちゃんのこと想ってるんだもんね」
「……夏菜」
「ずっと、ずっと、いなくなっても」
「やめろ!」
気がついたら、思わず怒鳴っていた。そして、俺の怒鳴り声に、夏菜はビクっと肩を震わせて言葉を止めた。
「あ……わ、わり。怒鳴っちまって――」
おずおずと夏菜に近付いて、手を伸ばす。が、夏菜は俺の手を振り払って、逃げるようにその場から駆け出した。
「あ……」
虚空に突き出した俺の手が、遠のいていく夏菜に届くことはなかった。
俺の話を聞き終えた麗美と大樹は、なんか、可哀想なものを見るような目をして、俺を見てきた。って、うぉい! 口にせずとも「この腰抜けだけは……」って呆れてんのがその目から伺えんだよ!
「駄目だ、麗美。この腰抜けだきゃ、どうしようもね」
「ほんとに口に出すなっ!」
そう言って、すかさず大樹の頭を引っ叩く。すると、大樹は「なにしやがる、てめえ!」と怒鳴りつつ俺に掴みかかってきた。
「なにって、ツッコみだよ! ありがたく思わんかい!」
「誰もボケてねえだろが!」
はい。その後、お約束通り麗美の一声で僕たちは仲直りしました。
「それにしても、あの流れでなんでそんなことになるの?」
机を挟み、向かいに座った麗美がそう言って、憂鬱そうにはあ、とため息をつく。いや、なんか、ほんとすいません。せっかく、夏菜のこと説得してくださったのに、無駄にするどころか、ますます関係悪化させて。
「でも、夏菜今日も金田先輩のとこだろ? その時点で答えは出てたけどな」
横から口を出す大樹を横目で見た後に、麗美はむすっとした顔をして俺を睨んだ。
「い、いや、でもさ。夏菜は金田先輩のこと――」
「……純君さ。君の鈍感力って相当なものだよ」
「れ、麗美……?」
「――なんで? 夏菜は勇気振り絞ってちゃんと純君と向き合ったじゃん! なんで純君はちゃんと夏菜と向き合ってあげないのよ! なんで、気持ち伝えてあげないの! そんなの、夏菜が可哀想だよ!」
突然の麗美の怒鳴り声に、喧騒に包まれていた教室の中は、たちまち、シンと静まり返った。その場に居合わせたクラスメイトたちが、突然の出来事に驚いて、俺たちの方を伺っている。でも、一番驚いているのは、他ならぬ俺自身だった。
唇を噛んで、今にも泣き出しそうな麗美の頭をポンと叩いて、大樹は「言いすぎだぞ」と言った。そして、麗美の肩を抱いて一緒に立ち上がると、大樹はばつの悪そうな顔を俺に向けた。
「……悪ぃ、純。あんま気にすんなよな」
そう言って、大樹は麗美と一緒に教室を出て行った。