23.延長の想い
教授! 答えてください、教授! あなたは仰ったじゃないですか! 南結華の優しい人宣言は、俺という人間をただ単に思い違いしているだけだと! なのに、これはどういうことですか! 俺の彼女いない宣言に彼女がボソッと呟いた、よかった発言の真意はどういうことですか! きぃよぉぅじゅうぁ! 答えんかい、ボケェ!
お、落ち着きたまえ、長谷川君。これは何かの間違いだ。うん、そう、空耳だ。そうに違いない。もしくは、あれは君がそうなったらいいな〜って一人で勝手に妄想して――。
馬鹿にしてんのか、ごらぁ!
そんな理不尽な! この後に及んで現実否定して欲しがってるの、君じゃん!
うっせ! うっせ、この馬鹿! ご主人様に口答えすんじゃねえ、このゴミクズがっ!
ご、ごみく……カ、カッチーン! 誰がゴミクズだ? あ? この……コシヌキングがぁ!
んだ、そのどっかから取ってきたようなネーミングは! って、誰が腰抜けの王様だ、ああ!?
てめえしかいねえだろが!
んだと、ごらあ!
「――ん?」
ってな具合で仮想教授とガチで言い争っている最中に我に返ってみると、あら不思議。いつの間にか辺りはすっかり薄暗くなっていた。ベンチに座って、ぼへ〜としたまま、ズボンのポケットからケータイを取り出し、画面を開くと、またあら不思議。いつの間にか時刻は六時三十四分でしたとさ。
「って、ええ! いつの間に!」
どうやら、教授とケンカしてる間に、現実は俺を無視して先に進んでいたらしい。いや、それにしても、大丈夫か、俺。だって、一時間以上無意識状態でしたってことでしょ? これって、あれじゃね? その、なんかやばい病気とか、そんなんじゃないですよね?
しかし、その問いに答えてくれる人間はもういない。なぜなら、あの役立たずな教授はもうクビにしちゃったから。うん。仮想世界(俺の脳内)の住人だから、生かすも殺すも俺次第ってワケだ。って、あんな役立たずな奴のことはどうでもいい。
そう、問題なのは南のあの発言――。
「――考えるな、考えるな、考えるな、考えるな、考えるな……」
また、意識持ってかれるから! 別のこと! 別のこと考えろ! もっと、こう強烈なもん思い浮かべて、南のこと頭からかき消せ!
とりあえず、夢に出てきた女心という名の化け物を思い出して、心を落ち着かせる俺。って、やべえ、あんな化け物持ち出して心を落ち着かせる俺って、もしかして、相当病んでる?
って、んなアホなことやってる場合じゃねえ。夏菜の奴、まだ帰ってねえだろうな。
肝心なことを思い出した俺は、脇に置いた鞄を引っつかんで裏庭を後にした。
さて。急いでグラウンドの様子を見に行くと、案の定テニスコートの方にもう人の姿は見当たらず意気消沈。代わりに野球部の連中が練習もせずにはしゃぎながら、硬球とバットを使ってゴルフの真似事をしておりましたとさ。
はい。悔し紛れに職員室まで行って、体育教師、兼野球部顧問の鬼瓦先生(またの名を、鬼ケツバット)に、あることないこと逐一報告して参りました。もちろん、鬼瓦先生はめっさ怖い顔して、無言で職員室を出て行きました。はい。あのお方はとても厳格な方でいらっしゃいますので。
しかし、野球部の間抜け共を生贄にしたところで、俺の気分は少しも晴れなかった。なんだ。だったら、あいつらわざわざ生贄にすることもなかったな。まあ、いいや。
できれば、今日中に夏菜に謝りたかった。少しでも早く、夏菜の誤解を解きたかった。そういえば、そうだ。ガキの頃、夏菜とケンカした時はいつも決まって謝るのは俺からだった。それは、親父の教えもあったけど、何より、夏菜とケンカしたままで、一日でも口を利かないでいると、どうしようもなく落ち着かなくなる俺のどうしようもない性質が要因だった。
この不安は、あの頃、夏菜とケンカした時に決まって感じていた落ち着かなさの延長なのだろうか。だとすると、俺はもうその時から夏菜のことが好きだったのかもしれない。
「気付くまで何年かかってんだよ、馬鹿野郎……」
独り言を呟きながら、とぼとぼと薄暗い廊下を歩いて、俺は昇降口に向かった。そして、昇降口にたどり着いたところで、俺は思わず足を止めた。
下駄箱の前に立っている人影に目を凝らす。そして、その場に突っ立っている俺に、その人物はゆっくりと近付いて、俺の前に立った。
「あ……か、夏菜……?」
うまく、状況が理解できず、俺は呆気に取られて目の前に立つ夏菜を馬鹿みたいに見つめた。そして、夏菜はじっと俺を見つめた後に、ムスッとした顔を作って、呟いた。
「遅いよ……馬鹿」