2.リミット三分
「おい、純! お前一体夏菜ちゃんになにをしたぁ!」
騒動の一分後、俺の部屋に親父が雪崩れ込んできた。が、いまだ地獄の中をさ迷っていた俺を見て、親父は「うおぉう」とまるで見てはいけないものを見てしまったようなリアクションを見せ「お、お取り込み中のところ、失礼しました」とアホなことを言いつつ俺の部屋を出て行こうとした。
「ち、ちょっと、待てえ……!」
何とか親父を引き止め、事の経緯を説明する。しかし、息子の受難に親父は笑いながら「そいつは災難だったな」と感想を述べ、俺の背中をさすりやがる。
とにかく、俺はダメージの回復に努めた。その間に、俺の親父について簡単に解説しとくか。長谷川拓、今年で四十三歳の、最近抜け毛が気になり育毛剤を使い始めた、しがないサラリーマンだ。見た目は、まあ、周りから言わせればダンディなオジサマということだが、俺からすれば、ただのアホ親父だ。抜け毛が気になるなら、無理して髪を茶髪に染めるなっての。が、確かに、年齢よりは若く見えるかもな。精神年齢はいまだティーンエイジャーだから、たちが悪い。性格は、まあ、おおらかだな。そこだけは、親父の唯一の長所か。お袋に先立たれた親父は、今は男手一つで俺を育ててくれる頼れるパパなワケだが――。
「よし、そろそろ落ち着いたか?」
「おう。サンキュー親父」
そう言って、親父に笑顔を向けつつ、俺は親父の頭を引っ叩いた。
「イタ! な、なんでいきなり頭を叩く! それが命の恩人に対する仕打ちか!」
おー。相変わらず、絡みづらいお人だな。
「……とぼけんじゃねえよ。夏菜を俺の部屋に差し向けたのはてめえだろ?」
「ちょ……、純君目が怖いよ? それに父親をてめえ呼ばわりって、天国の母さんが泣いちゃうよ? 純が不良になっちゃったーって」
「やかましい! てめえのせいでえらい誤解が生まれちまったじゃねえか! 年頃の息子の部屋に、年頃の女の子を差し向けんじゃねえよ!」
「はっはっは。まあまあ、いいじゃないか。隠し持ってるエロ本が見つかるよりはいくらかマシだろ?」
俺は今度は全力で親父の頭を引っ叩いた。
「そういう問題じゃねえ!」
「痛い!」
「親父ぃ……あんたなんか俺に恨みでもあんのか……?」
ものごっついガンつけて、胸の前でボキボキと拳を鳴らすと、親父は慌てて後ずさった。
「い、いや、誤解だって! 夏菜ちゃんを呼んだのは俺じゃないから!」
「……あ? そうなのか?」
「ふー。そうだよ、まったく。担任の先生にお前のこと頼まれてわざわざ起こしに来てくれたって、夏菜ちゃん言ってたぞ。お前、遅刻の常習犯らしいじゃないか。この前も担任の神楽先生から電話があったぞ。お宅の息子何とかしてくださいってな」
いや、教師のクセにその率直な言い方はどうかと思うぞ。
「とにかく、今日はわざわざ夏菜ちゃんが起こしに来てくれたんだ。絶対遅刻なんかするんじゃないぞ。それと。今日のは不可抗力かもしれんが、夏菜ちゃんを泣かすような真似をしたら、父さん許さんからな。分かったか」
「お、おぅ……」
いきなりマジモードの入った親父に、俺は少々萎縮しながら返事をした。昔から、夏菜のことになるとマジモードになんだよな、この親父は。まあ、夏菜に限っただけじゃなく、昔から親父は俺が友達を傷つけたりすると、いつも本気で怒るんだよ、これが。普段温厚なだけに、こっちもリアクションに困るっての。
って……。
「遅刻まで、あと3分……?」
うそぉん。