18.明けて翌朝
翌朝。ヤケ酒でも飲んでなきゃやってらんねーよ、バケヤロウ! な気分をシラフのまま抱え込んだ結果、昨晩は一睡もすることができなかった。
あの後、紗枝さんに事情を説明して夏菜のことを頼んでおいて、俺はすぐに自分の家に戻った。そして、昨日の夏菜の言葉の意味を何度も何度も考えた。でも、俺には夏菜がなにを考えているのか、まるで分からなかった。
確かに、昨日のことは俺が悪かったのかもしれない。あれでは、夏菜のことより紗枝さんの弁当のほうが大事だと取られても仕方のないことだ。でも、泣くなんて反則じゃねえか。それも捨て台詞が、馬鹿って。確かに否定はできないけども。
夏菜は俺にどうして欲しかったのだろう。やっぱり、友達として、彼氏ができたことを祝福して欲しかったのだろうか。でも、もうそれは無理なんだよ。
気付いちまったんだ。お前のこと、好きだったってこと――。
いつまでも、仲のいい幼馴染じゃいられない。そうだ。それが分かってるから、夏菜への気持ちに蓋をしていただけなのかもしれない。今の関係が壊れてしまうのが怖かったから。
そんで、壊れてからそんなことに気付くなんて、自分の馬鹿さ加減にため息しかでてこない今日この頃。
夏菜が笑ってられるなら、それでいいと思ってた。それなのに、昨日俺は夏菜を傷つけた。くだらない嫉妬に駆られて、夏菜を泣かしたんだ。
「……」
「っよ。おはよう。純」
ベッドの上で悶々と悩んでいると、親父がひょっこりと俺の部屋に入ってきた。ベッドの上に座っている俺を見て、親父は「なんだ、今日は珍しくもう布団から出てるんだな。感心、感心」と笑い、俺の肩を叩いた。
「親父……いいとこに来てくれたな」
そう言って顔を上げると、親父は俺の顔を見て、目を丸くした。
「お、おい、純。どうした? 目の下にクマができてるぞ」
「おぅ……。昨日一睡もできなかったもんで――ってそんなことはどうでもいい。とりあえず、親父よ」
そう言って、俺はぽんと親父の肩に手を置いた。
「俺を殴ってくれ」
「――え? ち、ちょっと、純君? なに言ってるの、君?」
「いいから、思いっきりグーで殴ってくれ」
「い、いや、そんなことできるわけないだろ」
「俺は昨日夏菜を泣かした」
俺の言葉に、親父の目つきが変わった。はい、マジモードに変身完了。
「――歯を食いしばれ、純」
「おぅ」
親父の握り拳が容赦なく唸りを上げ、俺の左頬を貫いた。俺は耳元で自分の骨と皮膚がグチャリと嫌な音を立てるのを聞きながら、ベッドの上から転げ落ちた。そして、体を起こしてから、口から流れ出てきた血を左手で拭う。
っふ。さすが、親父の拳骨は芯に響くぜ……。
「――さて、純。事情を説明しろ」
「お、おぅ」
さて。全ての事情を俺が話し終えると、親父は小さくため息をついた。
「なるほどなあ。いやあ、青春してるな、お前ら。いいなあ……」
「いや、真面目に聞け、クソ親父」
「はは。まあ、冗談は置いといてだな」
いや、マジで羨ましそうに遠くを見つめてたあれが冗談と?
「とにかく、お前も男なら夏菜ちゃんにキチンと謝るんだぞ。気持ちを伝えるかどうかはお前自身の問題だけど、自分が悪いと思ってるなら、必ず謝罪すること。いいな?」
「分かってるよ。ただ、俺の気持ちを夏菜に押し付けるつもりはねえよ。そんなもん、今更言ったって夏菜を困らせるだけだからな」
「そうか……。成長したな、純。天国のお母さんもきっと喜んで――」
「そのネタはやめろ、クソ親父」
そう言って、ものごっつい睨んでやると、親父はあえなく「はい……」と縮こまった。
さて。親父を部屋から追い出し、俺は身支度を整えた。なんだかんだ言っても、親父に話したらちょっとすっきりしたな……。
そうだよ。男なら、好きな女の幸せを一番に考えてやれないでどうする。俺が見たいのは夏菜の泣き顔じゃねえ。夏菜の笑顔だ。
俺はもう二度と、夏菜を泣かせたりしねえ。
己にそう誓いを立て、俺はファイト一発を謳い文句にしたドリンクを威勢良く一気飲みして、家を出た。