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16.爆弾発言

 テーブルの上には、チキンカレーに、鳥の唐揚げ、シーチキンサラダに、ポテトサラダと、どれもこれも俺の好物が皿に盛られ、豪勢に並べられていた。いや、いや、相変わらず紗枝さんは料理上手なことで。

「ほんっと、信じらんない。高校生の男の子相手にあんなことして」

「あら、今時の子は随分進んでるんでしょ? あれぐらいどうってことないわよ。ねえ、純君?」

「私が恥ずかしいって言ってるの! 自分の歳考えてよ、もう!」

「なに言ってるの。恋愛に歳の差なんて関係ないわよ」

 さっきから、繰り広げられているこの親子喧嘩(といっても、大抵夏菜が紗枝さんにあしらわれて終わる)も、定番なワケで。うん、この二人何かといっちゃあ、よく衝突します。ほんと、親子なのに体つきも性格も全然似てませんな。

「大体、純も純よ。こんなおばさん相手にデレっとしちゃって!」

「え……」

 うわ、こっちにまで火の粉が降りかかってきた。

「ちょっと。誰がおばさんですって? 私はまだ(気持ちは)二十八よ」

 夏菜のおばさん発言に、顔をしかめて言葉を発する紗枝さん。いや、しかし、それだとあなたは十二歳で夏菜を産んだことになりますよ。どんだけすれた小学生ですか、それ。

「なにが二十八よ! 本当は三十ピー歳(禁句)なくせして!」

「ええっ!」

 夏菜の爆弾発言に、俺は思わず驚きの声を上げた。まさか、長年謎に包まれていた紗枝さんの実年齢がこんなあっさりと暴露されるとは……そして、まさか三十ピー歳(自主規制)だったとは……って、やべえ! 夏菜の爆弾発言に紗枝さんがさっきまでの険しい顔を一変させて、にっこり笑顔作ってるしっ!

 さて、解説しよう。紗枝さんは昔から、怒りゲージがマックスまで達すると、心理とは裏腹な表情が顔に浮かぶのだ。つまり、その笑顔はマジギレの証。その額に青筋の立った笑顔を見た者は、この世から抹殺されてしまうとか、しまわないとか。いや、俺も幼い頃うっかり紗枝さんのことを「おばちゃん」と呼んじまって、お尻百叩きの刑に遭ったものだ。うう、思い出すと今もまだ尻が疼くぜ……。

「あ……お、お母さん? 今のはつい口をついて――」

 おばさんの穏やかな笑顔を前にして、その恐ろしさを知っている夏菜が、一気に怒りを覚まして、顔を青くさせて弁明に入る。しかし、紗枝さんはあくまで笑顔でゆっくりと席を立った。

「かーな。ちょっと、こっちにおいで?」

 紗枝さんの言葉に、夏菜は隣に座る俺に泣きそうな顔を向けて助けを求めてきた。よ、よし。ここは一つ、俺が夏菜の窮地を救ってやるぜぃ!

「お、お、落ちついて……おばさん(禁句)」

 俺の言葉に、紗枝さんの額に浮かぶ青筋の量が倍ほどに増した。そして、夏菜はあんぐりと口を開けて、俺を呆然と見つめている。

 ……あ、あれ? なに、この空気。俺なんかまずいこと言った? 動揺しまくりで自分がなに言ったか、うまく思い出せねえ。いや、いや、思い出せ。えっと、確か……落ち着いて、って言った。うん。そんで……おばさん(禁句)、って言った。うん。

 って、え? おばさん(禁句)? 俺、今、おばさん(禁句)っつったの?

「うふ。純君も、こっちおいで?」

 んのおおおおおおおおお!





 さて。夕飯を摂り終えた俺と夏菜は罰として、一緒に皿洗いさせられてます。いやはや、この歳になってまさか、お尻百叩きの刑を受けるハメになるとは夢にも思わなかったな。しかも、布団叩きで容赦なく叩かれたもんだから、もはや、尻の感覚がなくて立ってなきゃやってらんねえから。つうか、足といい尻といい、今日は厄日だな、うん。

「……ごめんね、純」

 と、黙々と洗物を片付けていると、隣で夏菜が申し訳なさそうに横目で俺を見ながら声をかけてきた。

「え……」

「なんか、巻き込んじゃって」

「お、おぅ。いや、こちらこそ何のお役にも立てませんで」

 もちろん、夏菜もしこたまお尻引っ叩かれました。もちろん、スカートの上からだけどな。

「でも、未だに二十八で通そうとする方がどうかしてるのよ。もう、いい加減いい歳なんだから」

「お、おい、夏菜。聞こえるぞ……?」

 ちなみに、紗枝さんはリビングでソファーに座ってテレビ見てます。すぐそこにいます。

俺の言葉に、夏菜は顔をしかめて、しかし素直に声を小さくした。

「こっちの身にもなってほしいよ。お母さんったら、ほんとにご近所の人には二十八歳で通してるんだから」

「いや、俺はその信念も、信念についてくる美貌もすごいと思うぞ。どっちかというと、三十ピー歳(超小声)という現実の方が疑わしいぐらいだな。つーか、夏菜だって、ママは美人の方がいいだろ」

「よくない。私は純のお母さんみたいに普通で優しいお母さんのほうがよかったよ」

 そう言って、あくまで膨れる夏菜に、俺ははあとため息をついた。

「お前ら親子ってほんと似てないよな。性格も――」

「……性格も、なによ」

 言葉を止める俺をじとっと睨んで、言葉を発する夏菜。

「か――」

 と一文字の言葉を形にした途端、夏菜が俺の横っ腹に肘打ちを入れた。

「余計なお世話。どーせ私は未発達ですよ。純はああいうのがいいんでしょ。ヘンタイ」

 いや、お前がなによって聞くから……。つーか、変態って。男の性を変態の一言で済ますってひどくね? ってか、俺はどっちかっつうとお前みたいに華奢なのがタイプだ。なんて言えるわけないが、遠回しに言ってみたりして。

「おいおい、それは誤解だ。俺はどっちかといえば、ムッチリよりアッサリ派なんだぞ」

「馬鹿じゃないの」

 ――はい、馬鹿の一言で片付けられましたとさ。

「そんなことより、純」

 しかも、そんなこと呼ばわり。

「後で話したいことがあるから、私の部屋に行っててくれる? 洗い物、後は私がやっておくから」

「あ……お、おぅ」

 そして、俺は夏菜のお言葉に甘え、夏菜の部屋へ向かった。


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