14.検証
さて。それでは諸君、今回私はこの事例について検証してみることにした。いや、今回の事例は非常に興味深いものだったよ。私の好奇心をこれほどくすぐり、かつ探究心をうんぬんかんぬん。
では、検証に移る。
まずは長谷川純と、その後輩南結華の出会いからだ。長谷川純は、昼休み終了後、五時間目の授業があることも省みず、南結華の親友、神木沙里(障害のある君)をクラスまで送り届けた。これによって、南結華の中で長谷川純という人間が親切な人間であるという先入観が生まれた。そして、放課後、三人組の女子を一喝し、追い払った(正確には気持ち悪がって帰っただけだが)長谷川純に対し、南結華は助けてもらったと錯覚し、好感度アップ。終いには、成り行きから傘を貸してもらったことで、南結華の中で、長谷川純が優しい先輩にグレードアップ。
――結論。
南結華はただ単に長谷川純という人間を思い違いしている。間違いない。
――おお! さすが、教授だ! 見事な検証でまた一つ珍事件を解決なされたぞ! わあああああああ……――。
「――とまあ、大体こんな感じか……」
なにやら、脳内で無駄に盛り上がっていたような気もして、俺自身が非常にムカついてならないのは、うん、気のせいだな。しかし、勘違いとはいえあんな可愛い子に、あんなこと言われた日にゃ僕タン照れちゃうニャー。って、いちいち動揺してはっちゃけんな俺の馬鹿野郎。女にちょっといいと思いますって言われたぐらいで、舞い上がってんじゃねーよ。男なら、ドンと構えて「だからなに?」ぐらい言ってやるクールさをだな――。
「――なにしてるの、純?」
おっと。我が家の前で、門扉を開けたり閉じたりと繰り返していると、いつの間にか、後ろに夏菜が立っていた。って、おお! 俺いつの間に家に着いてたの!?
「お、おお、夏菜。いや、聞いてくれよ。俺って、今無意識でいつの間にか我が家にたどり着いててびっくり仰天?」
「……え?」
あー、夏菜がリアクションに困ってる。って、そりゃそうか。とりあえず落ち着け、俺。さあ、大きく息を吸って、吸って、吸って、吸って、吸って、吸って……。
「……ぶはあ! っはあ……! はああ……。ぃよし、落ち着いた。もう大丈夫だ」
「落ち着くなら、普通に深呼吸しなよ」
そう言って苦笑を浮かべる夏菜に、俺は普段どおり軽口を叩く。はい。僕はあなたが金田先輩と相合傘して帰ったなんてまったくもって知りません。
「おお、その手があったか」
俺の言葉をまた苦笑で受け流し、夏菜はふと俺が雨に濡れていることに気付いたらしい。怪訝な顔をして、夏菜は俺に近付き、俺の目の前に立つと、俺の頬にそっと手を添えた。
「どうしたの、純。なんか、すごく濡れてるけど」
「え! い、いや、何でもねえよ!」
普段のように、そのなんでもない夏菜との距離感になぜか焦りと不安を感じた。気がつくと、俺は夏菜の手を振り払って、一歩後退っていた。
夏菜が「あ……」と声を漏らして、払われた手を中途半端に虚空に残して、表情を曇らす。し、しまった。避け方が露骨過ぎたか!? フォロー、フォローしろ、俺! いや、その前に落ち着け!
さあ、大きく息を吸って、吸って、吸って、吸って、って、そりゃもうええっちゅーんじゃ、ボケ!
「……」
――やべえ。なんだよこれ。言葉が出てこねえよ……。
しばらく、俺は声を出せず、夏菜も何も言わず俺の前に立っていた。気まずい沈黙の中で、ただ傘が雨を弾く音が、せわしなく俺たちの傍で響いていた。やがて、夏菜は気を取り直したように笑顔を作って、声を出した。
「早く着替えてこないと、風邪引いちゃうよ」
「え……、お、おぅ」
「ご飯できてるから、早く来て。お母さん待ってるから」
家に戻っていく夏菜の後姿を、俺は何とも言えない気分で見送った。