第6章
給食の時間が済んで昼休みが始まると、牧は早速、小林沙織に声をかけた。
「小林さんって、作文書くの得意だよね」
「得意って言うほど、得意じゃないけれどね」
そう言いつつも、沙織はまんざらでもなさそうな表情を浮かべた。
「じゃあさあ、物語って書いたことある」
「物語?」
沙織はきょとんとした顔をした。
「そう、物語」
「物語なんて、書いたことないわ」
彼女は戸惑ったように牧を見た。
「ねえねえ、それじゃあ、作文の時はどう書いているの」
「どうって。別に考えたことないから分らないわ。感じたことをそのまま書いてるだけだし」
「感じるまま書いたって、王女は救えないわ」
思わず牧の口から、そんな言葉がついで出た。
「王女って?」
沙織は目を丸くして、牧を見つめた。牧の顔はみるみるうちに赤くなった。
「ごめん、なんでもないの。気にしないで」
慌てて彼女はそう言うと、不思議そうな表情を浮かべた沙織をそのまま残して逃げ出すように教室の外へと出てしまった。いけない、いけない。王女のことを言ってしまうなんて、うっかりしてた。あの白い洋館をみんなが知らないように、きっとあの王女のことだって、他の人に知らせてはいけないことなのかもしれない。誰かに言ったら、あの洋館が消えてしまうとか、不思議な紙切れが消えてしまうとか、そういうことがあるのかもしれない。だとしたら、これは私だけの胸の中に閉まっておくべきことだ。彼女はそう思ったが、それでも物語を書くには何が必要か知っておかなければならなかった。
「でも、そうだ。物語は感じるままに書いてるだけでは駄目なんだ。それだとやっぱり読書感想文になってしまう」
牧は自分に言い聞かせるように呟くと、今度は廊下を渡って階段を降り、一階の職員室へと向かった。ガラッと職員室の扉を開けると、昼休みのせいか、席についてる先生達ははまばらだった。牧はその中に担任の先生を見つけると、ためらわずに真っすぐ歩いて行った。
「あら、斉藤さん。斉藤さんが職員室に来るなんて珍しいわね。何か用かしら」
あまり職員室に顔を出さない牧が来たので、先生は少し驚いたようだった。
「ええと。物語の書き方を知りたいんです。物語を書くにはどうしたらいいんでしょうか」
「物語の書き方ねえ…。先生も物語を書いたことはないけれど、小説家になるための本は、市立図書館や、本屋さんに行けば置いてあるわね。そういった本を読んでみれば分かるかもしれないわよ」
「小説家になるための本?」
「そう、どうしたら小説家になれるか、その方法が書いてある本よ」
「えっ、そんな本があるんだ。参考になりました。ありがとうございました」
担任の先生に教えてもらうと、牧は学校帰りに市立図書館へと足を運び、小説家になるための本を何冊か借りてきた。それから二、三日かけて、牧は借りてきた本を読み、ヒントになりそうなところを見つけ出そうとした。どの本も大人向けの本で、牧が普段読んでいる本と比べると、文字の大きさが小さく、使われている漢字も難しかったので、何を言わんとしているのか、牧には読みとるのが一苦労だった。それでもなんとか、要点を拾い読み、だいたいどんなことが書いてあるのか、自分なりに紙にまとめてみた。
共通して言えるのは、小説の賞に応募して受賞するのが早道だといったことだった。しかしこれは今の牧には全く必要のない情報で、実際必要なのは小説の書き方についてであるが、あまり書かれていない。中には小説の文章の良い例、悪い例の例文が載っている本もあったが、ここの言葉と次の言葉をつなげた方がスムーズだと言うような、細かい部分を述べているものであって、これから書こうとしている牧が知りたいと思うこととは違っていた。せいぜい関係のありそうなことと言えば、小説には起承転結が必ずあるということ。これがなければ小説は完成しないと書いてあった。牧は紙から顔をあげると、ふと遠い目で空を見つめた。
「起承転結でいうと、王女が閉じ込められたっていうのは、きっと承の部分なんだろうなあ。なんで王女は閉じ込められてしまったんだろう」
牧はひとり呟きながら、思考をめぐらした。そうだ。起がないから、私は王女を救う方法を思いつかないんだ。牧はとたんに気がついた。
そっかあ。起があれば、なんとかなるかもしれない。牧はようやく答えらしい答えにたどり着いた。けれどもよくよく考えてみると自分は書く前に王女がなぜ捕らわれてしまったのか、考えなければならないと最初思っていたことを思い出した。解決策は実はもう自分の中にあるのではないかと牧はふと思った。物語には全て順序と理由があるのだ。それをきっちり考えれば、結末にたどり着くことができるはずだ。牧は物語が書けるような気がしてきた。そしてもう一度まとめた紙に顔を向けた。最後の箇条書きの文は
・本をたくさん読むこと
となっていた。牧はこれだと思った。今の私にあるのはこれだけだ。でもきっとこれが私が物語を書く上での、一つの自信になるに違いない。