第4章
牧はびっくりするのと同時に、嬉しさが心の底から湧きあがってきた。
「まるで『秘密の花園』のメアリーみたい。きっとこの鍵は秘密を守っている重要な鍵なのね。でもいったい何の鍵なのかな」
彼女は首をかしげながら、その鍵を日の光にさらしてみた。銅の鍵なので、光を受けて輝くはずはないのだが、牧の中ではまばゆく輝いていた。そして、ふと気がついた。
「鍵…。宝箱」
青の部屋で見つけた宝箱が、頭の中をよぎると牧はすぐさま鍵を持って階下の青の部屋へと駆け込んだ。彼女はベッドの下の宝箱を引っ張り出すと、鍵を鍵穴へとあてがった。鍵はすんなりと鍵穴に入り、その鍵を思い切って回してみた。
「カチャリ」
鍵の回った音が聞こえると、牧は思わずつばを呑み込んだ。緊張した面持ちで宝箱を開ける。中には、いったい何が。いろんな期待感を込めて、箱を開けた牧だったが、実際の箱の中身を見ると、とてもがっかりしてしまった。中に入っていたのは、金銀財宝ではなく、白い紙きれと羽根ペンが一本だけだった。牧はとにかく、その紙きれを拾いあげてみた。紙にはこんな文字が書かれてあった。
『私は閉じこめられています』
一瞬、牧は目を疑った。しかしどう読んでもそう書いてある。牧は慌てて立ち上がると、一気に二階へと駆け上った。そうしてまだ調べてない部屋という部屋を調べ上げた。誰かが、この家の中に閉じ込められている。そう思って彼女は部屋を回り歩いたのだが、人っ子一人見つけることができなかった。牧はおかしいなと思いながらも、もう一度青の部屋へと戻り、宝箱の中の紙きれを見つめた。するとどうしたことか。さっきまで書かれてあった文字がきれいさっぱり消えていた。
「えっ」
牧は驚きの声をあげると、もう一度改めて紙切れを見直した。やはり何も書かれていない。どういうことだろうと彼女が訝しげに思っていると、またおかしなことが起きた。真っ白だった紙切れに徐々に文字が浮かんできたのだ。さっきの文字と同じなのかと思いきや、また別の文字が浮かんできた。
『早く助けて』
牧の顔はたちまち曇った。
「そんな助けてって言ったって」
一階の部屋も二階の部屋も全部見たのだ。でも、誰もいなかった。
これ以上どうすればいいというのだろうか。そうこうしているうちにその文字も消えてしまった。牧は苛立つ心を抑えながらも、冷静に考えるように努めようとした。そもそも私はいったい誰を探せばいいのだろうか。そう思った時、宝箱の中の羽根ペンが牧の目に留まった。ひょっとして、まさかね。そんなことを思いながらも、牧は恐る恐るその羽根ペンを手に取ると、その紙切れにちょっとだけ線を引いてみた。すると一本の線が浮かび上がってきたのだ。インクも何もつけていない羽根ペンのはずが、なぜか書くことができた。確信を得た牧はその羽根ペンを使ってその紙切れにこんな文字を書いた。
『あなたは誰』
牧が質問した言葉が徐々に消えると、再び別の言葉が浮かび上がっ
てきた。
『ガラルータ国の王女』
「王女? 王女だって」
思わず、すっとんきょうな声をあげながらも、牧はそんな国など今まで聞いたことがないと思った。そこで紙切れにはこう書いた。
『そんな国ないわ』
それに対して王女の答えは
『でも、あるのです』
というものだった。どうやら本当のことを言っているようだったが、人らしき姿を見つけられずにいるのも事実だった。そこで牧は今度はこう書いた。
『どこにいるの』
王女から、すぐに返答が戻ってきた。
『城の塔にいます』
それを読んだ牧は目をぱちぱちさせた。この家には城もなければ、塔もない。どちらにしても高いところを指している。彼女はそう考えると、もう一度二階の部屋を見て回った。それでもそれらしいものは、何も見つけられなかった。牧があきらめた様子で最後にたどり着いた部屋は例の書斎の部屋だった。当然のようにここでも人の姿などは、見つけられなかった。それでも牧は宝箱の紙切れのように、何かしら手がかりは残っていないだろうかと、辺りを探し周った。やはり何も見つけられない。
彼女は落胆の表情を浮かべながら、書斎の机の上のたくさんの本を見やった。この本の中に、また何かあるのだろうか。乱雑に置かれた様々な本を眺めているうちに、牧はある本に気がついた。
机の真ん中にページの開けられた本が一冊置かれている。それは本の形状をしていたが、誰かの分厚い日記帳か何かなのだと、牧は思っていた。その証拠に文章は途中で途切れていて、側には使いこんだ鉛筆が転がっていた。何かの用で席を立ち、日記が途中になってしまったのだろう。そしてそのまま日記を書いていたことを忘れてしまったに違いない。牧は、だいたいそんなところだと思っていたが、ひょっとしたら、閉じ込められている女の子の記述もあるかもしれない。彼女はそう思って、その文章を読んだ。
『ガラルータ国の王女は城の塔に何日も閉じ込められていた。塔には灯り一つもなく、彼女は今が朝なのか、夜なのか』
そこで文章は終わっていた。牧は目を丸くしてながら、一方で背筋に冷や汗のようなものを感じていた。
「だから彼女は塔に閉じ込められたままなのね」
机の側に転がっている鉛筆を見つめながら牧は、じっと考えた。
そんな馬鹿なことなんてあるだろうか。そう思いつつも、文字が浮かんでくる紙切れや、本に書かれている奇妙な一致を考えると、どうみてもそうだろうと思わざるを得なかった。彼女はよくよく考えた末、一つの結論に達した。
ガラルータ国は物語の中で実在する国。王女もまた、物語の中での登場人物。その物語を書いていた人は何らかの事情で今この家にはいない。王女を塔から救い出すには、物語を書き進めるしかない。今ここで物語を書けるのは私だけだ。
牧は書きかけの本を手に取ると、その真っ白なページをまじまじと見つめた。私に書けるだろうか、物語が。