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第3章

その部屋は居間のようだった。天井からは豪華なシャンデリアがつり下がり、部屋の真ん中には優美な丸テーブルとゆったりとくつろげそうなバラ模様のソファが置いてあった。今しがたまで誰かいたのか、テーブルの上には飲みかけの紅茶とかわいらしいポットが、のっかっていた。


更に部屋の奥には、古めかしい暖炉が置かれ、その上にはよく磨きあげられた丸い鏡が飾られていた。どっしりとした調度品や家具を見るにつけ、牧はますます声をあげるのがはばかられた。それでも彼女は勇気を奮い起こして、もう一度だけ声をかけてみた。

「すみません!」

さっきよりも大きな声だったが、家の中は静まり返ったままだった。牧はもう少しだけ頭を部屋の中へと入れると、耳をそばだてた。すると遠くの方で

「カツカツ、カツカツ」

と、何かが床に当たる音がしてきた。その音は牧にとっては、よく聞き慣れた音だった。あれはきっと、マリの足の爪が床にぶつかって鳴っている音に違いない。彼女が思った次の瞬間

「ガラガラッ、バタッバタッ」

どこかで何かが崩れ落ちるような、そんな音が牧の耳に聞こえてきた。彼女は、マリがいろんな物を口にくわえ、それをそのまま引きずっていくうちに、関係ない物まで落としていってしまう様はすぐに想像できた。こんなところで、物を落としたら、それはきっととてつもなく高価な花瓶だったり、グラスだったりするかもしれない。その考えがよぎると、牧はとっさに部屋の中へと駆け込んだ。今この家が本当に留守だとするなら、マリの行動を止められるのは、自分しかいない。


 居間を小走りに横切ると、少しだけ開いている茶褐色の重そうなドアを押し開いてみた。出てみるとそこは玄関ホールへと続いている廊下で、目の前には二階へ上っていく階段が見えた。右に行けば玄関ホールで、左へ行くと幾つかの部屋があるようだった。さっとホールを見渡したが、マリの姿は見当たらなかった。


代わりにホールの側に、背の高い振り子時計がすっと立っていた。牧は廊下の左側の部屋をのぞき込みながら歩いた。まず最初の部屋は階段の裏手にある部屋で、そこは浴室になっていた。白いタイルが壁に貼られ、西洋風の浴槽と銀色の蛇口があるだけの質素なものだった。その隣にはトイレにがあり、更に次の部屋に行くとそこはキッチンだった。磨きあげられた鉄製の大きな鍋や、古めかしい石で造られたオーブン。棚のところどころには様々な調味料の小瓶が置いてある。窓際の棚からは何かの薬草なのか、蔓状の草が何本もつるさがっていた。大きなお玉などを眺めながら牧は呟いた。


「まるで魔法使いの部屋みたいね。その大きな鍋でいったい何を煮るのかしら」

牧はひょいと肩をすくめると、次の部屋へと歩いて行った。


 キッチンを出ると、今度は廊下の左右に一つずつ部屋があって、一つの部屋は青色を基調とした部屋で、もう一つの部屋は淡いピンク色でまとめあげられていた。どちらの部屋にも天蓋つきの豪華なベッドがあったが、青の部屋の天蓋の柱にはドラゴンや騎士といった伝承や神話にみられる図柄の彫刻が施されていた。その他にも部屋の中には、中世時代の世界地図や、銀製の双眼鏡に高そうなコンパス。壁の上にはサーベルなども飾られていた。


机の上には、何かの資料なのか、本という本が乱雑に積み重なっている。さっきの物音の正体は、この本かと思ったが、落ちている本も見つからないところをみると、ここではないようだった。部屋はまるで冒険家の部屋のようで、発見した財宝のかけらぐらい、落ちていても良さそうな雰囲気だった。


牧はベッドの下ものぞいてみた。もしや、ベッドの下にマリが隠れているのではないかと、思ったのだが、そこにあったのは手で抱えられるくらいの木製の宝箱だった。牧は一瞬胸が躍った。きっとこの中には金銀財宝がつまっている。思わず手を伸ばし、箱の蓋に手をかけ開けようとした。だが、箱は開かなかった。


よく見ると、蓋のところに鍵穴があり、しっかりと鍵がかかっているようだった。牧はとてもがっかりしたが、そんな大事なものが人の手に簡単に触れてしまうのもおかしな話だ。ということは、やはりこの宝箱の中には大事な物が入っているのだ。でもいったい何がと思ったが、ここでぐずぐずしているわけにもいかないので、そのままピンク色の部屋へと移動した。


ここの部屋は壁紙もピンクなら、天蓋から垂れ下がっているカーテンもピンク色だった。部屋の真ん中には白い丸テーブルがあり、その上には淡いピンクのバラが白い花瓶に生けられていた。青の部屋とは対照的に明らかに女性が部屋の主のようだった。部屋の隅には物書き用の木製の机が置いてあって、そこだけが別世界のように質素な佇まいとなっていた。机の上には何冊かの本がきちんと並べてあったが、その並べの隅に黒い布が置いてあった。


そっとその布をとってみると、その下からは大きな水晶玉が姿を現した。まったく曇りのない透き通った水晶玉に、牧は息を呑んだ。試しに水晶玉の中をのぞき込んでみたが、下の机の木目がくっきりと見えるだけで他には何も見えなかった。牧は何かもっと不思議なものが見えるのではないかと期待していたのだが、結局そんなものは見えないと分かるとつまらなそうな表情を浮かべて黒い布を元のようにかぶせて机から離れた。この部屋でも、牧はベッドの下を念のためのぞいてみた。見るとそこには木で出来たほうきが一本置いてあった。牧は目をぱちくりさせた。

「ここの部屋の人は、魔法使いにでもなろうとしてたのかしら」

牧はそんな言葉を呟くと、さっき見たキッチンを思い出して、本当にそうかもしれないと妙に納得してしまった。


一階の部屋はその二つの部屋で終わっていたので、牧は玄関ホールへと引き返した。さっきは気がつかなかったのだが、玄関ホールの側にも、もう一つ部屋があった。牧はその部屋ものぞいてみたが、そこは応接間のようで、銀色のシャンデリアに白亜の暖炉、ビロード地のソファと大理石のテーブルが置いてあった。マリの姿はそこにもなかった。見ていないところは、あとは二階の部屋のみだった。マリが階段を上って行くことは、あまり考えられなかったが、牧は一応見て回ることにした。

応接間を出ると、何かの視線を感じるような気がして、牧は後ろを振り返った。


すると背の高い振り子時計の姿が目に入った。時計の文字盤は四時十分を指している。もうそんな時間なのかと牧は思ったが、よくよく見ると振り子時計は動いてはいなかった。アンティークのつもりなのかな。そうでなかったら、正確に表示されない時計なんてなんの意味があるのだろう。牧はそんなことを思いながら、振り子時計の側を離れ、二階へ上がる階段を上って行った。


階段を上りきると、廊下が一本続いている。廊下の左右には向いあった部屋一続き続いていた。その廊下の一番奥には向き合っている部屋とは別の構造の部屋があるらしく、その部屋だけはドアが開け放たれていた。牧は先にその部屋から見ることにした。部屋に一歩入ってみて、彼女は心底驚いた。そこはいわゆる書斎と言われるべき部屋かもしれないが、牧から言わせれば、まるで図書館のようだった。高い天井に届くほどの大きな本棚が、壁のぐるりを取り囲み、たくさんの本が整然と並んでいた。棚の中の本を見てみると、日本の本だけでなく、どこの国の本か、さっぱり分からない本が所狭しと置かれていた。


窓の側にはここの部屋の主が座る椅子と机が置いてある。机は横に長い大きなものだったが、その上には山積みになった本が乱雑に重なっていた。そのうちの何冊かが床に落ちていた。じゃあ、さっきの物音はこの音だったのだろうか。牧は本を拾い上げると、机の上にのっけてみた。その中の一冊は洋書で、茶色の本の扉が古そうな印象を与えていた。金色の文字のタイトルを見ても、何語で書いてあるのか、牧にはちっとも見当がつかなかったが、本のページが金色に塗られているのを見て、何か変わった本なのかもしれないと思った。それで彼女はなんとなくその本を開いてみた。牧は一瞬狐に包まれたような不思議な表情を浮かべた。本の扉を開けた先には、くり抜かれたページと、そのくり抜かれた部分に銅の鍵が入れてあった。それは本のように見せかけた鍵の隠し場所だった。


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