第八十九話 買い物失敗
「私の気持ちがわかるって……それ、シルビアもサワタリさんのことが好き……なの?」
「いえ、そんな! 好きと言うほどのものではなくてですね! ……何と言うか……秘密です」
そう言ってシルビアが赤くなった顔を下に向ける。
(この態度……アウトだわ)
カレンは据わった目でシルビアを見た。
ここで問題になるのは、彼女がどの程度『好き』なのか……である。
カレンの場合。お付き合いするなら誰? と聞かれて「サワタリさん!」と答えるぐらいには弘のことが好きだ。が、それが愛とかラブの域まで達してるかと言うと、自分でも自信はない。
そして、そういう自分を基準にしてシルビアを見たとき……。
(サワタリさんを男性として意識しだした……というところなのかしら?)
考えてみれば王都神学院出身で尼僧のシルビアには、今まで浮いた噂というものがない。結婚したら還俗という戒律もあってか、積極的に男性と交際しなかったわけだが、ここへ来て弘に何か感じるものがあったようだ。
今日見た闘技場での弘の奮戦ぶりが原因かもしれない。そうなると、カレンとしては実に良くない展開だ。
(シルビアの方が背が高いし、スタイルもいいし、あと大人だし……。私……勝ってるところが一つもないし……)
カレンとて美少女と言って差し支えない容姿であるし、バランス良くまとまった良スタイルなのだ。しかし、この場合は比較する相手がナイスバディ過ぎた。
(もう少し、大人っぽくした方が良いのかしら?)
そう、例えば化粧を工夫してみるなど、できることはあるはずだ。更に、今まで以上に積極的に行動すれば……。
「私……何を考えてるのかしら……」
カレンは、自分の中の『熱』が引いていくのを感じている。
自分は殿方とお付き合いしたくて、ディオスクに来ているのではない。マクドガル家の当主となる資格を得るため、与えられた試練……オーガー討伐をなすためにここまで来たのだ。
この試練に関しては、内容のすべてではないが弘も知っており、それを蔑ろにしてベタベタとすり寄ったりしたら、きっと彼は感心しないだろう。少なくとも、カレンはそう思った。
「シルビア……今、すこ~し変な雰囲気になってるけど」
「は、はい」
俯いていたシルビアがカレンを見る。その顔は赤いままだが、敢えて無視することにしてカレンは話を続けた。
「私達が気にしなければならないのは、オーガーを1日でも早く討伐することじゃあないかしら?」
「え、ええ、そうです! あ、でも、諦めて王都に戻るという選択肢も……」
「却下。何が何でもオーガーを討伐するの!」
元々抱えていた、お家の問題を解決する。まずは、それからだ。
このように提案したところ、シルビアは何度か口をパクパクさせていたが、やがて大きく頷いた。
「う、わかり……ました。当面は、それで良いと思います」
「サワタリさんに関しては、その後で勝負しましょう。言っておくけど、負けないんだからね?」
話の締めにカレンが一言付け足したので、またもシルビアが上ずった声を出した。
「だ、だ~か~ら! 私には、そういうつもりはありません!」
◇◇◇◇
1階酒場でカレン達がガールズトークしていた頃。
2階に移動した弘は、事務所の受付で書類書きをしていた。
登録冒険者用相談申込書。それが今、ガリガリと羽根ペンで書いている書類様式の名称である。この用紙に相談内容を記入して提出すると、冒険者ギルドで対応してくれるとのこと。
「はい、そこ。名前を書いてくださいね。そこは相談内容です。簡潔明瞭に解りやすく丁寧に書いてくださいね」
「言い方がくどいんだよ。わかりにくい書き方したら、どうなるってんだ?」
カウンター向こうの女性係員に、ふてくされた口調で聞いたところ「対応が遅れたり、受理されなかったりしますよ~」という返事を得た。
(お役所仕事ってレベルじゃねーなぁ、おい)
もっとも、今後もディオスクのヤクザ(?)に狙われ続けると決まったわけではないし、狙われて……例えば襲われたとしても実力で撃退すればいい。更にギルドが対応してくれないようなら、自分自身で相手方へ乗り込んでいくまでだ。
「でもまあ、俺も組織って奴の一員なんだし? 相談や報告した方がいいってんなら、真面目に書類でも何でも……」
「あ、そこはですね。個人的に相談できそうなギルド幹部が居たら書いてください。その人にも連絡が行きますので」
「へ~、そうなの? 俺が知ってる、ギルドの偉い人ねぇ……」
羽根ペンを書類から離し、弘は天井部へ視線を上げる。
これまでの異世界行の中で、彼が知り得たギルドの幹部と言えば2人だ。
クロニウス支部の支部長、アラン・リッチマン。そして、冒険者ギルド王都本部の会計課長……ジュード・ロオである。
記名欄を見ると1人分ぐらいのスペースしかないが……。
「詰めて2人とも書いちまうか? いや、めんどくせぇ。ジュードの爺さんだけでいいか……じゅうど・ろお……と」
名前の読みを声に出して確認しながら、弘はジュードの名を記入した。ここまでの書類書き込みは順調だ。山賊時代に教わった読み書きが、こういうところでも役に立っている。
(来年墓参りに行くときは、酒以外に上等な干し肉とか持って行くかな? 酒にはツマミが必要だもんな)
「よし書けた。もう書くとこないだろ?」
「今、気になる名前を聞いた気が……。そ、それでは少し拝見して……えっ?」
カウンター上に置かれたままの書面を、そのまま視線だけ滑らせて内容確認していた女性係員が、突然、両手で持って書類を取り上げた。
「じゅ、ジュード・ロオって、王都本部のロオ会計課長ですか!?」
「そうだけど? ちょい前に顔合わせる機会があって……ひょっとして書いちゃダメな名前だった?」
言いつつ弘は「まずったかな?」と考えている。
ジュードのことは『本社の偉い人』ぐらいにしか思っていなかったのだが、考えてみれば、弘は今、コンビニのアルバイトぐらいの立ち位置だ。なのに、知ってる人だからと言って『本社の偉い人』の名前を軽々しく出して良いものだろうか?
(コンビニで似たようなことしたら、間違いなく店長に迷惑がかかるよな。俺が冒険者登録したのはクロニウス支部だから……アランのオッサンに迷惑かかったりしてな)
一瞬、アランの名前に書き直した方がいいかと思ったが、すぐに思い直して放置しておくことにした。
レクト村で見たジュードの人柄からして、そんな大変なことになるとは思えないからだ。
それにクロニウス支部で冒険者登録したからと言って、弘は別にクロニウス支部専属の冒険者というわけではない。だから、アラン支部長に迷惑がかかることもないだろう。
弘は目を白黒させている女性係員に「もう、行っていいよな?」と確認してから、その場を離れ、酒場へと降りていった。
後日談となるが、バトルロイアルを仕組んでいたのはディオスク路上娼婦の元締めである。この暫く後、彼はディオスクから遠く離れた別の町にて、冒険者ギルドから依頼を受けた盗賊ギルドにより拘束されることとなる。その後は、盗賊ギルドの監督の下、某都市の娼婦元締めとして再出発するのだが……このことを弘が知るのは、随分後になってからのことであった。
◇◇◇◇
「あれ? 行っちまうのか?」
酒場へ降りた弘は、自分の姿を見るなりカレン達が席を立ったので声をかけた。見たところ、カレンもシルビアも、武器防具以外の荷物は持っていない。
「ええ、これから情報収集に行こうかと。町でオーガーの噂話でも聞けないかと思って!」
カレンが元気よく答えてくれるが、シルビアは見た感じ元気がないようだ。
「シルビアは……何処か調子でも悪いのか?」
女性相手に不躾だとは思うが、弘はシルビアの顔を覗き込む。すると、シルビアは顔を見られまいと、向こうを向いてしまった。
「あん?」
「さ、サワタリさん。シルビアはその、お酒が入ってて顔が赤いんです!」
「こんな昼間から坊さんが酒? ああ、異世界だし、そういうこともあるのか」
元の世界での事例を持ち出せば、午前中に早いめの昼食を外食でとろうとしたとき。カウンターに座ったオッチャンが、昼前にもかかわらず瓶ビールを注文していたりする。アレと似たようなものだろうと、弘は勝手に解釈した。
これにより弘のシルビアに対するイメージが、若干オッサン臭いものになったのだが、そこに気がつかないカレンは「シルビア。これで貸し1つね♪」等と、嬉しそうにコソコソ話している。
「オーガー探しか。見えるところにいてくれれば、サッサとやっつけてお終いなのに。大変だな」
「いえ、これも試練ですから」
気を遣って貰って嬉しいのか、カレンはニコニコしている。
2人は、そのまま酒場を出て行ったが……弘の方は、特にすることが無くなってしまった。
「そうだ。金も貯まったことだし。ジュディス達用の買い物でもすっか」
金貨20枚に銀貨は数百枚。持ち運ぶのに苦労する大金だが、弘にはアイテム欄収納がある。
夕刻まで、まだ少し時間があるのを確認すると、弘は酒場を出てディオスクの大通りに出て行くのだった。
◇◇◇◇
さて、ディオスクに来た目的の1つであるジュディス達への贈答品購入だが、なかなか上手くいかない。
そもそも弘は、女性に何か買ってプレゼントしたことがないのだ。
「いや、レディースの娘等に、タバコをやったことはあるんだけど。……プレゼントの内に入らねーよなぁ」
まず足を運んだのが宝飾店だが、よく考えてみれば冒険者働きをしている女性に、宝石を買って渡して、それで喜んで貰えるものだろうか?
(ん~……高価な宝石を渡して、換金用に持って貰う……いや、駄目か)
それでは、現金を渡しているのと変わらない。
結局、宝飾具の購入案を却下した弘は、次に武器防具店へと足を運んだ。
冒険者に渡して喜んで貰える物品。それは値は張るが、高性能な武器防具ではないだろうか?
かなり正解に近かったが、ここでも弘は頭を抱えている。
大都市だけあって品揃えは豊富だったものの、ジュディス達に持たせて喜んで貰えそうな品を見いだせなかったのだ。
「当たり前だけど、高性能の武器や防具って……たいがい重いんだよな」
更に言えば、武器はともかく女性用防具となると、着用者のサイズを測る必要もあるだろう。
(男だって体格差が問題になって、他人のお下がりとか無理そうだし……)
ちなみにカレンが着用している魔法の鎧(性能的にはパワードスーツに近い)は、カレンが使用するに合わせて打ち直したものである。そこまですると言うのなら、鎧等の防具を購入するのもありだろうが……。
(嫌だ。面倒くせぇ)
これも弘は却下した。
打ち直す際、採寸等でジュディス達の手を煩わせるという点もマイナス要素だ。
宝石は駄目。武器防具で良いのが見つからない。
(盾なんかは良いと思うけど、ジュディスもウルスラも盾は使ってないんだよな……)
では、あとは何があるだろうか?
武器防具店の外へ出た弘は、通行人の邪魔にならないよう店舗の壁により掛かりながら考えた。
(女かつ冒険者が喜びそうなモノ……見た感じが良くて、使い勝手が良い何か……か。魔法のアイテムとかか?)
装備しただけで身体能力が向上したり、空を飛んだり、水に潜っても息ができたりする……そういった『凄さ』のある品物がいい。
(……そんなのあったら、俺が欲しいくらいだぜ)
とはいえ、この方向の考え方で間違っていないはず。
問題は、今日見てきた店々では、魔法道具などは陳列してなかったことだ。
ゲームなどではモンスターが落とす宝箱や、ダンジョンの奥にある宝物庫で入手できたりするのだが、この世界でそういう考え方をしても良いのだろうか?
(……ぐだぐだ考えてても始まらねーか。お宝のありそうなダンジョンに潜るんだよ! そんで、ダンジョン探索っつったらギルド依頼だろ? そーだ、事務所の姉ちゃんに聞けばいいや。お宝のありそうなダンジョンってありますか~ってな)
そうと決まれば、まず行動あるのみ。弘は武器防具店の外壁から離れると、ディオスクのギルド支部へと向けて歩き出した。




