第六十三話 女性会議
カレンお嬢様、悪い酔い方するなぁ……と皆が思う。しかし、ジュディスはジュディスで、酔うと情緒不安定になるため、事情を知ってる者(この場にいる全員)は顔を見合わせて苦笑するのだった。
ところで、レクト村の一件に関してはギルド本部の幹部……ジュードから『他言無用』と言われている。ここでカレンに話して良いものだろうか? いや、良くはない。しかし、ジュディスは話しても良いだろうと判断した。カレンは弘と関係がある人物だし、事情をわきまえて軽々に吹聴しないと思ったからだ。
……もっともらしく理由を並べているようだが、要するに人の口……いや、女の口に戸は立てられないのである。
そうして、依頼遂行にいたるまでの弘の行動を聞かされたカレンは、瞳をキラキラさせて溜息をついた。
「サワタリさん……格好いい……」
「はっ?」
突然何を言い出すのか? と目を丸くしたジュディスに、カレンは力説する。
「だって格好いいじゃない! 追い詰められた冒険者、そこに現れた救いの手……まるで物語の主人公みたいでしょ!」
レクト村で発生した、村人との戦闘のことを言ってるのだ。
そう言われると、ジュディスとしても弘を格好良いと思わざるを得ない。いや、あの時、外にいる弘を発見したサイードの声を思い出すと、今でも胸が熱くなる。
(格好いい……って、あたしも思ってる?)
そう意識した途端、頬が熱くなるのを感じてジュディスは俯いた。
一方、カレンはジュディスの反応を見て頬を膨らませている。
(「シルビア? ジュディスちゃんの様子、なんだか変だと思わない?」)
(「確かに。普段でしたら、男性冒険者の悪口を並べ立てているところですが……これは、何かあったのかもしれませんね?」)
「聞こえてるわよ? 二人とも~」
気がつくとジュディスが据わった目でカレン達を見ていた。
ジュディスは口元だけ『笑み』にして言う。
「あたしとヒロシの間で、今話した以上のことなんて……ないから」
「そうなの? でもだって……」
「なによ?」
「ジュディスちゃん、サワタリさんのこと……名前で呼んでるし……」
ぼふっ。
日焼けしたジュディスの顔が赤く染まる。少し俯いた彼女が再びカレンを見ると、今度はカレンが据わった目でジュディスを見ていた。
「本当に……何もなかったのかしら?」
「よよ、呼び方を言うんなら、呼びやすい方で呼んでるに過ぎないし! 別に他意があるんじゃなくて、本当にヒロシとは何も……」
言い繕いつつジュディスは、レクト村から弘と自転車移動した際のこと。クロニウスのギルド宿舎……その弘の泊まり部屋で大泣きしたことを思い出している。
(ぐうう……あると言えば、あるのよねぇ……)
恥ずかしいし隠したくもあるが、強いて言えば……それは弘との大事な思い出だとジュディスは思うのだ。
そんなジュディスの様子をカレンはジィッと見ていたが、やがて肩を落とす。
「う~……やっぱりサワタリさんについて行くんだったかなぁ……シルビアも、そう思わない?」
「……私としてはですね。カレン様が興味を示すような男性を、ジュディス様が引き受けてくださるなら……それは実にありがたいことだと……」
がたん!
カレンとジュディスがジョッキを席を蹴って立ち上がった。
「な、なに言ってんのよ! それじゃ、あたしがカレンのイイ話を摘み取ってるみたいじゃない!」
動揺のあまり『ちゃん』が抜けている。
これを聞いたウルスラとターニャは……。
(……いつもやってることじゃない。で、ある程度いびったら放り出す……と)
(でも、ヒロシさんに関しては、けっこう長く気にかけてますぅ~)
と思っていた。この点についてはシルビアもまったく同意見であり、ゆえに先ほどのような発言をしたのである。
そしてカレンの発言はこうだ。
「ジュディスちゃん! やっぱりサワタリさんのことを!」
「だあああ、あんたも混ぜっ返すなぁ!」
騒ぐ二人を中心にテーブルがガールズトークで盛り上がっていくが、昼時であるため、周囲からは迷惑そうな視線が集まる。
この中で比較的冷静なのがシルビアであり、次いでウルスラであった。
序列付けができているのは、二人のうち、ウルスラに関しては少なからず弘を意識していることによる。そんな二人は、仕える相手とパーティーリーダーを見て次のように思っていた。
(一緒にギルド仕事をした分、ジュディスにアドバンテージがあるみたいねぇ。……とはいえ、初対面の一件で第一印象が悪いはずだから。どうなるのかしらね~)
(くくくっ。カレン様はサワタリ殿の、山賊時代のリーダーを倒しています。サワタリ殿は気にしないことにすると言ってましたが……はてさて)
言い争いと言うよりも、じゃれ合いを続けるカレン達を脇に置き、シルビアとウルスラの目が合った。
「ウルスラはどうなの? 男性としてのサワタリ殿に興味はあるのかしら?」
「そ……それ、シルビアに言う必要があるとは思えないのだけれど~? シルビアこそどうなのかしらぁ?」
若干焦りを含む声でウルスラが問い返したところ、シルビアは大きな胸を張って答える。
「フフンッ……私は神に仕える身。まだまだ還俗する気はありません。もちろん、サワタリ殿を男性として意識することもありません。あなたとは違うんです」
どことなく自慢げですらある。
だが、そのシルビアの言葉をウルスラは鼻で笑った。
「光の神様もケチ臭いわよねぇ。信徒が身を固めたからって、還俗させるだなんて……」
「聞き捨てなりませんね! 我が神を侮辱する気ですか!」
安い挑発に乗ってシルビアがヒートアップする。カレンが居る手前、弘の話題で標的にされたくないウルスラが話題を変えようとしたのだが、それにまんまとはまってしまったのだ。
その後、主に四人での口論が続いたが、話し疲れたところで休憩となっている。
「不毛だわ。てゆ~かさあ? そんなにヒロシのことが気になるんだったら、一緒に行動すればいいじゃない?」
ジュディスが追加で注文した白湯で酔いを覚ましながら言うと、同じく白湯を口に運ぶカレンが口を尖らせた。
「ちょっと前ならともかく、今はタイミングが悪いでしょ? だってサワタリさん、一人で行動したいそうだし……泣いてすがるジュディスちゃんを追いてっちゃうくらいだもの」
フンフン頷きながら聞いていたジュディスは、カレンのセリフ後半を聞いて目を剥く。
「ちょ……あたしが泣いたって、誰から聞いたの!?」
「へっ? ジュディスちゃん、泣いたの? 今の、例えと言うか嫌味と言うか……そういうのだったんだけど……え、ええ?」
キョトンとしているカレンと、『しまったあああ!』的に頭を抱えるジュディス。二人を中心に気まずい空気が広がっていく。
そして数秒後。勢いで立ち上がっていたジュディスは席に座り、腕を組んだ。
「ん、んまあ、アレよ。泣いて引き留めたくなるぐらい、ヒロシは頼りになってたってことよ!」
「頼りになってたのは確かだけど。泣いたのは意味合いが違っ……」
「そこ、うるさい!」
ジュディスがウルスラを一喝して黙らせている。
その様子を見ながらカレンは思った。
(ジュディスちゃん……絶対にサワタリさんのことを気に入ってる! 私も負けないんだから!)
口に出して言ったわけではないが、その表情から考えが手に取るようにわかるため、シルビアは額に手を当てて溜息をつくのだった。
◇◇◇◇
「じゃあ、ジュディスちゃん達は、サワタリさんが戻ってくるのを待つのね?」
「ん~……一ヶ月後に、ここで待ち合わせだからねぇ。ここを拠点に仕事を受けていくって感じかな?」
恋ばな……もとい『召喚戦士ヒロシ・サワタリに関する女性会議 第1回』が終了したので、カレン達は今後の予定について確認しあった。
ちなみに、この時点で昼時の時間帯を大きく過ぎており、他の客は少なくなっている。にもかかわらず、いつまでも居座って喋り続けるカレン達は、酒場にとって迷惑な存在でしかなかった。必然、奥の方から酒場主の鋭い視線が飛んでくるが、カレン達は意に介さずお喋りを続けている。
さて、ジュディスパーティーの行動予定についてはジュディスが言ったとおりだが、カレンに関しては今までどおり、討伐対象を探し求めることとなった。
「今日のところはクロニウスで情報を集めて、明日以降はオーガーの居そうなところに遠征するって感じかな。あ、もちろん、行く先が仕事場になるようなイイ感じの依頼があったら、それを受注していくわ」
弘は修行して強くなるために単独行動をするそうだが、カレンとてオーガーを倒すためには今より強くならなければならないのだ。強さの糧になる依頼は、一つでも多くこなしていきたい。
「なるほど……本当に本気でやる気なのね?」
先ほどまでとは打って変わり、ジュディスは真剣な目でカレンを見る。実のところ、貴族学院で仲の良かったカレンがお家事情で旅に出ると聞いたとき、ジュディスはかなり気を揉んだものだ。
ジュディスは事情あって実家と連絡を取るわけにはいかなかったから、カレンのために家名を使っての手助けができなかったのである。そして以後、カレンを何かと手伝い、彼女に言い寄る男がいれば積極的に排除していたのだ。
しかし、今のカレンを見る限り、彼女の決意は本物である。ならば、それはマクドガル家の問題であり、他家のジュディスが口出しするわけにはいかない。
(本当は今からでも諦めて帰って欲しいんだけどな……)
そういう親友の思いとは裏腹に、カレンは力強く頷いた。
「そうよ。私、本気なの。始まりは浮ついた英雄物語へのあこがれだったけど、もう父様も母様も居ないし……私が、マクドガル家を守らなくちゃ……」
言いながら、徐々に言葉へ気迫が込められていく。
普段の夢見がちな姿を知っているだけに、居合わせた面々は大いに気圧されることとなった。




