第六十一話 酒の上の失言
閂を引いて廊下に出ると、確かにジュディスが居て立っている。
「私も居るわよ~」
自己申告しているとおり、ウルスラも居た。
2人ともかなり酔っているようで、フラフラしている様は見ていて実に危なっかしい。
「もう宴会は終わったんか? ターニャは?」
「ターニャなら酔いつぶれてたから、宿泊室に運んできたの~」
ジュディスがポーッとしているので、主にウルスラが説明してくれる。酒の入ったウルスラは頬が赤くなっており、実に色っぽい。
他に知っている尼僧と言えばカレンと行動を共にするシルビアが居るが、こういうウルスラの有様を見ていると「どっちかって言うとウルスラの方が、気安くつきあえるよな」と弘は思う。
(と言ってもシルビアのこと自体、よく知らんわけだが)
「じゃあ、あんたらも宿泊部屋に行くところか? 部屋まで送って……ってほど離れちゃいないか。転ばないように気をつけろよ?」
そう言って扉を閉めようとしたところ、ジュディスが扉の縁を掴んだ。
「あたし……ここがいい」
「はあ!?」
驚く弘の脇を擦り抜け、ジュディスが入室してくる。
「ヒロシの部屋がいいーっ♪」
「じゃあ、私もーっ♪」
「待てやコラぁああ!」
女性二人に乱入されてヒロシは焦った。どういう風に焦ったかというと……。
これは、どうしよう! ヤっちゃう絶好の機会か!? というもの。
ジュディス達は酩酊状態にあるため、上手くすれば二人ともモノにできる可能性が高い。
一方で、俺のことを信頼して入ってきた女に手を出して、この先やっていけるんだろうか? とも焦ってもいる。
「あのヒロシって奴、パーティーの女を酔わせて襲うんだぜ?」
なんて噂がたっても困るのだ。
(インターネットとかが無いって言っても、精霊通信がある世界だからな~)
どうする沢渡弘! 己の股間力に賭けてみるか!?
(うおおおお! コスプレじゃあない、モノホンの女戦士と女僧侶とアレだ! え~と……ゴムとか無くていいのか!?)
「ちょっとヒロシ?」
「そういうのも召喚できれば……あ?」
気がつくとジュディスが座った目で弘を見上げていた。ちなみに、ウルスラがランタンを持ち込んで燭台へ火を移したため、室内は明るくなっている。
「あんた、ほんっと~~~~にパーティーから外れる気?」
「お、おう? レクト村の件でクロニウスへ来る途中、話してたろ?」
ひょっとして引き留める気なのだろうか? あるいは、この雰囲気……絡み酒か!
(やな酔い方するなぁ……)
そう思うものの会話の流れが発生したので、弘はホッとしている。
第一印象こそ良くなかったが、ジュディスやウルスラのことを嫌いではない。そんな彼女らを酒の勢いでアレしたりコレしたのでは……。
(後々、面倒くさいことになりそうだしなぁ)
責任取れ! などと言われては困るのだ。
(いざとなったら腹ぁくくるけど。でも、今は御免だ)
弘は溜息をつくと、改めてパーティーを離れる理由について説明した。
まず、ジュディスパーティーに加わったのは、単独の冒険行で危ない思いをし、見習い的に誰かのパーティーに入りたかったことによる。
「でまあ、それなりに自分の能力にも慣れてきたから、しばらく一人で鍛えてみたい……と。ジュディス達には世話になった。この恩は忘れな……」
「やだ……」
「は?」
見れば、ジュディスは大粒の涙を浮かべ顔をクシャクシャにしている。そして天井を仰ぐや号泣しだした。
「あたしのパーティーから出てっちゃ、ヤダぁあああああああ!」
次の瞬間、周囲の宿泊室から「うるせぇぞ!」「寝られねーじゃねーか! どアホウ!」「痴話喧嘩なら、昼間にやりやがれ!」といった怒声が発せられる。
「なんで昼間なんだよ?」
「そういう時間帯ならヒロシとジュディス、どっちが勝つか賭けの対象にできるからよ」
ウルスラが説明してくれるが、彼女は彼女で目が据わっている。
「あの、ウルスラ……さん?」
「弘がパーティーを抜けるって話。さっきジュディスから聞いたばかりなんだけどぉ?」
号泣するジュディスを尻目に、ウルスラが詰め寄ってきた。彼女はシルビアと同様にチェーンメイル装備のはずだが、今は脱いでいるらしく動くたびに胸が揺れる。その胸に視線が行きがちになる弘を、ウルスラはジッと睨め付けた。
「自分を鍛えたいって言い分は理解できるわ。だって私、お坊さんなんだもの。修行って大事よねぇ?」
「お、おう。まったくそのとおりだぜ」
「でも、苦楽をともにした仲間に、一言もなく抜けようってのは良くない話よねぇ?」
「お、おう。まったくそのと……いや、ジュディスには話しただろ? それに今だって話し……」
「お黙りなさい。私は今、僧侶として説教しているの」
(うえええ? パーティー抜けるのって、坊さんから説教されるほどヤベぇことなのかよ!?)
普通に考えるなら、やはり酔っぱらいに絡まれているだけなのだ。
しかし自身も多少酔いが回ってる弘は、これを暴走族における脱会リンチのようなモノだと考えたのである。
(いや、よってたかって殴る蹴るは無いにしてもだ。パーティーを抜ける際は、何か付け届けとかが必要だったりするのかもな)
ゲーム知識を動員すれば「いや~、そんな話は聞いたことがないぜ」で終わることも、今の弘は気づくことができない。だから長々とお説教しているウルスラと、グズグズ泣きへ移行したジュディスに対し、次のようなことを申し出たのである。
「よし、わかった! 自分の都合で、突然パーティーを抜けると言った俺が悪かった! しかし、しばらく一人でやってみたいと言うのも曲げられね~俺の方針だ。そこで……」
弘は黙って話を聞いてるジュディス達に言った。
「なんかギルドで依頼を受けてだな、その報酬やら何かでジュディス達にプレゼントを用意するぜ! それで一つ勘弁してくれ!」
◇◇◇◇
翌朝。
すっかり酔いが覚めて「えらいこと言っちまったなぁ」と頭を掻きながら酒場に降りた弘は、先にテーブルに着いていたジュディス達と目が合う。
「お、おう。おはよう」
「お、おはよ……」
ジュディスの声がぎこちないのだが、やはり昨晩のことを覚えているらしい。
(泥酔してたときのことなんか、次の朝には忘れちゃった~……てのを期待してたんだが、無理か……。忘れてねーってんなら、手を出さなくて正解だったかもな~)
そう、結局のところ、弘は酔った女性2名に対して何もしなかった。いや、手出しする間がなかった。
と言うのも「何かプレゼントするぜ!」発言の後、売り言葉に買い言葉……とにかく勢いで話が進んでいき、最終的に満足した様子のウルスラが、半分寝ているジュディスを支えながら出て行ったのである。
(さて、何を要求されるんだかなぁ)
悩ましい気分のまま空いた椅子に座ると、さっそくウルスラが話しかけてきた。
「ヒロシ、お・は・よ♪ じゃあ朝食をとりながら、ヒロシに何を貰うか会議でもしましょ~かしらね~?」
悪い笑みだ! 商売人の目だ! この女、本当に坊さんなのか!
という感想を飲み込み、弘は静かに釘を刺す。
「言った以上は何とかするが……べらぼうに高価なモノをねだられても困るからな?」
「わかってるわよぉ。あくまでパーティーから抜けるヒロシが善意で用意してくれるものだもの。図々しいことは言いません」
言いつつ胸を反らせると、大きな胸が揺れる。実にけしからぬ乳袋だ……と、弘は朝っぱらから鼻の下を伸ばした。その視線に気がついているのかどうか、ウルスラが人差し指を立てて言う。
「やっぱりそぉねぇ。こういう時に大事なのは、やはり誠意かしら?」
「ほほう? 誠意?」
何か企んでるのが見え見えなので、弘は内心舌打ちした。
しかもこれは、ヤクザから強請られてる状況に似ている!
が、相手はウルスラだ。外見が和風清楚で内面が銭亡者とはいえ、そんなえげつないことを言ったりはしないだろう。弘としては、そう思いたい。
「今、失礼なこと考えなかったかしらぁ~?」
「いいやぁ? 別にぃ?」
2人の会話を見守るターニャが「ふえええ、怖いですぅ」と怯えているが、見ないことにして会話が続けられる。
「誠意って言うのは、具体的に言うと弘のプレゼントを見て私達がどう思ったか。どう思うのか……ってことよねぇ」
「おい待てよ。今の言い方だと何を持ち出しても『それは駄目』って言われたら終わりじゃねーか。不公平だな、認められねーぜ」
そもそも、今回のプレゼント話云々は、弘を引き留めようとするジュディス達に諦めて貰うべく弘自身が提案したものだ。
「けど、そういうこと言うなら……俺、なにもしないで出てっちゃおうかなぁ」
「むむっ! 口約束を反故にするとは男らしくない態度!」
「はは~んだ。後から条件きつくするような奴が何言っても無駄だぜ~」
子供の言い争いのようになっているが、2人とも目は笑っている。これでけっこう会話を楽しんでいるのだ。
そして、それを見ていて面白くないのがジュディスである。
「ちょっと、ウルスラ? イチャイチャしてないで話を進めなさいよ」
「い、イチャイチャ!?」
ウルスラが、珍しくうわずった声を出した。
弘は「あん?」と彼女の様子を覗うが、ウルスラは口を尖らせて横を向いてしまったので、どうにもよくわからない。
変わって話し出したジュディスは、ウルスラとは対照的に元気よく見える。いや、先ほどまでの2人の態度が逆転したようだと弘は思った。
「あたしは何か物が欲しいとか、そういうのじゃなくて……ヒロシに残留して欲しいんだけど。それは駄目……なのよね?」
上目遣いで聞いてくるジュディスは、なにやら妙に可愛らしい。
初対面時の印象の悪さからは考えられない姿だ。
十代の美少女から頼まれると弘の心も揺れる……が、自分はあくまでも『経験値稼ぎ』をしたいのだ。その課程で自分には何ができるか、何ができないのかを見極めたい。
(単独行動の危険は承知してるが、しばらく1人で居た方がマジで都合がいいんだよな~)
ジュディス達が嫌でパーティー離脱を思い立ったのではないことを強調すると、弘はジュディス達を見て言い切る。
「ともかく1人でやりたいことがあるってのに変わりはない。あと、口約束だろうと言ったことは実行するから……まあ、手土産は期待しててくれ」
そこまで言うとジュディス達は納得したようだった。
ジュディスとウルスラに関しては、まだ未練がましい視線を向けてきているが弘は無視している。
その後はジュースなどを飲みながら、今後の予定を話し合った。
まずは期間だ。弘が何か持ってきてくれるにしても、いつまでに……と期間を設定しておかないと、立ち消えになったりするかもしれない。
「あるいは俺が逃げたりとかな~。ま、そんなことはしね~わけだが……一ヶ月ってところでどうだ?」
長くもなし短くもなし。
しかし、1人で修行するにしても一ヶ月というのは短いのではないか?
そういう質問をしたのは、それまでほとんど喋らなかったターニャである。
「そこはそれ、やり方次第……いや、別に一ヶ月で修行旅をやめるって話じゃないから」
あくまでジュディス達との約束、その履行期間を一ヶ月間と設定しただけだ。その後は、さらに暫く修行旅を続けるつもりでいる。
当初目標……王都見物に必要な資金稼ぎは、ジュードの計らいで手にした特別報奨金で達成できたと思って良い。あとは、想像を超えて面白いことになりつつある能力を鍛えるのだ。
(けど何年も修行する気はないからな。長くて2ヶ月ってところかな? 王都見物に関しちゃ先延ばしになるが、王都は逃げないんだからかまわねーだろ?)
弘の世界では武道でもスポーツでも、一人前になるには長い歳月が必要なことが多い。しかし、こっちの世界に来てからのレベルアップ速度を考えると、2ヶ月も頑張ればかなりイイ感じになると弘は思っていた。
「一ヶ月後に、ここで待ち合わせ……ってことでいいな?」
女性陣を見回しながら言うと、特に誰も反対しない。了承を得られた……ということだ。
大きく頷いた弘は席を立つ。
「なら俺はもう行くぜ? 短い間だったけど世話になったな」
「も、もう行っちゃうの?」
背後から聞こえるジュディスの声に、弘は肩越しで手を振った。
「善は急げって言うじゃん? それじゃ~な~」
ここまで引き留めてくれる人達に背を向けたくないが、腰を据えて自分を鍛えると決めた以上、方針を曲げるつもりはない。
弘は荷物の回収がてら、2階へと上がって行った。




