第五十六話 現地調査
「やったわね! ヒロシ!」
ジュディスが駆け寄ってくる……と、ここで落雷の大音響が発生し、弘達は両手で耳を塞いだ。
見れば後列にいた大蜘蛛3体が、身体のあちこちから白煙をあげて悶絶している。これら3体は最前列の2体が邪魔なため、左右に回り込もうとしていたのだが、その前にジュードの雷撃魔法を受けたのだ。
至近距離での落雷であるから、とばっちりを受けるのでは……と弘は思ったが、どうやらダメージは蜘蛛にだけ発生しているらしい。
(この辺、ファンタジー世界の魔法~……って感じがするよな)
弘自身、スタン警棒使用時は電撃耐性が付与されるようだが、それでも実際の雷や雷撃魔法をくらいたいとは思わなかった。
(ジュードじいさんを向こうに回すことがあったら、回避する方向でいきたいねぇ。回避できればだけど)
「アラン支部長、お疲れ様です!」
ウンウン頷いていると、ジュディスが左側を見てアランに声をかけた。
そう言えば、アランは大蜘蛛1体を1人で相手していたのだ。ジュディスの口ぶりからすると、すでに倒してしまったようだが……。
「うへ……」
アランの方を見た弘は呻いた。
確かに大蜘蛛は倒れ伏していたが、その死骸は黒こげになっている。
「おう、君らも倒したか? じゃあ、あの家の連中を助けに行くぞ!」
なんら負傷した様子もないアランは、弘達に声をかけて走り出した。どうやら、このままムーン達の救援に行くらしい。その横に並ぶよう走りながら弘は聞いてみた。
「さっきの蜘蛛、なんで焦げてたんすか?」
「戦闘中なんだが……まあいいか」
アランは右手に持ったブロードソードを軽く振ってみせる。
ぶぼばっ!
剣身全体が炎に包まれ、あたかも松明を振ったかのような風切り音が発生する。
これで刺されたら内部から焼かれるはずだ。中々にエグイと思ったが、そういうことは口に出さず、弘はアランに確認する。
「炎の剣っすか?」
「うむ、よく知ってるな。伝説に出てくる剣ほど優れものじゃあないが。それより、仕事だ!」
言われて前を見ると、ムーン達の立て籠もる家屋は目前に迫っていた。確認できる大蜘蛛は、内部に突っこんで戦闘中らしき1体と、外壁に取り付いている1体のみ。
その外壁の1体は、弘達の接近に気づくやクルリと向きを変えて通りに下りてきた。
「よし! 3人がかりで一気に仕留めるぞ! そしたら次は中に突っこんだ奴のケツをブッ叩く!」
「うっす!」
「はい!」
弘とジュディスが同時に返事をする。
そうして1対3の戦いが始まったが、若手2人組が左右の脚を叩き、その隙にアランが大蜘蛛の顔面に斬りつけたことで勝負は一瞬でついた。
ど……ずずん!
大蜘蛛が倒れ伏し、弘達は家屋正面の大破口を見る。
相も変わらず大蜘蛛の尻が見えていたが、中から「おおい! 誰か外にいるのか!」とムーンの声が聞こえてきたので、弘が返事をした。
「俺俺、俺だよ。弘っす! 戻ってきたぜ!」
「ヒロシだとっ!? 戻るにしても早過ぎやしないか? いや、それより外は安全なのか!?」
その後、数度のやりとりをして、外の安全を確認したムーン達が裏口から出てきた。
そして戦場さながらの有様を見て言葉を無くす。
「ヒロシにジュディス! これはいったい、どういうことなんだ? 君らだけで大蜘蛛の群れを倒したのか?」
もちろん違う。
ヒロシとジュディスで視線をアランに向けると、アランは咳払いしながら前に出た。
「俺は冒険者ギルド、クロニウス支部の支部長をやってる。アラン・リッチマンだ。よろしくな? そして、こちらは……」
ギルド王都本部から派遣された老魔法使い、ジュード・ロオが紹介されるとムーン達……レクト村居残り組の驚きは最高潮に達した。
ギルド支部長が救援に来るだけでも驚きなのに、よもや王都本部の幹部までやってくるとは……。
ウルスラとターニャはジュディスに駆け寄り、互いの無事を喜んでいるものの、やはりギルドの大物が2人も来ていることが気になる様子。
弘達は説明しようとしたが、ここでジュードが前に出て皆を見回した。
「そこのヒロシとジュディスから話を聞いてのぉ。なんでも村一つ、丸ごと壊滅させたそうな。……その確認のために……の?」
飄々と言うジュードであるが、その言葉の内容にムーン達は顔を青くする。
自分達は王都本部の幹部から、大量殺人の容疑者として扱われているのだ。
「それで? 報告では、村人の頭の中に蜘蛛が詰まってて、その状態で君らを襲ったらしいが……その村人の死体や蜘蛛は……」
ジュードがキョロキョロ見回すと、ムーンがラスとサイードに指示を出して村人の死体を運ばせてきた。さらには、その死体の脇に落ちていた小蜘蛛の死骸も、幾つか持ってきていたりする。
通りに横たえられた死体は、弘のスタン警棒によって倒されたものであり、そこかしこで引きつれたような火傷の後が見受けられた。
(よりによって、俺がやっつけた奴かよ)
頭の中身は蜘蛛だったが、自分の攻撃によりできあがった人間の死体を見ていると良い気がしない。
弘は渋い顔をしたが、それには気がつかぬ風でジュードはしゃがみ込む。
「ほうほう、この蜘蛛が頭の中に……のぉ。……頭の中身がどうなってるか、興味があるのじゃが……」
……場の空気が凍りついた……。
頭の中身がどうなってるか? あれほどの数の蜘蛛が詰まっていたのだ。当然、頭蓋骨の内部は……。
「誰か見せてくれんかのぉ?」
誰も返事をしない。それはそうだろう。戦闘中に攻撃が当たり、相手の頭部が激しく損壊するのならよくある話だ。しかし、目の前で横たわる死体の頭、それを改めてカチ割って中身を見せろというのは別問題。
はい! やります! と即答できる者など、この場には居ないのだ。
そして数秒が経過し、誰も返事をしないと見たジュードは立ち上がってアランを見る。
「お主がやれ」
「お、俺ですか!?」
まさか自分に振られるとは思ってなかったのだろう。アランは自らの顔を指差しながら狼狽えている。
「今回の一件はクロニウス支部で受けた依頼じゃからのぉ。現状、クロニウス支部が悪いとは思わんが、蜘蛛の正体に関する情報は少しでも欲しいんじゃよ。それに……若手にイイところを見せるチャンスじゃぞい? ほかにも指名した理由はあるが。ま、それは後でも良かろう。それで? やるのかね? やらんのかね?」
ジュードの口調は厳しいものではないが、アランが徐々に追い込まれて行く様子が、見ている者達には手に取るようにわかる。
そして、アランは大きく溜息をついた。
「わかりました。……俺がやります」
剣を抜き死体に近づくアラン。
足元の死体を見てグビリと生唾を飲み込んだ彼は、左右に立つ弘達に視線を飛ばした後、大きく剣を振りかぶるのだった。
◇◇◇◇
「ふむふむ。なるほど……何もないのぉ。脳たる部位が欠片もなくなっておるわ。むむっ!? むほほ、噂の蜘蛛の死骸もあったぞい!」
額を境にしてパックリ開いた頭内を、ジュードが覗き込んでいる。
そんな感想、口に出してんじゃねー! と言いたい弘であったが、ジュディス達が黙って耐えているので自分も我慢することにした。
数分間、村人の頭内を検分していたジュードは、やおら立ち上がるとアランを見て言う。
「儂が判断するに、この若者らの言うことに嘘はない。この蜘蛛は魔法生物の一種であろう」
魔法生物? 普通のモンスターじゃなくて?
「あのあの! それって魔法の実験で作られた生き物っていうことですかぁ!?」
ターニャが挙手しながら聞くと、ジュードは大きく頷いた。そしてメルの方を見る。
「君ぐらいの年齢なら、昔、こういった魔法生物を研究していた者が居る……という話を聞いたことがあるのではないかの?」
これは、ナクラに騙されて村で一泊した際、村人を撃退した弘に対してメルが語ったことと一致していた。
話を振られたメルは、ジュードに対し頷いて見せる。
「確かに……二十年ほど前ですが、魔術師ギルドの会報に掲載されてましたな。違法な人体実験を繰り返した者が永久除名になったとか……」
ちなみに違法でない人体実験とは、試験的に製造した魔法薬を、契約して雇った人間で試すことなどを言う。
「その除名者には極刑が下されたと記憶しますが……この蜘蛛が同じモノだと?」
「儂が知っとるのは蟻を使った実験じゃがな。この小蜘蛛の死骸に残った魔法式は、まあ巧妙に隠されておったが……例の違法実験のモノと似ておるよ」
弘は対象物解析をしようとして仕込まれた『解析阻害』に阻まれたが、ジュードはそれを突破して内部情報を読み取ったらしい。
これを聞いた弘は、声に出さず驚愕する。
(たまげたなぁ、さすが本部ギルドの役職だぜ……)
「今回、儂が出向いた理由は、村人の大量死について冒険者ギルドに責任があるかどうかを確認するためじゃった。じゃが、事態は思わぬ方向に向かいつつある。この件については冒険者ギルド王都本部、そして魔術師ギルド。さらには国と合同して捜査するべきである……と報告するつもりじゃ。よって、事が公になるまで、皆には他言無用でお願いしたい」
この言葉を聞いた皆は、素直に頷いた。
手柄話としては良いネタだが、こうしてギルド本部の幹部から直々に言われてることだし、それに逆らって吹聴しても良いことは一つもないからだ。




