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第百九十四話 王都へ戻ろう

 夜明け近く、空が白みだしているとはいえ森の中は暗い。少なくとも街道と森の中間地点からだと、森の中は真っ暗に見えた。

 カレン・マクドガルは、左手に装備した円盾を胸の前に掲げ、腰から引き抜いた長剣を構える。


「すぅううううハァアアアア……」


 大きく深呼吸。

 多少の緊張を感じるも、普段どおりに動けそうだ。

 少し前、自分の恋人たるヒロシ・サワタリ……弘は言った。「最近、カレンの調子がおかしいのは、倍力鎧に原因があるんじゃないか」と。

 そんなことは、言われるまでもなく理解できている。

 この倍力鎧を着用し、運用しているのは他ならぬカレン自身なのだから。


(いつから……だったかしら?)


 倍力鎧を使用した後の猛烈な筋肉痛が軽減されるようになり、最近では特に痛みも感じない。使用する度にシルビアの治療法術の世話になっていたのが嘘のようだ。

 倍力鎧使用による負荷の軽減。

 時折発生する精神の不安定。

 メリットとデメリット。

 この2つを並べたとき、弘や他の恋人仲間らはデメリットを気にして、倍力鎧の使用停止を提案した。

 だが、カレンが重要視したのはメリットの方だった。


(私は……本当は、少し剣が使えるだけの女の子だから……)


 それは恋人仲間のジュディスも同じだが、彼女の場合は夜の戦乙女という力を手にしている。しかし、カレンと違い、特に心身への影響は無いようだ。夜に力を発揮するという偏りがあるものの、カレンよりは安定していように思える。

 だが、カレンは、このよく解らないが問題のある倍力鎧を使わなければ、出会った頃より遙かに強くなった弘について行けないのだった。

 この鎧を今、手放すわけにはいかない。

 ……王都に戻ったらメルに貸し出し、倍力鎧の調査をする約束はしてしまったが……。


(大丈夫よ! 筋肉痛の軽減だって、きっと身体が慣れてきただけで。ううん、私が強くなったから気にならなくなっただけかもしれないし!)


 精神的に高揚したり攻撃的になったりするのも、強くなった自分に浮かれているからだろう。たぶん、恐らく、きっとそうだ。


「だったら! 問題ないわね!」


 飛びかかってきたゴブリンを右手のロングソードで斬り倒し、別の1体を左腕の円盾で張り倒す。

 遅れて到達したギガントエイプが掴みかかってくるが、その丸太のような腕をかいくぐり、カレンは前に出ていた右膝を踏み砕いた。

 絶叫と共に巨猿が転がり、カレンは次なる相手を探し求める。

 と、そんな彼女の背後に新たな気配が生じた。


「あはっ! ……サワタリさん?」


 肩越しに振り返った先で居たのは、彼女の恋人……ヒロシ・サワタリ。

 その彼は、通常の黒塗り革鎧のまま、右手に片刃の長剣、左手には少し短めの片刃の剣を持ち、値踏みするような目でカレンを見ていた。


(サワタリさんに見られてる! いいところを見せなくちゃ!)


 最初にカレンが思ったのが、これである。

 勝手に突出して皆に心配をかけたとか、恋人の弘が慌てて追いかけてくるほど危なっかしい事をしているとか、そういった方向に思考が向かない。

 今、カレンは良くない衝動で埋め尽くされている。

 少なくとも、心配しつつ説教したい気持ちでいる弘の視線を、値踏みしていると思い違いするほどに……。



◇◇◇◇



(なんで、そんな嬉しそうな顔してんだよ? わけわかんねぇし!)


 弘は、周囲のゴブリンやコボルド、ギガントエイプなどを斬り倒しながら舌打ちする。

 自分はカレンを叱り飛ばしたくて……いや、取りあえず引き戻そうとして出てきたのだ。

 なのに、肩越しに振り返ったカレンは笑顔で呼びかけてくるや、妙に張りきった様子で戦闘を再開している。


「おい、カレ……ちっ!」


 飛びかかって来たゴブリンを斬り払い、弘は刀を持った左右の手を大きく広げた。

 周囲に居るのはゴブリンやギガントエイプのほか、牙を生やした目の赤い鹿なども居る。軽機関銃などで一掃してしまいたいが、すぐ近くにカレンが居るし、離れた位置に他の冒険者らが居るのも良くない。流れ弾が当たって死人でも出たら大変だ。


(銃器召喚は強力だけど、乱戦になると使い勝手がな~……)


 こうなったら手早くモンスター共を倒すしかない。

 弘は脇差しを放り出して左手に長刀……虎徹を持ち替えると、右手に槍を召喚した。

 全長3メートルを超える槍。その穂は約80センチもあり、樋(刃中央の溝)には優美な倶利伽羅龍が浮彫りされている。

 弘が元居た世界……日本においては天下三名槍と呼ばれる槍の1つで、その名を日本号という。

 弘の召喚術で召喚された武具は、魔力の具現化という性質上、どれもこれもが魔法武器だ。その一方、通常兵器としての威力も同時発生するという、単なる魔力防壁や物理防壁では防御が出来ない反則武器でもある。

 そして召喚した槍。日本号は、その威力において申し分なし。

 だが、こと乱戦において3メートル超えの槍は使い勝手が悪すぎた。

 当たればゴブリン程度は吹き飛ばし、ギガントエイプを持った木の枝ごと真っ二つにする。しかし、槍の長さ故に、一番近くで居るカレンに当てないよう気を遣うのだ。


(あああああ! 色んなこと考えてたら、チョイスミスったぁああああ!)


 カレンの暴走があって以降、どうにも調子が狂い気味である。

 必死の思いで槍を振るい、森から出てくるモンスターらが途切れたところで、弘はようやく槍を降ろすことができた。

 体力的には消耗などしていないし、息だって切れてはいない。なのに弘は、どっと疲れたような気になって視線を下げた。

 そこへ駆け寄ってきたカレンが声をかける。


「全部やっつけましたね! サワタリさん!」


 視界に飛び込んできた足に気づき、声を聞いた弘が視線を上げると、そこには息を切らしながら立っているカレンが居た。

 特に怪我はしていない様子だ。

 ただ、やはり倍力鎧の能力発動にかかる、筋肉痛などは生じていないように見える。

 上手く鎧を使いこなしているのであれば良いが、妙な事になっていないかが気に掛かった。

 そもそも、勝手な行動に出ている時点で問題なのだ。

 そこまで考えた弘は、自分の頭に血が上るのを感じている。どうしようもない怒りが湧き上がり、目の前の少女を怒鳴りつけたくなった。だが、彼女は……カレンは恋人だ。

 別に、過剰に甘やかしたり叱ることすらもしない。などと言う気はない。しかしながら、衝動的に怒りをぶつけるのは憚られる。

 弘の人生において、大事にすべき異性。カレンは、その内の1人なのだ。


(でもって、やっぱり……一番大切な女……の子なのかもな)


 昨夜、皆と雑魚寝しているときにも考えたが、何と言うか、こうしてカレンを見ていると、刺々しい気分が溶け崩れていくような感覚になる。


(……って、カレンの顔見て癒されてる場合か? ビシッと言ってやらねーと!)


 口の中で内頬を噛んで気を引き締め、弘は駆け寄ってくるグレース達を見ながら口を開いた。


「カレン。後で話があるからな。わかってると思うけど、説教だぞ?」


「……はい……」


 笑顔が引きつったカレンの声は、とても弱々しい。

 うむ、少しは反省しているようだ……と頷いた弘は、一番に駆けつけたノーマ、そしてグレースに周辺の警戒を頼み、シルビアとウルスラには怪我人の治療を頼むなど、テキパキと指示を出した。

 この頃になると、弘はパーティーメンバーが何を出来るか、得意な事は何か等、ある程度把握できている。メンバーの大半が恋人なので、聞き取りがしやすいのだ。


(さすがに男の西園寺さんやメルは、何もかも聞き出せるとこまでいかねーけどな)


 とはいえ、ある程度は酒飲み話等で聞いたり、メルなどには普通に聞いていたりもする。

 少しはパーティーのリーダーとして『出来る男』になってきているのかも知れない。


(けど、本当ならカレンが飛び出す前に止めてなくちゃ……。ハア……)


 そんな事を考えながら、弘は指示を出し続けるのだった。



◇◇◇◇



 今回のモンスター襲撃により、各パーティーでは怪我人が続出している。ただし、死者は出ていなかった。皆、対モンスター戦闘も行える冒険者らだけあって、襲撃に際しても何とか闘い抜いて見せたのである。

 もっとも、前述のとおり、軽重の差はあれど負傷者は出たので、各パーティーの僧職者は大忙しとなっていた。

 中でも大活躍したのがシルビアとウルスラ。

 弘のパーティーメンバーは、彼とカレン以外、遠巻きに精霊魔法で攻撃したり、召喚術で礫を飛ばしたりしていたため、接近戦をすることがなかった。

 そして弘とカレンは無傷。

 自パーティーに怪我人が居ない以上、他パーティーに顔を出して、法術医療の手伝いができる。

 これは他パーティーの僧職者には、少なくとも自パーティーから怪我人が居なくなるまでは出来ないことであり、シルビアとウルスラに対する感謝と賞賛を呼んだ。そして、彼女らに他パーティー冒険者の治療をするよう指示をした弘の名もまた上がることとなる。

 さて、こういった戦闘後の治療行為につき、余裕があれば他パーティーの手伝いに回る……というのは、光神尼僧のシルビア・フラウスとしては当然の行動である。一方で、商神尼僧のウルスラは、弘に食事を奢らせることを条件として、治療参加していた。彼女曰く……。


「商神様のお教えはねぇ~……対価の無い労働はぁ~、しないのが修行なのよ~」


 とのことらしい。

 本人の良心に従って無償治療することは禁じられていないものの、それをやったことが同じ宗派の人間に知られた場合、「まだまだ修行が足りない」と言われるのだとか。

 ちなみに、怪我人を見捨てた場合は「商機を見逃すとは修行が足りない」と言われるとのこと。


「主は、治療行為に加わらぬのか? ほれ、『救急すぷれー』なるモノを召喚できるではないか」


 各パーティーの僧職者が右に左に駆け回る中、その様子を見ていた弘にグレースが話しかける。彼女はエルフであるが、今は変身能力を有する首飾りを装備しているため、その長い耳は人間のモノのように見えていた。

 とはいえ、元は高級娼館で一番の高値を誇っていただけあって、その美貌には男共の視線がチラチラと向けられている。


(で、パーティーメンバーの女に、どつかれる奴も居る……ってか)


 自分の恋人に向けられる欲情の眼差しには良い気がしない。しかし、羨望の眼差しや、美物を見た眼福の喜びなどは、恋人として鼻が高いように思う。

 一瞬、優越感に浸っていた弘だが、グレースが返事を待っていることに気づき、軽く咳払いをした。


「あ、あ~。アレな。治療法術を使ってる中で使うと悪目立ちするから、今回は出番無しってことで……」


 救急スプレー。

 弘が召喚できる品目の1つだ。

 その効果は、かなりの外傷でも数秒間吹きかけるだけで完治してしまうというもの。しかも弘自身の高レベル化によって、MP消費が極小化されており、僅か1MPでの召喚でありながら、小一時間噴射したぐらいでは消失しないという代物だ。

 欠点は、病気や毒、石化等の状態異常に関する治療は行えないこと。


(射程が2メートルぐらいしかないんだっけ。この辺は人がやる法術治療と変わんないな。一番問題なのは、見た目がスプレー缶だから目立つってことだな)


 加えて言えば、いよいよ非現実な召喚品が増えてきたように弘は思う。ヒットポイントが回復する救急スプレーなど、それこそゲーム内の回復アイテムだ。


(特攻スーツ……複合装甲服なんかを召喚できる時点で、『現実品の再現召喚』なんて枠組み、もう消えて無くなっちまってるけどな)


 西園寺などからは『本当に同じ召喚術士なのか?』と疑問を持たれているが、弘自身もそう思っている。自分は何なのか。知る人ぞ知る系の伝説的存在、異世界から来た召喚術士。その中にあっても異色なあたり、何か理由でもあるのだろうか。

 大いに気になるところだが……。


(今は目先の問題を解決……だ)


 弘は思考を打ち切り、グレースとの会話を再開した。


「手が足りないようなら手伝うけど……。まあ、大丈夫だろ? 坊さんらの顔に余裕が見えてるし。忙しそうではあるけどな。第一……俺には話したいことがあるんだ」


「カレンのことか……」


 溜息交じりに言うグレースの視線は、自分達のすぐ前で立つ少女……カレン・マクドガルに向けられる。

 カレンは特に負傷などしていなかったが、戦闘が終わってすぐに顔から血の気を引かせていた。本人曰く、自分が勝手な行動に出たこと、皆に心配を掛けたこと。それらに気づいて……いや、実感し申し訳ない気持ちで一杯とのこと。

 自責の念で押し潰されそうになっているのか、小柄なカレンが更に小さく見えている。


「まあ、なんだ。反省してるなら、それでいい……と言いたいんだが、直前に倍力鎧ヤベェって話をしてて、すぐのことだからなぁ」


 ましてや、カレンが暴走するのは今回が初めてのことではない。

 今度から気をつけろ……では、示しがつかないのだ。


『こうなったらベッドで一発やって、思い知らせるしかないな!』 


「へっ?」


 突然な弘の発言に、俯いていたカレンが顔を上げる。

 そんな彼女が見たのは、苦笑しつつ視線をあらぬ方向に逸らすグレースと、下唇を上げて肩越しに振り返っている弘の姿だった。 

 弘の視線の先、彼の背後で立つのは……偵察士のノーマ。


「俺の声色で、妙なこと言わねーでくれるか?」


「あはは。ちょっと重い空気だったもんで、つい……ね」 


 褐色長身の女偵察士は、黒の短髪に手指を差し込みクシャリと掻き上げる。


「でもさぁ、ヒロシ。貴方、恋人の『女の子』を上手く叱れるの?」


「うっ……」


 元の世界での暴走族時代。弘がヘマをした仲間を叱るときは、怒鳴りつけるか鉄拳制裁だった。それをカレン……今後はグレースなど、他の恋人らにできるかと聞かれれば、ノーである。


(状況によっちゃ殴ったりはありかもしれねーけど。今のカレン相手だとな……)


 言葉に詰まった弘を見て、ノーマはニンマリと笑う。


「そこで……ね。同じ女である私とグレースで、みっちりとお話ししたいと思うんだけどぉ……い~い?」


 最初に弘に対して、後半はグレースに向けてノーマは話しかけた。

 グレースから「我ならば構わぬ。と言うより賛成だ。サワタリも上手く説教はできると思うが……恋人にキツく当たるのは最後の出番にしておくべきだ」との返事があり、弘が少し悩んだ末に頷くと、ノーマはニンマリ笑って弘達の背後から前に出た。

 そうして軽い足取りでカレンの左肩側を回り込み、後ろに立つと、両肩を掴んで肩越しに……いや、肩の前に下顎が掛かるようにして囁きかける。


「それじゃ~。カレン様は、向こうでお話ししましょうか?」


「うむ。カレンも、いずれは多くの上に立つ身であろう。一族を率いた経験がある身としては、少し話したいこともあるのでな」


「は、はううう……」


 グレースに先導され、ノーマからは肩を掴んで押される状態で、カレンが遠ざかっていく。カレンからは、売られていく子牛のような目が向けられるが、弘は何も言うことが出来ずに見送った。


「ふう~……」


 3人の姿が見えなくなったところで、弘は手近な木の幹に背を預けると腕を組む。


「女と付き合うのって難しい……」


 あるいは、パーティーリーダーとしての振る舞いが難しいのか。

 そもそもパーティー内の複数女性と交際している時点で、難易度が高くなっていると言うべきか。


(ゲーム感覚……いや、異世界転移系小説のハーレム感覚で恋人増やしてったのがマズいっちゃあマズいんだが)


 今更、対象人数を減らすという選択肢は無い。

 第一、弘は皆が好きなのだ。気が多いと言われようが、ここは曲げられないし、否定もしない。


「男の責任って~のかなぁ。俺が踏ん張るしかね~よな」


「沢渡さん~。難しい話は終わりましたか~」


 西園寺がノンビリ声で話しかけてくる。

 先程までは、カレンを前にした弘を放っていたのが、弘1人になったと見るや歩み寄ってきたのだ。


「西園寺さん、冷たいっすよ。ああいう時は年長者の経験的なアレで、上手く纏めて欲しいんすけど~?」


「はっはっはっ。余所様の男女関係に首を突っ込まない。それが、『年長者の経験的なアレ』なんですよ。1つ賢くなりましたねぇ」


 笑って言い返す西園寺は、ふと真面目な表情となり、カレン達が消えて行った茂みの方を見る。


「で、どうなんです? カレンさんは……王都まで持ちそうですか?」


「死ぬ病気みたいな言い方するの勘弁してくださいよ。……今んところ、事が済んだら普段どおりになる……みたいなんですけどね」


 とにかく、倍力鎧を取り上げて様子を見て、状況によっては王都の神殿や教会へ連れて行く。弘と西園寺では、その程度しか思いつかなかった。


「あ~……でも、王都に着くまでは鎧を着せておいた方がいいのかな」


「道中、危険ですからねぇ」


 相槌を打った西園寺は、軽く溜息をつく。


「私ら召喚術士も、存外役に立ちませんねぇ。呪いの鎧とか副作用とか、そういうのを解決できないなんて……」


 何のための異世界転移で、身に宿した異能力なんだかと西園寺がボヤく。そして小さく横に顔を振った。

 弘は敢えて声を掛けなかったが、西園寺の言葉を聞いてふと考えている。


(何のための異世界転移で、身につけた召喚術……か。西園寺さんも言ってて解ったみたいだけど……)


 弘達が有する『召喚術』は、その力を贈った者の正体が現状不明のままだ。それが誰なのか弘には見当もつかない。異世界転移させられた理由など、なおさら解らないが、西園寺の今の物言いは転移させた者にとって不本意であろう。

 もっとも、この世界に居着くことを考えている弘や、もう1人……犬飼毅はともかく、日本に帰りたい西園寺にとって、この世界に呼ばれたこと自体が不本意だ。彼には元の世界に妻子が居るのだから。


(そういや……俺達を転移させた奴と召喚術を送った奴が、同じとは限らねぇのか……)


 その点については、今まで考えたことがなかったかもしれない。

 弘は「そこら辺、いずれ解る時が来るのかね~」と口の中で呟き、表情を暗くしている西園寺に声をかけた。


「俺の召喚術だと、怪我を治すスプレーなんかは召喚できるんですけどね。病気や呪いは適用外っすけど。まあ、ピンポイントで解決アイテムが召喚できたら世話がねぇって言うか……おっ?」


 ガサリ。


 茂みで音がしたかと思うと、カレン達が森から出てきた。

 街道側を見ると、冒険者らの治療も一段落した様子で、頃合いと言えば頃合いである。


「よ~う、話は済んだか? って、うわ……」


 貴族令嬢の戦士、エルフの精霊使い、女偵察士。出てきた彼女らに視線を転じた弘だが、かけた言葉が呻き声に変わる。

 カレンが……子猫のようにプルプル震えているのだ。

 一方、グレースとノーマは昇った朝日に照らされて、ツヤツヤしている。表情などはニッコニコだ。すっきりした面持ちであり、ストレス皆無と言ったところか。


「お、おま……君ら、どんな説教かましたんだ?」


「さ、カレン……行くがよい」


 問いかけに答えずグレースがカレンの背を押す。すると、カレンはダッと駆け出し、弘の胸に飛び込んできた。


「うおっと……」


 わけがわからないながらも抱き留め、弘はカレンを見下ろす。同時に見上げてきたカレンは、弘と目が合うや胸……黒塗り革鎧の胸部に顔を埋めて泣き出した。


「ふえ、ふえええええ……」


「へ? あ、よし……よし?」


 混乱しつつサラサラの金髪を撫でつけ、弘は再びグレース達を見る。


「……やり過ぎじゃねーの?」


「何を言う。言うべきことを言っただけだぞ?」


「そうそう。お姉さん達が優しく、それも理解しやすいように説明してあげたんだから」


 グレースとノーマは鋭くなった弘の視線など気にもかけない。自分が不手際をしたり弘に迷惑をかけたのであれば、この一睨みで怯えるか落ち込むかしただろうが……。


(今回、自分に落ち度がないもんで、随分と不貞不貞しいというか何と言うか……)


 カレン達は1人の男……弘を中心にして上手くやっているように見える。だが、今回のような場合。弘に迷惑をかけた者、かけそうな者に対しては厳しく接するようだ。

 事によると、弘が不用意な発言をしたせいで、恋人同士で揉め事が発生し……誰かが傷つくこともあり得る。


(……ハーレム状態なんだから、そういう心配事からは無縁で居られねーのか) 


 こんな事で悩むんだったら、さっきも考えたが誰か1人にしておきゃ良かったか。

 今となっては口が裂けても言えた言葉ではない。が、チラッとなら考えてしまう。

 どのみち、彼女ら全員のことが好きになってしまい、それが許容される現状では人数を減らすなど実行不可能である。下手をすれば、このハーレムが……もとい、このパーティーが崩壊してしまう。

 それに、陳腐な表現だがハーレムは男の夢。

 今は難儀な部分を体験しているものの、捨てたり規模縮小するには『夢』が大きすぎた。


(こういうの……何度も悩んで、その都度決意してるが。結局のところ……)


「腹ぁくくって、息の続く限り前進するしかないのか」


「サワタリさん?」


 胸の中で居るカレンが、弘を見上げながら小首を傾げている。実に可愛い。


「んあ? ああ、こっちの話だ。まあそうだな。嫌だ嫌だってわけじゃないしな」


 乾いた笑みを浮かべ、弘はカレンを解放して頭を撫でた。


「んゆ~」


 恥ずかしいのか子供扱いされるのが嫌なのか。カレンは妙な声を出していたが、それでも弘の手から離れようとはしない。 


「さあ、王都へ戻ろう。いろんなことは、その後でやろうや」 



◇◇◇◇



 その後2日ほどかけて、弘達とロジャー・バトレットの商隊は王都へ到着している。

 途中、モンスターや野盗の襲撃が合わせて3回発生したが、弘パーティーや西園寺、その他冒険者の活躍もあって難なく撃退していた。

 到着時刻は、夕刻を過ぎて日が沈んだ頃となったが、これはせっかく近くまで来たのだから野営で朝を待つよりも、一気に王都へ辿り着きたい。という、ロジャーの要望を受け入れたことによる。

 もっとも、商隊メンバーも、そして弘達も『さっさと王都へ着きたい』に関してはまったく同感だったので、誰も反対はしなかったのだが……。


「それじゃ、ロジャーさん。また縁があったら仕事で呼んで欲しいっすね」


「私としても君が一緒なら安心というものだよ。本当に助かった!」


 ガッシリと握手をする弘とロジャー。

 弘はロジャー率いる商隊メンバーとは、王都到着直後の都市門……その内側で別れている。

 弘の両手を掴んで上下に振り、涙ながらの謝意を示していたロジャーに、弘は少し引いたものの、感謝されること自体は悪い気がしない。その上、臨時収入として報酬も貰えるのだから、笑顔で別れる程度には愛想良く振る舞っていた。

 そうして事が一段落し、盗賊ギルドへの途中報告を済ませた弘は、遅めの夕食を取るべく、カレン達と夜の王都を歩いている。ちなみに、西園寺も一緒だ。


「私は盗賊ギルドの仕事の監視役……。なのに、休息中も同行して申し訳ないですねぇ」


「俺の方でも話したいことはあったんで、願ったりなこってすよ」


 なお、メルへの送迎用装甲車隊は出発させた後であり、王都から離れた位置でヘリから降りた彼を、そのまま乗せて戻ってくる手はずだ。

 今後の予定としては、メルが合流するのを王都冒険者ギルド本部の宿で待ち、カレンの倍力鎧を彼に預けて調査させる。そして、カレンとメルを王都に残して、再び東方の街道に出向きドラゴン狩りを行うのだ。


「しっかし、盗賊ギルドの本部長の驚いた顔ったらなかったわね~」


 口元を手で隠しながら、ノーマが笑っている。

 現在、弘は、カレン、グレース、シルビア、ウルスラ、ジュディス、ノーマに西園寺を加えた8人編成で行動中。その2列目左端で居るノーマに目を向けながら、弘は確かに傑作だった……と、盗賊ギルド本部でのことを思い出していた。



◇◇◇◇



 当初、盗賊ギルド本部長は失敗報告のために戻って来たと考えたらしい。幾らか慰めるようなことを言い、今後の方針について語り出そうとしていたところ……それを遮って、西園寺が会話の流れを修正する。

 曰く、暫く街道でドラゴンを狩り続けたが、本命の古竜が姿を見せないので、一度、王都へ戻って来ただけだ。依頼は、まだ失敗していない……と。

 これを聞き、盗賊ギルド本部長は一笑に付した。

 ドラゴンを狩り続けたなどと、冗談にしても度が過ぎる。そんなことが出来る人間が居るものか。それが例え、闘技場で名を馳せたヒロシ・サワタリであろうとも。

 だが、証拠ならあると西園寺は言い放った。

 後を継ぐようにして一歩踏み出たのが弘であり、弘はステータス画面からアイテム欄を開き、収納していた物の一部を、自分と本部長デスクの前に取り出していく。


「取りあえず、ドラゴンの牙をザラザラザラ~ッと」


 牙と言っても、成人男の腕1本よりも大きな物ばかりだ。


「続いてウロコもドバドバ~ッ」


 こちらのウロコも大きい。そのまま小さな盾として使えそうなほどだ。無論、ドラゴンの鱗だから強度は抜群である。


「あ、さっきから青とか黒とか緑とか、倒したドラゴンの部位が混ざってんだけど、肉は一部燻製にしてみたんだ。精が付くかもしれないから食事に一品足す方向で……」


 グレース指導により殺菌作用のある木の葉で巻いたドラゴン燻製肉。これを箱詰めでドサリと出す。


「ギルド長さんは、ノーマのこと気にかけて良くしてくれてるからな。お礼代わりに進呈ってやつでさ。売るなり使うなり食べるなり、御自由に……ってね」


 倒したドラゴンは放っておくと腐るだけだし、そのまま焼いたり埋めるなりするのももったいない。そこで、パーティーメンバー及び、召喚重機の力を借りて部位採集していたのだ。


(レッドドラゴンの肉とかウロコもあるんだが。あれはA-10の30㎜で粉砕したから、採取量が少ないんだよな~)


 ドラゴン狩りを再開したらどうなるかわからないが、今のところは希少品。グレースらの意見を受けて、レッドドラゴン由来の品は出さないものとした。

 もっとも、こうやって山のように出した品だけで、ちょっとした国の国家予算ぐらいになるかもしれないらしい。牙を出した時点で、ガタッと席を立っていた盗賊ギルド本部長が、燻製肉を出した頃には立ち眩みを起こしていたほどだ。

 自分の出した品の値打ちについて震え声で聞かされ、「ええ? モンスターの部位採集品だぜ?」と言った弘は、後ろからグレースに殴られている。拳でコツンとやられて振り返ったところ「品自体の値打ちが途轍もないのに、それを山のように出したのだぞ? 当然の反応だ」とお説教が飛んできた。

 そう言われても……と後頭部を押さえていた弘は、視線を上げて天井を見る。


(言われてみれば、それほどの値打ちもんだったか。いやあ、量が多いもんで感覚が狂ってたみたいだぜ)


 ひょっとしたら自分の行動目標の1つである『多数の奥さんや子供を養っていくための蓄財』については、現時点で達成できているのかもしれない。

 もっとも、弘はまだ若い。冒険者働きができる内は、稼ぐことを止める気などなかった。


(第一、この世界を見て回りたいって目的もあるからな)


「くっは、ハハハハ……。こいつは、たまげた!」


 盗賊ギルド本部長が笑い出す。

 闘技場での話を聞いていたが、これは想像以上だと。依頼遂行を催促してくる貴族様を、今の要領で黙らせることができる。実に痛快だと。


「もっとも、相手さんに渡す量は、各1つずつで十分すぎるがな」


 そう言って再び笑った盗賊ギルド本部長は、「本当に期待してて良さそうだな。この調子で頼む!」と言い、最高に良い笑顔を浮かべ、最高に悪い笑顔を浮かべ直しのだった。



◇◇◇◇



「面倒な大貴族に意趣返しするのはいいが、やり過ぎたら……こっちにとばっちりが来るぞ」


 暴力的な意味でちょっかい出されるのは問題ない。

 どれだけ大貴族様が頑張っても、ドラゴンを超える戦力を送り込めるとは思えないからだ。暗殺云々に関しても、こちらには盗賊ギルド本部がついているのだから、そう軽々しく手は出せないだろう。

 気になるのは、カレンの実家にちょっかいを出された場合だ。

 こうなると弘の力では如何ともしがたい。


(どうにか相手方の黒幕を突き止めて、拉致監禁とかして言うこと聞かせる……とか、できるんかね?)


 やれやれ、ゲンコツやキックで片のつかない問題は、あたしゃ苦手だよ……と頭を掻いていると、目当ての飲食店が見えてきた。長期間と言えるほどではないがドラゴン相手に街道外で粘ってきたのだ。帰り際には、何度もモンスターの襲撃があったし、たまには贅沢な夕食も良かろう。そんなことで話が決まり、冒険者が装具のままで入れる中では一番上等な店を選んだのである。

 冒険者ギルドの宿で装具を外し、普段服でもっと良い店を……と言ったのは、実は弘だったが、パーティーの財布で食べるので、今決めた店で十分すぎる……とグレース以下全員に諭されて妥協した……という一幕もあった。

 もっとも、都市門でロジャーと別れ、盗賊ギルド本部での報告と、それらを済ませている内に空腹感が増してきている。とにかく何か食べたい……という思いもあったことだろう。


(かく言う俺も、腹は減って……んん?)


 目指す店の入口から、小柄な人影が飛び出してきた。

 赤いローブを着込んだ魔法職姿。その立ち振る舞いに弘は見覚えがある。見覚えがある……ような気がする。

 故に注視したところ、その人物が『同郷』の召喚術士の1人、犬飼毅であることに気づいた。その彼は二、三人ほどの女性と何やら揉めていたようだが、弘の方に目を向けるや手を振りほどいて駆けてきた。

 カレン達、恋人相手ならともかく、男に抱きつかれる趣味は弘には無い。が、困っているようなのでタックル気味の突進を受け止めたところ、久しぶりで会う毅は美少年顔を涙目にしながら叫ぶ。 


「ふえええええ。さ、沢渡さん! 助けてください!」


 少し前にカレンが発したような泣き声……いや恋愛対象ではないから『鳴き声』を聞き、弘は顔をしかめた。


「なんだよ。面倒事か?」


2020.1.6 話数表示を漢数字に修正しました

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