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第百九十二話 自らに原因のある迷惑

 ガラガラガラガラガラ!


 もう少しで昼時になろうという頃。砕石を敷きつめた街道を、荷馬車の一隊が猛スピードで走っていた。

 東方の港湾都市から、西の大陸中央寄り……タルシア王国王都に向けて移動していた商隊である。

当初は10台以上で出発した商隊であったが、途中、レッドドラゴンの襲撃を受けて約半数が脱落。今では5台の馬車が商隊の全てとなっている。

 護衛の冒険者を雇ってはいたが、空から襲い来るドラゴン……それも、最強種のレッドドラゴンが相手ときては、馬上から撃ち出す魔法や弓矢などまるで役に立たなかった。

 その冒険者達については馬車のように半減したわけではなく、護衛対象の馬車が潰され燃やされしたところで前方に向けて逃げてくる者が多かったので、今では当初の7割ほどとなっている。


(そろそろ、馬が限界だ。ペースを落とした方がいいな)


 先頭を行く馬車。その護衛を務める冒険者パーティーのリーダー、ウィリスは後方の空を見上げながら考えた。

 見る限り、飛んで追いかけて来るドラゴンの姿はない。

 安心しすぎるのは駄目だろうが、今考えたように馬が限界である。そして砕石の上を全力で走るというのは、馬車の車輪にとっても良くない。本来は、ゆっくりと移動するものなのだ。


「よーし! ペース落とせーっ。馬車足をゆっくりにしろ! 警戒は緩めずにな!」


 良く通る声で指示を出すと、先頭馬車から順に速度が落ちていき、最終的には5台全部がカラカラと響く、落ち着いた速度に統一された。


「ど、ドラゴンは大丈夫かな? もう追ってこないか?」


 商隊リーダーのロジャー・バトレットが、馬に跨がって並走するウィリスに問いかけてくる。トカゲの気分なんか知るもんか。そう言ってやりたいが、相手は雇い主だ。到着した先の王都で、報酬の支払いを渋られても困る。ウィリスは努めて愛想良く答えた。


「空を見た限りじゃ、大丈夫そうですがね。ともかく、この辺で馬を休ませつつ進みましょう。街道から見えるところに森か林でもあったら、そこへ入って本格的に休むのもありですね」


「そ、そうか。その辺の判断は君に任せるよ……」


 疲労を感じさせる弱々しい声。今のロジャーは、出発前の商機に目を輝かせた実業家からは程遠く、ただのくたびれた中年男性に見える。普段は帳簿や見積書といった会計仕事で戦う男なのだから、ドラゴンに襲われたという緊張……そこからくる疲労は相当なもののはずだ。

 無理もない……と、一定の理解を示すウィリスであったが、「私は少し、休むことにする」と言って幌がけの荷台へ引っ込む姿を見ると、「こっちは馬上、鞍の上だってのに良い御身分だな」と思わないでもない。……雇い主だから、良い御身分には違いないのだが。


(後は、馬車ごと隠れるのに都合いい森とかがあるかだが……。そんなのあったかな?)


 実は、このルート、ロジャーのパーティーは通るのが初めてである。

 そもそも、出発地である東の港湾都市にウィリスらが居たのも、『王都ギルドで受けた商隊護衛依頼により、南回りで街道移動して到達していた』からだ。そして、今移動している街道は、ここ数年ドラゴンの出没が多くて危険視されているため、冒険者でも通行を避けている。要するに、特に理由がなければ生涯通る気がしない難所だったのだ。


(報酬額が通常の4倍だったからな~。欲に目が眩んだと言っちゃあそれまでだが、本当に危ないところだった)


 この通常の4倍というのは、前回請け負った商隊護衛その4回分の報酬ということだ。

 これはいい。ドラゴンが出ると言っても必ず出るとは限らないだろう。これはやらなきゃ嘘だぜ。

 そういったノリで引き受けたわけだが、まさか最強種のレッドドラゴンに出会すとは。

だが、それからも逃げ切った。何か別のモンスターの横やりが入って、ドラゴンがこちらに集中できなくなったことが大きいとウィリスや、他の冒険者らは思っている。


(運が良かったってことだな。あとは、このまま何事もなけりゃあ……ん?)


 そろそろ昼時という陽光の下、ウィリスは前方に人影を発見した。

 向かって街道の右側、走ってくる荷馬車群を避けるように街道外へ出ている。

 男女の集団のようで恐らくは冒険者。人数は10人ぐらいと言ったところだ。


「前方に冒険者らしき人影! 注意しろ!」


 ウィリスが声を張り上げると、後続の護衛冒険者らも復唱しつつ後方へ伝達していく。街道外の冒険者らしき者達が敵かどうかは解らないが、用心しておくに超したことはない。

もしも、野盗の類なら、最も近い護衛パーティーで対応し、馬車隊の護衛に残った冒険者らが、適宜支援行動に出る。手に負えなければ、魔法や矢を乱射しながら逃げるだけだ。

 少なくとも、ドラゴンの相手をするよりは随分とマシに思える。

 ウィリスは彼我の距離が詰まっていく中、腰に吊った剣に手を伸ばしかけた……が、相手集団で一番上背のある男の顔を見て緊張を解いた。


「こいつは驚いた。サワタリじゃないか!」


 ここ最近、王都で名が知れだした冒険者、ヒロシ・サワタリ。彼は王都闘技場でレッサードラゴンを2体まとめて倒している。それは直前に多数のモンスタやゴーレムを倒した後のことで、しかも、たったの1人でやってのけた偉業だ。


(そうなると、周囲に居る人影は彼のパーティーメンバーか。こうして見ると、やはり少しばかり大人数だな)


 冒険者界隈ではパーティーを組むにあたり、6人構成が行動しやすい人数だと考えられている。

 戦士・戦士・戦士・僧侶・偵察士・魔法使いの構成が一般的で、パーティーの戦い方によって戦士が減った換わりに魔法使いが増えたりと、その構成は様々だ。

 ちなみにウィリスのパーティーは、戦士ウィリスの他は男性僧侶ポラック、女性魔法使いゴールディ、女性偵察士メリルの4人編成となっている。これはパーティーとして素早く行動できることを重視したことと、報酬の取り分を多くするためだ。戦士等、人手が要る場合などは、ソロ活動している冒険者を臨時に雇い入れたりしている。

 一方で、10数人で構成される軍隊の小部隊のようなパーティーも存在するし、それらが数個集まって非公式のギルドとして行動している例もあった。

 これらの事例を知るウィリスは、サワタリのパーティー人数を見ても、一瞬『大人数』であることを気にしたのみで、すぐに気分を切り替えている。

 今重要なのは、途轍もなく強い顔見知りがそこに居ること。加えて言えば、ウィリスはサワタリと仲が悪いわけではない。


(交渉次第では助けてくれるかもしれん)


 お互いに冒険者同士だ。すまん助けてくれ! が簡単に通る業界ではないが、そこは金銭や魔法具の譲渡で何とかなるかもしれない。

 なお、サワタリに要求したい助けとは、具体的に言えば王都まで護衛に加わって欲しいというもの。彼1人だけでも心強いが、今のサワタリはパーティー行動中だ。その人数が、まずは頼りになる。恐らく、彼らは別の依頼を遂行中だろうが、それが済んでいるなら聞いて貰える目はある。


(バトレットの旦那に言って、報酬を出させたら……)


 後は、サワタリの判断に期待するのみだ。

 冒険者ギルドを通さずに依頼を請けるのは、本来好ましくない。が、依頼主とのトラブルについて自己責任の覚悟があるなら、それもありだとウィリスは思う。

 サワタリが要求する……例えば金銭が高額だったとしても、王都に着きさえすれば何とかなるだろう。ウィリスの雇い主であるロジャーは、あれで結構顔が利く。金を集める手腕に期待しても良いはずだ。

 と、このように、サワタリを口説くためのアレコレを考えながら、ウィリスはサワタリ達の居るところまで進み、商隊馬車を停止させるのだった。



◇◇◇◇



「何処かで見た顔だと思ったら、冒険者ギルドの王都本部の……酒場で話した奴か」


 弘は顔の左を縦に走る古傷。それを指で掻くと気を引き締めた。

恐らく、あの商隊は弘達に助けを求めてくるだろう。大方、行き先である王都まで一緒に来て欲しいとか、そのあたりだ。


「よう! サワタリ! 久しぶりだな!」


 酒場で話したことのある戦士……ウィリスが愛想を振りまきながら、馬から下りてくる。


「おお、久しぶり。商隊の護衛依頼か? お互い、仕事があるってのはいいもんだな」


 我ながら白々しいと思うも、『さっきから、ずっと見てました』とか『レッドドラゴンなら俺がやっつけたから、話しかけてねぇで行っちまえ』とは言えない弘。


(言ったら言ったで飛行機とかの説明が面倒くせぇし? 名前は売りたいけど、能力は部分的に秘密にしたいってのは……矛盾だよな)


 内心苦笑しつつ、何も知らない風を装ってウィリスの話を聞いてみると、概ね次のような事情だった。

 この街道を使う大口依頼に参加したら、レッドドラゴンに襲われて商隊が半壊した。


(まあ、だいたい知ってる感じの話だな)


 続いてウィリスは、商隊リーダーだという男……ロジャー・バトレットを呼んで、弘に紹介した。ロジャーは弘についての話をウィリスから聞かされていたらしく、その強さに関しては、疑うどころか最初から期待している様子なのが見て取れる。


「ロジャー・バトレットだ。よろしく。見たところ、依頼を請けての行動中のようだが……」


「ああ、そうだ。ちょっと込み入った依頼でね。まだ完了はしてね~ん……ないんですけどね」


 相手は冒険者を雇う側で、それなりに地位のある商人さんだ。

 失礼な態度で悪い噂を広められては、今後の冒険者活動に差し障る。と、そこを気にした弘は、口調を途中で改めた。


「ときに、ウィリスだけじゃなくて、商人さんまで馬車を降りてくるとか……。急ぎの仕事じゃなかったんで?」


 ドラゴンのお代わりが来る前に、移動した方がイイっすよ。

 もう少し丁寧な物言いではあったが、その様なことを勧めてみる。だが、ロジャーとウィリスは顔を見合わせるや、2人して愛想笑いを浮かべた。


(きめぇ……)


 無論、声に出さないが渋そうな顔にはなったのだろう。ロジャーが早口ながら、聞き取りやすい声で話しだした。


「サワタリさん……達は、何かの依頼の途中なのかな? いや、まだ街道に居る時点で、途中だというのは解るとも。ただ……非常に迷惑な話だろうが、我々は著しく戦力を欠いていてね。助けが必要なんだ。ああ、護衛冒険者の数という意味で人手が不足と言うか……。ん? 多いように見えるかな? とんでもない! 我々はレッドドラゴンに襲われたのだよ? そう、あのレッドドラゴンだ。幸いなことに他のモンスターが乱入したことで、その隙に逃げてこられたがね」


(さっきウィリスから聞いた話が混ざりだしたな……)


 2回聞かせて大変さを理解させたり、共感度を増すのが狙いかもしれない。もっとも、弘としては商隊襲撃シーンはともかく、アパッチやその他航空機のカメラ越しに観戦していたので、レッドドラゴンがどの程度のものか知っていた。そもそも、当のレッドドラゴンは木っ端微塵に粉砕した後だ。

 だから、如何にロジャーが熱弁を振るおうとも、特に心が動いたりしない。


「なあ、サワタリ?」


 一歩進み出たウィリスが、真剣な目で弘を見つめる。


「依頼を請けて行動してるあんたに、こんな事を頼むのは冒険者としてどうかと思う。だが、助けて欲しい! 王都まで護衛に加わってくれるだけでいいんだ! どうか頼む!」


「む~……」


 弘は唸った。

 商隊連中が恐れるレッドドラゴンは既に始末した。しかし、他のドラゴンが出現する可能性は無くなっていない。


(俺が街道脇に書いた挑発文があるから、ことさらドラゴンは寄って来るだろうし……。あ、でも挑発文の場所から離れるほど、ドラゴンが出てくる可能性は低くなるか? ……いやあ……) 


 ドラゴンが来ずとも、それ以外のモンスターや野盗が出ることだってあるだろう。

 何より、こうやって必死で頼み込んでくる同業者を見放したのでは、弘の冒険者としての評判に悪い影響が出る。

 お人好しだとか言われたとしても、人情の無い奴と言われるよりはマシだ。


(……てなメンツ重視で行動を決めるってのは、それはそれで、パーティーリーダーとしてどうかと思うんだよな~。けど……)


 大抵のモンスターは弘単独で撃退できる。ドラゴンだって、余程の強者が出ない限りは大丈夫なはず。戦力的に問題ないなら、ここはウィリス達に同行して評判向上を狙っても良いかもしれない。

 問題は今の自分が、カレンの都合を差し置いて、ノーマ絡みの依頼を優先遂行中ということだ。


(これ……どうしたらいいんだ?)


 自分自身の評判稼ぎをするためには、ロジャー達の護衛に加わった方が良い。

 断った場合は、冒険者ヒロシ・サワタリの評判は低下することだろう。

 一方で、そういった損得のうち『得』の方を取ることで、ノーマ関連の依頼を放置して良いものだろうか。


(お、おお? うぬうううううう)


 レベルを400超えて、ステータス上の数値……中でも賢さは1300を超えているが、こういう時に威力を発揮してくれない。

数秒間。弘の思考は停止した。

 引き受けるか断るか、どちらか一つ選ぶだけなのだが、前述の事情や都合。そして思惑などが双方の足を引っ張って答えを出せなかったのだ。

 しかし、いつまでも答えないわけにはいかない。

 弘は……ノーマの依頼を優先することにした。


(俺のメンツや評判なんて、後から取り返せるし? 今はノーマの件を優先だ)


「悪いが……」


「一度、王都へ戻りましょう!」


 弘の声を遮ったのは、カレン・マクドガル。

 王都貴族院の学生服の上に軽甲冑を着込んだ少女は、真っ直ぐな瞳で弘を見てくる。


「え? カレン? いや、だって、ノーマの依頼が……」


「これはノーマさんも納得した上でのことです」


 言われてノーマを見ると、長身の偵察士は弘に頷いて見せた。


「ヒロシ。今のところ十分に成果は出ているわ。確かに、狙い目のアレは手に入っていないけれどね。でも、一度王都へ戻ってみるのも良いかもよ? 1日や2日ぐらい、都市内で休憩しても……いいえ、少し休むべきだわ」 


「ええ? 俺、召喚武具とかをけしかけてるだけで疲れてな……うっ」


 ジイッ……。


 複数女性の視線が弘に突き刺さる。

 カレンとノーマだけではない。シルビアにグレース、ジュディスにウルスラまでもがジト目で弘を見ていた。

 彼女らは声に出さず、弘に伝えているのだ。

 口答えせずに休め……と。


「お、おお……」


 弘は上手く言葉が出なくなったが、救いを求めるように西園寺を見ると、愛想笑いしつつ首を横に振られてしまう。


「こういう時の女性には逆らわない方がいいですよ」


 こちらも声には出していないが、言わんとするところは伝わってきた。

 実に納得がいかない展開だ。 

だが、カレン達が良いと言うのであれば、これが妥当な方針だというのも理解できる。


(けどなぁ。しっくりこね~んだよな~。……そもそもさぁ、古竜だかがサッサと出てきてくれてたら……)


 仕事途中で王都に戻るなんてことはしなくて済んだだろうに……と弘は思う。

それら複雑な思いは苛立ちへと転化し、やがてまだ見ぬ古竜へと向けられた。


(出会したら、念入りにブッ殺す……)


 古竜らにしてみればいい迷惑だろう。が、恐らく弘を見かけるか、例の街道脇に刻んだ挑発文を見れば、探し出してでも弘を襲うはず。つまり、どのみち命をかけた戦闘は不可避なのであった。



◇◇◇◇



 ロジャーに雇われ、商隊の護衛に加わることとなった弘達。

 このまま彼らに同行し、王都へ向かうわけだが、一つ問題がある。

 街道の東方……レッドドラゴンを倒した辺りで居る魔法使い。メル・ギブスンをどうするかだ。

 メルは今、戦闘ヘリアパッチに乗ったまま。ロジャー達が居なければ、すぐ近くまで飛んで来させて、そこで降りて貰うのだが、あまり召喚武具のことで騒ぎ立てて欲しくない。

 いや、見せて良い気もするが、『恋人のための仕事』を中断する羽目になった弘は、少しばかり気分が乗らなかった。

 早い話、珍しい乗り物を見たロジャー達が騒ぐのを見たくなかったのだ。


(こいつらさえ居なけりゃあ……)


 今更言っても仕方がないことなので、口には出さないが、心の中では悶悶としている。

 女性陣や、基本的に魔法職である西園寺は馬車の荷台に乗せ、弘自身は先頭馬車の御者席で座っている。御者を務めているわけではなく、御者の隣りで相乗りしている形だ。

 乗り心地は召喚具の車輌程に良くはないが、それでも徒歩で移動するよりは随分とマシである。

 他人の運転でノンビリ移動するのも悪くない。そんな事を考えていた弘だが、ふと気を引き締めた。


(で……だ。今はメルをどうにかしないと……)


 いつまでも狭いコクピットに乗せたままでは居られない。トイレ休憩だって必要だろうし。


(この辺で湧いて出るドラゴンと遭遇したら……逃げて貰うか。メルの乗ってるアパッチはD型のアパッチ・ロングボウだから、飛行速度は……)


 御者席で揺られながらステータス画面を開き、召喚武具の解説に目を通す。

 AH-64D、アパッチ・ロングボウの水平速度は時速276㎞。第二次世界大戦で日本海軍が使用した零式艦上戦闘機、その五二型で時速565㎞だから、それほど速いようには思えない。が、飛行可能な生物となると、アパッチの飛行速度に追従するのは困難だろう。とはいえ、不意打ちなどされたら、ドラゴンの機動力に後れを取るかも知れないので……。


「メル? 聞こえるか?」


 ヘッドセットの中で最小の物を召喚した弘は、口元にマイクを寄せ、それを手で隠すようにして話しかけた。すると耳元でメルの声がする。


「ああ、聞こえるとも。何か困りごとかね?」


 どうやら声の調子で察したらしい。一声唸った弘は、すぐに気を取り直して説明を行った。


「なるほど。逃げおおせた商隊が、そのまま弘のところへ到達し、要請された護衛加入を請けたと」


「事前に相談とかできねぇで。申し訳ないっす」


「いや、構わん。しかし、そうなると私の合流について問題が出てくるな」


 ヒロシは人を乗せたアパッチを見せたくはなかろう。特に商隊の連中には。

 これを聞いた弘は、頭を掻く。


「いや、まったくそのとおりで……。……これだけ離れてるのに、読心術でも使えるんすか?」


「そんな便利な魔法はないし、例えドラゴンだって、この距離で効果を及ぼす魔法行使は無理だ」


最初の一声で弘が苛ついているのを感じ、商隊と合流して王都に戻ることになった経緯を聞いたことにより……。


「目的が達成できてないままだし。カレン達には気を遣わせてしまった。それらの原因である商隊連中が、召喚具を見て騒いだりする様など……。ま、見たくはないだろうな……とな」


(俺、そんなに解りやすいのかな~) 


 カッとなりやすいところを、どうにかするべきなのか。


(って、今更性格の矯正とか無理だろ?)


 カレン達との間に子供でも出来て、もう少し……そう、家庭人として大人になったらあるいは……。


(もうちょっと丸くなったりするのか? 無理かな?)


 などと思いかけたところで弘は頭を振った。

 気を取り直してメルと相談したところ、彼の助言を得ながらではあったが次の様な段取りで話が落ち着いた。

 手近な森ないし林で商隊を隠して休憩。もしくはウィリス達に休憩を申し出る。弘は1人で商隊を離れて、装甲車等を召喚。メルの元へ走らせるのだ。


「で、私は商隊から見えないところでヘリを着陸させて、装甲車に乗り換える……と」


「10何人乗りのデカい奴を向かわせるんで、暫くノンビリしててください」


 一応、食料や酒類も積んでおくので飢えたりすることはないはず。さすがにトイレは、外でして貰うことになるが、装甲車自体は自律行動できるので、外に出たメルの護衛をすることが可能だ。


「他にも大砲載せた奴とかも護衛に付けときますんで。街道外のモンスターなんかは気にしないで良いと思うっす。もしも、ドラゴンとか危ないのが出たら……」


 護衛役の装甲車を囮にして、メルはヘリに乗って王都まで逃げるものとする。

 その様な緊急事態に、目立つのどうのと言っていられないからだ。


「了解した。ヒロシの召喚武具に守って貰えるなら安心だ」


「すいませんねぇ。俺の腹の虫に付き合って貰っちゃって。おっとそうだ。ついでにドラゴンの死骸回収用の車輌も送るんで、そいつらとは行き違いになっても気にしなくていいっす」


 弘が王都に着き、ほとぼりが冷めた頃にメルと再度通信。メルは再びヘリへと乗り込み、王都近くまで移動する。その際は弘が出迎えるという事で話が決まり、弘は無線……のようで、実は念話である通信を切った。

 


◇◇◇◇



 そうして弘達は、臨時雇いの商隊護衛として王都へ向かう。

 途中、メルと打ち合わせたとおり、街道近くの森に入って商隊は休憩を行った。

 これは弘が申し出たのではなく、ロジャーとウィリスが事前に決めていたことのようで、休憩を申し出る必要がなくなった弘としては手間が省けて助かった形となった。

 その休憩の際、隙を見て1人商隊から離れた弘は、メルを迎えるための車輌群……更にはレッドドラゴンの死骸回収のための車輌群を召喚して移動させている。

 と、このように事前に組んだ予定の行動を終えたわけだが、街道を爆走していく車輌群を見送る弘に声を掛ける者が居た。


「メルさんを迎えに行かせるんですか?」


 振り向くと西園寺が1人立ち、弘を見ている。

 メルを迎えに行く為の車輌召喚について、弘はパーティーメンバーと相談していない。別に仲間達にも内緒の行動だったわけでなく、単に話す機会が無かっただけだ。


(ウィリス達の目があったからな)


「ええ。ついでにレッドドラゴンの死体を回収しようかと……。西園寺さんは?」


「私は、少し沢渡さんと話がしたくて……ですかね」


 左頬を人差し指で掻く西園寺は、言いつつ目を空に向ける。

 もうすぐ夕刻にさしかかるという時間帯であり、空は青くなくなりつつあった。


「俺と話し……ね。……カレン達には聞かせられない内容っすか?」


「そりゃあもう。……って、そこまでのことを話すつもりはないんですけど。ま、元の世界絡みや、私達、召喚術士について色々と……」


 なるほど。確かに、こちらの世界人であるカレン達には聞かせることが躊躇われる。何しろ聞かれて質問されると、説明するのが面倒くさいからだ。


(いや~……いい仲の女が聞いて喜んでくれるなら、それもアリかもだけどさ)


 ただ、話題が話題だけに、カレン達の目があると気ままに話せないかも知れない。

 弘は肘掛け付きのレジャーチェアを二つ召喚し、向かい合わせに配置してから西園寺に座るよう促した。


「ちょっと抜け出してきただけだから、そんなに長く話せないと思うけど」


「構いませんよ。そんなに時間は取らないでしょうし」


 ギシリ……と、パイプの継ぎ目を軋ませつつ弘は腰を下ろす。

 元の世界ではネット通販で見かける有名メーカー品だが、こうして座ると思いのほか座り心地が良い。西園寺も満更ではない様子でシートに乗せた尻を揺すっていたが、すぐに弘の視線に気づいて咳払いをした。


「ええと……ですね。話したいというのは相談と言いますか、沢渡さんが私よりも高レベルな召喚術士であることを見込んだ……依頼のようなものでして」


「依頼? 冒険者ギルドを通して……じゃなくて、個人的に?」


 しかも西園寺は高レベル召喚術士であることを見込んで……と言った。何やら思っていたより重要なことなのだろうか。

 弘は首を傾げつつ先を促した。


「ええ、そうです。と、その前に一つ確認させて欲しいのですが。沢渡さんは……元の世界に戻る気は無い。そうですよね?」


「ええ。両親のことは気になるし、元の世界の便利さとか他の色々も未練あったりするんすけど。こっちで結婚したい女が……なんつ~か、6人も出来ましたから」


「なるほど。以前に聞いた時から、その覚悟に変わりがないようで……」


 西園寺は何度も頷くと、急に真剣な表情となり前傾姿勢を取った。つまり、ずいっと顔を前に突きだしたのだ。それに押されるように弘は仰け反ったが、どうしたのかを聞く前に西園寺が話しだす。


「では、依頼の内容です。沢渡さん。今後、沢渡さんがこの世界で冒険する中で……元の世界に戻る方法を見つけたら。私に連絡を取り、その方法を教える。あるいは、それが可能なアイテムを譲って欲しいんです」


「……俺、元の世界に帰る気ないんすけど?」


 弘は人差し指で自分を指差したが、西園寺は「だからこそです」と言い切った。


「沢渡さんなら、元の世界に戻る方法ないしアイテムを入手しても、私に譲渡……いいえ、売却することを気にしないんじゃないですか?」


 確かにそうだ。元の世界に解る方法。それが魔法や呪文であるなら、西園寺に教えることはお安い御用だし、片道アイテムなら譲っても良いだろう。双方通行可能なアイテムなら、自分で確保しておいて西園寺だけ送り出すという手もある。

 ちなみに、弘は西園寺に『必死ですね』などととは言わなかった。西園寺には、元の世界に妻子が居ることを以前聞かされていたからだ。


「オッケー、かまいません。この先、そういう何かを見つけたら西園寺さんに連絡取りますよ」


「ありがとうございます。依頼に対する報酬は……可能な限り頑張らせていただきます」


 それが金銭でなく、何らかの行動を約束することであっても。そう、可能な限り、弘の要望に添うべく頑張る。弘の目を真っ直ぐ見返し、西園寺は誓った。


「むう……」


 弘の人生において、こちらの世界のカレン達ならいざ知らず、同じ日本人男性にここまでの真剣な誓いを立てられたのは初めてのことである。

 少し気恥ずかしくなった弘は、バリバリと頭を掻いた。


「いや、まあ、そういうのは事が成功してからってことで……」


「ははっ。報酬について考えが固まったら、いつでも言ってくださいね」


 その後、数秒ほど会話が途絶えたが、西園寺が別の話題を弘に振っている。

 それは一連のドラゴン討伐に対する讃辞だった。


「毎度思うんですが、沢渡さんの召喚術は凄いですねぇ。レッサードラゴンはともかくとして、あの街道付近で戦ったドラゴンなんかは、ゲームや小説だと、とんでもない強キャラですよ? チート主人公の箔付けで軽くやっつけられることはあるでしょうけど」


「ハッハッハッ! いやあ……」


 こちらの世界人らに褒め称えられるのもいいが、やはり元の世界から来た、同じ日本人……それも年輩の男性に褒められると、どうにも照れ臭い。先程の気恥ずかしさとは、少しばかり方向性の違う気持ちに、弘は頬が熱くなるのを感じていた。

 その気持ちを誤魔化すためもあって、弘は会話を切り上げ、西園寺と共にカレン達の居る商隊休憩場へ戻ることとする。


「あ、サワタリさん!」


 戻ってくる弘を見たカレン達は、小走りに駆けてくると彼を囲み雑談を始めた。

 弘としては商隊メンバーらからの視線が気になったが、妙にテンションが高いカレン達を見て、会話に付き合っている。

 何を興奮しているのかと思えば、どうやらドラゴンの出没地から離れたことで気がゆるんだらしい。そして、先程の西園寺のようにドラゴンを倒したヒロシは凄い! というお題で女子トークが弾んでいたとのこと。


(うわ~……。みんなスゲーよく喋るのな……)


 大人数の女性の会話に混ざるのは居心地悪い気がする。

 しかし、相手の6人は全員が弘の恋人だ。ましてや話題が、今日までのドラゴンを狩った数であったり、直近で戦ったレッドドラゴンの強さ……そして、それを屠った弘の強さなどだったりする。

 チヤホヤされる側の弘としては、非常に気分が良いのであった。

ただ、その中でカレンが放った言葉を聞き、弘は小首を傾げることとなる。


「本当に凄いです! サワタリさんなら都市の1つや2つ制圧できちゃうんじゃないですか!?」


R1.9.17 話数を間違えてたので修正しました

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