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第百九十一話 猛爆弾雨

「エフジューゴジェイ……エフ15Jか。出発前に1体だけ召喚して、見せて貰ったが……」


 レッドドラゴンが空対空ミサイル……99式空対空誘導弾を、横殴りの豪雨の如く被弾する少し前。

 AH-64アパッチの前席で観戦する魔法使い、メル・ギブスンは、その目をキラキラさせながら前方の光景を眺めていた。

 視界の奥から眼下、そして後方へと東西に延びる街道。そこを西に向かう商隊馬車の一団が居て、現在、レッドドラゴンが襲撃中である。このまま何も起こらなければ、いいようにいたぶり尽くされて商隊は全滅するのだろうが……。


「あの鉄の鳥が多数飛び交い、ミサイルとやらを撃つ様は、さぞかし壮観だろう。が……さて……。……む?」 


 視界の右端に円筒形の飛翔物が出現し、あっと言う間にアパッチを追い越していく。そして、それは右側だけでなく、左側、あるいは下方と、アパッチを取り囲む……あるいは、当たらないように避ける形で数を増し、そのままレッドドラゴンへと向かって殺到していった。


「おおおっ!?」


 視線を顔ごと上下左右に振り向けるが、とても追いつく速度ではない。やむなくレッドドラゴンに目を向けると、そこでは魔法盾の呪文を行使したドラゴンが、必死の防戦を行っている最中だ。人間の魔力では再現不可能なサイズの魔法盾。それが整然と数十枚並び、レッドドラゴンを護っている。しかし、次々と命中する空対空誘導弾は、魔法盾を呆気なく破壊すると、盾向こうのレッドドラゴンに命中しだした。

 真っ先にボロボロになったのは、ドラゴンの背に生えた巨大な翼で、皮膜どころか骨組みすら残ってはいない。羽ばたくことによって魔力放出し、飛行魔法を付与する翼。それが機能を喪失したことによって、レッドドラゴンは地表へ向けて落下し始めた。

 この時、レッドドラゴンは翼に頼らず、飛行魔法を行使しようとしていたのだが、途切れることなく命中する99式空対空誘導弾の炸裂により、魔法発動の集中ができないでいる。

 そのまま地面に激突すれば墜落死もあり得たが……さすがはドラゴンと言うべきか、危ういところで飛行魔法の発動に成功。減速も間に合ったため、地面激突によるダメージは無いまま着陸に成功した。

 ちなみに、この時点で商隊馬車らはレッドドラゴンとは距離を取りつつあり、それこそ飛んで追いかけでもしなければ再度の襲撃は不可能に思える。少なくとも、一部始終を観戦していたメルは、そう考えていた。


「とりあえず、商隊の安全は確保できたようだが……。これは何とも……素晴らしい光景だ」


 遠ざかる商隊馬車を見ていたのは一瞬のこと。すでにメルの関心は、先の誘導弾の様にアパッチを追い越し、今では地上を這うレッドドラゴンの上空で旋回しているF-15J群に向けられていた。

 召喚されたF-15Jらは弘の支配下にある限り、そして召喚解除されない限りは翼下のミサイル爆弾類が補充される。現場到着前に全弾発射した99式空対空誘導弾は、全機とも再装備済みだ。だが、現状、すべての機体が上空旋回するのみで新たに攻撃を加えようとはしない。


「むう?」


 次の攻撃は如何なるものか……と期待して居たメルから、一瞬、期待感が削げたが、それはすぐさま解消されることとなる。眼前の空域に、弘が追加で召喚した増援機……フェアチャイルド・リパブリックA-10。通称、サンダーボルトⅡが出現したからだ。

 対地攻撃を得意とするA-10は、その逆で対空戦闘に難がある。本職の戦闘機に対して分が悪いということであり、本機が戦場に投入されるのは、戦闘機等で制空権を確保した後になることが多い。言い換えると、事の始まりから出現させると被害が大きくなるのだ。

 今回、弘は空飛ぶドラゴンを地上に追い込むつもりで、F-15Jを先に出撃させたが、図らずも、アメリカ軍がA-10を運用するのと同じ状況になっている。  

 一方、墜落していくレッドドラゴンの有様は、遠ざかる商隊馬車からも見えていた。


「見ろ! レッドドラゴンが!」


「落ちていく……。何か爆発したようだが……」


 商隊リーダー……ロジャー・バトレットの叫びにより、先頭馬車の護衛リーダーであるウィリスは肩越しに振り返っている。確かに、あの巨大なドラゴンが地面に目がけて落ちていた。

 いったい何が起こっているのか。遠目にはドラゴンと比べれば小さいものの、これまた巨大な鳥が多数乱舞しているのが見えている。あの鳥が何かしたのだろうか。


(俺達を助けるため? それとも、単にモンスター同士がかち合ってるのか?)


 さっぱりわからない。

 冒険者としてはドラゴンを屠る存在を、もっと近くで見て、その正体を突き止めたい……という気持ちもあるが。


「関わらない方がいいな。命あっての物種だ」


 ドラゴンを攻撃したからと言って、それが味方とは限らない。下手に近寄って、攻撃の手がこちらに及ぶなど考えたくもない話だ。

 ウィリスは後方の戦闘から顔の向きごと意識を逸らし、周囲に呼びかける。


「このまま突っ走るぞ! 王都まで辿り着けば、報酬はデカい! 暫く遊んで暮らせるんだ! 頑張れ!」


 うおおおお!


 5台の馬車と、それらを護衛する冒険者らが雄叫びをあげた。

 ドラゴンから距離を取ったことで、士気が戻って来たらしい。

 ウィリスは街道を走り続ける先頭馬車……自分達のパーティーの受け持ち馬車へ馬を寄せると、後ろに乗せていたロジャーを押しやるようにして馬車に戻した。


「……はっはあああ……。死ぬかと思った……」


 商人の彼にとって、馬車から馬に跳び乗り、その馬から馬車へ飛び乗って戻るというのは相当に負担が大きかったようだ。体力的にだけでなく、精神的にも疲労を感じているようにも見える。


(顔が真っ青通り越して真っ白だ……) 


 とはいえ、今は生きているだけでも御の字だ。

 後方の馬車は散々なことになったが、まだ5台残ってるし、何より自分達の受け持ち馬車は、依頼人と共に健在である。

 後は皆に言ったように、王都へ転がり込むだけ。


(このペースだと数時間はかかるか……)


 と言ったものの、それは休み無しで走り続けた場合の話だ。途中、どこか身を隠しやすい森や林を見つけたら、そこへ入って休憩を取るべきだろう。無理して走り続けて、それで馬が潰れては元も子もない。


 ガララガラガラガラガラ!


 荒く砕石が撒かれた街道を馬車が疾走していく。

 押し寄せる大気が突風となって顔に当たり、ドラゴンからの逃走劇で火照った躰を冷ましてくれた。


「このまま……王都までに何も無ければいいんだけどな」


 今ではレッドドラゴンの姿もかなり小さく見えていて、肩越しに振り返るウィリスは、呟きながら溜息をつく。

 自分達にとっての脅威はドラゴンだけではない。猛禽系の飛ぶモンスターも居れば、幌付き馬車ほど大きな肉食獣だって街道には出没するのだ。いや、台数半減した商隊、しかもドラゴンに襲われて疲弊している今では、つまらない野盗にだって痛い目を見かねない。


「……腹ん中がキリキリ痛む。あとで治療の法術を掛けて貰わないと……」


 商隊護衛の冒険者パーティー。その統括リーダーを務めるウィリスは、プレートアーマーの上から腹部を撫でると……意味の無い行為に気づいて顔をしかめ、進行方向に向き直った。


「王都で上位ランクだとか言われてるが……。俺には自分のパーティーの責任持つだけで、一杯一杯なんだがな。ホントはなぁ。……まいった」 



◇◇◇◇



 この時、「まいった」と言いたかったのは、レッドドラゴンも同様である。

 いつものように人間狩りを楽しんでいたら、唐突に攻撃された。いや、襲撃対象である人間からも攻撃されていたが、そんな微風のような物ではない。

 最初に目にしたのは無数の空飛ぶ筒。

 しかし、速さと命中時の爆発力は尋常ではなかった。

 念のためにと展開したマジックシールドの防壁を容易く引き裂き、次々と身体に着弾。更には爆発。頑強な鱗は何とか耐えてくれたが、翼はそうはいかない。

 皮膜は引き裂け、その皮膜を張っていた骨格などはバラバラに吹き飛ばされていた。

 この世界のドラゴンは、翼の羽ばたきによって揚力を得るほか、主として飛行呪文の詠唱に似た効果を羽ばたき音によって構築。その巨体を宙に浮かせて、空を飛ぶのだ。

 これが出来なくなった結果、彼は敢えなく墜落することとなったが、咄嗟に浮遊魔法を発動させたことで地面への激突を回避している。


(忌々しい鉄鳥共め……。近隣では見かけん輩だが……何だか緑色のも増えたな。どうする? 今からでも飛行魔法で逃げ切れるか?)


 先程は発動が早く、落下に対して制動力の大きい浮遊魔法で急場を凌いだが、高速移動するとなると飛行魔法の出番だろう。しかし、これは浮遊魔法の場合でもそうだが、魔法解除などをされると墜落の危険があった。それに自分を攻撃した鉄鳥(=F-15J戦闘機)から逃げられるとは思えない。


(あんな攻撃をしてくる連中だ。魔法を妨害されるのは考慮しておくべき。……次に浮遊魔法で着地しようとしても、そこを狙って魔法解除されたら……。今度こそ墜落死は免れん)


 背の翼が健在なら、多少の妨害魔法には耐えたのだろうが……。


(どのみち、『鉄鳥』の速さからは逃げられんな……)


 墜落死しない移動方法となると徒歩行だが、走って逃げることは論外となる。

 戦闘中のダッシュや、極短距離での小走りは可能だとして、長距離走行となると、まったくの不慣れ。自身の身体が持つとは思えなかった。

 次に思いついたのは、転移系の魔法。

 高位の魔法職者が行使できる転移魔法であれば、遠くまで瞬時に移動できたかも知れない。しかし、レッドドラゴンの巨体を飛ばすには、彼の知っている転移魔法では脆弱すぎた。

 早い話、サイズオーバーかつ重量オーバーなのである。

 この場に弘が居れば「元が原付バイクなら、デカいエンジン積んでも車体が持たないし。そもそも荷物が大きすぎたら、出来のいい車体でも積めるわけねーとか、そんな感じか」と言ったかも知れない。

 ともあれ、相手が見逃してくれでもしなければ、彼に逃げる手立てはなかった。


(話の通じる相手かわからんが、命乞いでも試みようか)


 上空に目を向けると、最初に襲ってきた『鉄鳥』が、大きな半径で旋回している。攻撃の手は止まっているものの、いつ再開されるかわかったものではない。

 レッドドラゴンは暫し瞑目した。


(……いいや、やめておくか……)


 緑、青、黒、赤……様々な色のドラゴンが存在する中で、レッドドラゴンは最強種と呼ばれる。歳を重ねて成長し、経験も積んでいけば、現長であるブラックドラゴンをも超える強者となる。

 だからこそ思うのだ。ここで降参するわけにはいかない。


(つまるところ、やられっぱなしで降参するのは癪に障る……だな)


 グググ……。


 四肢に力が漲るのを感じた。

 翼は駄目なままだが、全身を覆う鱗は無事であり、魔力にも余裕がある。


(取りあえず、歩きながら山脈を目指そう)


 街道から外れて北上すれば、遠目に見える山脈に近づくこととなる。そうすれば、他のドラゴンの目につくこともあるはずだ。

 自分から念話で助けを呼ぶのは嫌だが、他のドラゴンらが勝手に寄ってくる分には自尊心は刺激されない。


(事によっては、他のドラゴンを囮にして回復を図り、逆撃に転じてもいい。目眩まし的な魔法を使うのもいいな)


 そう方針を決めたレッドドラゴンは、足を痛めない程度の速さで歩き出した。

 だが、その背には新たな機影が迫っていたのである。



◇◇◇◇



「うっわマジ? アレって、レッドドラゴンなんでしょ? 翼もぐとか出来るんだ……」


 弘の召喚した椅子に腰掛けたノーマが、驚き……を通り越して呆れ顔になっている。

 似たような表情になっているのは、光神尼僧のシルビアとエルフのグレース。そして商神尼僧のウルスラだ。

 最強生物ドラゴンの中でも、レッドドラゴンはトップクラスに強いはず。そのことを知っているだけに……。


「レッドドラゴン自体は、同じサイズの他種ドラゴンを二、三頭相手にしても勝てるぐらい強いはず……なのですが……」


「サワタリの凄さを再確認したと言うか、開いた口が塞がらないと言うか……」


「頼もしいんだけどぉ~。ここまで来ると冒険者の域を超えちゃってると思うの~」


 一方、素直に驚き、喜ぶ者も居る。

 貴族子女コンビのカレンとジュディスだ。


「サワタリさん、やっぱり凄い!」


「やったあ! まずは地面にまで降ろしちゃえば、攻撃とかしやすいもんね!」

  

 手を取り合って跳ねている様は、そのブレザー制服に似た衣装も相まって、ただの女子高生にしか見えない。少なくとも弘と西園寺にはそう見えていた。


(実際、王都貴族学院だかの制服だって話しだしな~)


「ま、制服の上に軽甲冑を着た女子高生なんて、日本で見かけたらコスプレかと思いますけどねぇ」


 ボソリと呟いた石の召喚術士……西園寺公太郎は、今のセリフを口の中だけで呟くと、弘が召喚した大型ディスプレイを注視した。

 今見えている映像は、現場付近で飛行する攻撃ヘリから送信されてくるもの。カレン達が騒いでいたように、背の両翼を喪失したレッドドラゴンが、山脈に向けて移動を開始している……その姿が映し出されていた。

 西園寺が見た限りでは、まだまだ余力を残しているが、レッドドラゴンは山脈への撤退を決めたようだ。


(沢渡さんの航空攻撃から、逃げられるとは思えませんけどねぇ)


 西園寺は隣りで座る弘に目を向ける。


「この後は、いよいよA-10による攻撃ですか。初手はミサイルか爆弾?」


「いやあ……」


 後ろ頭を掻きながら、弘は肩をすくめた。


「西園寺さん、言ってたじゃないすか。A-10と言えば、これはもう30㎜! アヴェンジャーです! って」


 GAU-8 アヴェンジャーは、30㎜ガトリング砲だ。 A-10の機首下部に装備され、焼夷徹甲弾等、各種砲弾を撒き散らす。その発射速度たるや毎分3900発にもなり、100m先にある約40㎜の装甲板を貫通する威力があるのだ。

 A-10自体の召喚は今回が初めてだったが、西園寺が鼻息荒くして力説していた大型ガトリング砲。それが如何なる威力を発揮するのか。弘は確認したいと思っていた。


「今のところ、出会したドラゴンの中じゃあ一番の大物だし。A-10の30㎜の威力を試すには丁度いいってね」


 そう呟くと、弘はディスプレイ向こうのA-10達に命令する。


「じゃあ、お前ら。攻撃開始だ。まずはアヴェンジャーだけで射撃……」


 この頃の弘は、思念波で召喚物に指示を出すことも可能だったが、基本的には声出しで命令していた。

 何故なら、その方が格好いい気がしたし、意思の伝達も上手くいくような気がしたからだ。


「それで死なないようなら、2000ポンド爆弾ってやつを降らせてやれ。あと、ミサイルなんかもな」


 GAU-8 アヴェンジャーの試射を行いつつ、とどめの一手を加えることも忘れない。この時点で、レッドドラゴンの運命は決まったようなものだった。

 もっとも、標的たるドラゴンを捜索していた弘達の目に止まった時点で、彼に生存ルートというものは存在しなかったのであるが……。

 


◇◇◇◇



 弘からの指示を受けたA-10らは早速行動に出た。

 召喚主は機首の30㎜……GAU-8 アヴェンジャーの威力を見たいと言うので、その有効射程まで高度を下げる。直径約6mの範囲に概ねの集弾が期待できるのは1,000mぐらいだから、高度1,000mと言ったところか。

 各機、フォーメーションを組んで降下し、使用する火器は機首に備わって居るので、必然、機首が地上を向く。

 その下部先端、やや機体の左寄りに配置された7つの砲身がヒュイッと回転し……次の瞬間、猛烈な勢いで弾丸を発射した。

 ブギィィィィィイ!

 発射音が繋がり、まるで電気ノコギリの駆動音のようである。

 毎分3,900発の発射速度とは、そうしたものなのだ。

 そして今回、撃ち出された弾種は対装甲用焼夷徹甲弾。

 戦車等の装甲目標を破壊するための弾種であり、1発あたり400g超の砲弾が標的付近で雨のように降り注いでいることだろう。

 着弾後に発射音が遅れて聞こえているはずだが、その頃には既に次の射撃を終えている。

 GAU-8 アヴェンジャー。30㎜ガトリング砲。

 これで狙われ撃たれた地上目標は、狙いが逸れるか、遮蔽物ないし装甲で防げることを祈るしかない。当たれば大概は酷いことになるだろう。

 では、今撃たれたレッドドラゴンがどうなったかと言うと……。



◇◇◇◇



 ズシズシと大地を揺らしながら、レッドドラゴンが街道外の草原を歩む。

 目指すは他のドラゴン達が住まう、北の山脈だ。

 その些か微妙なプライドから救援を乞う気はないが、他のドラゴンらの目に止まって、彼らが近寄って来ることは期待している。


(鉄鳥共が他の連中に気を取られてくれれば。我の生き延びる目も出てくるというものだ)


 問題は、歩いて到達するには山脈までが遠すぎること。いつものように飛べたなら、あっと言う間の距離だが、今のペースでは数時間、下手をすると半日はかかってしまうだろう。

 一応、肉体強化系の魔法は使っているものの、それでも長時間の徒歩行は巨体にとって負担となるのだ。その証拠に、歩き出してからさほど時間も立っていないはずが、もう3度目の魔法かけ直しを行っている。

 やはり、普段飛んで移動する身で徒歩行は無理があるのだ。

 そうこうしている内に、背後……空の高いところからゴアアアアという音が聞こえてくる。自分を地上へ追い落とした鉄鳥のそれとは、また違った『音』。

 首だけ曲げて振り仰ぐと、空には10体の鉄鳥が居た。先の白色がかった鉄鳥とは違い、こちらは暗灰色。縦に短くなっているが、翼長は上回っているようだ。何より特徴的なのは、尾羽の辺りに樽のような物を二つ載せている点。そこから火を吹いているようで、この鉄鳥たちは、後方へ火を吹くことで空を飛んでいるようだ。


(生き物ではないのか? なにか……カラクリの類。ドワーフの手によるもの?)


 大地の精霊種。ドワーフならば手先が器用なので、見聞きしたことの無いような道具を造れるかもしれない。しかし、これほどの物を造り出せるとも思えなかった。


(先の白き鉄鳥は……)


 視線を巡らせると、白い鉄鳥……F-15の群れは、上空を旋回している。今のところ攻撃してくる気配はないが、新たに出現した暗灰色の鉄鳥……A-10は、そうでない可能性大だ。


(後から来た方は白いのよりも遅そうだが……安心材料にはならん)


 何しろ今の自分は飛べない。

 魔法による飛行を行ったところで、翼による飛翔速度には程遠いし、そう何度も地上へ落ちるのは避けたいところだ。

 ならば自分がやるべきことは一歩でも山脈へ近づくことと、出し惜しみせず迎撃に努めること。


(それに、飛ばない以上は墜落することもないしな)


 迎撃に専念した自分は、簡単には倒せやしない。

 自分は……ドラゴンの最上位種、レッドドラゴンなのだ。

 彼は魔法盾の準備を開始する。先程打ち破られた魔法だが、今度は三重展開し、強化魔法も目一杯盛りつけた。先に受けた飛翔筒……ミサイルの威力なら、これで耐えられるはず。

 勿論、似たような攻撃をされれば魔法盾は崩壊するだろう。しかし、最外層の盾が破られる度に、追加詠唱して盾を張り続ければ防護体制は維持できる。


(その一方で、別途魔法攻撃だ。近づいてきたら火炎ブレスを浴びせてやるのも良い。鉄鳥共め、焼き鳥にしてくれるぞ)


 ミサイル攻撃を予想しつつ、彼は口腔に火炎を溜めてニタリと笑った。

 だが……。


 ドガガガガガガガ!


 さながら鉄槌で一瞬に数千回叩かれたような、そんな凄まじい衝撃が彼の魔法盾を襲う。

そして魔法盾が消失した。

 いや、節々で残っている魔法盾もあるが、最も鱗に近い第1層の魔法盾までもが消えている。つまり、三重に配置した魔法盾を一瞬ですべて貫通されたのだ。


「な、何をされたのだ!? ……はっ! いかん!」


 ブモォォォオ! という牛の鳴き声にも似たような音が空から聞こえていたが、今のレッドドラゴンには、それを気にする余裕がない。

 慌てて魔法盾の再配置を行おうとするも、それより先に同じ攻撃が襲いかかってきた。


 ドガギギギギギン! ブシッ! ドバッ!


 ある程度は鱗で弾いたが、貫通した物があったようで激痛と共に鮮血が噴き出す。


「ぐああああああああっ! 我が鱗がぁっ!?」



◇◇◇◇



「お~……痛そう。つうか、魔法盾はブチ破ったけど、鱗には結構弾かれてんのな。こいつはレッドドラゴンがスゲーってことなんすかね?」


 100インチディスプレイの前で椅子に座り腕組みをする弘は、立ったまま首をカクンと傾ける。それを受けて隣で座る西園寺が、メガネの位置を指で直した。


「まさしくそうです。沢渡さんの召喚物は実物をMPで再現して、しかも強化してるんでしょう? 銃口初速がメートル毎秒で1000超え。そんな速さで劣化ウラン弾なんて言う、重金属の塊が飛んでくるんですから。ある程度、鱗で弾けてたってのが凄いんですよ。ドラゴンを褒めるべきでしょうねぇ。さすがはファンタジー生物。ところで……」


 まくし立てた西園寺は顔ごと弘を向いて見る。


「自分で言ってて気がつきましたが、ひょっとして劣化ウラン弾の特性なんかも再現してるんですか? ほら、被爆云々に関しては不透明なところはありますけど、結局は重金属ですから、重金属中毒の原因になったり……」


「え? んん~……たぶん、その辺も再現してるんでしょうけど」


 実物の劣化ウラン弾と異なるのは、一定時間が経過すると発射された弾丸などは消失することだ。長く地中に埋まったり、その辺に転がったりするものではないから、ある程度はマシなのではないだろうか。

 といった雑談を弘達がしている内に、レッドドラゴンが何やら魔法を発動させた。

 上空から見下ろせていたレッドドラゴンが、黒い……闇のようなものに覆われて見えなくなっていく。その闇は、辺り一面を覆い尽くし広がり、レッドドラゴンの位置を特定できなくしていた。


「こりゃアレだ。ブラックドラゴンとかが使ってたやつと同じだ」


「色違いドラゴンなりの種族特性……固有のスキルなんかじゃなかったんですかね。赤黒関係なく使えるとか?」


『いやあ、魔法で似たようなことをしているだけだろう』 


 現場近くの空を飛ぶアパッチから、魔法使いメルの声が飛ばされてくる。


『ただ、姿を覆い隠すだけなのか、他に特性があるのか。すぐには判断できんがね。あるいは、見えなくなったことで何か仕掛けてくるかもしれん』


「なるほど。そんじゃA-10には高度を取らせて、爆撃させっ……」


 ゴァウ! 


 暗闇から光線が発射される。いや、それは光線ではなく炎の奔流だ。しかも、発射口から離れて放散することなく、束のままで空高く伸びてくる。


「うげっ! 避けろ!」


 咄嗟に弘が命令を出すも、高度1000mまで到達した炎の奔流は薙ぎ払うように動き、A-10が1機巻き込まれた。


 グッ……ズドォォォン。


 大空の巨大な火球が生じ、近くに居た僚機を大きく揺さぶる。


「あ~、クソ! やられちまったか! てか、なんつう長射程のブレスだ? 魔法で強化でもしてんのか?」


「A-10の機体本体だけなら耐えられたかもですが、抱えてる爆弾類が誘爆しては……」


 呟くように言う西園寺の顔は悔しそうだ。後で聞いたところでは、頑丈さも売りの一つなA-10が撃墜されて、それが何となく口惜しかったとのこと。 

とはいえ、現場到着しているA-10は残り9機もある。

 弘は視認の障害となる闇に対し、徹底した攻撃を命じた。


「試射の時間はお終ぇだ。全機、あの暗闇の何処でもいい! 手当たり次第に爆弾からミサイルからありったけブチ込んでやれ!」


 弘の召喚術は乗り物の類もそうだが、爆弾や弾薬を少しでも遠くに召喚すると膨大なMPを消費する。しかし、召喚済みの戦闘機などが現場に居て、召喚術士たる弘とリンクが途切れてさえいなければ。MP供給が続く限り、低MP消費での弾薬補充が可能なのだ。

 従って9機のA-10らは、降下しつつのミサイル発射や爆弾投下を行っても、すぐさま翼下に次弾が出現した。そして3機ずつの絶え間ない攻撃により、暗闇に覆われた荒野には爆弾ミサイルの雨が降り注いだのである。


 ズドドドドド、ドムドムドム、ボガッ、ズシン、バリバリバリ。


 様々な炸裂音が絶え間なく発生し続け、時折、闇の中からブレスが吹き上がってくるものの……その攻撃あると予測していたA-10らは二度と直撃を食らうことがなかった。

 そして、数分後。

 突如として草原を覆っていた暗闇がはれた。

 まず見えたものは、荒野に生じた長い長い血の筋。その先に散らばるレッドドラゴンの肉片だった。

 確かに、レッドドラゴンが展開した暗闇は、上空から彼の姿を見えなくした。だが、おおよその見当をつけてバラ撒かれた爆弾類を避けきることはできず、そして散発的に放ったドラゴンブレスでA-10らを撃破することも叶わず、ここに屍をさらすこととなる。ただし原形は留めない状態であったが……。


「ともかく倒した……かな?」


 弘はディスプレイに映る血の海を見ながら頭を掻いた。

 本当を言えば、もう少しスマートに勝ちたかったのである。しかし、レッドドラゴン側の抵抗により、綺麗な形での勝利……あるいはドラゴン退治とはならなかった。


「それを言うと、大抵のドラゴンは撃墜されて落ちてくるわけですから。どれも綺麗とは言えませんが……」


 シルビアが冷静に指摘してくるので、弘は「そ~だよな~」と苦笑しつつ、F-15JやA-10を消去する。戦闘が終結した今、出しっ放しにしておくのはMPがもったいないからだ。

 次いで、メルに一声かけてからアパッチ攻撃ヘリに帰投を命じると、新たな召喚を行うこととした。


「サワタリさん? 今度は何を出すんですか?」


 興味深そうに聞いてくるカレンに対し、弘は「う~ん」と唸りながら説明する。

 今召喚しようとしているのは、大小数台のユンボとホイルローダー。それらを載せるためのトラック。更には大型のダンプトラックなどだ。


「仕留めたレッドドラゴンはバラバラになっちまったけどさ。鱗とか肉とかある程度状態の良いところがあるじゃん? それを回収しようと思ってな」


 荒野だけでなく、街道をを移動する際に襲撃してくるモンスターなどは、高値で売れそうな部位を回収するようにしている。それらを都市部で売却して金銭を得るのだ。


「ヒロシの場合は~、普通の冒険者が手出しできないようなモンスターを狩っちゃうから~。どれもこれも高く売れるのよね~」


「何言ってんの。知ってるわよウルスラ」


 ほくほく顔で言うウルスラに対し、ディスプレイ上の血の海光景を見てゲンナリしていたジュディスが指摘する。


「あんた、モンスターの部位を売りに行くヒロシについて行っては、買い取り価格をつり上げてるそうじゃないの。つまり高く売れるのは、あんたが頑張ってるのもあるわけでしょ? ……まあ、商神尼僧として凄いんだか、ウルスラが格別凄いのかはもうわかんないけどね」


 そういや、あたしがパーティーリーダーしてたときも、ポーションや消費系のアイテム類を買うときは、ウルスラが安く買い叩いてたんだっけ。

そんなジュディスの呟きを聞きながら、弘が召喚を始めようとしたところ、街道の……レッドドラゴンらが居た方角から、数台の馬車が走ってくるのが見えた。


「ああ、さっきのレッドドラゴンに襲われてた連中か。……みんなトーチカを消すから、悪ぃけど荷物とか持ち出しておいてくれ」


 闘技場などで大っぴらに召喚術を使っている今となっては、隠し立てしても意味が無いように思う。だが、トーチカのような大物を見られて、そのことを言いふらされるのも好かない。

 弘はカレンやグレース達が荷物を取りだしたのを見ると、トーチカを消し、その周囲に配置していた機関銃類、それにディスプレイなども消去した。

 少し離れたところに滑走路があるが、さすがに消すわけにもいかず、そのままとする。ただし、敷きつめた鉄板はすべて消去だ。

 概ね準備を終えた弘は、アパッチに念話を飛ばすことでメルに暫く戻ってくるのを遅らせるよう指示すると、近づいてくる馬車群を待ち構えた。

 彼らに対して何かしようというわけではない、単に通り過ぎてくれるならそれで良し。何か話しかけてくるなら、適当に相手をして去ってもらう。ただそれだけだ。


(しかしまあ、こんな危ない街道を通るなんて……どんな勇者だ? 商隊とその護衛っぽいけど。王都の冒険者とかか?)


 ひょっとしたら、まだ行ったことのない都市のギルド冒険者かもしれない。

 戦闘が終わって気が抜けた弘は、同業者らしき者達が近づくのを待つ。

 もっとも、レッドドラゴンの襲撃を受けたことで死にものぐるいで逃走してくる彼ら……特に護衛冒険者のリーダーは、弘にとっては顔見知りの相手だったのだが。

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