第百九十話 レッドドラゴン
その日の朝。
タルシア王国王都の東部……ドラゴンが多数出没する街道の危険地帯を、十台ほどの馬車が疾走していた。車列の両側には馬が十数頭並走しており、そこで鞍に跨がっているのは鎧を着込んだ戦士や、ローブ着用の魔法使いなど。いわゆる冒険者パーティーによる護衛付きであり、商隊の運ぶ荷の重要性が見て取れた。
彼らが向かう先にあるのはタルシア王国王都。つまり、更に東部から移動してきたことになる。元来た方角にあるのは、この国で最大の港湾都市だ。海上輸送により運び込まれた品が集まる都市だが、この街道でドラゴンが出没するようになってからは、そういった品々は迂回ルートで王都へ運ばれるようになっている。つまりは運賃がかさむようになり、品物自体の値も上昇していた。
物価が上昇して困るのは購買層だが、売る側の証人とて困っている。運賃がかさむので今までどおりの値で売ると採算が合わないし、日用品ならともかく、買わずとも生活に支障のない嗜好品などは、高値にすると売上が落ちるのだ。
ドラゴンが出没しだした頃は、商人らも「そう毎日、姿を見せるわけでもあるまい」と高をくくり、様子を見ては馬車による商隊を送り出していた。しかし、ドラゴンがゲーム感覚で商隊を襲撃して被害が増大すると、次第に街道を使用する者が減少していく。
そう、この街道は人が通わぬ廃道となりつつあったのだ。
にもかかわらず、この商隊が当街道を移動しているのは何故か。それは、とあるマジックアイテムの輸送を行うためであり、到着期日までが短く設定されていることで、この街道を使用せざるを得なかったからだ。
有翼モンスターを使用した空輸も存在するが、この街道近辺ではドラゴンに襲われる可能性が高い。と言う以前に、運送業者の手持ちの有翼モンスターは、既にドラゴンによって壊滅している。知り合いの業者から借りようにも、この街道を飛ばすなどとんでもないと、皆に断られていた。
つまり、他に輸送手段が無かったからこその陸送だ。
街道移動は主に夜間に行い、日中は手近な森に入ってやり過ごす。夜間の街道行や日中とはいえ森に入ることは、モンスターとの遭遇率が高まる危険行為だ。だが、それでもドラゴンに襲われるよりはマシ……と商隊は判断したのである。
そんな彼らが、朝の明るい時間帯であるにもかかわらず街道へ出たのは、ひとえに慎重さから来るスケジュールの遅れにあった。
日中身を潜めていたことで、王都への到着期日までの余裕が無くなったのである。そうと知った時点で、商隊は王都までかなり近づいており、休み無しで街道を走破すれば期日に間に合う可能性が高かった。
今のところ、自分達はドラゴンの襲撃を受けていない。モンスターの襲撃により、冒険者から数人の犠牲者が出ているが、まだまだ戦力的に余裕がある。
ドラゴンと遭遇しないことを祈って、日中の街道に飛び出すか。
それをも遅延による報酬減等、その他諸々の損を覚悟の上で、慎重な行動を取り続けるか。
商隊リーダーと冒険者パーティーのリーダらが相談しあった結果。
夜間移動のまま朝を迎え、森等の遮蔽物に隠れるでもなく、引き続き街道上を疾走することとなったのだ。
だが、人間、博打的な行動に出ると上手くいかないことが多いもので、日が昇って数時間後には、最も恐れていたドラゴンに発見されてしまう。赤い竜……いわゆるレッドドラゴンであったが、出現したのが1頭だけなのがせめてもの救いだろうか。
必死で鞭を振るう御者の隣りで、商隊リーダーは歯を鳴らしながら後方を振り返る。見やった先では、最後尾の馬車が急降下してきたレッドドラゴンによって踏み潰されているところだった。
「ああ~あ~。あの馬車は、カベンディッシュのところの……。南方の珍しい果物で、高く売れるとか言ってたのに……。糞っ!」
この商隊で前述したマジックアイテムを荷載しているのは、商隊リーダー……ロジャー・バトレットの馬車のみ。その他は、街道行に挑戦する彼に便乗して集まった商人達の持ち馬車なのだ。
後から加わった商馬車の持ち主とは、ほとんどが知人友人の間柄であり、ロジャーの胸は我が事のように痛んでいた。
そして、今また最後尾の馬車が襲われたのを見て、自分の馬車と並走する冒険者に向かって叫ぶ。
「やはり無理だったんだ! ウィリス! 何処か適当な森……いいや、茂みだっていい! 飛び込んで隠れよう! 昨日までやり過ごせたんだから、それで……」
「何言ってんですか!」
目を剥いて怒鳴る板金鎧の戦士……ウィリスは、襲撃されている馬車を目の端で見ながら、ロジャーを窘めた。
「もう見つかってるんですよ! 今から隠れようったって……とにかく走り続けましょう!」
後ろの方から一台ずつ襲われているのなら、暫くは大丈夫だろう。後続車の護衛に付いている他パーティーも居ることだし、こちらに目が向くまでは時間的な余裕があるはずだ。
(余裕ねぇ。そんなの、俺達が襲われるまでの時間が少し後ろに伸びるだけじゃないか)
何だって、こんな仕事を引き受けてしまったんだろう。
ここ最近のウィリスは、東の港湾都市へ出向いて冒険依頼をこなしていた。もちろん、今移動している街道ではなく、大きく南回りに迂回して現地に赴いたのだ。そうして、タルシア王都ギルドにおける独自ランキング、序列が23位まで上昇したことで、一度、王都へ戻ることになった。その際、危険だと噂される街道を行く商隊の護衛依頼が舞い込み、事のついでと引き受けてしまったのである。
パーティーリーダーのウィリスだけでなく、パーティーメンバーらもこの街道の危険さは知っていた。が、ここまでに引き受けた依頼がすべて成功し、序列も上昇したことで皆気が大きくなっていたらしい。
結果として、この有様だ。
(日中隠れてないで、様子伺いながら街道に出れば良かったか? いや、それをやって今の状況があるんだから駄目だ。結局……この依頼を引き受けなければ良かったんだな)
正解を導き出したが、それを今言っても仕方が無い。
シュバアアアア!
ゴカァ!
風切り音や炸裂音が聞こえたので、再度後方を確認すると、幾つかのパーティーから魔法ないし法術が行使されていた。聞こえてから目をやったので、ドラゴンの顔だか腹に命中した後なのが確認できる。ただ、それらはドラゴンに対して何らの被害も与えなかったようだ。
勢い止まることのないレッドドラゴンが、更に1台の馬車を蹂躙していく。
(駄目だ。手に負えん!)
交戦するぐらいなら例え一歩でも遠ざかる。
そうと決めたウィリスは、内心「無理だろうな」と思いつつ自分のパーティーメンバーに指示を出した。彼のパーティーは4人編成で、戦士のウィリス以外では男性僧侶1人、女性偵察士に女性魔法職が1人ずつ。現状、1人でレンタル馬に騎乗しているのが自分と男性僧侶ポラックで、女性魔法使いゴールディは、手綱を握る女性偵察士メリルの腰にしがみついている。
「みんな! 可能な限り手を出すんじゃないぞ! あのドラゴンは、最後尾からジワジワと嬲っていくつもりのようだ!」
商隊馬車軍を足止めしたいなら、先頭を行くロジャーの馬車から攻撃するはず。もし、自分達に襲いかかってきたときは……。
ウィリスは口に出さずに、空いた方の手を握り拳で掲げ……パッと開いてからヒラヒラと振った。
このハンドサイン。その内容を解説するなら「四方に散って逃げろ」というものになる。つまりは依頼放棄だ。冒険者ギルドに罰金を支払わなければならないし、評価もガタ落ちとなる。最悪、王都で冒険者登録を抹消され、各都市に通達を出された上で、再度の新規登録を拒否される恐れもあった。
(それでも! 死ぬよりはマシだ!)
冒険者を続けられなくなったとして、腕に覚えはある。戦士の自分や偵察士のメリルは、傭兵稼業に鞍替えできるだろうし、魔法使いのゴールディや僧侶のポラックなどは魔法学院や自宗派の神殿に入るという手もあった。少なくとも無職となって路頭に迷うことは無い。しかし、それも生き延びればの話である。
(最悪だ! ほんっとうに最悪だ! 王都に着いたらギルド酒場なんかじゃない、高級な酒場でみんなに奢って、ヤバイ依頼を見抜けなかったことを詫びよう。メンバーに死人が出たら、噂に聞く蘇生法術ってやつを、どうにかして……。いや、その前に俺が死んでたら……)
思考がドンドン後ろ向きな方向へと傾いていく。薄くなった頭髪も、馬の疾走による向かい風で、ハラハラと吹き散らされていくようだ。
色々考えたけれど、もう駄目かもしれない。
そこにウィリスが思い至ったとき、遙か前方の空を飛ぶ何かが、彼の目に映った。
◇◇◇◇
その日の朝。
タルシア王国王都の東部……ドラゴンが多数出没する街道の危険地帯を、一機のヘリコプターが飛行していた。
AH-64。アパッチの愛称で知られるアメリカ陸軍の攻撃ヘリは、いわゆる剣と魔法の世界の空を行くには甚だ浮いた存在である。更に不似合いなことに、コクピットの前席に収まっているのは、魔法使いのローブを着込んだ中年男性だった。
『どうっすか、メル? 乗り心地とかについて感想聞きたいんすけど?』
「はっはっはっ! いや、快適快適っ!」
中年男性……魔法使いのメル・ギブスンは、装着したヘッドセットから聞こえる沢渡弘の声に対し、上機嫌で返答している。
「こんな大きな鉄の塊が空を飛ぶなんて。しかも、飛行の魔法も使わずに! いや、大したもんだ!」
『まあ召喚武具なもんで、MPを使った再現品だから……一応は、魔法の範疇かもですけどねぇ』
そう弘は言うものの、メルにしてみれば凄いものは凄いとしか言いようがない。しかも、鳥よりも早く飛べて、その辺の魔法使いが100人集まっても敵わないような攻撃力を持つとのこと。
「これをMP……魔力が続く限り召喚できるというのだから本当に大したものだ。無理を言って試乗させて貰ったが、実に得がたい体験。論文に書けないのが残念だよ!」
『ハハ、ハハハハ……』
離れた場所に居る弘の困り顔が見えるようだ。
今日はドラゴンが出現するまでの間、飛行型の召喚具の実験を行っている。手始めに自律行動させた攻撃ヘリの遠隔操作……遠くまで飛ばしても指示が出来るかどうかといった実験。
これは思念波だけで行動支持ができるほか、搭載したカメラ映像をスマホ型の受信機、あるいは大型の液晶ディスプレイで表示できることも確認できた。メルが乗っているのは、一度1人で乗ってみたいと申し出たのを弘が快諾したことによる。
「ヒロシの指示で私に従うように言って貰うだけで、私の口頭命令に従うと言うのだから。これまた驚き……んっ?」
前方……街道の東から、馬車の一団が移動してくるのが見えた。地上数百メートルの高度にあっても、相当な速度で疾走しているのが見て取れる。
「あんな速さだと、車輪が持たないのではないか? ……なるほど、ドラゴンか……」
馬車が見えるぐらいなので、空から襲いかかるレッドドラゴンも当然目に入っていた。
「あ~……ヒロシ? 街道移動している馬車の一団がレッドドラゴンに襲われてる。……どうするね?」
『おっ? 本日の第一ドラゴンっすか? アパッチ~? その馬車とかドラゴンにカメラを向けられるか?』
受信機から聞こえる弘の言葉に従い、機体下部のガンカメラが作動する。その画像を確認したらしく、弘がメルに話しかけてきた。
『こっちの方で次の実験の準備が出来てるんで。そっちを試します。馬車とかは……まあ助ける方向で行きましょう。何か貰えるかもしれないし。メルは戻って来てくれても良いんですけど……』
「ふむ。この場に留まって観戦させて貰うとしよう。次の実験にも興味があるのでね」
『了解~。じゃあ、すぐに向かわせますんで。危なくなったら逃げてくださいね~』
その言葉を最後にブツンと通信が途絶えた。
コクピットの前席で座るメルは、尻の位置を直しながら背もたれに体重をかける。
「次の実験か。手間が掛かったが、上手くいけば壮観だろうな。ふっふっふっ」
◇◇◇◇
「え~、そんなわけで」
ヘッドセットでの通信を終え、弘は街道から離れた場所に召喚した拠点……トーチカ(内装は居住しやすく、魔法的な空間拡張で部屋増設済み)に向き直った。数メートルほど先で、カレン達がアパッチから送られてくる映像に見入っている。
(100インチの液晶ディスプレイ。でかいテレビとか憧れだったんだよな~)
実家は手狭であり、良くて40インチサイズのテレビしか置けなかった。
ヘリ搭載のガンカメラの映像を送信できると知った弘が、受信機が無いものかとアイテム欄を探したところ、大きな液晶テレビやディスプレイを多数発見。それらの解説に「他召喚具の送信映像を受信可」と書いてあったので、今回の映像受信実験を思いついたのだった。
「メルから報告があったのは、そのディスプレイのスピーカーでも聞けてたと思う。ドラゴンを倒すついでに馬車の人らも助けることにした。そこで……丁度準備ができてたアレを使うことにする~」
振り返って弘を見ていたカレン達は、一斉に彼が指し示す方向を見る。
そこにあったのは数十台の重機と……巨大な滑走路。ちなみにコンクリートやアスファルト舗装ではなく、鉄板が敷き詰められている。勿論、この鉄板も弘が召喚した物だ。
「召喚品目にコンクリとか無いんだよな~。コンクリでガッチガチのトーチカなんかは召喚できるのに」
生産系とかクリエイト系の異世界転移主人公には負けてんのかねぇ……などと弘が呟いていると、カレン達が駆け寄ってくる。
「サワタリさん! カッソーロを使うんですか?」
「おう。ここからメルが乗ってるアパッチのガンカメラを使って、長射程のミサイルを山盛り撃ち込む……ってのも悪くないんだが。せっかく予定してた実験だし、そのまま続行ってことで……」
「おお! いよいよ召喚ですか! これは楽しみですねぇ!」
同じ異世界転移組の召喚術士、西園寺小太郎が黒縁眼鏡を指で直しながら興奮している。
「西園寺さんは飛行機を出すって聞いてから、ずっとテンション高いですよね」
「そりゃあそうですよ。四十半ばとは言え『男の子』ですから! 子供の頃は戦艦大和やゼロ戦のプラモデルなんか作ったなぁ~。今回は急ぎみたいですからジェット戦闘機……ですよね?」
「そうっすね。相手は空を飛びますから、F-15あたりをメインで召喚。できれば地上に追い落としたいから、翼とかもいで……あとは足の速い爆撃機なんかを投入したら完璧かなぁ」
メルの報告が無ければ、最初は西園寺の好みに合わせてレシプロ機ばかりを召喚していたかも知れない。弘は知人友人に対してはサービス心旺盛な方なのだ。
「後でゼロ戦とか召喚しますんで。乗ってみます? 自律行動できるし、ある程度なら操縦桿を使った操縦もできると思いますよ?」
「本当ですか!? 是非、お願いします!」
自分の申し出で大喜びしている相手を見ると、自分も嬉しくなってくる。弘はウンウンと頷き、滑走に目を向けた。
まずは短時間で大仕事を完遂した重機らを消す。
「お疲れさ~ん」
次いで滑走路脇に設けた駐機場に、F-15J戦闘機を召喚する。その数40機。
フ……シュン!
無音で召喚されたはずなのに、風切り音のような物が聞こえた。これは多数の航空機が出現したことで、大気が押し出された事によるもの……と弘は思うことにする。
F-15戦闘機はイーグルの愛称で知られる、アメリカ空軍の戦闘機だ。大出力のエンジンを2基搭載し、最大速度はマッハ2.5を叩き出す。ちなみにエンジン出力だけで垂直上昇も可能。
空戦性能は最新機であるF-22に劣るものの、それでも空戦による被撃墜記録が無いあたり、現在でも世界でトップクラスの戦闘機と言えるだろう。
これを日本自衛隊……航空自衛隊向けにノックダウン及びライセンス生産したのが、今召喚したF-15Jだ。200機ほどの保有機数と90%を超える稼働率で、文字どおりの主力戦闘機として運用されている。
主な武装はM61バルカン……20㎜ガトリング砲と、射程100㎞前後の99式空対空誘導弾。20㎜ガトリングはともかく、99式空対空誘導弾の指向性爆薬弾頭は、レッドドラゴンにも有効なはずだ。少なくとも翼ぐらいは破壊してくれることだろう。
「おおっ!!!」
西園寺が声をあげている。第二次世界大戦系の兵器だけかと思いきや、冷戦期以後の兵器もいける口らしい。
同じ日本人の声に満足しつつ、弘は爆撃機を召喚する。
「爆撃機……って、あれ? 中々イイ感じのが無いな……」
B-2スピリット、B-1ランサー。大きめの爆撃機は目につくのだが、近場に飛ばせる……使い勝手の良い爆撃機が、新しめの表示欄に出てこない。
(メルを乗せたアパッチは、いいとこ数十㎞ぐらいしか離れてないはずだし。とにかく威力のある爆弾を落とせる奴で、戦闘機ぐらいの大きさの機体。何かないか?)
弘とて戦艦や戦車、戦闘機に憧れる『男の子』であるが、ミリタリーオタクという程ではないので、すぐに思い当たる機体が無い。だから名称表示だけの召喚品目一覧を見ても、よく解らないのだ。
「西園寺さん? 手近に飛ばせる小柄な爆撃機で、強そうなのって何か思い当たるの……あります?」
「爆撃機……」
問われた西園寺も下顎に手をやって、考え込む。グレーのローブ姿で思案する姿は、普通の魔法使いに見える。本人が事務系の地方公務員だから、なおさら頭脳労働者のように見えて、弘は少しだけおかしく感じていた。
「私が知ってる範囲だと、冷戦中のが多いんですけど。何と言うか……。大型爆撃機じゃ駄目なんですか? B-52とか」
「近くに人が居ますから、絨毯爆撃とかは無しで行きたいっす」
「……爆撃機に拘らないなら、フェアチャイルドA-10がありますよ。航空支援機ですけどね」
重装甲であり搭載量を活かして爆弾を大量に積める機体とのこと。
「30㎜ガトリング砲が有名ですが、なんトンだかの爆弾を運んで運用できるのは大きいと思いますよ?」
「それ、絨毯爆撃とかじゃなくて?」
「戦車を狙い撃ちできたと思いますが……」
「じゃあ、それでいきますか。って、品目にあるのか? お、あったあった!」
ウィンドゥに表示されたA-10を選択し、数は……。
「10機くらいでいい……かな?」
フシュウウン!
居並ぶF-15Jの後ろで、A-10が10機出現する。
左右に真っ直ぐ伸びた主翼と、細く長い胴体。胴体後部上面で左右に貼り出したエンジンが印象的だ。
「兵装を選択……と。う~ん、色々と搭載できるんだな……。面倒だから全部Mk82通常爆弾でいいか」
A-10のハードポイントは11箇所。そのすべてに爆弾が出現した。
「よ~し! いいか、お前ら!」
弘は解放能力の『自律行動5』を使用しつつ、出現した航空機達に向けて叫ぶ。
「今から街道沿いに東へ飛んで貰う! 先に召喚したアパッチが居るはずだから合流して、レッドドラゴンを倒せ! 見た目がわからんかったらアパッチに聞いてくれ! あと近くに馬車が居るそうだから、関係者に爆弾とか当てないように。ドラゴンがそっちへ行きそうなら躰張って邪魔すること!」
了解! の声は返ってこなかったが、F-15JとA-10の群れは、順次離陸を開始する。
ギィィィィンだのゴォォォォといったエンジン音が響く中、弘は自分も乗って現地に行けば良かったかなと考えていた。大空中戦から始まり、敵を地に追い落としての爆撃。現地で目の当たりにすれば大迫力間違いなしだ。
とはいえ、カレン達を置いても行けない。輸送ヘリの類で移動する手もあるが、戦闘機らとは足の速さが違いすぎて、現場到着した頃にはすべて終わっているだろう。
「テレビで見て我慢するしかないか……」
コンサート会場で使用できそうな超巨大パネルもあるにはあるが、大袈裟に過ぎる。今出してる100インチディスプレイで十分だと判断した弘は、西園寺と共にディスプレイ前に移動するのだった。
◇◇◇◇
ウィリスは今のまま護衛を続けるか、散り散りになって逃げ出すかの決断を迫られていた。現状、残った馬車は5台。随分と数が減ったが、これは1台ずつ潰すことに飽きたレッドドラゴンが、炎のドラゴンブレスによって後続の数台を一気に焼き尽くしたことによる。
ドラゴンの気が変わって再び1台ずつ潰しに来るなら少しは持つだろうが、次もドラゴンブレスで焼き払うなどされると、ウィリスが護衛する先頭車も危ない。
(ゴールディの耐火魔法じゃ耐えられん。魔法の盾じゃあ面積が狭すぎてブレスを防ぎ切れんし……。今が逃げ時か? その場合か、アレにも注意しないとな……)
アレ……とは、遠くの空に浮かぶ深緑の物体。
見たこともないモンスターなのだろうが、目につくようになってからは空の一点で移動することなく沈黙を保っている。いや、バラバラという正体不明の音が聞こえるので、その音の主っぽいが……。
(ともかく、せめてパーティーメンバーが誰1人も……)
「ウィリス! また来た! 今度は、こっちを狙ってる!」
聞こえてきたのは、女偵察士メリルの悲鳴にも似た声。我に返って空を見上げると、巨大な赤い竜が、ほぼ真上から急降下してくるのが見えた。逆落としと言って良いほどの角度であり、それが動かず徐々に大きくなってくるところを見ると、真っ直ぐ落ちてくるのは明白だ。
(あ、ヤバ……死んだかな……)
心で諦めつつ、しかし冒険者として鍛えられた身体は、彼の口を動かし指示を出していた。当然だが、戦闘開始の指示ではない。
「みんな散れ!」
瞬間、パーティーメンバーらの馬が街道の左右に散った。
ウィリスは御者席に居た雇い主……ロジャー・バトレットの襟首を掴み、片腕で引き剥がして自分の馬に跨がせる。御者は気の毒だが諦めることにした。御者席の遠い方に居るから手が届かないし、馬には大の大人が3人も乗れないからだ。
「ああ! 待て、待ってくれ! 馬車には荷物が! あれを明日までに届けたら……」
「諦めてくださいよ! 命あっての物種でしょーが!」
喚きながら暴れるロジャーをどやしつけ、馬を街道外へ出そうとした……ところ、ウィリスは自分達が巨大な影の中に入ったことを知る。
どうやら間に合わなかったらしい。
だが、襲われるのが自分達だけなら、他のパーティーメンバーは少しだけ長生きできるはずだ。
「こんなとこで終わるとか、冒険者らしくて最高だね! かかってこいや! トカゲ野郎!」
怖じ気づく心を大声で誤魔化しつつ、ウィリスは腰の剣を引き抜く。今日まで頼りにしてきた相棒だが、何とも心細い。だが、その剣は自分が死ぬまで共に居てくれるであろう相棒でもある。
ウィリスは迫り来るレッドドラゴンに対して、剣の切っ先を向けたが……そのドラゴンの向かって左側面で大爆発が発生し、ドラゴンは大きくコースを逸らした。
『ギョアアアアアア!?』
「なっ!?」
左手で手綱を掴み、右手で剣を振り上げた姿勢のまま、ウィリスは固まる。腰にしがみつくようにしていたロジャーも、呆気に取られて空を見上げた。
レッドドラゴンは急降下をやめた上で、街道外へ移動しつつある。
ダメージは……それほど大きくはなさそうだ。
右脇腹と言って良いのかどうか、身体の側面には黒い爆発痕があり、やはり何らかの爆発が生じたように思える。
「誰か、ファイアーボールの呪文でも唱えたか?」
「ゴールディじゃないわよ?」
そう言って馬を寄せてきたのは、別方向へ走ったはずの女偵察士メリルだった。彼女の後ろでは女魔法使いのメリルが居て、フルフルと顔を横に振っている。
ファイアボールの呪文は、爆発と火炎を撒き散らす魔法だ。他に爆発系の呪文がある空かどうか、炎を撒き散らすことの方がメインと言える。この大陸ではファイアーボールの呪文を習得すると中級魔法使いと目される一つの基準と化しており、対人戦でファイアーボールの呪文を行使できる魔法職が居る居ないで、戦力バランスは大きく変わってくるほどだ。
しかし、レッドドラゴンは炎に対して高い耐性を持つ。
今回の商隊護衛に参加した冒険者パーティーでは、最も実力のある魔法職でもファイアーボールが最上位呪文だったはずだ。
では、いったい何が……。
自然と足の止まった商隊馬車と護衛達。皆が見守る中、レッドドラゴンは翼を大きく羽ばたかせて体勢を立て直そうとしていた。
ダメージは大きくなく、このままだと先程の続きが始まる。
が、ここでシャアアアア! という風切り音と共に、西の方から円筒形の物体が飛来した。それも数十ではきかない数がだ。
先程の爆発と飛来物の関係がわからないウィリス達は、ただ見送るだけだったが、レッドドラゴンの方は見ているだけでは済まされない。それら飛来物は、明らかに自分を目指しているからだ。
『マジックシールド……』
呟くように言うと、それだけで半透明の円形防護体が出現する。眼下の人間……その中の魔法使いでも行使可能な魔法だ。しかし、同じ魔法であっても通常種のドラゴンが使うと効果は大きく変わる。
まず、一つあたりの面積が数メートルにまで拡大し、防御性能も十数倍に向上した。更には一方向だけとはいえ、レッドドラゴンの全身を護れるほどの枚数を作り出せたのである。
レッドドラゴンは自身の魔法防御には絶対の自信があった。
人間の魔法では小揺るぎもしない。
しかし、しかしだ。先程の爆発は痛かった。
魔力を帯びて防御力が向上しているはずの鱗を通し、本当に体思いをさせられた。
あれを何発も食らっては、さすがに痛みが無視できなくなると判断し、魔法の盾にて防御陣を敷いたが……。
……ゥゥゥゥンン! ドドドドォ!
次々と飛来する謎の爆発物を、魔法の盾は受け止め続けてくれる。
『うむ。大丈夫なようだ。このまま逃げるか、それとも……』
レッドドラゴンが、この後の行動を考え出したとき。彼としては『ありえない範疇』に入ることが発生した。
爆発する飛来物を防いでいた魔法盾の1枚に、大きな亀裂が走ったのである。
『はっ?』
呆気にとらている内にも飛来物の着弾は続き、レッドドラゴンが敷いた防御の魔法盾は、木っ端微塵に砕け散った。そして遮る物が無くなったところより、後続の飛来物が飛び込んでくる。
『くっ……』
レッドドラゴンは全力で羽ばたくと回避行動に移った。具体的には街道から更に離れる形で、斜め後方へ後退。一直線に突き進んでくる飛来物から逃れようとしたのだ。
ところが、高速で飛ぶ物体は弧を描いて進行方向を変え、レッドドラゴンへと向かい出す。
『おのれ!』
本来なら、そこでドラゴンに着弾多数となり、大爆発が生じるところであるが、レッドドラゴンは新たに魔法盾を敷き直した。これは通常種ドラゴンの有する膨大な魔力に物を言わせた『短時間内における魔法の連続行使』である。
これによる防御にドラゴンは当初ほどの期待を抱いていなかったが、逃げおおせるための時間稼ぎになれば……とも考えていた。だが、遅すぎた。
着弾による爆発発生から魔法盾破壊に到るまでの経緯は、再現映像を見ているかのように同じであったが、ドラゴンの巨体は、本人が期待するほどの速さで戦場離脱をしてくれなかったのである。
僅かばかり進んだところで背後から飛来物……99式空対空誘導弾が殺到し、ドラゴンの背に多数命中した。そして生じた爆発によって、皮膜はおろか翼の骨格ごと吹き飛び、彼から飛行能力を喪失させたのである。