第百八十九話 恋人達の想いは色々
夕暮れ時。
街道での待機を切り上げた弘は、カレン達の居るトーチカへと戻っていた。
闘技場で姿が見られるレッサードラゴン……を遙かにしのぐ通常種ドラゴン。それを4頭倒したのだ。1頭倒せば吟遊詩人に百年は歌われる偉業なのに、4頭。しかも多少破損しているとは言え、その遺骸のほとんどは回収済みだ。ドラゴンの鱗など滅多に入手できる品ではないため、売りに出せば高値で売れることだろう。
これは恋人達に対し、胸を張って自慢できる大戦果と言えた。
ところが、鼻高々に戻った弘を待っていたのは、恋人の1人、シルビア・フラウスによるお説教だったのである。
「サワタリ殿……」
トーチカ内の広間で、腕組みしながら仁王立ちしているシルビア。普段からキツい目つきが割り増しで鋭くなっており、威圧感はかなりのものだ。そして斜め下に向けられた視線の先に、沢渡弘が居た。
弘は、ふて腐れた顔で横を向いて座っている。ちなみに正座ではなく胡座だ。
「確かに、私達はトーチカで観戦しているようにと貴方から言われました。ですが……」
ドラゴンと連戦する。しかも複数と同時に戦うなど聞いていない。危ない事をするなら事前に相談するか、自分達を呼ぶべきだ。
そうシルビアは主張し、戻って来た弘に苦言を呈したのだが、弘が「あれぐらい、別にいいじゃん?」と反論したことで、お説教へと移行する。一応、間違ったことは言っていないため、弘は大人しく聞いていた。
しかし、次の一言で大きく首を傾げる。
「私が問題視しているのは、同行している者に対する配慮が足らないことです!」
「なんだよ、配慮……って。居住性のいい頑丈なトーチカを用意して、周囲には護衛の銃火器とか出してるじゃん? あと、外装には迷彩も付けてるし、トーチカの場所も俺から見えるところに……」
「違うぞ。主……サワタリよ。シルビアが言いたいのは、そういう方面の配慮ではない」
口を挟んだのはグレースだ。彼女は幾つか用意された椅子の1つに腰掛け、足を組んで2人を見ている。その傍らにはカレンが困り顔で苦笑しつつ立っており、更に両側を挟むようにウルスラとジュディスが立って弘達を見ていた。
メルと西園寺の男性組はと言うと、この場には居ない。彼らは、弘が戻る前からシルビアが立腹していたのを知っており、早々に個室へと姿を消していた。
(あんにゃろ~共。恋人同士のスキンシップは、関係者だけで楽しんでやってくれとか言いやがって……)
口を尖らせる弘であったが、自分が彼らの立場であっても同じことを言ったと思うので、気分は複雑。しかも、尖らせた口をシルビアに見られて、更に何か言われかけたが……。
「シルビアも、いい加減にしておけ。サワタリは我らの恋人でもあるのだぞ? いつまでも床に座らせてないで、2人ともこっちへ来ぬか」
言い始めを潰すようにグレースが発言したため、弘を一瞥した後はすぐに移動する。弘も「どっこらせ」と立ち上がって、グレース達の元へ向かった。隅に寄せてあったテーブルが広間中央付近に移動させてあるが、これはカレン達が動かしたものだろうか。
トーチカ内部の備品は、トーチカ召喚時にセットで備わっていた物で、好きなように使ってくれて良いと弘は皆に伝えている。とはいえ、予めテーブルの位置を変えてあったといことは、皆で弘に説教するつもりだったのかも知れない。
そう考えた弘は立ち上がりながら、「だったら、最初から椅子に座らせてくれりゃあいいのに」とブチブチぼやきならテーブルに着く。と、いつもとは配席が違うことに弘は気づいた。
皆でテーブルを囲む場合。普段であれば、カレンとグレースが両脇を固め、その他のメンバーが左右端に配置してゆき、最後に弘の正面へ対談者が座る。概ねは、このパターンだ。
だが今回、弘の左脇にグレースが座るのはいつもどおりとして、右隣にはウルスラが座っている。他のメンバーはグレースやウルスラに隣接せず、少し離れた状態で……主に弘の対面側に着席していた。
弘の向かい側で、向かって左からノーマ、シルビア、カレン、ジュディスの順となる。
(なんだ、この配置?)
今、弘に対して物申したいのはシルビアだけではなかったのか。街道まで出張ってきてドラゴン狩りをしているのは、元はと言えばカレンやノーマのため。恩着せがましいことを言いたいわけではないが、彼女らのために弘は行動しているのだ。その2人までもがシルビアの肩を持って何か言いたいのだろうか。
段々腹が立ってくる弘であったが、話を聞く前から癇癪を起こしていたのでは、数人をまとめるリーダーとして格好がつかない。故に、グッと堪えてシルビアが話し出すのを待つ。が、中々話し出さないので、痺れを切らして続きを促した。
「みんな席に着いたことだし。どうぞ」
「どうぞ……と言われましても……」
何やらシルビアが、もごもごと言いにくそうにしている。カレンが不思議そうな顔で問い質すと、どうやらさっき弘を座らせてお説教した時に、ほとんど言いたいことを言ってしまったらしい。弘が気になったのは、あの場でグレースがテーブルに移動することを提案しなければ、そのまま勢いに任せてお説教が続いていたであろうとのこと。
(それって説教が続くんじゃなくて、ループするところだったんじゃね?)
説教が1から10まであるとして、10まで話したら1に戻るという具合だ。これを弘は子供の頃、学校教諭からやられたことがあり、多大な精神的ダメージを受けた記憶がある。
(延々同じ内容の説教を何度も1から聞かされるって、マジでヤベ~からな)
なんてことしようとしてたんだ、このシルビアさんは……と、弘は顎下の汗を手の甲で拭いた。一方、シルビアは少しシュンとなって涙ぐんでおり、悪気があっての説教ではなく、本心から弘を心配しての行動だったことが見て取れる。
そう考えれば、嬉しく思う弘であったが、精神的にくるモノがある叱られ方をせずに済んでホッとしてもいた。
「あ~……まあ、その、なんだ。シルビアには心配かけて悪かったよ。危なそうなことをする時は、できるだけ事前に相談するから。な?」
泣いている誰かを宥める行為は、弘にとってそう経験があるわけではない。つっかえながらも言ってみたところ、シルビアは小さく「はい……」とだけ言って頷いた。
どうやらシルビアの件は、これで解決を迎えたらしい。しかし、彼女の側には、カレンとノーマ、そしてジュディスが居る。彼女たちは弘に何を言いたいのか。相談も無しに危ない事をするな……というのは、今のシルビアとの会話で終わった案件だが、そう考えると、別な話になるのだろうか。
弘が身構えていると、カレンが話し出す。右手でシルビアの背をさすりつつ彼女が言ったのは、おおむね次の様な内容である。
『自分とノーマはヒロシに迷惑をかけて、危ない事をさせているのだから、こうして見ているだけではなくて、一緒に戦わせて欲しい』
真剣な表情でカレンが言い終えると、広間は耳が痛いほどの静寂に支配された。
そして弘の顔の左側、縦に走る傷の上を汗が伝って落ちる。
(ヤバいぞ、これは……)
シルビアのお説教を切り抜け、説教という行為に出たシルビアの思いを知ってホッとしていたところに……これだ。
弘は今のカレンの提案が、先の『シルビアの説教』などとは比べ物にならないほど厄介だと認識している。何故かと言うと、お説教は『説いて教えられている』状況なので、相手の指導を受け入れて、かつ相手の気が済めば状況終了となる。しかし、今カレンが言ったことは、カレン達を対ドラゴン戦に参加させるか、させないかの問題なのだ。
(いやいやいやいや、駄目だろ!? こんな開けた場所だぞ? 俺がやられたみたいに、空からドラゴンブレスをブッ放されたら、どうすんだ?)
弘なら古竜のドラゴンブレスにも耐えられるかも知れない。だが、カレン達では、通常種ドラゴンのドラゴンブレスですら防ぐことはできないだろう。闘技場で戦うレッサードラゴンのドラゴンブレスだって、防げるかどうか怪しいぐらいだ。
結論。カレンの申し出は突っぱねることとする。
「……で、ジュディスは何でそっち側で座ってるんだ? カレンと同じで一緒にドラゴンと戦いたいってのか? 親父さん絡みのことを気に病んでるとかだったら……」
気にしなくていいんだぞ……と言いかけた弘を、ジュディスは手をヒラヒラ振って制した。
「ああ、アタシの場合は、見てるだけってつまんないなぁって思っただけだから。一度くらいは、ドラゴンと戦ってみたいしぃ。ヒロシが一緒なら大丈夫だもの!」
「あのなぁ……」
想像以上に軽い動機だったので、弘の肩から力抜ける。しかも、弘が居れば大丈夫と来た。この認識をどうにかしたいと考えた弘は、取り急ぎ脳内で考えをまとめる。
(正直に言っちまうか? 俺の召喚術だと、開けた場所で皆を護りながら戦うのは難しいって……。とか言って、本当に駄目なのか? 何かいい手は無いのか? どうなんだろうな)
弘は先程のドゥムラントム一党との戦闘を思い返してみた。
有毒ガスを吐くグリーンドラゴンが2頭。雷を吐くブルードラゴンが1頭。即死効果や状態異常を引き起こす闇を吐くブラックドラゴンが1頭。
どの攻撃も戦車を召喚して、パーティーメンバーを収容すれば、それで護りきれると思う。だが、カレン達が望んでいるのは、弘と共に戦うことだ。鉄の乗り物の中へ引きこもり、近場で観戦することではない。
ならば、パーティーに2名いる僧職者に防護法術を使ってもらい、更にはメルの防護魔法で魔防御を固めるというのはどうだろうか。この3人がかりの支援魔法や法術があれば、通常種ドラゴンが相手でも1頭ぐらいには対処できる……かもしれない。しかし、先程のように、複数相手では無理があるだろう。
(戦車を複数台、目立つように走り回らせて相手の注意を引いて……その上で、1人1台ずつ護衛に付けて……って、物陰が関係ない範囲攻撃とかされたらアウトだし。あ~う~解放能力の中で何か……)
例えば解放能力には『自弾無効』というものがある。これは弘の召喚具による攻撃を無効化する能力であり、追加でMP消費すれば周囲の者を召喚具の攻撃から守ることができるのだ。
ただし、敵の攻撃に関しては素通りするため、ドラゴンブレスを防ぐためには使えない。
(やっぱ駄目だな……)
諦めた弘は、素直に自分の能力の実情を述べる。
自分の召喚具では、皆をドラゴンブレスのような広範囲攻撃から護れない。
「強力な召喚具で出くわすなり殺っちまうのが安全なんだが、それも嫌なんだろ? そういうわけで、ドラゴン相手で一緒に戦うのは無理だ。開けた場所ってのが、まずもって良くない。納得してくれ」
なるべく重く、真剣さを感じられるように言ったつもりだが、カレンの様子は……と見てみると、思ったとおり頬を膨らませている。やはり納得はしていないようだ。向かって左端のノーマは「やはりね……。残念だわ」などと呟いていた。こちらは一応は納得してくれている……ように思える。最後にジュディスへ目を向けると、頭の後ろで腕を組んで「つ~ま~ん~な~い~~~っ」と子供のような抗議をしていた。
「しょうがねぇだろ? ここまで連れて来ただけでも危ないってのに、ドラゴン相手の戦闘になんか参加させられるか」
段々腹が立ってきたのもあって弘の口調がきつくなるが、ここでグレースとウルスラが会話に加わっていないことに気がつく。ウルスラは別にしても、こういった空気になった時は、グレースが女性陣を取りまとめてくれることが多いのだが……。
「グレース? グレースは何かないのか? カレン達はドラゴンとの戦いに付き合いたがってるけど?」
「我か?」
グレースは隣りで座る弘を見ると、形の良い唇の端を持ち上げて笑い、肩をすくめた。
「すべてサワタリの言うとおりなのでな。敢えて口出ししないつもりだった。しかし……だ」
弘に向けていた柔らかい視線を一転、鋭いものに変えてカレン達……テーブルの対側に居る者らを睨めつける。
「皆、そもそもサワタリが最初に言っていたであろう。自分はドラゴンと戦って、自分の全力を試してみたい……と。そして、危なくなれば逃げるつもりだと。普段のサワタリの戦いぶりを見ていて、どう思う? 我らが知るいかなる魔法とも違う召喚術。しかも、彼はそれを極めつつある。その彼が大丈夫だと言うのだから、恋人としては信じて見守るべきではないか?」
これを聞き、カレンが肩を落とした。「そうよね……。サワタリさんの迷惑になっちゃ駄目だもの」といった呟きが聞こえるので、わかってくれたらしい。ノーマに関しては、元から理解できていたようなので、それほど落ち込んでいる様子はない。ただ、弘の世話になりっぱなしなのが気に掛かるのか、少しだけ悔しそうに見えた。
そしてジュディスであるが……。
「ああ~。やっぱり駄目か~。無念なり……がくっ」
テーブルに突っ伏している。残念そうにしているのはノーマと同じだが、こちらは遠足に参加できなかった児童のようであり、微笑ましいやら呆れるやら。もっとも、本人は真面目なつもりのようで、「ヒロシ~。夜にさぁ。アタシと2人で、山脈のドラゴンに夜襲とかしてみない?」などと提案してくる。
たった2人でドラゴンに仕掛けようというのだから、無謀極まる提案だが、無根拠な自信というわけではない。ジュディスは『夜の戦乙女の指輪』を装備しているため、指輪に宿った戦乙女と憑依変身して、漆黒の戦乙女になれるのだ。ここへ来るまでにヘリ機内で自慢していたが、極短時間であれば日中でも変身が可能になったとのこと。そんな彼女は夜間に真価を発揮するのだが……。
「駄目だ。ドラゴンの巣へ乗り込んでどうすんだ。危ないだろ? 相手は1頭だけじゃなくて……ああ、俺は4頭倒したけど、それより多いんだ」
せっかく街道に挑戦状を書き記したことだし、少しずつおびき寄せて始末していこうじゃないか。
そう締めくくると、広間から張り詰めたような空気が消えていくのを感じる。弘も肩の力を抜いたが、ふと右隣のウルスラが気にかかった。弘が戻って来て、この広間で話し合いが始まってから、彼女は何の発言もしていない。今隣りに座っているということは、グレースのように特に言いたいことはないのだろう。
(ウルスラは……どう思ってるんだ? グレースはフォローしてくれてたけど、どう思ってるかまでは……そういや聞けてないな……)
「ウルスラは何も無いのか?」
「私ぃ~?」
ほんわかした間延び声で言うウルスラは、機嫌が良さそうに見えた。何か良いことでもあったのだろうか。重ねて聞いてみると、どうやらこういった会議の場で弘の隣に座れるのが嬉しいらしい。
「なんて言うのかしらね~。こうして隣りにヒロシが居て~、向かい側にカレン様の顔が見えるって、とっても新鮮~」
そう言うや、ウルスラはガタガタと椅子の位置をズラして弘との距離を詰め、寄りかかるように上体を寄せてくる。サラサラの黒髪からは花のような香りが漂っており、それが弘を良い気分にさせた。
(この和風美人が……じゃなくて、この和風美人も俺の恋人なんだよな。……ハーレム系とか漫画や小説で見たらアレな感じだが。実際やってみるとイイもんだぜ)
と、今更なことを考えて鼻の下が伸びそうになる。見れば、カレンとジュディスの視線が剣呑なことになっているが、ここに居る女性は全員が弘の恋人だ。これぐらいは許される範囲だろう。
「え~とぉ~。よく聞いてなかったんだけど~。弘がドラゴンと連戦してることや~、その戦闘に加わるとかの話かしら~?」
「よく聞いてるじゃねーか……」
ニコニコしながら弘の隣席を楽しんでいただけかと思いきや、聞くべきことは聞いている。感心する弘であったが、ウルスラに言わせると「自分に関係なさそうな話でも、そのとき自分が他のことをしていても~。耳に聞こえる話題は覚えて把握しておくべきよ~。どこで儲け話につながるかわからないし~」とのこと。さすがは商神尼僧と言ったところか。
ドラゴンとの連戦や、自分達の戦闘参加については、弘の意向に従うつもりらしい。
「基本的にはグレースと同じよ~。ほとんどドラゴンだけが相手と来たら、私の出番なんて無いし~。ヒロシが自分で危ない時は逃げるって言ってるんだからぁ、もう全部任せたわ~。私としては~、できるだけ多くのドラゴンを倒して~古竜も倒して欲しいの~」
「元から、そのつもりだけどさ。敢えて戦果拡大を期待するってのは、なにか思うところでもあんのか?」
「だって~。パーティーリーダーが凄いって知れ渡ったら、それで報酬の高い依頼とか来そうじゃない~。単独でドラゴンを連破できるなんて、もう英雄よぉ~。それにぃ、死骸のほとんどは腐らせずに保管できるんでしょ~。大儲け間違いなしだわぁ~」
やはり銭儲けの話か。そこはまあ商神尼僧であるし、彼女らしいと言えば彼女らしい。
グレースはどうかと言うと、改めて聞いてみれば「一族郎党を束ねる者……我らエルフ氏族の長のような立場の者だが。その者の功が積み重なることは我としても嬉しいのでな」とのこと。ここで彼女が言う『その者』とは、当然ながら弘のことだ。
「そっち方面で期待されてるのか。てか、俺、族長かよ……」
「ね~、ヒロシ~。聞いてみたかったんだけどさぁ」
間延びした物言いだが、今のはウルスラではない。ジュディスが呼びかけたのだ。
「ん? どうした?」
「このドラゴン討伐はさ~。ヒロシぐらい頑丈で、すっごい攻撃ができる人じゃないと、危ないってのはわかったんだけどさぁ。アタシらって……ヒロシの冒険行に必要なの? 今回、本当に見物だけで終わりそうで、そこのところが気になってんだけど」
この一言で、再び広間の空気が重くなる。
ジュディスの質問は、弘が率いるパーティーのメンバーなら誰もが考えていたことだ。
とにかく弘個人の戦闘力が突出している。そして他の者が、彼の戦いについて行けず、肩を並べて戦うことができない。倍力鎧を装備しているカレンや、夜間限定で戦闘力が跳ね上がるジュディスなどは、かろうじてついて行けそうだが……。
「それでも、ヒロシ1人で大抵何とかなるじゃない? そう思うと……ちょっと……ねえ?」
今のところジュディス1人で質問しているが、聞きながら弘が視線を巡らせると、皆気まずそうにしているのが確認できた。
「む~ん?」
ボリボリと頭を掻く。
「何言ってんだ? 必要に決まってんだろ?」
戦闘で手数が少ない場合。弘は自律行動可能な召喚具を出しての対応が可能だ。しかし、それらは人間のような複雑な思考ができないし、そもそも人間がすべき細やかな作業事ができない。
「戦車じゃ避難誘導とか、そういうのができねーからな。どうしても人間で……ああ、この場合はエルフとかも込みだぞ? とにかく、人間がやらなくちゃいけない事ってあるんだよ。だから、俺の両脇でカレンやジュディスが居てくれれば安心だ」
今回のドラゴン討伐などは特別な事例。あるいは、弘1人で対応すべき事例だと言える。
「さっきから言ってるように、ドラゴンブレスがヤバいからな。大物狩りってのはパーティーメンバーで、お互いを補いながら……ってのが本来の冒険者だろうが。まあ、俺みたいなのが一緒に居て楽ができると思ってくれればいいや」
「サワタリ……説明が途中で投げやりになってるぞ」
「むう……」
グレースの指摘が入り、弘は渋い顔になったが、それでも言うべき事は言う……と、偵察士のノーマや僧職者のシルビアとウルスラを見回した。
「シルビアやウルスラだって不可欠だ。あったり前だよな。俺の召喚具で中程度の怪我を治せる道具はある。が、重傷になると手に負えないし、解毒や病気の治療なんかができないんだ。不死系のモンスターなんかが出たら、そりゃあシルビア達が居てくれると、マジで大助かり。他にも頼りにしてることはあるさ」
自分に出来ないことがあるのを胸張って説明しているわけだが、シルビア達が目に見えて落ち着きを取り戻す……あるいは、隣のウルスラが嬉しそうにニコニコしだしたので、これで良かったのだろう。
「偵察士のノーマは、本当に助かってるんだぜ? グレースの仇討ちの時の前準備なんかでも動いて貰ったし、盗賊ギルドに顔が利いたりとか……すげぇ助かるんだ。今やってるドラゴン討伐は、ノーマの手助けをする形で、え~と……俺がメインで動いてるけどさ。好きな女を助けるのは、男としちゃ当然だろ? 黙って助けられとけってなもんだ」
「そ、そう言って貰えると嬉しいけど……。……何だか恥ずかしいと言うか照れると言うか……」
ノーマが頬に手を当てて目を逸らす。その口元が少しニヤけているのを、弘は見逃さなかった。もちろん、両隣で居るグレースやウルスラからも見えていたようで、「ほほぉ。これはこれは」や「や~ん。ノーマ、可愛いの~」と言った声が聞こえる。
「……ど、どうやら、わかってくれたみて~だな。そういうわけだから、ヤバすぎるバケモンが出てきた時は、基本的に俺に任せてくれれば……って、何?」
弘は左腕の袖を引かれていることに気づいた。顔ごと目を向けると、袖を摘まんで引いている指は、グレースの物。つい~っと視線を上に移動させたところ、妖艶なエルフが半目で弘を見ている。
「え? 何?」
「我には何も言ってくれないのか? ほれ、メルについても何も言っていないぞ?」
メルを引き合いに出しているが、自分について語って欲しがっているのは明白だ。別室で居るメルは別にして、自分だけ話題に上らないというのは、氏族長経験者とはいえ、そしてエルフゆえの最年長者とはいえ辛いのだろう。
もっとも、ここまでフォロートークを続けてきた弘は少し疲れを感じており、グレースの目を見返して次のように言い放った。
「ん~……。割愛で」
「そ、それはないぞ! 主よ!」
狼狽えたグレースが椅子から尻を浮かせる。が、弘は彼女の肩に手を置き、強引に座らせた。
「冗談だよ。パーティーを率いる点で、グレースの経験や助言はあてにしてるし。精霊魔法だって強力だもんな。他にも色々な方面で活躍して貰ってるから、本当に助かってる。あとは……まあ、これ以上喋ると収集つかなくなるから。やっぱ割愛しておくか」
皆を改めて見回して弘はニカッと笑う。
「俺は好きな女について語り出すと、長~んだよ。しかも、6人分だろ? 朝になっちまうって~の」
これを聞いたカレン達は互いの顔を見合わせると、照れ笑いを浮かべた。その中には、気を取り直したシルビアも含まれており、いち早く気を取り直して咳払いしている。
「それで、その……サワタリ殿のお気持ちは解りましたが。せめて戦闘中、ここから声を届けるとか、会話が出来れば……」
「む? 話し合いは終わったかね?」
被前の扉が開き、メルが入ってきた。すぐ後ろには西園寺の顔も見える。
「おう。メルに西園寺さんか。いいところで入ってきたっすね? ひょっとして、扉の向こうで聞いてました?」
「違うね。単なる偶然だよ。しかし、このトーチカというのは凄いな。外観より内部空間が広いとは……」
外から見れば、直径10mほどの半球形の建築物なのに、広間や炊事場に風呂はともかく、複数の宿泊室まである。
召喚品目に登場するトーチカは幾つか種類があるのだが、消費MPを追加することで、宿泊室などが増設可能なのだ。
「で? ちょうど良いところ……とは?」
「今シルビアから戦闘中に、俺と話ができれば……って言われましてね」
「ああ、なるほど……」
メルは西園寺と共に空いた席へ着く。そして、先のドラゴンとの戦闘中、今シルビアが言ったような行為ができれば良いと、自分が発言したことを説明する。
「そういった召喚具はあるのかね?」
「ありますよ?」
弘は、皆には見えないがステータス画面を展開し、アイテム欄からヘッドセットを2つ取り出した。全体的に黒の配色で、左側からは口元に向けてマイクが伸びている。これは、ブラックドラゴン……ドゥムラントムの独り言を盗聴した際に使用したのと同じ物で、多人数で同時に相互通信が可能だ。
「とまあ、えらく都合のいい召喚具があってな。これがあれば、離れてても話できるって寸法だ。ちなみに召喚して俺がMP……魔力供給してる間は消えない」
通話可能な距離の限界に関しては、試したことがないので不明。
しかし、空を飛び、その姿が豆粒ぐらいに小さくなったドゥムラントムの声が拾えたのだから、かなりの遠距離通話が可能なはずだ。
「あ、でも、これを使うと戦ってる最中、あれこれ皆から言われることになるのか……」
「それをするための話なのだから、割り切って受け入れて貰うほかないな。こんな開けた場所で行うドラゴン相手の戦闘など、私らが同行するわけにはいかんのだからな。ドラゴンブレス1発で弘以外が全滅することを考えれば、離れたところから助言するのが最善だと。私は、そう思うがね」
……。
メルが話している途中から女性陣の幾人かの表情が、気まずそうにものなっていく。シルビアなどは再び泣きそうになっていたが、弘は「ま、それもそうっすね」と答えるに留めて会話を打ち切った。
(せっかくイイ感じでまとめたってのに。同じ話を何度も繰り返すとか冗談じゃねぇ)
シルビアは気に掛かるが、弘は明日も朝から街道で陣取る旨を宣言し、皆には部屋へ入って就寝するよう指示を出した。特に反対する者もなく、カレン達が広間から出ようとしていたところ、弘は西園寺のみを呼び止めている。
「西園寺さん。ちょっと話があるんす」
「私ですか? 構いませんが、話はここで?」
「いや、適当な部屋で……。まあ、酒でも飲みながら日本じ……召喚術士同士、語り合うってことで」
◇◇◇◇
翌朝、弘は再びトーチカを出発し、街道脇で召喚した椅子に腰を下ろしていた。
今日は大漁になりそうな予感がする。
何しろ、先日はドゥムラントムを含むドラゴン4頭を倒しているのだ。彼らが山脈に戻らないとなれば、それなりの騒ぎにはなるだろう。
「連中を探しに来るとか、してくれれば……ドゥムラントムに書かせたアレが、目につくはずだぜ」
あのドラゴンを舐めた挑戦状を見れば、頭に血を上らせた者が襲いかかってくる可能性が高い。そうなれば、戦闘により討伐して……。
(1頭ぐらい見逃して、古竜を呼びに行かせればいいか。そうだ。ドゥムラントムの奴には拒否られたが、現長を呼びに行かせるってのもいいな)
もはや弘の認識では、通常種のドラゴンは脅威で無くなりつつある。まだ見ぬ古竜は、相当な強者だろうが、この分では負けることはないだろう。そう弘は考えていた。
そうして時間が経過し、この世界で言う鐘9つ……元世界においては午前9時の頃。
この日最初の、ドラゴンによる襲撃が発生する。
ただし、それは弘の居る場所から東に徒歩半日ほどの地点で発生した。当然、弘相手の襲撃ではなく、襲われたのは複数の冒険者パーティーに護衛された……馬車10輌ほどの商隊である。