第百八十八話 挑戦状
今回、弘がドラゴンが多数出没する街道まで来たのは、闘技場で見かけるレッサードラゴン……を超える通常種ドラゴン。それが老成して、より強大になった古竜を討伐するためだ。
依頼主は、古竜の首を欲っする大貴族から、怨恨により追い込みをかけられているタルシア王国王都の盗賊ギルド。そして、領土内の街道を荒らすドラゴンは、古竜を筆頭に可能な限り駆除したいと考えるセイファーディッツ侯爵。これら二者だ。
つまりは重複する二件の依頼を、同時に請け負っていることとなる。
弘の知る有名な漫画キャラであれば「プロは二重に仕事をひきうけない」と言うだろうし、この世界の冒険者でも真っ当な部類に入る者達は、こういった二重の請負をしないらしい。
だが、多少道を踏み外そうが、今回の二重請負は必要なことなのだ。
まず、パーティーメンバーで恋人の1人でもある女偵察士ノーマ。彼女の身の安全を確保するためには、古竜の首を盗賊ギルドに差し出す必要がある。盗賊ギルドへの嫌がらせで古竜の首を要求している大貴族。その者を暗殺でもすれば、事は手っ取り早く解決するが、複数居る恋人の中にはタルシア王国の貴族子女2名が含まれるため、彼女らに迷惑を掛けないために、この依頼を請けるしかなかった。
そして、同じくパーティーメンバーで、恋人の1人でもあるカレン・マクドガル。とある田舎に領地を持つ貴族子女だが、現在の彼女は家督相続の認可を得るため、王国貴族院に申請中である。これを邪魔する公爵家のボンボンを親戚筋から説得して貰うべく、弘はセイファーディッツ侯爵のドラゴン討伐依頼をも同時に引き受けたのだった。
さて、そういった事情の下、街道でドラゴンを狩ろうとする弘の前に、今、ブラックドラゴンが居る。言うまでもなく討伐対象だ。
ドゥムラントムという名の黒竜は、幼馴染みのドラゴン3頭と共に空中散策に出かけ、弘がゴブリンの死骸を焼却して発生させた黒煙を目撃。好奇心から火元確認に来たグリーンドラゴンが弘と戦闘となって倒され、その後の戦闘で、ドゥムラントム以外のドラゴンが倒されて今に到る。
「あんた自身が生き残るための話し合い……だって? 戦わねぇってのか?」
遠隔会話の魔法で対話を持ちかけられ、それに応じた弘が、街道に降り立ったドゥムラントより聞かされた話がそれだった。
ドゥムラントムが言うには、先の戦闘において、ドゥムラントムだけは明確な戦闘行動を取っていない。このことを評価して、自分は見逃して欲しいとのこと。
(ブルードラゴンの援護か支援か知らんが、空を暗闇で覆ってたっけ。たぶん、こいつの仕業なんだろうけど。俺と直接戦ってないっちゃあ、戦って……ないのか?)
弘は首を傾げた。
ギリギリアウトのような気がするし、一方で見逃してやって良いような気もする。
「……一番最初にやって来た緑のドラゴンは、えらく好戦的だったけど?」
「あれは年若い竜が先走ったことだ」
「年長者とか、リーダーが責任持ったりしねぇの?」
「我らは軍隊や自警団ではなく、見知りの者が集まって散策していただけの間柄だからな」
「ほほぉん?」
あくまで無関係だと言い張るドゥムラントムに、弘はカチンと来た。
ドゥムラントムら数頭の関係は、弘が高校時代に所属していた暴走族に似ている。掟やらルールがあった分、暴走族の方がある意味で厳しかったろうが、友人知人が連れだってツーリング……と言うのであれば、やはり似た感じだ。
しかし、連れを殺されておきながら……それも自分はリーダー格だったのに、知らぬ存ぜぬというのは頂けないし、胸糞が悪い。
このまま殺してしまおうかと思ったものの、弘は即始末に踏み切れなかった。相手は一応、命乞いに来ているのだ。
直接交戦していないのも本当だし、この場合どうするべきだろうか。
(殺さねぇって事は、このまま帰すって事で……。逃がした後で暴れられると、それはそれでマズいんだよな。けどまあ、ここまでみっともなく言い訳してる奴をなぁ……)
フムと唸った弘は、心配そうに見つめてくるドゥムラントムの視線を見返した。
「なあ、お前。この街道近辺で、商隊とか襲いまくってるそうだが。何か理由でもあるのか? 人間に酷い目に遭わされたとか、迷惑な思いさせられたとか」
「その様な事実は無いな。強いて言えば、山脈の長が代替わりしたのが原因だろう」
「山脈の長? お前らの群れとか、そういう所の族長って感じか?」
この街道の北方にある山脈。そこには古竜数頭を始め、十数頭もの通常種ドラゴンが住んでいるとドゥムラントムは言う。
先代の長はレッドドラゴンの古竜であったが、高齢化したことでサブリーダー的存在だったブラックドラゴンに、長の座を譲ったらしい。
「前の長は『ドラゴンたる者は悠然と構え、弱き者に軽々しく手出ししないものだ』という信条の持ち主でな」
「かっけー。すげぇ男前なドラゴンじゃん」
どっしり構えた大物感が漂うエピソードに、弘は興奮する。その様子を見たドゥムラントムは、少しばかり困ったように言葉を詰まらせた。
「むう……」
「どうかしたか?」
「いや……。それで……だな。前の長は1人気ままな旅に出て行った。最後は好きなように野垂れ死ぬと言ってな」
ますます格好いい。弘は、その古レッドドラゴンに会ってみたいと思った。
しかし、弘の感動タイムは唐突に終わりを告げる。
「その様な事情を知って貰った上で、今の長の話だ」
現在の長は古竜のブラックドラゴン。先代の長とは打って変わって、イケイケの親分肌。縄張り内の街道を人間ごときが通行するなどけしからん……と、積極的な排除に乗り出しているのだとか。
「いきなり小物臭が漂いだしたな……」
「……元々、ドラゴンというのはプライドが高いからな。そういう現長の方針に、若いドラゴン達が同調したわけだ。例えば良い天気の日に空中散策へ出かけ、街道で商隊を見かけたら蹴散らして遊んだり……とか……」
「……」
徐々にドゥムラントムの声が小さくなっていくのは、弘の表情が険しくなってきたからだ。
(山賊の一員だった俺が言えた話じゃないが、何つうか……どうしようもね~な)
可能であれば、討伐する古竜は現長とやらにしたい。とはいえ、その現長が居なくなったところで、この辺のドラゴンらは大人しくなるのだろうか。
「他の古竜は、前長の方針が肌に合っているようでな。現長が居なくなれば、以前のように山奥でノンビリ過ごし、たまに森でモンスターを狩るような生活に戻るだろう」
「じゃあ、その他の古竜らで、今の長を追い出せばいいじゃん?」
弘が手を出すまでもないのではないか。交渉次第では、他の古竜らによって現長由来の『古竜の首』が入手できるかも。
そんなことを考えての発言だったが、ドゥムラントムは首を横に振った。
「他の古竜は4頭居るのだが……。ブルードラゴンが1頭に、グリーンドラゴンが3頭。しかも一番歳が近い者でも現長よりは100歳以上若い。4頭がかりでも勝てないな」
現長が古竜と呼ばれる前から武闘派だったことも大きいとのこと。
「要するに古竜4頭分よりも強いってことか……。厄介かもしれねーな」
その後、弘はドゥムラントムから、ブラックドラゴンのドラゴンブレスについて聞き出した。一番問題のある古竜がブラックドラゴンであり、現長だというのであれば、その情報を知っておくのが得策だからだ。
「ダークブレス? 闇をまとわりつかせる粘着や、能力減衰、体力減衰、抵抗失敗による……即死? ドラゴンブレスに抵抗するとか……ゲームの感覚で言ったら難易度高そうでヤベぇな。……おっかないわ」
弘の現レベルは400超えで、この世界への転移当初は二桁だった耐久力値も、今では四桁……2728に達している。恐らくドラゴンブレスによる状態異常は通用せず、即死判定に失敗することもないだろう。が、中学生時代のTRPG経験からすれば、不安が大きい。ドラゴンがしでかす何かに対して抵抗し、それに成功するというのは、難しそうで腰が引けるのだ。
(それに粘着ってのも思いのほか厄介だな。まとわりついた『闇』が動きを鈍らせるって言うなら、抵抗の成功とか失敗とか関係ないし。それ、力尽くで振り払えたりすんのか? あと、まとわりつかれてる間は周囲が真っ暗闇になって、暗視が効かないんだとか。面倒くさそうだなぁ)
先程、ドゥムラントムの暗黒空間を破ったように、ミサイルを発射して突破しようにも、ミサイルが絡め取られる恐れがある。いや、聞いた話では確実にそうなるとのこと。
(ドゥムラントムが早々に降参しないで、ドラゴンブレスを使ってたら……。古竜ほどの効果はないにしても、手こずってたかもな)
「ミサイルとか絡め取られても、思念起爆させて闇とかを吹っ飛ばせそうか? 出来るか?」
こうして予想をし、対策を講じることはできても、実際にやってみなければわからない……というのが実情だ。
(考えてみると……古竜とタイマンとか、たいがい阿呆なこと考えたもんだぜ)
口に出しはしないし、こういう気分になっていることをカレン達に知られたくはない。 しかし、正直言って今は怖さを感じていた。
先だってのドゥムラントムらとの戦闘では、地対空ミサイル……03式地対空誘導弾が大きな打撃力となったが、よく通用したものだと思う。
(飛行機を撃ち落とす用のミサイルで、空飛ぶ戦車を攻撃したようなもんだからな~……俺のレベルが低かったら、鱗で弾かれたんじゃねーの?)
鱗に当たる以前に、鱗が帯びている魔法防御すら抜けなかった可能性がある。今、目の前で居るブラックドラゴンと戦ったとして、ブルードラゴンらを倒した攻撃は通じただろうか。
(いくら何でも翼の皮膜ぐらいは引き裂けるだろうし。動きが鈍るか落ちるかしてところに、ミサイルの雨を叩き込む……とかか。それで倒せるんだろうが……)
もっとも、地対空ミサイルの類が通じないなら他の攻撃手段があるし、これほど間近にまで接近しているのなら、刀剣類を召喚して攻撃しても良い。
何故なら、幾つかの召喚火器を別として、手で持った武器で直接攻撃する方が威力は高いからだ。
(筋力値4桁とかいうヤバいステータスが、そのまま武器の攻撃に乗るんだもんな。あとMPも上乗せできるみたいだし)
ドゥムラントムが言うには、通常種ドラゴンは体色違いで強さや頑丈さが変動するらしく、古竜ともなれば更に手強くなるとのこと
その古竜が出張ってきたときのための策は用意してあるが……。
(アレが通じないときは逃げるしかないか。たぶん、大丈夫だと思うけどな)
こうして、割りと素直に受け答えをするドゥムラントムから、弘は様々な情報を得た。
北方を東西に広がる山脈の、どの辺りにドラゴンの集落があるか。何色のドラゴンが何頭居て、古竜限定だと何頭居るのか。
そして……。
「ふ~ん? 現長のドラゴンブレスは、さっき聞いた状態異常ばかりじゃないって?」
「うむ。まずは我らブラックドラゴンについて、もう少し語ろう。我らは直接的な破壊を行うドラゴンブレスを持たぬが、肉弾戦に強い。力や鱗の強度は、時として最強種レッドドラゴンを上回る」
その一方で、知能や使える魔法の種類、ドラゴンブレスの破壊力ではレッドドラゴンには及ばないとドゥムラントムは言う。
「とはいえ、体格が同じなら接近して殴ったり、噛みついたりしてだな……」
「あんたら黒いドラゴンが、赤いドラゴンと体格が同じくらいって、よくある事なのか?」
弘が聞くと、ドゥムラントムはプイと顔をそらせた。
「だいぶ年若いレッドドラゴンならば、体格は同じくらい……なのかな?」
「ガキ相手なら有利って……駄目じゃん」
呆れ顔で突っ込んだ弘であったが、ブラックドラゴンについて多少詳しくなったものの、現長のドラゴンブレスについては聞いていないことを思い出す。
「で? 何が普通のブラックドラゴンと違うんだ?」
「あ~……うむ。人間よ。重力という言葉を知っているか?」
チンピラ沢渡弘とて、重力ぐらいは知っている。
物体が他の物体に引きよせられる現象や、その「力」のことを、そう呼ぶのだ。
「質量がデカいと、時空が歪んで他の物体を引き寄せる……だったっけ?」
「よく知っているな」
弘は得意げな表情となり、鼻の下を人差し指で擦る。
「こう見えても純真な少年時代は、教材漫画とか読んでたからな。……小遣い不足で漫画が買えなかったから、学校の図書室でだけどな」
ドゥムラントムは漫画や図書室など、聞き慣れない単語に首を傾げていたが、すぐに気を取り直して説明を再開した。
「それで、現長のドラゴンブレスだが。老成して古竜になると、高重力を付与できるのだ」
「ほう……」
興味深そうに一声発した弘は、しかし、内心では冷や汗をかいている。
重力を操れるというのは、それがどの程度操れるかで危険度が大きく変わるのだ。極論、ブラックホールと同等の効果まで生み出せるとしたら、もう勝てる気がしない。
(いくら何でも、そこまでのバケモノじゃないだろうが……)
「ちなみに、どんな風に操るんだ?」
「うむ。例えば……」
放射状に吐くと、影響範囲の重力を数倍にしたり、円筒状にまとめて吐いた場合は、直撃部……あるいは包み込んだ部分に数千トンの荷重をかけることが可能であるらしい。
(恐竜のサイズとか重さで、トップクラスが体長60mの体重100トンくらいだっけ? このドゥム何とかは30mくらいで……50トンくらい?)
現長のダークブレスを受けて、数千トンもの荷重がかかったとしたら。ドゥムラントムの場合は一撃で死ぬのではないだろうか。
(俺は……そのブレスが魔法なら抵抗で何とかなるか? 問答無用で大重力が発生するなら、ヤバいかもな……)
レベル400の高耐久力には自信が出てきているが、いくら何でも今聞いたような高重力を体験したいとは思わない。そもそも、弘の戦闘スタイルは回避しつつ攻撃する……だ。闘技場などでワザと攻撃を受けることもあるが、あれは相手の実力を見た上で、召喚武具の性能を試す意味合いが大きい。
(必要とありゃあ攻撃受けながら正面突撃もやるけど。ここ、剣と魔法の世界だし。わけのわからん攻撃なんてくらいたくないものな)
「さて……知っていることは語り尽くしたと思うのだが……。もう帰っても良いだろうか?」
ドゥムラントムは遠慮がちに聞いてくるが、ここで先に考えた『生かして帰した後で発生する被害』が気にかかる。色々話を聞かせて貰ったので、ただ殺すというのも躊躇われるところだが……。
(……他に、コイツに何か聞くこととか、やって欲しいことってあったっけ?)
弘はドゥムラントムの目を見返しながら腰に手を当てると、首をカクンと傾けた。
「その帰るってのは、山脈の巣とか集落に帰るってことか?」
「いや、連れの幼馴染みが皆殺さ……死んだのでな。私だけがノコノコ戻っては村八分……悪ければ殺されてしまう。何処か、遠くの山にでも移り住むつもりだ」
「そう……なのか? 俺は山脈まで戻って、古竜を呼んできて貰おうと思ったんだが。現長のブラックドラゴンって奴をさ」
「そんなこと言いに戻ったら、その場で殺されてしまう! 勘弁してくれ!」
だろうな……と弘は思う。普通に戻っただけで殺される可能性があるなら、武闘派らしい現長に「俺のダチを皆殺しにした奴が、長を連れて来いって……」などと言えたものではない。
「じゃあ、俺を乗せて戻れば……あっ……」
言葉を途中で切り、弘はトーチカの方を見た。
あそこにはカレン以下、今回の古竜討伐の参加者が居る。皆を置いて、1人で古竜の巣へ乗り込むのは如何なのもだろう。古竜の首を取って戻って来たら、そこで正座させられて大説教が始まるのは確実だ。
それ以前に、大貴族の息がかかった監視役……西園寺公太郎を置いて行くというのが、まずもって有り得ない。
(古竜を倒すところは見ていませんでした。なんて報告されたら、色々ヤベェもんな。巣とかの場所だけ聞いて、ヘリでカレン達を連れて行くって手もあるが……)
場所が山地ということもあり、見晴らしの良い平坦地などは期待できないはずだ。弘の火器系召喚武具の運用に制限がかかるし、皆を護りながら戦うのも難しい。
カレン達に言わせれば、「護られてばかりじゃない!」といったところだろうが、今回は相手が相手だ。やはり連れて行くのは避けるべきだと弘は考える。
(戦闘ヘリの……アパッチとか1000機ぐらい出して特攻させるか? いや、街道外の草原を整地して滑走路を作って……)
B-52爆撃機をそれこそ1000機ぐらい出して、絨毯爆撃をするやり方もある。戦闘機も相当数召喚すれば、それで古竜以外は始末できるだろうし。
と、ここまで考えてから弘は小さく頭を振った。
(駄目だ。カレン達ならともかく、同じ召喚術士の西園寺さんに、あまり手の打ちは見せらんねぇ)
西園寺や犬飼毅といった同郷の召喚術士は、知人であり友人の関係にある。ましてや同じ日本人という点は、この世界にあっては非常に大きなポイントで、思い出話をしたり故郷を懐かしむことを共感することもできて、非常にありがたい。
しかし……である。
親友以上の間柄であるかと言えば、そうではないのだ。
共闘することは大いにあるだろうが、場合によっては敵として戦うこともあるだろう。そんな彼らに、必要以上の手の内を見せたくはなかった。
(古竜用に用意したアレだって、一応、西園寺さんには見せてないけど……、出来れば使うところだって見せたくないんだよなぁ)
ハアと溜息が出る。
結局、後々のことを考えれば、この街道で踏ん張って古竜を倒すのが一番なのだ。
そして、目下の解決すべき問題は、目の前のブラックドラゴン……ドゥムラントム。
「あ、あのう……」
心細そうに聞いてくるドゥムラントムに対し、弘は告げる。
「帰ってくれて良いんだが。お前、よそで人間を襲ったりしねぇだろうな?」
「しないとも! 我が名、そしてブラックドラゴンの矜持にかけて誓わせて貰う!」
右前足を胸(?)に当てて、ドゥムラントムは大きく頷いた。
この後は、人前に姿を見せることを極力やめ、静かに暮らしていくとのこと。
「そうかい。それなら安心だ。約束だぜ?ほれ、右手……右の前足か? 出しな」
「うん?」
言われたドゥムラントムは、怖ず怖ずと右前足を差し出す。弘は、その爪先を掌でポンポンと叩き、ニカッと笑った。
「約束の握手ってやつだな。指切りするにはサイズが違いするんで、まあ握手だ。約束、破るなよ? それと……帰る前にやって欲しいことがあるんだ」
◇◇◇◇
「ふんふん。なかなかイイ感じじゃねぇか」
米軍の戦闘ヘリ、AH-64アパッチの操縦席で座る弘は御満悦だった。
現在、彼は街道の上空300mほどでホバリング中。そして、眼下の街道外には、とある光景が広がっていた。
秋口という季節柄、街道外は草も生えていない場所が多い。ましてや、ブラックドラゴンの火炎系魔法でサッと一薙ぎすれば、あとは茶色く……所々黒く焦げた大地が見えるのみ。そこで、フライの魔法を使って浮遊したドゥムラントムが、大きな柱のような物を持って何やら書き込みをしていた。
その柱のような物とは、弘が召喚したコンクリート柱で、日本においては電信柱として使用される物だ。
「……書き上がったが、これで良かったのか!?」
「上出来、上出来! よく書けました! でへへへっ!」
大声を張り上げるドゥムラントムに、弘は外部スピーカーで応じる。
彼は、ドゥムラントムを逃がすにあたり、条件を1つ加えていた。
それは街道外の大地に、ドラゴン族を煽るような文面を書くこと。しかも、ドラゴンにだけ通じる竜語文字でだ。
そして、その大地に書き込まれた内容とは次のとおり。
『天下無双、沢渡弘。ドラゴンの挑戦者求む! 古竜大歓迎!!』
この書き込みについて言われたとき。ドゥムラントムは、自分が書いたということは内緒にして欲しいと、しつこいほど懇願していた。が、元より弘には言いふらす気などなかったし、むしろ、どうでも良いことだと考えている。
「じゃあ、何処へでも好きなところに行くといいや。けど約束は忘れるなよ? 無駄に人間とか殺してたら、俺が押しかけて……酷い殺し方で死んで貰うからな?」
「承知した!」
そう一声残したドゥムラントムは、書き込みの範囲外へコンクリート柱を放り出し、一目散に飛び去っていった。
見る間に小さくなっていくブラックドラゴンの後ろ姿を、弘はヘリの操縦席で見送る。
「承知した……ねぇ。本当かぁ?」
ヘリの飛行を自律行動によるものとし、ステータス画面を展開。アイテム欄から、とあるアイテムを選び出した。それは黒いヘッドセットで、左側からマイクが伸びている。
……一方、飛び去ってから暫くたち、十分に距離を取ったと見たドゥムラントムは、羽ばたきながら大笑していた。
「ぐははははは! 馬鹿め! 姿見えなくなるほど離れれば、こちらのものよ! 誰が約束など守るものか!」
元々住んでいた山脈の集落には戻れないが、自分は独り立ちして縄張りを持っても良い年頃だ。これもまた良い機会だろう。
偉そうでイケイケな現長の元を離れる。そう考えるのなら、この新たな住処探しも良いものだ。
「夢が膨らむぞ! この俺は、好き勝手に生きるのよ! 人間だって、これまでどおり気の向くまま殺し食らってやるわ!」
「あ~……やっぱし、そんなこと考えてたか……」
……不意に声が聞こえた。
もちろん、ドゥムラントムの声ではない。それは、つい先程まで相手をしていた人間……沢渡弘の声だ。
「な、なんだ? 何処から聞こえてくるんだ!?」
移動を中断し、ホバリングに移行したドゥムラントムは周囲を見回す。声自体は近い位置から聞こえるのだが、その発声主の姿が見えない。
「……右前足の、指の先だ……。爪を見て見ろ」
弘の声に従い、右前足を持ち上げて爪先を見ると、そこには小さな……日本人の感覚で言うのであれば、1円硬貨ほどの小さく黒い物体が付着していた。
「何だ、これは?」
「ワイヤレスマイク……って言ってもわからんか? 盗聴器の類なんだが、要するにそれを付けた場所の物音を聞き取って、遠くに届ける魔法具とでも思ってくれ。ま、そいつは、こっちの声を送信することもできるんだが……いやあ、飛んでる最中だったか? お前さんに聞こえて良かったぜ」
そう言ってカラカラ笑った弘は、不意に声を低くして語り出す。
「で……だ。約束を破ったお前さんを、俺は許さねーよ。先に死んだ連中の所へ行くんだな」
「こ、これだけ離れていて、どうやって殺す気だ! って……うぉお!?」
強がって叫ぶドゥムラントム。だが、その彼の目に見たくもない物体が映る。
それは最初、小さな黒い点だった。先程、ドゥムラントムの幼馴染みらを殺害した03式中距離地対空誘導弾である。
「ば、爆発する柱かっ!? こんな遠くにまで届くのか!」
大空の彼方に1つ2つと数が増えていき、最終的には数十もの数となった地対空誘導弾がドゥムラントムに殺到した。
「くおおおお! かぁああああ!」
首だけで振り向いていたドゥムラントムは、身体ごと反転しながらダークブレスを点射する。放射状でも円筒状でもなく、黒球として弾幕のようにバラ撒いたのだ。
この攻撃方法は尋問時に話さなかったもので、ドゥラントムの隠し球の1つ。他の二種類の吐き方に比べて黒球1つあたりの威力が上で、放射状ブレスに比べると劣るものの、多数の標的に対応できた。事実、この黒球に突っ込んだ地対空誘導弾があらぬ方向に飛行しだしたり、その場で爆発したりする。
「はは、はははは! どうだ! 近寄られる前に倒してしまえば問題ないのだ!」
確かに、ダークブレスを点射することによる効果は大きい。しかし、この場合、殺到した03式地対空誘導弾の数が多すぎた。点射されたダークブレスは、地対空誘導弾の爆発に魔法攻撃の効果もあるため、1発受け止めるごとに掻き消されてしまう。そして、その点射ダークブレスが消えたところから、新たな地対空誘導弾が突入してきたのだ。
ドドーン!
「ぐぬふっ!」
最初の1発が着弾。
これをドゥムラントムは鱗で弾いた。と言っても、魔法的な防御は貫通され、残った物理攻撃で鱗は大きく傷んでいる。次の直撃で割れるか引き剥がされるのは確実だ。そうこうしている間にも、2発目以降が着弾し始めるが……。
「マジックシールド!」
ダークブレス点射の合間を縫って、魔法の防護フィールドを形成。膜のような魔法盾を突破した物をダークブレスで撃ち落とし、傷んだマジックシールドを追加詠唱で補強していく。この迎撃方法はかなりの成果を挙げ、一時的にドゥムラントムへ到達する地対空誘導弾の数が激減した。
しかし……。
ズガァアアアアアン!
「ぬわっ!? なんだ、いったい!?」
先程までの地対空誘導弾とは、明らかに違う大きな爆発音。
慌てたドゥムラントムが爆発音の聞こえた方へ目を向けると、そこでは空域を多う魔法盾が大きく損壊していた。通常種ドラゴンの使う魔法であり、人間が詠唱したときよりも遙かに広く、遙かに高い防御力を持つはずのマジックシールド。03式地対空誘導弾の直撃にも2、3度は耐えるそれが、見るも無惨な大破孔を生じているのだ。
無論、その大破孔からは新たな地対空誘導弾が突入してくるが、その中に別種と思われる物があることにドゥムラントムは気づいた。
「さっきまでのより大きいのかっ? くそ!」
「お? そろそろ到達しだしたか?」
ワイヤレスマイク。そのスピーカーから弘の声が発せられるも、ドゥムラントムには返事をする余裕がない。
「お前さん相手だと、03式……地対空誘導弾じゃ力不足みたいな気がしたんでな。別のも混ぜさせて貰った。12式地対艦誘導弾って言うんだが……。ん~……聞こえてんのかな? これ?」
そう、弘の後方、街道外で並ぶ03式地対空誘導弾の車輌群に、新たな車輌が加わっている。
12式地対艦誘導弾。重装輪車輌に搭載されたそれは、6発装填された発車筒を背負うスタイルこそ似通っているが、03式中距離地対空誘導弾とは少しばかりサイズが違っていた。それもそのはずで、全長と直径で一回りほど03式よりも大きく、重量に到っては約570㎏の03式に対し、12式は約700㎏に達する。
そして軽量軽装甲の航空機を撃破するための03式と違い、12式は海に浮かぶ軍艦を沈めることが目的の兵器なのだ。当然ながら、その威力は段違いである。
ブラックドラゴン詠唱によるマジックシールドとて、1発当たれば大きく破損するし、黒球などは周囲にある数個も巻き添えにして破壊できた。
「くそ! くそおおおおっ!」
「期待どおり苦労してくれてるみたいで、何より。いやあ、オリジナルは飛行機を追いかけるように出来てなくてさ。俺が召喚したのも同じで、小回りが利く奴には不向きなんだけど……まあ自律行動で追いかけてくれるからな。そっちに向けて数ブッ放したんだが、どうやら成功みたいで良かったわ」
ワイヤレスマイクからは、相変わらず呑気な声が聞こえてきている。先程までと同様、ドゥムラントムには返事をする余裕がなかったが、最後に届いた声だけは妙にハッキリと聞き取れた。
「せっかく命乞いに応じてやったってのに、不義理な奴だぜ。そこで死んどけ」
「貴様ぁあああああああああっ!」
ドウッ! ドガッ! ズドドドド!
叫んだことでダークブレスによる迎撃が一瞬途切れ、その隙に数発の03式地対空誘導弾が着弾。更には12式地対艦誘導弾までもが着弾し、ドゥムラントムは大空に血肉を飛散させて消し飛んだ。
その様子を、弘は召喚具の大型双眼鏡で見ていたが、その双眼鏡を消すとタバコを召喚してくわえ……念動着火する。
大きく吸ってから煙を吐き出した弘は、ドゥムラントムが死んだ空に向け呟いた。
「自業自得ってことになんのか? 地面への書き込みが終わった辺りで殺しておけば、それなりに見られた最後になったかもなぁ……。ダセぇ死に方ってのはしたくないもんだ」
その呟きは紫煙と共に空に向けて消えて行ったが、ワイヤレスマイクごと消し飛んだドゥムラントムに対し、死後の世界にまで聞こえたかどうかは弘には解らなかった。