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第百八十七話 対空攻撃

 その日、通常種のドラゴン4頭が連れ立って空中散策に興じていた。

 天気も良いことだし、その辺ちょっと流してこようぜ……的な感覚である。

 集まった面子は、リーダー格のブラックドラゴンが1頭。ブルードラゴンが1頭。グリーンドラゴンが2頭。計4頭のグループだった。

 通常種ドラゴンが4頭という編制は、この世界においては破格の戦力であり、彼らを力ずくでどうにか出来るのは同数以上の通常種ドラゴン、あるいは古竜以上の存在しかない。

 誰に文句を言われることもなく、気ままに陽の下を飛ぶ。

 遠くで同じように飛ぶワイバーンを見かけたこともあった。気性が荒いことで知られる飛竜は、ドラゴン達に気がつくやコースを変えて遠ざかり視界から消えて行く。

 そう、4頭揃った自分達に喧嘩を売れる者など、少なくともこの近辺には存在しない。住処たる山脈に戻れば、親竜や年長者らが居て大きな態度など取れたものではないが、今この瞬間だけは、自分たちは最強のドラゴン集団であったのだ。

 最近見かけなくなった街道を行く馬車を発見し、低空飛行によって横転させる。

 大型の獣を見つけるや、おやつとして食し、また空に向けて飛び立つ。

 そういった気ままな空の散策は、いつも通りに経過し終わろうとしていた。

しかし、昼時を過ぎた頃。年齢的には下から2番目のグリーンドラゴン……イザークキゥが、遠方に黒煙を発見したのである。

 商隊の炊煙にしては規模が大きすぎるし、やたらと煙が黒いのも気にかかった。


「街道のすぐ脇だから、森林火災……ではないな」


 惜しそうに言ったのはリーダー格のブラックドラゴン……ドゥムラントム。何が惜しいかと言うと、森林火災が発生した場合、森で生息するモンスターなどが逃げ出してくることが多いからだ。ドラゴン側としては、身動きの取りにくい森へ入る手間が省け、容易に食事ができる。

 今は時間的に昼時であるが、ドラゴンには一日三食という食習慣が無いため、昼飯を食いっぱぐれたという感覚は無い。しかし、食べられるときに食べるという個体が多いこともあって、つい先ほどのドゥムラントムのように『少し惜しい』という気持ちはあった。

 いっそ、自分たちのドラゴンブレスないし火炎系魔法で、森を焼こうか。そんなことをチラッと考えてみたが、親筋のドラゴンらから『してはいけないこと』だと教わっているため、実行に移そうと言い出す者は居なかった。


「余所に行くか……」


 ドゥムラントムは、他のドラゴンらを引き連れて別所移動しようとする。しかし、ここでイザークキゥが編隊から離れた。


 「ちょっと見てくる。少し待ってて欲しい」


 イザークキゥは首だけ振り返るようにして、ドゥムラントムに一言断りを入れ、遠ざかっていく。残った3頭は、小さくなっていくイザークキゥの後ろ姿を苦笑しながら見送った。幼竜の頃からの付き合いだが、成長して大きくなっても子供っぽさが抜けない。

 まったく仕方のない奴だ。

 皆で顔を見合わせた後、飛びつつ肩(前足の付け根)をすくめたドゥムラントム達は、イザークキゥの帰りを待つこととする。

 なあに、ちょっと火事場見物して来るだけだ。 

 気楽に構え、その場で滞空待機。ドラゴン程の巨体でホバリングすることは、一見したところ重労働のように思えるが、実は違う。

 通常種ドラゴンともなると、羽ばたき一つに魔力を込めて、飛行の補助とすることが可能なのだ。いや、むしろ魔力による飛行がメインと言っていい。

 ドゥムラントム達は、このままイザークキゥが戻るまで待つつもりだった。火元が何なのか確認したら、それで満足して戻ってくるだろうし。子供っぽさの抜けない幼馴染みのため、少し待ってやるぐらいの度量は皆が持ち合わせていたのだ。

 しかし……そのまったりとした雰囲気は、イザークキゥが発した戦いの気配により打ち破られる。戦いの気配とは何か。それは殺意を込めたドラゴンブレスの発動だ。


「あいつ、何と戦ってるんだ? 人間だよな?」


 ブルードラゴン……ウルグフルタスが誰に言うともなく呟く。

 ドラゴンの優れた視力により、相手は人間だろうというのは把握できていた。だが、その人間が『一匹』らしいことが気にかかる。

 人間が街道を単独通行するなど、普通に考えれば自殺行為でしかない。しかも山脈沿いの街道では、自分たち以外のドラゴンも多く活動しているのだ。

 今、イザークキゥが降り立った地点から街道を西進すると、この近辺を領土とか吹聴する『国』の王都があるが、そこからこの地点まで……繰り返すが単独で到達したというのは警戒に値すると言えるだろう。

 と、このようにドゥムラントム達は考えていたが、実のところイザークキゥが相手している人間……沢渡弘は、パーティーメンバーを引き連れ、輸送用ヘリに乗って飛んできている。ドゥムラントムらの警戒は大外れであり、かすりもしていなかった。

 加えて言えば、ドゥムラントムらの位置から見える範囲に、カレン達が待機しているトーチカがあったが、草原に溶け込むよう迷彩が施されているため、発見することすら出来ていない。

 そして、そうこうしているうちに、事態はドラゴンらの予測し得なかった方向へと舵を切る。


「なんだとっ!?」


 イザークキゥの右前足が斬り飛ばされるのが見え、ドゥムラントムが声をあげた。

 ドラゴンと人間。その戦力差からはあり得ない光景に、全竜の思考が停止する。いち早く我に返ったドゥムラントムが「助けに行くぞ!」と声をかけるも、時すでに遅く、グリーンドラゴン……イザークキゥの命は失われていた。


「馬鹿な! こんなことが!」


 放たれた矢のごとく飛び出したドゥムラントムに、青と緑のドラゴン達が続く。まずは、上空に陣取り、相手を確認してから攻撃を行うのだ。それが地べたを這う者を相手取る際、最も確実な必勝法であった。

 だが、現場上空への到達には十数秒ほどかかり、その間にもイザークキゥの遺体は切り分けられ、爆砕されていく。


「喰いもせずに遺体を潰してるぞ!?」


「野郎、許せねぇ! 兄貴に何しやがる!」


 驚愕したのはグループのナンバー2である、ウルグフルタス。激昂して更に増速したのは、イザークキゥの弟、イザークツゥだった。

 先に述べたように、ドラゴンにとって上空から地上の獲物を攻撃する際、相手が強者だと思ったら上空で旋回して様子を見るのが定石だ。と言っても、ドゥムラントムらは3頭とも、人間が相手の場合は、いきなり目の前に降りたって驚き慌てる様を楽しむタイプなのだが……。


「殺してやる! 殺してやるぞ!」


 頭に血が上ったイザークツゥは、後続のドゥムラントムらが追随して旋回し始めるのを確認するや、地上の様子を観察することなく降下し始めた。

 自分一頭のみで、兄の敵を討つつもりなのだ。

 ただし、頭に血が上っているからと言って、ただ無策に降下していたわけではない。例えば、グリーンドラゴンである彼のドラゴンブレスはガスブレス。上空から急降下しつつ吐けば、自分がガスに突っ込んでしまう。自分自身のブレスに耐性があるとは言え、これでは間抜けすぎだ。

 そこで魔法による攻撃を行うこととする。

 発動するつもりなのはファイアーボールの呪文だ。しかし、人間どころかレッサードラゴンを遙かに超える魔力量……そこからくり出される火球の威力は尋常ではない。かつて、沢渡弘がクロニウス闘技場で戦ったレッサードラゴンのクロムは、ドラゴンブレスとしてファイアーボールを吐いたが、イザークツゥは一度の魔法行使で15個もの火球を出現させることができた。一発あたりの大きさや威力も、クロムが吐いたものを大きく上回る。更に言えば、呪文詠唱が短いことも大きい。体内魔力を振り向けることを意識し、その魔法名を口にするだけで発動するのだ。

 より高度な魔法を行使する場合は、竜語魔法として詠唱が必要となるが、人間を焼き尽くすぐらいならファイアーボールで十分。


「燃え尽きろ! ファイアー……」


 だが、言い終わる前に、イザークツゥは自分の左翼が弾け飛んだことを認識する。 


「なっ!?」


 驚きのあまり魔法発動を中止した彼は、その視線を左翼に向けたが、途端に『降下』が『落下』に転じ、翼を失った驚きが上書きされた。このままでは落下死は確実。だが、彼ら通常種ドラゴンには、こういった事態への対応策があった。

 飛行方法を翼による羽ばたき魔力から、魔法呪文の一つ、フライに切り替えることである。人間にとって中位から上位にあたる魔法も、ドラゴンにかかれば思念あるいは発声一つで行使が可能だ。事実、「飛ばなければ!」と思った瞬間には降下が停止し、体内で内蔵が持ち上げられるような浮遊感が生じる。


「翼の皮膜がっ!」


 改めて見てみれば、彼の左翼は悲惨なことになっていた。骨格等はかろうじて無事だが、皮膜部分はボロボロである。これでは翼による揚力が得られないどころか、魔力が上手く伝わらず、フライの魔法でないと飛行状態を維持できない。

 いったい何の攻撃を受けて、こんなことに。

 続けて考えようとしたイザークツゥ。だが、その機会は永遠に失われた。

 さらに撃ち上がってきた03式地対空誘導弾が、下顎に突き刺さる形で命中。彼の頭部を木っ端微塵に爆砕したからだ。



◇◇◇◇



「ほう。2頭目のドラゴンを空中で撃破か……」


 トーチカの銃眼部から観戦していたメルが感心したように呟く。

 先程、1頭目のドラゴンを倒した弘が、上空のドラゴンに向けて攻撃を開始。続けざまに『みさいる』と呼ぶ召喚武具を撃ち出して、更に1体倒すのを見た。

 弘の召喚具……いや召喚術は凄いものだが、ここで同じ召喚術士である西園寺が首を傾げる。


「……と言うか、ドラゴンが弱すぎやしませんか?」


 西園寺は言う。あれでは闘技場で見たレッサードラゴン程度の強さにしか見えないと。

 確かにそうだ。いや、闘技場では、それなりに弘が苦戦していた(様に手加減していた)ので、その様に見えるのだろう。


「サイオンジ殿は、如何なる理由の下にドラゴンが弱いとお考えか?」


 一緒に観戦していたエルフのグレースが問うと、西園寺は他の者の顔を見回し、少し考えてから話し出した。


「まず、沢渡さんの攻撃を受けて、ことごとく即撃破されていることから……防御力が低いように思えました。グリーンドラゴンは通常種ドラゴンの中でも、身体的に弱いそうですが……。それでも一般的なモンスターと比べて、ドラゴンの鱗というのは強固な物と聞きます。強度もさることながら、その鱗に宿った魔力が魔法的な防御を担っている点も注目に値するでしょう。つまりは物理的にも魔法的にも『硬い』わけですから」


 ひとしきりドラゴンの鱗について評価した西園寺は、遠くの弘を見ながら続ける。


「鱗を引っぺがして作った鎧……ドラゴンメイルでしたか? そういうのと違い、生きたドラゴンとつながってる時点で、鱗に宿る魔力も強いでしょうしねぇ。とまあ、そういったイメージがあったのですが、沢渡さんの攻撃は易々と鱗を貫通しています」


 だから、軍隊数個に匹敵すると聞く怪異……ドラゴンにしては弱く思えるのだ。


「ヒロシの召喚術が強すぎるってことでいいんじゃないの?」


「そう……なんですかねぇ……」


 ジュディスの意見に対し、ぎこちなく西園寺は頷いた。

 これらの会話をメルは黙って聞いていたが、こちらも遠くの弘を見る……フリをしつつ、弘と出会ってから今日までのことを思い出す。

 魔法使いであるメルは、その強さこそ中程度であるが、魔法に関する知識などを弘に買われ、パーティーに参入していた。


(ヒロシに頼まれて幾度か召喚術実験に付き合っていたが、彼の召喚具が発揮する攻撃力には……明らかに不自然な部分がある)


メルが言う不自然な部分とは、攻撃時の威力配分だ。

 例えば、魔法防御を付与された盾があるとしよう。

 この盾を破壊するためには、盾本体を破壊する必要がある。当然のことだ。だが、それを成すには、まず魔法防御が立ちはだかる。

 剣で斬りつけたとして魔法防御に弾かれるだろうし、剣の使い手次第では魔法防御を抜けて盾本体に剣を当てられるかもしれない。しかし、魔法防御を突破する段階で剣速が鈍るのだ。


(ヒロシが言っていたことだが、本体防御力100、魔法防御力50の盾を、剣を持ち攻撃力100で斬りつけた場合。魔法防御によって50点差っ引かれた状態で剣が盾に激突する。つまり、1回の攻撃では盾の本体防御力を半分しか削れないわけだ)


 もっとも弘が言っていたのは、ゲーム知識を流用した当てずっぽうなもので、何の確証もない。ただ、聞かされた側のメルとしては、妙に納得のいく話だった。

 盾本体を砕くには、そうするだけの攻撃力が必要だし、盾に魔法防御が掛かっていれば、そのせいで攻撃力は目減りする。

 これらの話を踏まえた上で、話を『不自然な攻撃時の威力配分』に戻すと……。


(どう考えても不自然なのだ。ヒロシの召喚術には、今の説明が当てはまらない……)


 今、見ている前では弘が『みさいる』を発射している。それを観察しつつ、メルは溜息をついた。


(私がヒロシとやった実験の中には、召喚武具の威力実験があった)


 それは同じデザイン、同じ寸法、同じ材料で製作された鎧……いわゆる量産品のフルプレートを使用した実験だ。これらの鎧を街道外で立たせ、時には素の状態で、時にはメルが魔法防御をかけた状態で、弘が攻撃するのである。

 あまり大威力の召喚武具では何を使ってもフルプレートが爆散したため、実験は主に拳銃やライフルによって行われた。

 結果、弘の召喚武具による攻撃は、先に述べた『攻撃力100の銃器で本体防御100、魔法防御50の鎧を攻撃した』場合に当てはめると、本体防御に対して100の、そして魔法防御に対しても100の攻撃性能を示したのである。


(魔法防御を無視する……のではなく、1回の攻撃で物理攻撃と魔法攻撃を1回ずつ同時に……ときたものだ。もう無茶苦茶だ)


 つまるところ、弘が射撃を開始したら、これを防ぎ切るには物理防御と魔法防御を、ひたすら高い状態で有した『ナニか』を用意しなければならない。

 名工の手による盾で防げるだろうか。

 いや、いずれ物理攻撃で破壊されるし、魔法……魔力による攻撃効果も無視できない。

 マジックシールドで防げるだろうか。

 いや、いずれ魔法……魔力による攻撃で破壊されるし、物理攻撃も無視できない。

 マジックシールドの魔法をかけた、名工の盾ではどうか。

 1発ごと、ほぼ同時に発生する物理攻撃と魔法攻撃によって、すぐに打ち破られるだろう。


(キカンジュウ……だったか。あれから連射される1発ごとに、それが発生するというのだから)


 防御装備や施設を用意したところで、アッと言う間に突破されることだろう。こうして考えてみれば、先に述べた『ナニかを用意して防ぎきれる』ものではないのだ。


(ヒロシに見せて貰ったが、あの巨大な大砲……。あれが物理攻撃限定だとしても、魔力で防ぐ手立てなど無いだろう。人間が発動できるマジックシールドの耐久限界など、瞬時に超えてしまうのだからな。防いだところで意味が無いのであれば、回避するしかないが……それも無理だ)


 弘の召喚武具には、広い範囲を攻撃できる物がある。そうでなくとも、今目の前でやっているように同じ物を多数召喚するだけで、範囲的な攻撃力は確保できるはずだ。


(ヒロシを倒そうとするなら、彼に何かされる前に殺しきるしか手は無いな。おっと……)


 いつの間にか弘を倒す手立てにまで考えが及んでいたことに、メルは苦笑した。

 我がことながら頭脳労働者というのは度しがたい。何か考え出すと、つい余計なことまで考えてしまう。


(今、あのドラゴン達は、生来魔法防御の伴った強固な鱗を、容易く貫通爆砕できる攻撃にさらされているのだ)


 恐らく、防御魔法を展開して防ぎに掛かるだろうが、それは何の足しにもならないはずだ。

 元々破格の威力を持つ攻撃物体が、前述した特性を持って突き進んでくるのだから。

 結論、今上空に居るドラゴン達には、死以外の未来が予想できない。

 メルは、ほんの少しだけドラゴン達を哀れに思いつつ、上空の戦況へと目を向けるのだった。



◇◇◇◇


  

 ブルードラゴン……ウルグフルタスは、円を描くように旋回しつつ眼下の光景を睨みつける。

 彼の目には地上に向けて落下していくイザークツゥの亡骸と、街道付近でいる何者かの姿が映っていた。


(見た限り、やはり人間のようだ。信じられん。体格や鱗の強度で劣るとは言え、グリーンドラゴンを……この距離で容易く屠るとは……)


 そういった冷静な分析が脳内を巡るも、身体の方は怒りにまかせての行動に移ろうとしている。現在、地上に対して高度800mあたりで居るが、ドラゴンであっても魔法の射程外だ。先に死んだイザークツゥのように急降下して距離を詰めれば、何とか……と言ったところだが、ブルードラゴンの彼には、この距離を詰めるに『別な攻撃方法』があった。

 ドラゴンブレス。ブルードラゴンが吐くそれは『稲妻』なのだ。 

 魔法使いの攻撃呪文で言う『ライトニング』と同じ性質を持つそれは、貫通力を有し、目標めがけて真っ直ぐに飛ぶ。魔法使いが行使する呪文との違いは、呪文詠唱がほぼ必要ないこと。飛距離が比較にならないほど長いこと。一発あたりの威力が遙かに上で、その稲妻の太さも大きく上回っていることなどが挙げられる。

 さて、そのようなドラゴンブレスを上空から地上目がけて吐けばどうなるか。

 すなわち……落雷である。



◇◇◇◇



「さぁて、残るは2頭か」


 弘は掌をひさし代わりとして上空のドラゴン達を見ていた。彼の優れた身体能力……レベルアップによってもたらされた高い数値の影響は、視力にも及んでおり、この程度の距離であれば裸眼で詳細に観察できる。


「このまま対空射撃だけで始末しちゃえる? ん? 何か光っ……」


 ドドーン!


 天空に青い光が生じたと思った瞬間、弘は強烈な電撃に包まれた。

 今の音は、攻撃を受けた後で聞こえたもの。

 つまり、弘は回避できずに落雷を受けたのである。……が、彼は平然としていた。


「レジストって言うんだったか? 普通に耐えちまった。ふぅん?」


 立ったまま身体の各部を点検するが、そこかしこで帯電している様子はあっても痛さは感じない。ノーダメージだ。

 先日、闘技場でバマーやラザルスと戦ったときは、観客に引かれないよう……もとい、湧かすよう敢えて受けに回っていた部分もある。しかし、本気で気を張っていれば、こんなものらしい。


「まあ、この距離で攻撃してくる奴を舐めるわけにもいかんよな。そんなわけで03式地対空誘導弾を連続発射。あの青い奴を撃ち落とす」


 弘の呟くような命令と同時に、後方では発射筒を兼ねた角型コンテナから03式地対空誘導弾が次々に撃ち出され始めた。各車とも装弾数は6発だが、撃ち終わると発射筒内で新たな弾体が出現するため、実質的には弾切れ無しだ。

 ちなみに再装填作業の必要がなく、弾体自体が自律的に敵を追尾するため、発射速度はオリジナルを大きく優越する。



◇◇◇◇



「し、死んでおらんのか!? 直撃だったぞ!」


 ウルグフルタスは翼を羽ばたかせながら喚き立てた。

 距離はあったが、威力が落ちないように気合いを入れて魔力を込めたはず。自らが吐き出した雷は間違いなく眼下の人間を直撃したのだ。

にもかかわらず、人間は倒れる素振りを見せない。それどころか、上空のウルグフルタスに対する攻撃は激しさを増すばかりだ。

 イザークツゥを殺した柱のような高速飛来物は、矢避けの魔法を最大強化して発動することで、何とか防げている。とは言え、中には近くで爆発する物があるため、矢避けの魔法の消耗が恐ろしく早い。もう何度発動し直したか覚えていないくらいだ。

 このままではいずれ押し負け、周辺で炸裂する物の破片によって、翼の皮膜が破られるだろう。そうなればイザークツゥが試みたように、フライの魔法で飛び続けるしかないが……。


(アレは羽ばたき魔力で飛ぶよりも空戦機動が上手くできん。いい的になるぞ! それに!)


「くおぉぉおおおおう!」


 ゴカカァッ!


 ウルグフルタスは幾度目かのドラゴンブレスを吐き出す。

 地上から撃ち上げられる巨大な柱(03式地対空誘導弾)。当たれば爆発するそれを、サンダーブレスで迎撃しているのだ。ブレスの収束を甘くし、拡散するように吐いているため、今のところは数発ずつ上昇してくる柱に対応できている。だが、それも限界に近い。本来、ドラゴンブレスというのは日に十数回も吐けるものではないのだ。 

 このままではドラゴンブレスを吐けなくなる。それどころか羽ばたきに回す魔力も枯渇する。フライ魔法すらも発動できなくなれば、後は墜落するだけだ。

 そして、それ以上に恐ろしいのが、限界を超えて魔力を使おうとしたときに生じる、精神的な破綻である。


(他のドラゴンがブレスの練習だとか言って、限界まで吐き続けて……その結果、恐慌状態に陥ったことがあるが、あれは恐ろしいものだ)


 仮にもドラゴンが、恐ろしさのあまりに泣き叫ぶというのは、どれほどの恐怖なのだろうか。絶対に『魔力枯渇による恐慌状態』には陥りたくはないと思うものの、いずれはそうなる。どうにかして、この状況を打破できないものか。


「ぬっ!?」 


 瞬間、眼下の……地上との間の空間が漆黒に染まった。

 眼下の敵の仕業ではない。そして、ウルグフルタスは今起こった現象について知っている。

 暗黒空間。

 一定の空間を闇に閉ざす効果を持つ魔法で、余程強力な解呪魔法を使われない限りは、効果が途切れることはない。暗視能力は無効化できるが、赤外線視や音で相手相手の位置を感知する能力は防げないので、効果は限定的であるものの、目眩ましという点においては十分だ。

 そして今、ウルグフルタスの近くでこの魔法を使う者が居るとすれば、それは……。


「ウル! 今のうちに高度を上げろ! もっと距離を取るんだ!」


 自分達のリーダー。ブラックドラゴンのドゥムラントムだ。

 いつの間にか、ウルグフルタスよりも200mほど高い位置で滞空している。


(そうだ! 地上から離れるんだ! その後で……)


 逃げればいい。そう考えたウルグフルタスは、一瞬戸惑った。


(逃げる? ドラゴンたる俺がかっ? いや、でも……)


 先程まで自分目がけて飛んできていた、巨大な爆発する柱。あれの相手をもう一度するなど、真っ平御免だ。やはり逃げるべきだ。


 バサァ!


 大きく翼を羽ばたかせ、魔力によって生じた揚力と推力、それらを自身の巨体を持ち上げるために総動員する。あと少し、もう少しで身体は加速し頼れるリーダーの元へ……。


 シュバァアア!


 だが、無視するわけにはいかない風切り音が下方で生じた。

 首が折れそうな勢いで振り向いたウルグフルタスの目に、大きく広がった闇を突き抜けて巨大な柱が飛び出してくるのが見える。それは1本2本と数を増し、最終的には6本もの数でウルグフルタスに殺到した。

 ウルグフルタスは、上昇をやめて右旋回に移行……回避しようとしたが……。


「う、うわぁあああああああああっ!」


 ドゥ、ドドォォォォーン……。


 最初の1本すらかわすことが出来ずに次々と被弾。敢えなく爆散することとなる。



◇◇◇◇



「ウルまでもが……」


 今はもう死んでしまった幼馴染みの愛称を口にしたが……それで返事をする者は居ないため、ドゥムラントムは独り言をやめて思案した。

 3頭居た幼馴染みのドラゴンは、すべてが殺されてしまった。残ったのは自分1頭のみ。

 グリーンドラゴンの2頭はまだしも、ブルードラゴンのウルグフルタスは相当な強者だった。それが、ああも簡単に倒されたのでは、彼より少し強いぐらいの自分では勝ち目はないだろう。

 どうにか距離を詰めたとしても、イザークキゥの死に様から思うに、相手は接近戦でもドラゴンを倒せるようだ。他にどんな隠し手があるかも解らない状況では、迂闊に近づくことなど、絶対にするべきではない。 

 そもそも、距離を詰められるのだろうか。

 先程、暗黒空間の魔法で支援を試みたが、相手の撃ち出す物体は普通に突破してきた。当然だ。暗闇の中でオタオタしているならともかく、真っ直ぐ突き抜けてくる相手に暗闇など役には立たない。


(地上から狙いにくくできればと思ったが、突き抜けてきた先でも追尾してくるのでは意味が無いな……)


 暗黒空間内で上手くすれ違えても、高度が下がった分、暗黒空間から出た途端に狙い撃ちされるだろう。続けざまに暗黒空間を増やすのも悪い手ではなさそうに思えたが、最終的に接近戦に持ち込むのは避けたかった。 


(俺のブレスが通じれば良いのだが……)


 ブラックドラゴンのドラゴンブレスは、属性を付与した闇を吐き出すというものだ。

 射程距離はブルードラゴンのサンダーブレスよりも格段に短く、グリーンドラゴンのブレスよりは長い。

 そして付与できる属性は、粘着や、能力減衰、体力減衰、抵抗失敗による即死など。

 即死効果が効いて相手が死んでくれれば良いが、地上に居る人間にそこを期待するのは……もはや夢見がちなレベルと言っていい。


(逃げる……にしても、追撃されたら危ないか……)


 今のところ、ウルグフルタスの撃破に手応えを感じたのか、続く巨大な柱は姿を見せない。あれが何処まで飛んでこれるかで逃亡成否の分かれ目となるが、これも分が悪いと思った方が良いだろう。


「では、やるべきは1つだな……」


 ドゥムラントムは、修得していたものの滅多に使うことのなかった魔法を発動させた。

 その魔法の名を、遠隔会話という。 



◇◇◇◇



「地上の人間に告ぐ……」


「あん?」 


 その声が聞こえたとき、弘は上空に広がる暗黒空間を見つめ思案中であった。あの暗闇のせいで上空の様子がサッパリ把握できないが、撃ち出した誘導弾はドラゴンに命中したようだ。手応えもあったような気がするし、恐らく倒したのは青いドラゴンだろう。

 残るは黒い奴で……と思っていたところ、どこからともなく声が聞こえたのだ。


「え~と、どちらさん? 俺の知ってる人?」


 聞こえてきたのは男の声だったから、トーチカのメルが魔法で声でも飛ばしてきたかと持ったが、声色が違いすぎる。


「俺はドラゴン。今、お前の頭上……暗闇の更に上にいる。話がしたい」


「おう。黒い奴か。話……って、さっきの緑の奴は、もうスゲー喧嘩腰だったぞ? 何を話すことがあるってんだ?」


 言いつつ弘には戦闘継続する気は無い。相手の方で話をしたいと言うのなら有り難い限りだ。平和的に対話し、街道に手出ししないようにして貰おう。


「まあ、いいや。降りて来いよ。それで話って奴を聞かせろ。言っとくが……地上で第2ラウンドをやりたいとか言いだしたら、ヒドイ目にあわせっからな?」


「……了解した」


 言葉少ない返事が聞こえ、暫く待っていると上空の暗闇が消えた。

 そうして降下してくる黒いドラゴン。見た目はグリーンドラゴンよりも大きかったブルードラゴンをも上回る巨体だ。


(お~う、デカいな。RPG-7で鱗を抜けるかな?)


 レッサードラゴンやグリーンドラゴンには通用しそうだが、ブラックドラゴン相手ではどうだろうか。

 戦う前提で考えている弘に、ブラックドラゴン……ドゥムラントムは話しかけてきた。


「では、話をしようか。主題は……私が生きて帰るには、どうすれば良いか……だ」


30/12/2

イザークキゥの頭が吹き飛ぶ描写を一部書き直し。

サンダーブレスを受けた後の『再装填』の辺りを一部書き直し。 

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