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第百八十六話 ドラゴン

 古竜討伐。

 その初日は、狙い目のドラゴンや古竜ではなく、襲撃してきたゴブリンの撃退でスタートを切ることとなった。

 元々、都市間の街道ではモンスターの出没率が高い。

 少し移動するごとにモンスターや野盗が出現するため、手練れの冒険者パーティーであっても街道移動は危険がいっぱいだ。


「街道はマジでエンカウント率高ぇよなぁ。てか、ドラゴンが出るような地域でゴブリンとか……。ゲームで言ったら、バランス糞じゃねぇの?」


 ぶつぶつ言いながら、20数体のゴブリン死骸を移動させている。

 何をしているかと言えば、それら死骸の火葬準備だ。通常、野外で撃退したモンスターの死骸は放置する。放っておけば他のモンスターが喰ってくれるからだ。

 だが、今回に関しては埋めることとした。なぜなら、放置しておくと臭ってきて弘の精神衛生上良くないのである。


「ほーらよ!」


 一声かけて最後の1体を放り投げると、弘は積み上がった死骸を前に召喚術を発動した。

 フシュンと瞬時に出現する召喚武具は……携帯放射器。

 これはアメリカ軍が第二次世界大戦中に使用した火炎放射器で、そのM2火炎放射器を改良したものだ。他の形式の火炎放射器も召喚品目にはあるが、弘は自衛隊の携帯放射器を好んで使用している。

 装着可能な召喚具は、周囲に出現させるも召喚と同時に装着するも自由自在だが、このときの弘は、携帯放射器を瞬時装着していた。背負った2本の燃料タンクはズッシリと重く、その燃料の重さは28㎏。本体重量のみでも20㎏になる重量装備であり、成人男性であっても、背負った状態での動作は緩慢なものとなる。が、弘の場合は別だ。

 レベルアップを繰り返すことで得た『力:2397』という数値は伊達ではない。召喚時こそ肩紐等が食い込んだが、すぐ重さに慣れて軽快に動けるようになっている。


「さて……やるか」


 積み上がったゴブリンの死骸にノズルを向け、弘は引き金を引いた。


 ビュゴォオオオオ! ボウ、ボボボウ!


 火線がビーム兵器のごとく迸り、死骸の山が炎に包まれる。

 飛散したゲル化油は死骸にこびりつき、簡単に流れ落ちることなく燃え続けた。


「ふ~んふふん、ふふ、ふ~んふ~ん」


 キャンプファイヤー時に歌われることの多いフランス民謡を鼻で歌いつつ、弘は空を見上げた。真っ黒な煙が天高く立ち上っていく。


(MP消費で道具を召喚つっても、弾丸はともかく火炎放射器の燃料まで出てくるって……なんか笑える)


 弘的には自分の召喚術で呼ぶ道具は、『どこからか取り寄せる』ものではなく『MPを使って再現している』ものと考えていた。


(別所からチョロまかしてる系なら、MP関係なく物資が尽きることもあるだろうけど。俺の召喚術で、そうなった事ってないものな。それはそうと……)


 もうすぐ昼時で小腹も空いたことだし、皆と昼飯を……などと考えかけた弘の目に、黒煙以外のものが映る。

 それは羽虫のように小さな影で、空に広がる黒煙の周囲を旋回しつつ飛んでいた。


「……違う、羽虫なんかじゃないぞ!」


 その羽虫のような影は、立ち上る黒煙のかなり上部を旋回したのだ。そんな高度にいる羽虫が、羽虫程度の大きさで目視できるはずがない。とんでもなく大きな生物。それが今、上空を飛んでいる。 


「た、対象物解析!」


 幾分うわずった声で、弘は解放能力を発動させた。

 対象物解析は一定レベルごとに解放される特殊能力の一つで、指定した生物のデータを読み取ることが可能。相手方に気づかれていると使用不可能という欠点があるものの、こういう場合は便利である。

 そして今回、飛行している生物は煙に気を取られているせいか弘には気がついていないらしい。特にエラーが出ることもなく、解析結果が弘の眼前に表示された。



<解析結果>

対象:グリーンドラゴン

ブレス:有毒ガス



「いつものこったが情報量が少ねぇな。事前にメルから教わってたのと、大して違いない内容だし。情報の記載形式が毎度違ってるのも、どうかと思うんだが……」


 種族名とドラゴンブレスの種類が知れただけでも上等と思うべきか。

 しかし、到着するなりゴブリンの襲撃があったものの、ドラゴンの出現までが思ったより短かった。


(椅子まで用意して待つ構えだったのに。……ああ、ゴブリンを火葬して出た煙が目についたのか)


 ポンと手を打つ弘。

 街道の脇で集めて焼いたゴブリンの死骸。それらが未だに燃え続け、天高く黒煙を昇らせている。これなら遠方からでも目につくだろう。空を飛ぶドラゴンであれば、なおのこと視認できてしまうはずだ。


「のろしで誘き寄せた感じになったか。結果オーライだな」 


 さて、では出現したドラゴンをどうするか。

 弘の本来の標的は古竜である。しかし、冒険者ギルドの方の依頼……セイファーディッツ侯爵の依頼では、古竜の他のドラゴンも可能な限り倒すこととなっていた。


「う~ん。クロムやバマー達みたいに口がきける奴だとしたら、いきなり仕掛けるってのも……」


 かつて闘技場で戦ったレッサードラゴン達のことを弘は思い出す。彼らの多くは試合が終わった後には、敵愾心もなく普通に話ができたものだ。

 街道で正体を襲撃するドラゴンは話が通じそうにないが、ここで先手を打って攻撃した方が良いのだろうか。

 と、そんなことを考えている間に、上空のグリーンドラゴンが降下を開始する。弘に気がついたか、あるいは火元を確認する気にでもなったらしい。


「87式でも出せば、撃ち落とせそうだけど……」


 弘は陸上自衛隊の自走高射砲を思い起こしてみた。

 その車体に装備した90口径35㎜対空機関砲は、最大射高が4000mに達する。グリーンドラゴンが降下を始めた高度は2000mぐらいだったので、余裕で弾が届くはずだ。砲弾は1秒間に550発打ち出されるが、それで通常種ドラゴンのウロコを貫徹できるかは……現時点では微妙だと弘は思う。しかし、翼の皮膜を引き裂くぐらいなら容易だろう。


「けどまあ……話してみるのも面白いか」


 弘はグリーンドラゴンとの対話を試みることにした。討伐対象を遠距離から撃破できる手立てがあるのに、これは悪手に他ならない。だが、弘はクロム達のことを再度思い出していた。


(……話してみて、そいつがイイ奴なら帰って貰ってもいいな……。古竜を呼んで貰うのもいいかもしんねぇし)


 望み薄だとは思うが、最初の1頭ぐらいなら話し合ってみるのもいい。

 結果的に戦闘になったらな、そのときはそのときだ。何も問題は幾つもいくつもあるのだから。



◇◇◇◇



「サワタリさんが何か見つけたみたい」


 目をこらして見ているカレンが呟く。それを聞き、広間でくつろいでいた幾人かが銃眼部に近寄ってきた。


「またゴブリンじゃないの?」


 そう言いつつジュディスが目を細める。

 この位置から見える弘は、表情までは判別できない。だが、その仕草ぐらいはカレン達にも見て取れる。もっとも、エルフのグレースや偵察士のノーマといった、遠目の聞く者なら表情を視認できたし、魔法使いのメルに至っては『遠見の呪文』を使用することで、パーティー全員の視力を向上させることが可能だった。


「遠見の呪文を唱えようか?」


 そう申し出るメルに、同行する者達は首を横に振る。この位置から観戦する分には普通の視力で十分なのだ。魔法の無駄遣いは慎むべきだろう。


「そうか。まあ、必要ならば声をかけてくればいい」


 メルは肩をすくめて見せる。

 そして、そのメルの隣で銃眼の向こうを見ているのが、盗賊ギルド依頼の監視役……石の召喚術士、西園寺公太郎だった。彼は丸眼鏡のフレームを指で挟んで位置調整すると、レンズの奥で目を細める。


「空を見上げてるようですから、いよいよドラゴンが出たのかもしれませんねぇ」


 ボソリと呟く声により皆の気が引き締まった。

 弘からはトーチカを出ないように言われているが、彼が危なくなったら、そのような指示は無視だ。全員で外へ飛び出る覚悟は決まっている。


「空と言うと、やはり飛んできたか。……居た。あれはグリーンドラゴンだな」


 グレースが長い耳を水平に寝かしながら呟いた。皆が空を見上げると、確かに小さな影が降下してくるのが見える。その影は徐々に大きくなり、やがて遠目にもドラゴンらしき姿が確認できるようになった。


「ヒロシ、攻撃しないみたいね~」


 商神尼僧のウルスラは少し不安そうにしている。弘の実力に不安があるのではなく、ドラゴンが降下している状況なのに行動を起こさないというのが不安なのだ。

 自分の強さには自信があるだろうから、接近戦をやりたいのではないか……といった推測をするも、本当のところは弘に聞いてみないとわからない。


「離れていても話が可能であればいいのですが……」


 光神尼僧のシルビアは、普段から鋭い瞳を更に鋭く……もとい、目を細めて遠くの弘を見る。彼女の呟きを聞いて反応したのは西園寺だった。


「魔法か何かで、戦闘中の沢渡さんと話ができればいいんですけどね。そういうのって無いんですか?」


 言いながら西園寺の視線は、メルとグレースに振り分けられる。魔法あるいは精霊魔法で遠くの味方と会話する方法があるかどうか。実のところ、そういった魔法は存在する。


「風の精霊魔法であれば……いや、駄目か。精霊は我やサワタリの言葉を伝言するだけだ。しかも、難しい会話は理解できない上に精霊語しか話せん。正確かつ手短に意思疎通をするのは困難であろうな」


 グレースが難しそうな顔で口を尖らせた。更に言えば、激しい戦闘中に精霊を移動させると、巻き添えで精霊が消し飛ぶ恐れがある。安心して使用できる遠距離通話の方法ではなかった。

 一方、メルが使用できる魔法にも似たようなものはあるが、こちらは精霊魔法よりも使い勝手が悪い。


「精霊魔法の場合、精霊が対象者……この場合はヒロシに付き従う形で移動する。だが、私の使う『伝言の魔法』は、呪文詠唱時に設定した場所へ『声を飛ばす』だけでしかない。ヒロシが同じ魔法を使えるなら話は別だが……いや、前衛戦闘の最中に、悠長に呪文詠唱などしてられんだろうから。やはり無理だ」


 メルが言うにはテレパシーという、思念会話を可能とする中位魔法の中でも上位に位置する魔法があるとのこと。


「残念ながら私の実力では使えない……と言うよりも、修得していなくてね。すまん」


 申し訳なさそうに言うメルを責める者は居ない。出来ないものは仕方がないからだ。


「ヒロシが召喚する道具で、そういうのが有ればいいんだけどね」


 タハハと笑いながらジュディスが言うと、数秒ほど室内が静まりかえり、パーティーメンバーらは互いに顔を見合わせる。


(ひょっとして、有るんじゃないか? そういう召喚具が……) 


 多少の口調の違いはあれど、それは共通の思いであった。ただ、確証は無いため、カレン達の視線は自然と西園寺に向けられる。


「いや、わかりませんよ? 同じ召喚術士と言っても、私と沢渡さんじゃあ色々と違うんですから」


 西園寺が召喚できるのは岩塊や石壁に始まり、様々なサイズのストーンゴーレムなどだ。


「このトーチカみたいな、石のほこら的なものも召喚できますけど。沢渡さんほど多種多様な召喚はできないんです」


 説明しながら西園寺は、接近戦もできる弘と違い、自分が魔法職寄りの存在であることも内心付け加えている。

 そして、この場に居ない炎の召喚術士……犬飼毅や、氷の召喚術士という噂のキオ・トヤマも似たようなものだろうと考えていた。


(そうやって考えれば考えるほど、沢渡さんの異質ぶりが浮き上がると言うか、何と言うか……)


 自分は不良の召喚術士だと嘯く青年。沢渡弘が、本当のところは何者なのか。

 興味があると言えばあるのだが、西園寺公太郎にとっての優先事項は、それを知ることではない。

 妻と子の居る日本に……元居た場所に戻ること。

 ただ、それだけである。

 異世界転移によって、この世界に転移した。

 それが事故や偶然の類でないのなら、自分を召還した者がいるだろうし。事故や偶然の類いなら、別世界へ転移する理屈や原理があるはずだ。

 事実を確認するためには多くの情報が必要で、情報収集するためには金が必要だったり、何かしらの噂の現地へ行く必要もある。それらの行動をとるためには、個人としての強さも必要だろう。


(やらなければならないことは多いですし、この世界は物騒ですから。さしあたり細々と経験を積んで強くなりましたけど、ここのところレベルの伸びが良くありません)


この世界の中では強者の部類に入ったと思うが、沢渡弘と比べれば足下にも及んでいない。今のレベルは29。弘の400台とまではいかずとも、せめて100ぐらいまで到達できれば安心なのだが……。


(……違う違う) 


 西園寺は軽く頭を振った。


(沢渡さんや毅君と違って、僕は日本に帰るのが最優先。強さなんか必要最低限で十分です。地位も財産もある雇い主が見つかったことだし、本腰を入れて情報収集を……)


「ふむ……」


 自分の行動方針を再確認していた西園寺は、ふと周囲を見回す。弘のパーティメンバーらは、皆が弘に注目しており今は西園寺を見ていない。自分も弘に注意を戻すと、前方……数百mは離れた街道で、弘がグリードラゴンと何やら話しているのが見えた。

 闘技場で見かけるレッサードラゴンなどとは二回り以上も大きな体躯。レッサードラゴンも危険きわまりない怪物であるが、今地上に降りているグリーンドラゴン……あれこそはファンタジー小説などで言うドラゴンだ。

 この世界にあっても、多数人がかりであろうが倒すことができれば他者から英雄呼ばわりされ、100年は吟遊詩人の飯の種になるという代物。

 あれと戦えと言われたら、西園寺は全力で拒否するか逃げることを考える。そもそも、弘が先日一蹴したレッサードラゴン相手でさえ勝てる自信は無いのだ。


(レベル40ぐらいになったら、それでどうにかってところですかね。しかし、沢渡さん。あのグリーンドラゴンを前に、動じた様子も見受けられませんが、余程自信があるんですねぇ。高レベル化していることで身体能力で押し切れるか。あれを何とか出来る召喚具があるか。……あるんでしょうけど……)


 沢渡弘は『様々な道具を召喚する召喚術士』だ。

 今は聞かされていないような超兵器があってもおかしくはない。

 ひょっとしたら……。


(異世界転移を可能にする召喚具とか……あったりするんじゃ……。いや、でも、しかし……)


 そんなものが存在するなら、自分の事情を知っている弘であれば教えてくれるはずだ。 弘がすべての召喚具を把握できおらず、そう言った未整理の召喚具に、西園寺が期待する性能を持つ物がある……という可能性もある。


「この討伐依頼が終わったら。その後で沢渡さんに聞いてみるとしますか」 



◇◇◇◇



 トーチカ内の面々は、様々な思いで弘に注目していた。

 一方、弘もトーチカ側を気にかけている。と言っても、このときの弘が考えていたのは主にカレンのことだ。


(飛び出てくる気配は無し……か)


 カレン・マクドガルは、魔法具の開発生産が盛んなタルシア王国の貴族らしく、倍力鎧を装備している。見た目は軽甲冑(肩当て付きの胸甲と腰鎧。手甲及び足甲のセット)であるが、その通り名が示すとおり、装着者の筋力を数倍化させる効果を有していた。

 ところが、その倍力鎧を装備して戦うカレンの様子が、最近になっておかしい。

 出会った頃は倍力鎧の能力を発動させると、戦闘後に全身筋肉痛となっていたのが、今では平気な顔をしている。加えて戦闘中には、戦いに快感を感じているような素振りを見せるのだ。


(シルビアが言うには、症状が出始めた頃は我に返って動揺することもあったらしいが……)


 今では気にする様子もない。普通に倍力鎧を発動して戦い、実に『気持ちよさそう』に戦っている。

 今回の古竜討伐でも、カレンは弘と共に戦いたいと我が儘を言っていたが、シルビアからお説教されたことで渋々引き下がっていた。

そんなカレンが、いざドラゴンを目の当たりにした時。事前に交わした約束など忘れてトーチカから出てくるのではないか。そういった心配をしていたのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。


(正直、倍力鎧が原因なのかも確かな話じゃねぇし。あの鎧を着るのを止めちまえって言ったら、泣くんだもんなぁ)


 弘にしてみれば、カレン・マクドガルは異世界転移後に初めて遭遇した女性の1人だ。そして山賊から足を洗うきっかけとなった人物でもあり、パーティーメンバー内の女性としてはシルビアと並んで付き合いが長い。

 しかも、今は6人居る恋人の1人でもあるのだ。

 そのカレンが精神的に不安定だとか体調に異変が……と聞けば心配して当然。本来であれば、目先の色んな予定や目的を放り出して、事の解決に動きたい。だが、カレン自身が了承しないのである。

本人曰く、「私は全然平気ですから! もう、ちっとも大丈夫です!」とのこと。


「どこが大丈夫なんだか……。会話能力がバグってんじゃねぇのか? ったくよぉ……」


 今のところ、本人が動揺したり混乱したりしないという意味で症状が落ち着いているが、安心して良いわけがない。今関わってる依頼が片付いたら、メルと相談して魔法的な見地からカレンの状態を調べるべきだと、弘は考えていた。

 と、そこまで考えたところでグリーンドラゴンが街道へと降り立つ。降下を開始してから随分と時間がかかったようだが、警戒していたのか旋回しつつの降下だったために時間がかかったらしい。

 弘はと言うと、この時点で携帯放射器と丸椅子を消去しており、傍目には革鎧装備の戦士に見えていた。


「1人か?」


 グリーンドラゴンが長い首をもたげ、上方から話しかけてくる。

 クロム達とも普通に会話できたため、これは驚くことではない。だが、幌馬車よりも二回りほど大きかったクロム達と比べて(導師竜のバマーは別として)も、更に二回り……いや、それ以上に大きなドラゴンが人語を喋るというのは、結構な……いや、大いに迫力があった。


(いやぁ。なんつ~か。クロム達にゃあ悪いんだが、これぞマジモンのドラゴンって感じだよな) 


 奇しくも西園寺と似たような感想を抱いた弘は、ヒュウと口笛を一吹きして頷く。


「ああ、俺1人だ。で? ドラゴンの旦那は、いったいどういった御用件っすかね?」


 グリーンドラゴンは首を傾げるような仕草を見せた。その喉……比較的、下顎に近い首の部分からグルルルルという音が聞こえる。視線は弘に向けられたままで、後方数百mにあるトーチカには気づいていない。一応、迷彩を施しているが、それなりに効果はあったようだ。

 弘が相手の挙動に注目している間も、グリーンドラゴンは喉を鳴らし続け、やがて口を開き語り出した。


「……ふむ。今日も今日とて暇つぶしに出かけたのだが、飛んでいる最中、火事らしき煙を見かけた。興味が湧いたので、こうして見に来たというわけだ。しかし……ゴブリンどもを焼いて出た煙とはな」


 言い終わりに鼻で笑うのが聞こえ、弘のこめかみに血管の筋が浮く。が、すぐに激昂したりせず、引きつり気味の笑顔で会話を継続した。


「いやあ、街道を歩いてたらゴブリンごときに襲われたもんで、軽ぅく返り討ちにしたんすよ。けど、数が数なもんで、死骸を放置してたら生ゴミが散らばる感じで迷惑かなぁ……と」


 それで燃やしたんだと説明する。いささか自慢げに語ったが、これは弘なりに意図があってのことだ。


「くくっ……」


 弘が様子を窺っていると、グリーンドラゴンは笑い出す。最初は抑え気味だったのが、次第に頭部を揺らしゲラゲラと笑い出した。更に言えば、右前足を持ち上げ指の1本で弘を指し示している。


(このクソトカゲ野郎。人を指差して笑ってんじゃねぇ)


 口に出してこそ言わないが、実にムカつく態度だ。


「グハハハハハ! 目についた火事の火元を見物に来たら、ゴブリンごときを退治して鼻に掛けおる、アホ勇者が1匹か! 冒険者であろうが、パーティーも組まずに調子をこいて我が玩具として果てるとは! これは傑作だ!」


(はい。こいつ、討伐決定……)


 会話が出来るドラゴンであれば、周辺の人間関係……ではなく、ドラゴン関係を聞き出して、討伐するしないの度合いを測ろうと考えていたのである。ゴブリン退治を自慢げに語ったのは、相手の反応を見たかったからなのだが……。

 この反応はヒドい。


(何だってんだ? ドラゴンってのは、人間より頭が良い奴らばかりじゃねぇのか?)


 多くのファンタジー小説やゲームでは、その様に扱われることが多かったはず。少なくとも、弘が読んだことのあるラノベや古典の小説では、そんな感じだった。 


(俺が言うのも何だが、このドラゴン……チンピラ臭いし。アレか? 人間でもインテリをこじらせた奴はテロリストになったり、阿呆な暴言を口汚くツイートしたりするけど。あんな感じなのか?)


 そう考えると納得はいくものの、立腹した腹は治まらない。しかし、気晴らしの方法なら目の前にある。このグリーンドラゴンを討伐すれば良いのだ。

 そして、どうせ殺すのであれば、楽しくやるのが一番。例えば、そう……誰かが言ったように玩具として果てさせる感じで……。


「玩具として果てるというと……どういった意味なんすかねぇ?」


 口調はともかく下出に出続ける弘。その目は笑っていないが、グリーンドラゴンは気がつかない。


「ん? 玩具とはオモチャのことでだな。つまりは……こういうことだ!」


 それまで笑っていたのが、開いた大口を弘に向けて息を吐き出す。

 だが、ただの吐息ではない。

 かつて戦ったレッサードラゴン、クロムはファイヤーボールを吐いた。ラザルスは真鍮の弾丸を吐いた。

 このグリーンドラゴンが吐いたのは……毒ガスのブレスである。

弘の身体能力であれば、飛び退いて回避しつつ風上に回ることは容易だ。しかし、この時の弘は、敢えて毒ガスの只中に留まり続けた。

 何故なら、ある召喚具の効果を試したかったからである。

 その召喚具、名を防護マスク4型という。いわゆるガスマスクだ。

 陸上自衛隊員の装備品であり、有毒ガス等を吸引しないよう、マスクのようにして装着する。口の部分にはガスを吸収する缶が備わり、目の部分は視界確保のために大きなガラスがはめられていた。

 構造上、皮膚から吸収する類のガス兵器には通用しないが……。


「どういうことだ!」


 グリーンドラゴンが怒声を発する。


「被り物で我がブレスを防ごうとした者は居るが、皆、皮膚を爛れさせて死んでいったのだぞ! 何故、平然としているのだ!」


 そう、弘が召喚する防護マスク4型は、装着すると全身が魔法的に護られるのだ。

 明らかにオリジナルを超えた性能だが、弘は「魔法の道具だし?」と深く考えてはいなかった。


「いや~。召喚具の説明でさぁ。マスクなのに全身ガス防護とか書いてあるから、一度試しておきたかったんだよなぁ」


 弘は、動揺するグリーンドラゴンを見ながらケタケタ笑う。

 本音を言えば、もっと被害の少ないガスで試したかった。いや、都市の路地裏のゴミ溜め近くで装備して、臭いを感じるかどうか。そういう段階から、チマチマと実験していたのだが、本格的な有毒ガスで実験する機会が無かったのである。

 実地試験の相手がドラゴンブレスというのもどうかと思ったが、ステータス上の耐久力値に自信があるため、この場での試験に踏み切ったのだった。


(いっそ、ガスマスク無しでガスブレスをくらってみても良かったんだが……。さすがに、ちょっと怖いしぃ)


 レベル400超えの身体能力には、まだまだ未知の領域がある。

 この先、慎重に調べなければと何度か頷いた弘は、ふと顔を上げてグリーンドラゴンを見ると、ニッコリ笑った。もちろん、防護マスク装備の状態では、表情など表に出はしない。


「取りあえず、召喚具がドラゴンブレスに耐えられるって解っただけでも上等だ。役に立ったんで逃がしてやってもいい気はするんだが……まあ、事前の態度がアレなもんでさ。死んどくか?」


「ぬうっ!?」


 グリーンドラゴンは心外だった。

 今日この日まで、街道で出会った者達はドラゴンたる自分に恐れをなしていた。姿を見るなり悲鳴をあげて逃げ出したり、破れかぶれで粗末な武器を振るい、立ち向かってきた者もいる。それらの末路は例外なく『死』だ。

 なのに眼下のヒト族は、マスク一つでガスブレスを防ぎ、これだけの体格差があるにも関わらず自分を殺そうとしている。


(こんな馬鹿な話があるものか! 我はドラゴンだぞ! この世界に君臨する……頂点の種なのだ!)


 煮えたぎる怒りで脳を沸騰させ、僅かに感じていた不安を掻き消した。

 自らを象徴する能力の一つ、ドラゴンブレスを防がれた時点で一時撤退するのが利口というもの。だが、肥大化した自尊心は彼に戦闘継続を決意させた。


「ぶ、ブレスは防いだようだが……」


 グギギギ……。


 暫く同じ姿勢をとり続けていたせいか、筋肉が強張っていたらしい。軋むような音と共に身体が前に移動を開始した。


「我が爪も、それで防げるかぁ!」


 言うなり右前足を振り上げ、小柄な女性ほどもある爪を弘に叩きつける。その動きは全長で20数m、重量は30トンに迫ろうかという巨体にしては余りにも速い。

 振り上げる素振りを見せた、次の瞬間には弘に直撃している。いや、直撃してはいなかった。

 何故なら、弘が召喚した日本刀……長曽祢虎徹により右前足が切り飛ばされ、頭上でクルクルと回っていたから。


 ……ズダァン……。


 右前足が落下すると、グリーンドラゴンは驚愕で歪んでいた顔を恐怖で染める。


「ひぎああっ! 我のウロコが斬り裂かれ……何だ、その剣は! さっきまで、そんなもの持っていなかったであろうが!」


 ズシンズシンと後退する。恐怖のあまり飛ぶことを忘れているようだ。

 弘はと言うと、虎徹の刃を返してしげしげと見入っている。


「む~。えらくスッパリと斬れたな。闘技場でクロムを倒したときなんか、ウロコが硬くて難儀したのに。バールでウロコを引っぺがすとこまでやって、それで何とか勝てたんだっけ……」


 クロニウス闘技場でレッサードラゴンのクロムと戦ったときは、今ほど高レベルではなかったし、虎徹などの名刀を召喚することもできなかった。

 あるいは、目の前のドラゴンのウロコが、レッサードラゴンよりも劣っているのかもしれない。


「それは無いんじゃないかと思うんだが……。一つ試してみるか。予定とか変更してさ」


 実は弘は、遙か後方に幾つかの火砲を召喚していたのである。

 召喚具は召喚してから一定時間放置すると消えてしまうが、弘から魔力供給を受けている場合は、破壊されない限り消えることはない。


(ママチャリが始めて召喚できた頃は、離れるなり消えてたのに。いや~レベルってのは上げておくもんだよな)


 ウンウンと頷きつつ、弘は虎徹の峰を右肩に乗せて一歩前に出た。それに押されるようにしてグリーンドラゴンが後ずさるが、弘は気にせず話しかける。


「本当は危なくなったら、ズドドドドンと火力支援する予定だったんだわ。でもまあ、その必要も無さそうだしぃ……。虎徹で何処までスパスパ斬れるか試したいかなぁって……さあ」


「ひいっ……」


 怯えるグリーンドラゴンの喉から悲鳴が絞り出された。

 だが結果的に、グリーンドラゴンは嬲り殺しなどされず、次の瞬間には長い首を中程で切り落とされて絶命している。その身体でもって虎徹の切れ味を試されたのは死後のこと。

 先程は玩具がどうのと言ってみたものの、沢渡弘には敗北者を嬲り殺すような趣味はないのである。

 もっとも、それが敗死したグリードラゴンにとって慰めになるかどうかは不明だが……。

 ともあれ、まずは1頭。通常種のドラゴンを討伐できた。実に幸先がよろしい。

 弘はグリーンドラゴンの死体を使って、虎徹の切れ味のみならず、火器火器の試し撃ちなどをしていたが、やがて満足すると死骸をアイテム欄に収納し、再び丸椅子を出して腰掛けた。

 次なる通常種ドラゴンが出現したのは、昼を過ぎて2時間ほど経過した頃。

 グリーンドラゴンの時のように遙か上空を飛翔しているが、問題なのは出現数だ。


「へええ。3頭とは、これはまた……」


 掌をひさし代わりとして空を見上げた弘は、ニヤリと笑う。


「黒と青と緑か……。カラフルだねぇ。……そうだ、よし。今度は飛んでいるうちに仕掛けてみよう!」


 刀で斬ったりとかは、さっきやったもんな。と付け加えながら、弘はステータス画面を開く。そして召喚品目をスクロールさせ、これと目に付いたモノを幾つか召喚しだした。


「03式地対空誘導弾……73式大型トラックに積んだやつで、10台」


 弘の後方数十mの位置で、箱形発射装置を搭載した大型トラックが5台ずつで2列……計10台出現する。

 全長4.9m。弾頭重量は73kgという大型のミサイルを6発搭載した車輌だ。射程は50km以上と言われ、今頭上で飛んでいるドラゴンに当てるには充分すぎる。


「それと……後は87式自走高射機関砲を……う~ん。6台で」


 今度は戦車から主砲を取り払い、砲塔左右に一つずつ機関砲を装備したような車輌が出現した。先程のグリーンドラゴンが出現した際、弘が召喚しようかと考えていた自走式対空砲で、こちらは先に召喚した03式地対空誘導弾らの左右に3台ずつ配置されている。

 陣形自体には特に意味は無く、弘が思いつきで並べただけだ。

 頭上ではドラゴン3頭が円を描くように旋回しており、遠目に地上を見下ろしているのが確認できる。


「じゃあ、まずはグリーンドラゴンからいってみるか。87式、撃ち方始め~」


 気合いの籠もらない、ゆるゆるの射撃開始命令。

 弘の知識では、その号令が陸自式か海自式かも解ってはいない。

 だが、ひとたび命令を受けた87式自走高射機関砲らは、解放能力の一つである『自律行動』の効果により、あたかも生き物のように砲塔を旋回させる。そして持ち上げたエリコンKD35mm機関砲が、その細長い砲身を振るわせた。


 ブゥワァアアアアアアン!


 電気ノコギリのような発射音が弘の鼓膜を揺さぶる。

 そして、数秒後。頭上を旋回するドラゴン3体のうち、グリーンドラゴンの蝙蝠のような翼が弾け飛ぶのが見えた。

 弘は手ひさしの影で目を細めながらニッコリと笑う。


「うん。大当たりだ。じゃあ……ドンドン行こ~かぁ!」


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