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第百八十三話 リーダーの責任

「古竜と1人で戦う……って、なに馬鹿なことを言ってるの!」


 静まりかえった会議室の空気を、ノーマの声が揺らす。


「い~い? よく聞くのよ?」


 ノーマは椅子から腰を浮かせ、会議テーブルに両手を突く形で、座ったままの弘を見据えた。

 古竜は強大かつ危険極まりない存在である。全員で戦っても、怪我人あるいは死人が出るかもしれない。その古竜と戦うことを決定したのは、あくまでパーティー一丸となって戦うことが前提だからだ。少なくともノーマはそう思っているし、他の……弘以外のメンバーも同じ思いだろう。もちろん、危なくなったら逃げる前提ではあるが……。


「メルも言ってたでしょ? レッサードラゴンの2段上ぐらいだと思わないことだ……って。もっともっと危険な……」


 まくし立てるノーマの左頬を、つう……と涙が伝って落ちた。ノーマは言葉を切って手の甲で涙を拭うと、視線を下げ呟く。


「ああ、もう何よ。馬鹿みたい。私……子供みたいじゃない……」


「むう。心配させちまったか……」


 ノーマのような大人の女性が泣いたことで弘は戸惑った。そこへ凍りつくような声が聞こえ、弘の鼓膜を揺さぶる。


「心配して当然です……」


 その氷点下ヴォイスの発生源は……真正面で座るシルビア。

 ゆるふわお姉さんの人をも殺せそうな視線は、弘を硬直させるに足るものだった。


「あの……シルビア……さん?」


「貴方の我が儘や暴走には慣れているつもりですが。今回は恋人の1人を泣かせているんです。説明……してくれますよね?」  


 古竜と言えば、ブレス1つで軍隊に大打撃を与える存在だ。それにパーティーではなく1人で立ち向かうと言うのだから、正気を疑ってしまう。ましてや、彼には恋人が6人も居るのだ。


「私達の心配など取るに足らないことだと。言うことを聞かせるのに説明すら必要ないと。そうお思いですか? もしそうなら、神による鉄槌が下ることでしょう」


 言いつつシルビアは、腰に下げたフレイルへ手を伸ばそうとする。

 彼女の持つ連接武器、フレイルは王都に来てから新調した物で、かなり高品質だ。『穀物』と呼ばれる打撃部分をスパイク付きの金属製とし、更には法儀式によって対魔能力……特にアンデッドに対する攻撃性を高めている。

 つまり、そういった武器でブン殴ると言われているのだが、実のところ、兜等の装備無しで殴られても弘には大したダメージは入らない。

 何しろ異世界転移時点でレベル3だった彼は、現在ではレベル498。その中で耐久力は各能力値の中でも最大の2728だ。人間が振るうフレイル程度では、「なにそれ? 蚊でも刺したか?」といった感想しかないのである。


(とか言って恋人に鈍器で殴られるとか、心の方にダメージ来るからな。あ~……そういや悪霊に取り憑かれた嫁さんだかに、フライパンで殴り殺されるホラー映画があったっけな。いや、そうじゃなくて真面目に対応しね~と……)


 弘は咳払いをするとシルビアから逃げるように視線を逸らし、他の者達を見回す。


「ノーマに泣かれ、シルビアには撲殺されかねんってことで、今から深~く反省しつつ説明に入る……で、いいよな?」


 皆が頷く。そして、メルを除いた全員の視線がキツい。


(グレースもかよ。いいじゃん、別に。俺が1人で戦ってもさぁ……)


 口の中でブチブチ文句を言いながら、弘は説明を開始した。

 まず、今回の古竜の首取りにあたっては、自分の全力戦闘を試したい。色々と制限がかかった能力や召喚術もあるので、あくまで現状における全力ではあるが。


「王都でメルと合流してから、こっち……メルの都合に合わせて、召喚術の実験をしてたんだわ。たまの早朝や昼飯時に、街道の外なんかでな」


 その際、今日までに追加された召喚品目でも『闘技場では使えないような物』を召喚していたのだが、古竜退治にあたっては使用を解禁するつもりでいる。


「正直言って、周りに味方が居たら使えない武具もあるし。古竜とやる時は、それを使いたいんで……まあ、その……今回は単独行動したい……と」


「……メル? サワタリの言ってることは本当か?」


「信じてくれてねぇ!?」


 左隣のグレースが自分を指差しながらメルに問うので、弘は軽くショックを受ける。右隣で居たカレンが「まあまあ」と宥めてくれたが、それでも余りいい気はしない。


「グレースさんは確認しただけですってば。それにしても、闘技場で使えないぐらいの召喚武具って……どんなのがあるんですか?」


「んあ? え~と……例えば、何だっけな?」


 弘は召喚術士以外には見えないステータス画面を展開し、召喚品目のウィンドウを閲覧する。ショートカットを経て、爆弾フォルダの中に設置した『威力:極大』フォルダの中に目当ての品を発見したことで、弘は詳細説明とカレンを交互に見ながら話し出した。


「例えば、MOABモアブっていう爆弾だな。すげー爆風を起こす爆弾だ」


 MOABモアブは、Massive Ordnance AirBlastの略で、日本語にすると大規模爆風爆弾兵器といった具合だ。

 全長は9メートルほどであり、直径では1メートルを超える。その10トン近い重量のうち、8トンほどが炸薬で占められた……文字どおりの大型爆弾。

 一度ひとたび使用されれば、あたり一帯の木々や構造物を薙ぎ払い、爆心地においては原子爆弾紛いのキノコ雲が生じる。まさに弘が有する最大攻撃力の1つであった。


(実は原爆とか水爆なんかも召喚品目にあるんだけど。俺は使う気ねーしな) 


 放射線被害や後遺症まで再現されているらしく、弘としては品目欄にロックを掛けてまでして使用を禁じている。


(俺は別に原爆アレルギーってわけじゃないし、召喚武具で人が大量に死ぬとかも、そもそも、その結果が必要だから使うんで気にしてねー。道具は道具だ。けど、使った後で汚染状態が残るってのがな~。んなことになるぐらいなら、MOABやバンカーバスターを千発落とした方がマシだし? いや、それで原爆ぐらい威力があるかは知らんが……)


 ともかく、核兵器系列の召喚武具は使用禁止だ。

 もっとも、MOABには召喚術システムの制限があって、例えば爆弾単体で遠距離に召喚することができない。メルと相談しつつ実験を繰り返した結果、実際は可能なのだが、召喚位置が離れるほどに消費MPが増大することがわかったのだ。


(しかも爆弾とかミサイルとか。弾体そのものを遠くに召喚するのがアウトっぽいんだよな。手榴弾レベルの爆弾でも、俺基点で1mチョイより遠くに出したら、それで50万MP消費とか冗談じゃねーし。MPが3分の1ほど吹っ飛ぶじゃん。間近でグレネード弾ぐらいの小型ミサイルを直接召喚、発射機無しで全方位発射とかなら、そんなにMP消費しないが。あれは自律誘導ができても、威力がグレネード弾並みだしなぁ……)


 大規模なレベルアップの後で発生した、召喚術士システムとやらの修正。それが入った結果、召喚武具の規模……この場合は爆弾の規模が大きくなるにつれ、消費MPが加速的に増大していくらしい。

 結論。爆発物の遠隔召喚は、やってやれないことはないが、やらない方がいい。


(MP回復姿勢の性能がスゲー上がってるから、ウンコ座りしながら召喚とかしたら、少しは使い勝手が……でも、それだと走り回りながら召喚するとかができねーんだよな~)


 このあたりの制限が絡むことで、大規模爆発物の運用が難しくなっている。例えば、前述したとおり遠隔召喚に難があるので、せいぜい手で触れられる位置にしか召喚ができない。弘には解放能力の『自弾無効』があるため、MOABの爆心地に居ても問題は無いが、その場合は全力で遠ざかる敵に当てづらいかもしれない。相手が爆風範囲の中に居るなら、動き回られても倒せるだろうが、古竜のように空を飛ばれるとどうにもならないのだ。


(アイテム欄の詳細説明を見るに、パラシュートで空中投下とかできそう? う、う~ん?)


 やはり先に述べた制限により、高空での召喚が至難の業となっている。

 陸上にてC-130等の大型輸送機を召喚し、その内部でMOABを召喚。その後に離陸させてから投下するという手段もあるが、これをやるには滑走路の整備が必要だ。そして残念なことに、弘が有する召喚品の中に『滑走路』は無かった。


(建機を召喚して地ならしして、召喚した鉄板を敷き詰めて……って、どんだけ時間がかかるんだよ? 飛行機自体は消費MP増し増しで空中召喚できるけど、着陸してくれなきゃ俺が乗れねぇ。でもって爆装状態だと消費MPが上乗せされるってんで、結局は召喚できねーし。なんか、妙に使い勝手悪いのがムカつくぜ)


 正直言って、召喚品を遠隔召喚するにあたり消費MPが増大するというのは、かなりの縛り要素である。


(火砲や乗り物……それ自体を遠隔召喚する分には、そこまでの消費増はねぇってのにな……)


「ともかく、デカい威力の召喚武具は有るってこった。ただ、周りに誰か居ると使いにくくなるってだけで……」


 身振り手振りを交えながら、弘は主にカレンに対して説明した。彼女は暫くブツブツ言っていたが、やがて納得いったように頷いている。耳を澄ませば「うん、それなら納得できるけど……」と呟いているのが聞こえ、彼女の説得は成功したようだ。

 しかし、続くようにジュディスが不満を鳴らす。

 


「つまり、なに? 強いモンスターと戦うことになると、あたし達は邪魔にしかならないってこと?」


「いや、そうとは限らない」


 ジュディスが膨れっ面で言ったことに対し、弘ではなくメルが口を開いた。 


「今回、ヒロシが向かう『狩り場』は街道外の荒野だ。開けた場所であり、身を隠す場がない。つまり大規模な攻撃魔法などを使用しやすい場と言える。しかし、ヒロシが言ったように、大威力の召喚具の使用は味方を巻き込むのだ。近くに我々が居たのでは、さぞや戦いづらいだろうな。だが、強敵と戦うとき全般において我々が邪魔かと言うと……そうはならない」


「あ~、わかった~。ダンジョンなんかの狭い場所じゃ~、強すぎる攻撃をしたら崩れたりするし~。誰かを助けにぃ、屋敷なんかに乗り込むときは~、派手な召喚武具は使えないものね~」


「そのとおり」


 メルはジュディスにではなく、挙手しながら発言したウルスラに頷いて見せる。

 状況に応じてカレン達……パーティーメンバーの助けが必要になることはあるのだ。そして、その機会は少なくないはずだ。


「開けた場所で古竜と戦う……みたいなことは、そう滅多に無いかぁ……」


 頭の後ろで手を組んだジュディスが、苦笑気味に言い天井を見上げる。その表情は、弘が見た限りでは微妙だ。古竜退治に参加できないことを悔しがっている風であり、場合によっては自分も弘の力になれることを嬉しく思っている。そんな表情だ。

 実際、彼女は夜の戦乙女の指輪を装備しており、憑依変身により戦乙女化が可能であるため、状況によっては大きな戦力となる。


「そうだな。滅多に無い話だとマジで助かるけどな。それで話は戻るんだが……」


 弘は、古竜との戦い方について大まかな説明を行う。

 街道外でドラゴンを狩り続け、その後に古竜が出てきた際、どういった召喚武具を使用し、どういった攻撃を行うか……という説明だ。

 それにより、カレン達は弘単独での戦闘を了承することになるが……一方で、『見学』と称してカレン達が同行することになった。


「離れて見てる分には、たぶんきっと大丈夫です!」


 そう言って両拳を握るカレンに対し、弘は言葉なく頷いて見せる。

 戦闘には参加しないが、遠く離れて観戦をさせて欲しい。そう言い出したのはカレンであり、同調した他のメンバーらが騒ぎ立てる中、一番元気良く話していたのもカレンだった。


「ぐぞ~……結局、連れて行くことになっちまったか」


 弘は古竜に負けるつもりは無い。勝算だってある。だが、伝え聞く古竜の強さを甘く見ているわけではないのだ。あのクロムや、バマーやラザルスと言ったレッサードラゴン及び、その亜種達。彼らの強さを知っているだけに、古竜の前に戦うドラゴン、そして古竜自体の強さは弘の想像力を刺激して止まない。


(漫画やアニメでデケぇドラゴンってのは見たことあるよ? ブレスで島1つ消し飛ばしたりとか……。この世界の古竜は、そこまで出来なさそうだけど、実際に暴れてるとこを見た奴は居ねぇし、見て生きて帰った奴も居ないって話だ)


 大昔に国軍の1つや2つを壊滅させたという話はあるが、それがあまりにも昔すぎておとぎ話化しているのだ。メルの語る古竜の情報だって、古い文献から拾ってきたものらしく正確さに欠ける。

 近年においては、極まれに街道を行く商隊が襲われるだけなのだ。ただ、そういった古竜を放置していることで、被害域を領有する貴族に不利益が生じているのだが……。


(古竜よりも数が出てくるドラゴンも何とかして欲しいってとこなんだろうけどな。けど、本当にカレン達を連れて行っていいのか? 最終的に狩ることになんのは古竜だ。とんでもなく強いっ……てだけしかわかんねー相手と戦うんだぜ?)


 そういう危険な場所に、パーティーメンバーを連れて行きたくない。そう思う弘であったが、こうなった以上は自分が頑張るしかないと覚悟を決める。


「……けっ。なぁに、勝ちゃあいいんだ。カレン達に手出しできないよう、ちゃっちゃと勝ちさえすれば……」


 自分に言い聞かせるように呟く弘は、幾分座った目つきで天井を見上げるのだった。



◇◇◇◇



 翌朝。

 冒険者ギルド王都本部の2階宿で朝を迎えた弘達は、早速同じ2階にある受付で依頼を探した。もちろん、古竜退治の依頼を探すためである。

 会議では『社交界や政界で干されてる公爵クラス』で、古竜に悩まされている人物を探して売り込もう……という事になっていた。ならば、古竜討伐依頼が同じ建物の掲示板に張り出されているなら、その依頼に飛びつくのが手っ取り早い。

 そうした思いで掲示板前に立つ弘達であったが……。


「単にドラゴン絡みの依頼ってだけなら、有るには、有るんだなぁ……」


 この世界にして転移して間もない頃。自分を拾ってくれた山賊団で読み書きを教わった弘は、掲示板に貼り出された依頼書を読むことができる。だから、無数にある依頼の中に、まずは通常種ドラゴンの討伐依頼書を発見することができた。


「たいがいの依頼主は商業組合ってやつか。そりゃそうだろうな。街道で商隊が襲われるんだし。あ、レッサー・ドラゴンの討伐依頼も混じってら。……しか~し……」


 弘が欲する依頼は古竜討伐で、辺境領を持つ大貴族の依頼だ。

 改めて掲示板を見回すと、やはり冒険者ギルドの王都本部だけあって依頼書の数は多い。それこそ数百枚の依頼書が貼り出されており、その中から古竜の討伐依頼書を探すのは至難の業である。


「ヒロシ、ヒロシ。古竜討伐依頼なんてのは、簡単に引き受けられるものじゃないんだから。古い方……下になって隠れてる依頼書を探すといいわよ?」


 言いながらジュディスが隣に立って、掲示板の依頼書をめくっていく。反対側では「私も探します!」と妙に気合いの入ったカレンが、同じように依頼書をめくっていた。


「お、おお? 助かるぜ。俺は……このまま新しい依頼を探してみるかな」


 その後、グレース達も手分けして探し出し、半時間後には幾つかの古竜討伐依頼が発見された。いずれもモンスターの体液由来だという紙が変色してしまっている。相当に古い依頼書のようだ。


「全部で15件。その内、重複してるのが5件か……」


 弘はウンと唸りながら、重複依頼を流し読みする。


(全部、商業組合の依頼だな。依頼書を貼り出したはいいけど、引き受けて貰えねーで埋もれて、また新たに書いて貼ったってわけか……。よほど腹に据えかねたんだなぁ)


 少し気の毒に思うが、弘が欲する条件に合致しない。10枚の依頼書を掲示板に戻し、残った5枚を吟味することとした。


「3件は伯爵や子爵クラスの依頼だから外そう。残った2件は公爵と侯爵……しかも、古竜棲息域に領地がある奴か。当たりだな」


 一件は、ダイナー・ウェルナー・ファズビンダー公爵。

 もう一件は、グスタフ・フォン・セイファーディッツ侯爵。

 爵位で言えばファズビンダー公爵の方が上だが、そちらを選んで良いのだろうか。


「カレンにジュディス? 知ってる人か?」


「あたしは、わかんない。社交界とか貴族界隈の上の話なんて興味なかったし。カレンちゃんは?」


 ジュディスが早々にお手上げとなり、カレンに話を振ったがカレンも首を横に振る。


「すみません。ジュディスちゃんも私も、王に連なる公爵様や、有力な貴族は名前ぐらいなら知っているのですが……。そのお二方は、授業や講義でも余り聞いたことがなくて……」


「はぶられてるような上位貴族についちゃあ知らないってことか」


 知らないと言うよりも、教えて貰えていないと言った方が正しいかもしれない。


(さてどうするか……)


 弘は依頼書の内容を確認した。


「内容的は、自領内の街道を騒がせる古竜を討伐すること。古竜討伐の証し……躰の一部などを持ち帰り証拠とすること。報酬は手間賃込みで、公爵が金貨20枚。侯爵の方が10枚ね」


 金貨の枚数が少なく感じるが、この世界において金は貴重品だ。消費することで魔力の大幅な増幅アイテムにもなる。聞けば戦場における、大規模攻撃魔法の行使にも使用されるとか……。そういった理由から日本円に換算すると、1枚あたり100万円とお高い値が付いていた。


(2千万と1千万か。辺境の領地を背負わされてるにしちゃ、気前がいいな。……依頼書の黄ばみ具合から見て、何度も貼り直してるうちに報酬金額を上げていったのか?)


 色々と想像するが、依頼内容としては相手が古竜であること以外は真っ当なものだし、報酬にだって文句は無い。


「取りあえず、この依頼書が今でも有効かどうか。受付で聞いてみるとしようぜ? この貴族さんらについて調べるのは、その後でもいいってことでさ」


 そう言って弘は、依頼書の束を片手に歩き出す。もっとも、ギルドの受付はクルリと反転して数歩歩いた先だ。


「すんまんせん。この依頼書なんすけど、どっちも古いやつで……。今からでも引き受けたりできるんすかね?」


 黄ばんだ依頼書をカウンター上に置いたところ、受付嬢は内容に目を通して顔を引きつらせる。二十代前半と思しき女性は、その理知的な顔を驚きに歪ませながら、弘を見上げた。


「だ、大丈夫ですが、その……ええ、依頼の取り下げは出ていませんので。ですが、あの……古竜の討伐依頼を……引き受けるのでしょうか?」


「え? 駄目だった?」


 意外に思って聞くと、受付嬢の問いかけには2つの意味があるらしい。1つは、強大極まりない古竜に本当に挑むのかという、驚愕。

 そして、もう一つは……。


「ここ、一番下のところを見ていただきたいのですが……」


「一番下って……備考? 『なお、王都冒険者ランキングで10位以内までの冒険者パーティーに限定する』だって?」


 カクンと首を傾けた弘は、後ろで並ぶパーティーメンバーの中からカレンを振り返る。


「俺達ってランキングとかで何位だっけ?」


「サワタリさん。私達はランキング外です」


 申し訳なさそうに言うカレンの説明によると、まず弘は地方都市クロニウスで登録した冒険者である。その後は、ディオスク等でも活躍したが、この王都に来てからは冒険者としての活動は行っていない。具体的にはギルドで依頼を請けていないのだ。


「サワタリ殿。王都でランキングに載るためには、王都冒険者ギルドで依頼を請けて遂行した実績が必要。その実績が無い我がパーティーは、ランキングに載ることはないのです」


 シルビアが補足説明をしたことで、弘は依頼書を見直し、その後、再びシルビアに視線を向けている。


「じゃあ、個人個人で依頼を請けてランクを上げて、その後でパーティーを組んだらどうなるんだ? 人数で割ってランキングが落ちたりするのか?」


「冒険依頼の遂行記録はギルドで台帳管理していますので、単独での遂行……まあ依頼ごとにポイント的な功績値があるのですが。それを合計して計上します」


「なるほどランクの高い冒険者同士でパーティーを組んだら、ランキングが足し算されて上昇すると……」


 弘はカレンとシルビアに対し説明の礼を言う。と同時に、脳裏では「じゃあ、俺1人でガンガン高難易度の依頼を請けたら、カレン達に危ない事させずにランクが上がるんだな」とか「今からでも、俺だけで依頼受けまくるか?」といった考えが浮かんでいた。

 カレンの家督相続は少々急ぎではあるが、今日明日に解決しなければならないものではない。ノーマの古竜討伐にしても、期限は設けられていない。


(ここは腰を据えてランク上げにかかった方が……いや……)


 カレンの家督相続。その試練達成の受理を妨害する、アレックス・ホローリンの動きが気になる。

 ここで時間をかければ、その分だけ余計なことをされるのではないか。ノーマの案件だけ先に片付けて、カレンのことについては別の手立てを考えるべきで無いか。

 様々な考えが脳内を駆け巡ったところで、コホンという咳払いが聞こえた。

 口元に手を当て、ジッと弘を見ているのは……シルビア。


「失礼。少し、迷いが見えたようですので……」


 弘の冷静さを取り戻すべく、行動してくれたらしい。

 感謝するように弘が頷き、シルビアが微かに笑みを浮かべて頷き……返そうとしたところで、シルビアの隣りに居たウルスラが口を開いた。


「私も気づいてたけど~。シルビアに譲ったの~。すっごく心配そうにしてたし~」


「なっ!? ちょっ!?」 


 途端にシルビアの表情から硬さが消え、顔を赤くしてウルスラに向き直る。そして「わ、私は、それほど心配していたわけではなくてですね! こ、恋人として少し気になっただけで……」と弁明を始めた。

 これを一、二歩ほど離れて見ていたジュディスが、面白そうに見物しているグレースへツツツと擦り寄り囁きかける。


(「ねえ? シルビアの今のアレ……どう思う?」)


(「うん? ふむ、シルビアか。パーティー内異性を意識していることを指摘されたから狼狽えてる……ではないな。我らとサワタリは、すでに恋人同士であるのだから」)


(「そうなると……うん。今まで自分がヒロシに対してアピールするところが少なかったから、ここで一気に行動に出てるって感じ? それがウルスラにバレてて、バツが悪くなったと? 別に焦ったり恥ずかしがらなくてもいいのにね~」)


「ちょっと、そこの2人。聞こえてますから!」


 瞳を閉じ、怒りを噛み殺してる風のシルビアが言うと、グレースとジュディスは会話を中断して我関せずの素振りを見せる。実にわざとらしい素振りであり、それが返ってシルビアの羞恥心を煽るのだが……弘は敢えて無視をした。


「あ~……相談してたとおりの段取りで行くか。お姉さん? この依頼って、ずっと貼ったままにしてたけど。今でも10位以内じゃないと引き受けられないわけ?」


「私からも聞きたい。このヒロシ・サワタリは、王都闘技場でレッサー・ドラゴン2頭を相手に同時に戦い、圧勝した男だ」


 弘の言い終わりと共に会話に混ざってきたメルが、売り込みのごとく弘を紹介した。


「その辺の冒険者よりは依頼達成の見込みがあると思うし。貴族様からの依頼が、いつまで経っても放置というのもマズかろう? どうだろう? ここは依頼主に問い合わせるなどして、このヒロシ・サワタリで手を打ってみないか?」


 あのサワタリならば……と思って貰えれば重畳である。さて、この場合だが、どちらの貴族に確認を取って貰うべきか。


(会議室で話し合った段取りだと、ノーマにアレックスに言うことを聞かせられそうな奴を探すんだったな)


 ファズビンダー公爵とセイファーディッツ侯爵。果たして、どちらが役割に適しているだろうか。


「俺が引き受けても大丈夫かどうか。その確認だけでもして貰えると嬉しいんだが? できれば両方にな」


「しょ、少々お待ちください!」


 闘技場における弘の活躍は受付嬢も知っていたらしい。弘に冒険者証を提示させると、一言断ってから借り受け、奥の執務室へと駆け込んで行った。自分の裁量を超える事態であり、上司に相談しようというのだろう。しかも、時間が掛かるのか、代わりの受付嬢が出てきて「あちらのベンチにてお待ちください」ときた。   


「じゃあ、座って待たせて貰うとすっか」


 弘は受付を離れると、皆を連れてカウンターの対面に並べられたベンチへと移動する。ベンチと言っても木製で、背もたれの無いタイプであり、それらが並べられた光景は、病院の待合場のようにも見える。


(病院つっても、日本の病院とかの話だけどな。この王都本部は、地方都市の冒険者ギルドと違って何もかもデカいから、余計に病院っぽく見えるわ……)


 ベンチは十数人座れる程度には用意されており、1つか2つのパーティーを待たせることを想定しているようだ。なので、ヒロシパーティーの全員が腰掛けるには充分足りている。


「さ~て、どうなるかな?」


 首の後ろをボリボリ掻きながら、弘は呟いた。

 この後の展開は、複数考えられる。

 例えば、公爵と侯爵。双方がランキング外冒険者でも構わない……と言うのなら、ノーマに調べさせ、アレックス対策に役立つ方の依頼を引き受けることになるだろう。

 双方がランキング10位以内でないと駄目だと言うのなら、他を当たるしかない。

 勝手に古竜を討伐し、恩を押し売りしに行く手もあるが、カレンの家のことを考えると下策だ。せいぜいが狩った古竜の首でもって、先にノーマの件を片付けるぐらいだろう。

 あるいは、乗り気になった貴族がアレックス対策に不適で、難色を示した方こそが適しているとなれば、少し面倒くさいことになるかもしれない。


(場合によっちゃあ、余計に1回……古竜を狩らないと駄目かもな)


「ん?」


 気がつくと、カレン達が弘を見ていた。

 少し心配そうなのだが、それによって空気が辛気くさいものとなっており、弘は豪快に笑い飛ばす。


「ぐははは! なに心配そうにしてんだよ? どっちにしろ古竜は狩るんだし、ここで依頼が取れるなら儲けもんじゃねーか。駄目なら、勝手に古竜を狩りに行く! それだけのこったろ?」


 弘が元気そうに振る舞って見せたことで、女性陣の何人かがホッとしたような表情になった

 そうして数分待ったところで、最初に応対していた受付嬢が戻ってくる。


「精霊通信で連絡が取れました。セイファーディッツ侯爵が『あの古竜を倒せるのなら、誰であろうと構わない』とのことです!」


「ほ~う? ちなみに、公爵様の方は何て言ってたんだ? だいたい想像がつくけどさ」


 受付嬢は口籠もったが、やがて目を逸らせ気味に口を開いた。


「伝えておくように……とのことでしたので、お知らせします。『闘技場で多少名を売ったかも知れないが、身の程をわきまえよ』とのことでした」


「なるほど。よ~くわかったぜ。そっちは放って置いていいや。で、引き受けていい方だけど。準備もあるから、2~3日内ぐらいで依頼を引き受けるか決めさせて貰う。セイファーディッツの旦那……おっと、侯爵様には、そう伝えておいてくれ」


 恐らく、精霊通信で直接話したのは侯爵や公爵本人達ではないのだろう。よくて執事的な立ち位置の人間のはずだ。その辺は理解している弘であったが、あくまで依頼主へと伝言を頼み、そのままギルド受付を後にするのだった。

 


◇◇◇◇



 そして弘達は、再度会議室を借りて室内に引き籠もっている。

 銅貨3枚程度の費用はかかるが、内緒話をするには最適の場所だからだ。実際に、受付嬢と話をしていたときも、別のパーティーが他の会議室へと入って行った。意外と利用者は多いのである。


「大貴族様を話題に出したいもんで、酒場で話すんのはちょっとな……」


 そう弘が言うと、皆が苦笑した。

 こう一々会議室を借りることになるなら、さっき使ったとき借りたままにして、誰かがギルド受付に行けば良かったか……などと弘は考える。だが、侯爵と公爵の依頼書があった結果、あれこれ考える羽目になったのだし、あの場に適切なパーティーメンバーが居ないときは、会議室へ呼びに行くことになったかもしれない。そう考えると、細々と会議室を借りるのは悪いことではないだろう。


(てか、今思いついたんだが。鍵とか返す前に、みんなで掲示板を見れば良かったんだな。今度からそうしよう……)


「でまあ、依頼を請けて問題無さそうなのはセイファーディッツ侯爵ってことになったが、ノーマは今日明日ぐらいで……そうだな、主にさっきの侯爵と公爵、後は出来る範囲でアレックスに言うこと聞かせられそうな貴族を調べてくれ。盗賊ギルドは協力してくれると思うが、経費が必要なら俺が払うんで、ツケにしてくれていい。……駄目なら立て替えておいて」


「了解。任せておいて!」


 弘に頼られるのが嬉しいのだろう。ノーマが満面の笑みを浮かべて頷くので、弘も頷き返す。そして、「セイファーの侯爵さんが万事都合良い感じなら、世話無いんだけどなぁ……」などと弘が呟いていると、ジュディスがカレンに話しかけているのが見えた。


「それにしてもさ。ファズビンダー公爵って、ああいう辺境領地を押しつけられてるって事は、昔やらかしたことで干されてるんでしょ? 何やったか知らないけどさ」


「権力闘争で負けたか……昔々に国王陛下に失礼を働いたとか……かしら? 辺境領を任されてるのは、充分な武力を持ってて異民族が攻めてきても抑えが効く……有能な方が多い……はずよね。でも、古竜の出る僻地になると、ジュディスちゃんが言ってる風な感じでいいのかしら? 依頼を引き受けても良いって言ってくださった、セイファーディッツ侯爵も辺境領をお持ちだけど。う、う~ん?」


 カレンが小首を傾げている。

 古竜撃退を期待できるから領地を任されている。

 そんな危ない領地だから押しつけられている。

 前者なら名誉なことだと言えるが、今回名前の挙がった2人は明らかに後者だ。何しろ、領兵では対処できないので、冒険者ギルドへ依頼書を出してしまうほどなのだから。


「さて、これから忙しくなるな。主よ」


「ああ、まったくだ。本当は冒険依頼なんて、もっとわかりやすい感じなのが良いんだけどなぁ」


 グレースに話しかけられた弘は、溜息交じりに答える。

 この後はノーマの調査報告を待って、セイファーディッツ侯爵の依頼を引き受けるかを判断。都合が悪くて引き受けないなら、とにかく古竜討伐に出かけるのか……といった行動を決めなければならない。


「ああ、だるい、だるい。もっとパパッと話が進んで、色々と解決しね~もんかな~」


「そう言うな。世の中、簡単なだけで済んだら張り合いがないぞ?」


「そういうもんかね~」


 弘はグレースの声音を心地よく感じながら、しかし口を尖らせている。

 元居た日本では高校卒業後、ことごとく採用面接で蹴られ、仕事と言えば短期間のアルバイトにしかありつけなかった。学生時代に頼みとしていた腕っ節は役に立たず、せいぜい荷物の上げ下げに使える程度。更に巡り合わせが悪かったのか、バイト先の上司や先輩にはロクな奴が居ない。そして合間を縫って採用面接を受けに行っては落とされる。

 あの頃の下唇を噛むというか、下唇が鼻の下に届きそうな……鬱でいてイラッ来る感覚を、弘は今もハッキリと覚えているのだ。


(そりゃあ仕事があるってのはイイもんだけど。楽して遊んで暮らすとか。マジで憧れるよな~。せこせこ仕事とかするんじゃなくてさぁ……)


 幾分駄目な方向に思考が沈もうとしたところで、弘は首を傾けた。

 コキッと関節が鳴り、気分がリセットされる……ような錯覚を感じる。


(わかってんだ。グレースが言ってるのは、やり甲斐とか生き甲斐の話だってことはよ。それに、俺を元気づけようってしてくれてることもな。ありがて~話だよな~、俺みたいなチンピラに……)


 弘は会議室の面々を見た。

 自分の両側に陣取るカレンとグレース。カレンの隣りに居るシルビア。対側では向かって左からウルスラ、ジュディス、メル、ノーマが居て、思い思いに話し合っている。

 総勢8人パーティーだ。自分はパーティーリーダーであり、自分を含めた全員に対して責任がある。


(こういう時、いつも思うんだが……誰1人欠けないようにしねーとな)


古竜討伐に向けて着実に状況が前進している中、パーティーリーダーとしての自分の責任は重い。いつだってリーダーは責任重大だが、今回は格別だ。先日、「なぁに、勝ちゃあいいんだ。カレン達に手出しできないよう、ちゃっちゃと勝ちさえすれば」と考えていた時のような気分は、弘の中からは完全に吹き飛んでいた。


(俺には召喚術なんて言う、ワケがわからんけどデカい力があるんだ。せいぜい活用するし、気張ってお仕事やりとげるとするぜ!)


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