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第百八十二話 方針決定

「え~……なんか俺の判断で、古竜の首取りを先に片付けることになったわけだが……」


 顔面左の古傷を指で掻きつつ、弘は会議室の面々を見まわす。

 この後は行動予定を決め、準備を整え、現地に向けて出発という流れだ。しかし、後回しとなるカレンの家督相続の問題。この件の状況を聞くだけでも聞いておこうと、弘は皆に提案した。


「元々、続いて話を聞く予定だったしな。話1つ聞くぐらい、時間の余裕はあるだろ?」


 これを受けて、カレン以外の全員が頷く。


「……さ、サワタリさんや皆に助けて貰えるの、本当に助かります。ありがとうございます。でも、何と言うか……話をするのも後でいいような気がして……。って、シルビアまで……」


「サワタリ殿に出会った頃は、私が止めないと何もかも喋ろうとしてたでしょうが……」


 溜息交じりに言いながら、シルビアはカレンを睨め付けた。もっとも怒りや憎悪といった負の感情からではなく、『駄目ですよ? めっ!』的な睨み方となっている。


(あの頃のカレン様にとって、サワタリ殿は珍しく興味深い人物でしかなかった)


 ところが、今では恋人同士の関係だ。

 そんな弘に実家絡みの揉め事を話すのは恥ずかしいのだろう。ましてや、この場には他の『恋人仲間』達も揃っているし、弘以外では唯一の男性メンバーも居る。

 幼馴染みとしてカレンの気持ちが良く理解できるシルビアであったが、ここは皆の……中でも強大な戦闘力を持つ弘の協力を得られるチャンスなのだ。無論、弘が恋人を見捨てたり放り出したりするとは考えられない。しかしながら話すべき事は、きちんと話しておくべきだろう。


「カレン様の家督相続の件について、解決順は後回しになりましたが……。相談することまで後日にする必要を感じませんので」


 少し恨めしそうにしているカレンに対し、シルビアは澄まし顔で顔を背けた。


「そもそも、私からカレン様に報告するかどうか迷ってることもありましたし。この際ですから、私が話したいことも含めて全部話すことにします」


「ちょ、『私が話したい』って……他にまだ何かあるのぉ!?」


 カレンが悲鳴をあげるが、シルビアは聞かないふりをする。

 会議室という場、気心の知れたパーティーメンバー達。そして恋人たる弘が居るという状況が背中を押したのか、シルビアは抱えていた秘密事を話していった。

 まずは、カレンが家督相続のための試練を遂行するにあたり、彼女に同情する上位貴族から『監視役』として同行するがてら、ある程度の便宜を図り、手助けをするように依頼されていたこと。


「……ま、まったく気がつかなかったわ……」


「え? カレンちゃん、本気で言ってる? 傍目には、色々と目をつむってくれてるように見えて、随分と不自然だったんだけど?」


 肩を落として脱力するカレンにジュディスが問いかける。カレンとしては『シルビアが優しくしてくれてる!』程度に思っていたのだ。だから、ジュディスの発言を受け、彼女に向けていた視線をシルビアに転じる。


「例の貴族の方……名前は約定により明かせませんが、その方の働きかけがなければ、もう少し厳しめに対応していたと思いますね。甘く見てもらっては困ります」


 そうコメントしたシルビアは、続いて現在進行形で問題となっている、試練達成報告の受理について話し始めた。 


「家督相続にあたっての試練。その取り決めは5つ有ります。その内、2つが達成項目。で山賊討伐とオーガー討伐。3つが禁止事項や条件となっていました」


 達成項目に関しては文字どおり達成済みなのであるから、報告が終われば暫くたって受理書が発行され、家督相続が承認されるというのが本来の在り方であり展開だ。ところが今回は、カレンやシルビアが思っていた以上に受理が遅れている。


「そうなのよ。私が何回受付に押しかけても『その件に関しては決裁中ですので』って……。幾つの課を経由しなければいけないとか、副部長が休暇中だから決裁が止まってるとか……」


 カレンが伏し目がちにブツブツ言い出した。何やら悪いスイッチが入ってしまったようだ。


「あ~、わかるわかる。お役所仕事って、仕方ねぇ部分もあるけど、そういう所があるからな。ま、たいていはマジで仕方ね~んだけどな」


 言いつつ弘が肩を叩いてやると、カレンは我に返った様子であり、次いで頬を染めてニンマリする。弘は隣から聞こえる「えへへ~」という照れ笑いと、ジュディスからの「カレンちゃん、ずるい~」という抗議の声を聞き流し、シルビアに続きを話すよう促した。


「はい、では続きを。私が調査したところでは、とある大貴族から『待った』が掛かっているらしいのですが……その……。とある大貴族というのが、どうもアレックス・ホローリン様のようでして……」


 ようでして……と口を濁しているが、カレンに同情的な上位貴族のスジから得た情報なので間違いはないはずだ。


「一応、私の方から探りを入れて確認しておくわね。今なら、盗賊ギルド本部も協力的なはずだし……」


 ノーマが軽く挙手しながら言ったことで皆が頷く。ただ、この時、弘を含めた全員が思っていたことは1つだ。


『あいつか……。あいつで間違いないんだろうなぁ』


 弘にしてみれば、恋人たるカレンの婚約者を自称する時点で心証が悪い。

 カレンにしてみれば、興味も無い男が恋人弘との間に割って入ってきて、波風を立てるので心証が悪い。

 グレース達にしてみれば、恋人仲間たるカレンにちょっかいを出すので心証が悪い。

 弘以外では唯一男性のパーティーメンバー、メルにしてみたところで、やはりパーティーメンバーにちょっかい出すので心証が悪いのである。

 つまり、アレックス・ホローリンは、今回の件に関して事の真偽以前に、ヒロシパーティーの全員から嫌われているのであった。

 ノーマが確認を取ると言っているが、心情的にアレックスは真犯人扱いと言っていい。


「しかし、よくわかんねぇな」


 弘は椅子の背もたれに体重をかけた。

 試練完了届だか報告だかの受理を送らせたとして、何か意味があるのだろうか。


「ただの嫌がらせじゃないとしたら~……時間稼ぎ~、かしら~?」


 ウルスラが人差し指を口元に当てて発言する。もしも時間稼ぎであるなら、いったい何を企んでいるのか。と、弘達は考えた。だが現時点での情報が少なく、これと言った結論が出ない。


「ともかく……何かされる前に、手を打っておいた方がいいのかもな」


 そう言う弘の意見に皆が頷くが、さて、打つ手と言っても何ができるだろうか。

 弘の有する最大のコネクションは、冒険者ギルド王都本部の会計課長、ジュード・ロォ。だが、彼に頼み事をしても物事が万事解決するわけではない。事実、盗賊ギルド本部の場所は、彼の口から直接に聞き出せなかった。


「相手が大貴族ともなると、なおさらジュード爺さんの手に余るか。爺さんに頼んで貴族周りからアレックスを黙らせる……ってのは無理そうだな」


 手っ取り早いのは、アレックスを暗殺することだが、アレックスがカレンにちょっかいを出してるのは、周知の事実であるため、彼が不審死するとカレンが疑われかねない。それに恋愛絡みのもつれで、人を殺すことまではしたくない。


「アレックスに言って聞かせて、カレンの家への嫌がらせをやめさせる。そういう事が出来るって言ったら誰だ? そんな奴、王様以外に居るのか? てゆうか、あの馬鹿、いちいちカレンに対して偉そうなんだけど。どんくらい奴の家と差があるんだっけ?」


 弘が聞くが、ここで一瞬の間が開いた。誰も説明しようとしなかったのである。

 何故説明しないのか。それは、カレンの家の『格』について論評するに等しいことであり、訳知り顔で口出しすることを避けたからだ。

 しかし、適任者ならちゃんと居る。シルビアが「コホン」と咳払いしたことで、渋々口を開いた者。誰あろう話題の当人、カレン・マクドガルだ。


「え……と、ですね。私の家は……」


 マクドガル家であるが、日本風に言えば『子爵』にあたる。成り立ちとしては昔、男爵位であった御先祖様が、戦功を立てて子爵位になった……というもので、町や村クラスの領地を持つ子爵の中では比較的下位だ。ちなみにジュディスの父、リチャード・ヘンダーソンは元騎士位(士爵)であり、戦功及び養父から譲渡された資金によって準男爵となっている。養子の彼がヘンダーソン家を引き継いでいるのは世襲ではなく、更なる戦功により出世して、同じ男爵位になったことで養父より家督を譲渡されたのが理由だ。 


「ややこしいでしょ? あたしん家は変則的な扱いで、本当は男爵位って世襲できないのよ。父様は騎士団所属のままだし、領地だって持ってないし~。だけど、カレンちゃんの家は子爵家だから、領地もあるし世襲だってできる……と」


「ほうほう」


 補足説明をするジュディスに対し、弘は感心しつつ頷いて見せる。

 ジュディスの家の場合も、家督譲渡にあたっては周辺貴族から散々嫌がらせをされたそうなのだが、それはさておき……と、ジュディスがカレンに説明役を戻した。 


「え~、コホン。それで……マクドガル家とアレックスのホローリン家の差ですが」


 ホローリン家の場合、爵位は『侯爵』となる。


 『公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵』


 これら五爵の中だと上から2番目。最上位の公爵が王家の親戚であるのに対し、公爵はそうではないという違いで、江戸時代であれば外様大名と言ったところだ。


「つまり伯爵を挟んで2段階上。地方の村長さんと、一国一城の主ぐらい違うってことか……」

 

 爵位に関してはもう少し複雑なのだそうだが、今のところは弘の認識で充分とのこと。


「そうなるとアレックスの家より偉いのは公爵家ってことになるけど。そこに泣きついてアレックスに諸々の嫌がらせを止めさせるってのは……無理そうだな?」


 これには皆が頷いた。

 特にカレンとジュディスが、何度も頷いている。


「マクドガル家みたいな田舎貴族じゃあ、門前払いされちゃいますよぅ。と言うか、そんなことへコネも無いのに相談しに行ったら、すっごい叱られた後でペナルティがありそう……」


「恐れ多すぎて、考えただけでも寿命が縮んじゃうわよねぇ」


(う~ん? 大名行列に直訴状を持って突撃かます感じか? だったら理解できるけど)


 弘としては、それでも公爵の誰かの手を借りられれば最高だなと考えていた。


「場合によっちゃあ、多少のセコい手つかってでも……おっと」


 弘は光神尼僧……シルビアの目を気にして口をつぐむ。

 彼はこの時、犯罪スレスレかアウト気味なところに踏み込んでも、公爵クラスの人間の協力を得ようと考えていたのである。


(最悪、アレックスに『事故死』して貰うかもだけど。できりゃあ女絡みで殺しとか勘弁だし。まあ、やれることはやっておきたいしな。……けど、なんつうか……上の人を頼って止めさせても、しこりとか残るんだろうな~)


 カレン達から聞くアレックスの性格からすると、家督相続関連の問題が解決した後も、何かしらちょっかいをかけてきそうだ。いや、絶対に何かしてくる。


(ああ、面倒くせぇ。考えれば考えるほど、殺っちまった方がイイ気がしてきたぜ……)


 元居た世界……特に日本においては、人を殺すというのは、それはもう大変な覚悟が必要だ。発覚してしまえば社会的地位を失うことになるし、逮捕されれば刑務所行きないしは死刑。事情次第では執行猶予もあるだろうが、失うモノが多すぎる。殺人に対する倫理の話は別にしても、割に合わないのだ。


(何もかも捨ててでも、憎いアンチクショウを殺したい……ってのはあるんだろうけどな)


 ところが、こっちの世界での殺人は恐ろしくハードルが低い。元の世界で言う紛争地域や治安の悪い国並だと言える。

 そして現時点において、沢渡弘の殺人に対するハードルは、転移前と比べて低くなっていた。冒険者となってから幾たびかの冒険行を経て、人を殺す機会は多くあったし、慣れもしている。何より大きな変化は、その時々で必要な殺人を躊躇わなくなったことだろうか。


(映画や漫画でよくある展開で、敵兵見逃したせいで後々、大事な人が死ぬとかがあって。そういうのが大嫌いってのもあるか……)


 だから、それしか方法が無いと思ったら、弘は迷いなくアレックス・ホローリンを殺す。事後の展開次第では、カレンを始めとした恋人達、そしてメルなどは、このタルシア王国に居られなくなるだろうが……。


(なぁに……みんな連れて、よその国に逃げてもいいんだ。カレンの家が駄目になる件についちゃ気の毒だけど……)


 最悪、王様やら貴族やらを皆殺しにして、カレンを女王様とかにしちゃえば、それはそれで諸々解決するかも。考えてみりゃ、俺の力で出来そうな話だしなぁ……。

 などと、思考が物騒極まるレベルに到達しようとしたところで、咳払いが1つ聞こえた。

 口元に手を当てた魔法使いメルが、弘をジッと見ている。


「んむ。まあ、すぐにはどうにもならないわけだ。カレン嬢の件については、アレックスが何かしてきたら皆でフォローする。それとは別に、アレックスに嫌がらせを止めさせる方法を考える……としておこうではないか。あと、ヒロシ……」 


「んあ? なんすか?」


 不意に名を呼ばれたことで、弘は姿勢を正した。やはり、年輩の男性と話をするときは少しばかり緊張する。例え、それがパーティーメンバーであってもだ。


「悪いことを考えているときは、顔に出さないことだ。皆が心配するからな」


「へっ?」


 弘は頬を両手で擦る。左側には縦に走る古傷があって、その感触があるが……ただそれだけだ。


「先程、何か考えていたようだが。眉間にシワが寄って殺気を放ったりしていたからな。誰を殺したいのかは……まあ想像がつくが。実行する気になったら、行動に出る前に相談はして欲しい……と、私……いや、私達は思う。解って貰えるだろうか?」


「お、おう」


 返事しつつ周囲を見回すと、カレンやジュディスが少し怯えた様子で、シルビアとウルスラの尼僧組は心配そうに弘を見ていた。一方、ノーマは「怖いわねぇ」などと呟きながらニンマリしており、隣りで座るグレースは細めた目で視線を向けてくる。

 メルが言ったように、皆、弘の表情の変化によって心配していたのだ。


「サワタリさん? メルさんも言いましたけど、本当に……相談はしてくださいね?」


「一人だけ泥かぶろうなんて、あたしが許さないんだから」


「はいはい。ヤバいことするときは相談させて貰いやすよ。……できるだけな」


 最後に付け加えた一言で、カレンとジュディスが「む~っ」と睨んでくる。が、敢えて無視をした弘は、ノーマに目を向けた。


「ノーマ? 当面は古竜退治にかかるけど、相手の強さ次第じゃあ早々に逃げ戻るか、早々と倒しちまうかのどっちかだ。要するにカレンの用件に取りかかるまで、そんなに時間がない。その間だけでも良いから、アレックスの馬鹿に指図できそうな人間を調べておいてくれ。さっき話した、アレックスがカレンの邪魔してる確証を掴むってやつの、ついででいいから」


「わかったわ。まかせておいて!」


 ノーマが微笑む。

 自分のことで迷惑を掛けることになる弘に、手助けできることが嬉しいのだ。


「ヒロシ、それで首尾良く相談相手が見つかったとしてどうするね? そのまま相談に行ったのではカレンらが言ったように、門前払いかつペナルティだそうだが?」


「そこっすよ」


 弘はメルに返事しつつ人差し指を立てる。

 アレックスが言うことを聞かざるを得ない相手……例えば何々公爵が居たとしよう。そのまま相談しに言ったのでは、カレンやメルが言ったとおりになるが、ここで弘には1つの案があった。


「その公爵さんとやらが、凄い欲しいモノがあったり、凄い邪魔な奴が居たりするとしてだ。それが俺の力で収集できるか、ぶっ倒せる相手なら……。困りごとを引き受けて借りとか作れそうじゃん?」 


「ふむ。途轍もない戦闘力が無ければ解決できない案件。それを抱えている人物に、ヒロシを売り込む分けか。ヒロシの名と実績は王都で知れ渡っているからな。効果はありそうだが……ふむ。しかし、そう都合良い人物が見つかるかな?」


「公爵で居なけりゃ、その親戚筋を探すんすよ。そいつに恩を売って、公爵さんに口効いて貰えたら上々だろ?」


「なるほど……。やってみる価値はあるのか……」


「それで駄目なら、他の手を考えるしかないっすね」


 メルが納得したことで、弘は話題をノーマの古竜退治に戻した。


「で、古竜退治の話に戻るが。盗賊ギルド本部は、王都の西の方にある山脈に冒険者を派遣したんだっけな?」


 ステータス画面を開き、アイテム欄より貰った地図を取り出す。弘は協議テーブル上にて広げた地図の一点を指差した。


「本部長さんが言うには、この辺に大規模なドラゴン氏族の集落があって、だいたい百頭を超す数のドラゴンが居るんだとか」 


 冒険者らの派遣地として選定した基準は、まさにその一点。ドラゴンが数多く居る……である。


「行ってみたけど見つかりませんでした……じゃ、話になんねぇってことだったが。聞けば派遣された冒険者パーティーの連中、集落らしき場所まで辿り着けなかったんだよな。ノーマ?」


「ええ。途中までは街道を進んでいて、山脈近くで街道を外れて行動をしたら、暫くしてドラゴンに発見されて襲われたとか。それが派遣した回数分、発生したそうよ」


「ふう……ん」


 弘は腕を組んで唸った。

 縄張りとでも言うのだろうか。街道を離れて山脈に近づくなり、ドラゴンに発見されるとは……。


「それってさぁ、その場所に行きさえすればドラゴンには出会せるわけ? つまり、そこで踏ん張ってドラゴンを次々倒してたら、そのうち古竜が出てきたりとか?」


 おお……と言う声が、会議室を満たす。

 カレンやジュディスは感嘆の声をあげたのだが、その他は幾分呆れているのが感じ取れた。


「出てくるドラゴンを~、次々に倒すのはぁ、もぉ前提~の話なのね~」


「もはや、一冒険者としては強さが規格外過ぎますね」


 ウルスラはともかく、シルビアが言外にバケモノ扱いしてくるので、弘は少しばかり傷ついた。だが、古竜をおびき出す作戦は、これで決まり……。


「暫し待て。主よ、街道から離れているとは言え、その近辺はヒト族の誰かしらの領地に含まれるのではないか? 先の盗賊ギルドの派遣冒険者は、数回派遣されてその都度全滅しただけだそうだが。主なら自身で言ったように、踏みとどまって何度でも撃退できよう。しかし……」


 そんなことを続けていたら、その領地の主に迷惑がかかるのではないだろうか。

 例えば、その場で倒し損ねたドラゴンが居たとして、近隣の村々を腹いせに襲撃するとか。そうなると地主……もとい、領主から苦情が入って、ドラゴン退治を止めさせられるのではないか。

 そうグレースが主張したことで、弘は腕組みしたまま視線を下げる。


「あ~……そうなる……のか? 名案だと思ったんだがな。けどさ、ドラゴン棲息地の山脈なんて、領有してるような奴が居るのか?」


 弘の視線はグレースを外れ、右側で座るカレンや、対側の左方で座るジュディスに向けられた。貴族の領地事情となると、詳しいのは彼女らだ。


「ええと……場所が場所ですから、直接支配下に置いてるわけじゃないんですけど」


「名目上は領有している貴族が居るわよねぇ」


 ただし、ただ土地が広いと言うだけで山脈に価値は無い。いや、探せば鉱山ぐらい有るかも知れないが、ドラゴンがウジャウジャ居る場所で採掘するなど不可能だ。


「森林地帯や街道外の草原なんかも、ドラゴンの狩り場になってますから。町を作るどころか、畑を作ることもできません。土地の広さだけに価値を置いた……辺境領地ということになります」


「値打ちはね~けど、広さだけは自慢ができるってわけか? いや、なんだか、ガキの頃に読んだことがある三国志だかの漫画に出てきそうな話だなぁ」


 戦争が終わって領地を分け与えるが、仲の悪い者に対しては、作物が育たないような辺境の領地を与えて首都から遠ざける……など。


「要するにアレだ。王国でも割を食ってる、不遇な貴族さんの領地に指定されてるってわけか……んんっ!?」


 その時、沢渡弘に電流走る!


「待てよ? 盗賊ギルド本部が出した冒険者パーティーは、街道から外れて進むなりドラゴンに見つかったんだよな?」


「そうよ? それがどうかした?」


 半ば独り言に近かったが、これにノーマが反応した。

 今弘が言ったことは盗賊ギルド本部長から直接に聞いた話なので、間違いはない。何か……弘の気になるようなことでもあっただろうか。


「それって、普通に街道を移動しててもドラゴンに襲われるとか、そ~ゆ~被害が出てるんじゃね? つまり、自分の領地内でドラゴンが暴れてるんで、迷惑してる貴族が居るんだよな? 値打ちはともかく、広い土地を任されてる偉い貴族が?」 


「この場合の偉いというのは、権力は無いけど名家だってことよね」


 補足説明を入れつつ、ジュディスが悪そうな笑みを浮かべた。どうやら、弘の狙いに気づいたらしい。


「ってことはだ。そういう迷惑してる貴族領地でドラゴンやら古竜やらを退治したら、まずは盗賊ギルドの古竜の首取り依頼が達成できる。その上、大物貴族に感謝されるわで、アレックスの件なんかの頼み事とかがしやすい! どうだ!」


 おおおお~っ!


 驚きや感心、それら入り交じった声が皆の口から発せられた。

 だが、ここで待ったがかかる。

 挙手して発言しようとしているのは……魔法使いのメルだ。


「実に名案だと思う。古竜の首取りを遂行すると同時に、カレン嬢の家督相続解決に繋げることが出来るのだからな。だが、そう都合良くいくかな? 条件に合致する貴族などが居れば良いのだが……」


「我は見込みある案だと思うぞ? メルよ」


 グレースが楽しそうに笑いながら発言する。


「自領内の街道をドラゴンが徘徊している。これほど面倒かつ迷惑なことはない。どうにか解決したがっているはずだ。貴族なら私兵を出す手もあろうが、レッサードラゴンならまだしも、相手はドラゴンや古竜……」


 軽く蹴散らされるのは目に見えている。王国軍が出動しても駄目だろう。ドラゴンの1~2頭なら撃退ぐらいはできるかもしれないが、古竜が出てきたら壊滅の恐れがあるのだ。


「撃退や退治が無理なら、普段から使い道の無い土地なのだし放っておけ……というわけにもいきません。領内の街道の管理責任は、領主にあるのですから」


 そう言ってシルビアが指摘したように、街道移動する商隊などに被害が出れば、当然のことながら苦情は領主に集まる。そして、いつまでも『ドラゴンが強いから、どうにも出来ません』では通用しないのだ。


「私が商隊リーダーだったら、早めに解決して欲しいわねぇ。ドラゴンが出没しやすい街道なんてとおりたくないもの」


 ノーマはシルビアに対して頷きながら続ける。多少損が出ても問題の街道を迂回し、目的地を目指すだろう……と。


「ううっ。商隊が領内の都市を通過してくれたら、滞在中にお金を落としてくれますし。交易だって盛んになりますよね。それが無くなるということは……領地の経済力なんかが激減……」


 一応、領地持ちの貴族となる予定のカレンが顔を青くした。

 更に問題はあって、例えば他都市からの輸入に頼る物資が入って来なくなったり、入手が可能であっても迂回輸送のために費用がかさんだりする。


「問題ばかり山積みで、いいことなんか何一つ無いってわけか。やっぱり売り込み先としちゃあ最高だな。領主さんは最悪だろうけど」


 皆の話を聞き終え、弘はニンマリと笑みを浮かべた。が、ここで1つの問題点に気づく。


「あれ? 軍隊出しても駄目そうな問題で困ってるところに、チンピラ冒険者が押しかけて大丈夫……なのか? さっきカレン達が言ってたみて~に門前払いされたりしねぇ?」


 これを聞いた他の者達から、呆れたような視線が向けられた。

 今、この王都で最も名の知れた冒険者と言えばヒロシ・サワタリである。半ば晒しものに近い悪条件の闘技試合で、ほぼ一方的な勝利を収めたのだ。それからさほど日数経過してないと来ては、有名なのも当然。


「てゆうか、冒険者ギルドの王都本部は、ランキング制で冒険者を競わせてるけど。一位の冒険者パーティーでも、ヒロシが戦った闘技試合の内容だと相当苦戦すると思うわ」


 場合によっちゃあ死人が出るかもね……と、ジュディスが仲間達を代表してコメントした。


「ヒロシは王都の冒険者ギルドで登録してないから、ランキングには載ってない。だけど、実力はトップクラスと見られてるはずよ。何か別の事情があって帰るように言われることはあっても、いきなり門前払いはないと思う。たぶんね……」


「ふ~ん、なるほどな。じゃあ、概ね今話したとおりで行動に出ようと……俺は思うんだわ。どうだ、みんな?」 


 弘の提案。いや、最終決定を聞き、カレン達は一糸乱れもなくタイミングを合わせたかのように頷いている。

 その反応を見た弘は、「間違ってることがあったら指摘してくれよな?」と前置きした上で、取りまとめに入った。

 現状、2つある問題はノーマが絡みの古竜討伐と、カレンの家督相続だが、古竜討伐の方を先に行う。討伐対象となる古竜については、古竜等ドラゴン棲息域を領地としている貴族の中で、最も高位の者の領地で暴れている個体を対象とする。

 首尾良く討伐に成功したら盗賊ギルド本部に報告することで、ノーマの一件は解決。そして、その古竜討伐の実績を足がかりとし、討伐地の領主に願い出てカレンの家督相続について助力を願う。


「今言ったあたりを大筋で進めていくぜ? それと、さっきノーマに頼んだ『イイ感じで古竜に迷惑してる大貴族様探し』の話だけどな。一部修正してカレンとジュディスにも動いて欲しいんだ。2~3日内ぐらい……できれば1~2日内ぐらいで探してくれ。居ないってことは無いんだろうが、もし居なけりゃあ適当な古竜を狩って、カレンの件は改めて考えるとしよう」


 ここで、ノーマから手が挙がった。

 彼女の提案は、ひょっとしたら、駄目元的な意味で冒険者ギルドに依頼が来ているかも知れないので、そこもチェックするのはどうか……というもの。この意見に弘は大きく頷く。


「そうだな。冒険者への依頼もチェックだ。その諸々調べた中で、一番コネとか家の格式とかが強い貴族を探そう。で、その貴族様探しだけどな……さっき期日っぽいことを俺は言ったが、見つけるのは早けりゃ早い方がいいんだ」


 古竜の首取りに関しては期日が指定されていない。しかし、カレンの家督相続を邪魔しているアレックスは、時間が経てば経つほどに余計なことをしでかす……可能性があった。


「これもさっき言ったが、奴が何かやらかす前に、カレンの家督相続の解決まで持ち込みたい。古竜もチャッチャと狩っちゃうぜ」


 何せ、現地までは俺の召喚具で一気に移動できちまうしな! 今回は、もう自重しねーで、飛行機とか出しちゃう!


「移動時間を気にしなくていいってのは、マジで強味だぜ! うはははは!」


「それは実に良い話だが、ヒロシ。当面、一番気にすべきことを打ち合わせなくて大丈夫かね?」


「一番気にすべきこと?」


 メルの問いかけに弘は首をカクンと傾けた。

 大方の行動予定は今決めたはずだ。他に何か、話すべきことがあっただろうか。


「どうやって古竜を倒すかだよ。レッサードラゴンよりも二段階ぐらい強い程度……などと思っていたら、死ぬことになるぞ?」


 このメルの言に、カレン達は同意見のようだ。グレースなどは「我の精霊魔法をもってしても太刀打ちはできぬであろうな」などと呟いている。

 結果、『大丈夫なの?』という視線が弘に集中しているのだが、弘は意に介さない。


「大丈夫だって。さっきも言ったけど戦う方法なら考えてあるし。駄目なら駄目で、逃げ帰っていいことになってるんだから」


「その『戦う方法』とやらを説明して欲しいのだが?」


 ジロリとメルが睨めつけてきた。これにはさすがの弘も気まずくなり、後ろ頭を掻きながら説明を開始する。


「そんな大した作戦とか戦法じゃなくて。普段どおりにやるだけなんだけどな。いいか? 最初に言っとくが……」


 弘は真面目な顔を作りつつ、皆を見回し宣言した。


「今回、古竜とは俺1人で戦う」


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