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第百八十一話 2つの問題事

 弘達が王都の盗賊ギルド本部に入ろうとしていた頃。

 王都の王城を取り巻く貴族達の居住区、その1つにある一室で2人の男が談笑していた。

 差し向かいでソファに座り、テーブル上に置いた酒瓶を傾けている。


「随分と、回りくどい嫌がらせをしたそうで……」


 そう言ったのは黒髪の青年……氷の召喚術士、キオ・トヤマだ。ローブを着込んだ魔法職スタイルの彼は、手に持ったグラスを揺らしている。

 その彼の真向かいで座るのは、1人の若き貴族……自称・カレンの婚約者こと、アレックス・ホローリンだった。彼は同じように手に持ったグラスに口を付け、満たされていた酒を飲み干す。それはアルコール度数の低い葡萄酒であり、彼にとってはジュースのようなもの。グラスをテーブルに置き、手酌でお代わりを注いだアレックスは、そのグラスを置いたままにして、ソファの背もたれに体重をかけた。視線は高く、天井に向けられている。


「別に回りくどくはないさ。私がしたことは、『レッサードラゴンなどではなく、ドラゴン。いや更に上位の古竜にした方が、盗賊共が苦労して笑える』……とね。そう言っただけのこと」


 2人が話しているのは、旧ディオスク盗賊ギルド支部が果たすべき、そしてノーマが背負わされた依頼についてだ。

 ノーマと盗賊ギルド本部長は、果たすべき依頼の権利を大貴族が買い取ったこと。そして、依頼遂行にあたっては旧ディオスク支部関係者に責任を取らせるように言われたこと。現状、旧ディオスク支部関係者はノーマしか居ないことなどを、すべて作為的なことであり、ノーマが何者かに狙われているのでは……と考えていた。

 しかし、実際にアレックスがやったことと言えば、先程彼が言ったように、現時点での依頼人となった大貴族に対し、依頼品……レッサードラゴンの頭部を、古竜のモノに変更させるよう唆したことぐらいだ。


「最初の依頼主たる田舎貴族が、いつまでたっても依頼が遂行されないことに腹を立てていたのは事実だし。その依頼を買い取った大貴族というのは、最初の依頼人の祖父だ。その祖父殿が、孫に迷惑をかけた旧ディオスク盗賊ギルド支部を追い込もうと考え……」


「それを耳にしたアレックス様が、かねてから調査済みだったヒロシ・サワタリのパーティーメンバーに旧ディオスク関係者が居ることを知り、行動に出た……と」


 行動に出たと言っても、結局のところは嫌がらせである。


「ああ、そうだ。言っておくが……旧ディオスク盗賊ギルドの人間が、あのノーマという女だけしか残っていない件についても、私は手出ししていないからな?」


 盗賊ギルドの面子にかけて依頼を遂行しようとした結果、旧ディオスク支部関係者が全滅したのであり、引退したり転職した者が全員死亡していたのも偶然である。


(……こっち世界、急な転職をして上手くいくって、そうそう無いからな。おまけに元盗賊ギルド関係者だから、一攫千金を狙って危ない仕事に手を出したのかも知れないか……)


 旧ディオスク支部の関係者限定で行動しなくてはならず、依頼を遂行するにあたって人手が不足した状態。そこへ来て、果たすべき依頼の難易度が跳ね上がるというのは、盗賊ギルド本部長やノーマの心境たるや如何なものか。


「私なら絶望するだろうねぇ。いや、逃げることを考えるかな? これで逃げ出してサワタリの女が減ってくれれば……サワタリも冷静ではおれまい」


 アレックスはソファの背もたれ後ろにあいた手を垂らすと、キオ・トヤマに対してヘラヘラ笑って見せた。


「この私の『婚約者』……ぷっ……に手を出そうなんて愚か者は、身近な人間を失う辛さでも味わうべきだ」


 そして、サワタリ自身の始末については、別の手立てを考えれば良い。


「フフフッ、くくくく……」


 目障りな相手に対しての嫌がらせを行い、それが想像以上に上手くいったことで、アレックスは御満悦だった。が、その彼にキオ・トヤマが問いかける。


「その依頼の遂行を、ヒロシ・サワタリが手伝うという展開。そうなったら、どうなるでしょうねぇ。上手くいけば奴の評価が高くなるだけなのでは?」


「まさか!」


 アレックスは鼻で笑い飛ばした。

 この世界における強者の代表確たるドラゴン。下位種のレッサードラゴンでさえ、討ち取るには並大抵の被害では済まないのだ。しかも、今回の依頼における標的は、齢を重ねて強大化した古竜。

 一国家の軍隊でさえ撃退する超越者だ。


「あんなものを狩れと言われて『ならば私がやりましょう』なんて言えるのは、余程の馬鹿か狂人だ。泣きを入れて依頼人の慈悲に期待するか、逃げ出す方が賢いというものだ」


 この私なら、迷いなく女を見捨てるね。

 そう言って胸を張るアレックスを、キオ・トヤマは呆れ顔で見ていた。

 交際中の女を見捨てる。この恥知らずな行為を得意げに語る様に呆れた……のではなく、レッサードラゴン2頭を相手に完勝できる男が、戦うという選択肢を採らない。そう頭から決めてかかる蒙昧さに呆れたのだ。


(とは言え、古竜って言ったらアレだろ? たまに王都近くの空を飛んでるデカいドラゴン。アレが歳くって更に古強者化してるって言う……。ああ、嫌だ嫌だ。僕なら絶対に御免だ……)


 レッサードラゴン程度なら、弘が先日戦った亜種が相手でも勝てる。ドラゴン相手でも、まあ勝てるだろう。だが、古竜は無理だ。


(女なんて幾らでも換えがきくんだし……。逃げ切れる自身やあてがあるなら逃げた方がいい。いや、そうするべきだ。命あっての物種だよ。だけどサワタリは……どうするんだろう。戦うのかねぇ……) 

 


◇◇◇◇



 ノーマは現れた人物を目の当たりにし、息を呑んでいた。


「ひ、ヒロシ? どうして、こんなに早くここに?」


 盗賊ギルド構成員の一人に案内されたヒロシ・サワタリが、ドヤ顔で立っている。その後ろではエルフのグレースや、商神尼僧のウルスラ、そして闇戦乙女のジュディスが並んでおり……困ったような苦笑顔で互いに顔を見合わせていた。

 グレース達はボソボソと囁きあっているが、偵察士であるノーマの聴覚が捉えたところによると、こうだ。


「うむ。考えてみれば盗賊ギルド本部への到達が早いな。犯罪組織の本拠地なのに」 


「普通は~、もっとぉ時間がかかるわよね~」


「だよね~。ヒロシの行動力、恐るべし……」


 聞いただけでノーマには想像がつく。自分が連行されたと聞いた弘は、ありとあらゆる手段によって、迅速な盗賊ギルド本部到達をなしたのだ。恋人同士の関係となる前から弘を知っているノーマから見ても、驚くべき行動力だと言って良い。

 そして彼女らの会話は、弘にも聞き取れている。


(レベル上がって耳が良くなってるからなぁ。てゆ~か、そんな凄い行動力だったか?)


 弘にしてみれば、知人友人を頼り頼ってここまで来たのだ。自分で道行く偵察士や盗賊を締め上げもしたが、成果は出ておらず、盗賊ギルド本部へたどり着けたのは主に他者のおかげである。


(腕っ節強いだけじゃあ、駄目ってこったな)


 とは言え、人間関係の積み重ねによる人脈の強さも、自らの持ち味や長所と言えるのだが……そこに気がつかない弘はノーマに笑いかけた。


「早くっつっても割と難儀して辿り着いたんだぜ? それよりもだ」


 弘は奥の執務机で座る男……盗賊ギルド本部長らしき男を見ながら続ける。


「俺としちゃあ、パーティーメンバーを連れ出した理由について聞かせて欲しいねぇ。ま、余計な波風が立たない、穏便な理由だと思うが……」


 そんなわけがない。天下のヤクザ組織盗賊ギルドが、ノーマを連行したのだ。ろくでもない理由に決まっている。しかし弘は、なけなしの忍耐力を総動員して普通の話し合いに持ち込もうとした。


(目の前のオッサンと、もう1人をブッ殺してノーマを連れ去るのは簡単だ……と思う。けど、それをやっちまっちゃあ、カレン達に迷惑がかかっちまうんだよな。頼むから、何とかなる範囲の『理由』であってくれよ~?)


 ガンをつけるでもなく、親しげな笑みを浮かべる弘。ただし、その口角が少しばかりヒクついているについて、本人は気がついていない。


「波風立たずに、穏便……か。こいつは……何ともはや」


 盗賊ギルドの本部長がクックックッと笑い出した。


(「なに笑ってんの、このオッサン?」)


 取りあえずノーマの側に全員で移動し、彼女に囁きかける。ノーマは「ちょっとね。……私が言うのも何だけど、この先は聞かない方が良いわよ?」とだけ言い、申し訳なさそうに目を伏せた。


(「いいや、聞いていくね。さっきも言ったけど、ここへ来るの結構な手間だったんだぞ? 事情ぐらい聞かせろよ」)


 一方、盗賊ギルド本部長は、ノーマに近づく弘達を止めるでもなく笑っていたが、やがて目尻を指先で擦り、机上にて手指を組む。


「波風立つうんぬんは別にして、穏便かどうかは話を聞いてから判断するといい」


 そう前置きしてから彼は語り出した。ノーマが背負わされた依頼と、そうなるに到った経緯を……。


「……前の職場の尻ぬぐいで……古竜の首を持って来いだ?」


「そのとおり。相手は複数国家が軍を派遣して、共同で戦わなければ撃退できないという化け物だ」


 弘は、フムと鼻を鳴らした。

 今日までに戦ったことがあるドラゴン種と言えば、レッサードラゴンかレッサードラゴン亜種。この世界には、その上に誰もが想像するドラゴンが居て、今回要求されているのは更にランクが上の古竜の首らしい。


(逃げた方がいいか? いや、クロム相手に苦戦してた頃と違って、俺強くなってるしなぁ)


 しかし、聞けば誰だか解らない相手から嫌がらせを受けている可能性大とのことで、そこから尻尾巻いて逃げ出すのは面白くない。 


「古竜……古竜か……」


 弘は思案しつつノーマ達を見た。

 高レベル化した自分なら、古竜相手でも戦えると思う。その場合は、恋人達を置いて行く事になるが……。


(たぶん空が見える場所で戦うことになるし……。俺1人ならともかく、カレン達が居たら危ないよな?)


 標的の巣穴を探し、相手が飛べないようにしてから戦うことも考えたが、その場合は距離が近すぎて火砲の類が使いにくい。


(いや、近接戦ならステータスの筋力値なんかを乗せた攻撃ができるか……)


 弘は魔法使いのメルに付き合って貰い、暇を見ては召喚術の実験をしている。そこで知り得たことだが、今のレベルの弘が振るう刀剣の一撃は、場合によっては遠距離から放たれる巨砲の一撃に匹敵するのだ。


(メルの話だと、どうやら持ってる刀に俺のMPが流れ込んでるのも、強化の要因っぽいとかなんとか……)


 つまり、弘は遠近選ばず、強大な攻撃力を発揮できる。

 火砲と刀剣では、その攻撃による効果の性質に違いがあるのだろうが……。 


(いける……か? 俺だけで)


 むしろ、大物相手の全力戦闘では、他のメンバーが居ない方がやりやすいかも知れない。


「どうだ? 闘技場で知られたヒロシ・サワタリだって逃げ出したくなったろう?」


 長考している弘を見て、古竜が相手ということの危険さを理解した……あるいは聞いて後悔しているかと思ったらしい。盗賊ギルド本部長が挑発めいた物言いをした。

 この一言で思考が途切れ、我に返った弘は本部長を見る。


「え? なんで、いきなり逃げるって話になるんだ? 首を取ってくればいいんだろ?」


 ざわ……。


 本部室長室内の空気が揺れた。


「ひ、ヒロシ? まさか、あんた……古竜と戦うとか言わないわよね?」


 そう問いかけてきたのはジュディスであったが、声が震えている。視線を転じるとウルスラが顔を引きつらせており、グレースはエルフ特有の長い耳を水平に倒し、目を細めていた。

 そして、ノーマであるが……。


「ちょ、ちょっと待って! ヒロシ、あなた何考えてるの! こ、古竜なのよ!? わ、私を心配して追いかけてきてくれたのは嬉しいけれど。なにも貴方が危ない事をしなくても……。そ、そうよ、本部長とも話してたんだけど。ちょっと手出ししてから逃げちゃえばいいんだわ!」


 かなりテンパってる。

 盗賊ギルド本部長の了承済みで逃げて良いというのは、なかなかに嬉しい情報だが、弘としてはノーマの慌てぶりが気になった。と言うより、恋人達のほぼ全員が慌てている。


「んだよ? そりゃ逃げるのもありだけど、戦って首取れるんなら、それに越したこたねーだろ?」


「でも、相手は古竜で……」


「待った……」


 食い下がるノーマを本部長が制した。彼は慌てる女性陣をニヤニヤしつつ見ていたのだが、今は口をへの字に曲げて弘を見ている。


「あ~……サワタリ~さん? あんた、古竜相手に戦って勝てると思うのか? 闘技場で戦ったレッサードラゴン亜種なんかとは桁が違うんだぞ?」


「やってみなけりゃわからん。が、試したい手ならあるぜ?」


 ハッタリではない。条件を整える必要があるものの、弘には古竜を撃破しうる手立て……具体的には召喚武具のあてがあった。


(アレを、ああすれば……いけそうだよな? 後でメルにも意見を聞いてみるか)


 今はここに居ない魔法使い。メル・ギブスン。パーティーでは弘以外で唯一人の男性だが、彼の知力は正直言って頼りになる。


(この世界について詳しいし、魔法以外のことでも色々考えてくれるし。俺の頼りにならねー『知力値』とは大違いだ)


 オマケに男性の年長者であるから、同じ年長者でもグレースには出来ないような相談も出来た。


(今度、酒でも奢るか……)


「ん?」


 ふと見ると、いつの間にか本部長が護衛の男と話をしている。弘達は暫く二人の囁きあう様子を見ていたが……。


(俺は聞き取れるんだよな~。あと、たぶんだけどグレースやノーマも)


 幾ら声を潜めているとは言え、目と鼻の先でやっては優れた聴覚から会話を隠しきれないのである。

 では、その聞き取った会話とは……。


「おい? サワタリは、ああ言ってるが……どう思う?」


「自分は闘技場での彼の戦いを見ましたが、余力は残してる感じでしたね。ドラゴンブレスを受けながら平然としてるとか、バケモノ過ぎて笑いましたが」


「古竜相手でも勝てそうってことか……」


 こういった内容。何となく、2人してやる気になってきているのが感じられる。

 見守ること数十秒、やがて弘を見た本部長は「立ち話もなんだが……と言いたいが、手っ取り早く話を済まそう」と言い、護衛の男に言って地図を持ってこさせた。


「こっちへ来て見てくれ……。ああ、サワタリだけじゃなくて、姐さん方もだ」


 言われた弘達が執務机に近寄ると、本部長は地図を広げて皆を見回した。


「本当はな、さっきまでノーマと話してたんだが……引き受けるだけ引き受けて、適当に戦ったら逃げてくれていいって考えてた。しかし、倒せそうって言うならやって貰いたい。阿呆な貴族共の鼻を明かしたいって気持ちもあるからな」


 本部長の俺が感情的になっちゃあいけねぇんだろうがな……と彼は笑う。


「とは言え、危ないと思ったら、適当に切り上げて逃げてくれて構わん。あと、報酬はちゃんと払う」


 半金を前金払いして、依頼遂行後に残りを支払うのだ。


「俺は別に、それでいいぜ?」


 弘がチラリとグレース達に視線を向けたところ、皆が了承する意思を頷くことで返した。唯一人、ノーマのみは頷く動作にぎこちなさがあったが……。 


「ほら、パーティーメンバーも、み~んな快く引き受けるって言ってくれてる」 


「いい性格してんな、おい」


 一瞬だけノーマを見た本部長は、呆れ顔で笑いつつ依頼内容の説明を始めるのだった。



◇◇◇◇



「というわけで、古竜の首を取ってくることになった」


「というわけで……では、ありません!」


 開口一番、次のパーティー行動について語り出した弘に対し、光神尼僧のシルビアがツッコミを入れる。

 現在、弘達が居るのはギルド本部2階の貸し会議室だ。もっとも、盗賊ギルドのではなく冒険者ギルドの本部である。

 暫く前、盗賊ギルド本部で一通りの説明を受けた弘は、前金を受け取った後で、冒険者ギルドの本部へ移動したのだ。道中、ノーマの足取りが重く、移動するのに多少時間を要したものの、ギルド本部の前でカレン及びシルビアと合流。タイミング良く1階酒場で居たメルとも合流して会議室へ入った。


「いきなり話したいことがあると言うので、何を言い出すかと思えば、古竜? サワタリ殿、気は確かですか?」


「尼さんに正気を疑われるとか、すげ~傷つくんすけど?」


「お黙りなさい。まったく貴方という人は……」


 弘が何か言い出して、それを聞いたシルビアが怒る。

 いつもの展開ではあったが、カレンやノーマなど、一部のメンバーは少しだけ安堵したような表情になっていた。


「カレン」  


 シルビアのお説教が続く中、グレースが弘の背中越しで反対側で座るカレンに話しかけた。


「王城の貴族院だったか? 行って来たのであろう? 家督相続はできたのか?」


「いえ、それが……」


 苦笑気味だったカレンの表情が暗くなる。その雰囲気だけで駄目だったことが理解できたグレースは「そうか……」とだけ呟いた。


「カレン様……」


 グレースが呟き返す辺りで、シルビアはお説教を中断している。貴族院で得た情報によると、カレン・マクドガルの家督相続。その承認に待ったをかけているのがアレックス・ホローリンだと聞かされていた彼女は、まだカレンには告げられずに居た。

 貴族院を去る際に合流したカレンが、「まだ、駄目なんだって……。どうして……なのかしらね」とだけ言い、声を殺して泣き出したことが得た真実を告げられなかった理由である。

 一度、冒険者ギルド本部へ戻り、弘達と合流するかしてカレンが落ち着いてから話そうと考えたのだ。が、合流した弘によって2階会議室へ連れ込まれ、いきなり聞かされたのが『古竜退治』の話であったため、思わず説教を始めてしまった。そして、今ここでグレースが家督相続について触れたため、我に返っての説教中断となったわけだ。


「……ちょっと待てよ」


 説教が中断したこともあり、聞き捨てならない会話内容に弘が割って入る。

 そもそも、王都貴族学院生のカレンが冒険者活動をしていたのは、父が亡くなったことにより家督相続をするためだ。上位貴族らのイジメに等しい『余計な試練』を達成し、貴族院で報告することで、晴れてマクドガル家の当主になれるはずだったが、どうにも上手くいっていないらしい。


「家督相続の試練って、全部達成したんじゃなかったか?」


 カレンが上位貴族らから背負わされた試練は、以下のとおり。



 一つ、テュレ近辺を騒がす山賊を討伐すること。

 一つ、オーガーないしはトロールを討伐すること。ただし、戦闘は1人で行うものとする。

 一つ、不正のなきよう、監視者として国教会より同行者を派遣する。

 一つ、オーガーまたはトロール討伐時に同行者は戦闘参加してはならない。

 一つ、当該試練に関して、他者に口外することを禁じる。



 最後の1つに関しては、弘や他の幾人かに喋ってしまっているため、完全な違反無しで達成したというわけではない。しかし、そこはカレンとシルビアが黙っていれば良いだけのことであり、弘の所属していた山賊団を討伐し、オーガーをも単独討伐したことで、試練は達成されたはずだった。

 なのに、カレンの家督相続は認められていない。


「なにか、マズいことでもあったのか? ……そういや、俺と出会った頃、カレンは従者とか探してたんだっけ? あれが未達成だからだとか?」


「へっ? うぇええ!? 違います! そうじゃないと思うんですけどぉおおお!?」


 突然、カレンが慌てだした。顔は真っ赤であり、何かを必死で誤魔化そうとしている様子。


「あん?」


 聞いてはいけないことだったのだろうか。転移後、山賊団に拾われていた弘は、カレン達によって捕縛され、色々と話す機会があった。その時に『従者探し』の話を聞いたことがあったが、思い起こせば話そうとするカレンをシルビアが止めていた気がする。


「え~と、なんだっけ? 御家の当主になったら騎士位も授与されるから、その従者も探してる……とかだったか?」


「あう……」


 弘の右隣で座るカレンは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 ……ハア……。


 溜息が聞こえる。発生源は、弘の対面で座るシルビア。

 弘が思うに『微笑んでるとき限定で、ゆるふわ系のお姉さん』というのが、シルビアに対して持つイメージなのだが、この時のシルビアの微笑みはまさに優しげなお姉さん風だった。普段見せているキツさは欠片も見受けられない。

 ただし、その目は非常に怖いものになっている。


「もうイイでしょう。カレン様、私が説明します」


「ちょっと、シルビア!?」


 席を立とうとするカレンを笑顔で一睨み、シルビアは語り出した。

 カレンが欲していた従者に関しては、先程の弘が言った内容で間違いはない。付け加えるならば、騎士となった者は従者を連れているべき……という慣例のようなものだ。つまり、絶対に必要というわけではないのである。


「無論、戦場では必要でしょうし、式典に出席する場合もつれていた方が良いでしょうが」


「ってこたぁ、試練の最中に従者探しをしていたのは……」


「いずれ騎士位を得たときに、格好いい従者を連れ歩きたかったから。早めに、これという人物を探したかったから……ですね」


 先のシルビアの説明に付け加えるならば、騎士にも色々あって、その役職によっては必ず従者を付けること……となっている場合もあった。だが、家督相続にあたってオマケのように付いてくる騎士位については、必須項目ではない。

 いや、いずれは用意すべき従者であるが、急いで探すほどのことではないと言ったところか。

 呆れる。微笑ましい。可愛い。感心した。面白い。そういった視線がカレンに向けられ、カレンは更に小さくなってしまった。


「さて、空気も軽くなったところで仕切り直しといこうではないか」


 メルが咳払いしながら口を開く。


「この会議室へ入ってすぐに聞かされた議題は、古竜退治に関してだった。しかし、聞いたところでは、カレン嬢の家督相続にも問題が生じているようだ。……どちらを先に話し合ってみるかね?」


「どっち……って言われると、どっちだ?」


 弘は、盗賊ギルド本部で聞かされた依頼内容を思い出してみた。

 古竜の首を入手してくる依頼。実は期日指定がされていない。最初の依頼人が指定した期日はとっくの昔に過ぎており、期日指定の意味が無くなっているからだ。


(嫌がらせ依頼ここに極まるってか? 冗談じゃね~よなぁ……)


 ともあれ、この依頼は特に急ぎというわけではない。

 では、カレンの家督相続の件はどうか。こちらも領地(と言っても田舎の村1つだが)運営は執事に任せてある。領主不在の現状は良くはないものの、こちらも急務というわけではなかった。

 双方共に重大事。双方共に急ぎではない。そしてカレンとノーマは不仲でなく、それどころか弘を相手とした同時交際中の恋人仲間……と来たら、始まるのは当事者同士の譲り合いである。

 斜向かいで視線を交わした二人は、皆が見守る中、思うところを主張し合った。


「え~……カレン様の方を先に解決した方が……」


「いえいえ、私の方は貴族院とかが色々と面倒で。ノーマさんの方を先に……」


 一向に埒があかない。

 そうなると、言い合ってる二人や残った者達の緯線が、別の人物へと向かう。このパーティーのリーダーであり、居合わせた女性全員と交際中の男……沢渡弘にだ。


「メルは話し合う順番を聞いてたのに、いつの間にか解決順の話になってるじゃね~か。どっちもパーティーで介入するのが前提かよ。しかも、俺に決めろって?」


 誰も返事をしない。だが、その目は言っている『こうなったら、ヒロシが決めればいいじゃない』と。


「あのなぁ……」


 弘はオールバックにまとめた髪をボリボリ掻く。

 そして、彼氏だからって、そういう事を決めていいってもんじゃないと、俺は思うんだけどな……などとブツクサ言いつつ、まずは考えてみた。

 弘としては、どちらが解決に苦労しそうかと聞かれると、カレンの家督相続の方だと答える。誰が邪魔しているのかは知らないが、事は貴族様が絡むことなので、どうして良いかがサッパリ解らない。力ずくで何とかできる問題ではないし、暴れたらカレンの家が取りつぶされる可能性があった。

 その点、ノーマの方の依頼は古竜を狩ってくることだから、弘の戦闘力で解決することができるだろう。

 そして、失敗した場合にデメリットが少ないのはノーマの依頼だ。何しろ盗賊ギルド本部長が、戦ってみて駄目なら中止して帰ってきて良いと言っているのだ。依頼人の差し金で監視人が付くらしいが、死なせないように気を配りつつ行動すればいい。


「ノーマの方を先に何とかするか……」


 おお! という声が会議室を満たした。

 中でもカレンは少し安心したような表情となり、一方でノーマが困ったように唇を噛んでいる。


(自分のことを先に片付けられるのが、そんなに嫌か?)


 どっちも期日的な問題が無いなら、簡単な方から解決した方がいいではないか。


(どっちも解決しなけりゃいけないんだし、譲り合うような話じゃね~よな~)


 そう思う弘は首を傾げたものの、取りあえず話を進めようと盗賊ギルドで渡された地図を広げる。

 実のところ、カレンとノーマは皆に……主には弘に迷惑をかけたくなくて順番を譲り合っていたのだ。このあたりの女心が解っていない弘は、後日、グレースに「どう思う?」と聞き、大いに呆れられ、ついでに叱られる羽目になる。


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