第十八話 野盗
さて、テュレ外壁を回り込み、反対側に達した弘達は街道を北へ進んでいる。
このまま徒歩でクロニウスに辿り着くには、徒歩で4日分移動しなければならない。
最初の2日間、これは特に何事もなかった。
強いて言えば2日目の昼前に、野ウサギのようなモンスターを狩った弘がカレンに褒められたぐらいだろうか。
(ウサギモドキの方で突っかかってくるから助かったぜ)
相手が逃げないので、召喚した警棒でしばき倒したのである。
肉に関しては、それなりに美味かったと思う。単に焼いただけでなく、シルビアが持っていた岩塩を使ったこともあるだろう。
(また食いたいなぁ……)
そう、3日目である今晩あたりに、また食べてみたい。
タイミング良く獲物が出てくれればの話であるが、そういう弘の期待に反し、3日目の午前中に登場したのは旅人目当ての野盗であった。
右手側の草むらから立ち上がった人影は……5人。
リーダーらしき大ナタを持った大男(ゴメスさんには悪いが定番だな……と弘は思っていた。)と、手槍を持った男が3人。最後の1人は短弓のようなものを持っていた。
(って、飛び道具じゃねーか! 弓兵って奴か!?)
「おい、そこの男。女と身ぐるみ置いて……」
野盗リーダーが言い終わる前に、弘は飛び出した。
「サワタリさん!?」
背後でカレンの声がするも、これを完全に無視する。
目指すは……短弓を持った男だ。
暴走族時代、喧嘩で改造エアガンを持ち出す者も居たので、弘は飛び道具に関しては敏感なのである。
「メリケン!」
ボソッと叫ぶと、両手にメリケンサック(鉄トゲ)が装着された。そして素早く左手のメリケンサックを引き抜くと、短弓装備の野盗に投げつける。
ぶん!
「うおっ!?」
駆け寄る弘に矢を放とうとした男であったが、どこからともなく取り出した鉄塊を投じられるとは思わなかったらしい。メリケンサックをかわすべく体勢を崩す……が、その間に弘が駆け寄っていた。
「うらぁっ!」
「ぎゃばっ!?」
メリケンサック装着の右拳が文字通り顔面に突き刺さり、男は獣のような悲鳴と共に倒れる。
まさに一撃必殺。
攻撃力の数値と威力があってないんじゃないか? と思う弘であったが、そんなことを考えたのもホンの一瞬のことで、すぐに戦況把握を始めていた。戦況把握とは大層な言い方だが、多人数が入り乱れる乱闘において、状況を見極めることは重要なスキルであった。
(俺の場合は逃げ時を見切ったり、何か妙なことしそうな相手を探したりとか……だけどな)
ザッと見回したところ、背負い袋を捨てて戦っている女性陣が見えた。
カレンは既に1人の男を倒しており、今は2人目と交戦中。野盗側は手槍で何度も突きにかかっているが、円盾で防がれたり、剣で払われたりと効果的な攻撃ができないでいるようだ。
シルビアはカレンの少し後方に立ち、革布のようなモノを振り回している。振り回しながら手を開くと、革布の一端が伸びて石のようなモノが飛んでいった。
(スリングって奴か? テレビゲームのRPGで使ったことがあったな)
スリングは投石武器の一種である。遠心力により石や鉄球を相手めがけて投じるのだ。訓練を必要とする武器だが、熟練すると狙った目標に命中させることもできる。
その石が野盗リーダーの隣いた男の頭部に命中すると、残る野盗は野盗リーダーと、今まさにカレンが斬り倒さんとする男だけになった。
そのリーダーは、弓兵を倒した弘に向けて移動中だったが、まだ少し距離がある。
3人倒したことで、野盗側の残りはあと2人。
だが弘は、新たな敵を発見していた。街道反対側の草むらに人影が見えたのである。その数……3人。
(おいおい! 全員、弓持ちかよ!?)
飛び道具を持ってる奴が、1人だけ堂々と出張ってきているから妙だとは思っていたのだ。あるいは例え1人であっても弓兵がいる……とアピールしたいだけの可能性もあったが、伏兵が居ることを考えたのは弘の勘によるものだった。
弘は、ドスドスと駆けてくる野盗リーダーを相手にせず街道に戻ると、そのまま反対側の草むらへ駆け込んでいく。
(族時代の喧嘩じゃ、不利になったら四つ輪に飛び乗って突っ込んでくる奴とかいたもんなぁ。油断も隙もねえったら……)
後方から「あ、こら! まちやがれ!」などと声が飛んでくるが気にしない。弘の頭にあるのは、目の前の弓兵らをどうやって倒すか、ただそれだけだ。
弓兵達はカレン達を狙っているようだが、駆けてくる弘を見ると狙いを変えてきた。
(弓で狙われるとか初めてだな)
正直言ってかなり怖いが、弘には考えがあった。
かがんだ大人が身を隠せるほどの草むら。これを利用しない手はない。
見れば遠目にも弓兵達の腕に力がこもった……ような気がする。
「ここだ!」
飛び込み前転……のように斜めに飛んだ。ゴロッと転がった後、姿勢を低くしながら回り込むようにして距離を詰めていく。
「野郎、味な真似しやがる!」
「言ってないで射殺せ!」
そういった怒声と共に、周囲を風切り音が通過していった。
矢で射られたのである。
ブワッと全身に汗が噴き出した。
(こ、怖ぇええええっ!)
ともすれば恐怖で足が止まりがちになるが、気合いで走り続ける弘は、最も近くに居た弓兵まで到達することに成功した。弓兵らは次の矢をつがえようとしているところであったが、弘に距離を詰められたことで、即座に弓矢を放棄する。そして、腰に差した短刀類に手を伸ばすのだが……。
「遅ぇ遅ぇ!」
先ず手近の1人に対し、先程やったように顔面パンチを食らわせる。もちろん、メリケンサック(鉄トゲ)をはめた方の拳で……だ。
その1人を倒したところで、他の2人が短刀を抜いて斬りつけてきたが、弘は次いで樫の木の警棒を召喚すると、左手で持って振り回した。
弘は右利きである。当然ながら効果的な攻撃などできないが、それでも牽制程度にはなった。なにより短刀と警棒では、警棒の方がリーチは長い。
「うわ、こいつ! どこから棒を出しやがっ……がはぁ!!」
うろたえた野盗を、またもメリケンパンチで仕留めた。
残るは1人だが、瞬く間に2人倒されるのを見たことで怖じ気づいたらしい。悲鳴をあげると、弘に背を向けて逃げ出した。
「ひいいいい! お助けぇええええ!」
「被害者みてーな悲鳴あげんじゃねーっての」
言いながら足元を見ると、弓兵達の物だった弓が落ちている。
それを拾い上げた弘は、のたうっている野盗の腹を蹴って動きを止め、矢筒から数本の矢を引き抜いた。
「弓とか、祭りの夜店でしか触ったことないんだけどなぁ」
ぼやきつつ第一射。大きく外れた。
当然の結果であるが、ここで弘は妙な手応えを感じている。
夜店の射的では感じることができなかった『次は今よりマシになる』という感覚だ。
(お? お~……)
不思議に思いながら第二射。今度は先程よりも野盗に近い場所で、放った矢が突き立つ。
(……次、当たるんじゃね?)
半ば確信に近い感覚の中、第三射。これが野盗の尻に突き刺さった。
「ぎゃひ!」
間の抜けた悲鳴をあげ、野盗が草むらに沈む。
「やってみるもんだな……と言いたいが、なんか変だな」
確かに初手から命中とまではいかなかったが、二度ほど修正したぐらいで命中できるものだろうか? 先程述べたように、弓の扱いは夜店の射的ぐらいしか経験がなく、特に得意という自覚はなかったのだが……。
(まあ後で考えりゃいいか。当てて倒したことは事実なんだし)
死んではいないだろうが、素早くこの場を離れることはできないはずだ。
残るは野盗リーダーのみ。
(カレンはどうなったかな?)
最初に戦ってた相手は倒せてるだろうから、今頃は野盗リーダーと一騎打ちか?
加勢に行かなければ……と弘が目を向けたとき、まさに野盗リーダーが倒れるところだったのである。




