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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百七十六話 完了検査

 王都。その西側に位置する魔法学院。

 敷地内にある研究棟の一室では、カーター・ランドルフを名乗る若き魔法使い、カーター・ピラーズが深夜の執務中だった。

 執務中と言っても学院から回ってきた研究依頼等ではない。あくまでも祖父セーター・ピラーズの残した魔法実験、その改良発展に勤しんでいるのだ。

 魔法の明かりが照らす執務机。その上で、A4サイズ紙(モンスターの体液から精製されたもの)に羽根ペンで書き込んでいた彼は、ふと袖机上の試験管立てに目をやる。そこには棒状に切削された水晶が5本立てられており、向かって左端の1本が青白い光を発していた。

 これはカーターが野に放った実験体が、その反応を消失したことを示している。


「またか!」


 羽根ペンを投げ出し、カーターは学院用ローブをバサバサ鳴らしつつ立ち上がった。そして乱暴に試験管立てを掴むや、左端の水晶棒を睨む。


(なんたることだ! 祖父より受け継ぎし偉大なる実験が! ……はて、これは何の実験だったか?)


 試験管立てに糊で貼り付けた紙片を読み込んだところ、第28号の38実験と書き込んであった。


「28の38と言ったら……一番イイ感じで進捗してた実験じゃないか! くそ!」


 バサバサの黒髪を掻きむしる。そして部屋の隅に歩み寄るや、呼び鈴を引いた。

 暫くして、隣室へつながる扉が開き、メイド服を着用したエルフ女性が入室してくる。


「来たか、エリザ!」


「お呼びですか? 御主人様」


 人形のように表情は動かず、それでいて声色は鈴音のように美しい。彼女は、カーターの祖父、セーター・ピラーズが残した魔法実験体の1つだ。脳を魔法実験によりいじられており、主人と設定された人物には、何があっても従順な態度を示す。

 カーターは、祖父に対する羨望や嫉妬からエリザを乱暴に扱っていたが、彼女が反抗的な態度を取ることは一度としてなかった。


「ああ、エリザ。お前に言いつけて、遠くの森にまで行って貰っていた実験だがな。駄目になったぞ」


「はっ?」


 自我すら無い。そんな風に細められていたエリザの瞳が見開かれる。


「おほっ? 初めて見たな。その表情。いつもの仏頂面よりは随分とマシだ」


「あ、いえ……。ところで、今のお話は実験番号28号38のことでしょうか……」


 スウッと表情を消したエリザは、カーターに確認をした。

 2人が言うところの実験番号第28号の38とは、カーターが行っている『寄生生物による人間の洗脳支配』のことである。第28号が実験ナンバーであり、38とは38回目の実験という意味だ。弘がレクト村で洗脳蜘蛛……正確には洗脳蜘蛛に占拠された村人らと戦った際は、まだ枝番は無かった。なので、あの頃から27回も実験していたことになる。


「実験体は……東の森のエルフか。確か、街道で野盗をしている武闘派の氏族長……だったな。ん~……蜘蛛が暴走増殖して、氏族ごと駄目にでもなったのか? あるいは実験体自体が発狂……暴走したか……」


 ダンサラスや、その氏族が全滅したとしても、相手がエルフであれば問題はない。いや、エルフが幾ら死のうがカーターの心にはさざ波一つ立たないが、王都側では調査しようともしないだろう。これはこの国でまかり通る亜人蔑視によるもので、面倒事を起こす亜人らが勝手に大量死するなら、それに越した事は無いという認識なのだ。

 弘などに言わせると胸糞悪い! となる。だが、カーターとしては都合が良い。


「蜘蛛の卵を錠剤だと言って飲ませ、体内から脳に移動させて洗脳する。我ながら名案だったし、割りと上手くいっていたのになぁ……」


 カーターは実に残念そうだ。

 弘がレクト村で遭遇した洗脳蜘蛛は、最初の1人に洗脳蜘蛛を寄生させるまでが面倒くさい。現段階の洗脳蜘蛛は、それ単体では魔法による操作を受け付けないからだ。人の脳に巣くい、人間の体力を使って始めて、魔法による行動プログラムが可能となる。その為、とにかく生きている人間を1人取り押さえ、耳穴に洗脳蜘蛛を流し込まなければならない。


「寝ている人間の寝室に、大量の蜘蛛を詰めた袋を投げ込んだことがありますが。耳に到達したところで、叩き潰されました。あと、悲鳴も凄かったです」


「ああ、そんなこともあったな。むず痒いと、寝てる最中でも手足は動くからな」


 カーターは椅子の背もたれをギシリと鳴らし、苦笑する。


「それでも数匹耳に入って洗脳に成功したが……。あれは手間がかかるし効率だって悪い。そこで蜘蛛の卵を錠剤化して、運用実験をしたものの……。ああ、もったいない」


 両手で顔を押さえて天を仰ぐカーター。しかし、彼の嘆きもすぐに終わった。


「まあいい。これまでのデータがあるから、次に繋げられるだろう。現地調査にはエリザを向かわせるとして……。それよりもだ」


 今抱えている悩みが解決したわけではない。ただ単に、別の別の話題へ移ったのだ。普通なら、先程までの落ち込んだ気分を引き継ぐところだが、カーターはこの辺の切り替えが得意だった。


「実験体が1つ減ったので、次を用意したいな。エリザ。何か情報はあるか? 噂でもいいぞ?」


「はあ。次ですか……」


 問われたエリザは、メイドらしい背筋を伸ばした立ち姿のまま記憶を探る。

 カーターが求める実験体。その条件とは身体頑健であること。そして出来れば魔法や精霊使い等、特殊能力の素養があることだ。


「例えホンの少しでもいい。元から常人離れした能力を持っているのなら、色々と毛色の変わった実験ができるし……」


「それでしたら最近、王都で噂になっている召喚魔法の使い手などはどうでしょう?」


「召喚魔法? 精霊を召喚するとかか? それだったらエルフの氏族長と変わらんが?」


 怪訝そうに首を傾げるカーター。その顎が上下に揺れ、先を続けるようエリザを促した。


「闘技場でレッサードラゴンの亜種と、導師竜を同時に相手取って戦い、勝利したそうです。注目すべきは、見たこともない武具を召喚して戦っていたとのことで……」


「なるほど。興味深いな……。他には?」


 エリザは地方都市で、石の召喚魔法を使う者や、炎の召喚魔法を使う者の噂を語って聞かせる。カーターは一々頷いていたが、やがて口を開いた。


「手近なところでは、そのヒロシ・サワタリという男か。しかし、複数のドラゴンと真正面から戦えるとなると……」


 拉致して実験材料にするのは難しいだろう。肉体改造や、洗脳蜘蛛による耐性実験など……そういった危ない実験をするのでなければ、普通に協力を依頼しても良いのだが、カーターがやりたいのは危ない実験なのだ。


「他の2人が、どの程度強いのか。それを知ってから行動に出ても悪くはあるまい。エリザは石と炎の使い手を調査するように。あ、東の森の調査も忘れないようにな」


「承知しました」


 一礼したエリザは、カーターが面倒くさそうに手を振ったのを見て、更にもう一度頭を下げてから退室して行った。


「……ふん」


 エリザの退室後、数秒経ってからカーターが鼻を鳴らす。

 彼にとってエリザは劣等感の発生源だ。父、セーター・ピラーズが残した、洗脳実験の産物。それも完成品である。今のカーターは、父の背を追いかけているに過ぎない。

 違法な人体実験に手を染め、その罪により処刑された父。カーターは父を尊敬しているし、仇を討ちたいとも思っている。が、それとは別に嫉妬する気持ちもあるのだ。 

 鼻で大きく息を吸い、盛大に鼻から吐き出す。

 そうして気分を落ち着けたカーターは、机に向き直った。


「召喚魔法か。それを成すために発生する力を利用して、何か出来ないものか……。うむ、やはり興味深いぞ……。炎と石……ふ~む」


 召喚術士の存在に注目しつつあるカーター。しかし、カーターは以前にも召喚術士らしき存在と接触している。

 弘がジュディス達と共に倒した森のオーガー。そのオーガーこそ、カーターが行き倒れた男の脳をオーガーに移植した実験体だった。カーターは思ったとおりの成果を得られず、出来損ないだとして野に放ったが……実験体オーガーは、倒される際の戦闘において召喚術らしき現象を起こしている。それは闇の盾などの召喚武具で、弘の召喚術……いや、どちらかと言えば犬飼毅の炎系召喚術に似ていた。

 つまり、オーガーに組み込まれた脳の持ち主、行き倒れの男は召喚術士だった可能性がある。

 だが、カーターはそのことを知らない。知らないまま、まだ見ぬ炎の召喚術士や石の召喚術士に思いを馳せ続けるのだった。



◇◇◇◇



 弘達は東の森を離れて王都に戻り、冒険者ギルド王都本部にて達成報告を行っている。

 依頼人はパーティーメンバーのグレースなのだから、彼女による完了報告で充分。そう弘は思っていたが、そうはならなかった。やはり、ギルドの検査員を連れての完了確認が必要だと聞かされたのだ。


「けっ。硬いこと言いやがるぜ」


 口を尖らせるも、ごねてどうにかなることではない。やむなく冒険者ギルドの検査員……男性の偵察士とエルフの女性……を連れ、弘は東の森へと舞い戻ることとする。

 ちなみに王都に戻ったのは、ダンサラス派の幹部エルフを始末した日の翌日。早朝である。冒険者ギルド王都本部に入ったのは、受付の窓口が業務開始してすぐの頃だ。

 そして現在、再び森に向かおうと言うのだから、いったいいつ寝ているのか。答えは昨晩、普通に寝ていた……である。

 弘は帰りも96式装輪装甲車を使用したが、解放能力の『自律行動5』により、自動運転させていた。このため、弘や他のメンバーは後部乗員室で充分に睡眠を取っていたのだ。 よってパーティーメンバーは、すぐにでも行動が可能。朝食はギルドの1階酒場で済ませているから、まさに万全の状態である。

 ただし、今回は検査員を連れて行って確認するだけだから、案内役は弘のみとなった。カレン達は王都で待機だ。


「ぞろぞろと大人数で動いても仕方ないしな。なぁに、夕方までには帰って来るって」


「え? パーティーで俺達を護衛しながら……ではないのか?」


 2階のギルド窓口から離れ、1階酒場前でカレン達に指示を出していたところ、弘の後ろに居た30歳ぐらいの男性……ギルドの検査員が驚いたように声をあげた。

 彼はギルド職員であり、今回の検査役として指名された偵察士だ。

 ノーマとは御同業で、茶褐色の革鎧と、ゴーグルの付いた飛行帽のようなものを着用している。目に付く武装としては短剣と短刀類。

 そして、俺達と言う言葉が示すとおり、今回の検査にはもう1人検査員が居た。それが彼の隣で立つ女性だ。革鎧着用と言ってもかなりの軽装で、グレースと同じような草色の衣服。そしてその細く長い脚は剥き出しになっており、ブーツを着用している。だが、何と言っても特徴的なのは、マントのフードを目深に使用していることだろう。


(ひょっとしてエルフなのか?)


 確証は無いものの、そう弘は推察した。

 出で立ちがグレースに似通っているし、幻術の首飾りで耳を隠すまでは、グレースもフードを被っていたからだ。

 さて、男性検査員が言ったとおり、通常の完了検査は冒険者パーティーで検査員を護衛しながらの作業となる。依頼がゴブリン討伐のような簡易なものであるなら、検査員が単独で現地に赴くことはあるのだが……。


「少し前まで街道で野盗をしていた連中だろ? やはり危険じゃないか?」


「ああ、大丈夫大丈夫。森のエルフ連中は、もう野盗働きする気は無いってさ。首謀者とかは全殺しにしたし。危ないことなんて、な~んもね~って。マジで」


 それに危ないと思ったら帰ればいいんだし……と、弘はヘラヘラ笑って見せた。

 この弘の言い分に嘘偽りは無い。言ったままの状況が東の森にあるため、今から訪問したとしても問題ないはずだ

 しかし、事の解決経緯を目撃したわけでない検査員は、渋い顔をする。


「いや、あんたが強いのは、闘技場での活躍を聞いているから知ってるが……」


「構わないんじゃない? 彼が言ってるように、危ないのなら戻ってくればいいのだし」


 それまで黙っていた女性検査員が口を開いた。それは、弘の主張を後押しするもので、男性検査員は呆気に取られていたが、やがて口を閉じて鼻息を噴出する。


「……わかったよ。考えてみれば少人数なら、離脱も容易だろうからな。了解した。あんたと俺達の3人で現地に行こう」

 


◇◇◇◇



「サワタリさーん! 早く帰ってきてね~っ!」


 走り去る陸上自衛隊の軽装甲機動車を、ギルド前で立つカレン達が見送っている。運転席の弘はバックミラーでカレン、そして他のメンバーの姿を見ていたが、このとき少しばかりの寂しさ感じていた。


(少し前までは1人で行動してたっつ~のになぁ)


 いつの間にか、カレンや他の仲間達と共に居るのが当たり前のように思っていたらしい。

 王都で皆と合流してから1ヶ月も立っていないのに……である。やはり、皆で冒険依頼の1つもこなすと、仲間意識というものを強く感じるようだ。 

 そして一瞬……。

 遠ざかっていくカレン達の姿が霞み、特攻服を着た数人の少年……かつての暴走族メンバーと入れ替わった。数台のバイクを背にした少年達は、カレン達がそうしていたように手を振っている。


「あ……」


 幻想が終わるのは一瞬だ。弘が一声発した時には、ミラーに映るものはカレン達の姿に戻っていた。


「どうかしたか?」


 声を漏らしたのが気になったのか、隣りで座る男性検査員が聞いてくる。どうかしたかと聞かれても「バックミラー越しに幻想を見てました」などと言えるはずがない。

 変に思われるのも嫌ったため、弘はミラーに映るカレン達……ではなく、後部座席の女性検査員に目をつけた。


「あ、あ~……いや、検査員さんの女の人って、ひょっとしてエルフなのかな……って」


 誤魔化しにかかったわけだが、この振りに対して男性検査員は口をつぐむ。それはそうだろう。このタルシア王国は亜人蔑視の強いお国柄だ。冒険者ギルドに所属しているなら、ある程度の身分は保障されるが、街中で絡まれることはあるだろう。


(今日会ったばかりの俺を警戒しても、そりゃ仕方ねーって話だ)


 これで誤魔化せたかなと思う弘であったが、意外にも後部座席の女性検査員が口を開いた。


「そうよ。私はエルフ……」


 両手で髪を掻き上げるようにしてフードを取り払う。

 現れたのは、肩に掛かる程度の金髪。そして長い耳。間違いなくエルフだ。実年齢は不明だが、少しキツそうな顔立ちは、人間で言えば十代後半を思わせている。


「やっぱりか。服装とか、それっぽかったからな」


「それに王都で顔を隠して行動してるのは、訳ありか亜人くらいだもの。まあ、堂々と顔をさらさなければ、皆それなりに接してくれるけれど……」


 そこまで言ってからエルフ検査員は、ミラー越しに視線を合わせてきた。


「私がエルフだから、どうかしたかしら?」


「いやあ、知り合いのエルフと似たような服着てたし。そこへ来てフードもしてたから。そうなのかな……と」


 運転を続けながら言い訳をするが、そこから話が続かず、車内には幾分重い空気が漂い出す。と、ここで男性検査員が口を挟んできた。  


「エルフの知り合いか。察するに、あんた……サワタリのパーティーに居る美人さんもエルフなのかい? 耳は短かったが、服装の雰囲気が……ねぇ」


「ん~……」

 

 重い雰囲気をどうにかしたいのだろうが、弘は即答することを避けている。グレースがエルフであることを吹聴するのは躊躇われるのだ。しかし、その一方で、女性検査員がエルフなのかと聞いて、相手の長耳をさらさせておきながら、グレースのことを隠そうとするのもどうかと思ったのだ。

 幾つか『返答案』を考えた後、弘は横目で助手席の男性検査員を見ながら頷く。


「後ろのエルフさんと服装が似てるし、そう思うよな。まあそんな感じだ。そっちはフードだけで王都暮らしとか、不便じゃないのか?」


 さっさと話を逸らしにかかるが、これはこれで聞きたい話だ。グレース以外のエルフが、王都でどんな過ごし方をしているのか。グレースの恋人としては大いに興味がある。ゆえに、エルフ本人から聞ける機会というのは逃すべきでは無いだろう。


「エルフの私が、王都で暮らしてて? そりゃあ耳をさらけ出して歩いた日には、汚物か珍獣か、金づるでも見るような目で見られるけど……」


 エルフ検査員は素直に語ってくれたが、それによるとやはり不便らしい。しかし、本人が言ったように、王都で顔を隠すというのは訳ありの者が多い。だから店舗で品物を売って貰えないとか、そういった状況にはならないのだ。


「巡回の兵士なんかに耳を見られたら、面倒なことになるけど。それでも私、冒険者ギルドの一員だし。理由も無く捕縛されたりはないわね」


「ほうほう」


 そう聞かされると、グレースが幻術のネックレスで耳を短く見せているのは無駄な……いや、警戒しすぎのような気がする。


(ん? ん~……でもなぁ、冒険者ギルドに入ってても面倒なことはあるって言うし。買い物する度に嫌な目で見られるのってムカつくだろ? 幻術のネックレスは、やっぱ身につけたままの方がいいか……)


「そっかそっか。じゃあ、話変えるけどさ。エルフの人がついて来るってことは、森のエルフに接触すんの?」


 これまでの冒険者生活で、弘は何度かギルド検査員と行動を共にしたことがあった。たいがいは1人派遣されるだけだったが、今回は2人だ。  

 依頼内容、グレースの仇討ち(見方を変えれば、街道で野盗働きをするエルフ氏族の、首謀者を抹殺)することであるから、増員の検査員がエルフであることを考えると、残った氏族エルフ達に事情聴取を行うのではないか。そう弘は考えたのだ。


「そのために、わざわざエルフの人を検査員にして寄こすとか、さすが王都ギルドはやることがキッチリしてるっすねぇ」


「いや、買い被ってくれて嬉しいんだが。実は違うんだ」


 男性検査員が言うには、エルフ検査員は志願して今回の検査に加わったらしい。そもそも、彼女は冒険者ギルドの職員ではなく、単なる登録冒険者なのである。


「グレースの依頼について、後ろの……ああ、名前を言ってなかったな。彼女はエレーナ」


 男性検査員の紹介を受けた弘がバックミラーに目をやると、ミラーの中のエレーナが軽く頭を傾けて微笑んでいた。頭を下げる日本式の挨拶ではなく、何となく外国人……映画で見かけるような仕草だ。


「俺はガドット。よろしくな。それで、依頼のことを聞いたエレーナが、強引に自分も連れて行ってくれ……と」


「へ~え。何か気になることでも……ってか、この依頼に関係ある人なのか?」


 思い当たるエルフの関係者と言えば、まずはダンサラスの元からの氏族エルフ。もう一つは、ダンサラスによって滅ぼされた氏族のエルフだ。


(どっちかって言うなら、滅ぼされた方だよな)


 仮にエレーナがダンサラス派のエルフだとしたら、弘を見る目はもう少しキツくなるはず。いや、彼女の目つきは元々キツいが、少なくとも敵意は感じられなかった。

 この弘の考察は正しかったようで、エレーナは自分が滅ぼされたエルフ氏族の生き残りであると説明する。


「王都には、生き延びて逃げてきたエルフが結構居るのよ。皆が同じ氏族エルフじゃないけど、まあ取りまとめ役が居てね……。この完了検査に同行して、本当にダンサラスが死んだか確認してくるように……って」


「そういうことか。でも、そんな内々の事情を俺に聞かせていいの? ガドットさんだって知らない話なんじゃないのか?」


 聞きつつ助手席のガドットに話を振るが、ガドットは指で頬を掻きながら苦笑いした。


「いやまあ、その……なんだ。王都内に亜人の、ちょっと馬鹿にならない規模の組合だか組織があるってのは、割りと知られてる話なんだよ。路地裏に入って奥へ進めば、そういった連中ばかり住んでる区画があったりするしな」


 サワタリは地方都市から来たばかりだから、知らなかっただろ? そう言うガドットに対し、弘は頷くしかない。


「つまり今回の完了検査には、裏社会とか、そういう連中の思惑も絡んでるってこった。けど、あんたは気にするこたないね。きちんと依頼をこなして来たんなら、普通に案内してくれればいいだけだ。おっと、俺達を護衛するってのも忘れないでくれよ?」


「わかったよ。大抵のモンスターなら蹴散らしてやっから。そこは心配無用だ」


 ガドットのおどけた物言いに弘が同じ調子で返し、車内の空気は幾分軽くなった。


「しかし、この乗り物は凄いな。馬やモンスターに引かせてないのに、動くし。とんでもなく速い。おまけに乗り心地が最高だ」


 ギルド前で軽装甲機動車を召喚した時は、ガドットやエレーナは目を丸くしていたものである。そして、おっかなびっくり乗り込んでいたが、出発して暫くするや今言った内容のことで驚き騒いでいた。特にガドットが。


「俺の召喚術で呼び出したもんだが、乗り心地が気に入ってくれたんなら何よりだ。それなりに飛ばしてるから、昼前には到着すると思うぜ?」


 召喚品を褒められたことで気をよくした弘は、アクセルを踏み込む。

 それによりMP消費で再現された4ストローク水冷ディーゼルが轟然と唸りをあげた。

車体が加速していく感覚が何とも心地よい。


(自律運転に任せるのもいいけど、やっぱ自分でブン回すのが一番だぜ!) 


 あまりの心地よさに「ヒャッハー!」と叫びたくなる。が、同乗しているのはパーティーメンバーではなく『お客様』だ。口元を笑みで歪めるに留めた弘は、街道を東の森へ向けて突っ走るのだった。



◇◇◇◇



 結局のところ、弘の読みどおり昼前ぐらいで東の森外縁部に到達している。

 弘は皆で降車してから荷物を下ろし、軽装甲機動車を消去した。そうして森へと続く小道の前に立つと、アイテム欄からマントを取り出している。


「俺はマントのフードで顔隠して行く。先日、襲撃したばかりだし、顔とか見られたくないんだわ」


(何せ、中央集落にはダンサラス派のエルフが多いらしいからな)


 ダンサラス派エルフに顔と名前を知られて、刺客でも送り込まれたら面倒くさい……というのが本音だ。

ギルド検査員らは、そういった事情までは知らないが、当たり前の主張だと思ったのか異論は無いようだった。


「エルフの集落が見えたら、私が話をしに行くから。サワタリは道案内をよろしくね」


 そう言ってフードを取り払ったエレーナが、先に行くよう促してくる。少しばかり気負っている様子だが、弘はガドットと視線を交わし、互いに肩をすくめてから歩き出した。 ここからは徒歩移動となる。

 森の奥深くへ進んでいくわけだが、弘の足取りは軽い。何しろ、つい先日に同じ森で行動をしたのだ。多少は慣れているし、中央集落には一度とは言え直接赴いている。


(楽勝楽勝。……あん?)


 偵察士ガドットとエルフのエレーナを引き連れ、歩くこと数分。前方に何やら気配を感じた弘は足を止めた。ガドット達も気がついたようで、その辺はさすがに偵察士とエルフと言ったところだ。


「森のエルフ……かな?」


 今の弘は、普通の冒険者姿。革鎧にマント着用といったものである。防御力は低いと言っていい。ただ、突然に矢を射かけられたとしても、高レベルゆえの身体能力で回避することは可能だ。また、素早く特攻アーマー(各種召喚防具を組み合わせて、セット召喚できるようにしたもの)を召喚着用し、その防御力で弾き返すこともできる。

 このことから余裕の構えであったが、後方からエレーナが進み出て呼びかけを開始した。


「いきなり矢を射かけられたらたまらんからな。彼女に任せよう!」


 そうガドットが言うので弘は頷く。だが、その一方で「何かあったら俺が盾になるから……とか言っておくべきだったか」と思ってもいた。


(いざとなりゃ俺が前に出るか。まあ大丈夫だろうけど)


 すべて解決済みなのだ。問題などあろうはずがない。


「本当!? 今、その集落に居るの!?」


 交渉に当たっていたエレーナが叫ぶように問いかけるや、森の奥へと駆け込んで行く。彼女が走り去った後で、2人ほどの男性エルフが出現し、困ったようにエレーナを見送っているのが見えた。


「おい! いったい何があったんだ!」


 慌てて詰め寄るガドットの後ろを、弘はゆっくりついて行く。召喚武具、例えば銃器などはまだ出していない。戦闘になるとは限らないからだ。

 身振り手振りを交えながら情報を聞き出そうとするガドットに追いつき、弘は会話に混ざっていく。


「で? エレーナに何言ったんだって?」

  


◇◇◇◇



「要するに、エレーナの親父さんが中央集落に居たってわけだ。ダンサラスに氏族を潰された時に、生き別れたんだな。エレーナは森で話を聞くまでは、もしかしたら……って思ってた程度らしいけど」


 王都のそれなりにお高い宿で、弘はグレースに語っていた。

 ここは2人部屋であり、他には……例えばカレンなどは同席していない。あくまでも弘とグレースが居るのみだ。そして、2人ともテーブルで差し向かいに離しているのではなく、今はベッド上に居た。

 そう2人は今、交わっている最中だった。いや、すでに何回か達した後の休憩中と言うべきか。弘の左隣では、一糸まとわぬ姿のグレースが横たわり荒い息をついている。弘はと言うと、頭の後ろで手を組み、天井を向いて寝転がっていた。


「その後は、親子感動の御対面……って感じで。ああ、ガドットが臨時の纏め役と話をしてくれて、依頼の完了確認をしたんだっけな」


「それで? ギルドにも報告を終えて、依頼報酬は貰ってきたと?」


 ようやく息が整ったらしいグレースが話しかけてくる。汗で濡れた額には金髪が貼り付いており、何とも色っぽい。


「ああ。元はグレースの金だから、妙な気分だよな」


「依頼を達成して得た報酬には違いあるまい。それにしても、一段と体力が増したようだ。もう何と言うか……感じすぎて躰の感覚が……」


 そう言いつつも、グレースはベッド上で頬杖を突き、弘の顔を観察する。


「なんだよ?」


「強く、思いやりがあり、明るく楽しく……優しくて。それでいて殺しても死にそうにない。まさに理想の恋人。いや……旦那様だと思ってな」


「随分と持ち上げてくれる。てか、俺はただのチンピラだよ。そうさ……ただの……」


 弘は完了検査のために王都を出発した際のことを思い出す。あの時、弘はバックミラーにかつての暴走族仲間の姿を見ていた。

 この世界で生きると決めたつもりが、心の底では郷愁を感じていたのだろうか。

 あの瞬間に見た仲間達の顔は、どれも忘れがたく、そして懐かしいものだった。


(夜中にバイクで突っ走ってる時や、他のチームと喧嘩してる時。難しいことなんて何にもなくて、すげぇ楽しかったっけなぁ)


 騒動に巻き込まれる人々は迷惑だったろうが、当時の弘は楽しいとしか思っていなかった。今思えば……やんちゃで済ますには問題あるが、まあ過去の話だ。

 あの頃に帰れたら。異世界転移するまでは、常々そう思っていたのだが……。


(俺は……)


「サワタリ?」


 不意にグレースがのし掛かってくる。行為を再開するのではなく、大きな乳房を胸板に載せ、更に間近から覗き込んでいた。


「なんだよ?」


「いや、な。主が……何処かへ行ってしまいそうな気がしたのでな。そんなこと、あろうはずもないがな」


 言いつつグレースは不安そうにしている。伏し目がちの瞳が、真っ直ぐ弘を見ていないのが証拠だ。 


「何処かへ……か。その何処かへ来ちまった状態が今なんだけどな。これ以上、あちこちへ飛ばされたらたまったもんじゃねーし? 俺は、ここに居るさ。ずっとな」


「そうか……。そうか!」


 グレースは弘の頭部をかき抱き、額に口づけをする。その際、揺れる乳房が顔などに触れており、実に心地よい。

 王都に戻ってからの弘は、ギルドで報告を済ませ、カレン達に会いに行った。そしてギルド酒場で簡単に夕食を済ませ、グレースと共に別宿を取ったのだ。そして、これまでの礼と気持ち、何よりグレースが抱いて欲しいとのことだったので、2人でベッドインして今に到る。


(散々ヤったけど、俺も疲れてたのか? う~ん、体力的には問題ないが、顔に何か出てたかな?)


 まとわりつくグレースの頭を撫でていると、不意にグレースがキスができるほどの至近距離で見てきた。


「そう言えば主よ。ノーマを抱いてやってくれと話したことは覚えているか?」


「お? おお、そういやそんなこと言ってたな。ノーマも恋人だから、そうなってもいいとか、やりたいとか思ってたけど。グレースから言い出すなんて、どういうつもりだ? ひょっとして何か企んでる?」


「企んでるとは、人聞きが悪いな。ま、この部屋には我と主しかおらんが……」


 そう言って悪戯っぽく笑ったグレースは、人差し指で文字を書くように弘の胸板をくすぐる。


「……くすぐったい」


「ふふふ。いやなに……我ら恋人陣も、そろそろ主に抱いて貰っていった方が良いのでは……と。そう思ったのでな」


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