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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百七十四話 仇討ち

「サワタリさん! お怪我は~……ないですよね?」


 鎧の倍力効果のため、真っ先に駆けてきたカレンが聞いてくる。

 もちろん、怪我はない。主に攻撃を行ったのはヘリと戦車だし、弘がやったことは身動きの出来ないダンサラスを、精霊巨人から掘り出しただけだ。

 途中、精霊巨人の投槍攻撃を受けたりもしたが、それとて何の被害もなく弾き飛ばしている。その精霊巨人と言えば、今は弘の後方で無数のウィル・オー・ウィスプとなり霧散し出していた。自分達を呼び集めた精霊魔法の使い手が、正気を無くした結果であろう。


「お前らも消えてくれていいぞ。お疲れさん」


 弘が一声かけると、上空に留まっていたAH-64アパッチ6機と、地上に展開していた10輌の10式戦車らが瞬時に姿を消した。これらを召喚するにあたって消費したMPは、実のところ多くはない。と言うのも、弘が高レベル化するに伴い、召喚品単体の必要MPや、時間あたりの維持MPが減少しているのだ。


(戦車1輌召喚するのにMP10で、弾薬燃料を満載状態を100セット分上乗せしても、消費MPが10増えるだけとか……。俺が言うのも何だけど、信じられねー話だよな)


 消費したMPにしてもMP回復姿勢……ウンコ座りすることで回復するのだが、その回復度も上昇しており、今では10分ほどで全MPが回復してしまう。そして現状、弘の最大MPは130万近いのだ。

これは破壊されない限り、そして弘が召喚し続ける限り、戦車や爆撃機ら召喚品が戦い続けられると考えて良い。

 戦い続けられる召喚品の大軍団。そういったものも作り出せるだろう。


(俺もイイ感じで、ヤバい異世界転移者になっちまったな~……)


 異世界転移。元の世界で居た頃は、ネット小説でよく見たシチュエーションだが、自分が転移する羽目になっただけならまだしも、ここまでのレベルに到達するとは思っていなかった。


(俺1人で軍隊1個分ぐらいの暴れ方ができるか……)


 そんな機会は滅多に無いだろうが、やるとなれば敵方にも多くの死傷者が出るだろう。数百、数千、下手をすれば数万や数十万の単位だ。

 こちらの世界に転移してから、それなりの時間が経過し、必要な人殺しは実行できるようになっている。だが、桁が違いすぎる死人の数に自分は耐えられるだろうか。


(人がゴミのようだ~……みて~な感じにゃ、なりたくないんだけどな~)


 カレンが消えていく戦車や、精霊巨人……かつての精霊集合体に見入ってる中、弘は考

え続けていた。しかし、そんな彼の意識を引き戻した者が居る。


「あ、あううう……」


 意味を成さない呻き声。捕縛したエルフ氏族の長、ダンサラスだ。膝を突き、辺りを見まわす彼は、口から涎が滴っていた。その視線も特に何かに向けられているわけではない。まったくもっての白痴状態であり、広場で見せた堂々たる態度は欠片も残されていなかった。


「サワタリさん……。この人……」


「ん、ああ……。ちょっと良くない感じなんだわ……」


 カレンが不気味なモノを見るような目でダンサラスを見ている。

 と、そこへ遅れてグレース達が到着した。先にグレース、続いてシルビアとウルスラの尼僧組の順だ。偵察士ノーマと魔法使いメルは、捕虜を引き連れているため、少しばかり到着が遅れる様子。

 そうして到着した仲間らの中で、弘はグレースに声をかけた。


「お~う。オッサンの身柄は確保したんだけど、その……なぁ」


 ダンサラスの後ろ襟を掴み、小荷物のように差し出す。グレースの方でも弘に声を掛けようとしていたようだが、あらぬ事を呟くダンサラスを見て表情を強張らせた。


「主に怪我など無くて何より……。だが、これはいったい……。ダンサラス? どうしたのだ?」


 手に持っていた弓を背負い直し、代わりにレイピアを抜く。その切っ先を眼前に突き付け、グレースは問いかけた。


「わかっておらんのか? 我は敗北した貴様を討つのだぞ? これから殺すのだぞ? 何か言ったらどうなのだ。あ……アアやウウでは、わからんだろうが!」


 言ってるうちに感情が昂ぶってきたのか、最後には怒鳴りつけている。しかし、ダンサラスは反応を示さない。惚けたまま呟いているだけだ。


「くっ……」


 グレースの美しい顔が怒りで歪む。もっとも、それを見ている弘は「こえ~けど、綺麗さに凄味が増してる感じだな~」などと考えていた。


「サワタリ殿。お怪我は……無いようですね」


「シルビア、来てくれたか。って、みんな、それ聞くのな」


「当然よ~。あ~んな大きな槍を投げつけられて、よくも無事だったと思うわ~」


 ようやく到着したシルビアとウルスラの尼僧組が、それぞれに声をかけてくる。それなりに小走りしてきたようで、2人とも少しばかり息が切れていた。


「疲れてるところ悪いんだが……こいつを見てくれ。いや、見て欲しいのはダンサラスの方だな」


 顎をしゃくって示した方向で居るのは、レイピアの切っ先を下げて立ち尽くすグレース。そして、その前で腰を下ろし、楽しげに意味不明の言葉を発するダンサラスだ。


「これは~……麻薬を使った人の症状に似てるかも~」


 この世界にも麻薬は存在する。弘が元居た世界でもそうだったが、大抵の国では違法薬物であり、その取り締まりは非常に厳しい。おおむねはヤクザ的な組織が資金源にしていると聞いたが……。


「各宗派の神殿や教会などに、患者が担ぎ込まれることがあるのです」


 その場合、本人や親族が治療代を負担することで、法術治療を施される……とシルビアが説明する。


「麻薬と言えど結局は『毒』ですから。余程の末期でもないかぎり、解毒の法術や、精神安定の法術で回復可能なのです」


 ただし、皆が治療代を支払えるわけではないので、多くは追い返されるとのこと。その後は禁断症状が続き、苦しんだ後に衰弱……死亡する。


「法術治療って言っても、お坊様が疲れるだけの話なんだから。無償で治療すれば良い……なんて声もあるんだけど。そうはいかないのよねぇ」


 口を挟んできたのは、捕虜を連れているため遅れていたノーマだ。見れば、彼女の後ろにダンサラスが連れてきた部下エルフらが居て、その傍らにはメルが立っている。エルフ達は皆後ろ手に縛られており、抵抗などできない状態だ。走って逃げることはできるだろうが、弘が召喚したヘリや戦車を目撃しているため、その手段は諦めているらしい。

 なお、猿ぐつわなどを噛ませていないので、精霊語による精霊魔法の使用は可能だ。もっとも、すぐさまグレースに気づかれて制圧されるだろうが……。


「神殿とかは無償治療をしない……。ああ、あれか。知ってるぜ」


 この弘の『知ってる発言』は、中学生の頃にはまっていたTRPGの知識によるものだ。無償ないし端金で重病や重傷が治癒される。果ては死者の蘇生まで行えるとなると、人は命を軽んじ出すのである。


「実力的に無理なモンスター討伐でも、銅貨数枚で蘇生できるなら当たって砕けろ……ってことになりかねないし。お安く生き返るんだから、危ない事させてもいい……みたいな。そんな感じだっけ?」


「ふむ。君は時々、妙に博識だな。まさにそのとおりだ。そう言った倫理観の崩壊が問題になるので、神殿や教会での法術治療は高くつくのだよ」


 かつてのゲーム知識を思い出しつつ喋っている弘を見て、メルが感心したように言う。そこへウルスラが「そうなの~」と口を挟んできた。


「ちなみに蘇生の法術に関しては~、あまり大っぴらに言わないでね~。各宗派の偉い人に睨まれちゃうから~」


 蘇生法術は多くの国では、国の許可が必要だったり、必要な金額が膨大だったりとハードルが高い。理由はメルが言ったとおり、倫理的な問題があることと、それでも何とかして金を用意して蘇生を……と望む者が長蛇の列をなすことがあるからだ。


「あるからだ……って、そういうことがあったのか?」


「大昔にね~」


 現在では、最初に国の許可を得ること。必要金に関しては応相談……ということになっているらしい。また、僧職者には蘇生法術に関して可能な限り口外しないことが求められていた。


「そう簡単に許可できないものを宣伝して歩くわけには行きませんからね」


 硬い声のシルビアが会話に参加してくる。

 情報伝達の速度に難がある世界だ。精霊通信やその他魔法を使う手もあるが、平民らにしてみれば、そう言った特別な手段を使わない限り、蘇生魔法に関する知識は伝わりにくい。僧職者に対する軽い箝口令で充分というわけだ。


「王都や大きな都市から離れるにつれ、情報は曖昧になっていきます。地方都市や山村などでは蘇生魔法について、その存在すら否定的だったりしますしね」


「私が以前に所属していた盗賊ギルドでも、蘇生魔法には関わらない方がいいと言われてたわ。ウルスラが言うように、神殿や教会に目を付けられるのは厄介だもの」


 少し離れたところで捕虜に目を配るノーマ。彼女は、言い終えると肩をすくめて見せる。


「基本的に有力な貴族や、有能な将軍なんかが蘇生させて貰えるんだったかしら? 後は、有力貴族にコネのある金持ち……。何にせよ、特権階級や富裕層相手に阿漕な金稼ぎをしてる……と言えるのかしらね……」


 言いながら、ノーマが尼僧組に視線を向けた。これに対し、シルビアは責められたかのように俯き、ウルスラは嬉しそうに照れ笑いをしている。


(ほ~う。宗派の教義の違いってやつかねぇ)


 光神信徒と、商神信徒の違いを目の当たりにし、弘は『面白いモノを見た』気分となった。しかし、シルビアが困っているので話題を変えることとする。正確には、話題をダンサラスの症状に戻すのだ。

 ウルスラの話では麻薬類の効果、その症状に似ているらしいが……。  


「じゃあ、やく切れみたいになったら苦しみ出すのか?」


「わからない~。そもそも似てるって感じただけだし~。これって麻薬そのものの症状なのかしらぁ?」


 ともかく症状自体は似ているわけだ。

 弘としては、やはり戦闘時に服用していた丸薬が怪しいと考える。戦闘中、服薬自殺するかのごとき勢いで飲み下していた。あの行為を無関係とするには無理があるだろう。ダンサラスの部下によると、清涼菓子の味わいを持つ鎮痛薬らしいが……。


「怪しいっちゃあ、あれ以上怪しいモノもないわな」


 弘はカレンとノーマを捕虜の見張りに回し、尼僧2人に魔法使いのメルを連れてダンサラスに歩み寄る。そして、おもむろに膝を突き、ダンサラスの衣服に手を突っ込んだ。すぐにダンサラスの体温や、引き締まった胸板などの感触が手に伝わってくる。


(キモッ! 男の躰をまさぐるとか、超キメェ!)


 思うだけでなく口走りたいが、すぐ後ろで居るグレースのことを考えると、ふざけた言動は慎むべきだ。チンピラと言えども空気は読む。いや、恋人が落ち込んでいるのだから、気を遣うぐらいはするのだ。


ごそごそごそ……ガサリ……。


 衣類の内ポケットだろうか。収納できそうな部位に、弘は小袋を発見した。引き出してみると、それはやはりダンサラスが丸薬を服用する際に取りだした物。


「こいつだな……。メル? ちょっと調べてもら……いや、ここはアレだ! 対象物解析だ!」


 あまり活躍しているとは言い難い解放能力だが、こういう時に使ってこそだと弘は思う。しかも、今度の解析対象は戦闘中の生物などではなく、ただの物体……薬だ。相手に認知された途端、解析できなくなる等の障害が無いはずで、きっと上手くいくだろう。


(上手くいく……はずなんだがな~……)


 普段の実績がアレなので、弘としては期待半分だ。ところが、弘の眼前に展開されたウィンドウでは次のように表示されたのである。




<解析結果>


名称:鎮痛効果の丸薬(寄生洗脳蜘蛛の卵)


効果:洗脳蜘蛛の幼体を、微量の麻痺薬によって包み卵状にしたもの。外殻に鎮痛剤を混合し、鎮痛剤としての効果もある。服用し続けることで徐々に肉体が変質、適合化が進み、寄生洗脳が成功しやすくなる。ある程度のレベルに達すると、飲み下した丸薬……卵が消化されることなく孵化。鎮痛効果を発揮しつつ体内を食い破って進み、脳に達すると集合。脳を食害する。その後は脳に成り代わって肉体を支配し、上位者からの指令に従って行動する。


捕捉:口当たりは爽やかで美味。




「な、なな、なんじゃこりゃああああ!?」


 あまりの内容に声が出た。もはや叫び声と言っていい。

 滅多にないほどの情報量。いや、それよりも、あの対象物解析さんが仕事してる! 

 そう言った驚きもあるが、やはり解析結果が大問題だ。

 突然叫んだことで集まって来た仲間達(ノーマのみは捕虜の元で残留している)に、画面の表示内容を説明したところ、皆が驚きの表情を見せた。特に食いつきが良かったのが魔法使いのメルで、彼は解析結果の内容だけでなく、弘の見解まで聞こうとする。


「脳に巣くう蜘蛛ときたら、レクト村での事件を思い出すが……ヒロシはどう思うね?」


「そりゃあ、身に覚えのあるこってすから。連想……しちゃいますよねぇ」


 レクト村事件。

 それは冒険者登録した頃の弘が関わった討伐依頼である。この依頼先で遭遇したのが、人間の脳に巣くいゾンビ化させる子蜘蛛だ。

 当時、現パーティーメンバーで弘と共に行動していたのはメル、ウルスラ、ノーマの

3名。ここには居ないがジュディスも含まれる。

「また、あの蜘蛛……」

「うううう。寒気がしてきたわぁ~」

 ウルスラとノーマは、弘が言ったとおりレクト村事件を連想したのか、表情が厳しくなっていた。

 残るパーティーメンバーであるカレン、シルビア、グレースらは、話としては聞いていたため、やはり表情は硬い。


「つまり……そのエルフの行商人は、人を乗っ取るような蜘蛛の卵を、薬だと言って売りさばいていたわけですか……」


 ウルスラが呟いた後は数秒ほど皆黙っていたが、いち早く口を開いたのはシルビアだった。

 彼女が信仰する光神宗派は、『正義』『正しさ』『規律』などを重視している。早い話が、ファンタジー小説やゲームなどでよく見かける堅苦しい宗教だ。それだけに、人をバケモノにしたり操ったりする薬の販売行為は許し難い。第一、シルビア自身の良心や正義感が許さない。彼女と同様の憤りを見せているのは、カレンやウルスラ、グレースなどだ。一方、ノーマやメルは興味深そうにしている。


「ふむ、ふむ……なるほど」


 しきりにメルが頷き、ノーマは「あまり聞かない虫だわ……。レクト村で見たのと、同じ種類なのかしら?」などと呟いていた。


(騎士見習いに坊さん。魔法使いと偵察士か。職業柄の違いってのもあるのかも……)


 そんなことを考えながら、弘はシルビアとウルスラを呼ぶ。用件は、ダンサラスの治療だ。


「こんな有様になった原因が、まあだいたい掴めたわけだが……。これ、治せる?」


 弘は、せっかく生きたまま捕らえたのだから、やはりグレースに倒させたいと説明する。しかし、このまま正気を失った状態では、グレースも納得できないのではないか……とも。

 これを聞いたシルビアとウルスラは顔を見合わせる。そして2人で視線を交わした後、「問題ないわよね~?」とか「ああ、なるほど。確かに……」と言い合い頷いていた。正直、見ている弘からすればサッパリだ。


「なんだよ? 治せるのか? 何か問題でもあったのか?」


 声に苛立ちが混じる。それに気づいた尼僧組は、互いに譲り合った後で説明を開始する。

 結論から言えば、ダンサラスの治療は可能。シルビア達が一瞬とは言え問題視したのは、通常の冒険者パーティーでは治療不可能だからだ。


「どういう意味だ?」


「法術で怪我人を治療する場合ですが、患者が法術を受け入れてくれることが前提となります。逆に言えば、抵抗を示されると治療法術は効果を発揮しません」


 気弾等の攻撃に使用する法術よりも、抵抗しやすいらしい。


「なにしろ~、相手自身の回復力を高める術だからぁ。凄く抵抗されやすいのよねぇ~。アンデッド相手にかけると、それはそれで攻撃力を発揮するんだけどぉ」


 これらシルビア達の説明により、法術治療は抵抗されやすいことがわかった。


「てこたぁ……ダンサラスが治療拒否するってのか? いやまあ、さっきまで殺し合いしてたんだし? そう思うこともあるのか……」


「あ、それもあるのかしらぁ。ヒロシが言ってることも解決策はあるんだけど~。もう一つ、別の話があるのよね~。説明、続けるわね~」


 ダンサラスのような麻薬中毒患者は、本人の頭には『いつまでも快楽を味わっていたい』という思いが存在する。それが、治療法術を拒絶させるのだ。弘が言った『敵対心による拒絶』もあるだろうが、ダンサラスの症状からいくと前者のケースになるだろう。

 ただ、そう言った拒絶心も、法術の『鎮静』で和らげることが可能である。


「じゃあ鎮静の法術をかけてから、解毒とかの法術をかけりゃいいんだ?」


「サワタリ殿の言うとおりです。ですが、相手方は抵抗する気なので、別の法術……解毒法術をかける間に、鎮静の効果を破られてしまいます。薬物中毒者というのは、ある意味で精神力が強くなっていますからね」


 すなわち、僧職者が1人では手が足りないのだ。逆に言えば、2人以上の僧職者が居れば鎮静法術をかけつつ、解毒法術を使えるという事であるが……。


「冒険者パーティーにおける僧職者は、通常1人だけです。修行名目で旅に出る僧職者は多数居るでしょうが、2人以上居ると個々を磨きにくいものですから。元から他の僧職者が居ると加入を断ることが多いのです」


「その理屈で~、同じ宗派の僧職者がパーティーに複数居るってことは少ないしぃ。宗派が違うと対立の元だからぁ。尚更、別宗派の僧職者が何人も居たりはしないのよね~」


 さて、ここまで説明を進めたところで、弘のパーティーメンバーを確認してみると……光神僧のシルビアと、商神僧のウルスラが居る。


「なるほど、分業できるってわけか。一瞬戸惑ったのも話を聞いて納得だぜ。てか、パーティー内で宗派が違うってのは、その……いいのか? 今更だけど」


 弘が聞くと、シルビアとウルスラは再び顔を見合わせた。そして可笑しそうに噴き出すとダンサラスに歩み寄る。


「サワタリ殿。私とウルスラは、宗派は違っていますが……。今は貴方を慕う恋人同士なのです。この私達の気持ちは、それぞれの教義に反していないのだと確信していますので」


「よくある三角関係とかの対立構造でもないし~。だから、そういう気遣いはしなくていいのよ~?」


 そうして2人で跪き、それぞれが信じる神に祈りを捧げた。

 シルビアは鎮静の法術を、ウルスラは解毒の法術を。宗派の違う僧が、1人のエルフに対し協力して法術を施したのである。

 弘にしてみれば、恋人云々の話については照れ臭く思える。だが、宗派の違いに関しては一応気にしただけで、こうして見ても何々宗と何々宗の坊さんが2人で祈りを捧げている光景に過ぎない。2人で良く協力してくれてる……以上の感想はなかった。

 しかし、後にカレンやメルから、別宗派の僧が2人並んで法術を使うなど、戦場や冒険依頼遂行中の複数パーティー……その協力態勢時でしか見られない。それほど滅多にないことなのだと聞かされ、異世界の……と言うよりは、日本以外の宗教観の違いを思い知ることとなる。



◇◇◇◇



 治療自体は、アッと言う間に終了した。

 戦闘中ではないから邪魔する敵対者も居ないし、シルビア達の言う分業が上手くいった結果である。

 なお、現時点で脳の幾分か、あるいは大部分を占めているであろう蜘蛛に関しては手つかずのままだ。これはメルの「それを今駆除したら、ダンサラスが死ぬのではないか?」という指摘による。

 つまり、放っておけばいずれ死ぬ状態なのだが、グレースによる始末……処刑まで持てばいいと弘が判断したことで、メルの意見が採用となった。


「ん……ぐむ……」


 正気に戻ったダンサラスは、数秒ほど、周囲を見回している。が、やがてグレースに気がつくと、彼女に食ってかかろうとした。しかし、後ろ手に縛られた状態であり、容易には立てない。そこを背後から弘に蹴飛ばされ、前のめりに倒れることとなる。

 そして……その彼の喉元に、グレースがレイピアの切っ先を突き付けた。


「お目覚めのようだな。ダンサラス」


「グレースか……。私は、あれからどうなったのだ? 何かこう、強大な力を得たはずなのだが……。状況としては敗北したようだな」


 這いつくばった状態で顔を上げ、少なくとも口調の上だけなら平静さを保っている。敗北した状況を知った以上、この後の自分の末路も承知しているはずだが、動じていないのは流石だと弘は思った。


(気合い、入ってるねぇ……。それにしても……)


 気になるのは、タイミング的に鎮痛効果の丸薬……寄生洗脳蜘蛛の卵を服用した後の記憶が定かではないことだ。


(戦闘後の惚けてる間のことならともかく、自分とこの集落に向かおうとしたことまで忘れてんのか?)


 やはり、寄生洗脳蜘蛛の卵について聞き出しておくべきだろう。弘は後ろで立つメルに目配せをし、それを受けたメルが弘とグレースの間を通って前に出た。


「グレース。取り込み中だが、彼に聞きたいことがある。少しだけ時間を貰っても良いかな?」


「メル……」


 魔法使いの名を呟きグレースが弘を見る。これに対し弘が頷くと、彼女は黙って引き下がった。


「さて、エルフの氏族長殿。私は魔法使いのメル。幾つか質問をさせて貰いたい」


「質問?」


 グレースや弘に対してキツい表情でいたダンサラスは、唐突に話しかけてきたメルを見て戸惑いの表情となる。それでも『グレースの一味』だと認識しているようで、普通に……と言うよりは少々硬い態度での会話が始まった。


「うむ。まずは戦闘中に服用していた薬。ああ、これのことだが。詳しく聞かせて貰おう」


 言いつつ弘から渡された小袋を取り出すと、ダンサラスは這いつくばったまま首を傾げる。


「詳しくと言われてもな。それはただの鎮痛薬だぞ? 頭痛とかに効く……ああ、飲みやすくなるよう菓子で包んであるとも聞いたな」


「それだけかね?」


「なんのことだ?」


 不思議そうにしているダンサラスを見て、しゃがんでいたメルは弘を振り返る。その彼が「調べた結果を話して良いかな?」と、承諾を求めてきたので弘は頷いて見せた。

 メルは「では……」と言いつつ、ダンサラスに向き直り、彼が鎮痛剤だと思っている丸薬の正体について話して聞かせる。当然ながら、ダンサラスは驚愕することとなった。


「く、蜘蛛の卵だと!? そんな話、信じられん!」


「そうかね? では、これを見たまえ」


 小袋の中から白い丸薬を取り出す。それを親指と人差し指で摘まんだメルは、軽く力を込めた。すると……。


 ピシ……ぱきゃ……。


 ヒビが入るや丸薬が割れ、中から小さな蜘蛛が出現する。蜘蛛は地面に落下したが、これをメルは速やかに踏みつぶす。生まれ落ちてから数秒間のことだったが、ダンサラスが事実を確認するには充分な時間だった。


「ば……かな。あ、あの女ぁあああ! わ、私に蜘蛛の卵を、くす、薬だと……。謀りおってええええ!」


 今度こそ立ち上がろうとするが、またもや弘が蹴り飛ばし、ダンサラスは相変わらず這いつくばったままだ。それでも彼は喚き立てていたが、眼前でメルが指2本を振って見せ、それで何とか落ち着いた。


「女……エルフの行商人だそうだが。私としても興味深くてね。どこから来たとか、そういう情報は?」


「知らん! たまに来ては薬を売りつけて帰って行った。その都度、薬の効果について確認していたが……。奴め……」


「氏族長殿の、体調の変化を観察していたのだろうな」


 メルの呟くような言葉を聞き、ダンサラスが再び喚きだす。

 その後、幾つか質問を行ったところ、薬を飲んだ後は頭が冴え渡り、不思議と精霊魔法を行使する力が増大した……との情報が得られた。


(ふむ。乗っ取りと洗脳だけが効果ではないのか? これ以上のことをダンサラスが知らない様子のなのは、実に残念なことだ)  


 丸薬について聞き出せることがなくなったようなので、メルは質問を打ち切ろうとする。

 しかし、後方に控えるグレースを見て、このまま質問を続行すべきではないか……とも考えた。

 彼女の氏族に対する仕打ちや、ダンサラスの行動目標など。これらは本来、グレースが聞くべきことだろう。だが、今のグレースに冷静な会話ができるだろうか。


「ヒロシにグレース。丸薬に関しては、これ以上は聞けないと思う。後は……差し出がましいかも知れんが、グレースの氏族に関してのことや、それに関連して幾つか聞いておきたい。私が聞いても構わないかね?」


「俺は構わね~けど。グレースは、どうする?」


 一応、弘は聞いてみた。だが、弘も気づいている。感情的になっているグレースが聞くよりも、メルの方が上手に話を聞き出せるであろうことを。そして、それはグレースも同様だった。


「……構わぬ。引き続き、メルに任せよう」


 グレースの言葉に頷いて見せたメルは、大きく一息吸うことでダンサラスを注目させ、彼に話しかけた。


「この際だ。周辺のエルフ氏族を滅ぼしたり併合したりしていた理由。これも聞かせて欲しいな」


 この質問に対し、ダンサラスは僅かに目を見開く。そして首を回してグレースを見た後で、その口を開いた。 


「良かろう。ならば聞かせてやる。この国ではエルフがヒト族から虐げられているのは知っているな? 良くて亜人扱い……いや、見栄えが良いから『人扱いしない』ことで売買の具にされている。こんなことが許されるものか!」


 だからエルフは一致団結し、ヒト族に対抗しなければならない。強引な手段だろうが、勢力拡大をする必要があったのだ。

 そう言うダンサラスの主張を、グレースが怒りに震えながら聞いている。弘が腕を掴んでいるため、いきなりダンサラスを殺す行動に出たりはしないだろうが……。


(このままメルに質問させて大丈夫か? グレースが心配だぜ……)


 かと言って、この話題になった以上はメルが質問を中断しても、グレースが聞きだそうとするだろう。このまま続けるしか選択肢はなかった。


「聞けば、グレースの氏族は最初期に滅ぼしたそうだが。そこに何か理由はあったのかね?」


「理由? 理由か……」


 ダンサラスがニヤリと笑う。一方、質問した側のメルは、これを見て渋い顔となった。まずいことを聞いている。その認識はあるようだが、この質問は外せなかったのだろう。周囲で見守る弘達も不安を感じていたが、ダンサラスは意気揚々と語り続ける。


「そこのグレースが! 氏族長としては随一の実力者だったからだ。彼女の氏族を後回しにして、残った氏族と合流されたら厄介だったのでな」


 そうなる前に、急ぎ滅ぼすことにしたのだ。併合ではなく滅ぼすとしたのは、他氏族に対する見せしめ効果を期待してのこと。他にも理由はあるが……。


「我が実力者だったから……だと?」


 グレースの声が震えている。責任感の強い彼女のことだから「自分のせいで氏族が滅ぼされた」などと考えているのでは……と、弘を始めとした何人かが考えた。メルも同じように思ったのだろう、さっと立ち上がるや弘を見る。


「もう結構だ。ヒロシ、早くグレースに処刑させ……」


「待て……」


 押し殺し、それでいて地の奥底から聞こえてくるような声。それはグレースの形良い唇から発せられた。


「ダンサラス。貴様の御大層な目的は解った。その目的に対し、周辺の氏族長達は消極的で非協力的だったことだろう。エルフ族は基本的に保守的だからな。滅ぼすべきか併合すべきか、どちらかの行動に出るとした貴様の判断も、まあ理解してやってもいい」


 話し続けるグレースの視線は強烈だ。その視線だけで人が死にそうな殺意が込められている。が、対するダンサラスはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。


「だが、何故だ! 我の氏族の者達に対する非道な行い! そして我にも……。あそこまでやる必要が、どこにある! 答えろ! あの凄惨な殺戮に、どのような正義があると言うのだ!」


「正義? 笑わせる……」


 ごろりと寝返りを打ち、何度か身を揺さぶることでダンサラスは躰を起こした。そして何とか地面に尻を付けると、弘が手を掴んだままのグレースを見上げる。


「エルフの勢力を拡大し、ヒト族を打倒して国を作る。それが私の目的だったが……戦ってばかりでは息がつまるのでな。余録というものは必要だろう? 景気づけに良い思いをしておきたかったというのもあるな!」


「貴様ぁああああああああああ!」


 激昂するグレース。だが、そのレイピアの切っ先は届かず、躰も前には進まない。弘が掴んだ腕を放さないからだ。


「サワタリ! 主よ! 後生だ! 我にダンサラスを殺させてくれ!」


 弘には止める気はないし、止める権利もない。仲間達を見ると、カレンやシルビアにウルスラ、それにノーマまでもが憤りを見せていた。意外なところでは、捕虜としたダンサラスの部下……その元他氏族の者までが、ダンサラスに「外道のエルフめ!」「我らの氏族を滅ぼしたときも、そんな心根だったのか!」などと咆えている。

 フウ……と弘は一息吐いた。


「この辺でいいか。もう聞けることもないだろうし。ああ、いや……そうだな。最後に1つだけ聞かせろ」


 弘は後方の捕虜達を顎でしゃくって示す。


「オッサンの子分を縛り上げてあるんだが……。助けろーとか言わなくていいのか? 何か言い残すこととかねーわけ?」


 聞かれたダンサラスは躰を捻って部下達を見た。併合した氏族の者達は騒いでいるが、元からの部下達は、すがるような目でダンサラスを見ている。約数秒間、部下達を見たダンサラスは弘に向き直り言い放った。


「知らんな。私は助からんだろうし、死んだ後のことまで責任は持てんよ。殺されずに解放されたとして……私の方針どおり続けるなり、併合氏族の者達に反乱でも起こされて滅ぶなり。好きにすれば良かろう」


 この無責任な発言を弘は呆れ顔で聞いていたが、見捨てられると解った元からの部下達は、事ここに到り口々に喚き出す。


「わ、私達を見捨てるのですか! 無責任だ!」


「あんたを信じてついて来たんだぞ! それを今更!」


 等々、先に騒いでいた併合氏族のエルフ達も呆気に取られるほどの見苦しさだ。無論、ダンサラスも黙ってはいない。


「だまぁああああれぇえい! お前達も充分に良い思いをしてきただろうが! そんな何でもかんでも私に責任を押しつけるな! 氏族長とて楽では……」


「は~あ……」


 余計なこと聞くんじゃなかった。そんな思いが弘に溜息をつかせる。そして気がつくと、グレースが弘をジッと見つめていた。怒っている風でもない。ただ、ジッと見つめているのだ。


「ああ、わかってるさ。グレースの好きにするといい。……こっちでも気をつけておくから、思う存分やっちゃえ」


 そう言った弘が手を離したところ、グレースは「感謝する」と言って前に出た。右手には抜いたままのレイピアが握られている。


「そもそもだな! 私のエルフを上位種に引き上げようという、高尚な……おもぎ……」


 言い争いを続けていたダンサラスの声が途切れた。彼の喉には、今、レイピアの切っ先が潜り込んでいる。これでは喋り続けられるはずがない。

 無造作にレイピアを突き込んだグレースが、氷のような眼差しでダンサラスを見据える。


「氏族を滅ぼされ、奴隷娼婦に身を墜とし、こうして貴様の前に立って話を聞いた。それで確信したことがある」


 グリッ……。


「げほっ! がはぁ!」


 切っ先がねじられ、ダンサラスが喘いだ。レイピアは、それほど奥深くまで突き込まれてはいない。しかし、それだけに流血が喉奥に流れ込む苦しさを味わうことになる。


「ダンサラス。貴様は下衆だ。大層なお題目を唱えていようと、やってることは我欲優先。貴様に、エルフ全体の安泰や将来を語る資格などあるものか! いや……本気ではなかった。そうであろう?」


「がっ?」


 苦しそうなダンサラスの目に、訝しむような色が浮かんだ。その彼に顔を近づけ、グレースは囁きかける。


「貴様は、自分が好き勝手にやりたかった。それだけだ。エルフ全体を……とか、国を作る……など、そういうのは他の者を操るための嘘なのだろう?」


「ぎ、ぎざ! わだぎがはぁ! ぼんどに!」


 グレースの言を否定したいのか、ダンサラスは騒ぎ立てた。だが、喉に刺さったレイピアのために、言葉として発音できない。

 その様をグレースは黙したまま見ていたが、やがて肩を落として溜息をつく。


「真実、大志を抱いておったのであれば……な。見どころ無き男よ……」


「ぢがああああううう! でいぜい……げぶっ!」


 一段と声を大きくし、ダンサラスが叫ぼうとした。しかし、その声は唐突に途切れてしまう。

 グレースが力を込め、レイピアを押し込んだのだ。

 ガクリと頭を垂れ、ダンサラスが動かなくなると、グレースはレイピアを引いた。穿たれた穴から鮮血が噴き出るも、素早く身を引いたことで返り血を浴びることはない。


「終わった……な」


 短く言い、グレースはレイピアから手を放す。

 カランと地面に落ちたレイピアが音を立て、その持ち主は少し俯いたまま立ち尽くしていた。


「サワタリ……」


「……なんだ?」


 俯き背を向けたままのグレースは、弘に語りかける。

 先程、自分はダンサラスの目的が嘘だと言った。だが、ダンサラスも当初は言っていたとおりの目的に心燃やしていた……のかも知れない。今際の際に、あれほど必死に反論しようとしていたのだ。まったくの嘘ではないのだろう。


「我はな、奴を勝ち誇ったまま、ヘラヘラとした態度のままで死なせたくはなかった。奴のしでかしたことを考えれば、奴の死は楽なものであってはならない。そう思ったからこそ、我は奴の目的を嘘だと断じ、貶したのだ。……酷い女であろう? 軽蔑するか?」


「いいや、しないね」


 弘は即答した。

 確かに、ダンサラスには立派な志があったのかも知れない。だが、それとグレースや彼女の氏族……更に言えば、他のエルフ氏族を酷い目に遭わせたのとは話が別だ。先程、ダンサラスは『言いがかり』による激怒の中、死を迎えた。悲惨な最期だったと言える。しかし、それは当然の報いなのだ。

 だから、弘にはグレースを軽蔑することなどできない。酷い女だと思えるはずもない。


「グレース……」


 自分が愛するエルフの名を弘は呼ぶ。その呼ぶ声に応え、グレースは振り向いた。

 彼女の両頬を涙が伝って落ちている。


「もういいんだ。だから、こっち来い」


「サワタリッ!」


 駆けだしたグレースが弘の胸に飛び込んできた。それを微動だにせず受け止めた弘は、声を殺して啜り泣くグレースの髪を撫でる。

 そして、それはグレースが泣き止むまで続けられた。


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