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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百七十三話 包囲攻撃!

 大森林の精霊を掻き集めドーム状とし、その内部に陣取るエルフ……ダンサラス。彼は人の歩く速度よりも遅く、移動を開始している。向かう先は森の中央部。すなわち、彼の氏族の中央集落がある方向だ。


「さて……どうしたもんかな?」


 AK-47の銃身で右肩をトントン叩きながら、弘は呟く。グレースに代わり仇討ちの助っ人として動き出したわけだが、目の前の精霊ドーム……精霊集合体をどう扱うべきか。それを考えているのだ。


(大砲の類なら中のダンサラスまで届きそうなんだけど。それだと奴が即死しちゃうかもだし。トドメはグレースに刺させてやりたいんだよな~)


 弘は首を回し、目の端で後方を伺う。

 そこには他のメンバーら全員が移動していた。もちろん、捕虜としたダンサラスの供回りも連行してきており、全員が縛り上げられた状態でいる。最も近くに居るのがグレースで、いつでも援護できるように長弓を構えつつ、弘を見つめていた。


「……ま、取りあえず撃ってみるか」


 恋人の視線を受けて気が引き締まる思いがした……様な気がするが、そこをいつもの調子で軽く流し、弘はAK-47を構える。無論、この自動小銃で精霊の集合体を倒せるとは思っていない。あくまで『取りあえず』であり、様子見の攻撃だ。


 ドッダタタタタタタ!


 軽く一連射を見舞ってみる。旧ソ連が生み出した自動小銃は、激しい銃声と共に小銃弾を吐き出した。そして、それは相手の巨大さゆえ全弾が命中し……。


 グモ、ゴォオオオオオ……。


 正体不明の呻き声を引き出すことに成功する。

 見れば青白いドーム体が震動しており、何らかの効果があったように思えた。


(ん~……俺の召喚銃器の攻撃って、結局は魔力の塊を撃ち出してるんだよな?)


 正確に言えば、召喚した兵器の性能や威力を魔法で再現している。結果として魔法攻撃でもあるのだ。だから相手が精霊だろうと、無効化という事はないだろうと思っていたわけだが……。


「なかなかイイ反応してくれるじゃね~か。けどこれ、どの程度効いてるんだろうな……」


「そのAKという召喚武具は、1発あたりの威力が私の『魔法の矢』と同等だったように思う」


 後方からメルの声が飛んでくる。

 弘は時折、街道外で召喚武具の試射等、召喚術の実験をしているが、これにメルが同席することが多い。メル自身が見学を希望したこともあるが、弘の方でも魔法職の見解を聞かせて貰う狙いがあったからだ。こういった経緯から、メルは弘の召喚品について幾つか把握しており、戦闘中でもアドバイスをくれたりする。


「言わば魔法の矢を十数発程も当てられた状態だ。見たところ、大ダメージは受けていないようだが、方向性は間違っていないだろう」


「メルの言うとおりだ! 精霊の集合体は、主の攻撃でダメージを受けている。ただし、やはり軽傷でしかないぞ!」


 グレースの声も聞こえる。弘は2人に対して頷いて見せた。魔法職の……特に精霊使いの目から見て効果があるのなら、このまま攻撃続行だ。


(メルの言うとおり、魔法の矢が十数発で小ダメージってんなら、このままAKで撃ち続けていいのか? いや! ここは、いよいよデカい鉄砲……大砲の出番だぜ!)


 今の弘であれば、幾多の火砲から好きなように選んで召喚できる。ただ、大火力の武器を使用するには、この広場は少しばかり狭いように思えた。規模の大きなエルフ氏族が祭りを開けるぐらい……とは言っても、自動小銃での射撃戦ならともかく、野戦砲や自走砲を運用するには広さに余裕が無いのである。


「ん、んん~……M202ロケットランチャーとかか? 弾種は焼夷ロケット弾……ん~サーモバリック爆薬の方にすっか?」


M202は4本の装弾チューブを束ね、一見したところ箱形に見えるロケットランチャーだ。サーモバリック爆薬とは、気体爆薬を瞬間的に合成する反応物質であり、早い話が破片などではなく爆風と高熱高圧で攻撃する爆薬のことを言う。

 これを4本まとめて発射した場合。確実に精霊集合体の内部に達し、ダンサラスごと爆散させるだろう。


(ダンサラスごとは駄目だろ。威力スゲーってのも考えもんだ。却下だな。それに……こんなの、森ん中で使っていいのか?)


 物が物だけに森林火災になること間違いなしだ。

 アイテム欄に収納した水樽で消化する手もあるが、森の中であるにも関わらず大規模な火炎攻撃をしたとなると、ダンサラスの部下達の心証が悪くなる。

 やはり、森自体への被害は最小限に留めた方が良いようだ。従って大威力の火器の使用は控えることとする。


(俺って、こんなアレコレ気を回すタイプじゃなかったんだけどな~)


 ステータス値の中の『賢さ』『知力』『知識』。どれも今では3桁以上の数値となっている。だが、普段は数値ほど高い知力があるような実感は無い。ひょっとしたらバグか何かで、誤表示じゃないかと思うことすらあるのだ。


(なのに……こんな時々、ふと賢くなってもなぁ……)


 苦笑いしつつ弘は召喚する品目を決定した。それは日立建機の大型ショベル、EX5600-6。履帯底部から上部旋回体の屋根までで8.6mに達する、大型建機だ。約1800馬力のエンジンを2基搭載し、そのパワーは圧倒的。

 サイズとしては全高20mの精霊集合体に見劣りするものの、このEX5600なら相手を削り倒せるだろう。


「な、ええっ?」


 突如、出現した鉄の巨大モンスター……にしか見えない大型建機を目の当たりにし、シルビアが呆気にとられている。他の者達も少なからず驚いているようなので、弘は声を張り上げて宣言した。


「この召喚した奴で、精霊の集合体ってのを削り倒す! みんなは、もう少し下がっててくれ!」


「我らの援護は必要かっ?」


 弘に負けじと叫び声で問いかけてきたのは、グレースだ。その近くでは杖を握りしめたメルも居て、視線を弘に向けている。この2人だけではない、パーティーにはシルビアとウルスラの尼僧組も居るから、彼女らの法術も当てにできるはずだ。

 一瞬、全員で攻撃することも考えた弘であったが、まずは建機だけで戦うことにする。


(てゆうか、最初に全力攻撃して実は空振りでした……とか、相手に隠し球があって逆転されましたとか。そんなの洒落になんね~し、嫌だもんな)


 ダンサラスを取り巻く精霊集合体が、どの程度の強敵かわからない以上、様子見を積み重ねていくべきだと考えたのである。


「必要になったら頼むかもだから! そのつもりで居てくれ! カレンとノーマ、シルビアにウルスラは、魔法使い組と捕虜を中心に……ダンサラスや周りを気にしてくれ! 場合によっちゃ、いったん森から出るから!」


 カレン達から了解の旨を告げる声が聞こえた。これで取りあえずは大丈夫だ。何かあったら逃げる。それを前提に身構えていれば、たいがいの事態には対応できるはず。

 そこまで考えた弘は、一息吐いた。


(つくづく……命がけのマジな指図をするのって、胃にキリキリ来るわ~。たまらんなぁ……)


 かつて身を置いた山賊団の頭目ゴメスや、冒険依頼を共に遂行したことがある別パーティーのリーダ、ムーン。それに少し前までは、自分のパーティーを持っていたジュディスに、弘と出会う前は2人だけで行動していたカレン。

 彼らも今の弘と同じような思いをしていたのだろうか。


(今度、暇なとき。カレンかジュディスに聞いてみるか……) 


「よし! EX5600! あの精霊集合体を追いかけて、後ろから削り倒してやれ! 中の男には触らない感じで頼む!」


 ドルン! ダッダダダダダ……バオオオオオオッ!


 命令するやエンジン始動。日立の大型建機が唸りを上げて動き出す。

 解放能力『自律行動5』により、召喚された大型建機はゴーレムのごとく行動するのだ。

 左右の履帯を前後逆に回転させ、その場で超信地旋回。ダンサラスの精霊集合体に向きを変えたEX5600は、巨大なアームを振り上げて挑みかかる。


「うわ……なんか凄すぎ!」


 ノーマの呆れ声が聞こえた。普通ならEX5600のエンジン音に掻き消されそうなものだが、彼女が声を張り上げていたことと、弘の聴力が強化されていたことにより漏らさず聞き取っている。


「おっきなスコップみたいなのがあるし! なんだか、ドラゴンみたいよね!」


「あんな召喚獣、見たことないの~。やっぱり召喚術士って、この世界の召喚魔法と違ってる感じ~っ!」


 話し相手はウルスラのようだ。彼女たちは長いアームとブーム、先端に取り付けられたバックホウタイプのバケットを見て、ドラゴンを連想したらしい。

 そう言われると、そんな風に見えるのかもな……と弘は思う。あのEX5600はMPによって再現された物であり、実機ではないが、日立の建機も異世界でドラゴン呼ばわりされるとは思わなかっただろう。


(ん~? てか妙に速いな。ステータス画面の召喚品説明だと、速くても時速2~3㎞だったはず~)


 EX5600は東……森の中央集落へ向けて移動するダンサラスに追いつこうとしている。弘の召喚品は、銃器の場合だと実銃よりも割り増しで威力が高いのだが、建機のような物も性能が向上しているのだろうか。


(原付とかバイクなんかは、確かにそんな気がするぜ。乗ったことある奴だけは、何となくわかる。でも、建機とか戦車とかもそうだったとしたら……ま、ありがてー話だわな)


 そんなことを考えている内にEX5600が、精霊集合体の背後……正確にはダンサラスの背面へと到達する。


 グアアアアアア……ガッ……ゴオオオオオ!


 ゆっくりと持ち上がったブームが最仰角で動きを止め、油圧シリンダーを伸ばすことでアームを振り下ろした。


 ドチャッ。


 精霊集合体に物理的な硬さがあるかは不明だが、バケットのクローが食い込んだとき。確かにそんな音がした。


 グゴ、ゴオオオオオ!


 エンジン上部の排気管より黒煙が噴き上がり、クローは精霊集合体へと食い込んでいく。


「おお! やった! いい感じだぜ!」


 AK-47を持った腕を振り上げ、弘は歓声をあげた。このまま指示どおりに精霊集合体を削ってくれれば、後はダンサラスを引きずり出し、グレースにトドメを刺させるだけだ。ダンサラスの腹心を始末する仕事が残っているが、目の前の化け物を倒すよりは簡単だろう。


 グオオオオ……ゴウン!


 精霊集合体の下部に達したバケットが、そのまま地面に突き刺さる。まずは一削り目だ。EX5600は、再びブームを盛り上げようとする。が、ここで精霊集合体に変化が生じた。一削りされたことで大きく身震いしたかと思うと、全身を波打つように変形させたのである。

 そして、気がつくと内側上層に居るダンサラスが、躰ごと振り向きEX5600を見下ろしていた。


『……なんだ? この鉄の塊は?』


 くぐもった声が聞こえる。EX5600のエンジン音の中、ノーマの声よりもハッキリと聞こえるのだから、何かしら念話のような力が備わっているのかもしれない。数秒ほどEX5600を見ていたダンサラスは、ツウッと視線を弘へ移動させた。


『飼い主は……貴様か?』


「げっ。そういうの解るんだ?」


 小声で呟く弘。この場には一見して魔法職とわかるメルが居るのに、ダンサラスは一目でEX5600の召喚主を弘と睨んだのである。


「アレか? 精霊使いの特殊能力とか、そんな感じか? だとしたら精霊使いってスゲー……」


 軽口を叩くものの、その口元は引きつっていた。

 召喚術士の強味の一つに、呪文詠唱を必要としないことがある。いつ、どのタイミングで召喚したかが解らないため、人混みに紛れて召喚を行い攻撃する。あるいは、騒ぐ群衆に紛れて次々と召喚を行うと言った戦法が可能なのだ。

 しかし、こうやって簡単に見破られたのでは、前述した戦法が無効となる。そう考えた弘は少し焦ったが、すぐに思考を切り替えた。今後に関する心配は後ですればいい。今は、ダンサラスを倒すこと。それを優先させるべきだ。


(できればグレースにトドメをってアレもな。いや~……まだまだ諦められね~よな~)


「かまうこたぁねぇ! EX5600! 続けろ! そのエルフのオッサンを掘り出してやるんだ!」


 グモオオオオオオ!


 命令を受け、EX5600が咆哮する。正確にはエンジンが唸りをあげているのだが、弘にしてみれば建機が咆えているとした方が断然格好いい。振り上げられたバケットが食い込み、新たに精霊集合体を削っていく。そして……それによって大きく波打っていた表面が更に変化した。


「はあっ?」


 見上げる弘の前で精霊集合体が伸び上がり、元の大きさの倍ほどにも達したところで動きを止める。そして網膜を焼くがごとき光を発すると、瞬時に変貌していた。そこに居るのは青白く透明な……甲冑を身にまとった男、巨人である。バルビュータと呼ばれる兜に似た物をかぶり、開口部からは髭面(弘は知らなかったが、元の世界でカストロと呼ばれる髭型である)が見えた。

 重要なのは全高40mに達する巨躯と、その手に持った三つ叉の槍……トライデントであろう。


「変身しやがった……。だ、ダンサラスは?」


 居る。精霊集合体……いや、精霊巨人の心臓に相当する位置で、その姿が見えていた。


 グオオオオオオ!


 EX5600が受けた命令に従い攻撃を続けているが、すね当てや股当てに阻まれ、クローが弾かれている。そうこうしているうちに、トライデントの石突きをブームに差し込まれ、EX5600はテコの要領で引っ繰り返されてしまった。


 ズドォォォォン!


 地響きを立てて横転する大型建機を見て、弘は目を丸くする。


「マジかよ? 信じられねぇ! EX5600って、50トンくらいあるんじゃなかったか?」


 今の弘も人としては怪力だが、50トン超えの鉄塊を引っ繰り返すことはできない。解放能力の『体格拡大』を使えば可能かもしれないが、今のダンサラスと正面から力比べをするのは危険だ。


「サワタリさん! ダンサラスが!」


 聞こえたのはカレンの声。ダンサラスに何かあったらしい。いや、その行動は弘にも見えている。邪魔なEX5600を排除したダンサラスが次に取った行動とは……弘に向けて一歩踏み出す……であった。


「こっちに来る? てか、次の標的は俺かよ! 森の真ん中へ行くんじゃなくてか!? ……そりゃそうだろうけどさぁ!」


 攻撃してきた物体。その召喚主が判明しているのだから、このような展開にもなるだろう。

 弘は奥歯で動揺を噛み潰すと、カレン達に向けて指示を飛ばした。


「俺に目標が移ったみたいだ! ええと……このまま森の外まで連れ出す! そこで撃破だ! カレン達は遠巻きに移動して森から出てくれ!」


「は、はい!」


 上擦った声が返ってくる。

 獣道や林道、それらを無視して藪を突っ切ることになるかもしれないが、狙いは弘なのだから、余裕はあるはずだ。


(問題は俺だな)


 弘はEX5600を召喚解除して消すと、セット召喚品として設定していた特攻スーツ(オフロードヘルメット、ライダースーツ、各種装甲、特攻服。総じて黒色)を瞬着し、駆け出している。目指すは真西、森の外だ。


「だーっ、もう! 鬱陶しい!」


 超人的なパワーを有していても、森の藪は邪魔だ。かつて購入した大ナタをアイテム欄から取り出し、それを振るいながら弘は西へ向けて駆け続けた。

 と、ここで背後にて……ヅドン! という大きな音が発生する。走りながら肩越しで振り返ると、後方の地面に巨大なトライデントが突き立っていた。


「うっ……」


 背筋を冷たいものが駆け抜ける。弘は前方に向き直ると、今まで以上に大ナタを振るい移動速度を高めた。


「くそが! あんの中年エルフ! 舐めた真似しくさって! 森から出たら、ただじゃ……」


 ガサササッ!


 言ってる間に森から飛び出す。

 行きは割りと時間がかかったように思うが、必死で駆け抜ければアッと言う間であるらしい。突きだした足で制動をかけながら躰ごと振り向くと、精霊巨人は弘に向けて森を進んでいるところだった。

 しかも、精霊のくせに森の木々を薙ぎ倒しながら進んでいる。


「呆れたもんだ。森中の精霊が集まったら、森のことなんかお構いなしになんのか?」


 大ナタをアイテム欄に放り込み、更に距離を稼ぎながら弘は毒づいた。

 とはいえ、そこは精霊使いたるダンサラスの指示なのかも知れないが……。


(呪文唱えて発動する魔法じゃあるまいし? 精霊だってんなら、ダンサラスの暴挙にヘソを曲げるぐらいしてくれたって……)


 ブツブツ小声で文句を言う。その弘の視界の端で、森から飛び出してくるカレン達の姿が見えた。途中で合流したらしく、ひとまとまりになっており、ダンサラスの部下達も引っ張ってきている。森を出るのが遅れたのは、遠巻きに行動したことと捕虜が同行しているからだろう。


「お~し! みんな出てきたし、いっちょ派手にいくか!」


 走るのを止めた弘は、周囲を見まわした。

 森から出て離れたことで遮蔽物が無く、流れ弾で味方に被害が及ぶ心配がない。こうした状況こそが最大限に破壊力を発揮できる。ダンサラスを殺さないよう注意を払う必要があるが、やり方というものはあるのだ。


「10式戦車を10輌。AH-64アパッチを6機ってところか」


 呟き終えると同時に、弘の後方十数メートルで陸上自衛隊の戦車が10輌、横並びで出現する。そしてその後方、更に十数メートル離れて米軍の攻撃ヘリが6機、これまた横並びで出現した。

 それらは出現と同時にエンジン始動。戦車はエンジン音を轟々と響かせ、ヘリ群は逐次離陸を開始する。

 飛び立つアパッチらを、カレン達が呆然とした面持ちで見上げているが、その様子にはチラッと視線を送ったのみで、弘は正面の精霊巨人を睨み上げた。


「さ~、どうするよ中年エルフ? アパッチ共にゃあ、包囲するよう命令してあるんだぜ?」


 召喚物には自律行動を取らせることが可能。そして命令は口頭で叫ぶ必要がない。森の中でEX5600に叫んでいたのは、単に気分の問題である。 


 バババババラララララ!


 飛翔するアパッチ6機が、ゆっくりと……そして遠巻きに精霊巨人を包囲していく。精霊巨人は槍を構え首を左右に巡らせていたが、やがて槍……トライデントを逆手に持ち直して振りかぶった。投じる気らしいが、その目標は……。


「やっぱし俺かよ! これだけ戦車とか出してんだから、そっちを攻撃しろよな!」


 投擲フォームから標的は弘であることがわかる。弘の身体能力であれば、避けることは可能だが……。しかし、弘は動かなかった。


「解放能力の『体格拡大』をやってみるか? スーツの装甲が分厚くなって……いや、必要ねぇな。森ん中で攻撃されたときゃビビったけど……」


 ぐぅ……ブォン!


 トライデントが投じられる。これに対し、足を止めて迎え撃つ弘を見たのか「ちょっ! ヒロシッ!?」というノーマの声が聞こえた。その直後、トライデントの切っ先が弘を直撃する。


 ガッ、キュイイイイイン!


 AK-47の銃口を下げ、立ったままでいる弘の胸板。特攻スーツの胸甲部に命中したトライデントは、異様な金属音と共に跳ね返った。そして冗談のように見えてしまうほどクルクル回り、離れた地面に突き刺さる。


「ちょっと小細工して踏ん張りゃあ、何てことねぇ……ってな」


 そう呟くと、弘はニヤリと笑って見せた。もっとも、オフロードヘルメットを着用しているので、その表情は見えないわけだが。



◇◇◇◇



「うわ。また随分と軽々しく弾いたわねぇ」


 トライデント投擲に際し、動かない弘を見て声をあげたノーマであったが、今の光景を見てしまっては心配したのが馬鹿らしくなるほどだ。


「でもぉ~。今のって、おかしくないかしら~」


 カレンの協力を得ながら、捕虜を一纏め……反ダンサラス派のエルフも、同様に縛り上げ直しているウルスラが、間延びした口調で小首を傾げている。


「精霊に重さがあるかは知らないけれどぉ。投げて攻撃するぐらいだから、あの大きさだと相当な威力よねぇ」


 普通に考えれば、いくら弘が怪力でも重さで負けてしまうのではないか。そうウルスラは考えたのだ。これには皆が、「そう言えば、何でなんだろう?」という表情になるが、ここでメルの解説が入る。 


「弘から以前聞いたことがある。解放能力の射撃姿勢堅持……というものを使ったのではないかな? 確か、危うい足場や向かい風の中でも、安定して姿勢を保てる能力らしいが……」


 実は、これが正解だ。

 弘はトライデントの飛来に際し、解放能力『射撃姿勢堅持5』を使い、位置固定をしていたのだ。そうでないなら、重さ負けして吹き飛ばされるか、数十メートルほども後退させられたことだろう。

 メルの解説を聞いて、信じられないながらも納得したカレン達は、精霊巨人と対峙する弘を見た。

 もはや誰の顔にも、不安の色は無い。



◇◇◇◇



「また一つ、防御力の確認ができちまったな」


 メルをパーティーに迎えてからというもの、暇な時間を見つけては魔法攻撃を受けたりしている。それは召喚武具の防御力を確認するためだったが、今また、精霊巨人の攻撃を問題とないことが確認できた。

 自分の召喚品の防御力。その限界点が何処にあるのか興味深いが……。


「今日のところは、仕事を片付けるのが先だ。そんなわけで……お前ら、攻撃開始!」


 ドッ! ズドドドドドドッ!


 居並ぶ10輌の10式戦車が砲撃を開始した。

 主砲たる10式戦車砲は、国産44口径の120㎜砲。使用弾薬は徹甲弾や榴弾が混じったものとなっている。徹甲弾のみとしなかったのは、貫通力が高すぎて反対側まで弾が抜けることを弘が警戒したからだ。

 そして各車が最初に狙ったのは、ようやく森の外に出てきた精霊巨人の右足部であり、放たれた砲弾は全弾が命中している。


 ドッ、ドガッドガガガ! ダーーーーン!


 爆発が発生したかと思うと、精霊巨人の右足が膝の辺りで爆砕し、巨人は大きく体勢を崩した。ここでダンサラスの指示によるものか、新たに精霊が掻き集められ再生が始まっている。これほどの攻撃を受けて再生が可能というのは、中々に脅威だ。が、それが完了よりも早く次の攻撃が訪れる。

 その攻撃とは、10式戦車の砲撃より僅かに遅れて放たれたハイドラ70ロケット弾だ。これはアパッチヘリ6機による攻撃で、片側19発装填可能なM261ロケット弾ポッドから雨あられと撃ち込んでいる。

 無誘導だから、全弾命中とはいかないが、数が数なので相当数が命中し、新たなトライデントを作り出していた精霊巨人の右腕を吹き飛ばした。本来であれば、片側4発搭載したミサイル……AGM-114ヘルファイアも発射するところだが、ダンサラスの安全を考慮して未使用となっている。

 こうして被害が増大し、喪失した右足の再生が間に合わなくなった精霊巨人は、大きくバランスを崩した。


 ズズズウウウウン!


 地響きを立てて片膝を突き、残った左足で何とかバランスを維持しようとする。そこへ新たなハイドラ70ロケット弾が殺到した。


 ウォ、オオオオオオオ!


 咆哮。大きく咆えた精霊巨人は、左腕を掲げると、精霊を喪失部位の再生に当たっていた者すら動員、集約させる。そうして出現したのは巨大な円盾だった。これでロケット弾を防ぐつもりのようだが……。


 ドカン、ドカ……ドカガガガガ!


 最初の1~2発には耐えたものの、続く着弾によって盾が崩壊。胸甲部にも命中弾が出始め、その衝撃により仰け反る形となった。更に、かろうじてバランスを取っていた左足のスネ部分に10式戦車の砲撃が集中し、これも粉砕。

 結果、四肢を喪失した精霊巨人は仰向けとなって倒れる。それでも再生に向けて精霊を集結させようとしたが、そこに弘が高速で駆け寄った。手に持っているのは左にAK-47。右手側は新たに召喚した刀……同田貫であり、精霊巨人の躰に跳び乗るや、ダンサラスの居る真上で長い刀身を振り回す。

 分厚い胸甲……は、アパッチの攻撃ですでに崩壊していたが、更に刀で切り刻まれることで、精霊達が四散していった。やがてダンサラスに到達すると、弘は相手の胸ぐらを掴んで引きずり出す。


「よう、オッサン。随分と面倒な思いさせてくれたなぁ……」


「あ、アアウ……。ひ、ひひひ……」


「あああん?」


 要領を得ない声に、弘は表情を歪めた。自分が聞きたかったのは、命乞いや見苦しい負け犬の遠吠えである。自分の女に酷いことをした者が吐く言葉とは、そうしたものでなければならない。

 しかし、今のダンサラスは正気を無くしているように見えた。少なくとも、まともな会話は期待できないだろう。


「む~……こいつ、この状態で戦ってたのか。途中で喋らなくなったし、精霊使いが精霊魔法を使ってこないから変だと思ったんだが……。どおりで槍しか使ってこね~はずだわ。でもよ……」


 弘は、同田貫とAK-47を消し腕組みをすると、大きく溜息をついた。


「こんなのグレースの前に連れて行ってもなぁ」


 自分の召喚術で何とかならないか。そう考えた弘は、召喚品目の中で治療に役立ちそうなものを思いだしてみるが……。


「無いな。外傷とかなら、かなりヤバいのでも治せるのに……」


 そう、大幅にレベルアップを果たし今では数千を数える召喚品であるが、こういった精神的な症状を治癒する品が無いのだ。


(例えば浄水装置とか、消毒スプレーなんかはあるのにな~……)


 直接的な飲み薬、それも精神安定系が召喚品目に無いのは困りもの。

 ともあれ自分ではダンサラスをどうにもできないので、弘はパーティーメンバーを頼ることにした。自分のパーティーには法術を使える僧職者が2人も居て、通常の冒険者パーティーに比して回復力は高めである。彼女らならば、このダンサラスをどうにかしてくれるかもしれない。 


(そういや鎮静の法術とかがあるって聞いたっけか。それをやってもらおう)


 弘は特攻スーツを解除して元の黒革鎧姿に戻ると、ダンサラスをヒョイと担ぎ、歩き出した。向かう先はカレン達の居場所だが、彼女らの方でも弘の方へと駆け出している。精霊巨人が撃破されたのは、向こうでも確認できたらしい。


(おうおう、カレンとか嬉しそうな顔しちゃってさぁ。お、シルビアが喜色満面とかレアなもん見ちまったな~)


 メルのみはテクテクと歩いているようだが、それでも機嫌良さそうにしているのが見て取れる。大型建機の召喚や、戦車や攻撃ヘリを召喚しての大戦闘であったから、良いものが見られたということで満足しているのだろう。

 これはパーティーメンバーに褒めて貰えそうだ。いやあ、まいったな。

 そんなことを考え頬の筋肉が緩む弘であるが、その背中で……。


「ひひへへへ……。エルフこそが優れた存在らろだ。ほに~」


「あ~……」


 ダンサラスの声が聞こえたことで、肩を落とす。

 先程も気になったが、氏族の仇がこんな惚けた様になったと知ったら、グレースはどう思うだろうか。カレンと共に駆けてくるグレースは、とても……そう、とても嬉しそうだ。

 彼女が落胆する姿なんて見たくないな。そう思いながら、弘は幾分重くなった足を動かし、歩を進めるのだった。


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