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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百七十二話 氏族長決戦

 グレースが召喚した風の精霊王。

 その強烈なケンカキックが、ダンサラスの召喚した風の精霊王に突き刺さる。これによりダンサラス側の精霊王は腰を基点として『くの字』に曲がった。が、興味深いのは……。


「がはぁ!?」


 召喚主たるダンサラスもダメージを受けていること。何やら腹部を押さえて膝を突いているのだが、どうやら精霊がダメージを受けると、それが召喚主にフィートバックするらしい。


(自分じゃなくて精霊に戦わせてるっつ~のに、そうなるのかよ。……不便だ)


 後方で観戦している弘は、ダンサラスの部下達を視界の隅で監視しつつ首を傾げた。後で知ることになるのだが、使役する精霊は術者との繋がりが深くなるほどに強くなる。具体的には、精神力等の力が伝達しやすくなるし、大量の力も送り易くなるわけだ。加えて言うなら、精霊を意のままに操ることも容易となる。

 勿論、良いことばかりではない。戦う精霊と強く繋がりを持つことで、攻撃を受けた際のダメージが術者にフィードバックされるのだ。このフィードバックは、術者間の実力差次第で軽減可能で、より強い方が相手側からのダメージを軽減できる……のだが、グレースとダンサラスの場合は、軽減できるほどには差がないらしい。

 つまり現状、グレースが押しているのは、精霊に送れる精神力等の差だけでなく、精霊を使役しての戦闘が、ダンサラスよりも上手だから……ということになるのだ。

 これらの情報は後に知ることとなるため、今の弘には理解できていない。よって弘にしてみれば、ランプの精モドキの巨人が戦う……それだけが印象的であり、グレースの優勢ぶりに大興奮するのみであった。


 キエエエエエッ!


 ダンサラスの風の精霊王が、両手の手刀を同時に掲げると、相手の左右鎖骨……に相当する部位目がけて振り下ろす。しかし、グレースの風の精霊王は身をかがめて回避するや、低い姿勢のままタックルを敢行した。これが見事に決まり、ダンサラスの精霊王は仰向けに転倒。すぐさま起き上がろうとするも……。


「よし、今だ! 押さえつけろ!」


 グレースの号令によって、彼女の使役する風の精霊王が躍りかかり、馬乗りの体勢となった。そして相手の両足を抱えこみ、渾身の力を込めて引き揚げる。世に言う、逆エビ固めである。


「すっげぇ!」


 ダンサラスの精霊王が広場の地面をバンバン叩く。その様を見た弘は声をあげた。両拳は固く握りしめられて……いや、右手はAK-47を持っているため、そちらはグリップを握りしめている。


「これが本場の、精霊魔法ってやつなのかよ!」


「そ、そうなのかなぁ……」


 弘とは対面側、かつダンサラス一行の後方で立つカレンが困り顔で呟いている。彼女にとって、グレースやダンサラスの精霊魔法戦は意外な展開だった。冒険者として活動していると、パーティーに精霊使いは居なくとも、他の冒険者の戦いを見たり、話で聞いたりすることで精霊魔法に関して多少の知識がある。カレンは、斬り裂く風や吹き飛ばす突風などによる、中ないし遠距離戦になると予想していたのだが……。


(土の精霊ならともかく、風の精霊同士で取っ組み合いを始めるだなんて……)


 双方が頭に血が上ったゆえのことか、はたまた近隣のエルフ氏族の戦い方なのか。確かに大迫力であり、自分も弘と同様、眼前の戦いには圧倒されるが……。と、ここで彼女の耳に話し声が聞こえてきた。声の主はと見てみれば、ダンサラスの部下達である。


「信じられん! 族長が押されているぞ!」


「やむを得ん! 後で叱られるだろうが援護する! 我らで精霊を呼んで攻撃だ! お前達は、弓で相手の女を狙え!」


 前列の2名が、後列4名に指示を出していた。随分と困惑している様子だが、このまま放置すると、ダンサラスの相手で手一杯のグレースが危ない。そう判断したカレンは左腕の円盾を上げ、駆け出そうとする。

 ところが、指示を出していた2名のエルフが、精霊召喚を行おうと身構えるや、そのまま倒れ伏した。


「えっ? あ……」


 いつの間にか、カレンから見て右前方に位置していたメルが、杖を構えている。何らかの魔法を使ったようだが、効果を見るに眠りの魔法のようだ。


「まあなんだ。包囲されているというのに、こちらへ注意を向けていなかったのでな」


 メルが肩をすくめながら、説明してくれる。

 眠りの魔法は極初歩の魔法だ。相手を眠らせるという危険な効果にしては、駆け出しの魔法使いでも修得可能。王都の魔法学院でも、積極的に授業や実技に取り込んでいる。

 何故その様な、軽い扱いになっているのか。もっと上位魔法的な扱いとするべきではないか。

 実は、この魔法……相手の精神に働きかけて眠らせるという、そのプロセスに問題があるのだ。

 例えば戦闘中、不自然な眠気に襲われたらどう判断するか。魔法自体が普通に存在する世界であるし、広く知られた眠りの魔法をかけられたと思うかも知れない。第一、戦っている最中に眠るわけにはいかないのだから、軽く内頬や舌を噛んで気付けにしたりするだろう。そうすることで呪文の効果が打ち消され、終了である。

 早い話が、抵抗されやすいのだ。

 余程の実力差がなければ、身構えている相手に正面からかけても眠らせることはできない。

 では、メルはどうやって、それなりの実力者であるエルフ2名を眠らせたのか。

 理由としては、相手方がグレース達の戦いに気を取られ、なおかつメルを相手としない戦闘行動に移ろうとしていたこと。そのことで興奮状態にあり、多少の眠気は気にならない状態であったことなどが挙げられる。


「私自身、それなりの使い手であるし。魔法攻撃を受けながら、堪えないどころか気にすら留めないとあってはな。興奮してようが無防備と言うわけだ。こうなって当然。さて……」


 上記の説明を早口で語りきり、メルが4名のエルフに目を向けた。同時に、シルビアやノーマ、ウルスラが距離を詰め出す。

 相手方にはダンサラスという強力な精霊使いが居るが、彼はグレースにかかり切り。対するこちらは戦闘可能な人数で上回っているし、何より弘が銃口を向けてエルフ達を見ていた。グレースの戦いに興奮しているようだが、敵エルフから目を離しているわけではないのだ。


(サワタリ殿の援護があれば……)


 長柄の杖に2本の分銅鎖を付けた武器……フレイルを持ったシルビアは、大きな安心感を得ながら、エルフ達ににじり寄っている。他の者達も似たようなことを考えていることだろう。

 と、ここで4人のエルフ達が一斉に散らばった。あろう事か応戦せずに、戦闘中のダンサラスを残して逃走したのである。これにはカレン達も呆気に取られたが、すぐに落ち着いて回り込むように移動した。けして一直線に追いはしない。なぜならば……。


「うわっ!」


「ひいいいっ!」


 そこかしこに掘った穴に足を突っ込んだり、結んだ草で転倒する者が続出したからだ。本来、森での行動に長けたエルフである。冷静であれば気がついたのだろうが、この時は見事に4人全員が引っかかり、そこへメルの眠りの魔法が飛んだ。

 かくして、ダンサラスの供回りは実にアッサリと壊滅する。取りあえずトドメは刺さず拘束するにとどめ、各自はグレースの戦いに注意を戻した。

 その戦闘模様は……。

 ダンサラスの精霊王が手近な木にしがみついて逆エビ固めから逃れ、素早く立ち上がるや掴みかかり、これをグレースの精霊王が飛び回し蹴りで迎撃する。そしてダンサラスの精霊王が吹き飛んだところへ、追い打ちの攻撃だ。


「そうだ! 腕を曲げて拳を上げろ! 肘を当てて倒すんだ!」


 グレースの指示により風の精霊王が駆け寄る。そして掲げてL字にした右腕の肘を、相手方の顔面に叩きつけた。

 このように殴り合いだか取っ組み合いが続いており、見ている分には迫力満点。拘束したエルフ6名には猿ぐつわを噛ませ、精霊との会話をできなくしているから、カレン達は安心して観戦できた。

 とはいえ、ただ観戦していたわけではない。広場の外周を移動しつつエルフ達を移送している。その移動先と言うのが、カレンの居た位置からだと真正面。つまりは弘の待機場所であった。


「お~う。お疲れさん」


 AK-47を構えたままの弘が、目だけでカレン達を見て言う。ここで弘は、カレンが1人で4人のエルフを引きずっているのを目撃しており、思わず苦笑してしまった。


(鎧の増力効果だっけ? 相変わらずスゲーな……) 


「サワタリさん。グレースさんの方が優勢みたいですけど」


「おお。俺が見ても、そんな感じだな」


 エルフ達は……と見ると、ノーマやシルビアらが適当な木々に縛りつけているようだ。その上でノーマが見張りにつくとカレンが言うので、暫くは放って置いても大丈夫だろう。


「やれやれ、力仕事は苦手なのだが……。後はグレースの勝利を待つだけか……。それも時間の問題のようだ」


 カレンに続いてエルフ達から離れたメルが、弘の左側に立ちローブのフードを下ろした。その視線はグレースではなく、グレースの向こう……ダンサラスに向けられている。


「見たところ、かなり疲労困憊しているようですね。精霊魔法の……いわゆる魔法戦ですから、精神的な疲労なのでしょうが……」


 こちらはシルビアの発言だ。彼女はウルスラと共に、弘の右側で立つカレンの近くに移動してきている。

 シルビアの言については同じ僧職者のウルスラも頷いており、彼女らが言うには、すぐにでも寝かせて安静にすべき状態とのことだった。


「ふ~ん。まあ、俺が見ても酷い有様だってのはわかるけどな」


 現にダンサラスは顔色が土気色になっており、立っているのもやっとである。使役する風の精霊王は、その見た目を維持することすらできず、映りの悪い動画のように乱れ始めていた。



◇◇◇◇



 こんなはずではない。

 風の精霊王が受ける攻撃、その余波で打ちのめされながらダンサラスは憤慨していた。

 ここ最近、自分の精霊使いとしての実力は大きく上昇していたはずなのだ。それは修行の結果強くなったと言うだけではない。精霊使いとしての力を増幅させる魔法具。滅ぼしたエルフ氏族から奪った品だが、これを幾つか装備していることから明らかな事実。そのはずだった。

 なのに、この状況はどういうことだ。


「理不尽だ。納得できん! 私は以前、あのグレースに勝ったんだぞ!」


 そうして虜にしたグレースを陵辱し、晒し者にし、売り飛ばした。だが、当時はどうやってそこまで持って行ったのか。ダンサラスは回想する。


(グレースに信頼されてる娘を懐柔して……薬で……) 


 罠にはめたのだ。つまり、真っ向から戦って打倒したわけではない。

 それを思い出したダンサラスは、血が滲むほどに唇を噛んだ。グレースと戦って勝った……そう思い込んでいた自分が情けない。加えて、そんな風に思い込むほど追い込まれ混乱している惨めさが腹立たしい。


(このまま負けたのでは、死んでも死に切れん!)


 どうにか劣勢を覆す方法はないものか。そう考えた途端、ダンサラスの脳を激痛が揺さぶった。ここ最近、彼を悩ませている頭痛である。


「ぐぎっ! こんな時に……」


 だが、エルフの女行商人から購入した鎮痛剤により対処は可能だ。ダンサラスは自らの精霊王が、グレースの精霊王が横なぎに振るった手刀を胸で受けているのを見つつ、懐に手を伸ばす。そして丸薬の小袋を探し当てるや、それを引き出し口紐を解いた。


「私はグレースに劣ってなどいない! この頭痛さえ何とかすれば!」 


 空に向けて口を開け、そこに丸薬を流し込む。多少こぼれ落ちはしたが、通常1~2粒飲めば良いものを大量に含み、噛み砕いて飲み下した。その結果、急速に頭痛が治まり、頭が冴え渡ってくる。それどころか、この広大な森に存在する、ありとあらゆる精霊がリンク可能となった。呼びかけたりするまでもなく支配下に置き、使役できるほどに……。


「くは、くはははは! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! こうだ、こうであってこそだ!」


 ダンサラスは勝利を確信する。大森林一つ分、そのすべての精霊。これらを支配できる自分に勝てる者など、存在するはずがないのだ。


「集え精霊ども! 我が元に!」



◇◇◇◇



「なんだ? これは……」


 あと一息でダンサラス側の風の精霊王を倒せる。そう確信し、畳みかけようとしたグレースであったが、広場一帯で発生した現象を見て行動を止めた。

 青白く光るウィル・オー・-ウィスプ……精霊が広場に、より正確にはダンサラスに集いだしている。最初、ダンサラスが周り中の精霊を呼び集めたのかと思ったが、その集まってくる数が尋常ではない。少なくとも広場周辺の精霊だけではなく、森全体の精霊が集まってきているようだ。

 エルフ集落が複数あるような大森林。そこに宿るすべての精霊達が、ダンサラスの支配を受けるとなると……。


(敵うわけがない!)


 グレースの背筋を嫌な汗が流れ落ちる。


「ダンサラス、貴様が呼んでいるのか! ……さっきの薬はなんだ! 何を飲んだ!」 


 ダンサラスが豪快に丸薬を服用する様はグレースも目撃していた。その薬効についてグレースは知らない……が、単なる体力回復ないし気付け薬の類かと思いきや、このような現象を起こされたのでは……。薬を飲んだ結果かと関連づけたくもなる。

 対するダンサラスは、不敵に笑ったまま答えなかった。ただ、その眼光が異様に鋭くなっている。いや血走っている。口の端からは泡のようなものを噴いているし、狂気に満ちたと表現して良いぐらいの凶相だ。 


「お、おおおお……おぁあああああああ!」


 エルフらしからぬ獣性の強い咆哮。それに伴い精霊の集まる量が加速度的に増え、元より召喚していた風の精霊王も、ダンサラスの中へと消えていく。


「いいや……中に消えてるだけじゃないぞぉ?」


 弘が呟き、「見ろ!」と叫びつつダンサラスを指差した。

 カレン達全員の視線が集中した先で、ダンサラスは躰から青白く光る半透明の膜を出現させている。見た目の質感は風の精霊王と同じだが、今出しているそれは規模が違っていた。

 グレースやダンサラスが召喚していた風の精霊王は、身の丈5メートルほどの巨漢。しかし、ダンサラスが出す青白い膜状のものは、すでに全高20メートルほどに達していたのだ。


「ううっ……」


 表情を歪めながらグレースが一歩後退する。彼女の召喚した風の精霊王も同様に一歩後退したが、今度はグレースの精霊王もダンサラスに引き寄せられだした。


「ぐっく……駄目か!」


 抵抗を試みたものの、敢えなく風の精霊王は四散。無数のウィル・オー・ウィスプとなってダンサラスに吸収されてしまった。


「グレース! こっちへ来い! 早く!」


 このままグレースを、ダンサラスの近くに置いておけない。そう判断した弘は彼女を呼び寄せた。意地を張って戻ってこない場合は、駆け寄って引っ張って来る。そういう事も考えていたが、グレースは素直に戻って来てくれた。


「サワタリ、すまん。我1人で倒し切りたかったが……」


「いや。不測の事態だから、いったん後退するのは正解だ」


 そう言ったのは弘ではなく、魔法使いのメル。彼は目を細めてダンサラスを見た。

 今やダンサラスは半球形、ドーム状となった光の内側……その上部で浮遊している。表情は苦しさが混じっていた先程までとは違い、何処か楽しそうだ。


(あ~……昔、よその族の奴が、ヤクザから下ろして貰ったクスリやってたけど。あんな感じだったっけな) 


 弘が声に出さず似たような情景を思い出していると、メルがグレースと話し出す。


「グレース。アレはどういった精霊魔法なのかね? 集めた精霊の集合体に埋もれていると言うか……。そんな風に見えるが?」


「メルの言うとおりだと思うが、あのようなモノは見るのも初めてだ。第一、エルフ1人で使役できる精霊量を遙かに超えている」


 結局、グレースにも解らず、メルの魔法学方面での知識にも無いことが判明した。手がかりとなりそうな情報は、グレースが目撃したダンサラスの薬を飲む行動だけだ。


「ドーピング……みたいなもんなのかねぇ? ほら麻薬とか覚醒剤を飲んで、一時的に元気になるとか、そういうやつ」


 弘の発言に皆が頷く。単なる推測でしかなかったが、大きく外れていないだろうと思ったのだ。


「それで? アレをどうするの?」


 さすがに気になったのか、拘束したエルフ達から離れて来たらしい。ノーマがダンサラスを指差すと、弘達は高いところに居る敵エルフを見上げた。


「どうするったって、倒すんだけど……。グレース? あらためてタイマンはってみっか?」


「いや……無理だな」


 グレースは憑き物が落ちたような顔で言う。

 あれほどの精霊の集合体を倒す手段。そういったものを自分は持たない。ただし、復讐を諦めるつもりはない。


「あのような状態、いつまでも維持できるものか。薬を飲んで出来ていることなら、薬の効果が切れるまで待つだけのこと」


 そう、それも一つの手だ。問題は、これほどまでの騒ぎになり、ダンサラスがああいった状態になった今。ダンサラスの氏族の者達が駆けつけてくるかも知れないこと。


「そうなったら、俺がバリバリッと撃って片っ端から蜂の巣に……。お?」


「動き出しましたね」


 シルビアが呟く。そう、ダンサラスが動き出していたのだ。とはいえ、グレースに向かってくるのではなく、方向を変えた上での移動である。その向かう先とは真東。つまりはダンサラスの氏族集落がある方向だ。


「応援を呼びに行くってツラじゃね~よな。どうする? ほっとくか?」


 弘が言うとグレースは弘を見て、それからカレン達と顔を見合わせた。

 応援を呼びに行くのでないとしたら、ダンサラスは何をしに自らの集落を目指すのか。

 正気を無くしていそうなエルフが、強大な力を得てすることとは……。


「あの~、ヒロシ~?」


「うん?」


 ウルスラが挙手している。目を向けた弘に対して質問したことは、このままダンサラスを放置したらどうなると思うか……というもの。


「ええ? みんな薄々わかってんじゃねーの?」


 弘はAK-47を肩担ぎすると、質問者のウルスラだけでなく、パーティーメンバー全員を見まわした。


「ヤクでガンぎまりしたっぽい奴が乗り込んでくるんだろ? まともでいたら応援呼ぶとかだろうけど、あの調子だと……集落だかで暴れるんじゃないか? 人の話とか聞きそうにないし……」


 大惨事になるだろうなぁ。

 そう言って話を締めくくったところ、一行の中では微妙な空気が漂いだした。

 まずグレースが複雑そうに表情を歪め、カレンが心配そうな面持ちでダンサラスと弘を交互に見ている。シルビアは思案顔で居て、「これは~……判断に迷うところね~」などと呟いているのがウルスラだ。ノーマは興味なさそうにしているが、メルは何度か頷いている。


「メル? なんか楽しそうっすね?」


「ん? いやなに、未知の精霊魔法だし。アレが全力で暴れるとなると一見の価値があるのではないか……と。そう思ったのでな」


 エルフ集落で死人が多く出るかもしれない件については、眼中に無いらしい。いや、守るべき身内や知人が居るなら、メルとて違う意見があるだろうが、この場合のエルフ氏族とは敵の本拠地だ。


「被害が出るのを防いでやる義理は無い……か」


 このまま放っておいて、ダンサラスのエルフ氏族で死傷者が出たら、それはそれで戦果大と言える。以前、捕らえたグレースに手を出した者も居るだろうし、ダンサラスを倒した後でグレースを恨む者の数も減るからだ。

 一方、ダンサラスの集落には滅ぼされたエルフ氏族の生き残りも含まれるとのことで、その中から被害が出たら気の毒と言えば気の毒ではある。

 グレースが辛そうにしているのは、そう言った自分の氏族滅亡とは関係のない者達のことを考えているからだろう。


「どうすんだ? グレース? ここでやっちまうか? それとも放っておく?」


 決めるのは弘ではない。グレースだ。

 今回の一件、建前の上ではグレースが冒険者ギルドに依頼を出し、それを弘のパーティーが請けたことになっている。そう、グレースは事の決定権を持つ依頼人なのだ。

 とはいえ、本件依頼はグレースの助っ人に入るべく弘達が相談し、その上でグレースに出させた依頼である。

 パーティー内の問題として弘が判断して、行動しても良いのだ。


「俺がリーダーとして決めさせて貰うぜ! って感じでな。でもなあ、こいつばかりはグレースが決めるべきだと。そう俺は思うんだが……」


「サワタリさん……」


 カレンが弘の名を呼ぶ。その彼女の視線は弘に向けられ、次いで遠ざかろうとするダンサラスに向けられた後で、グレースに落ち着いた。そして今では、全員の視線がグレースに向けられている。


「我は……サワタリ……我は、こんな事を言う資格は無いと思うし」


 グレースは途中何度か伏し目がちになるも、基本的には弘の視線を見返しながら言葉を紡いでいった。


 ズズズズズ……。バキバキバキ……ズシン。


 巨大な精霊の集合体とダンサラスが移動し、木々が薙ぎ倒されていく。移動速度自体はゆっくりとしたものなので、まだまだ追いつける距離だ。

 皆が静かに聞く中、グレースは自分の考えを訴え続けている。


「立場上、言うべきではないのかも知れぬが……。無関係の者がダンサラスの手にかかるのは、いかんと思う……。見過ごせん。やはり、ここでダンサラスを仕留めるべ……」


「おい、あれは何だ!?」


 グレースの言葉を何者かが遮った。

 何だよ、うるせーな……と弘が声のした方を見ると、木の幹に縛りつけられたエルフが驚きの表情でダンサラスの後ろ姿を見ている。


「あれはダンサラス!? いったい、どうなって……」


「彼らが眠りの魔法にかかったのは、ダンサラスがああなる前ですからね」


 シルビアが言いつつ、フレイルを握り直した。木々の間で振り回すには難のある長物だが、縛った相手を殴るぐらいなら問題はない。


「いや、待て。ちょっと話を聞きたい」


 行動に出ようとしたシルビアを制し、弘が拘束したエルフに歩み寄る。そして背後のダンサラスを親指で示しながら確認した。


「さっきな、あのダンサラスって奴が薬みたいなのを飲んだんだわ。で、ああなってると。あんた、何か心当たりがあるか?」


 エルフ男性は縛られた状態であったが、首を横に振る。


「いや、ない。奴が持っていた薬は見たことがあるが、それは鎮痛剤だったはずだ」


「鎮痛剤ぃ? ……薬のせいで、ああなったんじゃないってのか?」


 自分達の勘ぐりすぎだったか。そう弘は考えたが、エルフ男性はなおも首を横に振る。


「だから心当たりは無いと言っている! 薬について知っていることを言っただけだ。それよりも奴が向かっている方向! あの先には集落が……」


「その件もあるんだけど。その前に一つ……」


 先程から、どうもこのエルフの物言いがおかしい。仮にも氏族長であるダンサラスを呼び捨てだったり奴呼ばわりだったり。口の利き方以前に忠誠心が無いのではないか。

 そう指摘したところ、エルフが激昂した。


「忠誠心? あるものか! 私は滅ぼされた氏族の生き残りだぞ!」


「ああ、そう。そっちの人だったか……」


 弘はフムと唸り、目を閉じて考える。

 今回のグレースの依頼内容。それは最近、街道で野盗働きをするエルフ氏族の族長を、その氏族幹部の幾人かと合わせて始末することだ。実質はグレースの仇討ちの手伝いなのだが、表向きはそういう事になっている。

 この依頼で問題となるのが、事後、ダンサラスの氏族の生き残りがグレースを狙う可能性だった。グレース自身は、自分が仇討ちをするくらいだから、相手方にも仇討ちをする権利はあるだろうと考えている。しかし、巻き込まれる側はたまったものではない。


(ちょっとでも仇討ち野郎の姿を見かけたら、俺が森に乗り込むつもりだったんだよな~。……グレースには内緒で)


 その場合は、森を取り巻くように砲門並べて爆砕あるのみだ。

 だが、このエルフを上手く使えば、グレースが仇討ちされる心配が無くなる。


「なあ? 一つ相談があるんだが……。っと、ちょっと来てくれる?」


 弘は他のエルフが意識を失ったままなのを確認すると、メルを手招きして呼んだ。


「何かな? 私にできることがあるのかね?」


「いや、実は……」


 メルに頼んだことは、今起きているエルフからダンサラスによって滅ぼされたエルフ氏族の生き残りを示して貰い、それ以外の2名を改めて眠らせること。メルは「それぐらいなら、まだ魔法を使える回数に余裕があるし……」と快く引き受けてくれた。

 そうして、ダンサラスの元からの幹部がより深く眠ったところで、弘は他の3名を叩き起こし、グレース達も呼んで皆に話を聞かせる。

 ダンサラスは、どうやら正気を失っているようだ。理屈や原理は不明だが、あのように強大な精霊を身にまとっている。このまま放置すれば、森のエルフ集落に大きな被害が出ることだろう。


「そこで……だ。エルフの幹部さん方よ。集落に被害が出ないよう、俺達がダンサラスを始末してやる。何なら、そこで寝こけてる2人もまとめて始末してもいい」


 ダンサラスに氏族を滅ぼされた者としては、願ったり叶ったりのはずだ。

 その代わり、ダンサラスが死んだことについて仇討ち等の行動は、一切やめて貰いたい。


「サワ……主よ、それは!」


 グレースが口を挟もうとしたが、弘は一睨みすることで黙らせている。彼女の矜持や想いは尊重したいが、こればかりは譲る気がない。


「どうだ? 悪い話じゃないと思うんだが……」


「……いいだろう」


 目を覚ましていた4人の内、最年長だと言う者が代表して言った。

 悪くない条件であり、まさしく『願ったり叶ったり』だからだ。ただし、それには条件がある。


「ダンサラスに忠誠を誓った幹部は、他にも数人居る。元からの氏族は更に多いが、せめて幹部だけでも何とかなれば……」


 後は、ここに居る4名が音頭を取って、各集落を運営していくとのこと。その場合、もちろん仇討ち等の行動はしない。ダンサラスの元からの氏族エルフが反発するかも知れないが、そこは上手く処理する。

 少し心配の残る提案だが、弘はこれを受け入れた。


「いいぜ。そいつらも俺が始末してやるよ。だがな、そこまでしてグレースを狙う奴が、姿を見せたら……。その時は……」


 お前ら、森ごと跡形もなく消してやる。

 そう言って弘が凄むと、4人のエルフ達は顔を引きつらせて何度も頷いた。


「まあ、今のが脅しじゃないってこと。これから見て貰うんだが……。グレースも、それでいいよな?」


「我の意見を封じて話を進めたくせに。今更聞くのか?」


 当然と言えば当然だが、グレースは不機嫌のようだ。さすがに弘もマズいと感じたが、彼が何か言う前にグレースが大きく溜息をついた。


「ああ、我とて理解はできている。おそらく……いや、主の方針が最善なのだ。他の手は思いつかないしな。だが、主が言ったとおりに事を運ぶなら、あのダンサラスを倒さなければならないぞ。主の強さは知っているつもりであるが……」


 大森林一つ分の精霊集合体。それを打ち倒せるのか。

 グレースの問いは、この場に居る皆の問いでもあったが、問われた側の弘は鼻で笑い飛ばしている。


「大丈夫だって、任せとけ。ただまあ……森は酷いことになるかもだけどな」


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