第百七十一話 怨敵登場
時間を2日間ほど遡る。
東の森の中央には、大きなエルフ氏族の集落があり、その中央集落を取り巻くように幾つかの集落が存在していた。
そして、それらを支配する人物こそ、グレースが氏族の仇として倒そうとするエルフ……ダンサラス。
一見したところ金髪優男風の彼は、このタルシア国支配域では武闘派で鳴らしたエルフ氏族……の族長である。ちなみに優男風と書いたが、彼の体格は悪くない。人間種の成人男性と取っ組み合い。それができる程度には頑健だ。
その頑健さが原因かどうか、ダンサラスは幼少時から気が荒く、一方では精霊使いとしても優れた力量を示している。そして修行等によって力を増した彼は、他の候補を押し退けて氏族長に就任した。
氏族長就任後、最初に彼がしたことは従順ならざる者の追放である。理由としては、支配域拡大をするために邪魔であったから。中には抵抗する者も居たが、ダンサラスを支持する者が多く居たため支障とはならなかった。
そして始めたのが、傭兵を雇った上での他氏族への侵攻。
当初の目論見としては支配域を増やし、勢力を増大させ、ゆくゆくはエルフらを亜人と呼んで蔑む人間種の都市……これを襲うつもりであった。
では、最終的な目標はどうか。余人が聞けば妄想の域だが、今ある人間種の国を1つ、そっくり我が物とすることである。すなわちエルフの森の支配者ではなく、エルフの国の支配者、国王となることにあった。
さて、こういった野望を抱くダンサラスが氏族長となり、その後の展開としてはグレースが弘達に語った内容そのままである。そこまでは順調だったと言って良い。が、グレースの氏族を滅ぼした後は、完全に手詰まりとなっていた。なぜなら武闘派と言っても、結局はエルフの集団なのだから、やはり森で居る方が居心地が良い。ダンサラスや取り巻きの者達はともかく、その他のエルフらが生まれ育った森から遠く、そして長く離れる事を拒否したのだ。
結果としてダンサラスの支配域は、元から居た森の他、数カ所の森のみとなっている。
また、近隣のエルフ氏族を滅ぼし尽くし、戦いをふっかける相手が居なくなっていたのも、勢力拡大が滞っている理由の1つだった。
では、ここで当初の予定どおり、人間種の都市を襲撃してみてはどうか。そういう意見も合ったが、これも無理がある。幾つかの氏族を滅ぼしたと言っても、自らの氏族に取り込めたのは少数であり、多くは殺害し、残りは逃散している。彼の氏族人員は大きく増えていないのだ。傭兵も居るが、雇っている数は少ない。最終目標に向けて事を進めるには、まだまだ戦力不足だった。
このように、ダンサラスにとっては不都合な状況であるが、まだ他にもある。傭兵隊の維持についてだ。エルフ以外の種族について良い気がしないダンサラスであったが、傭兵隊自体は貴重な戦力である。これを維持するために資金が必要となるのだが、その資金調達を、ダンサラスは街道を行く隊商に求めた。
エルフの森の特産品……などは無かったため、物品の売り込みは不可能。そこでダンサラスは武闘派らしく、隊商を襲撃して金品を強奪したのである。この行為は最初の内は上手くいっていた。襲撃目標となった隊商を一々全滅させていたため、自分達の仕業だとは知られていなかったからだ。しかし、逃げ伸びた者達が、辿り着いた先の都市や王都で報告を行い、そのことからダンサラスのエルフ氏族が、街道にて野盗として活動していることが発覚したのである。
以後、ダンサラスの氏族は王国からも問題視され、実は王国軍による討伐まで計画されていた。もっとも、このことはダンサラスも知っており、いざ軍隊が押し寄せてきたら森を捨てて、遠く離れた森へ移住するつもりで居る。そこに先住者たるエルフ氏族や、他の亜人の集落があったとしても、また戦って滅ぼせば良いだけのこと。
このように、まったく動じることのないダンサラスは、収穫祭を『例年のように変わりなく行う』ため、祭事場の調査に余念が無かった。
「……では、祭事場の最終調査を明後日に執り行う。そのつもりで準備を整えるように」
集落の中央。ひときわ大きな木造家屋の一室で、ダンサラスが言う。この部屋はちょっとした会議を行うために作らせたもので、大きなテーブルの左右には氏族の幹部が座っていた。その数、10人。そのうちの6人が、当初からダンサラスに付いてきた者達で、残る4人は滅ぼされたエルフ氏族の元幹部や相談役であった。取り込んだかつての敵対氏族をまとめるため、彼らのような存在が必要だったわけだ。なお、グレースの氏族の者は、現在のダンサラスの氏族には含まれていない。
詳しく述べるとグレースの氏族は滅亡時、生き残りの数人がグレースのように奴隷として売り払われていた。それらは一纏めで亜人蔑視者に買い取られており、虐待の末死亡している。要するに、現状で残っているのはグレースだけなのだ。
「長。今回の下見で祭事場が確定しますが……やはり、あの場所になりますか?」
手を挙げたのは最も近くで座るエルフの男。人間種で言えば二十代後半の容姿だが、実年齢は300歳を超えている。この世界におけるエルフは基本的に長命だ。しかし、どれほどの長命を得るか、そして何歳まで若い容姿を維持できるかは、そのエルフとしての血の純度が左右する。つまり、その身に流れるエルフの血に、他種族の血が混ざること。それが少ないほどに、エルフは長命化し不老化していくのだ。
ダンサラスを長とする彼の現氏族はどうかと言うと、人員の純血度は低い。それも当然で、各氏族を滅ぼす際に、純血度の高いエルフは皆殺しにしているのだ。激しく抵抗した結果ではあるのだが、早い話、この室内に居るエルフ……しかも元からのダンサラスの部下のみが不老を可能とする純血エルフであった。
「ああ、そうだ」
部下の質問に対し、ダンサラスは頷いて見せる。祭事場に相応しい精霊の集う場所。その候補は幾つかあったが、部下の言った場所が最も状態が良かった。あの場所であれば、祭事も完璧に行えるだろう。そして、その場所こそがグレースの見立てた『祭事に最適な場所』だったのだが、無論、ダンサラスは気がついていない。
「見たところ、数日は雨が降ることもないようだし。今日中に祭事場を決定して、準備を進めるとしよう」
そう言うとダンサラスは、最後の現地調査におもむくメンバー……供回りを決めた。この場に居る元からの部下は6人。まず、そのうちの4人を選抜する。残る2名は、取り込んだ各氏族の代表らと共に留守を預かるのだ。
更に2名、取り込んだ氏族の代表から連れて行くことにしたが、これはあくまでもオマケである。収穫祭の祭事場選定に連れて行くことで、各氏族の代表者としての面目を立たせるのが目的だ。もっとも、こうして連れ回し従わせること。言い換えれば、従うことに慣れさせる狙いもあった。
(あとは……そうだな。私が居ない間、よからぬ事を考える者が居るかも知れんか……)
ダンサラスは、取り込んだ氏族の代表達を見る。彼らは実に面白くなさそうな顔をしており、早く帰りたそうにも見えた。エルフにとって重要な収穫祭の話をしているのに……である。このような者達を残してダンサラスが中央集落から離れた場合。そこを取り巻く各氏族の集落が反乱を起こす可能性があった。
(だが、問題はない……)
仮に取り込まれたエルフ氏族らが反乱を起こしても、それは同じ森の中の出来事。すぐに察知して戻ることができる。また、各集落に残る者達では、元からの氏族の方が数は多い。戦える者もだ。更に言えば少数であったが傭兵隊も居る。
ダンサラスが戻るまで、持ち堪えることは可能なはずだった。
そして今のダンサラスであれば、反乱氏族を1人で叩きつぶせる。
(この力があればな……)
座したままのダンサラスは、テーブルに載せていた右手をクルリと回し、掌を見た。そして軽く握りしめると、口元に笑みを浮かべる。自分には可能なはずなのだ……と。
ズキリ……。
「ぐっ……」
ダンサラスのこめかみを、右から左に痛みが貫通する。ここのところ、頭痛が頻発しており彼を悩ませていた。原因不明の頭痛であるが、対処は可能だ。痛みを奥歯で噛み殺しながら、ダンサラスはポケットより小袋を取り出す。
口紐を解いて取り出したのは、豆粒大の黒い丸薬だった。ダンサラスは一粒摘まむと、口中に放り込み飲み下す。
「あの……長。お身体の方は……」
「……」
気遣う元からの部下を睨んで黙らせ、ダンサラスは暫し瞑目した。すると痛みは嘘のように消えていく。それどころか頭が冴えて力がみなぎってくるようだ。
「心配ない。この薬があるからな……」
口紐を引いて締めた小袋を、顔前で揺らして見せる。
この薬はエルフの女行商人から買い求めた物だ。遠い国で作られたとのことで、触れ込みとしては鎮痛剤とのことだった。一方で、飲みやすくするため清涼菓子としての味わいもあり、それを面白く感じたダンサラスが購入したのである。丸薬としては高価な部類だったが、ここ最近になって頻発するようになった頭痛を鎮めるには有効で、ダンサラスは良い買い物をしたと思っている。
(あの行商人。連絡先は王都の冒険者ギルドだったか……)
街道で野盗働きをしている身としては、顔出しが難しい場だ。しかし、人を雇って連絡を付ける手もあるから、彼女を呼び寄せるのは可能である。そうすることで、丸薬が残り少なくなったときに買い足すのだ。
「では解散しよう。明後日。準備が整った者から、私の家に来るように。残りの者は、私が留守の間……諸々を任せておくとしよう」
ダンサラスは言いつつ立ち上がり、サッと手を一振りする。これを受けて元からの部下達は恭しく、残りの者達は舌打ちしそうな表情で頭を垂れた。
かくして2日後。ダンサラスと同行者6名は、連れ立って中央集落を後にしている。何のことはない、エルフ氏族であれば毎年行っている行事の下準備。その締めくくりだ。
事が順調に進めば、当日の夕刻には戻ってこれる。皆が、そう思っていた。
◇◇◇◇
そして時は現在に戻る。
東の森への到着後、弘達は2日かけて準備をしていた。その準備とは、祭事場となる広場に対し、ダンサラスらが来るであろう方角を除いて、簡易な罠を設置すること。ロープ等の小道具に関しては、弘がノーマから預かった物をアイテム欄から取り出して使用する。
そうして出来上がったのは、踏み込んだら膝まではまる……隠蔽された穴であったり、草を結んで転倒しやすくする罠などだ。
仕掛け紐が外れると、設置された弓が矢を放つ……類の罠は設置しなかった。これはグレースの「自然物でないものがあると、察知される恐れがある。我が言うのも何だが、森の中だとやたら勘が鋭くなるからな」という進言から判断したものである。
なお、このことによって、召喚品から監視に使えそうな物を用意する案も立ち消えていた。SWORDS(無限軌道に銃器やカメラを搭載した、米軍の武装ロボット)など、有効そうな品もあったのだが……。
「まだ、そんなに使ってないし。この件ばかりは、ミスできね~もんな」
という、こちらは弘の考えによって未使用としたのだ。
さて、こうして出来た罠を避けるようにして、遠巻きに皆が隠れている。やって来たダンサラスらが祭事場予定地と思われる広場へ入ったなら、一斉に距離を詰めて取り囲む手はずであった。
ちなみに『2日かけて』としたが、罠類の設置作業は初日で完了している。6人もの人手があったし、なにより腕力体力共に超人化した弘が居るから、力仕事などは問題にならないのだ。
よって作業完了後は、昼時を目処として待機を開始し、日が沈むまでダンサラスを待ち構えている。
弘とグレースは、想定される進入方向の真正面。つまり広場に対して西側で潜み、弘らの右側にシルビアとノーマ。左側にウルスラとメル。進入方向から離れた後方では、カレンが1人で待機。そういう配置であった。
(いざとなったらM2なんかの重機関銃を召喚して、自動砲台にすればいいし……)
藪の少し開けた場所で腰を下ろす弘は、召喚したAK-47自動小銃をアグラ座りの太股で横置きしつつ考えた。出てくるのがエルフだけなら、多少は不測の事態があっても何とかなるだろう。出来ることなら設置した罠で囲んだ、あの祭事場に使えるという広場内で事を済ませたいものだ。正直な話、弘は落とし穴等で包囲網が完成するかについて自信が無い。罠と言っても簡易な物ばかりだからだ。
周辺を横倒しに召喚した10トントラックで囲み、即席の檻にしてしまう手もあるが……。
(あ~……けど、エルフの身体能力なら、デカいトラックも乗り越えられそうか……)
では、大きな倉庫を召喚して、全員を閉じ込めるというのはどうか。
これも不可能だ。弘が召喚できる建築物や家屋、それに乗り物は、自身や他者が乗り込んだ状態での召喚ができない。一度召喚してから、中に入るしかないのだ。
(取りあえず、手はずどおりにするしかね~か。あとは臨機応変だ)
弘は口の端を笑みの形に歪めると、隣りで座るグレースを見た。彼女は体育座りのようにして座っていたが、いつの間にか向こうでも弘を見ていたらしい。2人の視線が合う。
「……っと、昨日と今のところ……来ねぇみたいだけど。今日は来るかな? ダンサラスって奴」
「わからぬ。だが、時期的に考えても2、3日内に来ると思う。この場に集約した森の精霊力。それが維持できるのは、あと10日程だろうから、それくらいの間で来なければ、収穫祭に間に合わんはずだ」
そう説明するグレースの表情は硬い。来たるべきダンサラスとの戦いに向け、緊張しているのもあるだろう。だが、それだけではないように弘は感じ取っていた。
「こんなことに皆を付き合わせて申し訳ない。……とか、また考えてんのか?」
「わかるか……。すまんな……」
グレースが視線を落とし、地面を掴む。枯れ葉や草などが折り重なり、湿りを帯びた森の土は、容易に彼女の指を沈み込ませた。
「事前に皆と話し合い。そのことについては今更考えるまでもない。解ってはいるんだが……。いざ、その時を待つとなると……な」
(解らんでもないけどな。俺も採用面接とか受けるたびに緊張してたし……)
グレースの悩みとは重大さが違うのだが、そう思った弘は意図的に笑顔を作って見せる。こういった演技や演出も、レベルアップしたことで上達すれば良いのだが……。
「サワタリ。笑顔が引きつってる」
「うっせ。ああもう面倒くせーわ。悩むなとか言わねーけど、ダンサラスが出てきたら躰は動かしてくれよ? その後でなら、何だって聞いてやっから」
言い終わりに口を尖らせ、弘は正面に視線を戻した。どうにも締まらない。しかし、グレースが微笑むのが聞こえた。
「ふっ。そうさせて貰おう。……我としてはベッドの上で聞いて貰いたいものだ」
「ん? おお……いいねぇ……」
カレン達とパーティーで行動している手前、出先で特定女性とセックスするのは憚られる。野営中は勿論のこと、安宿程度では行為に及ぶと筒抜けで聞こえてしまうからだ。
(……防音設備のある建屋を召喚して、2人で入って……。って、その間、カレン達を外で待たせるのかよ? いくら何でも駄目だろ?)
やはり冒険中は控えた方が良いのだろう。
しかし、現状のホームタウンである王都に戻ったなら話は別だ。グレースと2人で別宿に泊まって……というのは、ありかも知れない。
(ラブホテル……。いや、連れ込み宿か? 確か、そういうのもあったよな)
そう考える弘は、すでに戻ってからのことに想いを馳せていた。そうだ、ラブホだよ。金さえ払ったら、周りとか気にしないでアレしてコレして……と。
(よっしゃ。これでいこう。後は……)
後は、カレン達に対してどう話すべきかだ。
ちなみに、その辺のラブコメ漫画や小説とは違い、カレン達の目を盗んだり、誤魔化したりする必要は無い。何故なら、パーティー内の女性は全員が弘の恋人であるし、彼とグレースが肉体的に関係済みであるのは知られているからだ。
「まあ、見られたり聞かれたりってのは、まだ難易度高ぇわけだが。……2人で出かけるとき、みんなに『グレースと外泊してくるわ』……的に言っておけば、いいのか?」
「まあ、まぐわってきます……では、単刀直入に過ぎるだろうからな。それで良いのではないか? ところで、主よ……」
この時点で随分と落ち着きを取り戻していたグレースが、からかうような視線で弘を見る。
「そろそろ、我以外の女を抱いてやったらどうだ?」
「う……」
そう。今のところ、弘とベッドを共にしたことがあるのはグレースだけだ。彼女はファンタジー世界のエルフ氏族長……経験者であるのが理由かどうか、配偶者の女性関係については大らかである。むしろ積極的と言って良い。今のように、事あるごとに煽ってくるのだが……。
「そ、そのうちに……」
何となく踏み込めない自分が、本当に情けない。弘はそう感じている。しかし、2人目を抱く……その最初の一歩が、どうにも踏み出せないのだ。
「てゆうかさぁ。もうちっとこう、雰囲気とか~……イベント積み重ねるとかしたいっつ~かぁ。いや、やりたいのは山々なんだぜ?」
みっともなく言い訳していると、徐々にグレースの目が細くなっていく。これはいわゆるジト目という奴だ。視線で非難されているのが解る弘は口をつぐんだが、その様を見てグレースが溜息をつく。
「……童貞のようなことを言ってると、逆に襲われるぞ? 思うに、シルビアとウルスラ以外は主が話を持ちかければ……。……いや、まあ良いか。我の手助けが必要なときは、いつでも……ん?」
年長者の説教が中断された。エルフ特有の長い耳がヒクヒク動き、瞳は鋭さを増していく。
「……来たか?」
「その様だ。我の位置から気づけるとなると、ノーマも気がついているな。読みどおり、真東から……我らの正面から近づいてくる」
グレースが解説してくれるが、実のところ、弘はグレースとほぼ同時に接近者の行動音を聞き取っていた。これもまた高レベル化によって向上した身体能力の賜である。経験豊富なエルフと同等の聴力を、この世界で言う人間種の弘が有しているのだから、まさに超人的と言っていい。
ザッザッザッ……。
枯れ葉や森の土を踏みしめる。その音が近づく中で、弘は正面右方に意識を向けた。そちらにはカレンが1人で待機している。いざ包囲行動が始まったら、カレンは1人でダンサラスらの後方に立ち塞がるのだ。実に危険な配置である。
しかし、彼女の戦闘力であれば可能なはずだ。それに、いざ事が始まって、ダンサラスらの攻撃の手がパーティーメンバーに向けられそうなとき。弘は、速やかに相手方を射殺するつもりでいた。
(ほんとは姿見えるなり射殺……ってのがいいんだろうけど。グレースに一言言わせなくちゃだもんなぁ……)
氏族を滅ぼされた恨み言を、グレースがダンサラスに対してぶちまける。これも今回の仇討ちにおける目的の1つだった。わけも解らぬまま死ぬなど、グレースが納得しない。何より弘自身、自分の恋人を酷い目に遭わせたダンサラスに思い知らせてやりたいと思っていた。
グレースや彼女の氏族に何をしでかしたのか。その報いがあって死ぬことを、そのダンサラスというエルフは知るべきだ。その上で死ぬべきなのだ。
そして最後は、グレースの手でダンサラスを倒す。
完璧な仇討ちとは、ここまでやるべきだろう。
「それじゃあ、行くか……」
「うむ……」
呟きながら弘が立つと、グレースも立ち上がった。手にはロングボウ、背には矢筒。腰にはレイピアを下げている。典型的なエルフの武装だ。
余談ではあるが、弘は以前、召喚品に追加された弭槍をグレースに見せたことがある。戦国時代に使用されたという、弓の内弭に槍の穂先を装着した物だ。興味を示したグレースは、ドワーフの鍛冶屋に製作依頼をしていたのだが……今回の仇討ちには間に合っていない。
「いよいよだな……。待っていたぞ。このときを……」
グレースが弓を握りしめ、矢筒から矢を引き抜いた。
気合いの入り方は充分のようだ。
弘は大きく頷き、前方に目を向ける。
(やってくるのはエルフなんだが。一応、対象物解析しておくか……)
こっちの世界には無い概念だが、弘達召喚術士は、戦いや冒険などで経験を積むことによりレベルアップをする。その中で時折、レベルアップに応じて特殊能力が解放されるのだが、この『対象物解析』もその1つだ。
解析したいと念じた対象を調べ、得た情報をステータス画面と同様のウィンドウで表示するという能力。今日までに何度かバージョンアップを繰り返しており、今では5段階目に到達していた。よって正式名称は『対象物解析5』である。
ただ、表示される内容が大雑把、あるいは曖昧であったりするし、相手に弘の存在を認知されていると使えないなど、能力としての使い勝手は非常に悪い。
(でも、まあ使っておいた方がいいよな。そう、念のためだ)
バージョン5ともなると、ある程度の遮蔽物があって相手の姿が見えない場合でも、解析できることがある。色々と実験してみたが、そこに対象物があることを弘が認識していれば、解析できることも多かった。
今のような状況では、近づいてくるのがエルフだと想定できているし、相手方が接近して来ているのも認識できている。これだけの前情報があれば、解析可能なはずだ。
(たぶんな~。……そんなわけで、解析っと……)
<ワンルゥ>
・エルフの精霊使い
・ロングボウ、レイピア装備
<フォニス>
・エルフの精霊使い
・ロングボウ、レイピア装備
ズラズラッとウィンドウが展開され、情報が表示されていく。
それらを弘は面白くも無さそうに流し読みした。大した情報量ではなかったし、「エルフなら、そういうものじゃないの?」と言いたくなる内容ばかりだからだ。
ただ、表示されたウィンドウの数は7枚。その中にはダンサラスの情報もあるはずなので、弘は一応確認してみる。他の連中と似たようなことしか書いてないのだろうが、これもまた『念のため』だ。
(ん~……お、あった。って……はぁ!?)
危うく、驚きを声に出しそうになる。
ダンサラスの解析結果は、確かに表示されていた。ずらりと横並びした7枚のウィンドウ。その右から2つめだ。ただし、その表示内容が他のエルフらとは大きく異なっていた。
<ダンサラス>
・エルフの精霊使い
・ロングボウ、レイピア装備
※その他、解析阻害により表示できず
エルフであること、精霊使いであること。ロングボウやレイピアの装備。ここまでは他と同様に表示されているが、気になるのは『解析阻害』という文言だ。
文字どおり、弘の解放能力である『対象物解析』が妨害を受けている。
この表示を、弘は過去に何度か見たことがあった。
例えば、レクト村で小蜘蛛に乗っ取られた村人を解析したとき。例えば、オーガーの森で召喚術のような能力を示したオーガーを解析したときだ。
(嫌な予感がするぜ……)
経験上、解析阻害されている対象と戦うときは碌なことがない。レクト村の時は自身のレベルが低かったから死にそうな目に遭ったし、オーガーと戦ったときも危なかった。
今回も何かあるのでは……と思うが、ダンサラス達はすぐ近くまで来ている。今更引き返すという選択肢は無かった。
「サワタリ?」
「ん? ああ、悪い。連中を解析してたんだが……」
弘は解析表示をウィンドゥごと消去すると、こちらを見て待ってくれているグレースを見返す。
「ダンサラスの情報だけ妨害されてて、よくわかんねぇ」
「相手を調べる能力であったな。妨害されているとは……。どういうことか?」
特に動じている様子でもないグレースに対し、弘は首を横に振った。
「わかんね。ただ、何があるかわからんから。何かあったときは、慌てないこと……かな」
「了解した。気をつけておこう」
ザッザッザッ……。
足音はかなり近くなってきている。カレンの待機位置を通過して、広場に入ったのは確実だ。弘は軽く息を吸ってから、グレースに移動開始を促した。
「じゃあ今度こそ行くぞ。ヤバいと思ったら手ぇ貸すからな!」
これを聞いたグレースは一瞬目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに微笑んでいる。
「了解した。頼りにさせて貰おう!」
◇◇◇◇
ダンサラスにとって、この場に来るのは3度目となる。
1度目は単に目星を付けただけ。2度目に来たときは、この場に集う精霊力……その深奥で心地よさそうに漂う風の精霊、それが収穫祭における儀式に耐えうるかを見極めた。
事後、中央集落に帰って議論し合い、この場で収穫祭を行うことが決定される。そして、3度目となった今回。深奥の精霊に話をつけ、収穫祭の儀式に協力して貰うこととしたのだ。それは上手く行くはずであった。
ここに弘達が居さえしなければ……。
ガサッ、ガササササッ……。
弘がグレースと共に広場に飛び込んで来る。その姿を見たダンサラス一行は驚き、武器類に手を伸ばした。だが、同様に飛び出してきた他のパーティーメンバーによって、あっと言う間に包囲されている。
「何だ、お前達は!」
ダンサラスと思われるエルフ男の後ろ、これまたエルフの男が叫んだ。これを見た弘が不思議に思ったのは、取り巻きのエルフ達の反応が統一されていないこと。敵意を向けられているには違いないのだが、後方に居る幾人かは戸惑った様子なのだ。ロングボウやレイピアを用意しつつも、互いに顔を見合わせてオロオロしている。
「なんか……変な感じだな」
弘はAK-47自動小銃から左手を離し、指で頬を掻いた。
このように、ダンサラス側の妙な反応で弘達の行動が一瞬遅れることとなり、その間にダンサラスが怪訝そうな顔を見せる。そして……。
「誰かと思えばグレースか」
意地の悪い笑みを浮かべながらグレースを見た。
「奴隷商人からは娼館へ売り飛ばしたと聞いたぞ。お前のような傷物でも客は取れたか? ここに居るということは、自分を買い戻せる程度には稼げたと見えるが……」
「ぐっ……」
グレースが1人の男によって気圧されている。滅多に無いことなのだが、これはかつて自分を蹂躙した男を前にしているからだ。何となく理解が及んだ弘は、半歩前に出るとダンサラスを睨みつける。一応、銃口は下げているが、妙な行動を取ったら即座に手足を撃ち抜くつもりでいた。
「よお。そこのエルフの……おっさん?」
「おっさん!?」
弘の呼びかけによりダンサラスの声が裏返る。
おっさんと呼ぶに際し、一瞬間が開いたのは何と呼べば良いか迷ったからだ。見た目は青年であるものの、グレースより100歳ほど年上らしいから目上には違いない。だが、年齢を当てはめて老人呼ばわりするのもおかしいだろう……ということで、おっさん呼ばわりをしたわけだ。
一方、ダンサラスが『おっさん呼ばわり』に大きな反応を示した理由としては、次のようなものがある。一つは、今まで自分に対し、そういった口の利き方をする者が存在しなかったこと。二つ目は、不老の純血エルフであるし、そういうエルフ基準でも高齢ではないため、自分が若いと思っていたことによる。
要するに、まだまだ自分は若いのだから『おっさん呼ばわり』は心外ということだ。
(あの無礼な人族の男……。いや、この者達はいったい……。ぐっ……)
弘達の正体を探ろうとしたダンサラスは、脳を横殴りにする痛みによって思考を寸断された。この場へ到達する前の小休憩時にも頭痛を感じ、そこで例の薬を飲んだのだが、もう再発するとは……。
(ああん?)
弘は、ダンサラスと思しき男が驚きの表情を見せた後、更には顔をしかめたため、「おっさん呼ばわりはマズかったか」と舌打ちをする。しかし、今隣りに居るグレースは恋人なのだ。それを傷物だとか娼館働きを嘲笑されるとか、断じて許すことはできない。
ちょっとぐらいの無礼は構わないはずだ。もう少しぐらいチクチク言ってやろう。
と、ここでグレースが軽く息を吸い、絞り出すように発言する。
「サワタリ……。いいんだ。我が話そう……」
「ぬっ……」
弘としては、ダンサラスに文句を言う機会を潰された形となった。が、グレースがダンサラスに恨み言を言うのは事前に決めていたことなので、ここは敢えて引き下がっている。
「ダンサラスよ。我が姿を見せた理由。それは我が氏族の仇討ちをするためだ」
「ほう。穢れた身でノコノコと出てきた理由が、それか。人間の……冒険者? を連れていれば私に勝てるとでも? 数は同じなようだが?」
鋭い視線で言い放つグレースに対し、ダンサラスはせせら笑いながら問いかけた。確かに人数は同じであるが、ダンサラス達は包囲されてる側だ。不利なはずなのだが、この自信はどうしたことだろう。
妙だ……と、弘だけでなく、カレンや他の者達も思いだしていた。いや、唯一人、グレースのみは気づかずに話し続けている。
「驕るな、ダンサラス! 1対1の戦いで我に勝てると思うてか! 貴様の部下は我の仲間が押さえてくれる! 勝ち目などないぞ!」
「勝ち目? 勝ち目かぁ……ふ、フハハ……ハァアアアハハハッハァハハハハ!」
ダンサラスが高笑いを始めた。嘲り、見下し等が含まれていることは、その表情の歪み具合からも明かだ。しかし、彼の笑いがあまりにも常軌を逸したものであったため、弘達だけでなくダンサラスの部下達までもが呆気に取られたのだが……。
「ハハハハ! 風の精霊王よ! 集い集いて雄大なれ! 巡る流れを束ね……」
「風の精霊王よ! 集い集いて雄大なれ! 巡る流れを……」
突然、ダンサラスが高笑いを寸断し、そのまま精霊召喚を開始。一瞬遅れてグレースも精霊召喚を開始する。グレースよりも先に召喚しての先制攻撃。これを狙った高笑いでありフェイントだったのだろう。
双方、風の精霊王なるものを召喚する気でいるようだが、一瞬遅れたグレースも同じ召喚を行うということは、場合によっては同格の精霊が2体出現すると思われる。
(1体しか出てこねーってんなら、後から同じ精霊を召喚すんのは無駄だろうし。けどよ……これ、なんか凄ぇぞ)
グレースが不利になったら発砲するつもりで居る弘は、AK-47を構えていた。しかし、双方の召喚詠唱を見ているうち、あることに気づいていた。
(グレースの詠唱がダンサラスに追いつきかけてる!?)
そう、少し遅れて詠唱しだしたはずのグレースが、ダンサラスに追いつきかけているのだ。いや、もはやほとんど並んでいると言っていい。見れば、当初は余裕に満ちていたダンサラスの表情が、今ではかなり険しいものとなっていた。
このまま召喚詠唱で追い越せば、グレースが先に精霊王を召喚することだろう。そうならないにしても、弘の感覚で見たところ詠唱の同時終了は硬いところだ。
そうなるとグレースが言っていたとおり、彼女の方がダンサラスよりも精霊使いとして上手であるならば。この仇討ちはグレースの勝利で終わる可能性が高いだろう。
(俺の助太刀とか必要ね~か?)
そう思うが弘は銃口を下ろしていない。ダンサラスの部下達が邪魔立てする恐れがあるからだ。彼らが手出しをするようなら、それこそ手に持ったAK-47が火を噴くことだろう。もちろん、カレン達だって黙ってはいない。それが解っているのかどうか、ダンサラスの部下達は動こうとしなかった。いや、幾人かは声に出してダンサラスを応援している。気になるのは、その他のエルフがともすれば『だらけている』様に見える態度でいることだ。
(さっきから思うんだけど。あいつら、全員がダンサラスの手下……ってことでいいんだよな? な~んか、チグハグしてるような……)
「「我が敵を討ち果たすべし!」」
弘が内心首を傾げたとき。グレースとダンサラスの召喚詠唱が終了する。結果は……両者ほぼ同時であった。
詠唱中、ずっと広場を渦巻いていた風が砂埃を巻き上げつつ、双方の傍らで集約される。次の瞬間。そこには身の丈5メートルほど、青みがかった半透明の巨人が出現していた。
(おおお。魔法のランプから出てきそうな奴だ。風の精霊王って、こんな感じなのか……)
子供の頃に読んだアラビアンナイト系の絵本。そこで登場したランプの精……ターバンに口髭の厳つい男性……を思い出しながら、弘は口をポカンと開けている。
一方、召喚者たるグレースは不敵な笑みを浮かべており、ダンサラスはと言うと額に汗しながら口元を笑みの形に歪めているのが確認できた。やはり、グレース側に余裕があるように見える。
と、ここで巨人……風の精霊王らが行動を開始した。双方、滑るように前進したかと思うと、拳にて殴りかかる。風の刃を飛ばしたり、竜巻のぶつけ合い。そう言った攻撃を予想していた弘は、これを見て思わず興奮。声をあげていた。
「すげぇ! 精霊の……巨人同士のガチバトルだ!」
他の者達も自分が敵と向かいあってることを忘れ、2体の精霊王を見上げている。
そして精霊王達の拳は、それぞれが相手の顔面に突き刺さった。固太り気味の顔が歪み、一瞬ではあったが互いの勢いを顔面で受け止め、支える形となる。
「くくく! 売女働きで衰えたか! 互角だぞ! グレース!」
ダンサラスが侮蔑の言葉を織り交ぜながら吠えた。
「痴れ者め! 互角なものか!」
しかし、即座にグレースが言い返し、それと共にグレースの精霊王が首を捻って、相手の拳を逸らす。ダンサラスの精霊王は、押し込む勢いで前のめりとなったが、その腹部に物凄い勢いで振り上げられたグレースの精霊王……その足が突き刺さった。
ヴォオオオオ!
野太い悲鳴をあげながら、風の精霊王が吹き飛んでいき、見送ったグレースは自分側の精霊王に腕組みのポーズを取らせる。
「性根の腐り者の精霊魔法など、相手にならん!」
普段、弘や仲間達には聞かせたことのない怒声。それが広場周辺の木々を震わせた。
「ダンサラス! 我が氏族の恨みを覚えたか! 覚えたなら、この場で死ぬがいい!」