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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百七十話 トーチカの中

 弘とグレースが2人で戻ると、96式装輪装甲車の側で野営準備をしていた仲間達……中でもカレンが出迎えてくれた。


(いや、野営の準備って……)


 見まわすと96式装輪装甲車の傍らで焚き火をしている。

 その周辺にはシルビアやウルスラなど、パーティーメンバーが手頃な倒木や石を運んできていて、椅子代わりにしていた。


(あ~……まずった。召喚品の中に野営で使えるのがあるんだから、それを出しときゃ良かった)


 弘が言うところの野営で使える召喚品とは、小さい物は寝袋や組立済みテント。大きな物ではバンガロー。最大の物では、城壁で周囲を囲うタイプの砦などがある。だが、砦などは大きくて目立つし、かと言って簡易なバンガローではモンスターの襲撃を受けたら耐えられないだろう。


(この林の中で収まる程度の小屋でも出すか? なるべく頑丈なやつ。テントを張るよりいいよな。……トーチカを出してみるか?)


 トーチカとは鉄筋コンクリート製の防御陣地のこと。無骨極まりないが防御力は大したものだし、物によっては林の中にも収まる。これなら……と弘が考えていると、カレンが話しかけてきた。


「サワタリさん? グレースさんとは、どんなお話をしてたんですか?」


 どんなと言われても、グレースが不安がっていたので安心させていただけだ。

 ちなみに、2人きりなのでイチャイチャしており、危うくやっちゃうところだったです。……とまでは言えないため、弘は、かいつまんだ話をした。


「いよいよ仇討ちの本番だからな。気合い入れてたんだよ」


「そうだったんですか。グレースさん! 私達も頑張りますから!」


 クリッとグレースの方を向いて両拳を握りしめるカレン。その姿を見たグレースは、ありがたい……と思う一方で、先程まで弘と良いムードだったことを思い出し、気まずさを感じてもいる。


「う、うむ。よろしく頼む……」


 その後、弘は張りかけていたテントを片付けさせると、焚き火を中心に車座となって、今後の予定を再確認した。

 まず、この森に居住するエルフ氏族は、ダンサラスの氏族だけである。位置的には、弘達が居る側から見て更に東寄り……森の中心部だ。仇討ちの場になるであろう祭事場は、森の中心部からだと少し西寄りとなっている。


「祭りの場所になるくらいだから、縁起がイイとか……めでたい場所なんだろ? そういう場所を中心に集落作るとかじゃないんだな」


 弘が感想を述べたところ、グレースが捕捉説明をしてくれた。彼女曰く、森の中で精霊の力が強まる場所は、年によって変わるとのこと。氏族の長と祭司長らは、その場所を探し当てる役割を担っているらしい。


「従って、祭事の場所は毎年違うわけだ。過去に祭事場となった場所が、再び選ばれることもあるがな」


 その祭事場の検分には何度か訪れるのが普通で、弘達の狙い目は、その何回目かでダンサラスが姿を現したときだ。祭事場として最適な場所は、氏族長経験者のグレースが見極められるから、後はダンサラスらが来る方角を基準に罠を設置する。


「方角も何も、東の方……森の中心側から来るのは、ほぼ確定ね。まあ遠回りするとか、大きく迂回して別方向から来るとしたら、話は別だけど」


 そう言って肩をすくめたのは、偵察士のノーマだった。彼女が言うには1、2回ほど、森の中心部から徒歩で移動してきた者がいるとのこと。どうやら、その痕跡が残っていたらしい。


「人の肩とか頭とか。そういう高さにある木の葉がね。千切れて飛んだりしてるの。普通、人間が移動したら、枝なんかもバキバキ折れてるはずだけど。そこは、さすがにエルフと言ったところかしら? 木々の被害は最小限に、それでいてほぼ一直線に移動して来ているわ」


 なるほどな。と、頷いた弘は、ノーマによる『エルフの森での歩き方』分析が正しいかどうか、グレースに判断を委ねてみる。グレースによると、おおむね正しいらしい。


「性根が曲がっていようが、森で暮らすエルフには違いない。木々を傷めない身のこなしなどは、身についているものだ」


 言いながらグレースは眉間に皺を寄せていた。仇敵のことを思い出しているのだろうか。直接聞いてみないと解らないが、弘は敢えて無視する形で話を進めた。


「あ~……それで、だ。俺達が何人相手にしなくちゃいけね~かってぇと」


 この祭事場……予定地にダンサラスが検分に来るとして、同行する者は護衛を含めて10人前後とグレースは予想している。そのうち5人は、祭事において氏族長の補佐を務める者のはずだ。残りは氏族でも腕利きの者ということになる。


「グレースさん。祭事の目的……というか内容は、収穫祭ということですが」


 カレンが挙手しつつ発言した。

 具体的には、どういったことをするのか。そこが気になったらしい。


「そうだな。秋の実りの時期に合わせて、森と精霊に感謝を示すのだ。これは、この国の支配域に居るエルフ氏族では、何処でもやっていることだ。開始の時刻は夕刻……かな。まず、氏族長のありがたくも長い話を聞かされた後……」


(オメーも氏族長だったろーがよ!)


 と突っ込みたかった弘だが、話の腰を折るわけにもいかず黙っていることにした。

 氏族長スピーチの後は、用意された食事や果実酒などで宴会が始まり、ある程度盛りあがったところで祭事が始まるとのこと。


「……厳かに式典を進めて、それらが終了した後で祝宴……ではないのですか?」


 遠慮がちに挙手したシルビアが聞くと、グレースは「良い質問だ」と前置きした上で、次のように語った。


「酒の力と言うのではないが……。場に多数のエルフが集まって陽気を振りまくことで、森の精霊達を集める一助とするのだ」


 何故、精霊達を集めるのか。それは祭事に必要なことだからである。


「祭事の手順としては、広場の中央に氏族長が立ち、祭事補佐の5人が囲むようにして立つ。計6名の力で森中の精霊に働きかけ、広場を精霊力で満たすわけだ。ここで、先程の祝宴で集められた精霊達も加わり、氏族長達の負担が減る……と」


 その結果、普段よりも濃密な精霊力に触れることができ、参加したエルフ達は高位精霊に対して感謝の言葉を捧げることが可能となる。


「ああ、収穫祭だったっけな。森の精霊のお偉いさんに、直接礼を言うってわけか」


 聞いてる分には、なかなか良いお祭りのように思えた。だが、重要なのは、その下準備をするために、この場へダンサラスがやって来るということ。それもお供を10人連れてだ。


「10人って限った話じゃねーけどな」


 場合によっては護衛の数が増えるかもしれない。とはいえ、出てくるのがエルフや亜人なら、弘が射殺すれば済むことだ。なにしろ自身の高レベル化に伴い、各召喚銃器の威力は増し増しになっている。板金鎧程度なら拳銃でも貫通できるはずだ。自動小銃や軽機関銃を使用するなら、十数人ぐらいは即座に薙ぎ払えるだろう。


「あとはダンサラスって奴が、どの程度強いかだが……」


 グレースの話では、彼女よりは精霊魔法の使い手として劣るらしい。森というエルフにとって有利な場における、グレースの実力。それはまだ見たことがなかったが、ともかく一騎打ちの状態だとグレースが優勢になるとのこと。


「ふ~ん。まあ手こずるようなら、俺がダンサラスの手とか足とか撃っちゃってさ。身動きできないようにしてから……グレースがトドメだな」


 時代劇で見た仇討ちというのは、だいたいがそんなものだった。夫の仇討ちとして、妻と子供が仇討ちの旅に出て、女子供だけで1人の武士を倒す。それはかなりの困難である。だから、仇討ちには助っ人がつきものなのだ。

 こっちの世界で仇討ちがどう扱われるのかは知らない弘であったが、自分が手助けすることについて皆が普通に聞いていたため、これで良いのだろうと判断していた。

 おおむね、話がまとまったと見た弘は、軽く食事を取った後で寝ることととする。まず、96式装輪装甲車から荷持類を下ろし、車体を消去。その後、召喚術によりトーチカを召喚した。

 これは直径10メートルほどの鋳鋼製トーチカで、1つの入口の他、複数の銃眼を有している。大まかには鉄の鍋を引っ繰り返したようなものと思えば良い。鋼製であるから頑丈極まりなく、ドラゴンなどが襲ってきても攻撃に耐えることが可能だ。


(召喚具の解説を見てたら、火炎放射器とかに弱いって書いてあったから。ドラゴンブレスなんかくらったらヤバいのかもな)


 とはいえ、そんな強敵が出てきたら、それこそ外に出て迎撃……いや、自分はトーチカの中に居て、周囲に火砲を召喚して攻撃する手もあるだろう。何にせよ、テントなどよりは頑丈で、安全な宿泊施設というわけだ。


「目立っていいなら、砦や要塞みたいなのもあるんだが。まあ、こんなものだろ」


 そう呟いた弘は皆に「じゃあ、中に入ろうぜ」と一声かけ、自分は先頭を切ってトーチカに入って行くのだった。



◇◇◇◇



 トーチカの中……と言っても、特に何かが有るわけではない。

 召喚時、風呂トイレ以外の追加召喚品を設定しなかったため、内部はガランとしている。ちなみにトイレは洋式水洗トイレであり、後でグレースとメルに使い方をレクチャーすることとした。無論、シャワー等の浴室設備についても同様である。


(男のメルはともかく、大人の女に便所の使い方を教えるか……。なんつ~か、妙な気分になるぜ)


 女性全員に教えるとなると、弘の精神が磨り減るのは確実。そこで女性メンバーを代表してグレースに覚えて貰い、他の者には彼女から教えて貰う作戦なのだ。


「へぇ~。中は石造りなのね~」


 自分の背負い袋を下ろしながら、ウルスラが周囲を見まわしている。

 石造り。そう見えるだろうが、実のところはコンクリート製の内壁である。床面もコンクリート張りになっていて、天井に照明装置がある意外は一面灰色の殺風景さだ。だが、外は鋼製で内側が『石造り』というトーチカは、この世界を生きる者達からすれば頑丈極まりない借宿である。

 ウルスラだけでなく他の者達も、内部を見まわしてから、一様に安心した表情となっていた。

 後は、思い思いの場所で横になるだけなのだが……。


「コンクリの上で寝るのか……っと、そうか。寝具とか出した方がいいよな……」


 召喚品目にはベッドの類も追加されている。

 これから寝るのだから、はなから寝具も召喚しておくべきだったと、弘は頭を掻き反省した。とはいえ、軍事用施設たるトーチカを召喚することで、同時に寝具を召喚するという発想がなかったのだ。


(ったくよぉ。風呂やトイレは連想したってのに……。アレだな。ステータス画面からの、セット召喚の設定があったから、今度からそういうのは、まとめて召喚できるようにしよう)


 改めて寝具を召喚しようとした弘は、カレン達に何か希望があるかと聞いてみる。すると意外や、皆からは毛布を希望されたのみであった。


「普段、野営するときはマントに包まったりしているし。外をモンスターが彷徨いてるってのに、ベッドでぬくぬく寝るって言うのも……ねぇ。何だか調子が狂うのよ」


 そう言ってノーマが肩をすくめて見せ、それを見た皆が頷いている。


「ああ、そう」


 言葉短く返した弘は、人数分の毛布を召喚した。派手ではないが、ふかふか……それも洗濯したものを陽光の下で干したが如く、いい匂いがするものだ。

 この毛布はパーティーメンバーからは好評で、皆が立ったまま躰に巻いたり、広げる前に顔を押し当てて香りを楽しんだりと、思い思いの反応を示している。


「ま、喜んでくれてるからいいか……」


 自分も毛布を広げながら、弘はふと思う。

 トーチカは確かに安心できる施設だが、扉1枚の向こうが外……というのは、枕を高くして寝られるものではないらしい。やはり大きな施設でなければ……。


(ってこた、砦とか要塞とか、そう言うのがいいのか……)


 今回は目立つことを避けたため、大規模施設の召喚は控えたが、砦や要塞なんかを召喚する機会があれば、先程考えたようにベッド等の調度品などをセットで召喚するようにしよう。そう思う弘であった。

 さて、就寝となったわけだが、ここで問題となるのは各自の位置である。

 これが1人の男性を巡っての恋愛バトル中であれば、口論になったり、悪くすれば女性同士の喧嘩に発展するだろう。しかし、この場に居る女性は全員が弘の恋人なのだ。

 よって、仲良くクジ引きが開始される。


「え~……サワタリ殿が召喚した割り箸……という物ですが、その末端に数字を刻みました」


 クジの作成を任されたシルビアが、カレン達を集めて説明を開始した。この場に居る女性は5人であるから、箸は5本。数字の小さいクジが優先で、自分の就寝場所を決められるのだ。


「なんだかなぁ。シルビアが外へ出て、木の枝を拾いに行くっつ~んで……」


 女性陣がワイワイ騒ぐ姿を、弘は対側の壁際で座りつつ見やっている。


「止めて聞いてみたら……。クジ引きを始めるたぁな」


 弘が付き添いをして枝を拾ってくる手もあったが、召喚品の箸で代用できるなら、それに越したことはない。召喚品目の中から割り箸を選択し、シルビアに手渡したというわけだ。

 前方から「キャーッ!」だの「やったぁ!」だのと聞こえる中、弘は隣りで腰を下ろしているメルを見た。このパーティーにあって自分以外では唯一の男性。メル・ギブスン。彼は騒いでるカレン達を見てニコニコしていた。


「若い女が集まると、どうもこう騒が……賑やかになるっすねぇ」


「ふふふ。まったくだ。いやなに、君や彼女らを見ていると、自分の若い頃を思い出すのだよ。二十代の頃などは、見聞を広めるためと称して冒険者に混じっていたものだ」


 なるほど……と相槌を打ちかけた弘は、妙なことに気づく。若い頃も何も、つい最近までメルは戦士ムーンのパーティーに所属していたはずだ。そのムーンのパーティーが解散し、暫く前に弘が誘ったことで彼がここに居る。

 なのに今の言い様は、どういう事なのだろうか。


「ははは。実はムーンのパーティーに居たのも、引退していた私をムーンが勧誘したことによるのだよ。君が私を誘ったようにね」


「そうだったんすか。じゃあ……メルの二十代の頃って言うと?」


「そうだな。……私も若かったし、組んでいた仲間達も若かった。今の君らのようにな。私自身、幾つかのパーティーを渡り歩いていたから、冒険仲間は常に同じではなかったが……」


 パーティーに女性が混ざった場合、色恋の騒動がよく発生したらしい。複数の男性が一人の女性を奪い合ったり……。


「ヒロシのパーティーのように、複数の女性が1人の男を……と言ったケースもあったか」


「へ、へぇ……」


 大抵は碌なことにならなかったそうだが、上手くまとまった場合もある。その上手くいった事例の1つがメルだった。


「何のことはない。パーティーメンバーの1人だった女性戦士と、私が結婚した。それだけのことだ」


 ある程度の貯蓄もあったため、結婚と同時に冒険者を引退。女戦士は主婦となり、メルは代筆業を営んでいたらしい。


「魔術師協会や魔法ギルドで、論文を提出したりしながらだが。実は、これでけっこう文字は上手な方でな。手紙や高札の代筆であったり、それなりに儲かったものだ……」


「……それで、その……奥さんは?」


 弘は遠慮がちに聞いてみた。

 蓄財し、伴侶を得て冒険者を引退した男。それがムーンのパーティーに加入し、今は弘のパーティーに居る。少し……そう、少しばかり不安になったのだ。

 そして、その不安は的中する。


「妻は随分と前に亡くなったよ。初産の時に……な。まあ息子は無事に生まれたので、今では独り立ちしているが……」


「あ~……なんか、すんませんした」


 もっと丁寧な言いようがあるのだろうが、弘には他の台詞が思い浮かばなかった。メルはと言うと「ずっと前の話さ」と気にしてはいない様子。


「つまり……」


 恐縮している弘から目を逸らしたメルは、その視線をカレン達に向ける。


「そう、つまり……さっきも言ったように、ただ単に自分が若かった頃を思い出していただけさ。いや、気持ちも若返るかな。やはり、冒険は良いものだ……とね。……そして、ふむ。こうして話をした機会だ。君に1つ忠告しておこう」


 メルは騒いでいるカレン達から、弘へと視線を戻した。


「愛すべき者は1人居るだけで、普通は手一杯だ。必死で守るつもりでも、守り切れないこともある。然るに君が愛し守らなければならない女性は、現状で6人も存在するわけだ。これは大変に困難な状況なのだが……。そのことを君は理解しているか?」


「理解は……してるつもりっすけどね」


 カレン達に危害を加える者が居れば、それを倒せばいい。躰を張って守る覚悟だってある。しかし、全員を守り切れるだろうか。カレン達は6人居て、弘は1人なのだ。


「けど……」


 弘の背を……嫌な汗が伝って落ちる。 


「すんません。なんか不安になってきたっす」


「それが普通だ」


 続けてメルは言った。今の質問に対し、深く考えもせず『大丈夫だ! 自分なら守り切れる』などと言う者は、大抵が失敗する……と。

 だが、正しく不安を感じたからと言って、皆を守り切れるとは限らない。では、どうすれば良いのか。弘は冒険者としての先輩たるメルに聞いた。彼なら、何かしら答えを有しているのではないかと考えたのだ。

 が、メルは苦笑しつつ首を横に振る。


「その時思いつく限りの、出来るだけのことをやる。これしかないな」


「……それ、絶対に守れるって限らねーんじゃ?」


 突っ込みを入れた弘だが、メルの言ったとおりだとも思う。絶対に守れるとは限らないが、やれる限りのことをやるべきだ。しかし、それでも恋人達の誰かを守れなかったとしたら……。


「うっ……」


 弘の脳裏を、血にまみれ倒れ伏したカレン達の姿がよぎる。    

想像するだけで血が沸き立つし、吐き気もした。


「気分悪ぃ……。おまけにさっきは不安だったけど、今度は怖くなったきたぜ」


「ようやく理解が及んだと言うことだ。その気持ちを忘れないように。とはいえ常に気を張っている必要もないが……。そうだな……今後、様々な状況はあるだろうが、これで大丈夫。そう思ったときは、今の会話を思い出すのだな」


 そう言うと、メルは毛布に包まって横になる。会話を打ち切る気だろうか。そう弘が思ったところへカレンの声が飛んできた。いや、本人が駆け寄ってきている。


「サワタリさーん。私、クジ引きで一等になったんです! 今晩は隣りで寝てもいいですよね!」


「え? あ、ああ。うん……」


 先程までメルと重い話をしていただけに、弘は些か面食らっていた。が、このカレンの明るさを見て、少しだけ気分が楽になった気がする。


「サワタリ! 風呂とトイレの使い方を教えて欲しいのだが!」


 今度はグレースの声が飛んできた。見れば、女性陣が風呂トイレへ通じる扉の前で集まっている。そう言えば、使い方を教えるつもりで居たのをすっかり忘れていた。弘は「わかった!」と返し、メルに目を向ける。メルは毛布にくるまった状態で手だけ出し、ヒラヒラ振って見せた。どうやら、行けとのことらしい。


「……」


 無言で立ち上がった弘は、まとわりつくカレンを連れてグレース達の元へ歩き出した。と言ってもトーチカの中であるから、ほんの十数歩だ。その間にもカレンが色々と話しかけてくる。


「二等はシルビアなんです」


「この鉄の小屋……お風呂やトイレまであるなんて凄いですね!」


 等々。一方、会話相手たる弘は、勢いに押されて「ああ」だの「おう」だの相槌を打つしかできなかった。しかし、カレンが来たことで持ち直しつつあった気分は、今ではすっかり晴れて楽しさを感じてもいる。


(けど、不思議だな。なんつ~か。楽しいは楽しいんだけど……心のどっかでピリピリしてるってか、気を抜いてない部分があるってのか……。何なんだろうな、これ……)


 よくわからない。だが、悪い状態ではない気がするので、そのままにしておくことにした。それに今は、カレン達の相手をするのが優先だ。

 そうして離れて行く弘を、メルが寝返りを打って見つめている。

 彼にとって異世界から来た召喚術士……ヒロシ・サワタリは、重要な研究対象だ。その強力な召喚術に対する興味は尽きることがない。こうしてパーティーの一員となっていれば、これから先も様々な召喚術を見ることができるだろう。


(複数の女性を連れ歩いて、誰かが死んで挫折……。それで塞ぎ込んで引き籠もる……などと言う状態になられては困るからな。説教みたいなことを言ってみたが……)


 メルが見たところでは、そこそこ上手くいったようだ。

 このように、先程の弘に対して行った会話は、メルの利己的な目的から来たものだったが、無論それだけではない。パーティーを組んで冒険する程度には親交のある若者が、愛する者を失う姿など見たくはなかった。


(なにより……それで落ち込まれでもしたら。妻を亡くしたときの自分を思い出すようで嫌だしな) 


 なんだ、やはり利己的じゃないか。弘に対する会話動機を自分で考察していたメルは、ククと笑う。

 今、彼の視線の先では、カレンに手を引かれ、ウルスラには背を押される弘が、浴室へ通じる扉に連れ込まれようとしていた。シルビアは渋い顔をしているが止める気はないようだ。グレースとノーマは苦笑しながら、傍らに立って弘達を見ている。

 女性過多ではあるが、良いパーティーだとメルは思った。


(私も、再婚相手でも探してみるかな……)


 そう声に出さずに呟くと、彼は湧き出てきた睡魔に身を任せたのである。



◇◇◇◇



「ふあ……。ハア……」


 目が覚めた。弘は上体を起こすと頭をバリボリ掻き、寝ぼけ眼にて周囲を見まわす。まず左隣ではカレンが居て寝息を立てており、右隣で同じようにしているのはシルビアだった。この配置は、昨夜のクジ引きによるものである。


(年下の恋人……。それに尼さんと添い寝か……)


 寝起き頭が急速にシャッキリしたものとなり、股間に元気が宿っていく気がした。事実、元気になってはいる。


(やりて~なぁ……)


 パーティー内女性は全員が恋人だ。誰に手を出しても良い状況なのだが、今この場で始めるのは難易度が高すぎた。男性のメルが居るし、恋人達も複数プレイや環視プレイなどは断るだろう。


(俺だって、そういうのは今のところ趣味じゃない)


 グレースなら大丈夫としても、弘自身は、もう少し回数をこなしてからの方が良いと思っていた。


「ん……。サワタリさん……」


 寝言だろう。カレンが弘を呼ぶと、そのまま擦り寄ってきた。肩の辺りで切りそろえた金髪(と言っても、背の方は腰の辺りまで伸ばしている)が頬にかかっており、実に可愛らしい。すると今度はシルビアが「サワタリ殿……。それは、駄目れす……」と言いつつモゾモゾしだした。


(何の夢見てんだよ……)


 2人の寝顔をこれほど近くで見たのは初めてだったが、片や美少女であり、もう一方は美女。その美麗な寝顔は見飽きることがない。


(まじまじ観察するのも悪いか……)


 他のメンバーに目を向けると、少し離れた右方でグレース、ノーマ、ウルスラの3人が固まって寝ているのが見えた。聞けばクジの順番は、カレン、シルビア、グレース、ウルスラ、ノーマの順であったとのこと。弘の隣をキープできないのなら……と、あの場で固まって寝ることにしたらしい。メルはと言うと、こちらは弘達の左側の少し離れたところで寝ていた。


(昨晩は、あれから風呂やらトイレやらで大騒ぎだったっけな……)


 トーチカ召喚時にオプション的に付けた浴室やトイレ。それは元の世界で言うビジネスホテルの設備を意識したものであり、その利便性にカレン達が感動して大いにはしゃいだのだ。弘などはグレースとノーマによって、危うく浴室内まで連れ込まれるところであった。


(備え付けのボディソープやシャンプーにも感動してたっけな……)


 こちらの世界にも似たものはあるそうだが、召喚品の液体石鹸などの方が効果は高いようだ。


(ん? そう言えば……)


 乗り物や小屋等の建物。刀剣類や銃火器。そして撃ち出した砲弾や銃弾。これら召喚品は、召喚してから一定時間が経過すると消滅する。乗り物の類については以前からわかっていたことだし、銃弾に関しては地面に撃ち込むなどして確認済みだ。

 では……今使用中のトーチカに追加召喚して付けた、風呂トイレ。そこに備わっているボディソープやシャンプー。これは、使用中はともかくとして、使用後はどうなるのだろうか。


(消える……んだよな?)


 召喚品に例外は無い。ボディソープであろうと間違いなく消えるはず。ここで弘が危惧したのは、召喚品で洗髪等した場合。その召喚品が消えたら、洗った結果も消えるのではないか……というもの。


(いや、大丈夫だ……。戦闘中に撃って倒した相手が、銃を消したら怪我が治ってた……なんてことは無かったし)


 恐る恐る手を伸ばす。その先にあるのはカレンの顔であり、頬にかかった金の髪だ。


 サラリ……。


 軽く指ですくった髪は、細かく別れて指の間を滑り落ちていく。まさにサラサラヘア。

 風呂上がりの女性陣が、自分の髪を触り「普段使ってる石鹸より凄い!」と騒いでいたが、こうして触れてみると効果の程が良くわかる。


「……」


 あの評判の良かったボディソープは今も浴室にあるはずだが、弘はステータス画面を展開し、召喚品消去を選択してみた。これでボディソープは消えたはず。カレンの髪は……どうなっているだろうか。


 ……すっ……さらり……。


 先程と同じように、カレンの髪は指を滑って落ちた。

 つまり、召喚品のシャンプーで洗髪をし、後でシャンプーを消したとしても髪の汚れは戻ることがない。それが証明されたわけだ。

 ただし、これは弘が気になったことの一端でしかない。むしろ、次に検証したいことの方が重要だ。


(追加召喚したトイレは水洗式だけど……。ああいう風に召喚品から出る水って、飲んだらどうなるんだ?)


 洗剤は消えても洗った事実は消えない。

 では、召喚品から湧く水を飲むとどうなるのだろうか。喉が潤された感覚は消えないだろうと弘は思う。だが、水分補給した事実は消えるのではないだろうか。


(飲んだりして躰に入った水が消えるんだからな。……これも、そのうち実験してみるか)


 さすがに水洗トイレの水を飲む気にはならない。いかに召喚したての品で清潔であろうともだ。では洗面所にある蛇口の水を……とも思うが、召喚品目の中にはキッチンセット一式があったりする。これは単体召喚が不可能な品で、小屋等にオプションとして追加する品だ。例えば暫くの間、このキッチンセットの水だけを飲んで、その都度キッチンセットを消し……それで喉が渇かなかったり、脱水症状にならなければ。

 飲用した召喚品由来の水が、召喚品消去をしても消えることはない……ということになる。


「実験するなら、メルと相談しながらだな……。ん?」


 キュッと指が締めつけられた。

 カレンの髪を弄っていた指が掴まれたのだが、誰が掴んだのかと言うと……。


「えへへ。サワタリさん~。おはようございます」


「カレン、起きてたのか。おはよう……っと、髪とか触って悪かったな」


 考え事をしていたとは言え、そして相手が恋人だとは言え、寝ている女の顔やら髪やらを勝手に触ってしまった。自分の『しでかしていたこと』を認識した弘は、即座に謝ってみせる。


(族の集会ん時に聞いたことがあるぜ。女は寝顔を見られるのを嫌がる! レディースの子らがそう言ってた!)


 果たしてカレンは怒るだろうか。いや、ひょっとしたら泣くかもしれない。この先の展開を想像し、弘は追い詰められた気分となったが……。

 意外やカレンは怒りはしなかった。両手を突いて躰を起こすと、ずれ落ちる毛布もそのままにニパッと笑う。


「それで~……この髪、どうですか? お店で買える石鹸を使っても、ここまでサラサラにはならないんですよ?」


「お、おう。凄い綺麗だ。え、え~と……て、手触りも良かったし」


「そうですか! うぁ~! サワタリさんに褒められちゃった、嬉しい~……あ、顔を洗ってきますね!」


 顔を赤くして照れたと思いきや、パッと立ち上がって浴室の方へ駆けて行く。その切り替えの速さと言うか、行動の速さに弘は目を丸くした。そのまま暫く硬直していた弘であったが、やがて自分に向けられる複数の視線に気づく。

 一番に気がついたのは、右斜め下からのもの。カレンとは反対側で寝ていたシルビアだ。厳しい目つきさえ何とかすれば『ゆるふわ系のお姉さん』で通るであろう尼僧は、いつもどおりのキツい目で弘を見上げている。心なしか頬が膨れているように見えるのだが、気のせいだろうか。


「サワタリ殿。寝ている婦女子の顔を見たり、髪を触ったり……。感心しませんね」


「うっ……。すまん……」


 お説教が始まる。そう思った弘は咄嗟に謝った。先程、カレンに謝ったとき、カレンが気にした様子はなかった。だが、このシルビアは既に立腹している。今度こそ叱られるか……。

 だが、そうはならなかった。

 躰を起こしたシルビアは、その頬を赤く染めて目を逸らしたのである。


「サワタリ殿……。その……私の髪も確認していただけますか?」


「は? 髪……触れって?」


 シルビアの口から出た言葉とは思えない。確認するように声を絞り出した弘は、数秒間硬直したが、その視線はシルビアの髪に向けられた。ウェーブのかかった黒髪は、少し青みがかった色をしている。西方人の血が混じると、こういう髪の色になる……というのはメルから聞いた話だ。


「……触っていいんだな?」


「どうぞ……」


 短く答え、シルビアは瞳をとじる。まるでキスをする直前のような仕草。それを間近で見た弘は生唾を飲み下した。ともすれば震えそうになる手を伸ばし、シルビアの顔の横を流れる髪。そこに指を差し込む。

 やはりカレンと同じく、サラサラの手触りだ。


「んっ……」


 髪以外に触れてはいないが、シルビアが小さく呻く。そして、その声を聞いた弘が手を引くと、シルビアはジッと見上げ聞いてきた。


「どうですか? 私の髪もサラサラでしょうか?」


「うん。間違いなく。それに触ってて気持ち良かった」


 もう少し女性相手の会話が得意であれば、グルメ漫画の料理批評のように言葉を並べ立てただろう。しかし、弘には他者を感じ入らせる美辞麗句など思い浮かばない。ついさっき似たようなことがあったが、カレンにも大したことは言えなかった。


「そ、そうです……か。フフッ……」


「ん?」


 内心舌打ちしたい気分の弘であったが、シルビアが嬉しそうに笑うのを見て、自らの表情を驚きのそれに変える。いや、シルビアは恋人なのだから、同じ恋人のカレンと同じような反応を示しても変ではない。ただ、日頃お堅いシルビアが、このように嬉しそうにするいうのは、これは……。


(すげぇ可愛い! これがギャップ萌えってやつだ! 心臓が跳ね上がったぜ!)


「シル……」


 続けて声をかけようとしたが、ここでシルビアが立ち上がり「顔を洗ってきますね」とカレンの後を追って立ち去ってしまう。やはり起き抜けだから、洗顔してサッパリしたいのだろう。それに化粧等もしたいはずだ。

 そもそも顔を洗ってサッパリしたいのは弘も同じなので、立ち上がろうとしたが……。ここで、シルビアと入れ違うようにして姿を見せた者達に目が行く。


「ヒロシ。楽しそうにしてるじゃないの」


 右隣に膝を突いて腰を下ろしたノーマが言い、左隣に回り込んだグレースが耳元で囁きかけてきた。


「主よ。カレンとシルビアの髪は……触り心地良かったか?」


「私達も~、髪の手触りを確認して欲しいの~」


 最後に訴えたのは、正面に立つウルスラだ。


「お前ら……」


 皆が皆、髪の手触りについて言い寄ってくるので、さすがに弘も辟易とする。だが、ここで面倒くさがっているようでは彼氏とは言えない。恋人達の要望には、可能な限り付き合うべきだろう。


(ムチャクチャな我が儘を言われてるんじゃないんだしな)


 この後、自分達は朝食をとり、ダンサラスらと戦うための準備を行う。それは罠の設置であったり、各自の待機場所を決めたりなどだ。恐らくは大いに忙しく、体力を消耗することになるだろう。


(その前の……ちょっとした息抜きってやつだ)


 ついでに言えば、せっかく恋人らがその気になっているのだから、思う存分、髪の感触を楽しみたい。そうと決めた弘は、まずはすぐ隣りで居るノーマの髪を触らせて貰うべく、彼女に話しかけながら手を伸ばすのだった。


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