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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百六十九話 東の森

 ガアアアア。


 陸上自衛隊の装甲車両……96式装輪装甲車が、夕刻前の街道を東に駆けていた。

 日本国内ではなく、外国の戦地でもなく、別世界の地道をひた走っている。

その操縦席には誰も座っておらず、弘を始めとするパーティーメンバーは後部乗員室に居た。現在、96式装輪装甲車は与えられた命令の下、自律行動にて走行中なのである。


「馬車……ではないのでしょうが。御者役が居ない乗り物というのは……。何とも妙な乗り心地ですね」


 シルビアが苦笑気味に言うので、弘も笑いながら頷いた。


「召喚してる俺が言うのも何だが、シルビアの言うとおりだ。けどまあ、勝手に動いてくれてるんだから楽と言っちゃあ楽だよな!」


 弘の召喚術で召喚される道具類。その中でも乗り物系の品は、ほとんどが自律行動可能だ。これは弘がレベルアップすることで得た解放能力『自律行動』によるもので、特定の召喚具を自律行動させるというもの。とはいえ、複雑な思考能力は無く、一々指図しなければならない。言うなればゴーレム化に近い能力であった。

 弘が96式装輪装甲車に命じたのは、『街道を走って東の森へ行け』『通行人は避けろ』『襲ってくる奴が居たら機銃で応戦』の3つ。後部乗員室で居ると、たまに右に左にと車体が揺れるため、装甲車が何かを避けているのが体感できた。


「お? また通行人を避けたみてーだな」


 弘は肩越しに背後を振り返る。と言っても窓が有るわけではないので、何も見えはしない。シルビアやウルスラの位置には覗き窓があるのだが……。


「まあいいや。ところで、ウルスラとノーマ……」


 右隣、カレンを挟んだ向こうに居るノーマと、右前で座るウルスラに声をかけてみた。

 2人とも「私?」と自分の顔を指差しているが、ここで弘が聞きたかったのは2人の父母についてである。他に人も居るし、立ち入った話になるため、弘は少し遠回しに聞いてみた。

 しかし……。


「ああ、親御さんへの御挨拶ってことね。それなら気にしなくていいわよ? 私の親なら随分前に死んでるし」


 ノーマが普段と変わらない口調で言う。それもシルビアに引き続き、重い話をサラッと言ってくれた。弘は一瞬渋い顔になるも、屁の字口を気合いで元に戻す。そして改めてノーマを見た。位置の関係上、上半身を倒してカレン及びシルビア越しに見ることとなったが、澄まし顔のノーマに一言。


「悪いこと聞いちまったか?」


「別に? 仕事中にドジった両親が戻ってこなくて、ギルド預かりだった私は、物心つかないうちにこの道に進んだ。それだけのことよ。と言うか、親の顔なんて覚えてないし」


 ノーマは弘の顔を見てクスクス笑っており、気を悪くしているようには見えない。


「そ、そうか……」


 短く返した弘は、浮かせ気味だった尻を下ろしたが、そこへ右前からウルスラの声が飛んできた。


「私は~、両親が健在~」


「お、そうなのか?」


 ウルスラが言うには、彼女の家族構成は両親及び兄と妹。実家は王都では中堅クラスの商家で、兄が継ぐことになっているらしい。


「妹は学生でぇ、私とは違って~……実家に残って兄を手伝うつもりみたい~」


 自分は家を出て商神教会に入り、今に到るとのこと。


「この国はね~、女が一から商いでのし上がっていくのって難しいのよ~」


「それで宗教……おっと、教会系で商売を……か。でも、今は冒険者やってんじゃん?」


 弘が指摘すると、ウルスラは少し困った顔で笑った。神学院を卒業し、資金稼ぎのつもりで冒険者となったのだが、暫くするとジュディスが訪ねてきたのだと言う。


「『カレンを追いかけるから、一緒に組もう! ついて来て!』って言って~。正直、わけがわからなかったわ~」


 神学院と貴族学院は交流があったとはいえ、ウルスラとジュディスは多少面識がある程度。ウルスラは断ろうとしたものの、ジュディスが必死に頼んできたことと、それまで属していたパーティーが解散した頃であり、暫くの間だけ……という約束でジュディスとパーティーを組んだのだった。

 その後、魔法使いのターニャが参入し、女戦士と女盗賊(偵察士ではなく、盗賊ギルドの一員であったとのこと)も加わって、一応は冒険者パーティーらしくなったのである。


「あれ? クロニウスで初めて会った時は、ターニャを入れた3人パーティーじゃなかったか?」


「戦士と盗賊がパーティーから外れてたの~。その辺の事情は女の子の秘密~……ということで~」


「ああ、そう」


 死んで人員減……ではなかったようだ。しかし、女の秘密云々を持ち出すところを見ると、これ以上は深入りしない方が良い。そう判断した弘は気のない返事をした。


「根掘り葉掘り聞いた形になっちまったが、そうか。ウルスラは御両親が健在か……。そのうち、挨拶に行くかな……」


「んう~……」


 ウルスラが下顎に人差し指を当て、変な呻き声をあげる。


「あん? どうした? 迷惑……だったか?」


「そ、そうじゃないんだけど~……。私のところは後回しでいいから~~~……ね?」


 そう言って微笑むウルスラは、ジュディスのことを語っていたときよりも困り顔の度合いが強い。いや、困っているだけではなくて少し怒っている様でもあった。


(やっぱ家庭の事情って奴があんのか? シルビアなんかは孤児で、親は居ない扱いしてるけど……)


 それより重い、あるいは同程度の『何か』があるのだろうか。考えてみたが弘には思いつかなかった。やたら数値の高いステータス値……知力と賢明度が機能していないように思える。


(これ、毎度思うんだが何だってんだ。元がアホだと、4桁ぐらい数値があっても意味ねーってのか? ああ、知力は3桁だったっけな)


 それでいて、自分でも驚くほど察しが良くなるときがあるのだから、わけがわからない。

 弘は内心舌打ちすると、その思いを表情に出さないようにしつつ頷いた。


「ウルスラが、そう言うなら。ま、いずれは家庭訪問しなくちゃいけね~し。いずれ……だな。うん」


「お願いね~……」


 ウルスラが目に見えてホッとした表情を見せる。やはり何かあるのだろうか。再び勘ぐりたくなったものの、弘は軽く奥歯を噛むことで自制した。ウルスラとは恋人同士なのだ。だったら『いずれ』話してくれるだろう。


 ドカン! ドコココココッ!


 突然の射撃音。操縦席後部の屋根に備わった重機関銃、M2が射撃を開始したらしい。


「今度はモンスターか。もう何回目だ?」


「8回目ですね。何が出たんでしょうか?」


 弘に答えつつカレンが立ち上がった。そして天井ハッチを開けると、周囲を見まわす。

 このとき、すでにM2は射撃を停止しており、後方にモンスターの死骸が散らばっているのが見えるのみだった。


「オーク……なのかしら? それっぽいサイズの亜人型モンスターだったみたいです」


「お~う。……パンツ見えてる……」


 走行中の装甲車。その上部ハッチを開けているのだから、後部乗員室には風が強く吹き込んでいる。一方、カレンは学生服に軽甲冑……例の魔法鎧着用であるため、スカートが大きくはためいているのだ。

 カレンは弘の右隣で座っていたため、一歩前に出て立つと座っている弘の右前に立つこととなる。結果、チラチラどころではない頻度で下着が目に入ってしまうのだった。


「サワタリ……。親しき仲にも礼儀あり……だ」


 対面で座るグレースがジロリと睨め付けてくるので、弘は首をすくめる。位置的に右方のシルビアとノーマの反応はわからないが、右斜め前のメルは興味なさげに目を閉じていた。さすがにオジサンなだけあって、女性に不評を買うことのない対応だ。

 なお、そのメルの更に右側……後部ハッチ寄りに座るウルスラは、「純白パンツ~」などと言って楽しそうにしている。


「あの、どうかしました?」


 ハッチを閉めつつカレンが右隣に戻ってきたので、弘は咳払いをした。

 さて、何と応えるべきだろうか。こういう時、大人の女性であるグレースや、シルビアなどがやんわり注意してくれると助かるのだが、2人とも何も言おうとしない。

 数秒間黙した後、弘は口を開いた。


「あのな……ハッチ開けると風がスゲーんだから。スカートは手で押さえた方がいい……と思う」


「えっ……」


 このとき弘はカレンの顔を見ていない。見ながら言えるようなことではなかったからだ。だが、「えっ」と言ったカレンが顔を赤くするのは、なぜかハッキリと認識できている。


「あの……見えて……ました?」


「……おう」


 謝ったりせず、弘は肯定した。不可抗力であるからという認識によるものだが、一応、カレンが抗議するなら謝る気でいる。カレンは……どう出るだろうか。


「シルビア~。サワタリさんに下着見られちゃった~。や~ん」


「なんで、そんなに嬉しそうなんですか。まったく。もう少し、お淑やかにですね……」


 例によってシルビアのお小言が始まった。これにより、車内の緊張感……と言っても緊張していたのは弘だけのようだが、ともかく硬い空気は霧散する。

 後に残ったのは、何やら妙な羨望感。「自分も、我も、私も、弘とイチャイチャしたいなぁ」という空気だ。しかし、今は冒険依頼の現地へ向けて移動中。少しは気を引き締めるべきだろう。


(え~と……この後、どうすんだったかな?) 


 まず、装甲車の快速を活かして東の森の近辺まで移動する。そこで装甲車から降り、徒歩で森へ入って待機開始だ。


(本当なら行けるとこまで装甲車で突っ込みたいんだが、エルフなら森の反対側で獣がざわついても察知するかもしれんそうだし)


 エルフの特性に関しては、グレースが言っていたことなので間違いないはず。そして倒すべきエルフ氏族の長が、供回りと姿を見せるまで。ノーマとグレースの指示で簡易な罠を設置したり、潜伏場所を決めて分散配置したりと、やることはそれなりに多かった。

 後は近日中に『標的』が来るのを期待し、森の中で待つだけ。


(やって来たら、グレースに恨み言を言いたいだけ言わせて、それで戦闘開始か。他の連中はともかく、相手の族長はグレースにトドメを刺させてやりたいもんだ)


 氏族を滅ぼされ、慰みものにされ、奴隷として売り飛ばされた。その恨みは如何ほどだろうか。同じ目に遭わされたことのない弘にしてみれば想像を絶する。


(いや……こっちに転移して来てすぐの頃か。拾って貰った山賊団を壊滅させられてんだよな。今隣りで座ってるカレンに……)


 当時はカレンと戦闘になりかけた弘だが、頭目ゴメスの指示によって思い止まっていた。あのまま戦っていれば、レベルも低かったことだし間違いなくカレンに殺されていただろう。


(そのカレンが今じゃ恋人の1人なんだからな。世の中ってなぁ……)


 面白い。そう思い、弘は薄く笑った。

 視線を操縦席の方に転じると、そこには誰も座っていないが、装甲車は指示どおり走ってくれているようだ。先程も遭遇したモンスターを排除してくれたようだし。


(任せておいて良さそうだな)


 こういった車輌や航空機タイプの召喚品は、召喚してから一定時間は使用可能だ。また、弘が接してMPを補充する限り消えることもない。

 自律行動をさせ、単独で戦わせているとそうはいかないが……。


(召喚するときに追加でMP消費したら、搭載火器の弾数が増えたりするんだよな~)


 現物を召喚しているのではなく、MPで再現した品を召喚しているのだから、そういったことも可能なのだろう。このあたりは、ステータス画面から閲覧できる召喚具の解説には記載が無かったことだ。この『現象』に気づいたとき、弘は「んなことぐらい、ちゃんと書いとけよ! 不親切な取説だぜ!」と憤慨したものである。


(まあ、便利だからいいか……)


 その後、二度ほどの休憩を挟み、96式装輪装甲車は東の森付近へ到達している。ただ、夜の到着になってしまったため、森に入るのは夜が明けてからということになった。


「夜の森かぁ……。嫌なこと思い出すよな。転移してすぐに、ゴブリンに追い回されたんだっけか」


 街道外のちょっとした立木の中。そこで駐車した96式装輪装甲車から降車すると、弘は茂みを掻き分けて外に出た。この位置からでは距離的に街道は見えない……はずだが、レベルアップにより強化された視力は、闇を通して街道をうっすらと視認させてくれる。


「器用度が高いからか? オツム以外のステータス値は、割りと数字どおりなのにな~」


「ん? 何か言ったか?」


 後方の藪を掻き分け、グレースが現れた。

 王都ではローブを着用し、フードを深く被っていた彼女であるが、今は草色を基調としたエルフ族の衣装を身にまとっている。幻術の首飾りも機能をオフにしており、その長い耳が月明かりに照らし出されていた。

 綺麗だな……と弘は思う。

 金髪の白人女性。ハリウッド映画に出演してもおかしくないほどの美貌。本当に綺麗だ。

 こうして2人きりで居ると、この絶世の美女の恋人が、本当に自分で良いのかと考えてしまう。


「いや、月が綺麗だなぁ……と」


 見上げた空には、この世界の月が浮かんでいた。以前、突然現れたウサギ模様は相変わらずそのままであり、消えてはいない。


(あの模様が出た途端、周りの連中は昔から模様があるみたいなこと言ってるんだっけ。マジ、変だよな……)


 この件に関して騒ぎ立てると、気が変になったと思われかねない。故に黙っているが、そのうち同じ召喚術士の西園寺公太郎や犬飼毅。彼らと話し合ってみたいと弘は思う。


「ときにグレース」


「なんだ?」


 隣りに進み出てきたグレースに弘は笑いかけた。


「どうよ? 娼館が燃えて、俺が身請けして、氏族の仇討ちを手伝うって約束して……ついに、ここまで来た。その御感想は?」


「一言で言えば、感無量……だな。ただ……」


 伏し目がちに言っていたグレースは、弘の顔を見上げる。その瞳には戸惑いが感じられた。


(てか、目が泳いでるぞ。なんか言いたいことでもあんのかよ)


「ただ? 何だよ、言ってみろよ。らしくねぇな。ずばっと言っちゃえ」


「……主の中で、我はどういう性格付けになっておるのか。一度、じっくりと聞いてみたいところだ」


 少しむくれ気味の様子だが、言っているうちに元気が出てきたのか、グレースはハアと溜息をついた。


「いや……な。仇討ちが叶うのは本当に嬉しい。我1人のことであれば諦めもついただろうが、氏族全員の恨みを晴らすとあっては、何としても成し遂げたい。ただ……そう、ただ主やカレン達を巻き込んだ件については、いまだに……な」


 皆が納得ずくで同行しているのはグレースも承知している。だが、やはり割り切れない部分もあるのだ。


「あのゲス極まる男のために、主が、カレンが……他の皆が怪我でもしたらと思うと、それだけで胸が締めつけられるのだ。……小娘みたいなことを言ってすまんが……」


「それを言いたくて、俺の後をついて来たのか? みんな気にしてねぇって言ってたろ?」


「いや、実は……」


 仇討ちの戦いが迫っているし、思うこともあるだろうから、2人で話でもしてくるように。


「と、カレンに言われてな……」


「へ~。カレンがねぇ……。そう考えると、こういう時にグレースだけ来るってのも……」


 変。妙。意外。どの言葉を続ければ良いのか迷った弘は、結局言葉に詰まった。その様を見てグレースがクスクスと笑う。


「そうだな。皆、主と一緒に居たいものな……。だが、今は……今だけは……」


 スッとグレースが寄り添ってきた。


「我だけのヒロシ・サワタリだ……」 


「グレース……」


 ほとんど密着と言って良い状態となったところで、弘はグレースの腰を抱く。グレースは抵抗することなく、むしろ腕を回して彼女の方でも抱きしめてきた。 


「んう……サワタリ……」


 唇が重なり、少したってからどちらからともなく顔を離している。


「あ~……なんかこう、ムラッとしてくるな」


 実のところ、弘は1人で行動している時以外、娼館に入っていない。ノーマやシルビアの目をかいくぐって風俗通いというのが困難だからだ。よって性的欲求は溜まり気味となる。こういう状況でムラッとくるとは、ムードも何もあったものではない言い草である。しかし、意外なことにグレースは同意を示した。


「そうだな。我も同じだ。久しぶりに抱かれたい……。が、ここは我慢しておくとしよう。以前の職場ならともかく、人に見られたり、声を聞かれるのは恥ずかしいのでな。なにより……」


「ここでおっぱじめたら、カレン達が見に来るかも……か」


 それは確かに困る。だが、見られながらのプレイもアリかもしれない。何しろメル以外は全員が恋人だ。


(新たな性癖に目覚めそうだぜ……)


「考えてることはわかるぞ」


 イラズラっぽく微笑みながらグレースが言うので、弘は生唾を飲み込む。


「環視プレイなら客のオーダーでやったことがあるからな。先程は恥ずかしいと言ったが……やれんわけではない。そのうち、やってみるか? 観るのはカレン達ということになるが……」


 妖艶。そう言って良い雰囲気を漂わせながらグレースが問う。問われた側の弘は、脳裏にて妄想しかけたが……。


「う~ん。そうだな。そのうちだな。」


 振り払うように遠慮することにした。前述したとおり興味はあるのだが、いざ実行するとなると、ちょっとプレイが濃すぎる気がしたのだ。


「もっとこう……色々と済ませてからがいいな。順序ってもんがあるし」


「ふむ。主がそう言うのであれば……。我は大抵のプレイは大丈夫なので、興味が湧いたなら言ってくれ」


(ん~。いつもと違いすぎる。下の話をしすぎだろ? 嬉しいけどさ)


 グレースの前職が高級娼婦だったことを考えると、これぐらいのトークはするのかも知れない。だが、それでも普段のイメージとは大きく違っている。

 これは、ひょっとして動揺しているのではないだろうか。そしてそんなグレースに対し、先程「仇討ちが叶う気分はどうだ?」とか茶化すようなこと言ったのは失敗ではなかったか。


(まいったな……)


 弘はグレースに見えないよう、頭を掻いた。しかし、その仕草は彼女に感知されたようだ。


「サワタリ? どうかしたか?」


「いや……なんてゆ~か、な。……そうだ。始末するエルフの氏族長。どんな奴か聞いてなかったな。いや、今までに聞いた話でだいたいわかるんだけど」


「ん……。ああ、そう言えばそうだったな」 


 話題転換のつもりだったが、それと気づいているのかどうか、グレースは話に乗ってくる。スッと離れた彼女が、「座って話さないか?」と申し出てきたため、弘は応じて腰を下ろした。召喚品にはアウトドアで使える折りたたみ椅子があったが、それを出している雰囲気ではない。


「奴の名はダンサラス……」


 本当の名はもっと長いらしい。グレースも本名は長いそうなのだが、氏族壊滅と共に名だけで生きることにしたとのこと。さて、ダンサラスであるが、グレースよりもかなり年上で、見た目は30代半ばの美丈夫。


「髪は……エルフの男女にありがちな金髪の長髪だな。奴の父が生きていた頃は、物腰穏やかで争い事を好まぬ男だったのだが……」


 父が事故で亡くなった後、徐々に変貌していったらしい。

 その結果、具体的に何をしたかと言うと、森の支配域を『領土』と呼び、より多くの森の恵みを得るため、隣接する他氏族に抗争を仕掛けたのだ。


「聞きたいんだけどな。エルフって言ったら、その……なんだ。自分の森の住人以外は毛嫌いしてるってイメージなんだが。そういう進んで余所様に喧嘩ふっかけるっての、嫌がる奴とか居たんじゃねーの?」


 これはあくまでも、弘が元の世界で得た知識……に由来するイメージである。情報源はラノベや漫画だ。


(中学時代はTRPGにはまってたからな~)


 高校デビューで不良化するんじゃなくて、そのままゲームオタクの方に行ってれば良かったかな……などと考えていると、グレースが「よく知っているな」と話し出した。


「確かに、穏健派というのも居たらしいが。理由を付けて追放されたようだな。ダンサラスにしてみれば逆らう者は殺したかった……と、これは本人が言っていたことだ」


 どんなときに聞かされたのかグレースは言わない。弘も聞きたいとは思わなかった。何となく想像はつくし、聞いたら聞いたで、ダンサラスを見るなり射殺してしまいそうだからだ。

 ともあれ、反対派を一掃した後の氏族は人員が減少したらしい。そのままでは他氏族との抗争など無理な話である。そこでダンサラスは、外部から兵を雇うことで対処した。


「人間の傭兵……じゃないよな? そこはエルフのプライドとかが許さなさそうだし」


「うむ。亜人の冒険者くずれを20~30と言ったところか。リザードマンやヒヒド族の者などが居たはずだ」


 ヒヒド族と聞いて弘は首傾げた。何処かで聞いたような気がする。


(ああ、クリュセダンジョンに潜ったときだ。ミノタウロスのインスンのパーティーに居たっけ、そんな奴が)


 弘が思い出したのはヒヒド族……6本腕を有する猿の亜人、エンコウのことだ。聞いた話では相当な強者だったはずだが、クリュセダンジョンの探索中に死亡している。

 しかし、人間を雇うのが嫌だからと言って、亜人を雇う。弘は「よくわからん理屈だよな」と考えていた。そうしなければならない事情があったかも知れないが、情報が少なすぎて判断できない。


「それら亜人の傭兵に関しては、金品や森への永住権を餌に雇っていたらしい。もっとも、その約定が果たされたかは、我の知らぬところだがな」


 そして方々の氏族に戦いを挑み、ダンサラスは次々に領土を拡大していった。もっとも、それはグレースらが居た大森林の中だけのことであったが。


「グレースの氏族は割りと後回しっぽかったのか?」


「まあ、我が居たのと氏族には精強な者が多かったこともあるだろう。また、我以上の強者も居たしな。そう簡単に手は出せなかったのだろうよ。……もっとも、そこをつけ込まれたのだが……」


 3年前。グレースの氏族がダンサラスらによって侵攻されたのは、その頃だ。 

 グレースが先に述べた彼女より強い者。その者の妹がダンサラスによってたぶらかされ、決戦前に行った景気づけの宴で、遅効性の毒を酒や食事に混入したのである。


「あとは……以前、娼館で主が客として来たときに話したな。氏族は全滅。我は慰みものにされた上に全裸で晒し者。その後、奴隷商人に売り飛ばされたわけだ」


 話しているうちに以前話した内容まで口に出したグレースは、ふと我に返って恥じ入る素振りを見せた。


「すまんな。我は……少し動揺しているらしい」


 思ったとおりグレースは動揺していたらしい。このように本人が言い出したので、弘は努めて静かな声で問いかけた。


「動揺? どんなことで?」


「あのダンサラスと戦うことがだ。奴は元々が実力者だ。精霊魔法については我が上だったと思うが……」


 毒に倒れたグレース達を、見たこともない強力な精霊魔法で攻撃してきたのだと彼女は言う。


「具体的には竜巻だな。我も、そして魔法使いのメルも似たような魔法を使うが、威力は段違いだった」


 その竜巻によって身動きの取れない者達は吹き飛ばされたり、切り刻まれたりしたとのこと。さすがに魔法なだけあって、自然の竜巻より恐ろしいことになっている。

 しかし、毒で弱らせた相手を高威力の精霊魔法で攻撃したとは、驚くほどの念の入れ様だ。それだけグレースや他の者達が脅威と見なされていたのだろうが……。


「あんな男と戦うのだ。皆に……サワタリに万一のことがあったら……。我は……」


「あ~……さっきも聞いたが、またそこか……」


 そういうのは気にしなくていいと自分も、そして皆も言ったはず。だが、こうまで思い詰めるほど、ダンサラスというのは強いらしい。

 弘は大きく息を吸って鼻で吐くと、グレースの両肩を掴んだ。


「グレース!」


「な、なんだ?」


「そのダンサラスって奴は、この森を吹き飛ばせるほど強いのか? どうだ?」


「い、いや……」


 驚きの表情のまま、グレースが言う。その瞳が右に左に揺れているのが、妙に可愛らしい。


「い、いくら何でも……そこまでは出来ないと思う。少なくとも、あの頃の奴であれば……」


「だったら、問題ねーな!」


 弘はニイッと笑って胸を反らせた。


「俺なら森ごと吹っ飛ばせるぜ! 最悪、逃げるくらいならできるだろうしよ! 俺や、みんなに任せとけって!」


「サワタリ……。主は……本当に……頼もしいな。色んな意味で」


 呆気に取られていたグレースは、呟くように言うとクスクス笑い出す。一方、大見得を切った側の弘は口を尖らせた。


「色んな意味って何だよ。俺はハッタリで言ってるんじゃないんだぜ? その気になりゃあ……」


 大型の爆弾を森中に配置して、一斉に起爆することで『森ごと吹き飛ばす』ことが可能である。


(他は……色々実験して試したけど。1発あたり十倍ぐらいMPをブチ込んだら、空の上に直接召喚できるのがわかってるしな)


 召喚術システムの補助システム……芙蓉が言うシステム改編により、弾体や爆薬を直接遠方に召喚して……という運用方法が規制された。そう思っていたのだが、どうやら過剰にMP消費することで、ある程度は規制が緩和されるらしい。


(もっとも、ある程度高度さがないと、MPを消費しまくっても召喚はできないっぽいんだがな~)


 よしんば空から爆弾の雨を降らせる的な攻撃ができずとも、森に入る前に火砲を召喚して配置しておくことで、似たような攻撃は可能だ。先に述べた、予め大量の爆弾を召喚設置しておく手もあるし、大型爆撃機を召喚して空爆する手だってある。


(いける……よな?)


 内心確認していた弘だが、不意にその頬を手で挟まれたことでグレースを見た。


「ぐ、グレース?」


「いや、本当に頼もしいぞ。我が主……恋人よ」


 グレースはいつもの「ぬし」ではなく「あるじ」と呼ぶ。そして手に力を込めて、弘の顔を引き寄せた。

 何となく意図が掴めた弘は、逆らうことなくグレースに顔を寄せていく。


「もう一度だけ……よいかな?」


「ああ……」


 そうして2人の唇が再び重ねられた。

 そしてそれは、先程の口づけよりも長く続いたのだった。


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