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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百六十八話 次なる行動へ

「あああ。ひどいよ、ヒロシ……」


 涙目のジュディスが弘を睨んでいる。


「全部……父様に喋っちゃうだなんてぇええええ! うああああん!」


 ジュディスは号泣しつつ、ソファ脇で立つカレンの腰にしがみついた。これを抱き留め、カレンは困り顔で「よしよし」と頭を撫でている。シルビアはジュディスの後ろで黙したまま立っていたが、やがて疲れたように溜息をついた。


「サワタリ殿。ジュディス様のお相手は私達に任せて、続きをどうぞ」


「お、おう……」


 いささか気を削がれた気分ではあるが、弘は正面で座るジュディスの父……リチャードに視線を戻した。リチャードは困り顔でジュディスを見ていたが、やがて視線に気づいたのか顔ごと向き直る。


「え~と……色々すまんかったね。あの子で本当に良いのかね?」


 弘とジュディスの出会いを聞かされたリチャードは、少し申し訳なさそうだ。が、出会いの不味さも今では良い思い出……いや、笑い話なので、弘は気にしていない。


「ジュディスがいいんですよ。そこに居るカレンとは方向性が違うんすけど、気が合いますし。何よりまあ……好きなもんで」


 そう言って笑った弘は、カレンの胸に顔を埋めているジュディスの口がニヘラと笑うのを目撃する。次いでカレンとシルビアが、ほんの少し悔しそうにしながらではあったが、感動している様子であるのも見た。


(んだよ。その『良いモノ見た!』みて~な顔はよ!)


 恋愛沙汰。その対象女性の父親と会話している場面。これを第三者に見られているというのは、思っていたよりも恥ずかしい。バツが悪くなった弘は、サッサと話を進めることにした。本当なら、もっとじっくり話したいところだが、この状況は正直言って耐え難い。


「そっちこそ良いんすか? 俺、何人もの女と交際してますけど?」


 そう。ジュディスとは交際しているが、それは多交際している女性の内の1人ということでもある。自分の娘がハーレムの一員ということを、リチャードは許容できるのだろうか。

 彼は下顎を掴むと、暫し目を逸らしてから弘を見直す。


「良くはないがマシと言ったところだな」


「……」


 弘が目を逸らさず黙ったままなので、リチャードは先を続けた。


「貴族や冒険者。金や地位や実力がある者には、確かに何人も女を抱え込んでるも……奴がいる。デカい屋敷に住まわせたり、パーティーメンバーにして連れ歩いたり……な」


 後者に関し、同じ事をしている弘としては耳の痛い話だ。思わず舌打ちしそうになったが、堪えることに成功する。それは恋人の父の前で見せて良い態度ではない。


「いや、サワタリ殿のことを悪く言ったのではないよ。先に述べた連中とは違って、君は交際女性を全員幸せにするつもりでいる。そして、それを実行できるだけの実力もある。これは娘から聞いたし、試合観戦や、本人を目の前にして納得がいったことだ」


「……俺は、ちょっと変わった能力のあるチンピラなだけっすよ。けどまあ……」


 言い始め卑屈な態度であった弘は、膝の上に置いた拳を握りしめた。


「ジュディスも、他のみんなも幸せにするのは間違いないっす……です。他のことは知りませんが、そのことだけは間違いないっす」


「そうか……」


 弘の目を真っ向から見返したリチャードは、短く呟くと表情を砕けたものに変えて笑う。


「そうか、ならいい。娘を貰ってやってくれ」


「父様……」


 ジュディスがハンカチで涙を拭いながら顔を向けた。父を見る顔は、涙で酷いことになっていたが、嬉しそうな顔が歪むと、新たな涙がこぼれ落ちる。


「……ま、なんだ。あと言いたいことは、娘を泣かせたら絶対に許さん……だな。今泣かせてる私が言えた話ではないが……」


「はは、いやまったく……」


 そう返して弘が笑うと、リチャードも笑い。やがて貰い泣きしているカレンやシルビアも笑い出した。ジュディスも勿論笑っている。ただ、やはり、その双眸からは涙が流れ落ちて止まらないのであった。 



◇◇◇◇



 話が一段落し、ジュディス達が用意した茶を飲んで一息つく。

 リチャード曰く、来客用に買った物だが高価な品ではないらしい。とはいえ、散々神経を使って会話した後であるから、喉を潤せるのはありがたかった。


「さて、ジュディスの身の振り方だが。本人は冒険者として生きていきたいとして、学院在籍のままでは問題がある」


「レポート作成か何かを理由にして、冒険者をしてたんでしたっけ?」


 ジュディスが学院を出て冒険者になったのは、試練を帯びて冒険者となったカレンに触発されてのことである。親友を追いかけて冒険者になったジュディだが、その冒険者生活が想像を超えて性に合っていた。

 そして、ズルズルと外出期間を超過した結果。学院から帰還命令が出され、これを無視した状態であるにも関わらず、弘と合流するため王都へ戻って来たところ……父リチャードに捕まったのであった。


「退学するってことになるんすかね?」


「いや……家の話を持ち出して恐縮だが。自主的にとはいえ退学するのは、今後の私にとって多少都合が悪い。悪い噂や……笑いモノになるとか、そういうことだな。私が耐えれば済む話かもしれん。が、我が儘言って家を出るんだから……少しは協力して欲しいんだ」


 剣腕もあり頭も回る様子のリチャードであるが、その彼を持ってしても騎士生活は難しいらしい。やはり下位とは言え貴族。弘がイメージしていたとおり、華やかな一方でドロドロしているのである。


「ジュディスには一度学院へ戻って貰い、休学の申請を出して貰う。今は自宅謹慎中となってるが、その前が『無断外泊』だからな。学院側の心証が悪いんだよ」


 その後、ほとぼりが冷めた頃を見計らって退学届を出すのだ。


「ジュディスも、このぐらいならやってくれるだろう?」


「う、うん! 学院で休学届を出してくるわ!」


 元気を取り戻したジュディスがフンスと胸を張る。その様子を見た室内の者達は、一様に気を緩めた。

 ジュディスを自由の身にするという目的。それが、一応の解決を見たのである。


「さて、後は何を話そうか……。そうだ。サワタリ殿は、闘技場で甲冑や武器を取り出していたな。ジュディスや先程のサワタリ殿から聞いた話では、召喚魔法ではなく『召喚術』というモノらしいが……」


「やっぱ、あまり聞かない話なんすか?」


 この世界に転移してからというもの、召喚術士に関しては極一部の人間や亜人、ドラゴンなどから聞かされただけだ。魔法職のメルは知らないという事だし、やはり有名な存在ではないように思える。


「知らないな。いや、異世界から来た者がいる……という話は聞いたことがある。だが、それが召喚術士かどうかまでは……」


「そうっすか」


(本職の騎士さんも知らねぇ? 山賊団で……頭目のゴメスさんは、昔使えてた騎士様から聞いたって言ってたけど。いや、ゴメスさんも転移者について言ってただけか……)


 弘は、ふと考えた。

 自分はディオスク闘技場や王都闘技場において、多くの人に見える形で召喚術を使っている。聞いた話では、この王都に居るというキオ・トヤマも召喚術らしき魔法を使うとのこと。


(他には西園寺さんや毅の奴も居るし……。これって百年か二百年に1人ってより多めなんだよな?)


 今いる異世界から来た召喚術士。弘や西園寺達は、一時代分としては人数が多いらしい。しかし……だ。自分達のような毛色の変わった能力者が行動していれば……その時々の人数が少なくとも、もっと伝説や伝承となって知れ渡っていて良いのではないか。


(今まで極一部で知られてるだけかと思ってたけど。ひょっとして、そうじゃないのか? 他に理由があるとか?)


 よく解らない。内心、小首を傾げていると、リチャードが話しかけてきた。


「で、話を戻すんだが。その召喚術を一度、間近で見てみたいんだ。構わないかな?」


「俺の召喚術を?」


 この世界では珍しい能力だし、見てみたい気は理解できる。何しろパーティーメンバーの魔法使いメルが興味津々で、事あるごとに実験に付き合わされるくらいだ。

 弘はカレン達のキョトンとした様子を一瞥し、リチャードに対して頷いて見せる。


「いいっすよ。部屋の中で大きいのは無理だから、まずは手持ち武器ってところっすかね」


 言いながら弘はステータス画面を展開した。これは召喚術士以外には見えておらず、思うだけで操作が可能である。パパパッと幾つかのウインドウを展開し、選び出したのは……。


「俺の居た世界……ああ、国で使われてた刀……。いや、剣っす」


 召喚した虎徹を鞘付きのままで手渡す。テーブル越しに受け取ったリチャードは、弘の許可を得た上で虎徹を抜いた。


「ふむ……。片刃……反りがあるのが何とも珍しいが……。これは、美しい剣だ……」


 虎徹は日本刀の中でも反りが浅い方だが、それでも彼にとっては珍しいようだ。暫く観察していたリチャードは、虎徹を鞘に収めると弘に返却する。


「闘技場では、弓ではない飛び道具も持っていたようだが?」


「そういうのも出せますけど、見ます?」


 虎徹を消しつつ聞くと「見せて貰おう」とのこと。

 飛び道具……実はボウガンの類も召喚武具に追加されているが、リチャードが見たいのは銃器の方だろう。闘技場で使用したパイファー・ツェリスカは大きすぎるので、トカレフを召喚する。

 音も無く出現した旧ソ連製の軍用自動拳銃……L型の鉄塊を、リチャードは物珍しそうに見た。


「これが……火を吹くのか? 闘技場で見たのとはサイズが違うようだが?」


「色々と種類があるんすよ。闘技場で使ったのは、ありゃデカすぎて……ああ、持ってみます?」


 先程の虎徹と同じように、トカレフもリチャードに手渡す。今度は可動部があるので、リチャードが使用方法を知りたがった。


「あ~……。いや、まあいいか。そこを握って、それで……」


 弘は苦笑いしながらではあったが、聞かれるまま操作方法を教えていく。と言っても実銃を模した召喚武具なので、引き金を引くだけで発砲可能なのだ。

 やがて一通り学んだリチャードは、拳銃のグリップを握ったまま手をテーブル上に置いた。見た目には銃をテーブルに置くような仕草……しかし……。


「サワタリ殿……」


「なんすか?」


「申し訳ないが、気が変わった。やはり君に娘はやれんな」


 チャキ。


 教わったばかりの動作。いささかもたついてはいるが、リチャードは手に持ったトカレフの銃口を弘に向けた。


「父様!」


「おじ様!?」


 怒り混じりのジュディスの驚きと、戸惑ったようなカレンの声。それらを聞きながら、弘は平然と銃口を見た。そして、リチャードに視線を転じつつ言う。


「気が変わった理由は?」


「変わるも何も、最初から君を認めちゃいなかったのさ。何処の馬の骨ともわからない冒険者風情に、大事な娘は渡せない……ってね」


 そう言ってリチャードは、口髭の角度を笑みによって変えた。これを聞きジュディスが立ち上がろうとしたが、弘が視線で制する。


「で? それで俺を撃つつもりっすか。闘技場で見てたなら、それを撃つとデカい音が鳴るのは知ってますよねぇ? 宿舎……官舎でしたっけ? 建屋中の騎士さんが集まってくるっすよ? 俺を殺したりしたら、マズいんじゃないすか?」


「それは君の心配することじゃない。私が聞きたいのは、『娘さんは諦めます』……だ」


「断るっす」


 すうっと弘の目が細められ、チンピラが通行人に因縁つけるように唇が歪む。


「こりゃねぇ、男と女の色恋の話なんすわ。ここに来たのは、そりゃあジュディスの謹慎を解いたり、自由の身にしたりってのが目的だけど。俺達、お互いに好き同士っすから。これについちゃあ、親父さんが嫌って言っても『ハイそ~ですか』って引っ込むつもりはネーんですよ。そこんとこ、わかって欲しいんすけどねぇ」


「この銃とやらで撃たれてもかね?」


 チャッ。


 手首を微かに揺らすことで、銃口が振られる。元居た世界の一般人なら、それが例えオモチャの銃であったとしてもイイ気はしないだろう。ましてや実銃ときては、恐怖におののく可能性が高い。しかし、弘は鼻で笑い飛ばした。


「撃たれても……っすねぇ。俺がジュディスを好きな気持ち、舐めて貰っちゃあ困るっす」


 こうして口に出すと、改めて実感できる。

 自分はジュディスが好きだ。出会いの不味さは今でも思い出せるが、その後にパーティーを組んでたときのことや、これまでの会話などを思い出すに、カレンとは別方向で気が合う。一緒にいるだけで、ノリが良い感じになるし面白い。ジュディスが楽しそうに笑っていると、自分も楽しい気分になる。

 何より、彼女が好きだと公言することに迷いがない。自分はジュディスが好きで、彼女が必要なのだ。

 だから、ここは一歩も引くわけには行かなかった。

 ギッとリチャードを見据えると、リチャードは一瞬見返してきたが、やがて大きく息を吸って……吐き出した。


「……わかった。私の負けだ」


 トカレフをクルリと回して銃口を自分に向け、弘に返却するべくテーブル上に置いて見せる。


「試すようなことをして悪かったね。この償いは、いずれ……」


「気持ちだけ貰っときますよ。別に今……悪い気分じゃないもんで」


 これを聞いて肩をすくめたリチャードは、涙目で睨んできているジュディスを見て苦笑すると、ふと思い出したように口を開いた。


「私を叩きのめすか、娘を諦めるか。どちらかの行動に出るかと思ったんだが、まさか攻撃を身に受ける覚悟だとはね。もし、私が撃っていたらどうする気だったのかな?」


 トカレフを掴み上げていた弘は、ニヤッと笑う。


「瞬間的に防具を召喚装着して耐える……とかっすねぇ。それに……そもそも引き金を引きそうになったら、この召喚武具を消すつもりだったし」


 言い終わると同時に、掌中のトカレフが消失した。


「俺が死ぬにしろ、親父さんがブチのめされるにしろ。銃声を聞いて人集まりぃ~の、大騒ぎ! ってな、マズいんでしょー? ねぇ?」


 つまり、トカレフを使ったリチャードの脅しは、最初から何の効果も無かったのである。


「なるほど。そう言えば、さっき剣も消していたな。くっくっ。はーっはははは!」


 額に手を当てたリチャードが盛大に笑う。合わせるように弘も笑い出す。先程も笑い合ったが、今度こそ互いに本心からの笑いだった。   

  


◇◇◇◇



「で、結局、ジュディスはグレースの仇討ちに参加できずじまいか」


 宿舎を後にした弘は、誰に言うでもなく呟いている。

 リチャードはジュディスの休学、そして1人の冒険者として独立することを認めてくれた。更にリチャードから、「私の場合は、私自身が元冒険者だから。冒険者に理解があるだけだから! そこのところを勘違いして、他の娘さんのときに失敗しないように!」とありがたいアドバイスを頂戴していたりする。


「他の娘さんねぇ。……考えてみりゃ『娘さんをくださいの儀式』って、あと何回やらなきゃいけないんだ?」


 カレンは両親が亡くなっていると言っていた。グレースは氏族全滅の憂き目に遭っているから、両親はこの世には居ないだろう。


「シルビアは……御両親、健在なんだっけ? 先日の……ほら、闘技試合に参加する云々の話があったとき、小耳に挟んだんだけど」


「ああ、あの時の……。聞こえていたのですか」


 左側を歩くシルビアが弘を見た。


(なんか盗み聞きしたみたいで気が引けちまうな)


 話を聞いた当時、弘達はギルド酒場の同じテーブルで居た。だから、厳密には盗み聞きとは言えない。


(耳すませて聞こうとしたのは事実だけどさ!)


 ただ、普段からきつめの表情が変わらないため、シルビアが怒っているように見えたのだ。

 一方、シルビアは鋭い視線のまま、弘との会話を続けている。

 

「では御存知でしょうが、私の場合……事情あって実家とは縁切り状態です。両親は居ないものと考えていますので、サワタリ殿に迷惑をかけることはないと考えます」


 随分と棘のある言い方だ。ただ、その棘は弘にではなく、今ここに居ない両親に向けられているらしい。


(親と何かあったのか? いずれ詳しく聞くことがある……かな……)


 リアクションに困った弘は頷いて見せる。シルビアも頷きを返し、この話題を打ち切るつもりのようだ。


(シルビアの事情は一先ず置くことにするか。……親と仲悪そうってのは覚えておかないとな)


 変に突っ込んだ話をして地雷を踏み、それで喧嘩になるのは御免被りたい。

 弘はわざとらしく下顎を指で掻くと、残る2名……ノーマとウルスラのことを持ち出した。


「あの2人には、ギルド酒場で合流したら直接聞いてみるか。立ち入った話になるが……」


 恋人同士なら、聞いてもいいのかなぁ。

 その台詞を飲み込んだ弘は、右隣を歩くカレンを見る。カレンはニコニコしながら頷いている。まるで、口に出さなかった台詞を把握しているようだ。


「へっ……」


 何だか照れ臭い気分になった弘は話題を変える。

 リチャードと別れる前だが、彼と相談したことがあった。それは先日、ウルスラと買いだしを兼ねたデートをしていたとき……幾人かの冒険者から襲撃を受けた件についてだ。


「親父さんは、騎士の同僚に聞いてみるって言ってたけど。襲ってきた連中が、誰かに依頼されてたっぽいことについちゃ、割りと深刻そうな雰囲気だったな。この王都で、冒険者が依頼されて人を襲うってのは……そんなに大ごとなのか?」


 元居た世界では、地方だろうが首都だろうが、そういった事件はあったものだ。が、その呟きを聞いたシルビアが、お説教口調で話し出す。


「当然、大ごとです。国王陛下がおられる都で、その様な事件が目に付くのは、国家として恥ですから。リチャード様の顔も険しくなろうというものです。第一、騎士団の恥ということにもなりますしね」


 治安維持の組織は別にあるそうだが、それらの上に立つのが騎士団なので、騎士のリチャードとしては無視できない問題となるらしい。


「また、単なる物取りならともかく、依頼を請けての襲撃だとすると……この王都に居る貴族等の身にも同様の危険があり得るわけで……」


(何となくだけど……理解できるかな。テロ対策とかそんな感じか……)


 自分とウルスラを襲った連中に関しては、ノーマにも調査を頼んでいる。後は再び襲撃された場合、1人ぐらいは情報を得るために確保するべきだろう。



◇◇◇◇



「お~う。みんな揃ってるな! ……どうした? 何かあったか?」


 ギルド酒場に戻った弘は、周囲の冒険者らが「おい、サワタリだぞ」と言った声を聞き流しながら、グレース達の居るテーブルへと向かった。

 が、居並ぶ面々が不機嫌そうにしているので首を傾げる。いや、1人だけ魔法使いのメルが困り顔で笑っているが……。


「メル? マジで何かあったんすか?」


「いや、実は……」


 この王都で滞在中の『異世界から来た召喚術士』と思しき男……キオ・トヤマ。彼が午前中、弘達が出発した後ぐらいで訪ねて来たらしい。本人曰く、弘への挨拶のようだったが、問題なのは去り際の台詞だ。


「パーティー人数が多いみたいだから、女性限定で引き受ける……だ?」


「うむ。確かにそう言っていた」


 空いた席に着き、右隣で座るメルの説明を聞いていた弘は……ガタリと席を立った。


「ちょっと行って、殺ってくるっす」


「まあ待て! そうことを荒立てるな!」


 踵を返した弘の袖を掴み、メルが引き留める。渋々座った弘は「あの手のスケコマしに、一々腹を立ててどうする? グレース達を見たまえ。気を悪くしているが、誰も行動には出ていない。自制が出来ている証拠だ。君と違ってな」とメルに言われ、溜息をついた。


「あ~……。まあ、そう言われると……。押しかけてどうこうってのは、取りあえず無しにしときますかね」


「そうして貰おう。私が言うのも何だが、恋人を6人も抱えているんだ。行動は慎重にな」


 お説教されているわけだが、どういうわけかメルの話は素直に聞けてしまう。学生時代、学校教師の指導に対しては押さえきれない反感を覚えたものだが……。


(マジで、何でだろうな……)


 一方、グレース、ノーマ、ウルスラの3人は、少しばかり赤面して俯いている。今のメルのお説教が胸に突き刺さったためだ。


『自制が出来ている証拠だ。君と違ってな』


 これは弘に対して発せられた台詞だが、トヤマが去ってからずっと不機嫌で通していた自分達。その態度を省みて恥ずかしくなったのである。


「トヤマって奴のことは今は放って置いてだ。ジュディスについて説明しとくか」


 気を取り直した弘は、ジュディスの父との交渉結果について説明を始めた。ジュディス自身を解放する件については、交際を認めて貰うというオマケ付きで成功している。ただし、諸々の手続きがあるため、グレースの仇討ちにジュディスが参加するのは無理のようだ。


「頭数が減っちまうが……。ま、何とかなるだろう」


 元々、グレースと2人だけで取りかかるつもりだった。ジュディスに対して申し訳ない言い方になるが、1人減ったところで問題にはならない。

 次いで弘は、ウルスラとのデート中に冒険者の一団から襲撃を受けた件。これをリチャードに話したことも報告する。


「騎士団でも調べてくれるようだけど。ノーマの方では何か聞いてっか?」


「んん。そんな日が経ってないから、そこまでの情報は入ってないわ。でも……」


 貴族らしき人物……の関係者から冒険者達に依頼があったらしい。


「今言ったとおり、貴族関連と断定できていないんだけど。いい家の使用人とか、そういう雰囲気の人物だったそうよ」


「張本人が直接殺し屋を雇ったりしねーって感じか。貴族、貴族ねぇ……。豪商の類って可能性もあったり……。うん、ややこしいな」


 そもそも、自分達は何故襲われたのか。襲撃者達はウルスラも殺害するつもりのようだったが、標的はあくまでも弘だったように思える。


「王都に来てから何日も経ってないってのに。あ~あ、俺……誰の恨みを買ったんだかなぁ……」


 誰の恨みを買ったのか。この一言を、弘は大きく伸びをしながら言っている。声は割りと大きめだったので周囲の冒険者パーティーにも聞こえていた。聞いていた者達は一様に「そりゃあ恨まれてんじゃねぇの?」と思っている。

 その根拠は、先日ゲスト出場した闘技試合の一件だ。

 弘は勝ったのだから、対戦相手に賭けた者に損をさせているはず。程度の差こそあれイイ気はしていないだろう。通りで弘の顔を見て舌打ちする者もいるだろうし、何か痛い目を見せたいと思う者もいるだろう。事実、弘自身が、ディオスクの闘技場で大負けをし、その腹いせに闘技場で戦ったりしている。

 賭け事の恨みというのは馬鹿にできないのである。

 しかし、そういった事に気がつかない弘は、適当に話題を打ち切ることにした。


「俺のことはどうだっていいや。でも、みんなは気をつけてくれよな。それで……グレースの件だけど。グレース、どうする? もう出発した方がいい感じか?」


「うむ。移動手段にも寄るが、馬で移動するなら良いタイミングで現地に着けるだろう」


 右方、メルの向こうで座るグレースが言った。が、その言葉の中で『馬』の発音が少しおかしかった様な気がする。何やら嫌そうな雰囲気だったが……。


「グレース? どうかしたのか?」


「うっ……。実は……いや、何でも……」


 伏し目がちにグレースが目を逸らす。何でもない様には、まったく見えなかった。訝しんだ弘が続けて聞こうとしたところ、左前のノーマからニヤニヤしつつの声が飛んでくる。


「ああ、そうだったわ。グレースって馬に不慣れなのよ」


「あっ、こら! そこの偵察士!」


 グレースが慌てて口止めしようとするが、席位置の関係で手が届かない。ノーマは小さく舌を出し、それ以上は喋らなかったが、弘には理解できてしまった。


「馬、苦手なのか?」


「う、うむ……。森での生活が長かったので、乗馬の機会というものがなくてな」


「へえ。地元に馬が居ないんじゃ仕方ないな。俺だって前居たところには馬なんて居なかったし。こりゃ親近感が湧くぜ」


 これを聞きグレースは安堵の息をつく。いい歳して乗馬が出来ないことを知られたら、嫌われることはなくとも評価が下がるのではないか。そう思っていたからだ。ただ、安心はしたものの、カレンから「親近感が湧くって……」と羨ましそうな視線を向けられるのは、どうにも面映ゆかった。


「そんなわけで、俺は乗馬したことね~んだ。いや、出来るかも知れんが……」


 弘のステータスの中では、『素早さ』が1638もある。この数値は器用さの度合いも兼ねているようだから、乗馬くらいこなせると信じたい。しかし、弘からすれば、やはり何日か練習したい気分なのである。


(今日までに練習とかしときゃ良かった……)


 後悔するものの、自分には馬に頼らない移動手段があった。

 それは召喚術による召喚品。ママチャリであったり自動二輪であったり、そして車輌などだ。

 ちなみに輸送ヘリなどの航空機も存在する。膨大な召喚品目の中に埋もれていて、最近まで気がつかなかったのだが……。


(ヘリなんかで飛ぶと、やたら目立つんだよなぁ。飛んでるときの音とかデケーし。あと、高所恐怖症ってんじゃないけど、飛行機が飛ぶぐらいの高さとか怖え~じゃん?)


 といった弘の心情的な理由もあって、航空機関連の召喚品の出番は中々無いのであった。ただ、重機でもやったように、ある程度の自律行動はさせられる。戦闘時には召喚して戦わせることもあるだろう。

 それに、いよいよ航空機の移動力が必要となったとき。弘は使用を躊躇うつもりは無かった。


「馬……馬車のレンタル代とかもったいないし。いや、買ってアイテム欄に収納する手が……ああ、生き物は収納できないんだった。うん、やっぱ現地までは俺の召喚品に乗っていくか」


「この人数を運べるような道具とかぁ、そんなのまであるのぉ?」


「あるよ。さ~て……何にするかな……」


 ウルスラに対して頷いた弘は下顎を掴み考える。

 馬で間に合うくらいなら車輌の類で充分だ。軍用の輸送トラックが良いかもしれない。


(いや、モンスターと遭遇することもあるし。場合によっちゃ街道外に突っ込むこともあるか。じゃ、ここは装甲車とかがいいのかも)


 カレン達には見えないステータス画面を開き、画面を指で突いていく。ジュディスの家でやったように思念操作もできるが、今は気分的に余裕があった。ついでに言えば戦闘中でもないし、せっかく見えている半透明画面。弘としては指で突いてみたいのである。


(上手く機能しね~ときはブン殴ったりするけど。まあ、ゲンコツが突き抜けちまうんだけどな)


「あ~……8人乗れる奴で……。自衛隊の車がいいかなぁ」


 ブツブツ呟きながら選び出したのは、陸上自衛隊の96式装輪装甲車。操縦士、銃手、車長の他、10名ほど乗車が可能だ。装甲車であるから弓矢はもちろん、槍で突かれた程度では内部に被害は生じないだろう。ヒロシパーティーは8人編成なので、余裕を持った乗車が可能なはず。


(自律行動させて現地までの運転を任せきりってのもいいな。屋根に付いてるのは、12.7ミリ機銃……。あ、グレネードみたいなのとで選択可能か。じゃあ、機銃がいいかな。お? 天井は4枚ハッチで空が見えるってマジか? 息苦しくなくて良さそうだ!)


 心惹かれたのは装甲厚でも火力でもなく、天井のハッチ。陸自関係者が聞いたらどう思うかは不明だが、使用車輌を確定した弘は皆を見まわした。


「使う召喚品が決まったぜ。今からでも出発できるけど、みんなの準備はどうだ?」


 確認したところ、カレンとシルビアが2階の宿泊部屋で装備を調えたいとのこと。ジュディスの家を訪問する際、甲冑等の装備や背負い袋の類は置いて行ったのだから、当然だろう。

 暫く待った後、、カレン達が戻って来たのを見た弘は、東の森へ向けてパーティーを出発させるのだった。


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