第十七話 楽しく生きる
「参考になったぜ。ありがと~な」
弘はシルビアに一言礼を言ってから、彼女らとは反対側の部屋の隅へ移動する。
壁に背を付ける形で座り、カレン達に目を向けると、寝入っているカレンがシルビアによってマントを寝具代わりにかけられているところだった。
シルビアは弘を一瞥した後で、ランタンのシャッターを下ろし消灯する。その後、ごそごそと物音が聞こえたので、どうやら横になったらしい。
(鉄格子のはまった部屋で、女2人が男と同泊ねぇ……不用心なのかな?)
いや、留置場の通路側は、鉄格子がはまっただけのスカスカだし、今は鍵もかかっていない。弘が良からぬ行動に出たとしても、カレン達が一声あげた瞬間に、門兵達が雪崩れ込んでくることだろう。
(どのみち、カレンだけでもゴメスさんより強いとあっちゃ、俺が何かできるはずもないんだけどな)
ヘッと笑いながら、弘は横になった。
(ゴメスさんか……ゴメスさんよ。あんたに助けて貰った命で、最初にやるのは、あんたを殺した奴と旅することだぜ? かまわねーのかよ?)
むろん、すでに他界したゴメスが返事をすることはない。
弘は続けて問いかけた。
(おまけに、話で聞いただけの『勇者の剣』を見に行くのが目標で、その路銀集めに冒険者になるとか……そんな軽薄な感じでいいもんか?)
徐々に弘も眠くなっていく。
(俺……好きなように生きていっちまうぜ?)
そして意識途絶。
完全に寝入ってしまった弘は、その夜、夢を見た。
以前にゴメスと語り合った……あの見晴らしの良い崖でゴメスが立っている。
どこも怪我している様子がないゴメスは、照れ臭そうに笑うと弘を指さした。
「聞こえてたぜ。ばっきゃろー。元山賊が、よい子ちゃんぶってアレコレ考えてんじゃネーよ。せっかく拾った命なんだろ? だったら楽しく生き抜いてみやがれ! お前らしくよ!」
そこまで言ってから、ゴメスは人差し指で鼻の下を擦る。
「……俺みたいな奴のこと、そこまで気にかけてくれるたーな。凄ぇ嬉しいぜ。お前とはもっと……。いや、未練ってもんだな。じゃあ……騎士様や他の連中を待たせてるから、もう行くわ。お前が死んだら、また会うかもなぁ。けど……長生きしてから来いよ! じゃあな! 異世界から来た若いの!」
「ゴメ……っ!」
気がつくと、寝たまま天井に向けて手を伸ばしていた。
ムクリと身を起こすと、反対側の壁ではカレン達が静かな寝息を立てている。
鉄格子のはまった窓からは、朝日が差し込んでいた。
「夢か……。ゴメスさん、騎士様って人と合流できたみてーだな……あれ? 死んでからの行く先が、山賊と騎士で同じって……いいのか? あれ?」
夢というのは目が覚めたら、見る間に記憶から消去されていく……断片的には覚えていることもあるだろうが、それも時とともに……。
だが、一つだけハッキリと覚えていることがあった。
ゴメスが「楽しく生きろ」と言ってくれたことだ。
所詮は夢のことであるし、弘の願望が夢に反映されただけかも知れない。
が、弘は夢で聞いたゴメスの言葉に、大きく力づけられた気がした。
(我ながら自分に都合が良くて、身勝手な感じだけどな……)
しかし、いつまでもクヨクヨしているのは、やはり自分のキャラではないように思う。
「んう……ふあ……」
カレンが目を覚ましたようだ。
戦ってるときとは印象の違う寝起き姿を見てフッと笑うと、弘は胸の前で手の平を握り締める。
「そうだな……楽しく生きてみるか」
暫くして、弘達は門兵詰め所を出た。
朝食は干し肉何切れかと、切った生野菜の岩塩かけ。
生野菜に関しては何の野菜だかわからなかったが、弘の世界で言うレタスのようだった。これは門兵がカレン達のために提供してくれた物で、それをカレンが弘に分けてくれたのである。
(なんか、ヒモみたいでイイ気がしねーな……)
と、弘は思う。
しかし現状、この見知らぬ世界で生きて行くには、彼女らの助力が必要……とまでは言わないが、ありがたいことであるには違いない。
ヒモではなく借りだと思おう。そして借りなら、いずれ返せばいいのだ。
(その辺も、俺の頑張りと根性次第か……)
「それでは、カレン様。お気をつけて!」
「はい。お世話になりましたぁ」
ゆるっとした口調でカレンが言うと、見送りの門兵達の顔がゆるむ。
シルビアも清楚な雰囲気で一礼しているが、カレンの時よりも頬をゆるませている門兵が多かった。
ちなみに、最後に門を通過した弘に対しては「もう来るなよ」とか「カレン様達に対して変な気を起こすんじゃないぞ」といった声が投げかけられている。
普段なら門兵達に噛みつくところだが、ゴメスが登場する夢を見たせいか、弘は少しばかり大らかな気分になっていた。
「ああ、気ぃつけとくよ」
そう言って背中越しに手を振る。
背後から戸惑い気味の空気が伝わってくるが、気にせず弘はカレン達について歩いた。
今歩いているテュレの外壁道は、町内部と違って石畳舗装がされていない。馬車等が対向できる程度に整地され、その上に砂利が敷かれている。道路端には側溝があって、少しばかりの流水があった。
(それなりの形に掘って、板を並べて擁壁にしてるのか……)
町内部の側溝はレンガを組み合わせたものだったが、町の外までは手が回らなかったのだろう。あるいは、予算が足りなかったか……だ。
「溝が、そんなに珍しいのですか?」
気がつくとカレンが隣にいて、弘の顔を見ていた。
その向こうにシルビアが居て渋い顔をしているのだが、これは見なかったことにする。
「珍しいって言うか、思ってたより治水に気を遣ってるんだな……ってよ」
様々なアルバイトをしてきたが、建築業者や測量士のところでも働いたことがある弘は、ほんの触り程度であるが、その手の知識があった。
「珍しいって言えば……」
弘はカレンを見る。カレンは「な、なんですか?」と頬を赤らめたが、弘が見ていたのはカレンの鎧だった。
「あんたの鎧。山賊討伐で見たときにも思ったんだけど……そんな重そうな鎧で、ああも走り回れるものなのか?」
「ああ、これですか? 実はこれ、家宝の……」
「んっ! んんっ!」
シルビアが咳払いをしたことで会話が中断した。
正直、いい気がしないのだが、昨晩も同じ事があったので「ああ事情があるんだな」と好意的に解釈をし、弘は敢えて文句を言わなかった。代わりと言っては何だが、鎧がらみの話をしていたところなのでシルビアの装備に目が行く。
「あんたも鎧とか着てるんだ?」
「え? ええ……」
シルビアは尼僧服の下に鎖帷子……チェインメイルを着込んでいた。ゆったりとした尼僧服であるから、一見しただけでは鎧着用中に見えないのだ。
(持ってるアレは……メイスってやつかな? 殴られたら死にそうだな)
戦棍とも呼ばれる武器で、鉄棒の先に数枚の板を組み合わせた縁が付いている。
鎧の防御を透してダメージがいく、打撃武器なのだ。
(つまり、カレンに何かしたらアレで殴られるってことか)
頭など殴られたら、鼻血では済まないだろう。
軽く身震いすると、弘は我が身の装備を確認してみた。
・布の服
・革の靴
のままである。
相変わらず貧弱なのだが、武器に関しては召喚術でなんとかなるし、ある程度資金に余裕ができたら革鎧などを購入するつもりだ。
カレンが「今から町へ戻って、装備など用立てましょうか?」と言ってくれたが、そこまで世話になる気はなかった。




