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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百六十六話 どう対処するべきか

 闘技場で観客から賞賛されるのは久しぶりだ。


「凄かったぞーっ!」


「もっと色々出してくれーっ!」


 そう言った声を聞きながら、弘はニヤニヤしている。 

 ディオスク闘技場で戦っていたときも考えたことだが、大勢の見ている前で召喚術を使ったのは、手の内を晒すようで確かに不安だ。が、こうして喝采を浴びるのは気分がいいし、闘技場で勝ったことで有名にはなれるだろう。

 冒険者として売れっ子になれるかもしれないわけだ。


(単に金稼ぐだけなら闘技場で頑張るのがいいんだろうけど……)


 弘としては方々に出歩いて、この世界を楽しみたいのである。また、難易度の高い冒険依頼であれば、その難易度に見合ったお宝を手に入れることもあるだろう。


(んまぁ、定期的に闘技場で稼がせて貰うのもありだけどな!)


 バサァ!


「ん?」


 気がつくと導師竜バマーが飛んできていて、ラザルスの死体の近くに降り立った。彼は暫くラザルスを見ていたが、やがて弘に向き直り近づいてくる。

 ドラゴンが二足歩行しているのは、やはり映画の怪獣王を彷彿させた。


「大した実力だ。我らの完敗だな」


「お、おう。……? それを言いに来たのか?」


「いや……」


 弘の問いにバマーは首を振る。そして彼が語ったのは、試合前に煽ったことの謝罪と、それが弘に全力を出させるためのものであったこと。更にはラザルスが強き者を求めて戦っていたことなどだ。


「それを理由に許してくれとは言わん。だが、ラザルスがそのようなドラゴンであったことを知っておいて欲しくてな」


「ふうん。まあ、いいけど。……やっぱ、殺さない方が良かったかな?」


 試合前に『死にたくない奴は事前申告しろ』と放言した弘だが、今の話を聞くと微妙な気分になってしまう。しかし、この呟きを聞いたバマーは「それは違う」と言い、ラザルスの死体を見た。


「奴には奴の拘りがあって、この闘技場で戦っていた。結果として死んでしまったが……。それは奴の選んだことだろう。死にたくなければ、私のように降参すれば良かったのだからな」


「ああそう」


 素っ気なく相槌を打った弘は、チラリとラザルスの死体に目を向ける。そこでは数名の係員とオーガーが数体集まっており、ラザルスを引きずって移動させていた。バマーによると解体されて、モンスター素材を扱う店に卸されるらしい。酷い話に聞こえるが、この処理はラザルスと闘技場との契約で決められていたとのこと。


「自分の死体は好きなようにしてくれていい。ただし、丸のまま残すようなことはやめてくれ……とな」


「ふうん……」


 自分なら剥製にして飾られるのと、バラされて売り飛ばされる。果たしてどちらの方がマシだろうか。


(どっちも嫌だな……)


 死んだ後の事はどうでもいい……気もするが、やはり火葬が一番だろうと弘は思う。欲を言うなら、焼いた後は埋めて墓でも建てて、坊さんにお経をあげて欲しいところだ。

 つまりは葬式を出して欲しいわけだが……。


「へっ。冒険者稼業で生計立てていくってのに贅沢な話だぜ……」


「何か言ったか?」


 最後の方を声に出して言ったので、バマーに聞かれたようだ。弘は「いや、何でもね~」と答え、空を見上げる。


「ともかく、試合には勝ったし俺の宣伝にもなった。ジュディスの親父さんに戦いぶりも見て貰えた……し……ん?」


 視線を空から下ろしたところで、観客席のジュディスが目に入った。彼女を探したわけでなく、尋常でない勢いで手を振ってるから目に付いたのである。


「ヒィィィロォォシィィィ! やったぁあああああ!!」


 その他大勢の観客の声を貫いて、彼女の声が耳に届く。


「声でけぇ……」


 意識して凝視すると、カメラのズーム機能のようにジュディスの姿が拡大された。よくは知らないが一段高く、身なりの良い者達が集まった観客席。ジュディスは冒険者……女戦士の装束ではなく、品の良い衣服を着ている。


(騎士様の娘さんで……貴族か。で、隣りでオタついてるのが親父さん……と)


 ジュディスの隣りに居る男……リチャードが周囲の視線を気にしながら、ジュディスの肩に手を掛けて座らそうとしているのが見えた。 

 今のところ、この試合での戦いぶりがどう評価されたのかはわからない。だが、負けたりするよりは良いはずだ。


「お次は、ジュディスん家に行って親父さんを説得……だな」


 この後、帰宅したジュディスが父に対し『冒険者として活動していた頃に、ヒロシ・サワタリとパーティーを組んでいた』と話しをすれば準備オーケーである。


(同じ王都に居るんだから、明日、お家に呼んでもいい? みて~な感じ?)


 実のところ、この時点でジュディスは、弘との関係を父に話していた。交際しているとまでは言及していないが、好意を持っていることは知られた状態である。

 その辺りを知らない弘は、ジュディスが上手くやってくれることを祈りつつ、カレン達に目を向けた。カレン達に関しては試合直前の声援により、その位置が特定できている。ジュディス達よりも下方、少し離れた……平民達の姿が多く見られる観客席だ。

 こちらもカレンがブンブンと手を振っている。グレースやシルビア達もニコニコしており、試合結果に満足しているように見えた。


「ハア……しかし、ジュディスの親父さんを説得……ねぇ。闘技場で戦ってる方が楽だな……」


 カレンに対して手を振り返しつつ、弘は呟くのだった。



◇◇◇◇



「はあああああ。サワタリさん、格好良かったぁああああ」


 腕を振り終えたカレンは、大きく息を吐きながら腰を下ろしている。ジュディスの声が聞こえ、彼女が手を振るのを見て瞬間、自分も手を振らねばと行動に出たのだ。そして弘が手を振り返してくれたことで、胸が大きく高鳴る。


「えへ、えへへへへ……」


「う~む。見てて飽きないな」


 カレンの左隣で座っていたグレースは、一声唸ってから呟いた。馬鹿にしているのではなく、心から微笑ましいと感じているのだ。


「そうだ。我もカレンのように振る舞ってみようか……」


「えっ?」


 小さく声をあげたのが誰だったかはわからない。何故なら、カレンやカレンの向こうで座るシルビア。グレースの右側で座るウルスラやノーマ。果てはメルまでもが、一斉にグレースを見たからだ。

 それらの視線を受けたグレースは憮然とした面持ちになる。


「何だ、そなたらは。我が可愛く振る舞ってはいけないと言うのか?」


「いや、ねぇ。自分の歳……じゃなかった、見た目を考えた振る舞いをして欲しいな~って思うわけよ」


 ノーマが呆れ顔で言う。普段、大人の振るまいが似合う美女。そういった人物が、カレンのような十代女子の振る舞いをして、本当に似合うと思うのか……と。


「やってみねばわからん。と言いたいが……確かにそうだな」


 その人には、その人のイメージというモノがあるか……。

 そう呟きながらグレースが頷くと皆安心したような表情になった。しかし……。


(一度、小娘的な振る舞いをサワタリに見せて感想を聞いてみるのも、……良いかも知れぬな)


 心の中で付け足したこと。これは当然だが、他の者には伝わっていない。

 グレースは楽しみが増えたとほくそ笑む。が、その微かな笑みを瞬時に封じ込めた。

 この後、ジュディスの件をどうにかするとして、それが終わったら自分の氏族の仇討ちを行うのだ。常に気を張っている必要はないが、スケジュールが押していることだし、ここは真面目に次のことを考えるべきだろう。



◇◇◇◇



「カレンよ。試合も終わったことだし、一度、ギルド酒場に引き揚げてみてはどうだろう?」


 ギルド酒場に居れば、試合を終えた弘が戻ってくるはず。皆で彼を待つのだ。


「そうですね!」


 グレースの提案を受けたカレンは、パムと手の平を打ち合わせて大きく頷いている。


「それでサワタリさんが戻って来たら、盛大に祝勝会をしましょう!」


 カレンが言うと「おお~っ」という声があがった。声の主はノーマとウルスラ。シルビアは「悪くはないですね」と控えめだが賛同してくれている。最右端で座している唯一の男性メンバー……魔法使いメルはと見ると、苦笑気味であったが反対する意思は無いようだ。

 では、すぐ隣りで座るグレースはどうだろう。

 ニコニコしながら美貌のエルフを見たカレンは、そこに怪訝そうにしているグレースを見た。どうかしたのだろうか。


「グレースさん? どうかしました?」


「う、うむ。ジュディスの件でサワタリも忙しくなるだろうし。何よりも試合の直後だ。休ませてやった方が良いのでは……と思ったのだが」


 どこか心苦しそうに言うグレースに対し、カレンは少し考えてから答えた。


「そう言われると『それもそうかな』って思うんですけど。でも、ジュディスちゃんのお家へ行くのは明日ですし。サワタリさんの勝利を祝うのは、今晩が良い機会だと思うんです。それに疲れてるかどうか……ですけど、サワタリさんは大丈夫だと思いますよ?」


「その根拠は?」


「疲れてるように見えませんから」


 言いつつ試合場の弘を見ると、進行役の男性と何やら会話をしている弘の姿が見える。グレース達も続いて弘の姿を見て、幾人かが「ああ……」と声を発した。

 こうして観客席から見たところ、弘は……普通だ。

 怪我をしているわけでもないし、肩で息しているわけでもない。ラザルスを倒した直後ぐらいは、気疲れのような雰囲気を漂わせていたが、あれとて肩の力を抜いたのがそう見えていただけだろう。

 グレースのような気遣いが不要だとは言わないが、カレンは今の勝利を今夜のうちに祝うべきだと考えていた。


「ですが、酒場で合流したときに、サワタリさんに相談してみようかとは思います。ひょっとしたら、迷惑かも知れませんし……ね?」


 そう言って締めくくり、カレンはグレースに対してウインクしてみせる。

 カレン自身は何の不安も抱いていなかった。試合には勝ったし、弘はまったくの無事。後はジュディスの解放についても上手くいくはずだ……と。

 しかし、事はそう簡単には進まなかったのである。



◇◇◇◇



 試合が終わって弘が退場すると、ジュディスは父リチャードと共に席を立った。ふと視線を巡らせれば、一般席で居たカレン達も姿を消している。


(宿舎に……家に戻ったら父様に話をしなくちゃ。ヒロシを家に呼んでいいかな……って)


 そうして弘を紹介し、彼との間柄から話に入って、できれば……そう、できれば冒険者として生活させてくれるように頼むのだ。少なくとも、学院の休学を認めて貰う必要はあるだろう。


(みんな……あたしのために動いてくれてる。頑張らなくちゃ……)


 そう気負ったのがいけなかったのかも知れない。

 はたまたタイミングが悪かったのか。

 ともかく、ジュディスはリチャードが発した問いかけに対処ができなかった。


「で? 実際、どうなんだ? あのヒロシ・サワタリとは良い仲なのかな?」


「えっ?」


 足が止まる。前方を向いたまま……いや、少し視線は下がり気味だが、そこから向きを変えられない。

 周囲を他の観客が通過していく中で、ジュディスは完全に硬直した。そして、その彼女の隣から回り込み、リチャードが前方に立つ。


「なるほど。そういうことか……」


「そ……」


 一瞬、変な声が出た。いわゆる裏返った声というやつだ。ジュディスは大きく深呼吸すると、幾分強張った顔で口元に笑みを浮かべる。


「そういうことって、どういう意味かしら?」


「ジュディスとサワタリが良い仲だってことさ。さて……父親としては、どう出るべきかな」


 怒っている風ではなかった。どちらかと言えば面白がっているように聞こえる。これは状況として最悪の部類ではない。

 ジュディスにしてみれば、「知らないうちに! 父さんは許さんぞ!」と激昂されることの方が困るからだ。とはいえ、この父の反応にジュディスはカチンと来ていた。


「どう出るべきって……。どう出るって言うのよ? あたしは……」


「ああ、わかってるとも。わかってるさ。私……いや、俺だって母さんとは熱々だったんだぞ? だから、何となくわかってる。お前が今日の試合観戦をねだった理由なんかもな」


「ううっ」


 色々と見透かされている。そう感じたジュディスは言葉に詰まった。

 そして、まずは家に帰ろうと言う父について歩き出したが、頭の中は混乱の極みにある。


(ど、どどど、どうしよう! この後、ヒロシとパーティー組んでたこととか、そういう話をして……明日は家に呼んでもいい? とか話すつもりだったのよね? でも、彼との仲がバレちゃってる感じだし……えええええ。ヒロシ、カレンちゃん。助けて~)


 結局、宿舎に帰って、テーブルで父と差し向かいで座るまで、ジュディスは何も言うことができなかった。そして、聞かれるままに洗いざらい喋ってしまうこととなる。



◇◇◇◇


「げっへっへっへ。大金だ~……」


 試合場を後にした弘は、勝利報酬によって所持金が増えたことに満足していた。

 贅沢をしなければという前提であるが、数年は働かなくとも暮らしていけそうである。


(大きめの家屋敷を買って、カレン達を全員養って……。おおお、いい感じじゃね? これってさ)


 しかし、彼氏である以上は見栄を張りたいし、彼女にも良い暮らしはさせてやりたい。そして自分の彼女は、現状で6人も居る。


(もっともっと稼がなくちゃな!)


 決意も新たにギルド酒場に戻ると、ウルスラが1人で立って弘を待っていた。和風美人の西洋風尼僧。それが夜の酒場前で、両脇にある篝火の明かりを受けて立つ姿。それは、彼氏としての欲目かも知れないが……実に絵になっているように見えた。


(実際、目を引くね! だって美人だもの! かぁ~っ、俺って幸せ者だよな~。ウルスラみたいな女と恋人同士なんだぜ? 元居た世界じゃ考えられなかったし!)


 大いなる充足感を得ながら、弘はウルスラに呼びかける。


「お~う。待っててくれたのか。他のみんなは?」


「それが~。ちょっと~」


 困り顔の笑顔。何かあったようだ。深刻な事態ではないようだが……。


「何かあったんか?」


「今~、ジュディスが来てるんだけどぉ~。とにかく来て~」


 ああ、と返事をしながら歩き出した弘は、ジュディスが来ていることについて「転位かぁ。夜の戦乙女の力って便利だよな」と呟いている。

 夜の戦乙女の指輪。元はと言えばジュディスに要求された贈答品であり、とあるダンジョンで発見した魔法のアイテムだ。その正体は、かつての失態により指輪に封じられた戦乙女であり、装着者を守護するというもの。最近ではジュディスが扱いに慣れたこともあって、憑依変身したり、コイン等の品を媒介に転位できるようになっていた。

 この夜遅くにギルド酒場で居るということは、転位して来たのだろう。やはり便利だ。


(けど、なんだろうな? 厄介事なのか?)


 さっき試合観戦していたばかりで、もう転位して来ている。

 思い当たることと言えば父親絡みのトラブルだが……。


(できたら腕力でどうにかなる話だといいんだけど)


 それならそれでジュディス自身が、いや、彼女の父親も居るから弘の出る幕などほとんど無いだろう。


「あ~……」


 小声で呻きながら酒場に入ると、奥のテーブルでパーティーメンバーが揃っていた。

 円形の木製テーブル。その向かって最奥にジュディスが居る。今の彼女は、学生服に胸甲等を装備した冒険者としての姿だ。その左隣に1人分離れてノーマ、そしてメルが座り、右隣にはカレン、シルビア、グレースが座っている。前述したとおり円形テーブルなので、弘から見ればグレースやメルは、ほぼ背を向けて座っている状態だった。

 先行して歩いていたウルスラは、ジュディスとノーマの間に移動し席に着いている。


「俺は……」


 見たところ、ジュディスの真正面。グレースとメルの間が空いていた。カレンはと見ると、前述したとおり友人たるジュディスの隣りで座っている。


(パーティーでテーブル占領するとき、隣りにカレンが居ないってのは何だか新鮮だな)


 そんなことを考えながら椅子を引いて腰を下ろしたところ、右隣のメルが囁きかけてきた。


「見事な勝ちっぷりだった。おかげで儲けさせて貰ったよ」


「そいつは、めでたいこって」


 ニコニコしているメルにニヤリと笑いかける。

 現在、パーティーメンバーのほとんどは女性で恋人ばかりだ。が、こうして気楽に話せる男性が居るというのは色んな意味でありがたい。

 かつて行動を共にした男性冒険者と言えば、ムーンパーティーの戦士ムーンや戦士ラス。僧侶のサイード。とあるダンジョンでは騎士ケンパーや、ミノタウロスのインスンなど。


(インスンはモンスターじゃなくて、亜人種なんだっけな。みんな、元気にやってるかな……あ、そういや……)


 自分と同じく、日本から転移して来た召喚術士が居た。

 石の召喚術士、西園寺公太郎。もう1人は炎の召喚術士、犬飼毅。出会ったときは2人で組んで行動していたようだが……。


(あの2人、今頃どうしてんのかな?)


 更にもう1人。この王都に居るという日本人らしき……おそらくは召喚術士、キオ・トヤマに思いを馳せかけたところで、弘はジュディスと目が合った。


「お、おう……」


 勝ち気な女戦士が、すっかりしょげかえっている。整った容姿なのだし、下位とは言え貴族としての礼儀作法も身につけているから、こうして大人しくしているジュディスは『良いとこのお嬢さん』に見えた。


「あ……う……」


 何か言いたそうなのだが、弘の様子を窺うのみで口を開こうとしない。

 弘はメルとは反対側、左隣で居るグレースに話しかけた。


「なあ? なにがあったんだ?」


「ん~。我から説明しても良いのだが。ジュディスよ、どうする? 我が話そうか?」


 テーブル越しにグレースが言うと、伏し目がちになっていたジュディスが顔を跳ね上げる。


「だ、駄目! これは、あたしが説明しなくちゃ! だって……」


「わ、わかった。じゃあ、ジュディスから聞かせて貰おうか」 


 何だか泣きそうなジュディスに押される形で、そう言ったところ、ジュディスは他の者達の視線を気にしながらではあるが、語り出した。

 結論から言うと、ジュディスの父……リチャード・ヘンダーソン氏に諸々の計画がバレてしまったらしい。ちなみに情報源は他ならぬジュディス。


「試合の後……宿舎に戻ってから、軽く尋問されちゃったと言うか……」


 小さくなり俯いたままのジュディスがゴニョゴニョ言っている。


「ここに居るみんなには、どのぐらいまで話したんだ? あらかた話してるなら、掻い摘まんで聞きたいが……」


「いえ、私達もジュディス様から計画がバレた……としか」


 シルビアが少しばかり渋い表情で言うと、ジュディス以外の皆が頷いた。 


「ふうん、バレちまったのか。『ジュディスを復学させるか……あわよくば冒険者に戻しちまおう大作戦』がねぇ。まあ、大筋じゃあ問題ないんじゃね?」


「と言うと? ヒロシは、このまま続けるって言うの?」


 意外そうに聞いてきたのはノーマだったが、弘は頷くと自分の考えを述べる。

 元々、闘技場の試合に出たのはジュディスの父に対する心証を良くするためだった。王都の騎士ですら一目置くほどの実力。それを示すことができれば、ジュディスを自由の身にする交渉で優位に立てると考えたのだ。


「それが上手くいってたら、計画がバレてよ~が関係ね~よ。で? ジュディス、親父さんの感想はどうだった?」


「ヒロシ……怒ってないの?」


 恐る恐る聞いてくるジュディスに、弘はヒラヒラと手の平を振って見せる。


「怒ってね~よ。それよか親父さんの感想~」


「う、うん……」


 幾分安心したのか、ジュディスは普段の調子を取り戻しつつ話し出した。


「父様はヒロシの強さに驚いていたわ。ヒロシは真鍮のドラゴン達に勝ったけど、父様は無理だって」


「ほ~お。いい感じじゃん。これならジュディスんちに行っても、門前払いとかはなさそうだ」


 あとは『俺に娘さんを任せてくれ!』という方向で攻めれば良い……ような気がする。駄目なら駄目で、ジュディスをさらうという最終手段があるが……。


(マジで最終手段だな。そこら辺はジュディスの意思次第ってことにして……。出来りゃあ親父さんとの関係は良好にしておきたいし……)


「そうなると、ジュディスの家に行く……何でもいいから適当な口実が欲しいねぇ。何か考えるか……」


「あの、ヒロシ? そのことなんだけど……父様が……ね」


 またジュディスが上目遣いになっている。実に申し訳なさそうだ。さっき多少は持ち直した風だったのに、今度はいったい何があったのだろうか。


「父様が……ヒロシ・サワタリを家に呼びなさい……って」


「……マジ? 計画とかバレたって話だけど、向こうから呼びつけられるとか」


 ジュディスが頷く。これを見たカレンが「ジュディスちゃん……」と困ったような声を出し、シルビアとウルスラが溜息をついた。グレースやメルはと言うと苦笑しているが……弘が気になったのは、ノーマの反応だ。

 1人だけ……そう、ノーマだけが不機嫌そうな顔をしている。


「ねえ、ヒロシ?」


「ん? なんだ?」


 斜向かいから呼びかけられた弘はノーマを見た。軽い調子で返事をしたものの、ノーマの表情が硬かったので自然、弘の表情も硬くなる。


「……何かマズいことでもあったか?」


「何か……って言うかさ……」


 ノーマは言う。今後自分達は、弘をリーダーとしてパーティーを組む。作戦を立てて行動したりもするはずだ。なのに、今回のジュディスのように口を滑らせて標的に情報を漏らすのは良くない。


「元々はジュディスの家に出向くつもりだったんだから、渡りに船ってやつでしょうけど。たまたま結果が良かっただけよ」


「つまり……ジュディスには注意をしておけってことか」


 そう弘が呟くと、ノーマは肩をすくめた。


「それを決めるのはリーダーのヒロシよ。あなたのパーティーなんだから、あなたが方針を決めなきゃ」


「お、おう……」


 夜のギルド酒場。周囲のテーブルでは幾つかのパーティーが同じようにテーブルを囲んで密談中だ。あるパーティーは次の冒険依頼について話し合っているかも知れないし、達成した依頼の報酬分配をしているかも知れない。ひょっとしたら、今の弘のようにリーダーが頭を悩ませている可能性も……。


(パーティーリーダー……ねぇ)


 ファンタジーRPGなどではキャラを作成してパーティーを組む。弘が中学生時代にはまっていたTRPGでは、よくやっていたことだ。弘もプレイヤー側になってパーティーリーダーを務めたことはあったが、よもや別の世界で本当にパーティーリーダーになろうとは……。


(ん~……こっちの世界に来て、臨時のリーダーになったことはあるが……)


 今回はダンジョン等の探索行動や、その指揮……ではなく、パーティーメンバーの失態をどう始末つけるかだ。


(……難しいぞ。これ……)


 暴走族で特隊を率いてた頃の対処方法は、へまをした構成員を怒鳴りつけたり殴ったり。では、同じ事をジュディスにできるかと言うと、絶対に無理だ。


(そもそも体罰くらわすほどの悪い結果とかじゃねーし? 怒鳴るほどのことでもないよな。体育会系のノリでビンタ……ってのも違うか。じゃあ、なんかこう上手い説教とか……)


 考えてみたが思い浮かばない。

 大きくレベルアップして知力・賢さが高まっているはずなのに……である。

 やはりステータス値が機能していないのではと思うが、今はジュディスのことを解決するのが先だ。

 弘は唇を舐めて湿らせると、カレンやシルビア、その他ジュディス以外の面々と視線を交わす。

 この時点、真面目な顔をしているのがノーマとシルビア。一方、グレースとウルスラ、それにメルは面白そうにしている。カレンはと言うと、ハラハラしているのか視線が弘とジュディスを行ったり来たりしていた。


(なんだかなぁ……)


 ムッとしたものの、すぐに気を取り直してジュディスを見る。ジュディスは……泣きそうな顔をしていた。しかし、唇を横一文字にしてプルプル震え……何やら我慢しているようであり、この後の弘の言葉によって……。


(泣かれたら、どうしよう……)


 その場合は、外に連れ出して慰めるか。いやいや、叱っておいて慰めるのは変だから、カレン達に頼むか。一瞬、大いに悩んだものの、グレースが「こほん」と咳払いをしたことで、いったん思考が停止する。


「あ、あ~……つまり、なんだ……」


 口を開いて語り出すと、それだけでジュディスの肩が揺れた。これを見た弘は内心怯んだが、今更口をつぐむわけにいかず、そのまま語り続けた。


「段取り組んで動いてたのを、標的……じゃなかった、作戦目標の親父さんにベラベラ喋ったのはいかん。俺は、そう思う。これが命がけの冒険依頼だったら、ヤバいことになってたかも知れんからな」


 喋り進むにつれ、徐々にジュディスが小さくなっていくのが見える。言ってる弘も「やべえ。フォローしなきゃ!」と思うが、ここからフォローに入るので、より一層言葉に力がこもった。


「しかし、だ。元々は試合の翌日にジュディスの家を訪ねるんだったが、親父さんが来いって言ってくれたことで口実を考えなくてすんだ。手っ取り早くすんだってことだな。だから結果良ければ、まあ良しってことで……あまりキツいことは言わないでおくとするぜ」


「ヒロシ……」


 少し緊張がほぐれた様子のジュディスが、潤んだ目で見つめてくる。いい感じのようだ。


「だから……次からは気をつけてくれよ? 自分で判断するなとまでは言わね~けど。え~と……気をつけてくれ。わかったか?」


「うん……うんっ……」


 途切れ途切れに返事をしながら、ジュディスは俯いた。テーブル上に水滴が落ちているので、泣いているであろうことが弘にも見て取れる。そのジュディスを隣りで座るカレンが慰めているが、弘が次いで気にしたのは自分の右側……メルの向こうで座るノーマだった。

 彼女は、値踏みするような目で弘をジッと見つめている。


「って感じだが。どうだ?」


「70点」


 ノーマは左手で頬杖つきながら、ボソリと言い放った。


「70点……って、100点満点でか? なにがどう70点なわけよ?」


「本当ならジュディスが情報を漏らしたと知った、その時にビシッと言うべき。時間をおいたから、今更キツく言うのも逆効果になるし……私達の心証も良くない。だから、控え気味に注意をした……。そうよね?」


「……ああ、そうだ」


「それで減点10。あと、部下を叱るときは、その他の部下が居ない場所で……ってのもあるけど。私達の関係は、まあ特殊だし? 厳しく減点するのはなしにして、更に10点引きってところかしら」


「ふうん」


 上から目線で採点されるのは気に入らない。だが、不思議と腹は立たない。だから弘は冷静に聞く。  


「じゃあ、残りの減点10は?」


「人を正しく叱るときは、もっと自信を持ちなさいってこと。……戸惑いながらじゃあ……ねぇ。でも、恋人を大事に想ってる雰囲気が出てるのは~……良かったわよ?」


 そう言ったノーマは、最後に悪戯っぽく笑い……チロリと舌を出した。


「あ~、そうかい。それはどうも」


 どうやら御指導をされながら、からかわれてもいた模様。

 弘がボリボリと頭を掻くと、それを見た皆の雰囲気が和らぐ。どうやらジュディスの情報漏洩の件は、もう終わりにして良さそうだ。


「ってことで、次は祝勝会だ!」


 照れくささを吹き飛ばす勢いで弘は立ち上がる。


「どうせ俺に賭けて稼いだんだろうが、今日のところは俺の奢りだ! 明日に向けて景気づけに騒がせて貰うぜ!」 


 そう言った弘の耳に「やぁ~ん。ヒロシって太っ腹~」というウルスラの声が聞こえた。グレースからも「自分から言い出すとは……。体力無尽だな……」などと言う声が聞こえる。


「ん~?」


 視線を巡らせるとグレースがニッコリ微笑み、他の者達も和やかに笑っているのが見えた。ジュディスも目元を指で拭いながらではあるが笑っている。


(よ~しよし。いい感じだぜ! この調子で親父さんとの交渉も上手くまとめてやらぁ!)


 試合に勝ったし、ジュディスのことも上手くまとめた。

 ジュディスの父親とのことも、きっと上手くいくはず。

 上手くいけばいいな……と思いつつ、弘は女給を呼んで幾つかの料理を注文するのだった。



◇◇◇◇



 酒場で盛りあがる弘達。

 その彼らを入口の外から、顔だけ覗かせて凝視する男が居た。

 センター分けの髪が肩まで達している……女性と見まがうような美青年。

 自称『カレン・マクドガルの婚約者』こと、アレックス・ホローリンである。

 彼の目には今、上機嫌で大ジョッキを掲げるヒロシ・サワタリの姿が映っていた。


「……忌々しい」


 キシリ……と歯が鳴る。


「冒険者でも駄目。闘技場の汚らわしいモンスターでも駄目。いったいどうすれば……」


 端正な顔を醜く歪めながら呟くと、アレックスは2度ほど頭を振ってから酒場を後にした。

 着ている衣服は貴族然とした上等の品だが、1人夜道を歩くアレックスにちょっかいを出す者はいない。

 何故なら、彼の発する怒気が何者をも遠ざけていたから。


「もっと他に、もっと……」


 苛つきに染まった声を発しながら、アレックスは通りを歩き続けた。その姿は次第に小さくなり、ふと路地裏へと消えていったのである。


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