第百六十四話 王都の闘技試合
「死にたくなかったら棄権しろ……か」
指定席で観戦する王国騎士、リチャードが呟く。それを聞いたジュディスは、少し心配になった。
ジュディスは弘の強さを知っている。ラザルス達へ棄権を呼びかけたのも、弘の強さ……その余裕から来る言葉だと考えていた。しかし、弘をよく知らないリチャードはどうだろうか。
(ヒロシのこと、命のやり取りができない甘ちゃんだとか思われたんじゃ?)
「今のヒロシの呼びかけ。父様はどう思うの?」
怖ず怖ずと聞いてみたところ、リチャードは「私か?」と言ったあとで一声唸った。
「闘技試合は命の危険がある。しかし、あくまで試合だし、ルールがある『戦い』だからな。殺さずに済むに越したことはない。運営側も、いちいち闘技者が死んでいたのでは困るだろう。ただし、単に殺し合いが嫌だから……というのであれば、唾棄すべき甘さだと言えるな」
「ヒロシがそうだと言うの?」
幾分、怒気の混じったジュディスの声に、リチャードは少し目を見開く。
「そうは言っていない。見たところ、彼は自分の強さに相当な自信があるようだ。今の彼の発言は……なんと言うか、そうだな。何となく言ってみた……そんな印象だったな」
取りあえず悪印象は抱いていないらしい。
少しばかり気を取り直したジュディスは、眼下の弘に注意を戻した。
と同時に、審判の男が試合開始を宣言する。それを受けた対戦者らが一斉に……一斉に動きはしたが、それはゴブリンだけだった。
◇◇◇◇
ざざざざっ!
ゴブリン達は駆けだしたかと思うや、二手に分かれ、あっと言う間に弘を包囲している。弘から見ても訓練された動きであり、ある程度の武装も相まって、山野で見かけるゴブリンとは一味も二味も違うようだ。
(とはいえ、今更ゴブリンってのもなぁ……)
冒険者となってから今日まで、弘は数多くのモンスターと戦ってきた。街道移動中や、冒険依頼を請けても潜ったダンジョン内。その他様々な場所で、多種多様なモンスターらと出くわし戦ったものだ。
そして、この王都闘技場は老舗のディオスク闘技場よりも、用意されるモンスター闘技者が強いと聞く。それが何故、ゴブリンなのだろうか。
弘が思うに、闘技場側が用意した賑やかし。あるいは、派手にやられる役どころとして配されたのかもしれない。
「……」
弘はチラリと、ゴブリン後方のラザルス達に視線を向けた。彼らに動く様子はない。
(何考えてんだろうな?)
殺す前に、雑魚相手の勝ち気分でも味わわせようと言うのだろうか。それとも、ゴブリン20体程度を倒せないようでは、自分達の相手は務まらないとでも言いたいのか。弘には判断が出来なかった。
しかし、戦うべき相手がすぐ近くに居る。ならば倒すべきだろう。
『瞬殺ではなく。だが、可能な限り凄さを演出するのだ』
ふと、グレースの声が聞こえたような気がした。
「……まずは冒険者っぽく戦ってみるとすっか」
銃火器などを召喚して薙ぎ払う。その選択肢を切り捨てた弘は、腰に下げたバスタードソードを抜いた。ここ最近は召喚武具の日本刀や槍を使うことが多かったので、普通の冒険者を装うためのアクセサリーにしか過ぎない。が、これはこれで、お値段それなりの品である。
「んで、ついでと言っちゃあ何だが……」
フシュン。
弘はアイテム欄から、盾を取り出した。ただの戦士では成し得ない行為であり、観客がざわめくが……まだ、それほどの騒ぎにはなっていない。ざわめきの中の声を聞き取ったところ、何かの見間違えではないか……という声が多いように思える。
盾は角材を組み合わせたような物で、30センチ四方程度の広さしか持たない。それは、冒険者になったばかりの頃、弘がなけなしの金で購入した物とほぼ同じ品だった。
「ちょい前に買ったんだよな。なんて~の? 懐かしい感じがしてさぁ」
そう呟く弘の目つきは、次第に『悪いもの』となっていく。
「おお~いいぜ~。なんて~の? 初心に返るって感じ? それとぉ、一つ思い出したことがあるんだけどさぁ……」
ザシャ……。
手近なゴブリンの1体に向かって踏み出した弘は、耳まで裂けそうな笑みを浮かべた。上と下の歯を唾液の線がつなぎ、その口から言葉が吐き出される。
「俺って、ゴブリンが大っ嫌いなんだわ……」
かつて、この異世界に召喚された弘は、ほぼ身一つで夜の山に放り出された。真っ暗闇の山中を彷徨い、遭遇したのがゴブリン。今でこそ大きくレベルアップして強くなった弘であるが、召喚時の初期レベルは3程度。しかも戦闘経験が無く、死ぬような思いでゴブリンに追い回されたのだ。
その体験から、ゴブリンというモンスターは弘にとって嫌いなモンスターとなった。街道で遭遇したなら戦って倒すが、冒険依頼では関わり合いになりたくない類。そういう位置づけだ。
「今回は試合だ。戦って倒すんだ。思いっきりやるぜ? っと……」
軽く頭を右に傾ける。
次の瞬間、弘の顔の左側を石の塊が通過していった。背後に居たゴブリンの1体が、スリングで後頭部を狙ったのである。
弘は高レベルゆえの超感覚……強いて言えば高数値の敏捷度により、見もしないで回避して見せた。これによって観客が大きくどよめき、その雰囲気に当てられたのかゴブリンらは一斉に雄叫びをあげる。
「「「「「「ホフゥウウウク!」」」」」」
そして叫び終えるや、手に持った短剣、槍、手斧等、武器を振りかざし、四方八方から弘に向かって襲いかかってきた。
相手がゴブリンとはいえ、この数に囲まれていたのでは、腕の立つ戦士でも後れを取る可能性がある。しかも、ゴブリン達は闘技場運営が揃えた武具を装備しているのだ。つまりは、武装によって戦闘力を底上げしている。
一方、観客らにしてみれば、弘は老舗闘技場で名を馳せてはいるが、見た目は貧相な武装の戦士に過ぎない。先程の大言には驚いたが、まずはこのゴブリンによって痛い目を見る……そんなことを期待していたのだ。
とはいえ観客達は、数秒後には己の見当違いに気づかされることとなる。
ゴブリンの包囲突撃から始まった戦いは……弘による一方的な殺戮劇となったからだ。
まず最初に槍で突っかけたゴブリンは、その槍を半ばから断ち切られ、素早く踏み込んだ弘によって顔面を蹴り飛ばされた。背後から3体がかりで斬りつけたゴブリンもいたが、鞭のように振るわれたバスタードソードにより、3体揃って首を宙に舞わせている。とあるゴブリンは短弓で弘を射たものの、難なく躱され、その返礼として仲間であるゴブリンを投げつけられていた。
弘は大して力を入れたわけではなかったが、投じられたゴブリンが命中するや、短弓のゴブリンは後方へ吹き飛んでいく。
その後、弘は斬り、殴り、蹴って、時には左腕の角材盾を鈍器として振り回し、ゴブリンを殺して殺して殺し続けた。その間、観客達は、典型的な下級冒険者の戦士……にしか見えない弘の奮戦ぶりに、大いに盛りあがっている。
そして戦いが始まってから十数秒後。20体いたゴブリンは、1体を残すまでに撃ち減らされていた。
「さて、最後か。ここまで割りと普通にやってたけど。どうだ? 最後ぐらいは派手にしてやろうか?」
「ウギ……ギギ……」
そのゴブリンは微かに唸った後、手に持った短剣を放り捨てて逃げ出す。向かう先は弘とは逆……つまり後方で、ラザルス達の居る場所だ。そこに辿り着けたとしても、他の出場者が助けてくれるとは限らない。だが、ゴブリンは走るしかなかった。目の前の人間から少しでも距離を取りたかったのである。
「ははっ!」
ゴブリンの後ろ姿を見た弘は、軽く笑う。
逃げ行くゴブリンが、異世界転位したばかりの頃の自分のように思えたからだ。では、似たような状況に同情し、ゴブリンを見逃すのだろうか。
「なわけね~よな!」
地面を蹴って駆け出す。超人的な脚力はゴブリンとの距離を瞬く間に縮め、高揚した弘は、脳内でBGMが流れるのを感じていた。それは、ネットの動画か何かで聞きかじった……プロ野球選手の応援歌。あるいはヒッティングマーチだ。
「それ、かっとばせー!」
言いつつゴブリンのすぐ後ろへ追いついた弘は、バスタードソードを振り上げる。と同時に刃の向きを変えた。剣の腹の部分をゴブリンに向けたのである。
「さっわたりー!」
吠えながら弘はバスタードソードを振り抜いた。それは外すことなくゴブリンの背を直撃し、殴打されたゴブリンは天高く舞い上がっていく。
「ギゲロギギャヤヤッ!?」
ゴブリン相手における弘の戦いぶりは、戦士として充分すぎるほどの強さを示していた。が、この信じがたい光景を見た観客達は、言葉をなくし空飛ぶゴブリンを目で追っていく。
そして振り抜いたポーズの弘は、一塁目がけての走塁に移行……するわけもなく、剣を下ろしてゴブリンを見送った。
「どこまで飛ぶかなぁ。虹の彼方か? それとも雲の中か? どでかいアーチには違いないだろうが……」
正解は、試合場と観客席を分ける魔法結界まで……である。
かつて弘が戦ったディオスク闘技場。その試合場にもあった魔法結界が、この王都闘技場でも採用されているのだ。
べしゃ!
見えない障壁に激突したゴブリンは、その場で血を噴出させた。が、すぐに落下し始める。月並みな表現であるが、糸の切れた人形とでも言うべきか。そして、それはラザルスとブマーのすぐ後ろ……入場口付近の地面に激突した。元の形が何だったのか、一目では判別しがたい物体。それを見たラザルス達は、ぎこちない動きで首を回し、弘に注意を戻している。
広い試合場、まだまだ距離のある先で立つのは1人の冒険者だ。
不細工な角材を組み合わせた盾を装着し、黒い衣服の上に黒塗りの革鎧を着込んだ戦士……沢渡弘は、今、バスタードソードを肩に担いでラザルス達を見ていた。いや、見ていたのは地面に激突して弾け散った……ゴブリンの残骸だ。
「んん~。そういや結界とかがあるんだっけな。にしても……」
周囲に散らばるゴブリンの死骸を見まわし、バスタードソードを肩担ぎしたままの弘は、左手で下顎を撫でる。
「異世界転位するラノベとかで、主人公ポジの奴が言っちゃ駄目なセリフかもしれね~が。まあなんだ……スカッとしたぜ」
ここまで強くなっておいて、今更ゴブリンに爽快感を感じるのはどうかと弘自身は思う。しかし、過去の経緯から大嫌いなモンスターなのだから、これはこれで良いとも考えていた。
「気が向いたときに、ゴブリン討伐の依頼とか受けてもいいかもなぁ……」
将来に向けて金稼ぎをするべきだが、たまの息抜きに格安のゴブリン討伐。それは弘にとって、なかなか魅力的な発想に感じられた。
一方、弘の戦いぶりを見たラザルス達は、ここに来てようやく弘を油断できない相手だと認識しだしている。確かに相手したのはゴブリンであり、20体であっても腕の立つ戦士なら倒しきれるだろう。
問題は戦闘の内容だ。ディオスク闘技場10連勝の噂は聞いていたから、腕は立つだろうと思っていたが、ここまで一方的にゴブリン集団を殲滅するとは思わなかった。
「ラザルスよ。次はサンダーウルフでも差し向けるかね?」
「悪い冗談だな。総力戦に決まっている……」
ブマーの提案をラザルスは却下する。
ヒロシ・サワタリが強いことは最初から解っていた。いや、聞いてはいた。それを軽んじるような態度でいたのは、彼の貧相な武装が理由である。また、王都闘技場に籍を置く者は、その多くがディオスク闘技場に対抗心を持っているのも理由の一つだ。この王都闘技場で戦っていることにプライドを持っているし、何かと比較されるからである。
よその都市の同業者に対して反発していたわけで、だがしかし、それもゴブリンとの戦いを見たことで認識が変わった。
「もっとも、この場でサワタリを馬鹿にしていたのは私とラザルスぐらいか」
「そうだな、ブマー。オーガー達は難しいことはわからぬしな。しかし……少しでも実力を測りたくて、煽ってみたが……。さして手の内を見せずに、あの強さ……。まさしく本物だ。サワタリは本物の……ディオスク闘技場の強者だ!」
ラザルスが口を歪めて笑う。それを聞き、ブマーは肩をすくめて見せた。
「戦闘狂め。だが、サワタリが強者だというのは疑いようもな。何処まで我が魔法の威力を試せるか。楽しみだ……ああ楽しみだ……」
「俺が戦闘狂なら、お前は魔法狂いだ……」
憮然とした物言いのラザルスであったが、それほど腹を立ててはいない。今は、目の前の弘と戦うこと。それを最大限に楽しみたいのだ。
ブマーとラザルスは、王都から遠く離れた山の出身である。部族は違ったが、互いに面識はあった。あるとき、王都闘技場の噂を聞きつけたラザルスがブマーを誘う形で王都に向かい、闘技者として戦うことになる。
ラザルスは強き者と戦うため。ブマーは戦いの中で魔法を極めるため。
もっとも、いつも楽しげに戦うラザルスに影響され、今ではブマーも戦いを楽しむようになっていたが……。
「では、ラザルスの言うとおり、総力戦と行くか……。とはいえ、私は支援に回るが、構わないな?」
「構わないとも。いつもの戦い方だからな。しかし……」
ラザルスは口を閉ざす。
できることなら1対1で戦ってみたかった。
しかし、それは叶わぬ願いだ。お互い闘技者同士、この試合場で対峙した以上は戦わなければならない。
「試合前の大言。そこに期待させて貰うとするか……」
そう呟くと、ラザルスはサンダーウルフやゴーレム、それにオーガーらと共に、前進を始めるのだった。
◇◇◇◇
ゴブリンのすべてが死に絶えたとき、観客らは大きな歓声で弘を讃えている。
あの貧相な装備で、よくあそこまで戦えた者だ。
いや、お見それした。我が家の警備兵として雇っても良い……と。
それらの声は、弘を見直しはしたものの、根本的な評価を改めていないことがわかる。
何故なら、倒したのは数が多いとは言え単なるゴブリンに過ぎないからだ。
ラザルスやブマーは、ゴブリン達のやられっぷりから弘の実力を感じ取ったが、観客の多くは一般市民。もしくは戦闘経験の無い者であり、ラザルス達のようにはいかない。
もちろん、観客席には冒険者や騎士など、戦いに身を置く者達も居て、弘の強さを感じ取ってはいた。
その中の1グループが、他でもない弘の恋人達である。
「まずは見事な戦いっぷりだったな」
エルフ……と言っても、今は幻術で耳を人間型にしているグレースが、一戦闘終えた弘を見ながら呟いた。
「さて、我が恋人仲間達よ。御感想はどうだ?」
「少し、驚きました」
最初に口を開いたのは、シルビア。彼女は「通常、今のゴブリン掃討を、包囲された状態から成し遂げるのは困難だ」と言う。魔法の鎧によって強化されたカレンなら、何とかなるかもしれないが、包囲された状況が先ずもって良くない。
「サワタリさん、後ろからスリングで攻撃されてたもの。あれを見ないで躱したのも凄いけど……。ああいう目に遭うから、包囲されるって良くないのよね。しかも1人で戦っているんだし……」
シルビアの感想を受けて、カレンが言う。自分であれば、どうにか包囲を突破して距離を取るだろう。そうして近づいて来た者から倒し、包囲されそうになったら逃げて距離を取るか、また突破する。この繰り返しだ。
弘のように戦うことも出来るだろうが、自分1人で戦うとなれば、やはり危険は避けたい。
「そう言えば~……ヒロシは、ずうっとゴブリン達の中で戦い続けてたわよねぇ。あれって……」
ウルスラの指摘に、グレースが頷いて見せた。
「うむ。我が言った『容易く殲滅するのは無しで、しかし大いに凄さを見せつける』を実行したのだろうな」
実際は、冒険者登録したばかりの頃を懐かしんでいたのと、ゴブリン嫌いからくる憂さ晴らしに近い戦い方をした……というのもある。が、さすがのグレースも、そこまでは読み取れなかったようだ。
「ちょっと、他の連中が動き出したわよ? サンダーウルフにオーガー……ゴーレムも……。あ、真鍮のドラゴンも動いてる……」
どうやら本気になったみたいね……と言うノーマの声を聞き、カレン達は試合場を見る。
ゴブリン達の死体。その中で居る弘に対し、残った対戦者達が接近し始めたのだ。足の速さからサンダーウルフらが最初に到達しそうで、意外にもゴーレムが後に続いている。オーガー達は、その後方をドタドタと駆けていた。
真鍮のドラゴン……ラザルスは悠然と最後尾につけており、導師竜のブマーは最初の位置から動いていない。
「あのゴーレム。地面を滑るように動いてますね」
「そうね。カレン様の言うとおり。足に……車輪みたいなのが付いてるわね。足そのものは動いてないから、車輪を回す仕掛けが足の中にあるのかしら?」
偵察士ゆえの視力を活かし、ノーマが見たことを皆に報告してくれる。
「それと……背中にサーベルみたいなのを背負ってるだけかと思ったら、たまにヒロシが召喚するような……彼が言うところの『ばずうか』みたいなのも持ってるのね」
「それならぁ、ヒロシがゴブリンと戦ってる間にぃ~、闘技場の係員が運んできてたわよ~」
人力ではなく、獣型モンスターによって台車を引いていたのだが、それはノーマも目撃していた。問題はゴーレム達の持つ道具が、弘の召喚具のような性能を持っていた場合だ。
「最初に持たせていなかったということは手違いでもあったのでしょうか? やはり、王都闘技場。油断なりませんね……。そのやり口が……」
「ええ。でも、サワタリさんなら……絶対に大丈夫よ」
苦々しげに言うシルビアに対し、頷きながらカレンが断言する。
かつて弘と決闘を行った際、感じた圧倒的なまでの強さ。それでいて、弘は全力を出していなかったという事実。
それらのことから、カレンは弘の勝利を信じて疑わなかった。
もっとも、そう信じているのはカレン以外の恋人達も同じであったのだが……。
◇◇◇◇
こういった対戦者の事情や、観客達の評価。カレン達の想いなどは、当の弘にはまったく影響を与えていなかった。
ラザルス達の事情については知る由もないことだし、カレン達の会話を聞き取るのは無理。観客達の低評価に到っては、実力で引っ繰り返すつもりでいたからだ。
「これが会場揺るがす大声援とかだったら、御機嫌だったのになぁ……」
迫り来る対戦相手らの姿を見やりながら、弘は呟く。
「まあいいや。まずは冒険者らしく戦ったことだし……。今度は召喚術士らしく戦ってみっかな。……まあ、俺は不良の召喚術士なんだけどな!」
ハハッと笑いつつ、弘はバスタードソードと角材盾を放り捨てた。この行動に観客がざわめく。ざわめきの中には「なんだアイツ、降参するのか?」とか「素手とか笑えるな。……ひょっして修道僧だったか? いや、それにしては人相が悪い」といった声もあり、弘のこめかみで血管が浮いた。
「すぐに黙らせてやらぁ。そんなわけで、特攻服召喚。デザインは……A6」
フシュン!
瞬時に特攻服の上着が召喚され、装着される。デザインA6とは、解放能力『ペイントデザイン5』で作成登録したものの一つで、黒地に金の刺繍が踊り、背中には『仏恥義理』の文字が白抜きで大書きされていた。
同時にハチマキも召喚され、額には日の丸。それを挟むように『喧嘩上等』の文字がプリントされている。
これが今回、弘が選んだ『晴れの衣装』だった。ちなみに背面の4文字には、ふざけて作成した『焼肉定食』や『品行方正』等のバリエーションもあるが、現状、人前で着用する予定はない。
続いて召喚したのは、拳銃と日本刀。
拳銃はオーストラリア製の超大型拳銃で、その名をパイファー・ツェリスカという。重量6㎏、60口径(15.24㎜)の狩猟用マグナム弾を使用。つまりは、象撃ち用のライフル弾を撃てるよう開発された拳銃である。その重量、そのサイズ、その威力から拳銃として運用するのにまったく不向きだ。
しかし、こういう場で使用するのならサイズは問題にならないし、重さや発砲時の衝撃とて弘の強化された筋力で押さえ込めた。
日本刀については愛用の虎徹ではなく、同田貫を召喚している。ステータス画面からの召喚具解説を読んだところ、同田貫とは刀工一群の名称らしい。時代劇などで同田貫と呼ばれることから、弘も同田貫と呼んでいる。特に美しいと言うこともないが、厚重ねで幅広く、刃渡りも長い。剛刀といって差し支えない同田貫を、弘を割りと気に入っていた。
さて、特攻服から同田貫までを召喚したところで、観客席のざわめきが変わっている。一瞬どよめいたかと思うと、周囲の者と話し合ったり相談したりし始めたのだ。
内容としては、「さっきの盾といい、どこから出した?」というものが多い。ただ、その中に「キオ・トヤマ」という名が聞こえたので、弘は間近に迫ったサンダーウルフに対して発砲しつつ首を傾げた。
「キオ……トヤマ。ああ、ああ、思い出した」
ディオスク闘技場でクロムを殺した、おそらくは氷系の召喚術士の名だ。噂で聞いたところでは、王都闘技場に参加していたらしいが……。
「俺の試合……見てたりすんのかねぇ……」
初弾が命中し、サンダーウルフの1体が頭部を大きく損なって倒れたのを見ると、弘は真っ直ぐ的集団に向かって駆けだす。と同時に、眼前まで迫っていたサンダーウルフに対し、同田貫で斬りつけた。雷を帯びた巨体を刃が通るとき、弘の身体に電撃が加えられた……が、耐久力:2728の前ではそよ風のようなもの。
首を切り落とされ、のめり込むように倒れたサンダーウルフには目もくれず、弘は次のターゲットを探した。
このとき、最も近くにいたのが残る2体のサンダーウルフ。その少し後方にゴーレム3体がいて、バズーカのように見える筒をこちらに向けているのが確認できた。
(ように見えるってんじゃなくて、どう見てもバズーカ的な何かだろ!? アレで撃たれても平気か?)
ゴーレムの巨体に見合ったサイズなのだから、何が飛び出すのかはともかく大威力なのだろう。それでも自分のステータス値からすれば耐久できるように思った。
ただし、着ている衣服や革鎧は別である。
召喚特攻服には、着用した防具の性能を倍化させる機能があるが、革鎧や普通の服の防御力が倍になったところで、あまり意味は無いだろう。
(……素っ裸になるのは嫌だなぁ)
露出の趣味が無い弘は、対応策を考えながら残るサンダーウルフを次々に射殺していく。発砲する度に強烈な破裂音や爆発音が生じ、その1回ごとにサンダーウルフは倒れていった。これを遠く観客席から見た場合、バンバンと音がしたかと思うと、馬車ほどもある大きな狼が倒れ伏していくのだから、まったく意味がわからない。
だが、弘が手にしている銃器、日本刀。そして、特攻服の背に記された仏恥義理の文字。それらに見覚えのある者が観客席に居た。
氷の召喚術士、キオ・トヤマである。
◇◇◇◇
「アレは拳銃? それに日本刀……」
そう呟いたのは、ローブ着用しフードで顔を隠した男。キオ・トヤマだった。パーティーメンバーは連れておらず、今日は1人で闘技場観戦に来たのだが……。
「背中の文字は日本語だな。どう見ても暴走族用語……。やはり日本人なのか?」
キオ・トヤマ。本名は外山希雄と言い、弘や犬飼毅、西園寺公太郎などと同じく日本人である。異世界転位する前は、某市民団体で職員として務めていた。転位する切っ掛けは、農家の軽ダンプに撥ねられたこと。
転位後は、身につけた召喚術……初期レベル68という高レベルに物を言わせて世渡りし、今では王都でも上位に位置する冒険者として活躍している。戦っても戦ってもレベルが上昇しないので、不満に感じているが、元々強いので問題は生じていない。
「武器を出現させたが……あれはアイテムボックスから出したのか? いや、特攻服だったか……あの服は出現するなり着用できていた。となると、私のような召喚術……武器防具を召喚する召喚術士か!」
レベルが上昇しないとは言え、その強さから外山は多くの冒険依頼をこなしている。その中で、異世界召喚された召喚術士のことを知る機会があった。知り得た情報は、弘と大差無いものだが、その情報の中に『数百年に1人か2人が召喚される』ものがある。
「1人か2人? いやいや、私の他に何人召喚されたんだ?」
眼前で戦うヒロシ・サワタリの他に、炎や石を召喚する冒険者の噂を聞いたことがあった。自分を含めれば4人。伝承や伝説からすると多いのではないだろうか。それとも4人というのは誤差の範囲なのか。
「面白くないな……」
この場合の『面白くない』は、自分のレア度が下がったことを指している。外山は犬飼毅のように「自分が主人公だ!」という願望を抱いてはいない。が、少し似たところがあり、自分を特別と思い込むところがある。要は、この世界において特別な召喚術士。それが自分以外に何人も存在するのは面白くないと、そういうわけなのだ。
加えて言えば、弘が接近戦でも強いのが気に入らない。
外山自身、ついでに言えば毅や西園寺もそうだが、召喚術士は基本的に魔法職寄りである。ファンタジーRPGで言う魔法使いタイプなのであり、魔法を使うのは得意だが、重装備はできず接近戦も苦手。肉体的耐久力は他職と比べて劣る。そういった位置づけがピタリと当てはまるのだ。
なのに、弘は接近戦もこなしている。いや、こなしているどころではなく、馬車ほども大きな獣型モンスターと日本刀で渡り合っていた。
(本当に、私と同じ召喚術士なのか?)
それとも召喚術士は弘のような戦い方が普通で、魔法使いっぽくしか戦えない自分が、特別に劣っているのか。悩むところであるが、判断しきるには情報が少ない。
「本当に……面白くない」
そう呟きながら右の親指を口元に運ぶと、外山は噛みきるほどの力を込めて爪を噛むのだった。
◇◇◇◇
ドガドガドガ!
最後のサンダーウルフに対し、弘が3連発叩き込む。
.600ニトロ・エクスプレス弾を立て続けに撃ち込まれ、サンダーウルフは突進で得た勢いを完全に失った。いや、頭部を爆砕させた状態で後方へ吹き飛んでいく。
次に弘が注意を向けたのは、3体のゴーレムだったが、その時にはゴーレムらの構えたバズーカ風重火器が火を吹いていた。否、それだけではない。ゴーレム隊の向かって右側から姿を見せたラザルスが、高熱の真鍮を散弾状にして吹きつけ、更には入場口前で居るブマーが3本の光の銛を吐き出していた。
この集中砲火を弘はまともに受け、その姿が爆炎の中に消える。
そして、それを見た観客席から「ああっ!」と悲鳴が聞こえた。観客の全員が殺戮シーンに慣れているわけではないし、観光目的で王都を訪れ、初めて闘技試合を見た者も居るからだ。だが、爆炎が消えて人影が見え始めたとき。観客席からは歓声と、大きなどよめきが発生した。
歓声の理由は、ラザルス達の攻撃を受けたはずが、何事もなかったかのように立っていたことから。
どよめいた理由は……爆炎が晴れ、姿を見せた弘が大きく様変わりしていたからだ。
布製だった黒い衣服は、黒い革のような物に変わり、革鎧だったはずが、黒い板金鎧と化している。そして、頭部にはゴーグルのような物を装着した、フルヘルムが備わっていた。
攻撃される前と同じなのは、手に持った拳銃と同田貫。マントのようにはためく特攻服ぐらいだろうか。
「変身した……」
どよめきの中で誰かが呟く。それは伝言が伝言となって、さざ波のように他の観客へ伝わっていき……。
「すげぇ! なんだアイツ! 変身したぞ!」
「なんなんだ! 戦士じゃなかったのか!?」
「知るかよ! とにかくすげぇ!」
爆発的な歓声となって闘技場を揺るがす。
そうやって叫んだり騒いだりしている中には、当初、弘を嘲っていた者の声も含まれていた。なんだかんだと言って、結局は『すごいもの』を見るために闘技場へ来たのである。
理屈や仕組みは理解できなくとも、なんだか凄いものを目の当たりにすれば興奮してしまうのだ。
「ふむ……やはり、なにか隠していたか……。いや、あれが噂に聞いた召喚魔法なのか?」
様変わりした弘を見てラザルスは呟く。チラリとブマーを振り返ると、光の銛を吐いたポーズのまま固まっていた。どうやら彼も驚いているようだ。ゴーレムは……と視線を転じたところ、こちらも動きを止めている。
調子でも悪いのか……とラザルスは思ったが、すぐ理由に思い当たった。それまで攻撃目標だったヒロシ・サワタリが、突然に姿を変えたものだから目標を見失ったようなのだ。
(どうせ、手近に居る奴……サワタリを攻撃するんだろうが……)
「ふう……」
ラザルスは一息吐き出す。
何となく胃や肺が痛いような気がした。身体も少し重く感じる。
どうやら自分は緊張しているらしい。
そこに気がついたラザルスは、愉悦の笑みを浮かべた。
「素晴らしい……」
徐々に真の力を見せ始めたヒロシ・サワタリ。彼が相手なら、自分が求める戦いができるに違いない。例え自分が死ぬとしても、満足いく戦いができるのならば本望だ。
ラザルスは大きく身震いして緊張感を振りほどくと、ゴーレムと自分の中間位置でオロオロしているオーガー達を怒鳴りつけた。
「なにをしとるか! サワタリに向かって殺到しろ! ゴーレム……ドゥーム達が攻撃しやすくするんだ! 俺もすぐに行く!」
◇◇◇◇
ゴーレム達から砲撃された際、弘が取った行動は召喚術にて、防具を呼び出すことだった。
召喚した物は特攻アーマーと名付けた、複合召喚品である。
極普通のライダースーツに、別の召喚鎧を分解して貼り付け、複合化処理等ほどこして作成したのだ。
これをする為に解放能力の「召喚品合成5」や「装甲化5」を活用している。
(いや~……前もって準備しておいて良かったぜ)
対戦者らの集中砲撃を受けきった弘は、ゴーグル奥の目を細めた。もっとも、こういった自分好みの防具セットを用意できてなくとも、召喚品目から適当に鎧類を召喚すれば良い話なのだが。
多くの者達が見守る中、お気に入りの姿を披露できたことは弘を大きく感動させていた。
(あれだな~。夜の国道とか走ってて、歩道橋のギャラリーとかキャーキャー言わせたのを思い出すよな~)
暴走族時代を懐かしく思い出したが、今は戦闘中だ。相手さんは……と見やったところ、動きを止めていたゴーレム達が、再び移動を開始した様子。オーガー4体は、ゴーレム達左右から回り込む形で、弘を包囲するつもりらしい。ゴブリン達がした行動と似ているが、戦力は比べ物にならず、囲まれて袋叩きにされるのは避けたかった。
「いや、囲まれてもいいか。まず、負けないだろうし……。さて、どうしたもんかな」
弘の今の身体能力を持ってすれば、高速移動して敵を翻弄、一方的に殲滅することもできる。しかし、あっさり倒すのは禁止事項だ。なにしろ自分は観客に、そして特にジュディスの父親に対し、良いところを見せつけなければならないのだから。
「よし。また敵のど真ん中で戦うとするか! 今度は召喚術ありありで!」
いいこと考えついた! 的な軽さで言うと、弘は同田貫を消し、左手に盾を召喚する。盾は自衛隊で使用される防弾盾で、本来なら小銃弾に耐える程度の強度しか持たない。しかし、弘の解放能力によって強化されているため、その防御力は強大だった。
「必要ねえと思うんだけど。ま、念のためだ」
そう言うと、弘は左右に展開していくオーガーをチラ見しながら、真正面のゴーレム隊へ突撃する。その行動を見た観客が、再び大歓声をあげるが、それを聞いた弘は口の端を持ち上げニヤリと笑った。
「さ~、派手にいくぜ~! 見ててくれよなぁ観客さん達よぉ!」