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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第9章 仇討ち
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第百六十二話 闘技場に現れた許嫁

 闘技場へ向かう道すがら、弘はパーティーメンバーから報告を受けていた。  

 カレン達のジュディス宅訪問に関しては聞かされていたので、合流したグレースとノーマの報告がメインとなる。


「……我は氏族長経験者だ。目星をつけた場所が祭事場となるのは、ほぼ間違いないだろう。それに……連中については、多少詳しいのでな」


 かつて捕虜となった際、グレースは敵氏族の森へ連行された。そうして見知った敵氏族の住居や祭壇配置などから、今回の祭事で使われるであろう場所を推測したのだ。


「罠に関してだけど言ったとおり、大層なモノは仕掛けてないわよ? 足止め目的の類がほとんどね」


 代わってノーマが言うのは、設置したのは足で糸を引っかけると、矢を射出するタイプがほとんどらしい。小さな穴や草を結ぶなどする転倒系は、一切設けていないとのこと。


「連中が祭事場へ入ってくるコースは、グレースが読んでくれたんだけど。絶対ってわけじゃないし。転倒系の罠で囲ったりしたら、来るなり誰かが転ぶかも知れないわ。そういう事態を避けたかったの」


 なお、弓系の罠に関しては、仕掛け糸の類は外しておき、相手が祭事場へ入ったらノーマが仕掛け直すことになっている。


「森の中でも大きな音を立てずに動けるし、私には姿隠しの短剣があるから」


 姿隠しの短剣とは、かつての冒険で入手した魔法武器だ。柄に仕込まれたボタンを押し込むことで、装備者の姿が見えなくなる。この短剣をノーマは大いに気に入っており、戦闘中に姿を消して相手背後に回り込む等、有効活用していた。

 ただし、弱点もある。効果時間に限りがあり、連続で姿を消していられるのは15分程度。限界時間を超えて使用すると、次に使えるようになるのは2時間後……といった具合である。


「ちょっと姿を隠すぐらいなら問題にならないけどね」


 歩きながら話すノーマは、そう言って弘にウインクして見せた。

 これら報告を受けた上で、グレースの仇討ちをまとめると、まず敵氏族の祭事場選定に合わせて、森へ移動。敵氏族長その他が到着したら、ノーマが姿を罠を設置し直して退路を断つ。その後、あらかじめ現場で潜んでいたグレースが姿を現し、恨み言を述べた上で戦闘開始だ。


「……うん。前に話してたのと大筋で変わらないな。にしても、こんな話……外を歩きながらしていいのか? いや、相手のエルフは王都を歩いたりしてないんだろうけど……」


 このタルシア王国は、亜人蔑視が強烈な国。エルフの長耳をさらして歩こうものなら、確実に職質を受けて連行される。あるいは、奴隷商人の手の者に引き渡されるだろう。グレースが弘達と共に外を歩いているのは、幻術効果のある首飾りで、長耳を人間の耳形へ変貌させているからだ。


「ディオスクとかクロニウスとかなら、まだ冒険者ってことで外出できたんだが……。ここは王都だもんなぁ。けったくそ悪い話だぜ……」


 弘が吐き捨てると、グレースは頷いて見せる。


「うむ。我とて本当であれば、もっと堂々と歩きたいのだがな……。まったく亜人蔑視など……おっと。そういう話はさておき……」


 グレースは周囲を行き交う人々を見つつ、話題を変えた。

 周囲は暗くなってきており、闘技場について暫くしたら特別試合が始まるだろう。そこで……弘が考える試合運びについて確認したい。そう彼女は言った。


「試合運びぃ? なんだそれ?」


「例えば、観客を魅了するような戦い方をする……」


 そこまで言われた弘は、何となく質問の主旨が解ってきたので、フムと一声唸る。


「客を楽しませろって事か? 凄い威力の大砲とか……召喚武具で瞬殺しちゃうってのは?」


「早い決着が目的なら、それも良かろう。主の身も安全かもしれない。だが、此度の試合参加……その目的は何だ?」


 試合の参加目的。それはジュディスの父親に、冒険者ヒロシ・サワタリが物凄い実力者であることを認識させることだ。


「なるほど……」


 少し後方を歩いていたメルが、会話に混ざってくる。


「相手が弱く見えるから、あっさり勝ちすぎてはいけない。ダイナミックかつ劇的に勝利し……ジュディスのお父上を瞠目させなければ。と、つまりは、そういう事か」


「そのとおりだ」


 推論を述べるメルと、頷くグレース。2人を見て合点のいった弘は、『どんな風に戦うか』について考えてみた。


(相手側の凄さを引き出しつつ、それ以上に凄く見えるよう戦わなくちゃ……か)


 プロレスで言うブックのようなものだが、決定的に違うのは、相手側と打ち合わせることができない点だ。おそらく相手は、弘を殺す気満々なのに……である。


(最初は強く当たって後は流れで……みたいなのを、俺だけがやる……。で、死なないで勝つ。いや……劇的に格好良く勝つ……)


 これは余程の実力差がなければ、成し得ないことだ。

 何度も考えたし、カレン達にも言ったが……人の手で捕獲されたモンスターや、強さに自信のある亜人範疇のモンスターが相手の場合。倒すだけなら問題ないと思う。

 しかし、今グレースが言った条件で戦えるのか。


(……やるしかね~な。縛りプレイってわけだ)


 勝利条件は、ヒロシ・サワタリの強さと凄さをジュディスの父に知らしめること。

 それを、ディオスク闘技場で戦ったよりも強いモンスター相手にしようと言うのだから、確かに簡単ではない。しかし、ジュディスのこととは別に、やる価値はあると弘は判断していた。


「考えてみりゃあ、せっかく闘技場側で特別試合を組んでくれたんだ。ジュディスの親父さんだけじゃなくて、観客全員の印象に残ったら……冒険者としてイイ宣伝になるんじゃね~の?」


「そのとおりよ~。モンスター集団を1人で蹴散らせる冒険者なんて、名指しの依頼が増えちゃうわ~」


 右後方を歩くウルスラが賛同してくれる。銭儲け目的の会話だと、やはり食いつきが良いし、商神尼僧に太鼓判を押して貰えるのは心強かった。何となくだが、上手くやれそうな気になるのだ。

 直後に、シルビアから「サワタリ殿。もう少し気を引き締めて」と、お説教が飛ぶが、今となっては恋人の1人であるため、それすら嬉しかったりする。勿論、適当な返事をしてはシルビアがヘソを曲げるため、「悪ぃ。気をつけるわ」と一言言うのを弘は忘れなかった。


「っと、そういやノーマ。例の話、頼んどくぜ?」


 例の話とは、デート中の弘とウルスラが武装集団に襲われたことだ。当時、駆けつけた警備兵にも胡散臭いところがあり、ノーマに頼んで調べて貰うことにしたのである。


「それなら、もう依頼したわ。頼んだ先は冒険者ギルドの偵察士だけどね」


「偵察士? 盗賊ギルドとかじゃなくてか?」


 肩越しに振り返りながら弘は問う。ノーマは盗賊ギルド出身の偵察士だ。そのコネで盗賊ギルドに問い合わせると思っていたのだが……。


「駄目駄目」


 ノーマは首を振ると、苦笑しつつ説明した。

 王都にも盗賊ギルドはあるが、大手過ぎて敷居が高いらしい。


「私は、地方の盗賊ギルド出身だから。どうも軽く見られると言うか……。大金を積めば話は別だろうけど、癪に障るし……ね」


 そこで、王都に居る知人の偵察士を数人経由し、盗賊ギルドに問い合わせて貰っているとのこと。


「結局はギルドに調査依頼することになるし、頼み賃は取られるけど、それだって私が直接に盗賊ギルドで頼むより安いのよ」


「……手間を取らせて悪かったな」


 偵察士のノーマなら……と気軽に頼んだものの、思った以上に骨折りをしてくれたようだ。弘が礼を言うと、ノーマは「んふふ」と笑いながらウインクして見せる。


「気にしないで。私は何人かに頼み事をしただけだし、必要経費はヒロシから預かったお金で何とかしたわ。あ、そんなに使ってないから安心してね?」


「ああ、そう」


 調査依頼をするにあたり、弘は銀貨を詰め込んだ革袋を渡していた。そんなに使っていないとノーマは言うが、果たしてどれだけ使われたことやら。


(元の世界の漫画や映画でもあった話だけど、情報って金かかるそうだからなぁ。まあいいか、どのみち渡した銀貨は全部使われてもかまわね~ってつもりだったしな)


 とにかく襲撃者達の件については、ノーマに任せておくのが一番だろう。 



◇◇◇◇



 その後、カレン達と別れた弘は、渡されていた割り符を使って控え室に入っている。王都闘技場の控え室は、ディオスク闘技場のそれと比べると大差なく、質素な造りとなっていた。


(石壁に木組みの衣類棚……。角材で組んだみたいなベンチ……)


 ディオスク闘技場で闘技者をしていた人から聞いて造りました……と言って良いぐらいに似ている。中には闘技者が十数人ほど居るが、その中に亜人の姿は見られなかった。


(ディオスクじゃあ、人間サイズの亜人とかが居たものだけどな)


 亜人蔑視の強い王都だけあって、大型亜人やモンスターの控え室に放り込まれているのかもしれない。


「こういう変なとこだけキッチリしてるのな。やだね~、人種差別とか……。いや、亜人蔑視だっけか」


 小さく呟きながら、背負い袋を空いてる衣類棚に放り込む。背負い袋の中身は、火口箱やロープと言った冒険者グッズ一式だ。これは普通の冒険者を装うための品であり、盗まれても困ることはない。そもそも、ほぼ同じ物を5セットほどアイテム欄に収納している。


「どれ……呼び出しまでノンビリするか……」


 誰も座っていないベンチ……が無かったので、褐色口髭の大男が1人で座っているベンチまで移動した。他にも1人や2人座れるベンチがあったのだが、このベンチを選んだ理由は、先に座っていた大男が何だかゴメスに似ていたからだ。


(山賊団に居た頃を思い出すぜ。似てるっつっても、体格とスキンヘッドぐらいだけどな)


「よう? そこ、座ってもいいかい?」


「……好きにしな」


 無愛想に応じた大男は戦士職らしい。衣服の上に分厚い胸甲を着込み、手足に甲を備えている。弘との反対側には両刃のバトルアックスを置いていることから見ても、やはり戦士職なのだろう。


(ウルスラとデート……する直前ぐらいで、武器防具店に入ったけど。あそこでも見かけなかったぐらい品質が良さそう? なんつうかピカピカだし。硬そう……にも見えるかな?)


 日頃から高性能な召喚武具を見てきたので、どうやら武具を見る目が備わってきたようだ。本職の武器商人には及ばないかもしれないが、今の見立ては大きく間違っていないだろうと弘は考えていた。


「若いの……。見ない顔だが新入りか?」


 ボソリと大男が話しかけてくる。「ん?」と見上げると、大男が値踏みをする様に睨め付けていた。


「ああ、そうなんだ。ギルド酒場で声かけられちゃってさ。あ、俺は沢た……ヒロシ・サワタリ。よろしくな」


 この話しかけられた状況に、弘は既視感を覚える。そう言えば、ディオスク闘技場でタコ亜人のクラークに話しかけられたことがあった。彼には色々とアドバイスして貰い、大いに助かったものだ。

 今度も親切な闘技者が、自分を気に懸けてくれているのか。

 そう思い、相手の返事を待ったところ、弘は大男の顔が驚きの表情に変わっていくのを目にすることとなる。


「ヒロシ・サワタリ? お前が特別試合に呼ばれた? ディオスク闘技場10連勝のサワタリか!?」


 それを聞いた控え室内の闘技者達が、大きくざわめいた。

 自分の武名が王都まで知れ渡っている。そう思った弘は鼻を高くしたが、数秒後には眉をひそめることとなった。何故なら、聞こえてくる声は強者出現の驚きだけではなかったからだ。


「へえ、あいつが? そうは見えないけどな」

「弱い奴ばかりと戦ったんだろ? だって、あの貧相な装備を見て見ろよ」


「けっ。田舎モンが、ちょっと有名になったからって、王都で通用すると思うなよ?」


「今月の生贄は、あんまり長持ちしそうにないな」


 お世辞にも好意的とは言えない声が聞こえる中、最後の一言が気にかかる。

 今月の生贄とは何だろうか。話の流れで言うと、弘のことを指しているようなのだが……。


(え? 俺、特別試合するからって呼ばれたんじゃね~の? てゆ~か今月の生贄って何だよ? 毎月やってるイベントなのか?)


 困惑した弘は隣の大男に聞こうとしたが、その男は静かにベンチから立ち上がろうとしていた。


「ちょっと待てや」


 ズボンの腰当たりに手を伸ばし、ベルトを掴むや相手を座らせる。大男は一瞬抵抗したが、弘の膂力に抗しきれず、その尻をベンチに叩きつけることとなった。


「ぐはっ!」


 着席時の衝撃に大男が声を上げ、それを見た周囲の闘技者達がざわめく。どうやら少しだけ弘の強さを感じたらしい。一方、弘はと言うと、強引に座らせた大男に笑いながら話しかけていた。ただし、目は笑っていない。


「な~? 今、変なことを聞いたんだが……。生贄って何だ? 俺のことか? あと、毎月がど~とか聞こえたけどさぁ?」


「ぐっ、この。離せ! 離さねぇか!」


 聞く耳を持たない大男に、弘の苛立ちが募った。その間に、周囲では幾人かが近寄ろうとしているのが見えている。仲裁に入るか、数人がかりで弘に飛びかかるつもりなのか。だが、ここで邪魔されるのは面白くない。

 聞こえるように陰口を言われた上、気になることを質問したら逃げられかけたのだ。それを引き留めたら、数人がかりでフォローしようとする。


(なにこれ? イジメか? 標的の俺様ちゃんがキレかけたんで、慌ててフォローとか……いやもう、気分悪ぃったら)


 ここで全員叩きのめしたい気分だが、試合前に騒ぎを起こしたのでは色々とマズい。下手をすれば試合中止になったりはしないか。そこを心配した弘は、ほんの少し足を上げてから、床を踏みつけた。


 ズシン!


 巨大な岩塊が落下したような音と共に、控え室が揺れる。


「なんだ!? 部屋が揺れたぞ!」


「地震ってやつじゃないのか!? 火山のある地方で起こるって聞いたが……」


「いや、おい……アレ見ろよ……」


 闘技者の1人が弘を指差した。正確には弘の足下だ。

 弘の右足が、くるぶしの辺りまで石畳に埋め込まれている。石畳は足の形に陥没し、その周辺が半径数十センチほどクレーターのように沈み込んでいた。


「座ったまま足踏みして……」


「この部屋を揺らした?」


 ずざざっ! と闘技者達が後退する。そして少し前までは、男ばかりで暑苦しい感じだった控え室が……妙に肌寒い。そんな感覚を、闘技者達は味わっていた。


「で? 生贄って何かなぁ? 田舎者の俺にも、わかるように説明してくれるか?」


「ちょ、誰か……」


 大男は助けを求めたが、誰も近寄ろうとしない。そのうち遠巻きに見ていた闘技者の1人が、言ってやれよ的に顎をしゃくって見せたので、大男は観念したかのように脱力した。


「わかったよ。話すから……」


「そうこなくっちゃ! いや~、親切な人って俺、好きだぜ~」


 愛想良く振る舞う弘を、大男は呆れたように見ていたが、溜息をついてから話し出した。


「一応、名乗っておくか。俺はサムエルだ。それで生贄について……だったな。別に正式な呼び方ってのは無くて、闘技者が『ある種の特別試合』のことをそう呼んでるだけだ」


「ある種の特別試合? 俺は、複数モンスターと多対一で戦うって聞いたけど。何かの罠なのか?」


 そう聞いたところ、サムエルは呆れ顔になる。同時に周囲から「おいおい、マジかよ?」といった声も聞こえた。弘が周囲を見まわしてから再びサムエルに視線を戻すと、その鼻先に人差し指が突き付けられる。


「その試合条件で引き受けるってのが、まずもっておかしいんだよ。だいたいは勧誘に来た職員と交渉して、試合条件を緩めにするもんだが……。お前、ひょっとして……」


「最初に言われた条件でオーケーした!」


 控え室内に「おおおおう」や「あ~……」といった声が充満した。そこに含まれる「駄目だコイツ」的な意味合いを感じ、弘はムッとしたが一々腹を立てては話が前に進まない。


「んで? なんで生贄扱いかって話だが?」


「つまり……だな。この王都闘技場は、ちょっと名の売れた奴に無茶な試合をさせるのが売りなんだよ」


 強者が無茶な試合でギリギリの戦いをする。それが本来の主旨だ。しかし、時には地方で有名になった者や、跳ねっ返りの冒険者が勧誘されることもある。


「すぐ死なれても困るので、さっき言ったように試合難度には交渉の余地はあるが……。お前さんのように、最初に言われたきつい条件で試合を受ける奴も居る。その場合は、言っちまえば殺人ショーだな」


「こんな事になると思わなかった! とか泣き言言ってる奴が、笑いモノになりながら死ぬってことさ」


 周囲に居たうち、無精ヒゲを生やした戦士職の男が口を挟んだ。


「それにな、王都闘技場はディオスク闘技場に対抗してる。いや……張り合ってるからな。ディオスクで10連勝なんて奴が来たら、そりゃあ勧誘に行くぜ」


 要するに、ライバル業者の関連有名人に恥をかかせたいのである。


「そういうことだ」


 無精ヒゲの男に頷いて見せたサムエルは、弘に向き直って口を開いた。


「それにな、サワタリ。ディオスク闘技場は老舗だが、地方都市の闘技場だ。用意されるモンスターも、王都周辺よりは難度が低い。そんなことから、王都の闘技者は軽く見たり、地方出だからって田舎者扱いしたりするんだ。恥ずかしい話だな。それと……さっきは色々と失礼な声があったが、すまなかった。ここに居る奴らを代表して謝っておこう」


 そう言ってサムエルは弘に頭を下げた。周囲に視線を向けると、幾人かの闘技者らがバツの悪そうな顔をしている。中には唾を吐きながら去って行く者も居たが、概ねは気の良い者達らしい。


「まあいいさ。生贄なんたらの事情はわかったし、別に腹立てちゃいね~よ」


「そ、そうか。で、どうするんだ? 試合には参加するのか?」


 安堵した様子のサムエルが言うと、控え室の闘技者達は興味深そうな顔になった。去って行こうとした闘技者らも肩越しに振り返っている。

 この質問に対し、弘は次のように返答した。


「え? 参加するから来たんだけど? 棄権する理由とかないし」


「いや、あんた。俺の話聞いてたのか?」


 サムエルは力説する。王都闘技場で登場するモンスターは多種多様。ゴブリンやコボルトと言った弱難度のものから、ドラゴンまでと幅が広い。ただ、この後に始まる特別試合では、王都周辺に多く出現する高難度のモンスターが登場するはずだ。


「それこそドラゴンとかな。悪いことは言わない。今からでも棄権しちまえ。いくら強くったって、王都周りのモンスターは……」


「いや、王都に来る前に何度か倒してるし。大丈夫なんじゃないか?」


 軽く言った言葉。だが、これを聞いた闘技者達の様子がおかしい。当初の小馬鹿にしたような雰囲気でもなく、足踏みで驚愕したときの様子とも違う。


(戸惑ってる感じか?)


「俺……何か変なこと言ったか?」


「あ、いや……普通はな、冒険者パーティーが複数組んで……とか」


 サムエルが言うには、護衛を山ほど連れた商隊で王都へ移動してくるらしい。カレン達の場合は、商隊護衛として雇われることで、王都へ到着したのだとか。


(そういやグレースが、他に雇われた冒険者から言い寄られて困ったとか言ってたっけ)


 また、ワイバーンや転がる触手の固まり等、強力なモンスターに遭遇して大いに危険だった……というのはシルビアの言だ。ちなみに、グレースがナンパされたことを大事件風に語るカレンに対し、軽くお説教をした直後に聞かされたことである。

 確かに、強力なモンスターが多いという王都周辺を通過するのは、簡単なことではないのだろう。


「でも、さっきも言ったけど、そんなに苦労しなかったけどなぁ……」


 その呟きにより再び闘技者達がざわめいた。「やっぱり、10連勝するような奴は一味違うのか?」と言った声も聞こえる。が、それらを気にすることなく……いや、少しだけ気を良くしながら、弘はサムエルに聞いてみた。


「さっきから王都周辺のモンスター……って言ってるが」


 これらを国軍が討伐しない理由。それは、「モンスター退治などは冒険者の仕事である!」と、前向きに対処をしないため。加えて言えば、軍上層部が強力なモンスターを討伐するにあたっての損害を嫌うため……というのもあった。


「あと、そういう強いモンスターが王都を襲わないから……って話も聞いたな。で……だ。なんで王都は襲われないんだ?」


「何でって言われても……なぁ?」


 サムエルが周囲に視線を向けると、闘技者達は首を傾げる。そして聞こえてくるのは「やっぱ軍隊が怖いんじゃね~か? 怪物相手の怪我を嫌がってるらしいが、騎士団とかは魔法武具を持ってるからさ」とか「いや、冒険者に狩られるからだろ? 王都の冒険者は格が違うし」といった声。ただし、決定的な「これだ!」という意見がない。


「ん~……王都に住んでる奴なら知ってるかと思ったけど。まあいいか、ちょっと気になってただけだしな。重要なことは、都の近くに強いモンスターが居るってことだ。討伐依頼の報酬も高いに決まってる」


 となれば、当面の問題が片付いたら、モンスター討伐で稼ぐとしよう。王都に来るまでにも色々なモンスターを狩って、売れそうな部位を回収したが、そこに依頼報酬が加わるとなれば儲け倍増である。実際、倍になるかはともかくとして、安定した稼ぎ場を王都周辺と決めた弘は御機嫌だった。



◇◇◇◇



「闘技場に来るのって久しぶり! 父様、ありがとう!」


 フリルをあしらった……と言っても、少しキリッとした雰囲気を醸し出す衣装。そのスカートの裾を翻しながら、ジュディスは振り返った。振り向いた先、王都闘技場の一般客の入場口を歩く男性は、満更でもない表情で笑う。


「そうか。何なら、今度は父さんが出場する試合を見に来るか?」


 厳めしい顔をフニャッと崩しつつ言う彼こそ、ジュディスの父……リチャード・ヘンダーソン。今年で37歳になる王国騎士だ。彼は元々、王都に住む商家の出である。17歳の頃に家を出て冒険者となり、戦士職として活躍した。あるとき、たまたま冒険依頼で行動を共にした騎士に誘われて従卒となった後、その騎士に気に入られて養子となる。以後、モンスターの討伐等で手柄を上げ、今では家督を継いで騎士となっていた。

 このような経緯もあって、既に他界した養父を非常に尊敬しており、娘であるジュディスには世間に恥じない、そして家名を汚さない女性になるよう期待している。

 そのジュディスが、貴族学院を出て冒険者になったと聞いた時。彼は我が耳を疑った。

 冒険者などという下賎な……と言った、貴族にありがちなことを言う気はない。むしろ、冒険者には理解がある方だ。何故なら自分自身、元冒険者なのだから。ただ、それだけに冒険者生活の辛さもよく知っている。

 リチャードは我が子に冒険者の苦労を味わわせたくなかったのだ。


(ふふふ。やはりジュディスには、こういった衣装が似合っている。お転婆ではあるが、そこもまた……)


「ええ、いいわね! 父様の試合、見てみたいかも!」


「ぬなっ!? いいのかっ!? だって前は誘っても嫌だって言ってたじゃないか!」


 驚くリチャードを見て微笑みながら、ジュディスは「ちょっと愛想良くし過ぎたかしら?」と内心舌を出している。ここまでは仲の良い父娘という具合であったが、もちろん演技なのだ。少なくとも観客席で弘の試合を見るまでは、父の機嫌を損ねてはならない。


(後はヒロシが頑張ってくれれば……)


 観客席へと到着したジュディスは、父に連れられて指定の席へと移動する。闘技者経験もある騎士のリチャードが、コネと多少の出費によって入手した席だ。似たような席に居るのは裕福そうな者達ばかりなので、まずは上等な席と言って良いだろう。

 そこに並んで座ると、眼下には広大な闘技エリアが見える。湿っぽくない程度に乾燥した土身の場で、これまで幾度も闘技試合が行われてきた。


「これから……特別試合が……」


 聞いた話では多対一の試合になるそうだが、強くなったという弘ならば問題ではないだろう。父の驚く顔を見るのが楽しみだ。


「む? あそこに居るのは……マクドガル家の御令嬢か。シルビア君やウルスラも居るな」


「えっ?」


 父の口から出た友人らの名に、思わず視線を巡らせる。その指差す方向……かなり離れた位置に、カレン達が居た。名前が出なかったグレースやノーマ、それにメルも一緒である。

 と、カレン達が観戦に来るのは予定されたことなので、本来は驚くべき事ではない。しかし、ジュディスは「えっ? カレンちゃんが来てるの!? どこどこ!?」とはしゃいで見せていた。この様子を弘が見たとしたら、「役者やのぉ」と昔の漫画から引用した台詞を口走ったことだろう。

 演技は上手くいっているようで、リチャードは気にした風もなくカレン達を見ていた。その様子をジュディスは安堵しつつ窺っていたが、会話を続けるべく父に話しかける。


「カレンちゃん達、けっこう遠くに居るのに……よく見つけたわね?」


「ん? そりゃマクドガルの……ええい、カレン君は人目を引く娘だからな」


 リチャードが途中でカレンの呼び方を変えた。他家の令嬢だから気を遣っていたらしいが、娘の友人であるし、まどろっこしい気分になったらしい。


「それにシルビア君やウルスラも同様だ。その上、ここ暫くの間で何度も訪問を受けているし……」


「あ、アハハハ……」


 笑って誤魔化すジュディスであるが、わざとらしい笑い方であるにもか変わらず、リチャードは変に思っていない。そのまま話し続け、左側の指定席を見た。


「この試合は、余程の注目を集めているようだな。ほら、あれを見ろ。ホローリン家の跡取りが来ているぞ。確か……カレン君の婚約者ではなかったかな?」


「えっ!?」


 思わずあげた声に濁点が付きそうになる。

 言われた方を見ると、確かに見知った顔が居た。

 センター分けの髪が肩まで達している……女性と見まがうような美青年。

 アレックス・ホローリン。カレンとは親同士が決めた許嫁という間柄だ。実際は、カレンの両親が存命の頃に、アレックス自身が働きかけたらしいが、噂で聞いただけなので定かではない。


「アレックスか……」


 彼を初めて見たのは冒険者となる前。カレンと共に買い物に出かけた際に、偶然を装って姿を現したときだ。記憶の上では確か「早く、僕の家に来てくれないか」とか「君にはもっと上の世界が似合うと思うんだよ」という台詞を吐いていた。


(あの後、何回もやってきて、その都度追い払ったけど……。あたしが居ないときにもカレンちゃんに会いに来てるのよねぇ)


 カレンはカレンで相手にしなかったそうだが、この闘技場にアレックスが姿を見せたという事は、やはりカレンが目当てであろうか。


(その割りには、カレンちゃん達が居る一般席に行こうとしないし……。なに考えてるのかしら?)


 単に試合観戦に来ただけなのだろうか。いや、賭け札を買ってあるのかもしれないが……。


(上の方の貴族様って相手すると疲れるのよね。対応を間違えたら父様に迷惑がかかるもの。あ~やだやだ……)


 余談であるが、カレンのマクドガル家にアレックスのホローリン家。そして、ジュディスのヘンダーソン家。これらを並べた場合、最も上位に居るのがホローリン家で、数段下にマクドガル家が続く。


(で、あたしん家は、カレンちゃんの家の更に数段下……と)


 カレンとの付き合いで家の格差を気にしたことはないが、現実的にはこうなるのだ。やはり領地無しの騎士家と、小さくとも領地のあるカレンの家とでは、貴族と言っても立ち位置が大きく違う。

 そして、アレックスの家ともなると上位過ぎて感覚が理解できない。本当の貴族とは、何度邪険にされても気にせずアタックし続けられるものなのだろうか。


(ううん。やっぱり、理解できない。あたしなら一度振られたら、そうそう再アタックなんてできないけどな~……。ヒロシが相手の時だって、かなり勇気が必要だったもの。……取りあえず、カレンちゃんに報告しておこうっと……)


 ジュディスは夜の戦乙女の指輪……それをはめた方の左手をギュッと握ると、指輪に宿る戦乙女ブリジットを呼び出し、カレンへの伝言を頼むのだった。


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